第61話 驚きの真実
霧の中にぼんやりと人影が見えている。この事態にルナルと智将が警戒して武器を手に構える。
ところが、そういった反応をする二人とは対照的に、マスターは警戒する事なく歩み出る。そして、人影に対して声を掛けた。
「おう、出迎えご苦労さん」
この言葉は、まるで知り合いに話し掛けるような気さくな言葉だった。
ところが、そのマスターの言葉に対して返ってきたのは、言葉なんてものではなかった。
「アイシクルレイン!」
不思議な声が響き渡り、霧の中から突如として大量の氷柱の雨が降り注ぐ。
「おいおい、これはとんだご挨拶だな」
その事態に対しても、マスターはまったく慌てている様子はなかった。なにせその場から動かないのだから。
「なにを落ち着いてるんですか!」
ルナルが大声を上げる。
「……まったく、手荒な歓迎をするように教えたつもりはないんだがな。ほらよっ」
マスターがぼやくと、防寒用に羽織っているマントを外して、氷柱に向けて翻す。するとどうだろうか。マスターたちに向けて飛んできていた氷柱が、ひとつ残らずすべて蒸発して消えてしまった。
落ち着いてマントを羽織り直したマスターは、霧の中の人影に向かって再びを声を掛ける。
「やれやれ、ちょっとお痛が過ぎたようだな。エウロパ!」
マスターの声が響くと、それが合図となって辺りを包んでいた霧が少しずつ晴れていく。そして、その霧が晴れると、そこにはルナルと似たような背丈で、肩にかかるサイドテールが特徴的な青髪の女性が立っていた。
「……今の今までどこへ行かれていたのですか、マスター!」
姿を見せるなり怒鳴り声が飛んでくる。どうやらマスターに対してお怒りのようである。
「おいおい、どこへ行くかは伝えてから出てきただろうが……」
マスターが困惑気味に言い返す。
「何を言っておられるのですか! こんなに長い間留守にして……。あなたが居ない間のシッタがいかなる状況だったか、少しは反省して下さい!」
「反省ってな、おい。たった5年程度の留守じゃねえか。俺が居なくてもお前たち五色龍だけでもどうにかできただろう?」
エウロパと呼ばれた女性のお小言が続く中、マスターは言い訳をしている。ところが、女性の怒りは収まるどこか、さらに強まっているようにしか見えなかった。
「まったく……、伝送思念で我々に命令を出してきたかと思えば、トール殿をシグムスに向かわせろとか、この時期に何をお考えなのですか。ただでさえ面倒事があるというのに!」
エウロパはますます怒りを募らせ、そのまま頭を掻き乱しそうな勢いである。この様子にはルナルは呆れ返り、智将は驚きで言葉を失っていた。
だが、これだけのやり取りを目の前で繰り広げられれば、智将の頭脳にはある仮説が浮かび上がってくる。その仮説に智将は少し顔を押さえると、おそるおそる確認を試みた。
「マスター殿、もしやあなた……様は」
「ああ、そうだったな。改めて自己紹介をさせてもらうとしようか」
智将の声に、ぐるりと振り返るマスター。そして、防寒用のマントだけ外すと、
「ぬんっ!」
一言気合いを入れる。すると、マスターの体がみるみるうちに変化していく。やがてそこに現れたのは、どれほどの大きさがあるのか分からない、とても巨大なドラゴンだった。
「ふう、この姿は久しいな。黙っていて悪かったな、智将殿。俺がこのシッタの主であるマスタードラゴンだ」
その姿に驚く智将だが、ルナルは呆れた目を向けていた。どうやらルナルは知っていたようである。
「失礼を致しました、マスタードラゴン様。知らなかったとはいえ、数々のご無礼、お許し願いたい」
ルナルの態度に気が付かない智将は、マスターに跪いていた。
「あー、そういう堅苦しいのは抜きにしてくれ。俺の方だっていろいろ無茶振りはしたし、世話にもなったからな。それに、今日もわざわざ付き合ってくれてるんだし、むしろ礼を言いたいくらいだ」
あっけらかんとして言葉を返すマスターは、再び人間形態へと姿を変えていく。
「で、今日ここにやって来たのは、ただの里帰りだけってわけではないでしょう?」
人間形態に戻ってマントを羽織り直しているマスターに、ルナルが問い掛けている。
「まあな。いつもは伝送思念でやり取りしてるが、シッタの近くに来る機会ができたから直接近況報告を聞こうと思ったんだ。で、エウロパ、どうなんだ?」
呆れたような視線を送り続けてくるルナルを気にせず、マスターはエウロパに報告を求めた。
「どうって……、どうもこうもありませんよ。誰かさんのせいで最近は魔族の活動が活発化していて、山脈を越えようとする者が増えています」
エウロパはルナルをじろっと見つめながら報告を始める。その視線に対して、ルナルはとぼけた態度を取っている。
「そうか……。お前以外の五色龍はどうだ?」
「先程も言いましたが、トール殿はあなたの命令でシグムスに滞在中です。イグニス殿とタイタン殿の二人は、いつも通りに見回りをしながら魔族の動きに対応しています。今日もすでにかなりの数の魔族や魔物を倒しているようですよ」
エウロパの表情には余裕が感じられなかった。どうやら対応にはギリギリといったところである。
ところが、マスターはここで違和感に気が付いた。五色龍というからには全部で五体居るはずなのだが、名前が一つ足りなかったのである。
「うん? エウロパ、アイオロスはどうしたんだ?」
マスターはその足りない五色龍の名前を口に出す。すると、その名前を出した途端に、エウロパは明らかな動揺を見せたのだ。
「……そうか、あいつの悪い癖が出たようだな」
マスターが腕を組んで唸ると、エウロパは観念したように、アイオロスの事を話し始めたのだった。
さて、マスターの正体が明らかになりました。だからこそ、彼の名前は『マスター』なんですよ。




