第56話 シグムス城の地下7・逆転へ
セインから強力な斬破は放たれ、どうにかブレスがルルに届く前に相殺させる事ができた。
「た、助かった……」
ルルは思わず力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
「おい、がきんちょ!」
セインがルルを怒鳴りつける。
「人の事を散々言ってくれたくせに、お前も大した事ないんだな。やっぱり前はがきんちょなんだよ。がきんちょはがきんちょらしく、そこでおとなしくしてろ!」
かなりご立腹のセインである。ついさっき、危なっかしいとか言われた事が、相当に頭に来ていたからだ。だからこそ、ルルのあまりの腑抜けっぷりに、セインは溜まっていたものを吐き出しているのだろう。
だが、あまりに言われたい放題で黙っているルルではなかった。
「うるさーい! 私だってできるんだから。今に見てなさいよーっ!」
立ち上がってセインに向かって叫ぶと、切れかかっていた『エーテルエクステンション』を掛け直していた。
こういうセインとルルのやり取りがあった間も、ミレルは一人、雷帝龍トールと戦っていた。
トールのブレス、雷撃、尻尾での攻撃といったいずれも強力な攻撃を、猫人の持ち前の身のこなしで躱し、水や土の魔力をまとわせた攻撃をこつこつと叩き込んでいた。ところが、
「どうした、動きが鈍ってきておるぞ?」
トールから指摘が入る。
「くっ……」
ミレルは苦悶の表情を浮かべている。
実際ミレルは、トールの指摘通りに動きが少しずつ悪くなっていた。それというのも、砂漠地帯の地下、オアシスからも距離があるこの場所では水の力が乏しいのだ。その事によって手にまとわせた水の力もだんだんと弱まってきており、そのせいでトールの体を覆う雷がじわじわとミレルの体を蝕み始めたのだ。……そう、微弱な麻痺がミレルの体を襲っているのである。
(このままではいずれ動けなくなってしまいます。一体どうすれば……)
長期戦は避けたいところだが、じり貧となりつつある現状では決定打が見出せない。考えたところで、勝てる算段が思い浮かばず、ミレルは焦り始めていた。
その時だった。
トールに向けて、二発の斬破が放たれた。トールはミレルに意識が集中しており、完全に虚を突いた攻撃だったはずなのだが、それらはあっさりとトールの雷撃によって相殺されてしまった。
「小僧、またおぬしか……」
「くそっ、やっぱり防がれるのかよ」
完全に隙を突いたと思っていたセインは、当たると少しは思っていたようだ。だが、当然のようにその攻撃は相殺されてしまった。さすがは五色龍の一体、雷帝龍である。
そんな中、この様子を見ていたミレルにある疑問が浮かんできた。
その疑問とは、さっきからトールは、どうしてセインの斬破を雷撃で撃ち落しているのかという事だった。セインの今の力であれば、手で払う事もできるだろう。それどころか、まともに受けてもそれほどダメージにならないはずである。だが実際は、すべて雷撃で相殺しているのである。
……ミレルの中にとある仮説が浮かんできた。そして、その仮説を証明するべく、ミレルはセインに声を掛ける。
「セインくん、私がなんとか隙を作りますので、どうにかトールに斬り掛かって下さい」
「分かった!」
どういう意図があるのかは分からないが、セインはとりあえず返事をしていた。
その後方では、ルルが一人取り残されていた。ああは言ったもののルルには補助以外の行動が思い浮かばない。だけれども、まだ諦めていないセインたちの姿を見て、自分も頑張らないとと気合いを入れ直していた。
「私だってユグドラシル様の分体だもん。絶対に足手まといになんかならない、なっちゃいけないんだから!」
ユグドラシルの分体として生み出された以上、その使命を全うしなければならない。今ここで果てるわけにはいかない。みんなが頑張っているのに、自分だけが何もしないわけにはいかない。自分が魔法使いとしてできる事……。ルルの気持ちが高ぶっていく。
「みんなを、支えるんだ!」
ルルの心の叫びがこだまする。それと同時に、ルルの体が青く光り始めた。
「この光……。そっか、ありがとう、お母様」
ルルはぎゅっと杖を握りしめると、雷帝龍トールを見据える。
「……そうだよ。ないのなら、……呼べばいいんだ!」
急激に強くなる青い光に、ミレルやセイン、そしてトールも驚いている。だが、ただ驚いているミレルやセインとは違って、トールは違った驚きを見せていた。
「ば、バカな! その術式は、すでに滅び去ったはず!」
ありえない、信じられないものを見ている、そんな驚き方だった。
ルルの足元には、見た事のない魔法陣が展開されていく。それに従うように、ルルの頭の中には不思議な言葉が浮かんでくる。
「麗しき水の化身よ」
ルルは目を閉じて、浮かんでくる言葉を復唱する。すると、その言葉に反応して、魔法陣は更なる展開を見せ、また新たな言葉が浮かんでくる。
「我らが求めに応え」
一体何が起きているのか分からないミレルとセインは、じっとルルの方を見つめている。トールもまた、その光景に驚き戸惑っており、完全に動きを止めていた。
「その浄化の力を以て、すべてを流し清め給え」
すべての詠唱が終わったらしく、ルルは閉じていた目を見開き、高らかにこう叫んだ。
「来て下さい、ウンディーネ!」




