第31話 新たなる仲間
時間は少し遡る。
宴から一夜明けた朝。ルナルたちはいよいよベティスに戻る事になった。今回の一件でいろいろと情報が手に入ったので、ギルドには早いうちに報告しておいた方がいいと判断したからである。
しかし、ここでルナルたちは二手に分かれる事になった。それというのも、ジャグラーの言い分からすると、どうしても魔王城の状態が気になってしまうのだ。一枚岩とはいったところで、何がきっかけで結束が壊れるか分からないからだ。
ギルドに戻るのはルナルとセインだけだ。ソルトとアカーシャには魔王城へと向かう事になった。
「それでは二人とも、魔王城の事をよろしく頼みましたよ」
「はっ、お任せ下さい」
ソルトとアカーシャはルナルに一礼すると、ペンタホーンに二人で跨り、一足先に村を出発していった。
村に残ったルナルとセインも、ベティスへ向けて出発する準備を始める。
と、その時だった。ふとルナルが視線を感じたのだ。
「どうしたんだ、ルナル」
「いえ、何か視線を感じたような気がしたのですが……」
ルナルがおかしな動きをしたのに気が付いて、セインが問い掛ける。するとルナルは、そうとだけ答える。
「……やっぱり気のせいですかね」
ルナルはふいっと目を伏せる。
「では、セイン。ベティスに戻る支度をしますよ」
「おうよ」
ルナルとセインは帰り支度をするために、自分たちが泊まっていた建物に向けて歩き始めたのだった。
村の建物の影からルナルたちを見つめる視線。その犯人は建物に影に隠れていた一人の少女だった。
エメラルドグリーンの髪の毛をツインテールにしたその少女は、建物へと入っていくルナルたちを食い入るように見ている。
「どうしたのですかな、ルル」
「ひうっ!」
急に声を掛けられたルルという少女は、驚いて思わず変な声を上げてしまう。
「そ、村長様……」
ゆっくりと振り返ったルルの視線の先には、なんと村長が立っていたのだ。その表情はとてもにこやかにしているのだが、ルルは怒られると思ってものすごく警戒している。
ところが、村長はルルが見ていた方向を確認すると、
「ほほぉ、ルナル様たちに興味があるのですかな?」
顎髭を触りながら、ルルに問い掛ける。しかし、びびっているルルはもじもじとしているだけで、質問には答えられなかった。
しかし、村長はにかっと笑うと、無言でルルの手を掴み、ルナルの居る建物へと向かい始めた。さすがに子どもの力ではその力には逆らえず、ルルは村長にずるずると引き摺られていったのだった。
「ルナル様、失礼致します」
村長は建物の入口の扉を叩いて声を掛ける。その声に気が付いたルナルが、
「村長さん、どうかされましたか?」
扉を開いて対応をする。そこにはにこにことした笑顔の村長が立っていた。
「実は、ルナル様にお話しがございましてな。よろしいでしょうか」
「はい、構いませんよ」
どうやら折り入った話があるようなので、ルナルは村長を建物へと招き入れた。すると、村長の後ろから小さな女の子が姿を見せた。どうやら村長の真後ろに隠れていたようである。それにしても村長もそうではあるが、この少女も先日までゴブリンに奴隷扱いされていたはずなのに、こぎれいな容姿をしている。あのゴブリンたちの人の好さというものが伝わってくる感じだった。
さて、建物に入って来た村長はルナルたちの前に立ち、少女を自分の隣に立たせた。
「ルナル様、この子はルルと申します。ほれ、挨拶なさい」
「は、初めまして、ルナル様。る、ルルと申します」
ルルは挨拶をするとぺこりと頭を下げる。そして、恥ずかしいのかすぐに村長の後ろに隠れてしまった。
「こらこら、ルル。隠れるでないぞ」
村長はぐいぐいとルルを自分の前へと押し出した。
「実はこのルルは、先程からずっとルナル様の方を見ているようでしてな。おそらく、一緒について行きたいのだと思います」
「ああ、それでさっき視線を感じたのですね」
ルナルはついさっきの事を思い出していた。
「でもよ、俺たちはハンターだ。そいつみたいなガキんちょなんて、足手まとい以外の何者でもないと思うんだがな」
ルナルが言わなかった事を、セインがズバッと言いのける。
「ほっほっほっ、確かに普通の子どもならそうかも知れませんな。ですが、このルルはこの村では珍しい魔法の使い手なのですぞ」
すると村長は、セインの言葉を笑い飛ばしながら驚く事を言っていた。
「それはそれは……。しかし、村では魔法の使い手は貴重ではないのですか?」
「確かに、以前でしたらそうでしたでしょう。ですが、今はゴブリンの方々がいらっしゃいますので、さほど問題にはならないのですよ」
ルナルが疑問に思って問い掛けると、これまた村長は笑っていた。相当にゴブリンたちは頼もしい存在のようである。
「そうですか……。では、私たちについてくるというのでしたら、今すぐ支度をしてきなさい。私たちはそろそろベティスに戻らなければなりませんのでね」
「畏まりました。ではルル、家に戻って着替えてきなさい」
「は、はい」
ルルは上目遣いに返事をすると、とててと建物から出ていった。
しばらくすると、ルルはルナルたちの元に戻ってきた。服装はさっきとは違って魔法使いらしい姿になっており、その手には杖を持っていた。
(うん? この杖って?)
その杖を見たルナルは、何か引っ掛かりを覚えた。
「おやおや、その服はどうしたんだい?」
「えっと、みんなに話したらなんか用意してくれたんです」
「はっはっはっ、俺たちの手に掛かればこれくらいの衣装直しくらい簡単なものだよ」
「そうそう、ルナル様について行くというのなら、それなりの格好はしないとねぇ」
ルルの後ろには夫婦と思しきゴブリンが立っていた。
「これは私の小さい頃の衣装でね。これでも魔法使いに憧れたものなんだよ」
「さすがにゴブリンの体格では大きすぎたからな。こいつが魔法を使ってルルに合うようにしたんだよ」
ルルの今着ている服はローブにマントにブーツにとんがり帽子である。これをゴブリンが着ていたというのは……想像すると笑いそうになってしまう。だがしかし、よくそんな小さい頃の服を今も持っていたものだ。
「そんな大事なもの、頂いちゃっていいんですか?!」
「なーに、ルナル様の役に立つって子が着てくれるなら、その方がいいに決まってるじゃないか。なあ、お前」
「そうよ。ルルちゃんは気にしなくていいんだからね」
「おじさん、おばさん……」
清々しいまでの笑顔でこう言われてしまうと、ルルは泣きそうになってしまった。
「ありがとうございます。大事にさせてもらいます」
ルルは頭を下げると、ルナルの方へと駆け寄っていく。
「よろしくお願いします、ルナル様!」
「ええ、よろしくね、ルルちゃん」
ルナルは駆け寄ってきたルルの頭を撫でる。しかし、やっぱりルナルはルルの持つ杖が気になって仕方がなかった。
「村長さん、ルルちゃんの持つこの杖って、一体どうされたんですか?」
「その杖ですか? ルルが生まれた翌日に家の前に落ちていたという事以外まったく分からないのです。生まれたばかりのルルが気にしていたので、拾ってそのまま家に飾っておいたそうです」
「そうなんですね」
どうやら、村長たちにもまったく分からない代物らしい。
「ルナル様、その杖に何か心当たりでも?」
「いえ、ちょっと立派な物だったので気になっただけです」
村長が不思議そうに見てくるものだから、ルナルは笑ってごまかしておいた。
ところが、ルナルにはこの杖の見た目に思いたるものがあったのだ。それは、世界樹の枝を使って作られたという『宿り木の杖』というものだった。しかし、似ているだけであるし、こんな片田舎に転がっているような代物ではないので、ルナルも確証を持てなかったのだ。
「まぁ、それよりもベティスに向けて、そろそろ出発しましょうか」
これ以上考えても埒が明かなかったので、ルナルは気持ちを切り替えたのだった。
「それでは村長さん、ルルちゃんの事は大事に預からせて頂きますね」
「はい、よろしくお願いします。ルルや、気を付けて行ってくるんだよ」
「はい、村長様」
村長とルルが言葉を交わすと、ルナルたちはペンタホーンに跨って村の入口へと移動する。
村の入口へと到着すると、村人たちがゴブリンを含めて勢ぞろいしていた。ルルの支度の際に話を聞いて、集まって来たらしい。
「ルナル様、お気を付けて!」
「ルル、ちゃんとルナル様のお役に立つんだよ」
「ルナル様、万歳!」
村の外へと向かうルナルたちに、村人たちは思い思いに声を掛けていた。
「みなさん、私、行ってきます!」
村人たちが手を振って見送る中、新たな仲間である魔法使いのルルを迎え、ルナルたちはベティスに向けて村を出発したのだった。




