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川での死闘

 洞穴を出て、周囲や空を警戒しながら進む。幸い、洞穴付近はまだ安全だったようでしばらくは順調に進むことが出来た。雄大な景色を眺めながらの歩みは思わずピクニックに行く感覚すら覚えた。

 しかし、それも山に入るまでだった。時折、哨戒部隊が来るのでその度に道脇に隠れてやり過ごす。その哨戒部隊よりも厄介だったのが空からの偵察だった。


「まだ、動かないほうが良いですね。向こうの空にも一匹いますから。」


 ヒメの視力は自分よりも遥かに良かった。多分、アフリカの某民族くらいあるのではないだろうか。

 しかし、烏族はそれをさらに上回るという。烏の視力が良いのは何となく知っていたが、まさか人の5倍もあるとは思わなかった。

 おかげで碌に進めない。それほど高くない山なのに、ようやく山頂に着いた時には既に日が傾きかけていた。


「おおー!」


 山頂からの眺めに思わず感銘する。標高は数百メートル程度だろう。なのに、そこから見える景色は絶景だった。

 山の周りには平野が広がり、自分達が越えるべき川も見える。その遥か彼方には海も見えた。反対側、つまり歩いてきた方向を見ると雄大な山脈が目を楽しませてくれた。

 観光地だったならば、間違いなく人気になるだろう。


「見て下さい。我々が目指す社も見えます。」


 ヒメの指さす方向を見ると、確かに小さく燃え盛る社が見えた。火で守られているというよりも、社自身が燃えている。

 もう少し辺りを見わたすと、不思議なものが見えた。


「あれは、集落ですか?」


 歴史の教科書や資料集で見た、縄文時代や弥生時代のような集落が目に入った。かなり大きい。しかし、様子が変だ。人の気配が無いし建物も崩れているように見える。


「あれは人族の集落だったところです。私達だって、最初から洞穴暮らしだったわけではありません。普通に太陽の下で生きていました。日の出と共に起きて、狩りや農作業に精を出し、一日の終わりには皆で焚火を囲んで()になって歌って飲み明かす。それが幼い頃の記憶です。あそこは私の故郷でもあります。他にも沢山の集落があったんですよ。でも、今は誰もいません。」

「…そう…でしたか…。」


 風だけが二人を包む。


「好きだったんです。ここらかの景色。昔はよく登ってこの眺めを見ていたんですけどね。」


 ヒメの横顔は、懐かしさと悲しさが入り混じった複雑な表情だった。正直、なんて声をかけたらいいのかわからない。戦に敗れて追い立てられ、故郷を失い暗い洞窟の中で過ごさざるを得なくなったその境遇に、どう声を掛ければいいのか。50年も生きているのに、その程度の事がわからなかった。


「雨が…降るかもしれませんね。」

「…雨?」


 何か話さなきゃと思ったが、良いのが思いつかない。自分でも何を言っているんだろう?


「いえ、山の下から暖かい風が吹いてきているでしょう。上昇気流が発生している証拠です。雲が発生するかも。」

「その…、ジョウショウキリュウというのは雲を発生させるのですか?」

「え、ええ。そうです。空気が温められると膨張して風が発生します。強い物になるとそれを使って空を飛ぶ事も出来るんですよ。えと、グライダーやパラグライダーっていう道具を使いますけど。」

「まあ凄い!? 人すら空を!」


 うう、俺は何を言っているんだ。ヒメにグライダーやパラグライダーなんてわかるはずもないじゃないか。ヒメは手を叩いて、口角も上がっているが目は笑っていない。気まずい…。


「雨が降るなら、あまりのんびりもしていられません。それに、ここに長くいたら見つかってしまうかも。急ぎましょう。」

「そうですね。」


 いつか、またここにヒメと来てみたい。だが、恐らくそれは叶わない。それは、ヒメも同じだ。多分、これがヒメにとっても最後の山頂からの眺めになるだろう。そんな気がした。




 その頃。


「まだ、見つからんのか。」

「申し訳ございません。今しばらくお待ちくださいませ。」


 烏の隊長は平伏して目の前の大烏に謝罪した。


「私の気がそれほど長くないのは知っているだろう。何としても人族最後の巫女と、異世界から来たとかいう人間を見つけ出せ!」

「もちろんです、陛下。そのために、哨戒の人数を大幅に増やしております。」


 烏族の王。体格は他の烏の倍はある。その声は威厳と威圧に満ちていた。


「夜間哨戒を増やせ。人族は何かを成そうとする時、夜に好んで活動する。」

「夜間ですか? 人族はこの世界にもうあの2名しかおりません。どこかで小さく縮こまっているのでは?」

「いや、異世界から人を呼び寄せたという事は何かをやるつもりなのだ。その世界には人族が大勢いて、我々烏族よりも遥かに繁栄していると聞く。そいつらが援軍に来たら我々は負ける。何としても、それだけは阻止する。」

「か、かしこまりました。」


 隊長は再び平伏して、その場を後にした。

 王との謁見を済ませて、足早に歩く。その先に一匹の猫がいた。


「ミケ。陛下は異世界の人類が我々よりも遥かに繁栄していると言っておられたが、本当か?」

「オイラのいう事が信じられないならそれでもいいよ。その代わり、扉は二度と開けないよ。」


 ミケと呼ばれた猫は気だるそうに、寝転がりながら答えた。


「ミケ、貴様には感謝している。貴様のおかげでタマの開けた扉を見つけることが出来た。異世界に偵察に行かせる事も出来た。しかしだ。包丁すら作れない連中が高度な文明を築けるとはどうしても思えないのだ。」

「オイラ自身が見てきたんだ。それに、部下が何人も同じ報告をしているだろう。それが全てだよ。」


 そう言って、ミケはゴロンと寝返りをして背を向けた。


 裏切りの猫ミケ。同族と人族を裏切って烏族についた猫。とは言え最初から裏切っていたわけではない。戦局が決定的になり、猫族が散り散りになった際に捕虜になった身だ。今でこそふてぶてしいが捕まった時はブルブル震えていたのを今でも覚えている。

 自分を信じないなら扉を開けないと言っていたが、それも本心ではないだろう。脅すなり何なりすればあっさりと開くに違いない。

 所詮、猫とはそういう生き物だ。いや、それに関しては猫も人も我々烏もあまり違いはないのかもしれない。


「貴様の言う事を信じよう。何としてもあの二人を葬ってやる。」




 山を下りて、川辺にたどり着いた時にはすっかり日が暮れていた。元の世界よりも明らかに大きい月の光が眩しい。


「この川、どうやって渡るの?」


 山の上から見ても結構大きい川だったから当たり前なのだが、思ったよりも川幅が広い。橋なんてかかってないだろうし、舟も見当たらない。


「川下に向かいましょう。昔の船着き場があります。もしかしたら、使える舟が見つかるかもしれません。」


 ヒメの言葉を信じてしばらく歩くと、本当に打ち捨てられた舟が何艘かあった。どれも酷く壊されたり傷んだりしていたが、幸いその内の一つはどうにか使えそうだ。オールもある。


「!? 隠れて!」


 突然、ヒメが大きな声を出した。翔太を引っ張って茂みに隠れる。


「どうした?」

「哨戒部隊がいます。」


 ヒメの言う通り、しばらくすると空に月明かりに照らされた烏族の哨戒数名が飛んでくるのが見えた。


「妙ですね? 烏族は基本夜は行動しないはずなのですが。」


 首を傾げ、手を口に当てて思案するヒメ。


「哨戒部隊がいるのは想定外です。月明かりのある今渡るのは危険です。月が雲に隠れるのを待ってから渡りましょう。それまで少し休んで体力を回復させましょう。」


 ありがたい。朝から歩きっぱなしで少し疲れていた。遠慮なく横になった。




「翔太さん、起きてください!」


 ヒメに揺らされて飛び起きる。しまった! 思わず熟睡してしまった!


「見て下さい。月が雲に隠れました。しばらくは出てこないはずです。今のうちに渡りましょう。」


 空を見上げると、確かに厚い雲に覆われて月明かりが大分弱くなっていた。雲は空一面に広がっており、確かにしばらくは出そうにない。

 大急ぎで舟を出す。しばらくは順調に進んだのだが…。


「…風の流れが変わった!?」


 ヒメが空を見て呟いた。見ると、明らかに雲の流れが速い。間の悪い事に、雲の隙間から月明かりが漏れて辺りが照らされた。


「!? 見つかった!」


 ヒメが呻く。数名の烏族が遠くでこちらを指さしているのが見えた。一羽は応援を呼ぶためか離れていく。


「噓でしょ! まだ半分しか来てないよ!」


 大分漕いだつもりだったが、向こう岸はまだ遠い。


「すぐに襲撃してくる事はないでしょう。応援を呼びに行きましたから。それまでに少しでも岸に近づきましょう!」


 オール持つ手に力をこめる。それでも中々舟は進まない。

 やがて、雲霞の如く烏族が押し寄せてきた。運の悪い事に雲も晴れた。


「迎撃します。翔太さんはこのまま漕ぎ続けてください。」


 そう言うやいなやヒメはスックと立ち上がった。


 戦闘が始まった。

 最初は矢の一斉掃射から始まり、槍を持った突撃部隊が舟目がけて滑空してくる。その全てをヒメは火球で叩き落していく。


「どぉりゃあああああーーー!!」


 四方八方から迫る烏族の大軍を相手に立ち向かう彼女は、はっきり言って美しかった。

 戦場で何を考えているのかと思うが、普段の穏やかで優しい笑みをたたえる顔と打って変わって戦闘時のヒメは凛々しく、雄々しく、勇猛だった。

 不安定な舟の上で回りながら戦うヒメはまるで舞を舞っていると錯覚するほどだ。その姿は満天の月に照らされてまるで天女の様に見えた。


 個としての実力は圧倒的にヒメのほうが上だが、相手は数が多い。ヒメの息が徐々に上がってくる。


「ヒメ! 火を繋ぎ合わせて鞭のようにする事は可能なの?」

「? 出来ますけど、それで何を?」

「矢を火の鞭で叩き落とすんだ! 一つ一つを火球で処理するよりもずっと楽になるはずだよ!」


 ハッとした表情になるヒメ。翔太の言わんとしたことを直ぐに理解したようだ。

 ヒメの手から炎が伸びる。やがて、それは一塊の鞭となる。ヒメが一振りすると、迫る無数の矢は全て水面に落ちてそのまま下流に流されていった。

 その様子に烏族は唖然として、一瞬攻撃の手が止まった。烏族の動きが止まったのをヒメが見逃すはずが無く、連続で火球を繰り出して叩き落していった。

 異種族とは言え、断末魔の悲鳴はあまり気分の良いものでない。それでも、今はそうするしか他に手が無い事もわかっていた。


 やがて向こう岸が見てきたのだが…、


「嘘だろ、陣取ってやがる。」


 岸も烏族の軍勢で覆いつくされていた。ご丁寧に簡易の柵まで用意してやがる。火で燃やされる事は承知の上で、少しでも上陸を遅らせようという魂胆だろう。


「大丈夫ですよ、翔太さん。先ほどの鞭でヒントを頂きました。」


 そう言ってヒメは両手を前に突き出す。その手から巨大な火球が次々と繰り出される。しかし、単体ではない。火球がそれぞれに繋がっておりその姿はまるで…。


「………龍。」


 伝説の生き物と化した火球群は、そのまま岸辺に陣取る烏族の大軍を柵ごと薙ぎ払った。




 ヒメと翔太が川で戦っている最中。烏族でも動きがあった。


「陛下! 部隊から報告がありました。二名は川を渡っているとの事。早速出撃して討ち果たして参ります!」


 隊長が部隊からの報告を王に告げる。しかし、すぐに発とうとする隊長を王は止めた。


「いや、実はお前には他にやってもらいたいことがあるのだ。」

「は? あの二人を討つ以上の重要な用事などございましたでしょうか?」

「川ならば舟の上なのだろう。ならば逃げ場はない。千も送れば十分討てるだろう。それよりも…例の役立たず共を始末してきてほしいのだ。」


 その言葉に隊長の顔が明るくなる。


「なんと! ついにあ奴らを…。しかし、反対派をどうやって説得したのです?」


 隊長の疑問に王はニヤリと笑って…。


「いやなに、反対派の重鎮共がここ数日で急に病気や事故で亡くなってなあ。いや本当に残念だ。同族の死は胸が痛む。」

「…さ、左様でしたか……。」


 隊長は背中に冷たいものが走るのを感じた。


「気の進まない者も大勢いる中でお前は積極派だった。故にこの仕事はお前にしか頼めん。残った部隊から選抜隊を編成して向かってくれ。」

「承知いたしました。あの二人をこの手で直接討てないのは残念ですが、そちらは部下に譲るとします。早速、部隊を編成いたします。」

「うむ、頼むぞ。ああ、やっとこれで膿を取り除ける。その後の美しく、効率的な社会が目に浮かぶ。」


 そう言って王は高らかに笑った。隊長もつられて笑う。二羽のその声は烏族の集落全体に響き渡った。


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