第62話 五色龍
五色龍というのは、龍族の長たるマスタードラゴンに仕える五色の龍の事である。その力のほどはというと、一体で一国を軽く滅ぼせるほどである。
その五色龍に名を連ねるのは、
赤色、炎を司る『獄炎龍イグニス』
青色、水を司る『水智龍エウロパ』
黄色、雷を司る『雷帝龍トール』
黒色、大地を司る『破界龍タイタン』
緑色、風を司る『疾風龍アイオロス』
この五体である。
全知全能の神の化身とも言われているマスタードラゴンと、圧倒的な力を持つ五色の龍によって世界に安寧がもたらされている。この世界ではそのように考えられている。
ところが、その龍たちの住処であるシッタに、今まさに異変が起きているのである。
◇
「それにしても、まさかの人探しとは……。マスター殿、当てはあるのですかな?」
エウロパから事情を聞いたマスターたちは、イプセルタに戻ってきていた。かなり山を登っていたはずなのに、まだ夕方にもなっていなかった。
「いやあ、当てならあるんだがな……」
智将の質問に、マスターは頭を掻きながら答えている。
「なんにしても、面倒事に巻き込んじまったみたいですまないな」
「あなたが謝るなんて珍しいですね」
いつになく素直なマスターに、ルナルが皮肉を込めて言う。
「身内の事なんでな、普通は主として責任を感じるものだろ?」
「普通はとは言いますが、あなたの普通が分からないんですが」
マスターの言い分は確かにそうなのだが、ルナルは困ったような顔をしている。
「ルナル殿、話の腰を折るのはやめてくれないか」
智将がルナルの態度を諫めている。
「そうですね、申し訳ありませんでした。それでマスター、アイオロスってどんな方なんですか?」
智将に言われたのなら仕方ないと、ルナルは謝罪して探し人(?)の特徴を尋ねる。
「言っちまえば風の属性の特徴を体現したような奴だ。気ままでお祭り好きなんだ。あいつは五色龍の中でも一番若い。年齢と気質の事もあってか、俺ですら感知するのが難しいんだ」
「それじゃ、気長に探すしかないって事ですか」
「まあ、そうなるな」
どうやら、マスターにすら捉えられないほどの気ままさらしい。
だが、イプセルタの街はかなり広い。人間形態になったアイオロスを探すというには、この広さと人の多さでは骨の折れる作業になりそうだった。
「時に、イプセルタの街の中で間違いないのですかな、マスター殿」
智将がマスターに確認を取る。
「間違いはずだ。明日は各国首脳が集まっての会議で、それに伴って人があふれかえっている。あいつは単純なところがあるから、これをお祭りと勘違いしている可能性が高いんだ」
そう、この日のイプセルタの街の中は人がごった返している。情報に目ざとい商人たちがどこからともなく会議の情報を聞きつけ、ここが商機とばかりにイプセルタに押しかけていたのだ。当然ながら商人には護衛が付くわけだし、各国首脳陣は言わずもがな。そういった事が重なってイプセルタの街の中はひと際活気に満ちているのである。
「ところでマスター」
「なんだ?」
「アイオロスの外見的特徴を教えてもらえませんか? 人に紛れているのなら、姿を知らないと探しようがないと思うのですが」
そこでルナルは、人探しの基本である特徴をマスターに尋ねたのだ。ところが、
「悪いな。あいつは若いという事もあって、俺は人間形態を見た事がないんだ」
マスターからは予想外な答えが返ってきた。まさかの手掛かりなしである。あまりの事態に、ルナルは天を仰いだ。
「だが、諦めるのは早い。逆にあいつは俺のこの姿を知っている。その反応で見破る事はできるぞ」
「な、なるほど……。でも、私は既に気が滅入りそうなんですけどね」
マスターが話せば話すほど、ルナルのやる気が下がる一方だった。その様子を見るに耐えかねた智将が口を開く。
「マスター殿、他に特徴はありますかな?」
するとマスターは少し首を捻って答える。
「ああ、確かけんかっ早いな。若いというか血気盛んでな。魔物を見つけると何も考えずに突撃するような奴だったよ」
「へえ、強さはどのくらいなのかしら」
マスターの答えにルナルは少し興味を示したようだ
「まあ、魔物を一撃で屠るくらいだ。五色龍にもなれたわけだから、強さだけなら俺が保証する。ただな」
「ただ?」
「ただな、あいつはバカなんだよ。さっきも言ったが、何も考えてない。考えるより先に体が動くんだ。そして、相手が気に食わなければけんかを売る。……実に単純だろう?」
「……何なんですか、そいつは」
どうやら、アイオロスは脳筋タイプのようである。あまりの単純さにルナルも智将も呆れてしまうほどだった。
「つまり、なんですか。下手に絡もうものなら、最悪イプセルタごと消し飛ぶ可能性もあると?」
ルナルが真顔でマスターを見る。すると、マスターが珍しく視線を逸らしてこう話す。
「……ないとも言えないな」
これには全員が黙り込んでしまった。
しばらくすると、ルナルが体を震わせながら、マスターに食いかかった。
「まったく、なんでそんな危険なのを野放しにしてるんですか。いい加減にその適当なところを直してくれませんか。振り回されるこっちの身にもなって下さい!」
ルナルがものすごく息を荒げている。このままお説教タイムに突入するかと思われたが、すかさず智将が間に入って止める。
「ルナル殿、お怒りはごもっともだが、今はアイオロス殿の捜索が先決ではないですかな?」
必死に智将が止めてくるものだから、ルナルは言いたい事が山ほどあるところだが、それをぐっと堪える。
「分かりました。早速探しましょう。早めに探し出して、マスターと一緒にお説教ですよ」
「ああ、そうだな。ガツンと言ってやらねばな」
ルナルがイラつきを抑えるように頭を掻きながら言うと、マスターはのんきに乗っかってきた。そのせいでルナルはマスターにジト目を向ける。
「何を言ってるのですか、あなたもお説教される側ですよ」
「そうなのか?」
とぼけるようなマスターの態度に、ルナルの特大のため息が吐き出されたのだった。その状況に、さすがの智将も付き合いきれなさそうに首を左右に振っていた。
それはともかく、ルナルたちによるアイオロスの捜索が始まったのだった。




