第51話 シグムス城の地下2・無詠唱魔法
ミレルはサキに連れられて、訓練場にてセインとルルの二人に出会う。
「そういうわけだ。ここからは彼女の指揮下に入ってもらう。いいな」
「魔族の下って……。でも、ルナルの知り合いなら仕方ないか」
「ミーアさんのお姉さんなんですね、よろしくお願いします」
「ミーアの姉であるミレルと申します。こちらの子は礼儀正しいですね」
簡単に挨拶を交わすと、三人でシグムス城の地下へと向かった。
本来はいざという時の避難所も兼ねているシグムスの地下。そのためか宝物庫や書庫以外にも部屋が点在しており、それらをつなぐ通路は少々入り組んでいた。
「うへえ……、結構気味が悪いな」
「サキさんから念のために地下の図面をお借りしましたが、辺りの空気が変わったあたりからあちこちに横穴が開いていますね。これが魔物の仕業というわけでしょう」
サキの話によれば、地下の通路は街よりも外まで続いているらしく、結界に守られている場所は魔物のが侵入できないらしい。ただ、書庫がある場所など結界の外にある場所には魔物が多数侵入していたそうだ。侵入が確認されてから間がない事と、地上への影響が認められない事を踏まえて、事実上放置されていたようである。
「これだけ穴が開いているのに、よく崩れませんね」
周りを見れば、本当に穴ぼこだらけである。ルルがこう思ってしまうのも無理のない話だった。
「ここは城の真下を外れていますし、元々が避難所の予定のために頑丈に造られたそうなので、だから持ちこたえているのでしょうね」
ミレルは通路や部屋が崩れていない理由をそのように分析していた。だが、あまりにも穴が多いのでいつまで持ちこたえられるか分からない。三人は書庫へと急ぐ。
その時、カランと小さく石が落ちる音が響く。
その音に三人は周囲を警戒する。すると、ゴゴゴゴ……と地鳴りがして、地面から何かが飛び出てきた。
「キシャーーーッ!」
大きな咆哮と共に現れたのは、気味の悪い大きな芋虫だった。
「サンドクロウラですか。強さとしては大した事はないですが、慣れていないと少々厄介な相手ですね」
セインたちは構える。同時にミレルが叫ぶ。
「糸が来ます、避けて下さい!」
サンドクロウラが仰け反って、口から粘っこい糸を吐き出してきた。これで相手を捕えて動けなくして捕食するのが、このサンドクロウラの攻撃パターンだ。初見ではこの糸に絡めとられてしまうのである。
ミレルの声のおかげで、セインとルルは糸をうまく躱す事ができた。
だが、サンドクロウラの攻撃はこれだけではない。糸を躱したと思ったら糸が崩れて土埃へと姿を変える。そう、砂嵐や土埃を起こして相手の視界を奪うのだ。この土埃には、二人はうまく対処できていない。早めに決着をつけるべきと見たミレルは、
「今回は私に任せて下さい」
そう言ってサンドクロウラに睨みを利かせる。次の瞬間、セインとルルの目に信じられない光景が飛び込んできた。
ズドドドドッ!
「ギシャーーッ!」
サンドクロウラが無数の岩の槍に貫かれていたのだ。よく見るとミレルは手を前に出しただけ。手を出しただけで無数の岩の槍を発動させ、サンドクロウラを串刺しにしたのである。これによってサンドクロウラは断末魔を上げて息絶えてしまっていた。これには、セインとルルは一体何が起こったのか分からなかった。
「いかがでしょうか。これが私の戦闘スタイルの一つ、『無詠唱魔法』です」
「む、無詠唱魔法?!」
魔法使いであるルルが驚いている。
それもそのはず。通常、魔法というものはその威力と精度を高めるために詠唱を行う。だが、無詠唱魔法というのはその詠唱を省いてしまうために、通常ならば威力や精度は格段に低下してしまうはずなのだ。
ところが、どうだろうか。先程ミレルが放った魔法は、岩の槍を生み出して放つ『ロックランス』という魔法だ。土属性の中級魔法に分類されるのだが、サンドクロウラを一撃で倒すほどの威力を持っていた。
「私やミーアは猫人と呼ばれる戦闘民族ですが、私は魔法というものに興味を持っていて、ルナル様に仕えるようになってから魔王城にあったありとあらゆる書物を読み漁りました」
ミレルは話の途中だが、何かを感じて視線が鋭くなる。するとまたサンドクロウラが出現したので、拳に炎をまとわせて叩き込んで沈黙させてしまう。メイド服を着た猫耳の女性が炎をまとった拳を振るう姿を見て、セインとルルはまた驚いていた。
「とまあ、こんな感じに戦うのが猫人本来の姿です。高い身体能力を活かして肉弾戦を行うのです。ですが、体術というのは隙のない攻撃を高い頻度で繰り出しますので、魔法の詠唱っていうのはどうしても邪魔になってしまうのですよ」
この詠唱が邪魔という言葉には、なんとルルも頷いていた。どうやらルルもそう思っているらしい。
「読み漁っていた書物の中にたまたま無詠唱の心得を見つけましたので、必死に特訓をしてようやく身に付けたんですよ」
「無詠唱魔法って魔法使いでも難しいのに、魔法が苦手な猫人で身に付けちゃうなんて、ミレルさんすごいです!」
ルルは感激して、ミレルを尊敬の目で見ている。だが、この中でまったく魔法の心得がないセインは、話の内容についていけずに完全に置いてきぼりだった。
「どうやら君は、魔法にはあまり興味がなさそうですね」
セインの様子に気が付いたミレルが声を掛けてくる。
「べ、別にそういうわけじゃないんだが……」
「いいのですよ。君はその剣を使いこなせるようになる事が先決ですからね」
セインたちとの話を終えたミレルは、くるりと進む方向へと視線を向ける。
「さて、ここは危険のようですから、ゆっくりと話をするのは後にしましょうか。とにかく今は先を急ぎましょう」
セインとルルが頷くと、三人は再び書庫を目指して行動を開始するのだった。




