第27話 宴の席
やがて準備が整い、村では盛大な宴が始まった。
狂気に包まれたゴブリックの支配下にあった村なはずなのに、宴の席には食べ物はおろかお酒までが揃っている。ゴブリックの亡き後、抑圧から解放されたゴブリンが頑張ってかき集めてきたらしい。まだまだ復興途中の村の中ではあるものの、頑張って用意した料理の数々が並ぶ。その席では、みんな活気と笑顔にあふれていた。
それにしても、目の前の光景にルナルたちは唖然としたものだ。
村人たちとゴブリンたちが、一緒になって酒を酌み交わしながら談笑している。魔族に伝わる文献の中には、過去にそういう事例もあったらしい記述もあるのだが、実際に目の前で目撃するとただただ驚く事しかできなかった。
そんな中、ルナルたちは村人やゴブリンたちから接待をされている。まるで夢の中に居るような気分である。
ルナルたちも人間と魔族が一緒に行動をしている状態ではあるが、それはルナルたちが人間に近い姿をしている上にその身分を隠していたからこそ成り立つものだ。ところが、目の前で起きている光景は、お互いに隠し事のない状態で繰り広げられているのだ。ルナルたちとは根本的に違うのである。
宴が盛り上がる中、ルナルがふとセインの方を見ると、セインは何やら浮かない表情をしていた。
「……どうしたのですか、セイン?」
気になったルナルは声を掛けずにはいられなかった。
「いや……な、ルナルがゴブリックと戦っていた時の事を思い出してたんだ」
「ああ、あの時の事ですか」
ルナルもその時の事をふと思い出した。ジャグラーの魔力で強化されていたとはいえ、ゴブリックはかなりの実力者だった。
「あの時、ゴブリックが俺たちに向かって魔法を放ったろ。あれを見た瞬間、俺たちは死を覚悟したはずなんだ。なのに、どういうわけか、まったくの無傷だったんだ。今さらなんだけど、あれは何だったんだろうかなと思ったんだよ」
確かに、あの時ゴブリックが放ったのは、土魔法の中でも強力な『グランドフラッド』である。上級魔法に分類される魔法で、大規模な土石流をその場に発生させるという魔法だった。
それだけ強力な魔法が使われたというのに、村人はおろかゴブリンたちも無傷だったのだ。これはさすがに不可解が過ぎる。
思い出してみても、今周りを見てみても、それだけの魔法の使い手が居たようには思えない。それにだ。あの時はソルトやアカーシャとは別行動の真っ只中だった。となれば、一体誰があの魔法を防いだというのだろうか。甚だ疑問なのである。
いろいろと考えてはみたものの、
「とりあえず今はやめておきましょうか、宴の真っ只中ですし。とにかく楽しみましょう」
「ああ、そうだな。悪かったよ」
ルナルたちはすっぱりと気持ちを切り替えて、村人たちの騒ぐ姿を眺めながら宴を楽しんだのだった。
なにせ、ペンタホーンの一件以来、ろくに落ち着く暇がなかったのだ。ジャグラーが引き起こした異変の始末にあちこちへと走り回っていた。それがようやく終わった。今日は久しぶりに迎えた休息なのである。
こうして宴が盛り上がる最中、セインはふとルナルが見せている表情が気になった。珍しくルナルがどこか上の空になっているのである。
「ルナル、どうしたんだ?」
セインが声を掛けるが、
「えっ、あっと、どうかしましたか?」
ルナルは反応が少し遅れた上に、ものすごくびっくりしていた。その大げさな反応に、声を掛けたセインが驚いている。
「ルナル様、一体どうされたのですか?」
「何やら考え事をしているように見えましたが?」
その声に反応するように、ソルトとアカーシャも声を掛ける。
「あっいえ。ちょっと考え事していただけです。別に大した事じゃありませんよ」
忠臣二人にまで心配されたルナルは、両手を左右に振って笑いながらごまかす。だが、その時ルナルがちらりと向けた視線を二人は見逃さなかった。そして、その視線の先を確認すると、二人は納得したように引き下がったのだった。お互いの信頼関係はあるし、付き合いも長いからこその反応なのだろう。
ところが、そんなものが一切ないセインだけは、そこで引き下がらなかった。
「なあ、ルナル」
「何でしょうか、セイン」
セインの声に反応するルナル。
「もしかしてさ、この光景にルナルの理想を見てるんじゃないのか?」
セインの言葉に、思わず言葉を失うルナル。
「だってよ、ルナルって一方的な支配に対して疑問を持っているんだろう? 人間を知らないから反発が起きるって言ってたじゃないか」
「ええ、まあ、確かに言いましたね」
ルナルはセインの言葉に戸惑いつつ、視線を逸らした。
「俺だって、魔族は悪い連中だと思っていた。決めつけていたんだ」
そのルナルの行動に構わず、セインは言葉を続ける。
「でも、ルナルたちのおかげでその認識は変わった。魔族も悪い奴ばかりじゃないと」
セインは突然立ち上がる。
「きっと全員じゃないだろうけど、理解し合う事は可能なはずなんだ。この村のように!」
そして、大振りな動作をしながら叫んだ。そのセインの姿に、ルナルは呆気に取られてしまった。
しばらくの間、二人の間に沈黙が流れる。その間もセインがあまりに真剣な表情をしていたものだから、ルナルはつい笑い始めてしまった。
「な、何だよ、ルナル!」
急にルナルが笑うものだから、セインは戸惑っている。
「いえ、あれだけ露骨に魔王に対して敵意を抱いていた人の言葉とは思えませんでしてね」
笑い過ぎて出てくる涙を拭いながら、ルナルはセインに言葉を掛けている。
「そうですね。ハンターを始めてから5年になりますが、どこか人間と仲良くする事に否定的だったのかも知れませんね」
地面に座ったままのルナルは、きゅっと膝を抱え込んだ。
「ですが、このような光景を見せられてしまうと、……どこか期待してしまいますね。お互いを理解できる時が来るんじゃないかって」
ルナルはセインに顔を向けるが、その顔はどこか無理をしているような笑顔のようだった。
それというのもルナルは魔族であり、そして、その王たる魔王なのだ。その立場ゆえに、このような複雑な表情をせざるを得ないのだろう。……有史以来の人間と魔族の間で繰り広げられてきた対立の歴史が、今まさにルナルたちに影を落としているのである。だからこそ、ルナルは自分の正体を周りに明かせないでいるのだ。
「ルナル!」
何を思ったか、セインが突如として叫ぶ。そして、座り込んでいるルナルの隣に屈むと、ルナルの手を取ってこう言った。
「だったら、俺たちの手で広げてやろうぜ。この村のような光景をさ!」
そのセインの言葉に、ルナルは小さくこくりと頷いたのだった。




