第38話 プサイラの魔物
目の前には広大な砂漠がどこまでも続いている。
特に目印になるようなものもほとんどなく、一面の砂、砂、砂……。
これが砂漠の国シグムスのある『プサイラ砂漠』である。
「あ、あぢぃ……。一体どこまで続いてんだよ、この砂漠は」
どこまでも続く変わり映えのない景色と焼けつくような暑さに、砂漠初体験のセインはすでに限界を迎えそうになっている。ルナルの前に座って外套を被っているルルも、同じようにあまりの暑さに疲れた様子を見せている。
「我慢して下さい。砂漠に入って半分くらいは進みましたので、夕暮れまでにはシグムスに着けると思います」
魔王であり、トップクラスのハンターでもあるルナルは、この状況下でも涼しげな顔をしていた。確かに汗をかいてはいるものの、そこは旅慣れした経験者らしさがあった。
「夕暮れまでに、ねえ……」
セインが疑いの眼差しを向ける。
まあ、それも無理もない話だ。視線の先はどこを見ても何もない砂漠が続いているのだから。
シグムスに向けて進む一行を、太陽は高い位置から容赦なく照らしている。そして、それが一面砂地の地面に反射する。この合わせ技によって、とんでもない熱気が襲い続けている。もはや限界は近いのだった。
と、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
突然、遠くから地鳴りのような音が聞こえ始めたのだった。
ルナルはその音に気が付いたようで、ペンタホーンの走る速度を上げる。それに合わせるようにセインの乗るペンタホーンも速度を上げた。
「な、一体どうしたんだ?!」
あまりに突然だったので、セインが驚いて声を上げる。
「まずいですね。どうやら砂漠の主に目を付けられてしまったようです」
「さ、砂漠の主?!」
聞き慣れないというか聞いた事のない単語である。
「このプサイラ砂漠に生息する、砂に潜って獲物を狙う大型の魔物です」
ルナルが説明するには、砂漠の中を水中と同じように泳げるようになった『デザートシャーク』という魔物らしい。突如、砂の中からかち上げるように現れて獲物を食べるのだという。
今回のように地鳴りを響かせる事が多いので、接近に気付く事ができるのだが、相手は砂の中に潜っているので対処が難しい。ゆえに、砂漠に慣れた隊商たちでも、出くわすと被害が避けられないという、なかなかに危険度の高い魔物なのだ。
「倒すって選択肢は?」
「何を言っているのですか。やつが砂の中に居る間は、さすがの私といっても対処が難しいのです。ましてや倒すなんて、厳しすぎます。今は先を急いでいるのですから、構っている暇なんてありませんよ!」
ルナルはそう言うと、ペンタホーンの速度をさらに上げる。
ところが、今回のデザートシャークは予想以上に泳ぐ速度が速い。ルナルたちが駆るペンタホーンに徐々に迫ってきており、このままでは追いつかれてしまう。どうやらこれは、戦うという選択肢しかなくなりそうだった。
「くっ、なんて速さ。このままでは追いつかれます!」
ルナルが焦っている。その時、ルナルの前に座っているルルが声を掛けてきた。
「ルナル様、デザートシャークを砂から追い出せばいいんですか?」
「えっ?」
突然の事に、ルナルは驚いている。
「無理を言ってついて来たんです。私だってお役に立ってみせます」
暑さのせいで疲れた顔をしてはいるが、ルルは魔法の詠唱を始める。
「精霊よ、私に力を貸して! サウザンドニードル!」
ルルが魔法を唱えると、砂漠の中から針の山が突如として現れた。この魔法、本来ならば針のように尖った土の塊を相手に無数に飛ばす魔法なのだが、今回は自分たちの後ろに地中から出現させたのだ。
「あそこです!」
ルルが指差す方向に、砂の中からデザートシャークが勢いよく飛び出してきた。砂の中から一瞬で針の山が出現したので、その勢いに押し出されたのだ。しかも、その威力が高かったのか、デザートシャークはかなりの高さまで打ち上がってしまっていた。
「ルルちゃん、助かります」
デザートシャークが打ち上がるのを見たルナルは、ペンタホーンを止め、その場に降りて槍を構える。砂の上という事で足場は不安定だが、湿地帯やら岩場やら経験してきたハンターにとって、その程度苦でもなかった。
「この一瞬を逃しません! 今まで苦しめてきた者のすべての恨みをその身に食らいなさい、槍竜虚空閃!」
力を込めて槍を一気に突き出す。衝撃波を放つ様は槍竜閃と同じである。
しかし、その威力は明らかに違った。
強力に渦巻く衝撃波が、宙を舞うデザートシャークに命中する。驚いた事に、なんとその衝撃波がデザートシャークに突き刺さって留まっているではないか。そう、これで終わりではないのである。
「私たちに襲い掛かった事を後悔して散りなさい、とどめっ!」
突き出した槍を一気に引き戻すと、デザートシャークに突き刺さった衝撃波が一気に大爆発を起こした。
「す、すげえ……」
あまりの凄まじさに、一人だけ何もできなかったセインが、その光景を呆然と眺めていた。
「さあ、これで脅威は去りました。先を急ぎましょう」
槍をしまったルナルは、再びペンタホーンに跨る。
「ふふっ、ありがとうございます、ルルちゃん」
「えへへ」
ルナルに頭を撫でられると、ルルはとても満足そうな笑顔を見せたのだった。
 




