第36話 西の智将
「この手紙の差出人、ルナルは知っているだろう?」
マスターはそう言葉を掛けながら手紙を差し出してルナルに渡す。
手紙を渡されたルナルは、中身を取り出して目を通す。その手紙はとてもきれいな字で書かれていて読みやすい。よどみなく最後まで読む事ができた。
ルナルは手紙を読み終えると、テーブルの上に置いてひと息つく。その時の表情は驚いているように見えた。
「……『西の智将』ですか。また大変な方からの呼び出しですね」
そう言いながら、ルナルは手紙の最後に書き添えられた署名へと視線を落としていた。
セインはその時のルナルの表情と態度がとても気になっているようだ。
「なあ、その『西の智将』ってのは、一体何者なんだ?」
セインが質問をすると、ルナルとマスターは顔を見合わせる。そして、二人揃ってセインの方を見る。
「そうですか。セインは『西の智将』を知らないわけですか。この辺りの一般人であれば、それも無理はありませんね。今までも話題にもしませんでしたし……」
ルナルは頬に手を当てながらため息を吐いている。そして、セインとルルのために説明を始めた。
ベティスから西側に進むと広大な砂漠が広がっており、その砂漠にはところどころに水の湧き出るオアシスと呼ばれる場所がある。その中でも比較的大きなオアシスに拠点である城を築いて造られた国がシグムスという国である。
そのシグムスでは一人の将軍が軍を率いており、その将軍の指揮の下、シグムス軍は襲い来る魔物たちを撃退し続けている。その将軍は知略に長けている事から、『西の智将』と呼ばれているのだ。
「そういった、一国の要である人物から名指しで呼び出されているのです。どこでどうやって君の事まで知ったのかは分かりませんが……って、少しは驚いたらどうなんですか?」
ルナルの話を、セインはどういうわけかボケっとした顔で聞いていた。ルナルが怒るのも無理のない話である。
「いや、すごい人物だというのは分かるんだが、すごすぎてどう反応していいのか分からなかったんだ……」
「……」
セインの言い訳に、ルナルは呆れて言葉も出なかった。
そこへ、マスターが急に口を挟む。
「だが、正直言ってこの話は急すぎる。通達のあった『魔王対策会議』に関しては、あちらさんにも通達が届いているはずなんだ」
そう言いながら、マスターはさっき見せていた会議の通知書をひらひらとさせている。
「ベティスからシグムスまでは、どんなに急いでも4日は掛かる。会議の開催日は10日後だ。その状況でルナルとあってから出発したとあっては、智将は会議に間に合わないだろう」
マスターが挙げた懸念は、確かにその通りである。
しかし、シグムスから届いた文面の冒頭には『急な事ですまない』とつづられており、シグムスでは何かしらの不測の事態が発生している可能性が考えられるのである。ルナルは少し悩みはしたものの、
「緊急性があると考えられますので、セインを連れてシグムスに向かう事にします」
と結論を口にした。
「すまないな。早速準備しよう」
そうと決まれば、ルナルとマスターはそれぞれに準備を始める。
「あの、ルナル様!」
「何ですか、ルルちゃん」
「わ、私もシグムスへ連れて行って下さい!」
準備を始めたルナルに、ルルは思い切って声を掛ける。その言葉に、ルナルはちょっと困ったような顔をしている。
「ルルちゃん、遊びに行くわけじゃないんですよ? できる事なら連れて行きたいのは山々ですが、どんな危険が待っているか分からないのです。……ルルちゃんを連れて行くわけにはいきませんね」
ルナルの表情は険しかった。だが、ルルの方も引く様子はまったくなかった。
「分かっています! でも、なんだか私も行かなきゃいけない気がするんです。お願いします、ルナル様!」
前に倒れるんじゃないかというような勢いで頭を下げるルル。再び上げたその表情には、固い決意が見て取れた。その表情を見たルナルは、仕方がないとため息を吐いた。
「……分かりました。でも、決して無茶はしないで下さいね」
「はい、分かりました。ありがとうございます、ルナル様!」
そんなこんなで、シグムスにはルナル、セイン、ルルの三人で向かう事になったのであった。
大急ぎで出発の準備を終えたルナルたちは、アルファガドの表へと出る。
「それでは早速向かいます。マスター、もし私たちが間に合わなかった時はよろしくお願いします」
「ああ、分かった。そっちは任せてくれ。気を付けて行ってこいよ」
マスターの言葉にルナルは強く頷く。そして、マスターの隣に立つナタリーとミーアの方へと顔を向ける。
「ナタリーさん、ミーアの事をよろしくお願いします」
「あいよ。あたしに任せておきなって」
どっしりと構えた姉御肌なナタリーは、ドンと胸を叩いている。
「ミーア、絶対に迷惑を掛けないで下さいよ?」
「了解にゃ! ルナル様、行ってらっしゃいませ!」
ミーアはピシッと敬礼を決めていた。
ひと通り挨拶を済ませたルナルたちは、裏手にある馬小屋へと移動する。そして、すっかり移動手段として定着してしまったペンタホーンへと近付いていく。
「あなたたち、またお願いしますね」
ルナルは労わるようにペンタホーンを撫でる。
「今回は砂漠へと向かいますので、いつもより過酷かも知れません。よろしく頼みますね」
すると、ペンタホーンたちはルナルの言葉に答えるように嘶いていた。まるで「任せろ」と言わんばかりである。
「さあ、シグムスに向けて出発です!」
「おう!」
「はいっ!」
ルルはルナルの前に座り、セインもまたペンタホーンに跨る。そして、勢いよくシグムスへ向けて走り出したのだった。
魔王が世界を滅ぼすと宣言を出してから3か月。その日まで残り3か月となった。
ほぼ真ん中となったこの日、またひとつ、運命の歯車は回り始めたのだった。
 




