第3話 新たな依頼
「待たせたなっ!」
奥の部屋から、筋肉だるまの男であるマスターがハイテンションな口調で戻ってきた。勢いよく扉を開けるものだから、扉が壊れないか心配になってくる。だが、肝心のマスターはそこには無頓着で、ルナルに向かって語り掛けてきた。
「こいつはトップクラスのハンターにしか頼めない、ちょいと危険な仕事だ。まっ、お前さんの実力から言ってさほど難しくはないだろう」
マスターのテンションの高さに、ルナルは思いっきりうんざりとした顔をしている。だが、自分が尋ねた依頼の話なので、マスターが差し出してきた一枚の紙を仕方なく受け取った。その内容を確認すると、次のような依頼が記されていた。
『ガンヌ街道に現れるペンタホーンの討伐』
ルナルはそこに書いてあった内容に思わず首を傾げてしまう。
「ペンタホーンですか?」
「ああ、そうだ」
確認を取るルナルだったが、マスターから返ってきた答えは肯定だった。
「いや、ペンタホーンって頭に5本の角を持つ馬型の魔物ですよね? 彼らは魔物でありながらも非常におとなしくて、人を襲うような事はないと聞きますが?」
ルナルの問い掛けに、マスターの表情が曇る。
「……理由は分からんが、ガンヌ街道に現れるペンタホーンは、問答無用にそこを通る行商人などの馬車を無差別に襲っているらしい。馬車を破壊されては移動する事はままならないからな、交易に支障が出るとしてそういう報酬が設定されてるんだ」
「確かに、ずいぶんと高めですね」
「行商人にとっちゃ死活問題だからな。緊急性がそれだけ高いって事だ」
マスターの説明を聞いて、ルナルは依頼書をじっと見直している。そして、
「分かりました。確かにあの街道が使えないとかなり広範囲に影響が出ますからね。この依頼、お受けしましょう」
状況の深刻さを感じたルナルは、二つ返事で依頼を受ける事にしたのだった。
「おっ、さすがはルナルだな。頼りにしてるぜ」
マスターは顎を触りながら喜びの笑みを浮かべている。だが、ルナルはその表情が苦手である。
「で、討伐に向かうにしてももうちょっと情報が欲しいですね。数は把握していますか?」
「むっ、それはだな……」
ルナルがマスターに問い詰めたその時だった。
「ルナル様、そのペンタホーンの数でしたら、私が把握しおります」
マスターに詰め寄るルナルの背後に、眼鏡を掛けた長い青色の髪の毛を束ねた女性が現れた。服装はピシッとしたジャケットにロングパンツ、それとミドルブーツという軍人っぽいいでたちである。
「おお、ソルトちゃんかい。久しぶりだな!」
「お久しぶりでございます、マスターさん」
マスターが声を掛けると、ソルトは挨拶を返す。どうもマスターは名前っぽい。
「とりあえず、私が把握している現時点での情報をお話しします」
ソルトは挨拶から間髪入れずに、情報を話し始める。
現時点でソルトが把握しているのは、ペンタホーンはガンヌ街道のほぼ中央付近に出没し、その数は3体なのだそうだ。はぐれ固体ではあるようだが、その3体は連携が取れており、一筋縄ではいきそうにないという事だった。
ソルトからの情報を聞くに、やはり通常のペンタホーンとは明らかに違うようだった。おとなしいはずのペンタホーンが行商人たちを襲撃するという点からしておかしいのだ。もしかしたら、ペンタホーンの襲撃の裏には糸を引く黒幕が居るのかも知れない。もしそうであるならば、普通のハンターでは対処が難しい事だろう。
「ふぅ、やっぱりこの依頼は私が受けるしかなさそうですね」
ため息を吐いたルナルは、ちらりとソルトに視線をやる。その視線に気が付いたソルトは軽く頷いてくるりと向きを変えると、
「では、先に向かっております」
とだけ言い残して、ギルドから立ち去っていった。
「それでは私も出るとしましょう。善は急げと言いますしね」
「おう、頼んだぞ!」
マスターに見送られながら、ルナルは一路ガンヌ街道へと走り始めたのだった。
ガンヌ街道。
商業都市ベティスから北方向に整備された街道で、『城塞国家イプセルタ』とを結んでいる。イプセルタは険しい山脈の麓に存在しており、その山々からは多種多様な鉱石が産出されているのだ。
ガンヌ街道はその鉱石や加工品を南へと運び、また逆に、南で採れた農産物などを北へと運ぶ主要な街道なのである。
今回の依頼で討伐指定されたペンタホーンは、その街道のほぼ中央で暴れている。ところが、ベティスからは現場までかなり距離があるので、その現場までは最低でも三日を要してしまう。
ルナルは地図を見ながら移動しているが、このガンヌ街道は基本的に一本道なので迷いようがない。整備されている道を進んでいけば間違いないのである。現在は交通手段が特に存在しないために、ルナルはこの道をひたすら歩いて進んでいた。
しかしながら、迷いようがないとはいえ、現在の情勢はかなり不安定なのだ。
ルナルは道中辺りを警戒しながら、一歩ずつ現場へと足を運んでいくのだった。