第48話 イプセルタと霊峰シッタ
ガンヌ街道を北上するルナルたち。その視界に険しい山々が入るようになってきた。
「見えてきましたね、グリーク山脈が」
「ああ、あの険しい山脈の麓に、街があるとは思えないな」
「何度となくギルドメンバーとは武器の買い付けに行った事があるが、何度見ても相変わらずの場所だな」
山脈を見てあれこれ感想を言うルナルたち。だが、シグムスも人の事は言えないと思われる。
ルナルたちの目の前にそびえ立つ高く険しい山々、これがグリーク山脈だ。この山脈より北は魔族の住む場所、つまり魔界という事になる。グリーク山脈は人間界と魔界との境界となっているのだ。この日も山の頂の方には、厚い雲がかかっていた。
この山脈には、その中でも特に高い山が存在する。その山は霊峰シッタと呼ばれ、ひと際神聖視されている。
なんでも聖なる竜が住んでいるらしい。その竜が魔族の山脈越えを妨げているという噂があり、それを示すかのように辺り一帯の魔族の目撃例は極端に少ないのである。
その山脈の麓に、イプセルタの国の首都であるイプセリアが存在している。ここは山脈の端というわけでもなく、ちょっと谷間ができている場所である。そういった立地から、魔界へ向かうハンターが多く立ち寄る。また、魔界に近い場所という事もあって対魔族、魔物用の装備品が充実しており、それを仕入れて売り捌く商人たちも集まってくる。そういった理由から、イプセリアの街は今日も活気を見せていた。
「ここに来るのは久しぶりですけれど、やっぱり街の中は人だらけですね」
街の入口に着いたルナルたちは、身分証の提示を行い、そのまま馬車で街の中を進んでいく。ペンタホーンに牽かれた馬車というのは相当に目立つらしく、入口では何も言われなかったものの、中に入ると道行く人たちから注目を集めていた。
「やっぱり目立ちますかね」
「そりゃまあ、ペンタホーンを使役できるやつ奴なんざ、希少すぎるだろ」
辺りを見回すルナルが呟くと、マスターは笑いながらツッコミを入れている。ちなみに智将は黙って様子を見ている。
「魔界が近いという事もあってか、人間以外の住民も意外と居ますね」
イプセルタの城へと向かって進むルナルたちの視界には、角や牙、翼を持っていたり、全身ふさふさの明らかに人間ではない特徴を持った住民の姿が映る。一人二人ではない、相当な人数の姿がだ。
「お前なあ、知らなかったのか? イプセルタには結構魔族の住民も居るぞ」
マスターが言うには、イプセルタの首都イプセリアの周辺は、霊峰シッタの聖なる竜とイプセルタ軍の誇る武力によって強固に守られているため、周辺の非力な魔族たちはイプセルタに対して降伏しているらしい。恭順の意思を示して街に迎え入れられた魔族たちは、今ではイプセルタにおいて重要な労働力となっている。
ただ、3か月ほど前の『魔王の宣言』が出た時には、イプセリアの街はさすがにひりついたらしい。ところが、イプセルタの街に住む魔族たちはそれを笑い飛ばしていたので、それはまるっきり杞憂に終わったのである。
「意外な感じがするかも知れないが、イプセルタに住む魔族にとってはここが故郷みたいなものだ。それに自分たちが街の根本を作ってるわけだし、生活を保障してもらう代わりに、労働力を提供する。そういった絶妙なバランスでこの国は成り立ってるんだよ」
「ふむ、実に興味深いな」
マスターの話を聞いて、智将は唸っていた。
それにしても、魔王への対策会議の会場であるイプセルタだというのに、思いの外魔族に対して寛容なのは驚かされる。ルナルは馬車を進ませながら、街の様子をじっくりと眺めていた。
「おい、ルナル。お前は一体どうするつもりなんだ? あんな宣言しておいて、何も考えてないなんて事はないだろうな?」
マスターが急に新たな話題を振ってくる。少々ごまかした言い方にはなっているが、これは間違いなく、酒に酔った勢いでやってしまったルナルの宣言の話だろう。
「もちろんですよ。ただ考えがまとまりきらないですね。でも、言ったからには責任をもって実行しますけれどね」
「で、何を実行するってんだい?」
「まだまとまってないって言ってるでしょうが! 第一、あなたは人の事言えるんですか? マスター、人の事をからかう前に、自分の事をどうにかして下さい!」
「がっはっはっ、そいつはそうだな」
いちいち突っ掛かるような物言いのマスターに、ルナルは怒りのあまりに問い返す。すると、マスターは笑いながらそれを認めていた。ルナルはそんなマスターを睨み付けていた。
「……そろそろイプセルタの城門が見えてくる。戯れるのはそれくらいにしたらどうなんだ?」
二人の様子に呆れ顔の智将が、忠告がてら声を掛ける。その声にまじめな表情になった二人は、すっと正面へと顔を向けた。
「あれがイプセルタ城ですか。ここまで来るのは初めてですけれど、結構立派な城構えですね」
「はっはっはっ、どこがだよ。叩けば壊れそうだぞ」
「……冗談はやめて下さい。あなたが本気を出せば、ここら一帯が瓦礫の山になってしまいますじゃないですか」
「うーん、否定はできないな」
ここまで来てルナルとマスターが戯れている。何か物騒な言い回しが聞こえたが、さすがの智将もこれを理解する事ができなかったようで首を傾げていた。
「はあ、冗談はここまでにしておきましょう。疲れますからね」
ルナルはため息を吐く。そして、馬車に乗ったまま城門へとたどり着くのだった。
 




