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魔導師のクェス

 クェスは幼馴染三人と一緒に冒険者になった。彼らの村がモンスターに襲われて焼け出され、早急に食い扶持を稼ぐ必要に駆られたからだ。


 彼は生まれつき魔法の素養があった。

 ただ、家が貧乏で六人も兄弟がいる上、両親は愚かなことに全員「平等」に育てていた。そのせいで進学の機会に恵まれなかったのだ。


 両親には何度も魔法学校へ行きたいと強請(ねだ)ったのだが、父親に「街の学校もサボってばかりで碌に通わなかったお前に魔法学校なんて卒業できる訳がない」なんて酷いことを言われ、却下された。

 確かに読み書きだの単純な計算だの、基礎的なことを学ぶ町の学校にはまるで通っていなかったが、退屈だったのだから仕方がない。クェスはそんなことより友達と遊びたかった。


 そんな理由で真っ当に魔道士になる道を絶たれたクェスは、魔法を独学で学ぶ他なかった。ただ、当然素人の彼ができることには限度がある。見かけた冒険者が使っていた雷魔法をなんとか覚えたものの、それが限界だった。

 それでも、魔法が使えるだけましである。焼け野原になったふるさとに残るしかなかった家族たちと、彼は違うのだ。


 クェスは魔法の才能と優秀な「瞬間移動(テレポート)」というスキルのおかげで順調に冒険者としての実力をつけていった。しかし、パーティーを組んで三年ほどを境に伸び悩み始める。

 今の実力では少し難しいクエストに失敗するようになったのだ。


 以前は、そういったものもごり押しでなんとかなってきた。なのに、今はだめだ。ごり押しは通用しない。

 毎回生きて帰るのがやっとで、苛立ちは募った。

 生還しても暫くは身体の回復のため採取のような簡単なクエストしか受けられないのだから、さらにイライラは増す。


 足を引っ張られている。そう思うのに時間はかからなかった。

 幼馴染たちは違う。彼らはクェス同様優秀なスキルを持っているから、ちゃんと役目を果たしている。問題は残りの二人だ。

 (タンク)のカミルはあまり強くないくせに負傷ばかりして、回復士(ヒーラー)に負担をかけている。その回復士(ヒーラー)も豊富な回復魔法こそ使えるが、スキルを持っていないのだ。


 この二人を、パーティーから追い出すべきだ。

 クェスはそう思い、幼馴染たちにも提案したが、次のメンバーが見つからないうちにクビにするのは無謀だと説得されて一旦納得した。

 そんな、パーティーの崩壊まで秒読みのある日。クェスたちは山で薬草を集めるというつまらない採取クエストに来ていた。


 カミルがこの山にはモンスターの群れが住み着いていて危険だと言っていたが、早く終わらせるために無視してそれぞれ分担した。いっそのこと、役立たずはモンスターに食われてしまえばいいのだ。

 安い薬草集めに早々に飽きたクェスはぶらついていた。モンスターの一匹でも出て来ないかと思ったが、山は妙に静かだった。


「クェス、いいところで会った」

「あ? お前何やってんだよ。さっさと薬草集めろ」


 慌てた様子で現れたのは回復士(ヒーラー)の男だった。

 特に強くないのだから雑用くらいやれよと言おうとしたら、先んじて「すごいものを見つけた」と男は話し出す。


「片葉夕闇草を見つけた」

「本当か!」


 クェスは男のもたらした情報に色めき立った。

 片葉夕闇草はその名の通り、片側しか葉のない、夕暮れ時に花を咲かせる薬草だ。その効果は激烈で、煎じて飲めば魔力を増大させる。

 ただ、恐ろしい副作用があるとかで、採取は禁止されていた。


「どこにあんだよ!」

「こっちだ。かなり群生していた」

「マジか、やったぜ!」


 クェスは先導する男の後を追いかけた。片葉夕闇草があれば、彼の魔力は底なしになれる。そうしたら名声を得るなんてあっという間だろう。

 副作用なんて片葉夕闇草を独占したかった誰かの流したガセだと信じていなかった。

 クェスは男のあとを追い、どんどん山奥へ進んでいく。深い森の先の、開けた場所に出た。

 そこにいたのは、ライカンスロープの群れだった。


「わぁっ!!」


 あまりの数にクェスは叫んだ。人の倍以上の巨体に、狼の顔を持つモンスターたちが一斉にクェスを見る。焦った彼は踵を返して逃げようとした。


「うっ……」


 しかし、そこは足場の悪い山である。クェスは体勢を崩してこけた。がつん、と頭を打つ。目の前が真っ白になって気が遠くなった。


「なんだ、気絶したのか。まあ、都合がいい。

 ……さて、練習は何度かしたが、うまくいくかな」


 そんな呟きを最後にクェスの意識は途切れた。



 ◇◇◇



「クェス、クェス、大丈夫か!?」

「ん……。あぁ?」


 クェスは揺さぶられて目を覚ました。彼を起こしたのは回復士(ヒーラー)の男である。


「傷は治したが、身体の調子は大丈夫か?」

「あー……。なんかちょっと痛ぇなぁ」


 寝起き特有の怠さと筋の痛みを感じる。クェスはノロノロと起き上がり、周囲を見渡した。


「な、なんだこれぇっ!」


 あまりの光景にクェスは目を剥いた。死体、死体、死体……。あたりには数えきれないほどのライカンスロープの亡骸が折り重なっていた。


「なんだ、って……。これ、クェスがやったんだろう」

「俺が……?」

「クェスしかいない。俺は気絶していたし、ほら、木や岩場が焦げてる。クェスの魔法だろ?」

「本当だ……」


 あたりには死体だけではなく、戦闘の痕跡も残っていた。炭化した倒木や焦げて黒くなった岩を見るに、雷魔法が得意なクェスが戦った跡に見えた。

 けれども、彼にそんな記憶はない。クェスだってさっきまで気絶していたのだ。


「これだけの数だ。きっと無我夢中だったんだろう。覚えてないのも仕方ないさ」

「……そっか、そうだな!」


 クェスは男の言葉にすんなり納得した。だって、ここにいるのは二人だけだ。男は回復魔法しか使えない。ならモンスターを倒せるのはクェスしかいないのだ。


「やったな、クェス! このライカンスロープたちはギルドが何度も討伐しようとして失敗してきた強いモンスターらしいぞ! 報告したら、かなりの報酬が貰えるかも……」

「マジかよ、やったぜ!」


 クェスは色めき立った。報酬を喜んだわけではない。他の誰にもなし得なかったことを達成できたことが嬉しいのだ。

 これで、彼は注目される。一流への道が開けた気がした。


「ところで、クェス。片葉夕闇草がここに……」

「俺にはそんなもん必要ねぇよ」

「そうか。……そうだな」


 クェスはきっぱり断った。ライカンスロープを殲滅できる彼にそんな薬草なんて不要だ。

 クェスはとりあえず幼馴染たちに自慢しようと足取り軽く山道を下り始めた。

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