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武神

9.武神


 またもや鬱陶しい梅雨の時期に入り、桜子は通学前の天気予報に真剣な顔で見入っていた。

「よーし、今日は大丈夫そうね。折角気合入れてセットしても、雨が降ると台無しになっちゃうんだもんねー」

 満足気な顔で鏡を見つめる桜子。前髪をいじくる桜子の耳に、テレビのニュースから意外な情報が飛び込んできた。一瞬聞き違いかと思った桜子は、画面を凝視すると

「お父さん!新聞貸してっ!」

 叫ぶなり父親の手から新聞をひったくる。そして

「嘘ぉ…」

 ガラにも無く新聞記事を読んで仰天した。


「由香里っ!」

 登校するなり桜子は由香里に駆け寄る。そして、手にした新聞を広げて見せた。

「由香里っ、ここ見てよ!」

「まあ、どうなさいました?」

「いいからここ!ホラ、この武田って人、あの武田先輩だよね?」

「武田先輩?…ああ、部長さんですね。最近お見かけしませんでしたが、どうかなさったのでしょうか?」

「だからここ読んでって言ってるの!今朝のニュースでも言ってたんだけど、武田先輩がたった一人で銀行強盗を捕まえちゃったんだって!しかも相手は五人、その内二人は銃を持っていたんだって!マジで信じられないと思わない?」

 興奮気味にまくし立てる桜子。流石の由香里も注意して見ればやっと判る程には驚いた表情を浮べる。

「銃を、ですか?それは流石に私も相手をした事がございません。部長さんは大変勇敢なのですねぇ」

「勇敢…ねえ。まあ確かにそうだけど、単に勇敢だからって出来ることじゃ無いわよね。正直あんまりよく知らなかったんだけど、武田先輩の事マジで尊敬しちゃう!」

「そうですねぇ。あ、もしかしたら白木さんに聞けば、もっと色々と教えて頂けるかもしれませんよ。放課後聞いてみましょう」

「あ、それ名案!それにもしかしたら武田先輩自身が来てるかもしれないしね!」


 しかしそれよりも早く、急遽開かれた朝礼で校長の口から概要が話された。とは言えそれはあまり余計な事を外部に喋るな、とでも言いたげな内容で、とても桜子が満足出来る物では無かった。そんな訳で放課後桜子はいの一番で武道場へ向かうが…そこには白木も、それに塩谷の姿も無かった。

「あっれー?なんでいないのよー」

 不満気に辺りを見回す桜子。すると玄田がそれに気付いて声をかけて来た。

「よっ、今日は早いね。どうかしたの?」

「あ、玄田さん!白木さん知りませんか?」

「白木?…あー、もしかして今朝の校長の話か。私もちょっとだけ聞いたけど、細かい事は知らないのよね。多分もう少しで来ると思うから、そしたら一緒に聞かない?」

「え?…あ、ハイ!」

 元気に応える桜子は、そのまま元気に由香里と稽古をしていたが…

「あら、白木さんがいらしたようですね」

「待ってましたっ!」

 白木とそして塩谷、更にはその背後に続く武田の姿を認めると同時に猛ダッシュで駆け寄った。と言うか詰め寄った。そしてマシンガンの様な勢いで次々と質問を浴びせる。


「えーっと…まあ聞きたい事は大体分ったから、落ち着きなさい」

 白木は桜子の興奮を受け流すと、塩谷と武田に視線を送る。二人は顔を見合わせ、そして武田が前に進み出た。その周りを桜子と由香里の他にも、大勢の部員が興味深げな顔で取り囲んでいる。

「武田…いいの?」

「構わないさ。どうせ今年度で卒業だしね」

 白木と言葉を交わした武田は、皆の輪の中央に立つ…と思いきや倉庫から椅子を出して来ると、それに座ってから口を開いた。

「さて、いつの間にかギャラリーが増えてしまって緊張するけどまあそれはいいか。正直自分でも朝のニュース見て驚いたからね。でも別にそんな大した事した訳じゃ無いんだ。ここ一週間ばかり検査入院をしていた僕は、昨日晴れて問題無しって事で退院できた訳なんだけど」

 その言葉に不意に拍手と歓声が上がる。

「有難う。もう入院しなくてすめばいいんだけどね。それで、家に帰った僕は今まで貯めていた五百円玉貯金箱が一杯になっていた事を思い出したんだ。小学生の頃からコツコツ貯めていたから…かれこれじゅう…いや、詳細な金額は伏せておこう」

 今度はブーイングが上がる。

「まあまあ、聞きたい事はそこじゃないだろう?それでね、貯めたはいいけど貯金が習慣になっていただけに急には使い道が思いつかなかったんだ。それで僕はとりあえず銀行に預けようと、貯金箱を開けてビニール袋に貯めた五百円玉を入れると、それを鞄に詰めて銀行へ向かった訳だ。いやぁ、あれは結構重たくって、貧弱な僕の体には堪えたねぇ」

 おどけた武田の言葉に笑い声が上がる。

「さて、無事銀行へ付いた僕は番号札を取って待っていた訳だが、ちょっと待ち時間が長くて、暇を持て余していた僕は何を思ったのか新旧五百円玉を取り出して見比べていたんだ。今思えばそれが良かった」

「良かったって何が?」

 思わず言葉を漏らす桜子。武田の視線を受け、初めて自分が言葉を発した事に気付くと

「あ、いや…どぞ続けて下さい」

そう言って顔を真っ赤にする。

「要するに、手に直接硬貨を持っていたって事さ。両手に五枚づつ持って見比べたり重さを比べたりしていたんだけど…その時に強盗が押し入って来た」

 その言葉と同時に武田の表情が少し険しくなり、皆の表情にも緊張が走った。

「人数は四人、しかもその内二人は銃を持っていた。当然銀行員も客も大騒ぎするが、たった一発の銃声で皆静まった。僕はさっさと椅子の陰に隠れて様子を見ていたんだけど、どうやら後の二人は警棒…かな?あの通販とかに載ってる三段式のアレ」

 その言葉に再び笑いが起こる。

「一応僕も武道経験者だからね、その二人には遅れを取ることは無いと思った。でも流石に銃を持った相手、しかも二人をまともに相手にする程無謀じゃない。とは言えこのまま見ていたんじゃどうにもならない。そう思った時、僕は自分の手にある物を思い出したのさ」

 そう言って武田はポケットに手を突っ込むと、数枚の五百円玉を取り出した。

「これは、ちょっとした買い物にはとても便利だ。でもそれ以上に武器として使える。例えば、こんな風に」

 言葉と同時に武田の手が僅かに動く。そして鈍い音に振り返った皆の目には、壁にめり込んだ五百円玉の姿が映った。

「…凄っ!」

 桜子は思わず言葉を漏らす。沈黙する一同を前に、武田は言葉を続けた。

「僕は昔から体が弱くてね、それを心配した親が合気道の道場に通わせたんだ。そしたらそこの先生が時代劇が好きでね、よく稽古の後で一緒に時代劇を見てたものさ。そんな中でもお気に入りだったのが…」

「銭形平次!」

複数の声がハモった。

「その通りさ!それで僕は先生に聞いたんだ、あんな技が本当に出来るのかって。そしたら先生は、実際に中国拳法では小銭を手裏剣みたいに使う技があるって教えてくれた。その上僕みたいな体が弱い奴なら、覚えておけばいつか役に立つかもしれないからってやり方を教えてくれたんだ。今思うと謎な先生だったけど、まさか本当に役立つ時が来るとは思わなかったね。まあそんな訳で、まずは一人目がカウンター越しに銃を突き出した瞬間、そいつの手の甲と即頭部に当てたらそいつは見事にカウンターの向こうに銃を落としてくれた。驚いたもう一人は何が起きたか分らずに回りに銃を向けて牽制したけど、幸い僕には気付いていない。だからこっちを向いた瞬間を狙って…今度は人中、眉間、そして銃を持った手に命中させた。もんどりうって倒れたそいつはしぶとくも銃を離さなかったんだけど、痛みに耐えかねて顔を抑えるのに精一杯で、突入して来た警官があっさりと銃を取り上げてくれたよ。三段警棒の二人はその後すぐに別の警官が捕まえてくれたんで、僕は激しい運動をしなくて済んだって訳さ。その後は警察やらマスコミやら色々と騒がしかったけど、まあ貴重な経験だったかな。とは言え、たまたま小銭をたくさん持っていなかったとしたらどうなったかは分らないけどね」

武田はまるで遠足の感想でも話すかの様に楽しげにその時の様子を話した。しかしその内容はにわかに信じ難かった…が、いまだに壁に突き刺さった五百円玉がその言葉が真実だと、無言で告げていた。


「さっきの話って本当…なのかな?」

「さっきの話…ですか?」

「そうそう、五百円玉で銃に勝った話」

「ああ、武田さんのお話ですね?多分本当のお話だと思いますよ」

「マジで?」

「ええ、金銭鏢と言う技らしいですよ。私は使えませんが、叔父様は確か同じ様な技を使えたと思います。とは言え、武田さんのは相当な威力でした。あれでは銃も形無しかもしれませんね」

 そう言って笑う由香里。桜子も笑うしかなかった。


 その日の放課後、一同は久々に「てっちゃん」で鉄板を囲んでいた。

「それにしても、コレにあんな威力があるなんてマジでビビリました」

 桜子は五百円玉を手に武田の話を振り返っていた。同じ場に居た一同も改めて言われると、感心した様に顔を見合わせる。

「…ねえ、白木は知っていたの?武田があんな技の使い手だって…」

「ん?んーと…前に聞いた事はあったけど、実際に見たのは初めてよ。まあ部長自身が隠れキャラみたいな感じだし、皆が思っている程私も話をする機会がある訳じゃ無いもの」

「あ、そうなんだ。でも、小銭が武器になるってのは便利そうよね」

「確かに!でも今はそんな事より大事な事があるわ!見なさい、そろそろ食べ頃よっ!」

 話を締め括った朱戸の号令に、一同の腹の虫が活性化する。そして、更に風味の増したお好み焼きを夢中で頬張っている内に、先の話題は最早どこかへ飛んでしまっていた。


「あー、ちょっと食べ過ぎたわね。この上晩御飯まで食べたら豚さんになっちゃうかも」

「あらまあ、それは大変ですねぇ。とは言え折角お家の方が晩御飯を作って待ってらっしゃるのでしたら、やはり残さず食べるのが礼儀。と言う訳ですので、少々お散歩をしませんか?少し歩けば、お腹も空くと思うのですが」

「うーん…その意見には賛成だけど、食べてすぐ歩くと逆にお腹痛くならない?」

「それもそうですねぇ。では、あちらで少々休みませんか?」

 そう言って由香里が指差す先には、ちょっとした公園があった。小奇麗なベンチも幾つか有り、程好い数の木々に囲まれたその公園は、まさに一休みにはうってつけと言える場所に見えたのか桜子は即座に賛成した。


「ふぅ、調子に乗って食べ過ぎたかしら」

 ベンチに座るなり桜子は息をつく。

「まあ、それでは少々お休み下さい。私が見ておりますので」

「えっ?いや別に眠い訳じゃ無いから」

「あら、そうなのですか?」

「うん。だから一休みしたら帰るわよ」

「そうですね、そう致しましょう…あら?」

「何よ?」

「あの…あちらの屋台なのですが」

 そう言って由香里が指差す先には…

「お兄さん?」

 桜子の言葉通り、公園内のたこ焼き屋で次々と香ばしいたこ焼きを焼き上げていたのは、他ならぬ一騎の姿だった。


「へいらっしゃい!おいくつですか?」

 威勢のいい声で客を迎える一騎。笑顔で注文を受けると、いつの間に修行したのか非常に慣れた手つきでたこ焼きを箱に詰める。

「毎度!千二百円になります!はい丁度お預かり!有難う御座いますっ!」

 客を送り出した一騎は流れる汗をタオルで拭い、更に次の客に顔を向ける。

「へいらっしゃい!…って由香里!と、えーっとお友達の…いやちょっと待って、思い出すから。確か…あー思い出した!桜子ちゃんだ!」

「はい!お久し振りですお兄さん!」

「いやいやこちらこそ!それよりどうだい?一つ食べて行かない?」

「え?えーっとですね…」

「お兄様、大変有り難いお言葉なのですが、実は私達先程お好み焼きを食べたばかりでして、腹ごなしを兼ねて、休んでいた所なのですよ」

「そうなのか?そいつは残念!」

「そうですねぇ。ですが私はそれ以上に気になる事がありまして…」

「何だ?」

「何故お兄様がここで屋台を開いているのでしょうか?」

「そうそう!いつの間にたこ焼き屋さん始めたんですか?知ってたらこっち食べに来たのに!」

「え?いや別に始めた訳じゃ無いよ。まあボランティアみたいなもんさ」

「ボランティア?」

「それは…どの様な訳なのでしょうか?」

「まあ、大した事じゃ無い。俺が週三で指導に行ってる道場あるだろ?そこでの間食用にいつもここでたこ焼き買ってたんだよ。でもそのオッちゃんが先日交通事故で入院しちまってな、そんな訳で俺が代役を買って出たって訳だ。まあ最初は全然だったけど、オッちゃん秘伝のメモを貰ったお陰でここ数日は売り上げも好調!この調子ならオッちゃんが帰って来るまでここを維持出来そうだぜ!」

「まあ、お話して頂けたらお手伝い致しましたのに」

「そうよね!お兄さんは大親友のお兄さんなんだから、ワタシだってお手伝いします!」

「お…それは有り難い話だけど、これは俺の問題だからな。それに学校にも会社にも行ってない俺の方がはっきり言って暇だし、別に手伝いがいる程には忙しくないしな」

「そうなのですか?」

「ああ、むしろ俺にとっては娯楽みたいなもんだ、だから気にしなくていいさ。まあ、たまに気が向いたら食べに来な!」

「はーい!じゃあ今度…と思ったんだけど、さっきから凄くいい匂いがワタシを誘惑するので、一個だけ食べてもいいですか?」

「おっ?流石は元気がとりえの桜子ちゃん!いいよ、一個と言わずに一箱持ってきな!今食べきれない分は持って帰ってレンジで暖めれば充分美味いから」

「ラッキー!有難うお兄さん!」

「なーに、いつも由香里と仲良くしてもらってるからね、この位は当然さ」

「そうですねぇ、私が楽しい学校生活を送れるのもサクラさんのお陰です」

「いやー、そこまで言われると流石にちょっと照れるわね…」

 そう言いながら桜子は半ば照れ隠しにたこ焼きを一つ口に入れ…

「…熱っ!」

 お約束の行動に、一騎と由香里は同時に笑った。


「さーて、そろそろ晩御飯も入りそうだし、帰ろっか?」

「そうですね、そう致しましょう。お兄様はまだお帰りにならないのですか?」

「ああ、大体八時位までやってるから…まああと一時間程で帰るよ」

「解りました。では、お先に失礼致します」

「お兄さん、またねーっ!」

「ああ、気を付けて帰れよ」

「はい」

「はーい!」

 二人が立ち去ろうとしたその時…

「おや、君達は…」

 目の前に現れたのは、先程まで話題の中心人物だった武田惣司その人だった。意外な所で意外な人物に会ったと思う二人だったが、その背後から声が掛かる。

「おお、武田君じゃないか!また食べに来てくれたんだね?有難う!」

「ええ、一騎さんが最近腕を上げたと聞いたんで、それは一度食べておかなくては、と言う訳でまかり越した次第です」

「えーっ!お兄さん武田先輩と知り合いなんですか?」

「ん?武田君の事を知っているのかい?」

「ええ!そりゃあ何と言ってもワタシ達の先輩ですし」

「由香里、そうなのか?」

「はい、しかも凄腕の武道家なのですよ」

「ああ、それなら俺も知ってるさ。武田君の通ってる道場には俺もちょくちょく出稽古に行ってるからな。体力的には中学生並なのに実戦では腕自慢の大人達も形無し…ってまあ俺だって本気出されたら勝てるかどうか…おまけに隠し芸としても使えそうな飛び道具まで使うんだコレが。おお、いい機会だから見せて貰ったらどうだ?」

「えへへー、それならさっき見せて貰いました!」

「はい、見事な金銭鏢でした」

「何だ…知ってたのか?」

「あっはっは、実は…」

 笑いながら武田が経緯を説明する。

「成程な、朝のニュースでやっていたのか。そいつは知らなかった」

「そうですねぇ、お兄様は朝起きるなりどこまでも走りに行ってしまいますから」

「まあ、日課だからな。倒れそうになるまで走ってから朝飯を食うと、まるで生き返った気分で一日を迎えられるんだよ」

「あっはっは!流石は一騎さんですね。因みに今朝はどこまで走りましたか?」

「今朝は…ダムの上辺りまで行ったかなぁ」

「えっ?ダムって…何キロあるんですか?」

「さあ…往復で二十キロ位か?」

「そうですねぇ、この間自転車でお兄様の付き添いをした時は…往復で二十二キロ程でしたでしょうか?」

「えっ?朝から二十二キロ!お兄さんそれはちょっとやりすぎじゃ…」

「ああ、でもちょっとだけ食べてからだし、ちゃんと水筒持っていくから問題無いさ」

「確かに、一騎さんの底知れないスタミナを持ってすれば正に朝飯前って所ですね。正直憧れますよ」

「まあそれだけが俺の取り得だからな。いつぞやはそれを忘れて由香里相手に不覚を取っちまったし…ってまあそんな事はどうでもいいさ!さあ出来た、熱い内に食ってくれ!」

 喋りながらも器用な串捌きでたこ焼きを操っていた一騎は、あっと言う間に二十個程のたこ焼きを皿に盛り付ける。そのえもいわれぬ香りに、一個だけだった筈の桜子もついつい手を伸ばし…気付いたら半分以上は桜子が平らげていた。

「うーん、噂通り腕を上げましたね。これならここの主人も安心して療養できますよ」

「そうですねえ、私はこちらのご主人のたこ焼きを食べた事はありませんが、これはとても美味しいと思いますよ」

「うんうん!あまりに美味しいんで火傷しそうなのに止まらないんですーっ!」

 それぞれが美味しさを褒め称えながら、一つまた一つとたこ焼きは姿を消し、全部が皿の上から消えるのに三分とかからなかった。


「いやはや、噂に違わぬ美味しさでしたよ。これなら週一で通っても損はありませんね」

 武田は口を拭いながら満足そうに微笑む。

「おいおい、そこまで褒めるならせめて週三位で来てくれよ」

「いやー、関西の方ならその位は余裕なんでしょうけど、生憎僕は粉物よりは米が好きなもので」

「そうか、じゃあ仕方無い。代わりに由香里と桜子ちゃんが来てくれるって言うからそれでいいか」

「ちょっ…お兄さん、そんな事言ってませんけど!」

「そうですねぇ、それに買い食い自体あまり好ましい事と思えませんし」

「まあそう言うなよ。第一そんな事言っといて今日もてっちゃんに寄って来たんだろ?」

「ああ、そう言えばそうでしたねぇ」

「そうね、買い食いがどうとか言える立場じゃないわね」

「それなら、今度白木達と一緒に来ればいいじゃないか。彼女達はちょっと味にうるさいかもしれないけど、今の一騎さんの味ならきっと満足するだろうし」

「それは名案!ねえ由香里、今度皆で一緒に来ない?」

「そうですねぇ…ではお兄様、後日先輩方と一緒に参りますので、その時は何卒宜しくお願い致します」

「おう、任せとけ!」

「じゃあ、その時は僕にも声をかけてくれるかな?」

「はい、モチロンですよ!」

「そうですねえ、そう致しましょう。きっと大勢の方が楽しいでしょうから」

 そんな感じで暫くお喋りをしていた由香里達だったが、いつの間にか時間は過ぎ

「おっ、もうこんな時間か!そろそろ店じまいだな。ちょっと時間かかるし、皆は先に帰んな」

 そう言って一騎は片づけを始める。由香里達は手伝いを申し出たものの

「いや、そう言ってくれるとは思ってたけどな、別に大量の皿を洗う訳でもなし、むしろ鉄板で火傷でもされたら俺が困る。そんな訳だから気にしないで帰んな」

 諭すように言われた上、一騎の片付けは全く手伝う必要の無い程手馴れており、下手に手伝っては邪魔になるとしか思えなかった。

「では、お言葉に甘えて失礼致しますね」

「じゃあお兄さん、また来ます!」

「では、僕も帰ります。今度は皆で食べにきますよ」

「おう!」


 帰り道、桜子は思い出した様に武田に質問をする。

「そう言えば、さっきの銭投げってどの位練習すれば出来るようになるんですか?」

「銭投げ?…ああ、あれは…そうだなあ、遊びでやってる内に覚えた技だからどの位って言われても解らないけど、道場に通い始めたのが小学校の三年の時だったから、その頃からかな」

「あー、やっぱりちょっと練習して出来る技じゃないんですね」

「興味があるのかい?」

「えーっと、まあ…そうです。私も自慢じゃないですけど腕力には自信が無いし、小銭が武器になるんなら覚えておいてもソンは無いかな、って思ったもんで」

「成程、じゃあ今度練習に使っていたメダルを上げよう。本物のお金じゃ無くすと勿体無いからね」

「あ、有難うゴザイマス!」

「まあ基本だけは教えるけど、そんなに使う技でもないからね。遊びのつもりでやった方がかえって上達するかもしれないね」

「そうですねえ、何事も楽しんでやる事が上達への第一歩ですし」

「その通りだね。僕も最初に通った道場の先生がとても面白い方で、お陰で合気道が大好きになった上に、こんな面白い技まで身に着けられた訳だからね」

「ナルホド…」

「まあちょっとだけやってみせるから、その様子を良く見ておくといい。一度しっかりと目に焼き付けておけば、後はそれを思い出して練習すれば絶対に上達する」

 武田はそう言いながら財布から五枚の五百円玉を取り出し

「これを一息で投げられれば免許皆伝だ…って先生が言っていた。よく見ててごらん」

 そう言うが早いか街路樹めがけて一瞬の内にそれを投げつけた。最初の一枚がめり込むとほぼ同時に、それを中心に十字の形にコインがめり込んだ。桜子も、由香里までもが思わず息をのんだ。

「どうだろう、大体の感じは掴めたかな?」

「…いえ…凄すぎて…ちょっと」

「そうですねぇ、驚きました」

「ああ、大したもんだ」

 感嘆の声を上げる二人の背後から、いつの間に来たのか一騎も感心した様に街路樹を見つめる。

「おっ…お兄さんいつの間に!」

「ああ、今来た」

「もうお片づけは終わったのですか?」

「ああ、もう慣れっこだからな」

「それこそ凄い早業ですね。僕の技も形無しですよ」

「あっはっは!流石にそれは謙遜しすぎだ。飛び道具なんて卑怯だと思ってたけど、これは便利そうだな。今度俺も練習してみるか」

「あ、それなら今春日野君に伝授しましたので、是非彼女に聞いてみて下さい」

「そうか!じゃあ桜子ちゃん宜しく!」

「うええっ?それはムリ、ムリですーっ!」

「まあそう言わずに頼むよ」

「だからムリですってばぁー!」

 桜子の叫びと共に、夜の街に笑い声が響いた。



今回は、やっと武田がその凄さの一端を垣間見せます。まあ一端を見せただけでその後の活躍はお約束できませんが(笑)あ、ついでに一騎も意外な特技を見せますね(笑)まあそんな感じでやっと役者が揃ったと言う所でしょうか?

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