ヒメ
世界が滅びかけているから我々を救ってくれ、だって!?
「おいおい、ちょっと待ってくれ。随分とデカい話だな。だが俺を見ろ。こんなしょぼくれたおっさんに世界を救う力があるように見えるか?」
正直、人選を間違えている。
「何も魔王と戦って倒してくれとか、移民を受け入れてほしいとか、そんな話ではありません。たった一人のヒメをお救い頂ければそれで良いのです。」
まさか、俺にマリオになれってことか?
「どの道、何かと戦うんじゃないか! そんなの無理だ!」
「…もうすぐ日も暮れます。ここでは何ですので、詳しい話は別の場所で致しましょう。」
タマはややガッカリしたようだが、こちらは人生で喧嘩一つしたことが無い。無理なものは無理だ。それにしても、なんて事に巻き込まれてしまったのか…。
そんな事を思いながらタマに続いて廃屋を出ると…。
「話は終わったようだな。では死ね。」
廃屋は烏に囲まれていた。ただの烏ではない。鳥の足、人の腕、嘴、そして背中から生えた黒い翼。言うなれば烏天狗だった。それらが数十体、各々刀や弓、槍と言った武器を携えて廃屋を取り囲んでいた。
「馬鹿な!? ここが発見されたというのか!?」
タマが驚愕の声を上げる。その声が終わる前に掴み上げてもう一度廃屋に転がり込む。直後に、廃屋の外壁に幾つもの矢が刺さった。
「もう一度扉の向こう側に!」
武装した烏天狗数十体に比べれば、向こうの烏のほうがまだましだ。そう思ったのだが…。
「無理です! もう閉じてしまいました!! あれはもうただの扉です!!」
ええっ!? じゃあ、もう逃げ場はないってこと!??
直後に廃屋の扉が蹴り破られて、烏達が入ってくる。そして槍を構えて迫ってきた。
これは、万事休すか!!!?
「ガァー!? ギャア!?」
「何事だ!??」
槍が今まさに翔太とタマに刺さらんとした時に、外で悲鳴が響いた。その声に隊長らしき烏が反応し、他の烏も外を見る。
外を見ると、火の玉が次々と烏を呑み込んでいくのが見えた。
「ヒメさまだ!」
「おのれ! 忌々しい巫女が!!」
タマと烏の隊長の声はほぼ同時だった。外に飛び出す烏達だが、火の玉の前になすすべなく焼かれていく。
「撤退しろ! 撤退だ!! 覚えておれ! すぐにその首かっ切ってくれるわ!!」
隊長烏がこちらを見ながら苦々しげな表情で飛び去っていった。他の生き残った烏達も続き、一先ず危険は去ったようだ。
「ヒメさまぁーー!!」
タマが駆けだしていく。その先にいたのは一人の少女。
「タマ! 良かった。無事だったのね!」
タマを抱き上げる少女。はっきり言って可愛かった。あどけなさが残る顔にくりくりした丸く大きな目。瞳はまるで黒翡翠だ。胸は…いかんいかん、見てはいかん。足はすらりとしているが、身長はそんなに高くない。せいぜい150㎝くらいだろう。歳は14~15くらいだろうか? 服装は弥生人が一番近い…のか? かなり軽装だ。
「ヒメ。この方が向こうの世界で私を助けてくれた御仁です。」
「まあ!? それはありがとうございました。」
深々とお辞儀する少女。
「あ、いや。大したことはしていません。そもそも何でこうなったのか。どうしてここに連れてこられたのか、まだよくわかって無くて…。」
それを聞いてキョトンとする少女。
「タマ。何も説明してないの?」
「それが、殆ど説明できておりませんでして…。」
バツの悪そうな顔になるタマ。別に彼が悪いわけではない。
「あの烏達に襲われて、説明される暇もなかったのです。タマを責めないであげてください。」
「ふふ。お優しいのですね。」
笑顔を見せる少女。不思議だ。何とも心地よい笑顔だ。
「タマ、よく見たら怪我をしていますね。すぐに治療しないと。すみません、ついてきてくださいますか?」
断る理由などない。むしろ、ここでサヨウナラされて放り出されたらそれこそお終いだ。
しばらく、雄大な景色を眺めながら歩いていると、洞窟の前にたどり着いた。
「どうぞ。お入りになってください。」
ここが家なのか? 洞穴暮らしとは…。
中に入ると、囲炉裏と葉っぱを敷き詰めたベッドらしきものが二つ。一つはこの少女の物、もう一つはタマの物だろう。大きさが違う。
囲炉裏にくべられた薪に、少女は掌から火球を出して火をつけた。
先の廃屋での火の玉は彼女が出したものだったのか! それにしても、どんなマジックだ??
「お名前は? 私はヒミコ。皆からはヒメと呼ばれていました。」
「高野翔太と言います。翔太でいいです。」
タマの介抱をしながら自己紹介をする少女。卑弥呼だって? まさか、ここは本当に弥生時代なのか? いや…、違う。過去にあんな烏天狗がいた物的証拠はどこにもない。タマの言う通り、ここは間違いなく異世界だ。この子も、我々が知っている卑弥呼とは違う存在だろう。
「タマからはどこまで聞かされているのですか?」
「滅びかけているから救ってくれと。ヒメをお救いくださいとしか。」
少女、いやヒメの手が止まる。何かを言いたげだが、口はモゴモゴ少し動いただけで結局何も言わなかった。目が悲しそうだ。
「この世界が滅びかけだなんて信じられません。ここまで見てきたところ、自然は豊かだし、何も問題ないように見えます。」
「タマの言ったことは正確ではありません。世界とは、私とタマの種族の事です。」
どういう事だ? 頭が?マークだらけの自分に、ヒメは語りだす。
「烏達を見たでしょう。この世界は元々私のような人族とタマの猫族。そして烏族が平等に繫栄していました。」
同時に知的生命体が3つも現れ進化したという事か!? 世界が違えばそういう事もありなのだろうか…。
「見て下さい。この世界の私達人族は火を自在に操れます。」
そう言って、ヒメは手のひらに小さな炎を出して見せた。マジかよ。マジックでも何でもなく、本当に炎を自分で出して操れるのか。
こんな便利な能力があれば、文明を発展させるなんて容易かったろうに、随分と原始的な生活をしているな。
「この能力を烏族はとても恐れました。そのため人族を襲うようになり、戦が始まったのです。」
なるほど。基本、火はどの生物にも有効だ。料理にも鳥の丸焼きがあるくらいだから、烏達から見たら天敵ともいえる能力だろう。
「長い戦いの末、私達人族は敗れました。今では、人族は私一人です。」
はあっ!??? ちょ、ちょっと待て!?
「ひ、一人!? この世界で、人間は君一人!??」
「そうです。」
「火を操れるのにどうして?」
「繁殖力が違いすぎました。人は一回で一人か二人、良くても三人です。ですが、彼らは違います。一回で三羽から七羽はかえります。しかも、寿命も短く15年で土に帰ります。つまり、成人するのに3~4年しかかからないのです。人は、15年経ってやっと成人するのに。」
戦いは数だ。相手よりも優秀な兵器や武器があっても、物量差がありすぎたら最後はじり貧に陥ってしまう。
「タマの猫族は人族に味方したため一緒に狙われました。タマ以外に何匹かはまだ生き残っているはずですが、どこにいるかはわかりません。」
「烏達の人口は?」
「不明です。もう、数える事すら不可能です。」
詰みだ。どうやってもここから覆すなんて無理だ。
タマを見る。タマもこちらを見て何とかしてほしいと目で訴えてくる。
無理。どうやってこんな状況でヒメを、この子を救えと言うんだ? 自分に何が出来るというのだ? そもそも、どうやって救うんだ?
「そうだ。お腹がお空きになっているのでは? 粗末なものですが、夕飯はご用意できます。」
頭を抱える自分を見てヒメが話題を変える。異常続きで忘れていたが、確かに腹は減っている。意識した瞬間に、腹が盛大に鳴った。
「うふふ。少しお待ち下さいね。」
そう言うとヒメは手際よく夕食の準備を始めた。お米を土器に入れ、そこにまた土器で水を入れる。火は先ほどヒメが点けたので何も問題ない。そこに野菜を入れるつもりだろう。石刃で野菜らしき食材を刻み始める。
「あの、失礼ですけど随分原始的な刃物ですね。包丁は使わないのですか?」
「包丁? もしかして烏族が使う武器の事ですか?」
「いえ、あれは我々の世界では刀や槍というものです。包丁とは、野菜や肉を切るのに使う似たようなものです。もちろん、刀や槍よりずっと小さいですが。」
ヒメは少し首をかしげて言った。
「烏族が火を恐れるように、私たち人族は鋭利な刃物を嫌います。基本、何かを傷つけるしか使い道が無いものですから。」
ええ、なんじゃそら?
「烏達と戦をしていたのですよね? なら、武器は何を使っていたのです?」
「私たちの武装はこの火だけですよ。当然でしょう。」
あっけらかんというヒメ。
ああ、そういう事か。この世界の人間は、武器を発達させる必要がなかったんだ。何せ、火その物を自力で出せて操れるから。
逆に、そんな人間に対抗するために烏達は知恵をつけ、道具を発明して武器を発達させたのだ。だから彼らは武装していた。
何という皮肉だ。こちらの世界では人間と動物があべこべだ。
強力な牙も爪もなく、足が特別早いわけでもなく、身を守る固い甲殻があるわけでもない脆弱な存在である人間が地球の覇者として君臨できたのは、ひとえに道具を発達させたからに他ならない。
逆に、火と言う強力な武器を最初から自力で扱えるこちらの世界の人間は道具を殆ど発達させる必要が無かった。狩りだって、そのまま火球をぶつければ済む。それはそのまま武器の扱いにも影響していったのだ。
「火だって、色々燃やしつくして跡形もなくしてしまう事がありますよね? それは恐ろしくないのですか? 人を傷つける事も可能だったのでは?」
火は扱いを間違えれば全てを灰燼に帰してしまう。火事の場合は火傷で死ぬ人間だって珍しくない。どうしてもそこを確認したかったのだが…。
「自然に発火した野火ならそういう事もあるでしょうが、私達自身は火で怪我をすることはありません。他人の火で傷つくこともありません。火は肉を焼いたり冬の寒い時期に温まるなど、恩恵しか人にもたらしませんでした。」
マジか。自分で出した火で火傷したら世話ないのでそこはまだいいが、まさか他人の火でも特に問題ないとは。
彼女が薄着なのも納得がいった。寒いと思ったら自分で火を出して温まればいいから厚着をする必要がなかったのだ。
何となくだが、この世界の人間は一定以上の文明を築く事は出来なかったかもしれない。
「出来ましたよ。どうぞ、召し上がれ。」
そんな事を考えていると、いつの間にか夕食が出来ていた。差し出されたお椀と箸を受け取る。
「ありがとう。いただきます。」
見た目は卵が入っていない雑炊のようだ。でも出汁の香りが良くて、食欲をそそる。
「うまい!」
口に入れるとトロトロに溶けた米粒が煮込まれた野菜と共に舌の上で優しく踊り始めた。それを味噌が包み込んで何とも言えない調和を作り出す。呑み込んで胃に贈ると胃まで一緒に踊りだした。
「こんなに美味しいご飯は久しぶりだよ。」
ここ十年ほどは出来合いの総菜やインスタント食品。そしてカップ麺ばっかりだった。
誰かに作ってもらった料理なんて久しぶりだ。最後に他人が作ってくれたご飯を食べたのはいつだったっけ?
「ふふ。お口に合って良かったです。私も、こうして誰かと夕食を共にするのは久しぶりです。」
彼女以外の人族は全滅したという。ならば彼女の両親や祖父母も…。それこそ友人だって…。
「自分に何が出来るか分からないけど、出来る事があれば言ってくれ。」
正直、何が出来るわけでもないとは思うが、この少女を無性に助けたくて仕方が無くなっていた。この子を放ってはおけない。何とかしてあげたかった。やましい気持ちなど一切ない。…本当だ。
「ありがとう…ございます。やっぱり翔太さんはお優しいです。」
僅かにほほ笑む彼女。目が少し潤んでいるのは気のせいだろうか?
「お布団作るための落ち葉を拾ってきますね。ここでお待ちになっていて下さい。」
夕食を食べ終わると、そう言って彼女は出て行った。
「翔太殿。言っておきますが布団はヒメとは離れた場所に作ってくださいよ。」
介抱されて寝ていたタマが上体だけ起こして警告してくる。
「言われなくても分かっているよ。心配するな。」
それくらい俺だって心得ている。俺は良識のある大人なのだ。