第135話 拠点に戻りて
魔族のいさかいも無事に鎮まり、シグムスの呪いもついに解かれた。
ようやくすべてを終えたルナルたちは、すっきりとした気持ちでベティスに戻ってきていた。
「やあ、おかえり。大変だったね」
戻ってきたルナルたちを、実質アルファガドの切り盛りをしているナタリーが迎える。
「ただいまです、ナタリーさん」
挨拶を返すルナル。
「はあ、疲れました。私はもう休みますね」
「がきんちょはもうおねむか。やっぱりがきんちょはがきんちょだな」
「うるさいですね、セインさん。どうせ私は子どもですよーだ」
セインとルルが険悪な雰囲気になっている。
「ほらほら、帰ってきたばかりでケンカするんじゃありませんってば」
二人の間に割って入るルナル。
「それに、ルルちゃんは砂漠の暑さ対策で魔法を使いっぱなしだったんですから、疲れていて当然ですよ。今はゆっくり休ませてあげて下さい」
「ま、まあルナルがそう言うなら……」
仕方ないなという感じで顔を背けるセインである。
実は、砂漠は相変わらず暑いために、ルルが使える精霊魔法で暑さを和らげていたのだ。
ルルはユグドラシルの分体ではあるものの、姉のフォルとは違って、他の精霊と契約することでその属性の能力を伸ばす事ができたのである。だが、根本であるルルの体力と魔力は変わらなかったので、能力が上がった反動も大きかったというわけなのだ。
「ミーア、ルルちゃんを部屋まで連れていっておあげ」
「はーい、お任せするのにゃー」
すっかり店の看板娘と化したミーアが、ルルをひょいと抱きかかえて部屋まで連れていく。その際にルルがちょっとびっくりして暴れたのだが、猫人たるミーアはびくともしなかった。
その姿を見送って、ルナルたちは再びナタリーと話を再開する。
「それで、マスターは今居ないのですか?」
「ああ。実にすまないねぇ。エウロパって言ったっけか、その方が来てマスターを引きずって行っちまったのさ。いやあ、めったに見れたもんじゃないから、つい笑ってしまったね」
そう言いながら、ナタリーは思い出して笑い始めた。相当にツボに入っていたようだった。
その時の様子から察するに、どうやら先日戻ってきていたのも、エウロパに黙ってこっそりと戻ってきていたようだ。本当に、マスタードラゴンとしての自覚があるのか、心底呆れ返るルナルである。
「とりあえずなんか食べるかい? 長旅で疲れているだろう?」
落ち着きを取り戻したナタリーがこう提案するので、ルナルはこくりと頷いて食事を取る事にした。
セインと二人で席につくと、セインがじっとルナルの事を見つめていた。
「何なんですか、セインくん。私の顔に何かついていますか?」
目を丸めながら、こてんと首を傾げるルナル。その姿には魔王らしさは感じられない。見た目相応の年齢の少女のような反応だった。
「いや、何でもない」
勢いよくルナルから顔を背けるセインである。ますますわけが分からないルナルだった。
「お帰りなさいませ、ルナル様」
「あら、ミレル。ごめんなさいね、置いていってしまって」
ちょうどそこへ、マスターに頼み事をされて外れていたミレルが姿を見せた。
「私はメイドですけれど、医者でもありますからね。けが人や病人だと聞かされて、助けないわけにはいきませんよ。ですが、ルナル様に呼ばれながらも行動を共にできなかったのは、非常につらい事ではありましたね」
ミレルが歯を食いしばっていた。
「仕方ありませんよ。マスターも強引ですからね」
口に拳を当てて、つい笑みをこぼしてしまうルナル。
「ミレルも座りましょうか。お互いの活動報告を兼ねまして、一緒に食事に致しましょう」
「はっ、実に光栄でございます」
ミレルは、畏まった態度で対応しつつ、テーブルを囲む。しかし、しっぽが上向いて揺れているあたり、ものすごく嬉しそうだということが一目瞭然なのだった。
ミレルの方は、先日のディランによる侵攻によるけがの治療がメインだった。イプセルタの近郊でも、魔族の侵攻による被害が確認されていたので、ミレルはその後始末に付き合ったというわけだった。
「そうですか。ずいぶんと好き勝手に暴れていたようですね」
「はい。そういうこともあってか、猫人である私の事も、最初は怖がっていましたね。魔族によって蹂躙されたのですから、無理もないでしょう」
ミレルは報告とあって淡々と語っていた。結局マスターたちの説得と、実際に回復魔法を使って回復させた事ですんなり受け入れたとの事だった。
「ルナル様の方はいかがでしたか?」
話を終えたミレルは、ルナルの方の話に興味津々のようだった。魔族の猫人でありながらディスペルの魔法まで使えるミレル。それがゆえに解呪の話となると一段と興味を持ってしまうようだった。
食いつきが激しいミレルに、つい笑ってしまうルナルだったが、シグムスであったことを話していた。
「よかったですね。無事に長年の苦しみから解放されただなんて、喜ばしい話ではありませんか」
「ええ。でも、まさか禁断の方法に手を出した人間がいたとは驚きですけれどね」
「そうでございますね。しかもその方、当時の魔王を討たれた方とは、まったくなんて因縁なのでしょうか……」
「まったくですよ……」
ミレルと話すルナルの顔は、実に穏やかなものだった。その顔を見ただけで、ミレルはその結末を察したようだ。
「まあ、お疲れさんだね。たっぷり食べて休むといいよ」
「いよっ、待ってました」
山のように運ばれてきた料理に、セインはつい声を上げていた。その様子に、ルナルとミレルは眉をひそめながらもつい笑ってしまうのだった。




