第77話 挟撃
ガキーン!
剣がぶつかり合う音が響き渡る。
ルルに向けられた刃を、セインが間一髪で受け止めたのだ。
「てめえ、何してやがる!」
セインが鬼のような形相でフレインを睨み付ける。だが、当のフレインは表情一つ変えずに受け止められた剣を見ている。
「……ほお、なかなかやりますね。大きく離れたタイミングで、完全に死角から斬りつけたと思ったのですがね」
フレインはまったく動揺した様子もなく、淡々とした口調で喋っている。ただその表情は、兜によって完全にセインたちからは見えないようである。
セインは剣を力強く払って、ルルを連れてフレインと距離を取る。そして、強い口調でフレインを問い質す。
「てめえ、戦いに参加してなかった上にがきんちょに斬り掛かるたあ、何を考えてやがる!」
「ふっ、君の知った事ではないのですよ」
だが、フレインはいたってまともに答えない。
セインとフレインが睨み合う中、突然の事に何が起きたのか把握するのに手間取っていたルルが、はっと我に返る。そして、すぐに何かに気が付いたかのように口を開く。
「あっ、……なるほど」
「どうしたんだよ、がきんちょ」
ルルの呟きにセインが反応する。
「何度も言いますが、私はルルです!」
いつまでもがきんちょと言って名前を呼ばないセインに、いい加減に腹を立てて叫ぶルル。しかし、すぐに落ち着いて咳払いをひとつ、先程言いかけた言葉の続きを喋り出した。
「イフリートへの手応えがおかしいと思ってたんですよ。なるほど、そういう事だったんですね」
ルルがぶつぶつと言っているが、ミレルにはどうも理解できなかった。
「どういう事なのですか、ルルちゃん」
「いくらウンディーネの加護があるとはいえ、中級魔法を食らったくらいで動きがあそこまで鈍るなんて変だと思ったんです。イフリートは私たちの気を引くためにわざと攻撃を受けていたんですよ。そういう事ですよね、フレインさん!」
「ま、まさかっ!」
ルルの言葉でピンとくるミレル。セインはいまいち話がつかめず、イフリートとフレインは黙ったままでいた。
「まったく、フレインさんの事に気が付けないなんて、同じ精霊として私はまだまだ未熟ですね」
ルルがこう言うと、ようやくフレインに反応が見られた。
「ふっ、はっはっはっはっはっ。うまく隠してましたからね」
フレインは笑いながら、かぶっていた兜を取る。ようやくさらされたフレインの素顔。その首周りをよく見てみると、なんと鱗のようなものが見えたのだ。
「私と同じように、人間の中に紛れている精霊が居るなんて、思いもしませんでした」
「ははっ、ユグドラシルの精霊にそう言われるのは光栄ですね」
ルルとフレインが落ち着いて話をしている。
「おい、どういう事なんだよ!」
そこへセインが怒鳴るように説明を求めてくる。ここまでの話を聞きながらも、セインにはいまいち理解できていないようだった。
「セインさん……。これだけ話をしていてもまだ分からないんですか?」
「分からねえから聞いてるんだよ!」
セインの言葉に呆れるルル。
「フレインさんは、私と同じで精霊なんですよ。ただ、ユグドラシルの分体である私とは違い、フレインさんはそこに居るイフリートの仲間である精霊なんです」
「な、なんだと?!」
ここまではっきり言えば、さすがにセインも驚く。
ルルはそこにはツッコミは入れず、くるりとフレインの方を見て笑顔を向ける。
「そうですよね。火の精霊サラマンダーさん?」
ルルの言葉に、フレインは笑みを浮かべる。そして、先程まで穏やかで冷静だった表情を一変させた。
「その通り。我が名はサラマンダー! 炎の精霊イフリート様の盟友であり、配下にある精霊だ!」
本性を現したフレイン。目つきは鋭くなり、口調には丁寧さは残るがどことなく荒くなっていた。
「ちなみにサキ様は、我の事をご存じである。そのために今回の道案内を頼まれたのだ。だが、ひとたびこの谷に入れば、我の主はイフリート様となる。それゆえに、我はイフリート様の意向に従うまでよ」
フレインは剣をセインとルルに向ける。
「我が主は、お前たちとの腕試しをご所望だ! ゆえに! 我もお前たちを試させてもらうぞ!」
そう叫んだフレインが剣を高く掲げる。
すると、どうした事だろうか。イフリートとフレインを結ぶ直線を挟み込むように、炎の壁が現れたのだ。これにはさすがのミレルも驚きを隠せずに慌てている。
「……これは、狙っていましたね?」
ミレルはイフリートを睨み付ける。
「さあてなあ? この程度の仕掛けに気付かぬお前たちが間抜けなだけだろうが」
イフリートが小ばかにするように笑っている。
「悠長に話をしているからこうなるのだ。さあ、覚悟はよいな?」
キリッと表情を引き締めるイフリート。それと同時に、イフリートから発せられる炎の勢いが増していく。
イフリートと向かい合うはミレル。フレインことサラマンダーと向かい合うはセインとルル。そして、その両脇には炎の壁。四方を炎に囲まれた、実に絶望的な状況である。
ところが、こんな状況に置かれながらも、セインはどういうわけか笑っている。
「はっ、実に面白いじゃねえか。腕試しってんだったら、とことんやってやろうじゃねえかよ!」
強気のセインの言葉によって、対イフリートの第2ラウンドが幕を開けようとしていた。




