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人生で幸せだった時期はいつかと聞かれたら、彼は両親が亡くなる前だと即答できる。間違いなくあの瞬間に彼の、いや妹の運命は決まってしまったのだ。
かつて彼は平凡な田舎町に生まれた、平凡な少年だった。
一番の自慢は美しい妹。幼馴染であり、妹の友達でもあるメリルも美少女だったから、二人とよく一緒にいる彼は同年代の少年たちによく揶揄われたものだった。
でも、彼は優しい両親と可愛い妹、仲のいい幼馴染に囲まれ幸せだった。だから、そんなやっかみはまるで気にしていなかったのだ。
しかし、その幸せはあっさり終わってしまう。彼の両親がモンスターに襲われ、殺されてしまった。
ハンナと二人っきりになってしまった彼は悲しむ暇もなく、子供でもできる仕事を始めた。
メリルの両親や近所の人々は幼い二人をよく気にかけてくれたものの、それだけでは生きていけないと、子供ながらにわかっていたのだ。
他の子供たちが年相応に遊んでいるのを横目で見ながら、大人に混じって働くのは苦しかった。しかし、同じ立場の妹や、彼を気にかけてくれるメリルがいてくれたからなんとか耐えられた。
そうして彼は成長し、一人前と認められる年頃になった時だった。
ハンナの結婚が決まったのだ。
相手は以前から妹が針子の仕事を受けていた商家の息子だった。仕事熱心で誠実な男だと知っていたため、手放しで祝福した。
相手の親もハンナを気に入っており、これからの人生は順風満帆だと信じて疑わなかった。なのに。
あの日。
彼の村にモンスターの大群押し寄せた。
彼はその日仕事の関係で村にはおらず、知らぬ間にたくさんの知り合いと死に別れていた。
その中に、彼の妹もいた。
妹の亡骸はモンスターに食い荒らされ、二目と見れない有様だった。街から傭兵を連れて救援に駆けつけた妹の婚約者は、ハンナだったものに取り縋って泣いている。
彼は泣けなかった。
どうして。
どうして、モンスターなどというものが存在するのか。
どうして、奴らはよりによって彼の幸せばかり壊すのか。
かつて生きていくのにいっぱいいっぱいだったために芽生えなかった憎悪が、その日確かに芽吹いた。
翌日彼は避難所から飛び出し、冒険者ギルドの戸を叩いた。
ギルドでは村を襲ったモンスターの討伐を優先して行っており、彼はそれに志願したのだ。父を母を妹を殺したモンスターを狩るまでは、いや、すべてを殲滅するまで止まる気はなかった。
今まで一度も剣を振るったことはなかったが、捨て身の戦法が功を奏したのか、最後まで立っていたのは彼だった。
その後、彼はさらにモンスターを殺すため、正式に冒険者生活を始めた。メリルには行かないでと泣かれたが、モンスターへの憎悪しかない彼は立ち止まれなかった。
しばらくすると同郷の者たちに声をかけられてパーティーを組むことにした。
彼は回復魔法が使えたからソロでも問題なかったし、同郷の三人は正直言って足手纏いだった。しかし、彼らが連れてきたカミルと知り合えたのは僥倖だったと思う。
カミルは素直で優しい、いい奴だった。話していると妹が亡くなってから凍りついた心が少し温まるような気がした。
そして、彼に本当の復讐相手を教えてくれたのも、カミルだった。
ある日、焦った様子のカミルが突然「お前は違うよな!?」と聞いてきたのだ。
何が違うのかわからない彼が一体どうしたのかと尋ねると、さっき聞いたという話をしてくれた。
「べろべろに酔ったロードたちが言ってたんだ。モンスターから逃げるために女の子を囮にしたって」
「は……?」
「よかった、その反応じゃ、お前は関係ないんだな。
あいつら酷いんだ。故郷がモンスターに襲われた時、避難所を教えてくれた女の子の足にタルゴが弓を撃って、クェスが魔法で動けないように焼いたって……。なんか、村を捨てて他所の金持ちと結婚する予定の尻軽女だとか言ってた。自分たちだって壊滅状態のふるさと、捨ててるくせに……」
胸糞悪い、と呟くカミルの声を最後に彼の耳には何も聞こえなくなる。
それはハンナだと、すぐにわかった。
妹は、婚約者から避難所について知らされていた。
『逃げられると思ったのに、間に合わなくてすまない』
そう嘆く男の声が聞こえた気がした。
お前のせいではないと彼は心の中で語りかける。
卑劣な人間が、ハンナの足を引っ張った。ただそれだけのことだった。
彼の妹を殺したくせに、抜け抜けとパーティーを組まないかと誘ってきた三人の顔が蘇る。
目の前が真っ赤になった。
復讐してやる。ハンナと同じように、幸せの絶頂で殺してやる。自分にはそれができると、彼は知っていた。
誰にも秘密にしていたが、彼は特別なスキルを持っていた。その名も「全能」。どんな魔法も、剣技も、スキルでさえ、彼が望めば使えるようになる夢のようなスキル。
当然デメリットがあって、それゆえに彼はスキルを封印していた。
けれど、妹の復讐の為なら進んで使える。
彼のスキルのデメリット。それは、周囲の人々の記憶から消えていくこと。スキルを使えば使うほど、彼は忘れられていく。
最終的には他者から存在を認識されなくなっていくらしい。
彼は忘れられたくなかった。メリルに、カミルに、故郷の人々に。憎しみに染まりながらも、冒険者になる彼を泣いて止めたメリルの記憶から消えたくなかった。
『前の優しいあなたに戻って!』
メリルは別れ際にそう言った。
もう彼はハンナが死ぬ前の自分を思い出せなかったが、メリルの中には残っていたかった。
でも、妹の死の真相を知って、そんなことはどうでも良くなった。
彼が初めからスキルを使っていれば、こんな真実、すぐにわかっていたのに。奴らのせいでハンナはすべてを失ったのに、彼が保身に走ったから。だから。
ごめん。
ごめんな。
彼は粛々と復讐を始めた。始めのうちはスキルの使い方に苦労したが、慣れてしまえばこの上なく便利だ。
簡単に冒険者にとって一番の名誉を三人に与え、カミルだけはパーティーから逃す。
優しい彼だけは巻き込むまいと、初めから決めていた。
◇◇◇
彼は梢の上から下の様子を窺った。すぐ下に倒れているのはロードだ。その少し先にタルゴとクェスがいる。
スキル「千里眼」があればどれだけ逃げようと見失うことはない。
三人はそれぞれモンスターに集られ、生きながらその身体を食われている。
彼の回復魔法によって三人の意識は保たれ、モンスターたちもスキルで支配下にあるため、ギリギリまで苦しめられる。
「苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ」
彼は叫び声を上げ続ける三人に怨嗟の言葉を吐き散らした。