第2話 ギルド
「グルァアアアアアッ!!」
突き出されたルナルの槍から放たれた炎は的確にウルフベアの頭部に襲い掛かり、頭を焼きながら視界や呼吸を奪っていく。頭の火を消そうともがき苦しむウルフベアたちだったが、その抵抗もむなしく、やがてその場に力なく倒れて息絶えたのだった。
「や、やった! ハンター様がウルフベアを倒して下さったぞ!」
家の中からその戦いを見ていた村人が、喜びの余り、家から飛び出してきた。それに釣られるようにして次々と村人が家から飛び出して来て、気が付いたらルナルを取り囲んでしまっていた。
「ハンター様、さすがお強いですね!」
「すげえ、あの熊の群れをあんなに簡単に倒しちまうなんて!」
やんややんやと騒ぎ立てる村人たちに、ルナルはちょっと困惑している。
「いやはや、本当に噂に違わぬ素晴らしい槍捌き。『神槍のルナル』という二つ名は伊達ではありませんな」
「村長様……」
ゆっくりと近付いてきた村長が現れた事で、ようやく騒ぎが収拾する。
正直ハンターとして活動するルナルにとって、魔族や魔物との戦いよりもこの興奮した村人などの一般人たちに取り囲まる方が厄介な状況なのだった。いくら戦いが終わった後とはいっても、このもみくちゃにされている間は実に無防備だからだ。いつ何が起こるか分からない現在の状況において、ルナルは本当に勘弁してほしいと思っている。なので、こうやって騒ぎが収まって静まった事でルナルは内心ほっとしたのである。
「ルナル様、魔物を倒して頂いて本当にありがとうございます。せめてながら、何かしらのお礼がしたいのですが……」
村長はこう話しかけてくるが、ルナルはそれに対して強く首を横に振った。
「いえ、畑に家畜に大きな被害が出ているのです。そんな大変な状況の村から、お礼を頂こうなどとは思えませんよ。戦利品として、このウルフベアの毛皮や牙があればいいですから。売れば結構な値段になりますからね」
つまり、討伐の部位だけ貰えればいいという話である。
「どうしてもお礼をと言うのでしたら、このウルフベアの解体を手伝って下さい。これだけのウルフベアの肉があれば当分は食べる物に困らないでしょうからね」
「で、ですが生の肉はすぐに傷んでしまいますぞ」
ルナルが肉は置いていくというような事を言うと、村長は苦言を呈している。
「あら、知らないんですか?」
ルナルはにこりと微笑みながら、腰に下げた袋から干し肉を取り出した。
「これはウルフベアの肉から作った干し肉です。実はここに来るまでにも何体か遭遇してまして、その倒したウルフベアの肉で作ってみたんですよ。干し肉にすると保存が効きますし、これがまた結構おいしいんですよ」
ルナルはそう言いながら、村長たちに干し肉をひと口大に切って渡す。それを食べた村長たちの表情がみるみる変わっていった。
「う、うまい! こんな肉は食べた事がないぞ!」
「喜んで頂けて何より。それじゃ、解体を教えますよ」
干し肉の評判も上々に、しばらくの間、ルナルによる解体処理教室が行われたのだった。
「では、私は街に報告へ戻りますね」
「ルナル様、本当にありがとうございました」
ウルフベアの解体が終わると、ルナルは村人たちに見送られながら去っていったのだった。
ルナルは自分が所属するギルドの活動拠点のある街へと戻ってきた。
その街の名は、商業都市『ベティス』。多くの商人が行き交う、交易の拠点である。
ルナルが所属するハンターギルド『アルファガド』は、その街の一角に拠点を構えている。
カランカラン……。
ルナルがギルドの入口のドアを開けて、中へと入っていく。
ギルドの拠点は、表向きは酒場となっている。中にはたくさんの円形のテーブルが並べられていて、それぞれのテーブルにはジョッキを片手に酒を飲み交わすハンターたちがたむろしていた。
ルナルの格好はレオタードにケープとラップスカート、それとオーバーニーブーツというものではあるが、酒を飲んでいるハンターたちは誰も声を掛けない。以前、ナンパをしようとしたハンターが手酷い返り討ちに遭っているからだ。そもそもルナルはそんな事を気に留めやしない。ずかずかと奥のカウンターへと歩いていった。
「おっ、ルナルじゃねえか。こっち来いよ!」
カウンターに立つ男が、ルナルを大声で呼んできた。その声を聞いたルナルはうんざりとした表情を浮かべながらも、声のするカウンターの方へと歩いていった。
「マスター! 私を見つけるなり大声で呼ぶのはやめて下さいって毎回言ってるじゃないですか。呼ばなくてもカウンターには行きますし、おとなしく座りますからね?」
「がーっはっはっはっ! 悪いな、こいつは癖なんだ」
マスターと呼ばれた男は、悪気のない笑顔で笑っている。文句を言っていたルナルも、その顔を見て諦めてため息を吐いた。
「がっはっはっ。ところでよ、どうだったんだ、依頼の方は?」
マスターの問い掛けに、ルナルは黙ってウルフベアの毛皮と牙を差し出した。それを見たマスターは、にんまりとした笑みを浮かべて大声で笑い始めた。
「おお、こいつはウルフベアの毛皮と牙じゃねえか。牙は少し焦げちまってるが、許容範囲だな。だが、毛皮の状態はかなりいいし、数も多い。こりゃかなりの金額で売れるぞ」
マスターが遠慮のない大声で言うものだから、ギルド内がざわつき始める。だが、ルナルはそれには構わないで、マスターへ説明を始める。
「今回の依頼は辺境だったので大した事はないと思ったんですけれど、村で六体、そこに着くまでもちょくちょく出くわしたので、全部で十体は超えてましたね。正直、予想外の数でした」
「ふーむ、そいつは確かにおかしな数だな。最近はどこもそんな感じだ。まったく、手が回らなくてあちこち振り回す事になっちまってよ」
ルナルが深刻な表情をすると、マスターも顎に手を当てながら悩ましく話している。
「別に構いませんよ。魔族や魔物が出ればそれに対処するのが、ハンターってものでしょう?」
「まっ、確かにそうだな。ほら、こいつが今回の報酬だ、受け取れ」
話を終えて、マスターがルナルの前に金貨を数枚置く。それを受け取ったルナルは、さっさと袋にしまい込んだ。
「正直、この金額だとウルフベアの数に見合わないんですけどね。まあ、ウルフベアの毛皮があれば十分よね」
「まあそうだな。こっちとしてもそこまで数が居るとは想定してなかったしな。その分毛皮で大儲けだよな」
「……ところで、マスター」
お金の話をしていたはずのルナルの表情が、急に険しくなった。
「なんだ?」
「他に依頼ってありますかね」
「ふむ、ちょっと待ってろよ」
他の依頼の事を尋ねられると、マスターは奥の部屋へと姿を消した。
マスターが戻ってくるまでの間、ルナルは出された酒を飲みながら待つ事にしたのだった。