第116話 イプセルタ城の攻防
城門を突破したディランたちは街へと侵入する。突如として現れた魔族の群れに、街の中は大混乱になっていた。
「まだだ、まだ手を出すんじゃないぞ。ただし、歯向かうやつは殺せ」
「御意に!」
ディランたちは街に侵入すると、一路イプセルタ城へ向けて進軍する。
「どけどけぇ! ディラン様のお通りだ!」
魔族の軍勢は通りに居た人間たちを巻き込みながら進んでいく。魔族にしてみれば、人間など脆弱で矮小な存在なのだ。踏み潰したところで何も感じやしないのだ。邪魔だろうがお構いなしだった。
「人間たちを殺さないのはなにゆえでしょうか」
部下の一人がディランに尋ねる。
「これから起きる歴史的瞬間の目撃者は多い方がいいからな。奴らはそのための観客よ」
「なるほど……、偉業をその目に焼き付けさせるのですね。これは思い至りませんでした」
部下は感激していた。
「絶望に打ち震える人間をいたぶるのは……実に至高であろう?」
「その通りでございますね」
にやりと笑うディランと部下である。
そうこうしているうちに、目の前にはイプセルタの城門が見えてきた。そこには境界の城門の知らせを受けて待ち構える兵士たちの姿があった。その数は先程の城門とは明らかに数が違っていた。
だが、その兵士たちの姿を見てもディランは余裕だった。
「ふん、雑魚どもが」
ちらりとディランは周りへと視線を送る。するとそれを合図に、待ってましたと言わんばかりに魔族たちの士気が一斉に上がっていく
「さあ、人間どもの栄華を、ここで終わりにしてやろうではないか!」
「おおーっ!」
「ヒャッハーッ!!」
「ニンゲン、スベテ、ツブスッ!」
ディランの号令で魔族たちは我先にとイプセルタ城へと襲撃を掛けるのだった。
一方の魔族を迎え撃つイプセルタ城。
「魔族どもが来たぞ!」
「我らイプセルタの力を見せつけてやるのだ!」
「おおーっ!!」
将軍自らが前線に立ち、魔族の動きを見る。
「ふむ、国境の城門から街を通ってこちらに向かってくるか」
立ち上る土煙を見ながら、状況を分析している。
こういう経路になるのも仕方がないだろう。城は一段と高い場所にあり、そこに至る斜面はかなり急なのだ。
魔族の隊列を見る限り、乗り物のようなものが見える。それを思えば、魔族とはいえど素直なルートを取らざるを得ないというわけだ。
このままおとなしく通りに沿ってくるのならば、非常に迎撃がしやすい。将軍はそのように考えていた。
「敵襲、敵襲!」
だが、そうは甘くはなかった。
「なんだと、どこからだ!」
「そ、空からです!」
「ちぃっ」
そう、魔族の一部は空が飛べるのだ。彼らにしてみれば斜面の傾斜などまったく関係がない。
ディランたちの本体が派手な土煙を上げているのは、ただの囮に過ぎなかったのだ。空を飛べる魔族は、できる限りかき回せとディランから指令を受けていた。
「ぎゃははははーっ、逃げ惑え、脆弱な人間どもめが!」
「ディラン様が安心してここに到達できるように、できる限りぶっ殺してやろうぜ」
「そうだな。恐れるドラゴンも居ねえ。ひと暴れしてやるぜ!」
空から魔族が急降下してくる。
だが、城に構えるのはイプセルタの精鋭たる兵士たちだ。慌てはしてもこの程度で退くような者など居なかった。
「魔法隊、弓兵隊、迎撃するのだ!」
「はっ!」
将軍の命令を受けた部隊が、空から襲い掛かる魔族たちに対して攻撃を仕掛ける。
「風の刃よ、かの者を切り刻め! ストームカッター!」
風魔法で攻撃を仕掛ける魔法使い。
「炎よ、仇なす者たちへと弾け飛べ! フレイムクラスター!」
弓兵の矢に向けて炎の魔法を炸裂させる魔法使い。炎を受けた矢は火矢となり、風に乗って魔族へと襲い掛かる。
「しゃらくせぇ」
だが、空中に居る魔族の1体が大きく息を吸い込むと、突風のような息吹を吐いて矢を吹き飛ばしてしまった。
「けけけ、中級魔法ごときじゃあ、俺たちに届きやしないぜ!」
高らかに笑う魔族たちに、兵士たちは驚きを隠せなかった。
「おらあ、今度はこっちの番だ。本物の風の魔法ってのはこういうのを言うんだぜ」
空を飛ぶ魔族が腕を前に突き出す。
「消し飛べ! トルネード!」
魔族の腕から巨大な竜巻が放たれる。
あまりに巨大がゆえに、イプセルタの兵士たちから表情が消える。
「けーっけっけっ、いい表情だ。すべて吹き飛べ!」
気持ちよさそうに笑う魔族。まるで勝利を確信したかのようである。
だが、次の瞬間だった。
「魔法の障壁よ、すべてを護れ! シェルター!」
透明な壁が現れ、ぶつかった竜巻は跡形もなくかき消されてしまった。
「な、なに!?」
驚く魔族だったが、それも長くは続かなかった。
「あ、あれ?」
急に飛ぶ力を失い、地面へと落ちていく魔族。他の魔族たちは一体何が起きたのか分からなかった。
「その汚い口を、今すぐ塞ぐんだな」
「私たちが来たからには、お前たちの好き勝手にはさせませんよ」
「お、おお……」
将軍が感激に打ち震える目の前に立っていたのは、知る人ぞ知る人物たちだった。




