表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

先輩風とスーパー新入生

8.先輩風とスーパー新入生


「由香里っ!おはよう!」

 桜の花びらが舞う校門を入った途端、桜子は元気良く由香里の肩を叩いた。

「あら、サクラさん。おはようございます」

 にっこりと微笑む由香里。桜子はその手を取って駆け出す。

「サクラさん?」

「新しいクラス表が張り出されてるんだってさ!早く見に行こう!」


「やったー!また同じクラスだね!」

「そうなのですか?…あら、どうやらその様ですねえ。私も嬉しいです」

 張り出された新しいクラスの生徒一覧を見て、二人は手を取り合って喜んだ。更には

「ほうほう、どうやら大道も南城も…あ、三船っちも同じみたいよ?また楽しいクラスになりそうね!」

「そうですねえ、楽しいのが一番ですねえ」

 殆ど変化の無い新クラスではあったが…まあそこに面倒事とかいった理由は全く無く…そんな感じで主要メンバーは誰一人欠ける事無く二年生を迎えた。言うまでも無く担任は塩谷だったが、当然それについても前述した理由等は何一つ無い。

「じゃあ、さっさと教室へ…今度は二組だったわね?早く行こう!」

 桜子は由香里の手を取って駆け出す…と同時に目の前に一人の少女が立ちはだかった。まるでアイドルかと思う程にぱっちりした瞳に桜子は見入ってしまうが

「貴女が…高屋敷さんね?」

 開口一番少女は不躾に尋ねる。しかし

「まあ、私をご存知なのですか?それは大変光栄です。何卒、宜しくお願い致します」

 そう言って丁寧に頭を下げる由香里を見た瞬間、少女はそれ以上の角度で頭を下げた。

「大変失礼致しました」

 少女はそう言うと勢いよく頭を上げて微笑む。すると更に可愛らしさが増し、桜子は思わず赤面する。

「はじめまして、高屋敷先輩。私の名は塩谷美鈴、新入生です。高屋敷先輩のお噂は常々聞き及んでおり、是非お会いしたいと思っておりましたのでこうしてお会いできて光栄です。それと…」

 そう言って少女、美鈴は桜子へ視線を移すと同時に笑いを堪える。

「…ちょっと、何よその笑いは?」

「いえ…春日野先輩の噂も色々と聞き及んでおりまして。その…叔父に」

「叔父…って叔父さんの事?誰よ、私の事を面白おかしく噂にしているのは?」

「まあ、もしや貴女は塩谷先生の…」

「はい!先輩方の担任、塩谷剛は私の叔父、正確には母の弟になります」

「えーっ!」

 すっとんきょうな声を上げる桜子。その傍らで由香里はいつも通りニコニコと微笑んでいた。

 その日の放課後、桜子は早くも美鈴が只者では無い事を思い知らされる事になる。


 部活を終えた帰り道、桜子は心地良い疲労感に笑みを漏らす。

「ふう、今日も結構頑張っちゃった!」

「そうですねえ、でもサクラさんはかなり上達されてます。その証拠に無駄な力みが消えてますから、前以上に稽古をなさっても、筋肉痛にならなくなっているのではありませんか?」

「え?あ、そう言えば…最近確かに打ち身で痛い時はあっても、筋肉痛には…ならないわね」

 桜子はそう言って肩をグルグルと回す。すると

「せんぱーい!」

 背後から声がかかった。振り返った二人の前には

「あら」

「美鈴ちゃん!」

 美鈴が笑顔で駆け寄って来た。制服姿も可愛らしい彼女だったが、私服姿はまるでお人形さんの様に可憐で、桜子は再び頬を赤らめる。更には美鈴の連れている子犬も可愛らしく、桜子はそちらにも視線を移すとまたもや頬を赤らめる。すると…その足元に子犬がまとわりついた。

「うわっ!…ってナニこのコ!滅茶苦茶可愛いんだケド!」

 桜子はすかさずしゃがみ込むと子犬の頭を撫で始める。子犬も嬉しそうに尻尾を振り、甘えた声を上げる。

「まあ、マサムネは春日野先輩の事がお好きな様ですね」

 その様子に微笑む美鈴。由香里も楽しそうにその様子を眺めていた。桜子に至っては最早笑っているのか泣いているのか判別不能な程だったが、由香里にはそれが最高潮に楽しんでいると理解出来た。

「へっへー、マサムネちゃん可愛いねー♪」

 美鈴にリードを渡された桜子は、満面の笑みで散歩の続きを引き受けた。

「まあ、サクラさんはすっかりマサムネさんがお気に入りみたいですね」

「そうですね。でも珍しい事ですよ、あの子が私以外にあんなになつくなんて」

「まあ、そうなのですか?」

「そうなんです。ですから私は少々春日野先輩に嫉妬してしまいます」

「あらまあ、それは大変ですねぇ」

「はい、大変なのです」

 そう言って二人は笑うが…

「え、ちょっとマサムネ!どこ行くのよ?」

 桜子の声に二人は驚いてマサムネの行く先に視線を向けた。マサムネは何をするのかと思いきや、手頃な柱を見つけてマーキングを始めた。ところが

「ちょっと!そこは電柱じゃ…あの…」

 思わず青ざめる桜子。何と、マサムネが粗相をしたのは電柱でも標識でも無く…

「オイ…こりゃあ何の真似だ?」

 物凄い強面の上、シャツから覗く二の腕には手の込んだ紋様が描き込まれたおじさまだったのである。

「あの…その…ごめんなさーい!」

 マサムネを抱き上げると同時に桜子は最大限に頭を下げる。更には

「あのっ、この子は悪く無いんです!悪いのは抑えられなかった私で、だからあの、この子は…その…」

 しどろもどろになって弁解する桜子の必死な表情を見ている内に、強面は徐々に表情を変えていく。そして…

「あっはっは!この状況で自分より犬を庇うのか?気に入ったよお嬢ちゃん!こんなのは些細な事さ、気にするな!」

 そう言いながら桜子の肩をバンバンと叩き始めた。

「あ…あの、痛いです」

「おお、悪い悪い!まあお嬢ちゃんに免じてこの件は許してあげよう。その代わり、これからもそうやって悪い時は素直に謝る気持ちを忘れない様にな!」

「あ…ハイ!」

「結構結構!じゃあまたな!」

「ハイ、さようならです!」

 そう言って再び頭を下げる桜子。強面は豪快に笑いながら立ち去り、やがてその笑い声も聞こえなくなった。

「あー、怖かったよう」

 桜子はそう言いながら由香里にもたれかかった。その様子に美鈴は思わず声を上げて笑い出す。

「先輩方は、本当にお互いの事を解ってらっしゃるのですね…とても羨ましいです!」

 そう言って美鈴は極上の微笑を浮べた。それはまるで天使と見紛う程だったが、程無くしてそれは悪魔と見紛う程に豹変する事になる。

「あ、それはそうと春日野先輩…うちの子が迷惑おかけして本当に申し訳ありませんでした!」

 そう言って深々と頭を下げる美鈴。

「先程の方にも説明した方が良かったみたいですけど…もう行っちゃいましたね」

「ああ、別に気にしないでよ!ワタシは楽しかったんだし」

「そうですか…有難うございます。でもこれ以上ご迷惑おかけする訳にもいきませんし、やっぱり散歩は私がしますね」

 そう言って手を差し出す美鈴だったが、マサムネの可愛さにすっかりヤラれていた桜子はリードを渡す事を渋る。しかし、どう考えてもこの場合は美鈴の言う事の方が正しいと考えた桜子は…泣きそうな顔でリードを返した。しかし、数分後桜子はその選択が正しかったと痛切に思う事になる。


「では、私はここで」

 そう言って美鈴が立ち去ろうとしたまさにその刹那

「あ!危ない!」

 突然悲鳴が上がった。見る間も無く飼い主の手を振り解いたドーベルマンがマサムネに襲い掛かってきたのだ。

「由香里っ!」

「はい」

 二人は慌てて駆け寄ろうとするが、それよりも早く美鈴の表情が変る。そして

「待て!」

 左手でマサムネを抱きかかえ、右手を前に出した状態で一喝した。同時に巨大なドーベルマンは動きを止め、更には仰向けになって服従のポーズをとる。慌てて駆け寄って来た飼い主もその状況に驚きを隠せない。

「いやはや…何事も無くて良かった、けど…お譲ちゃん、凄いね…」

「いえ、たいした事ではありません。ですが、手に余る犬を飼うのは考え物ですね」

「いやはや…全く返す言葉も無い。今後二度とこんな事が無い様に気をつけるよ」

「はい、何卒お気をつけ下さい。万一この子が人を傷つけでもしたら、可愛そうな目に遭うのはこの子なのですから」

 美鈴はそう言うと、またもや天使の顔に戻って優しくドーベルマンの頭を撫でた。


 ドーベルマンの飼い主と別れた後で、由香里達はもう暫く散歩に付き合う。

「ほへー、美鈴ちゃん凄いわ」

「そうですねえ、あんな大きな犬を止めてしまうなんて、とても驚きました」

「いえ、自宅で犬を飼っていれば犬の気持ちは解りますから」

「まあ、そうなのですか?」

「いや…それとこれとは話が違う気が」

 思わず突っ込みそうになる桜子だったが、あの時もしも自分がリードを持ったままだったら…桜子はそう考えて身震いした。

「由香里も只者じゃないけど…この子もあなどれないわね」

 由香里と一緒に笑いあう美鈴を見ながら、桜子はしみじみと呟いた。更に

「そう考えると…私の周りって凄い人ばっかり。先輩方もそうだし、南城も普通じゃないし、大道も一年でレギュラーだって言ってたし、三船っちも…あーあ、やんなっちゃうなあ、もう!」

 桜子はそう言いながらも、満面の笑みを浮べて前を行く二人に駆け寄ると、その肩を抱き寄せた。

「ちょ、何ですかいきなり?」

「まあ、どうかなさいましたか?」

「別にいいじゃない?」

「え、まあ…いいですけど」

「そうですねえ。何故か私、楽しくなって参りました」

「でしょー?」

 桜子の言葉に、三人は一緒になって笑う。マサムネも気のせいか楽しそうに見えた。

 そんな事があってから早くも一月が過ぎ、五月連休も終わってしまった桜子はまるで死人の様な顔で廊下を歩いていた。

「あーあ、連休も終わっちゃったし、来月辺りから梅雨入りするし、夏休みまでは随分あるし…」

「サクラさん、どうかなさいましたか?」

 傍らを歩く由香里は相変らずの笑顔で問いかけるが、振り向いた桜子は憂鬱そうな表情を変えない。

「まあ…かなり重症の様ですねぇ」

「うん、何か元気の出るおまじない無い?」

「そうですねえ…」

 由香里はそう言って桜子の正面に立ちはだかる。

「…なーに?」

 怪訝そうな顔の桜子。由香里は吐息がかかる距離まで顔を近付けると

「やる気~、出ろ~!」

 突然珍妙な事を口走る。

「えっ、ナニ?」

「いえ、やる気を注入して元気を出して頂こうかと思いまして」

 冗談としか思えない事を真顔で告げる由香里。その真剣さに桜子は思わず吹き出した。

「あっはっは!有難う由香里、おかげですっかり元気になったわよ!」

 落ち込むのも早いが立ち直りも早い桜子。すっかり元気を取り戻した桜子は、由香里と共に軽やかな足取りで歩き出した。


なんだかんだで2年生になりました。新入生も入ってきます。そんな事がありつつも相変わらずな二人ですが、きっと成長の証を見せてくれる…はず。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ