第90話 シグムスへ戻って
人間界と魔界との境界付近でミムニア軍と魔物たちが交戦している頃、ルナルは智将と共にシグムスの王城を目指して突き進んでいた。
いくらペンタホーンをつないだ馬車とはいえ、砂漠となればどうしても時間がかかってしまうのだ。
状況を聞いていたルナルは馬車の御者台で落ち着かない様子で、足をトントンと上げたり下げたりしている。
「ソルトたちなら大丈夫だとは思うのですが、魔物の規模がよく分からないがために、心配になってしまいますね」
馬車を操りながら独り言で心配な気持ちを漏らすルナル。
「気持ちは分かるのだが、落ち着いたらどうなのかな? ただでさえ君は今、馬車を操っているんだ。人の心配をしていて自分たちに何かあっては元も子もない。少なくとも君は頂点に立つ者なんだからな」
あまりに動揺を見せるルナルに対して、智将が注意している。ところが、これに対してルナルはどういうわけか納得がいかなかったようで、むしろ怒り出していた。まったく、これが魔族の頂点である魔王だというのだから信じられないものである。これには智将も呆れるばかりである。
「とりあえず我々はシグムス城に戻って、セインくんやルルくんと交流するべきだろう。あちらはマスター殿に任せておけばいい」
「分かりました」
智将の言い分にどうにか納得したルナルは、馬車を走らせる。
「それにだ。できる事なら今回の魔物騒ぎに君は関わらない方がいいと思うんだ」
急ぐ中で、智将は真面目な面持ちでルナルに話し掛ける。
「それはなぜです?」
「話を聞いた限りの情報をまとめると、今回の魔物騒ぎは同時期に多発している。つまりは大規模なものだ。魔物にそんな知能はないし、同調するような事はまずありえない。となれば、その裏にはそれを意図的に起こす事ができるだけの人物が居ると見た方がいいという事だ」
智将の考えを黙って聞くルナル。
「意図的に起こせるという事は、魔物に対して優位な立場にあり、それなりの実力も兼ね備えているという事だ。そうなると、おのずと該当する人物は絞れてくる」
「という事は……」
「そうだ。君が知っている人物である可能性が高い。もしかすると君の部下かも知れないしな。だからこそ、君は関わるべきではないんだよ」
智将にはっきり言われて、ルナルはため息を吐く。
「はあ、どのみち用事を済ませたら、一度城に戻らなければなりませんね」
「そうかも知れないな。ともかく今はシグムス城に急ごう」
頷いたルナルは、ペンタホーン馬車を急がせたのだった。
その頃、シグムス城にセインたちが戻ってくる。
「おお、無事に戻りましたか」
それを出迎えたのは、なんとサキだった。
「サキ様、ただいま戻りました」
右腕を折り、胸の前で構えて軽く頭を下げて挨拶をするフレイン。
「ご苦労でしたね、フレイン。それで、イフリートとの契約は無事に済みましたかな?」
「はい、無事に契約できました!」
サキの質問に答えたのは、なんとルルだった。元気よく満面の笑みで報告するに姿に、サキはただ笑う事しかできなかった。そして、表情を戻すとフレインに視線を移す。
「それで、フレイン。お前はサラマンダーとして契約しましたか?」
「いえいえ、滅相もございません。私のイフリート様の配下とはいえ、今はシグムスの国と契約している身。それ以外と契約する事などあり得るでしょうか」
サキの質問に対して、失笑混じりに答えるフレイン。
「はははっ、フレインさんにはきっぱり断られました」
ルルも明るく笑いながら答えていた。
「そうですか。とりあえずみんな何かしらの収穫はあったようですね。私の方も歴史書の解読が大詰めといったところなので、君たちはとりあえず水でも浴びて休んでいて下さい。その間には終わるでしょうから」
サキが安心したような表情でそう言うと、ルルはとても喜んでいた。
「さすがにその砂まみれの姿では謁見はできませんからね。そうして下さい。ミレル、頼みましたよ」
「お任せ下さい」
サキは使用人を呼んで、ミレルと一緒に水浴びの案内をさせる。
「それでは、私はルル殿の服の新調を手配して参ります。いくら打ち合わせをした通りとはいっても、幼子を攻撃する事には抵抗がありましたよ」
「そうですか。その話も後で聞かせて下さいね」
「承知致しました。それでは失礼致します」
フレインはそう言うと、ガシャンガシャンと重そうな鎧の音を響かせながら歩いていった。その姿を見送ったサキは、浮かない表情をしながら一足先に智将の部屋へと向かった。
しばらくして智将の部屋に全員が揃う。
きれいさっぱりに砂漠での汚れを落とした面々は、服も新調したとあって爽やかな状態となっていた。ルルの服装はとりあえず間に合わせの魔法隊の衣装である。
「これ、もらっちゃっていいんですか?!」
「一応、このシグムスの魔法隊の衣装ですけれど、気に入ったのであればいいですよ。新しい服を作るにしても、前の服を修繕するにしても時間がかかりますからね」
そう言いながら、サキは手元の書類をトントンと整えていた。
「では、ちょうど歴史書の解読も終わりましたし、陛下のところへと向かいましょう」
サキがこう言うので、一行は国王の私室へと向かう事になった。
部屋にたどり着くと、公務中であったためか近衛兵に一度止められてしまうが、国王に確認を取ると無事に入室の許可が出る。
「陛下、公務中に失礼致します。歴史書の解読がひと通り終わりましたので、参上致しました」
「おお、そうか。実にご苦労であった」
サキの報告に、国王は公務の手を止めてサキを労っていた。ただ、その表情を見る限り、やはり健康そうには見えなかった。
「して、何が分かったのだ?」
「はっ、これから順を追って説明致したく存じます。地下から持ち帰って参りました歴史書には、なにぶん驚くべき事が記されておりましたゆえ」
国王の質問に答えたサキは、いつも以上にまじめな顔をしていた。だが、そこにはどことなく違和感があったのだった。




