第123話 往生際の悪い奴
走ってディランに近付いていくマイア。
「近寄るな、小娘」
そのように気が付いた魔族が近付けさせまいと近付いて牽制しようとする。
「やめろ」
だが、ディランはその魔族の動きを止める。その時のディランの表情には、驚きが満ちあふれていた。
「まさか、マイアなの……か?」
「はい、そうでございます、ディラン様」
確認するように、戸惑いながら問い掛けるディラン。それに対して、マイアは涙を流しながらにこりと微笑みながら答えた。
「ディラン様、この小娘は?」
「俺のがまだシグムスの王子だった頃の使用人だ。……まさかお前まで生きていたとは」
魔族問い掛けに答えるディラン。その受け答えからも信じられないという気持ちがあふれているのがよく分かる。
当然だろう。シグムスの王子時代という事は、マイアも当然人間なのだ。それが魔族として生きているのだから、信じられるわけがないのである。
「ふざ……けるな。マイアが……マイアがここに居るわけがないのだ。消え失せろ、偽者めが!」
突然剣を振りかざすディラン。だが、それはフォルの力によって防がれる。
「おっと、ずいぶんと手荒い歓迎じゃな。長年の魔族生活のせいで、その目は曇ってしもうたかの」
「黙れぇっ!」
フォルの言葉に激高するディラン。フォルとマイアに襲い掛かろうとするが、間に入ったルナルの手によってあっさりと退けられてしまう。
「うおっ!」
剣を思い切り撥ね上げられて、ディランは思わず手を押さえてしまう。そして、舞い上がった剣はディランの少し後方へと突き刺さっていた。
「おとなしくしなさい、ディラン。見苦しいですよ」
片膝をついたディランに、ルナルがものすごい形相で睨みつけながら槍を突きつけている。さすがに往生際が悪すぎて、ルナルの怒りを買っているようだった。
「ルナル様、決着をつけられたのですか」
そこへ、様子がおかしい事に気が付いたアカーシャとソルトが駆け寄ってきた。二人の方もほとんどの魔族を制圧してしまって決着がついてしまっている。それがゆえにこれだけ余裕を持って合流できるのだ。
「ええ、先程ですけれどね」
ディランに槍を突きつけて険しい表情のまま、アカーシャとソルトの質問に答えるルナル。
「ただ、ルルちゃんたちの方が厳しいようですね。二人とも、すぐに加勢をしてあげて下さい」
「承知致しました」
ルナルは駆け寄ってきた二人を、そのままアンデッドたちの相手をするセインやルルたちの方へと向かわせた。
「……大した余裕だな」
「余裕ではありません。困っている人を助けるのが私の信条なのです」
ルナルが真面目な顔をして答えると、ディランがおかしそうに笑っている。
「ふん、魔王のくせに甘い考え方だな。だから、俺みたいなやつに足元をすくわれるのだ」
「そうですね。今までの私は周りを知らな過ぎたのでしょうね。だから、あなたみたいな人を見逃してしまってたんですね」
ディランの言葉を、ルナルは素直に認めている。戦いに勝って魔王の座に就いたはいいものの、その後の努力が足りなかった事を。
「でもですね、私はああやって城を抜けて来た事を、今は後悔していませんよ。それだけ信頼できる仲間ができたのですからね」
「ゆうてくれるな、ルナルよ」
はっきりと言い切ったルナルに、フォルが照れくさそうに反応している。冷静そうな精霊なのに、意外な反応である。
そんな空気の中、ルナルは再びディランへと向き直る。
「さあディラン。負けをはっきりと認めて、全軍降伏させなさい。ここでおとなしく退けば、命までは取りません」
ルナルははっきりと、ディランに降伏の受け入れを申し入れた。
だが、ディランがそれを素直に受け入れるわけがなかった。
「断る! 俺は、俺を受け入れなかった連中に復讐がしたいだけだ。ここで、ここで止まるわけにはいかぬのだ!」
「ディラン様!」
ルナルに槍を突きつけられているというのに、ディランは辺りに響き渡るように言い切っている。そして、素早く後退して、地面に落ちた自分の剣を拾っている。
「さあ、出でよ。無念に散りし亡者たちよ。その恨みをここで晴らすがよいぞ」
ディランが剣を掲げ、魔法を発動させようとしたその瞬間だった。
「そうはいかんなぁ。俺の足元でこれ以上安息を乱されては困るものだ」
どこからともなく声が響き渡る。そして、その蹴りがディランに命中して詠唱を中断させた。
「ぐっ……。なにやつだ!」
ディランが大声で叫ぶ。
「お前のような小物に名乗るのももったいない。無事だったか、ルナル」
ディランへと吐き捨てると、マスターはルナルへと声を掛ける。
「マスター。街の方は大丈夫なのですか?」
「ああ、あいつらが居れば平気だ。それよりもこいつの事が気になってな、こうやって駆けつけたってわけだ」
「おのれ……、ハンターごときが」
自分を無視して続けられるやり取りに、ディランは眉間にしわを寄せて不機嫌を露わにしていた。
「やれやれ、いい加減にこの茶番に決着をつけなければならないな」
マスターは頭を掻くと、顔を上げて大声で言い放つ。
「俺の真の姿というものを見せてやろう」




