第107話 迫り来る時
ところは魔王城。
コツコツと歩くディランの横で、ミントが控えている。
「よくここまで集めてくれたものだ、褒めてつかわすぞ、ミント」
「はっ、お褒め頂き光栄でございます」
ミントは頭を下げたままディランに答える。
「他の準備も済んでいるな?」
「すべて仰せのままに」
ミントからの返答に、ディランは満足そうにほくそ笑んでいる。
ディランは目の前に集められた魔物たちを、顎を触りながら誇らしく眺めている。
「これほどの数が相手では、さすがの奴らとてひとたまりもあるまい。奴らの慌てふためく姿が目に浮かんで笑いが止まらぬぞ。ふは、ふはははははははっ!」
部屋の中にディランの大きな笑い声が響き渡る。以前のディランからならまったく想像できない姿だった。
まさかこれほどまでのどす黒い感情を隠したまま、騎士としてルナルに仕えていたのだから大したものである。
「さあ、世界中を混乱の渦に叩き込んでやろうではないか。この俺の恨み、今こそ晴らしてくれようぞ!!」
ディランはくるりと振り返る。
「ミントよ、そろそろ打って出るとしようか」
「はっ、ではまずを潰しましょうか」
「……イプセルタだ」
ミントの問い掛けに、ディランは急に真面目な表情をして答える。
「あそこは山の谷間を抜ける。よそに比べれば人間の力が結集しているから、あそこを叩き潰せれば人間どもを一気に弱体化できるというわけだ」
ディランの瞳が光る。
それに対して、ミントは淡々と応対している。
「それでは、私が先陣を切って崩しにかかりましょう」
「うむ、そうしてくれ。さすがはあいつの下に居ただけの事はあるな」
蔑むように言い放つディラン。だが、ミントはそれを黙って聞いているだけだった。
「……ともかく、私は命ぜられた通りに動くだけ。魔物たちを率いて、道を開きます」
「ふん、できる限り潰してくれよ?」
「ご期待下さいませ」
ミントは魔物たちの方へと歩いていく。それを見たディランは、自分の率いる魔族たちの方へ向かうために部屋を出て行った。
それを確認したミントは、すっと魔物たちの方を見る。
「お前たちにも無茶をさせてしまうようで、本当に申し訳ありませんね」
「ぐるるる……」
魔物に対して謝るミントは、自分の胸元に視線を落とす。そこには赤黒く光る石が見えていた。
……魔眼石である。
しかし、ミントの様子を見る限り、かなり自我を保っているように見える。
(さすがに、この石の力が強すぎます……。私の意識も、いつまで保てるか……)
魔物の前に立って指を鳴らすミント。すると、魔物たちはミントの後ろに従うように並ぶ。
「さあ、参りますよ。ディラン様のために、人間どもを蹴散らしてやりましょう」
魔物たちに背を向けて歩き出した瞬間、急に苦しみだして胸を押さえるミント。
(ぐっ、魔眼石の支配になんて……、負けてなるもので……すか……)
本来ならば埋め込まれた瞬間から操り人形と化してしまう魔眼石の支配。ミントはそれからいまだに逆らい続けているのである。そのために、魔力の干渉が起きてこのように苦しみを味わってしまうのだ。
それでも必死に耐えて、ミントは立ち上がる。
ちらりと後ろを振り返ると、魔物の一体がすぐにそばに寄り添ってミントをその背中に乗せた。
「がる?」
「ええ、大丈夫です。……私の心はいつまでもルナル様とともにです。この程度、苦でもありません……」
気遣いを見せた魔物に、ミントは冷や汗を流しながらも強がってみせていた。
「さあ、イプセルタに向けて出発です。私がどうなるとしても、陥落だけはさせねばなりませんからね……。その後は恐らく、いえ、間違いなく私に待っている運命はひとつでしょうね……」
何かを悟ったようなミントだが、魔眼石の支配の影響もあって、魔物たちを連れて魔王城を発つ。
これまでずっと魔眼石に逆らい続けているために、顔色がとても悪くなっている。それでも悟られないように振る舞っているあたり、さすがはメイドといったところだろう。だが、それも少しずつ限界が近付いてきていた。
(おそらく、イプセルタに着く頃には、私はもう……。ルナル様の手で死ねるのであるならば、私は本望です……)
サーベルタイガーと思われる牙の鋭い魔物の上で、ミントはその覚悟を決めていたようだった。
ミントたちが出て行く様子を魔王城の中から見ていたディラン。
「ふん、行ったか」
「そのようでございますね。我々も発ちますか?」
ディランの配下の魔族が確認をしている。
「まぁそうだな。だが、あまり急ぐではないぞ。あいつらは所詮捨て駒だ。十分疲弊させたところで、我々がまとめて倒すのだからな」
ディランはずいぶんと悪い顔をして配下に答える。
「これはこれは……、所詮は大事の前の小事という事でございますね」
「そうだ。俺の最終目的はシグムスを滅ぼし、世界を支配する魔王として君臨する事だからな」
ディランは鋭い目をしてにやりと笑っている。そのあまりの気味の悪さに、部下たちは雰囲気に飲まれてしまっていた。
「さあ、我々も発つとしよう。あの愚かなる魔王の宣言した期限の日は近い。その言葉、我々の手で現実のものとしてやろうではないか!」
ディランの声に呼応するように、魔王城の中に魔族たちの咆哮がこだましたのであった。




