第104話 そして、動き出す……
シッタで潜伏生活をするルナル。しばらくは休む方向でいるとはいえ、正直気持ちはまったく落ち着かずにいた。
それもそうだろう。裏切ったディランの手によって、自分の部下のほとんどを封じられてしまったのだ。それに加えて、信頼を置く部下の一人を奪われてしまった。落ち着けという方が無理なのである。
しかし、下手に手を出せば今のルナルではディランに返り討ちに遭う可能性があった。ディランは魔族に有効な神聖魔法の使い手だからである。
だからこそルナルは、シッタでじっくりと構えるしかなかった。
ただ、幸いな事に退屈はしなかった。なにせここには水智龍エウロパと疾風龍アイオロスの二体が居るのだから。相手にとって不足はない、強力な存在である。
特にアイオロスの方は、先日ルナルに負けていたがためにやり返してやりたいと息巻いていた。しばらくディランの動きもないと見られるために、ルナルとアイオロスは今日も全力で戦っていた。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。ルナルが指定した半年という期日は、着実に迫りつつあったのだ。
ルナルは迷いを振り払うようにエウロパやアイオロスと戦いながら、その心を固めていく。部下の喪失と裏切りがあったとはいえ、自分は魔王なのだからしっかりしなければならないのだ。
理想の世界を作るため。そして、魔王としての尊厳を守るため。強い思いを秘めたルナルは今日も槍を振りかざすのだった。
―――
一方、ルナルと袂を分かったディランは、ほとんど誰も居なくなった魔王城の中でじっとしていた。
ディラン側についた魔族たちは、元々ルナルとは考えを違えていた過激派がほとんどを占めており、あーだこーだと議論を交わしていた。
その雑音をよそに、ディランはミントを侍らせて作戦を立てている。
正直、ルナルをあの魔法で捕らえられていたのなら、ディランの計画は早めに実行できていただろう。
だが、思わぬ乱入者によってルナルを掻っ攫われてしまったので、ディランは少々慎重になっているようである。
(まったく、あの愚か者さえ手元に居れば事はすんなり運んだものだがな……。さて、どうやって人間どもを混乱に陥れてやろうか……)
ディランは手元の少ない手駒で、一体どう事を運べばいいのか思案している。
もちろん、魔界の各地の魔族たちに呼びかけてはいる。だが、それがどこまで集まるかというのは未知数だった。
そもそもディランは人間で、シグムスの王子だった。
王子でありながら不死者となった事で国を追われて魔界へと流れてきたという過去を持つ。
これなら普通はシグムスだけに恨みを持ちそうなものだが、長年の魔界暮らしを経ているうちに、その恨みは本質的に変化してしまったのだ。その恨み矛先は、シグムス王国だけではなく人間すべてへとその向きを変えていたのだ。
魔王となったルナルに拾われたディランは忠誠を誓いつつ、いずれ人間たちに恨みを晴らすべくその剣の腕を磨いていた。
だが、仕えたはずの相手であるルナルが、自分の描いた姿とは大きくかけ離れた存在だと知るや、ディランは周りに知られぬようにしながら復讐のための画策を始めたのである。
(まったく、俺の計画の邪魔をしていたのが、他ならぬあの愚か者だとはな……。やはり、あやつは魔族の風上にも置けぬ奴だったな……)
ディランは、自室に置かれた本棚へと近付いていく。そして、その棚の一部の本を触り始めた。
何事かとその様子を眺めるミント。しばらくすると、本棚が動いて空間が現れたのだ。
「な、なんなのですか、それは?!」
思わず声を出してしまうミント。ディランはその棚を見せながら、不敵な笑みを浮かべる。
「気になるか? まあ気になるだろうな?」
よく分からない言葉を発するディラン。だが、その先にある棚からは、何とも言えない不穏な魔力が漏れ出していた。
感じた事のない不気味な魔力に、ミントは体の震えが止まらなかった。
猫人としての直感が告げているのだ。危険だ、早く逃げろと。
だが、あまりの魔力の強さに、ミントは動く事ができなかった。
「はっ、さすが戦闘民族たる猫人だな。これの危険性をしっかり感じ取っているとはな」
ディランはミントを見下しながら、嘲り笑うかのように言葉をぶつけている。そして、その棚から何かを1個持ち出すと、ゆっくりとミントへと近付いていく。
「その石……。まさか、魔界で起きていた数々の事件の黒幕は……!」
青ざめながらディランに確認を取るように話し掛けるミント。だが、ディランの強気な態度は一切変わらなかった。
「わざわざこの俺についてくれたのだから、お前にもしっかりと役に立ってもらわないとな」
「や、やめて下さい。それがどういうものか、分かっていますでしょう?!」
首を横に振って後退るミント。それを追いかけるようにディランは距離を詰めていく。
「さあ、俺とともにこの世界を魔族の手に収めようではないか!」
完全にミントとの距離を詰めたディランの瞳が、怪しく光ったのだった。




