第34話 ルナルとマスター
酒場の中が騒がしくなる中、うつらうつらと舟をこぎ始めたルルをセインやアルファガドの他のメンバーに任せたルナルは、マスターと一緒にアルファガドの裏手に出てきた。
見上げる空には雲一つない星空が広がり、静寂に虫の鳴き声だけが響き渡っていた。
「ふっ、まったくいろいろあったみたいだな」
「ええ、まったくですよ……」
二人は壁に寄り掛かりながら、話をしている。
「ところで、マスター」
「なんだ?」
「本当にミーアってば、ここまで一人で来たんですか?」
さっき話ができなかった事を尋ねるルナル。今のルナルにとって、ミーアの事は最大の懸案事項なのである。
「ああ、一人だったな。俺が見つけた時には、市場で屋台からリンゴを盗って捕まってたな。まったくじたばた暴れてて見てられなかったぞ」
「あの子ったら……」
マスターからミーアと会った時の状況を説明されたルナルは、額に手を当てて首を左右に振っていた。
「まったく、ここで見た時はさすがに驚きましたが、元気そうで安心しましたよ」
ルナルはマスターを見ながらため息混じりに話す。それを見たマスターは、
「ずいぶんとお前に懐いているようだな」
と、にこやかにしながら話し掛ける。
「ええ。まだ魔王になりたての頃に、自ら視察に出向いた時がありまして、その時に他の魔族に襲われていた猫人の村を見つけたのです」
「人間じゃなくて魔族なのか」
「はい、場所が場所なので人間はあり得ないですね。それで、魔族の中では弱肉強食は当たり前なのですが、気が付いたら私は猫人たちに味方してましてね……」
はにかみながらルナルは話している。お人好しっぽいのは昔からのようだ。
「で、どうなった?」
「魔族を追い返して猫人たちを助けてましたね。それで、また襲われてはいけないからと、全員を魔王城に連れ帰ったんですよ」
「はっはっはっ、ルナルらしい話だな、おい」
頬をぽりぽりと掻きながら恥ずかしそうに話すルナルに対して、マスターは大声で笑っていた。
「その後はソルトとアカーシャたちの訓練を受けるなど、それぞれに巣立って行きましたが、ミーアたち三姉妹だけは、私の側で働くと言って聞かなかったんですよね」
ルナルはまだまだ話を続けている。
「当時はまだ小さかった三姉妹の末っ子のミーアには特に構う事が多かったですね」
「なるほどな。そのせいでルナルに甘えたがるんだな」
「かも知れませんね」
納得したように言うマスター。ルナルは苦笑いをしながら肯定していた。
そして、ルナルは星空を見上げる。
「ただ分からないのは、戦闘民族であるはずの彼女たちが、城でメイドをしている事なんですよね。てっきり軍部に入るとばかり思ってましたのに……」
マスターの方に向き直ったルナルは、顎を抱えて首を捻りながら話している。
「はっはっはっ、お前さんでも分からない事があるんだな。わーっはっはっはっ!」
大声で小ばかにしたように笑うマスター。さすがにその反応にはルナルも怒り心頭だ。
「何がおかしいんですか、何が!」
「おっと、悪かったな」
膨れっ面で突っ掛かってくるルナルの様子に、さすがのマスターも一生懸命宥める。しかし、その顔は笑いを堪えているものだったので、余計ルナルを怒らせていた。
「こほん、それはそれとして、俺からも質問をいいか?」
マスターはしれっと話題を変える。
「お前が連れてきたあの女の子だが、一体何があったんだ?」
「ルルちゃんの事ですか?」
マスターの質問に、こてんと首を傾げるルナル。マスターがこくんと頷くので、ルナルは話を続ける。
「あの子はゴブリンに支配されていた村に居た子です。助けてもらったお礼に私たちの役に立ちたいと言ってまして、本人の意思も固いようなので連れてきたんです」
「ほほぉ、そうかそうか」
ルナルの話を聞いたマスターが、顎をさすりながら何かを納得したかのような反応をしている。
だが、この反応にルナルは機嫌が悪くなる。無駄に笑みを浮かべるから癇に障るようなのだ。
「何なんですか、その反応は! まるで何でもお見通しですよって言ってるような顔はやめて下さいって言ってるじゃないですか!」
ダンと強めに地面を踏みしめて、マスターに突っ掛かるルナル。ところが、マスターはどこ吹く風といった感じで涼しい顔をしている。
「まあ落ち着け。これだってアルファガドの持つ情報網だからできる事だぞ」
「何がギルドの情報網ですか! あなたの場合は、あなた自身の能力じゃないですか!」
ごまかそうとするマスターに大声で文句を言うルナル。しばらくすると、頭を押さえながら大きなため息を吐き、落ち込むようにそのまましゃがみ込んだ。
「はあぁぁ……。他人の事を言えた義理じゃないですが、あなたも一体いつまでこうやって油を売っているつもりなんですか……」
ルナルはしゃがみ込んだまま、マスターを見上げながら愚痴を漏らしている。
「おいおい、俺は別に遊んでいるつもりはないぞ。俺にとってしてみれば、お前らを見守るってのも大事な仕事なんだからな」
マスターはそう言って、ニカッと笑って見せいていた。
あまりにも堂々と言い放つマスターの姿に、ルナルもさすがに面食らってしまったようである。
「はあ、まったく……。それもそうですね。私の監視は重要でしょうからね」
ルナルは立ち上がり、笑いながらマスターに言葉を返した。
「監視じゃないぞ。俺の立ち位置はあくまで見守るだ」
「はいはい、そういう事にしておきますよ」
こう言い合ったマスターとルナルは、しばらくの間、二人で大笑いをしていた。
その時、二人の頭上にはひと筋の流れ星が流れたのだった。




