第80話 かけひきの中で
ミレルとイフリートの戦いが熾烈を極める中、反対側のセインとフレインの戦いもまた激しさを増している。
セインの戦う相手であるフレインは精霊でありシグムスの王国騎士だ。主人であるイフリートとは違い、単純に力技だけではなく、騎士として身に付けた技術も織り交ぜて攻撃をしてくる。それゆえに、セインはだんだんと防戦一方になってきていた。その理由はフレインが使う魔法剣だ。火をまとわせた剣を食らえば、たとえかすっただけだとしても黒焦げも避けられない。セインはフレインへの警戒を強めているために不用意に近付けず、攻撃が積極的に行えなかったのである。
そのセインをサポートしているルルもまた、この炎の環境の中で苦しんでいた。ユグドラシルの精霊という植物の精霊である以上、火にはとても弱いのだ。水のマナに満たされているとはいえ、ルルの今の技術ではミレルのように上級魔法を簡単に放てるものではなかった。そのために下級や中級魔法がメインとなっているのだが、フレイン相手ではまったく通じる様子がなかったのである。
自分の魔法が通じないのは仕方ないとして、ルルはセインのへっぴり腰にもいい加減イラついてきているようだ。
「むぅ……、見てられないなあ……」
ルルは自分へフレインの意識が向いていないとみると、何やら魔法の詠唱を始める。
「彼の者に、魔に抗う力を、レジスト！」
ルルが魔法を使うと、セインの体が急に青色に淡く光り出す。
「な、何だこれは？」
突然体が光ったものだから、驚きでセインの動きがぴたりと止まる。この隙をフレインが見逃してくれるわけもない。遠慮なく飛び込んで攻撃を仕掛けてきた。
「戦場でむやみやたらに動きを止める事は、それはすなわち死を意味するのだよ、セインくん！」
ガキーン！
斬り掛かってきたフレインの剣を、しっかりと受け止めてはねのけるセイン。あの状況からしっかりと反応して攻撃を受け止められるとは、なかなか成長したものである。
だが、はねのけたところで油断したのはいけないかった。
なんと、はねのけられたフレインの剣先から炎が渦巻く。フレインははねのけられた勢いでバックステップしながらも魔法を使ったのだ。そして、その剣先から放たれた炎の渦がセインを直撃する。
「戦場では気を抜ける瞬間などない。一瞬の油断が命取りとなるのだよ、セインくん」
イフリートとは違って技巧派のサラマンダー。状況によってしっかりと攻撃方法を使い分けている。
そのフレインの目の前で、セインを包み込んで激しく燃え上がる炎。これにはさすがに黒焦げになって地面に倒れ……なかった。なんとセインは無傷だったのだ。
その答えはルルが先程使った魔法だ。人間の使う魔法に対する防御魔法であるレジスト、それがフレインの炎を防いだのである。
この状況にセインは驚いて完全に棒立ちになっている。これを見たフレインは、動きの緩慢なセインよりも魔法を使うルルの方が厄介だと考えて、攻撃対象をルルへと切り替える。あまりにも早い切り替えでルルへと襲い掛かるフレイン。その動きにセインはまったくついていけていなかった。
ところが、フレインの攻撃対象にされたルルだが、余裕の表情でフレインを見ている。
（よし、狙い通り入った！）
ルルの表情が怪しく笑うと、その瞬間、フレインの足元が強く青く光る。そして、パキンという大きな音を立てたかと思うと、一瞬でフレインの周囲が氷の世界に包まれた。
「くっ、氷の罠か！」
そう、ルルの仕掛けていた罠によって、フレインは完全に氷の檻に閉じ込められてしまった。
「ふふん、いくらサラマンダーの炎とはいえ、簡単には融けないと思いますよ。なにせこのために集中してましたからね」
「あまり強くない魔法を使っていたのは、これを隠すためですか」
フレインに強気に言ったルルは、フレインの言葉を無視してセインの方を見る。
「セインさん！ 一体いつまで止まってるんですか。せっかく動きを封じたんだから動いて下さいよ。まったくどっちが子どもなんですか！」
あまりに動かないセインに、ルルが完全にお冠である。
「まったく、私の事を散々『がきんちょ』って言ってるくせに、セインさんの方がよっぽど子どもですね。人に偉そうに言うくらいなら、それなりの行動をちゃんと見せて下さいよね！」
ルルの怒りのこもった声に、セインの耳がぴくぴくと反応している。よく見ると、耳だけではなくて全身が震えているようだった。
「はは、がきんちょのくせに言ってくれるじゃねえかよ……」
くるりと振り向いたセインの表情は、どうやら怒っているような表情に見える。だが、声を聞く限りは、完全に怒っているようだった。そのセインの表情に、ルルはかえってほっと安心しているようだった。
「まったく、そう言うんだったさっさと動いて下さい。この氷の罠だって、いつまでもつか分からなんですからね」
「分かったよ！ 待ってろ。その生意気な口を二度と利けないように、今から俺の力を見せてやるからよ！」
そう言い放ったセインは、しっかりと剣を構えたのだった。
