村娘のメリル
また一年が過ぎてしまった。
そう思いながらメリルは花束を二つ抱え、ある場所へ向かっていた。
それは近所の教会である。そこには数年前に亡くなったメリルの親友が眠っていた。
ふるさとがモンスターの襲撃に遭い、その時に亡くなってしまったハンナ。もうすぐ恋人との結婚を控えていたのに、あんまりだと神を恨んだことを思い出す。
同時に彼女に花束を託したハンナの婚約者の顔が浮かんだ。
彼と会った最後の記憶は二年ほど前である。やつれて憔悴しきった彼は「まだ、行けない」と言った。
ハンナの死を受け入れられず、墓参りができない。それをメリルは咎めることはできなかった。
彼女だってまだ受け入れたとは言い難い。あんなに突然、家族のような親友を喪ったのだ。心の底からハンナを愛していた彼が、その悲しみを受けとめられなくても仕方がない。
けれど、彼女の死を弔いたいと彼は言うのだ。だからメリルは彼が送ってきた花束を預かり、彼の分まで冥福を祈るために墓参りに向かっていた。
今日はハンナの命日だ。ハンナだけでなく、ふるさとの人々の多くは同じ日に亡くなっているので、墓地に向かう人は多かった。
暗い表情の知り合いに挨拶をしながらメリルは墓を目指す。こんなに悲しい日なのに、空はハンナの瞳のように気持ちいい晴天で、嬉しいと同時に憎らしくもなる。
そうやって上ばかり見ていたから、気づくのが遅れた。ハンナの墓の前に男がひとり立っていたのだ。
一瞬体格が近いからハンナの婚約者かと思ったが、違う。男は剣を佩いていて、冒険者らしい風体をしていた。彼はそっと墓前に花を手向けている。
「あの!」
メリルは咄嗟に声を掛けた。
見覚えはないはずなのに、不思議と懐かしさを感じたのだ。男はゆっくりと振り返る。
どこか茫洋とした、特徴のない顔をした男だった。
「ハンナの知り合いですか? 私、彼女の親友だったんです」
「……知り合い、ではありません。俺は彼女が亡くなったあの襲撃の時に討伐に出た冒険者のひとりです」
「まあ、そうでしたか。あの時は本当にありがとうございました」
メリルは心からの感謝を込めて礼を言った。彼女の村はモンスターの襲撃で壊滅状態になったものの、現在は復興が進み、また住めるようになっている。
冒険者たちがあの時モンスターを全滅させてくれたおかげで再建は早かった。
「俺は、感謝されるような立場ではありません。……ハンナを守れなかったのだから」
「そんなことありません」
メリルは即座に否定した。彼らが戦ってくれたから、今彼女は生きている。
彼女だけではない。当時あの場にいた者は彼を含めた冒険者たちが命懸けで戦ってくれたから、命拾いした。
確かにハンナを含め、たくさんの犠牲が出たが、その罪悪感を彼が抱える必要はないのだ。
そういったことを熱弁すると、彼はふっ、と笑った。その笑顔にメリルの胸は温かくなり、同時にきりきりと痛んだ。
何か、大事なことを忘れている気がする。
「ありがとう。貴女はやはり優しいですね」
「いえ、優しいのは貴方だと……」
「さよなら、メリル」
「えっ」
男はメリルの横をすり抜ける。何故知らない男が彼女の名前を知っているのか、そんな疑問が浮かんで反応が遅れた。
慌てて振り返ったが、そこにはもう誰もいない。
「今の人って……」
知り合いだろうか。思い出そうとするが、それらしい人物どころか、さっきまで話していた男の顔すら覚えていない。
一陣の風が、空に向かって吹き上がる。思わず空を見上げたメリルは既視感を覚えた。
「あの人、ハンナと同じ空色の目をしてた……」
だからなんだという話だが、そのことはメリルの心に深く刺さった。何故だが、息苦しくなり涙が込み上げる。
ハンナだけではなく、もうひとり大切な誰かがいない気がする。でも、記憶の中にはそんな人物はいないのだ。その矛盾が彼女を苦しめた。
もう一度会いたい。会えばわかる。強くそう思った。
「……また、来年。ここで会えるかしら」
そんな独白は風に攫われてかき消える。メリルは振り返った。そこにあるのは物言わぬハンナの墓と、男の置いた花束だ。
メリルはそっとその横にふたつの花束を添えると、親友の冥福を祈った。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。