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お祭り好きなオッサンと娘とその友達

6.お祭り好きなオッサンと娘とその友達




「あー、もうすぐ冬休みね!」


 期末テストも終わり、そろそろ年末を迎えて慌しい街中、桜子が大きく伸びをしながら言う。


「そう言えば、そうですねぇ。ところでサクラさんは、何かご予定がおありなのでしょうか?」


 いつも通りにこやかに微笑みながら言葉を返す由香里。すると、その眼に何か白い物が映る。


「まあ、初雪ですよ」


 そう言いながら由香里は手を伸ばすと、初雪の微かな感触を楽しみ始めた。すると見る見るうちに雪は勢いを増し、由香里の袖や髪の色を変えていく。


「ちょっと、子供じゃないんだから」


 桜子が首をすくめながら言うが、由香里はまるで子供の様に、無邪気に雪が自身に舞い落ちるのを見ながら微笑んでいた。


「…全く、ホント解らないわね」


傘を開きながら桜子は苦笑する。と同時にちょっとした疑問が浮かんだ。


「ねえ由香里、そう言えば由香里んちって、クリスマスパーティーとかするの?」


「クリスマス、ですか?」


「そう、何か雪を見てたらちょっと気になっちゃって…ってそんな事無いか、アンタの叔父さん、純和風ってカンジだもんねぇ」


「いえ、叔父様はお祭りごとには目がありませんので、この時期はクリスマス以外にも、忘年会、それに年が明ければ新年会に鏡開きの宴会なども行いますから、道場は大忙しなのですよ」


「えー、何か意外ね。まあクリスマス以降については解らなくもないけど」


「そうですか?」


「まあ、ね。だってアンタの叔父さん、まるで侍みたいな顔してるじゃない?どうも西洋の行事って興味なさそうに見えるのよね」


「そんな事はございませんよ。ああ見えても私の幼少時代に、サンタさんの格好でプレゼントを渡しに来てくれた事もあるのですよ」


「…ウソっ?」


その瞬間、桜子の頭の中には赤白の衣装に白い髭を付けた剛次の姿が浮かんだが…あえて何も言わなかった。いや、言えなかった。




 二人がそんな話をしながら歩いていると


「あれ山本じゃない?なんか妙にソワソワしてるわね」


 慌てふためきながらこちらへ向かってくる山本の姿が見えた。二人に気付いた山本は猛ダッシュで近付いて来ると、肩で息をしながら


「なあ…辰…見なかったか?」


 荒い息遣いでそう問いかけた。


「辰?…ああ、南城の事?」


「ああ、知ってるのか?」


「ううん。由香里は?」


「申し訳ございません。私も…あ、そう言えば先程お見かけしましたが、何か大層お急ぎのご様子でしたよ。どちらかへお出かけされたのではないでしょうか?」


「お出かけ…あっ!」


 何かを思い出したのか、山本は急に叫び声を上げる。


「ちょっと、急に大声出さないでよ!びっくりするじゃない」


「ああ、わりい。それより見当がついたぜ、じゃあな!」


 そう言い残し、山本が立ち去ろうとした正にその瞬間、数台のバイクが猛烈な勢いでその傍らを駆け抜けて行った。


「アイツ等は!」


 山本はその後姿を視線で追う。すると桜子も声を上げた。


「ねえ由香里!今の奴等、前に南城に絡んでた奴等じゃない?」


「はっきりとは判りませんが…確かに似た様な雰囲気ではありますねぇ。やはり年末ですし、皆さんお忙しいのでしょうか?」


「いや、絶対そんな理由じゃないと思う」


 相変らずのやりとりな二人とは対照的に、山本の顔は真っ青になっていた。


「まあ、どうかなさいましたか?」


「…まさか、今のも南城絡み?ちょっと、ボーっとしてないで教えてよ!」


 桜子に両肩を揺すぶられて山本は、ボソッと呟く様に言う。


「今日は…辰の兄さんの命日なんだ」


「お兄様の…」


「命日?ってアイツのお兄さんって死んじゃってるの?ってその前にアイツお兄さんがいたの?そんな事より、何であの連中がいまだに南城を追いかけてんのよ?」


 更に強く肩を揺すられた山本は、ハッと我に返った様に叫ぶ。


「そうだよ!辰がヤバイんだよ!」


 そう言いながら振り返った山本は、遠くに見える山頂を指差した。


「あの山頂に、辰の兄さんが眠ってる墓地があるんだ。今日は命日だし、辰は墓参りに行くって

言ってた…事をさっき思い出した。奴等はそれを知ってて辰を追いかけて行ったんだ、こうしちゃ

いられねえ!」


 山本は言葉と同時に走り去った。その後姿を見送りつつ、由香里は山本の指差した方を再び眺めて思わぬ事を口走る。


「…あそこまで走るとなると、少々時間が掛かってしまいますねぇ」


 流石に冗談だと思った桜子だったが、由香里の性格から察するに、もしや本気なのでは無いかと思い由香里の顔を覗き込む。しかし由香里は意に介した様子も無く


「では、参りましょうか」


 そう言って歩き出した。珍しく早足で歩く由香里を桜子は追いかけて声をかけようとするが、その前に由香里は立ち止まった。そこは大きなガレージのあるバイクのチューニングショップで、由香里はその中を覗き込んでいる。


「ここは…バイク屋さん?」


 由香里が覗き込む背後から、桜子も中を覗き込む。すると


「よお、由香里もついにバイクに目覚めたのか?」


 聞き覚えのある声が背後から響いた。


「お兄様、丁度良い所に」


 振り返った由香里は、一騎の姿を認めて嬉しそうな声を上げる。


「何が丁度いいんだ?俺は預けといたバイクを取りに来ただけなんだけど…」


 怪訝な顔で由香里の顔を覗き込む一騎に、由香里が詰め寄る。


「お兄様、大変申し訳無いのですが、仕上がったバイクの調子をご一緒に確かめさせては頂けないでしょうか?」


「…何?」


 怪訝な顔をする一騎に由香里が事情を説明すると


「面白そうじゃねえか!いいぜ、支払い済ませてくるからちょっと待ってろ!」


楽しそうにそう言うと、一騎は店の中へ入って行き、そしてすぐに戻って来た。同時に店の奥から甲高い排気音が聞こえて来る。


「おお、流石はベテランメカニック、セッティングも完璧だな!」


 満足気な一騎の前に、一台のバイクを押しながら中年オヤジがやって来た。その背後には、帽子を目深に被った少年が付いている。


「流石はおやっさん、いい感じに仕上がってるみたいだな!」


 数日振りに目にした愛車を前に、一騎はまるで子供の様に目を輝かせる。とは言えそれも無理も無い事だったが。何しろ依頼していた給排気系のチューニング以外に、外装のクリーニングやチェーンの張り調整、更には若干歪んでいたフォークの修正までもが完璧に行われていたからだった。しかし中年オヤジは意外な事を口走る。


「いやあ、実はこの車両に関しては俺は口を出しただけ。実際に作業したのはコイツなんだよ」


 そう言って背後を振り返ると、少年は一歩進み出て帽子を取った。するとそれは少年ではなく、実は由香里と同年代の少女だった事に皆驚く。


「今回整備担当をさせて頂きました、鬼塚と申します」


 深々と頭を下げる少女。しかし誰よりも驚いたのは、聞き覚えのある名と、そして見覚えのあるその顔を目にした桜子だった。


「うげ!アイツは…」


 咄嗟に桜子は由香里の背後に隠れる。しかし鬼塚は全く気付いた様子も無く一騎に説明を始め…数分後には一騎がシートに跨り、その後ろには由香里も一緒に跨っていた。


「有難う!じゃあ由香里、行くぞ!」


「はい、お兄様」


 由香里はヘルメットの顎紐を締めると桜子に向き直る。


「ではサクラさん、ちょっと行って参りますね」


 由香里が言うが早いか、一騎は鬼塚とオヤジに手を振るとスロットルを開ける。同時に黄色い単気筒車が唸りを上げ、矢の様に走り去った。暫くは呆気に取られていた桜子だったが、背後に嫌な視線を感じ


「じゃ、じゃあ私はこれで…」


そう言って立ち去ろうとした瞬間、その肩に手と、同時に声がかかった。


「んで、アンタは何なの?」


 声の主は当然、鬼塚響子である。




「はあーん、辰っちゃんはそんな面倒に巻き込まれてんだ」


 桜子に事情を聞いた鬼塚は意外な事を口走った。


「え、辰っちゃん…て、アンタ南城と知り合いなの?」


 驚きの声を上げる桜子。


「まあね」


 鬼塚はそっけなく答えると、更に言葉を続けた。


「まあ、南城さん…ってのは辰っちゃんのお兄さんだけど、ワタシにバイクの乗り方教えてくれたのがお兄さんだったのさ。まぁ…無免許でだけどな。まあそんな事はどうでもいいさ。それよりそんなヤバイ事ならワタシも手を貸す。バイク持って来るからちょっと待ってな!」


 そして店の奥に引っ込んだ鬼塚は…


「店長!緊急事態であります!」


「解った!行って来い!」


「よっ、お待たせ!」


 あっと言う間に戻って来た。




「ちょ…お願い、スピード落してーっ!」


「うっせーよ!集中出来ねーだろ!」


 峠道に差し掛かるなりスピードを上げる鬼塚。バイク初体験の桜子はコーナーの度に悲鳴を上げ、鬼塚はその都度怒鳴り声を上げていた。それでも先行する一騎達の姿は見えない。出来る限りの速さでスロットルを捻る鬼塚、すると遥か上に、一騎の駆るスズキの400cc単気筒、DR400ZSMの姿が見えた。しかしそれはタンデム走行とは思えない恐るべき速さで峠道を駆け上がって行く。


「クッソ、あの速さは尋常じゃ無い!」


 鬼塚は自慢のZRX400を、スロットル全開に…したかったのだが、後部座席のお荷物がそれを妨げていた。とは言え、仮に全開走行をした所で既に追いつけない事は解っていたのだが。




「由香里、大丈夫か?」


「はい、それよりも南城さんが心配です。お兄様、急ぎましょう」


「おお!しっかり掴まっとけよ!」


「はい」


 由香里の言葉に、一騎の右手がスロットルを全開にする。同時に激しい排気音が響き、二人の姿は更に加速して行った。


「こりゃあ追い付けねえや…安全運転で行くか。後ろもうるせーし」


 半ば呆れ顔で呟く鬼塚。桜子は真っ青な顔でその背中にしがみついていた。




 その頃…


「全く…懲りねえ奴だな」


 山頂の墓地では、またもや南城が取り囲まれていた。呆れた様な南城の言葉に、正面に立った男…かつて金的蹴りを喰らった男だったが…それがいきり立つ。しかし


「オイ、はしゃいでんじゃねえ」


 背後から声が響き、男は肩をすくませる。


「また下手を打ちやがったら、俺がテメエを殺すぞ」


 更に続く言葉に男は思わず息を飲む。その隙を見て南城が駆け出した。


「待てっ!」


 慌てて後を追おうとする男に、再び背後から声がかかる。


「奴は逃げやしねえよ」


 その言葉通り、南城は墓地を囲む遊歩道の中にある空き地で悠然と構えていた。暖かい時期なら散歩する姿も見える景観の良い場所ではあったが、今は冬場の夕暮れ時、周りに人の姿は見えない。


「いい度胸だな」


 木刀を片手に男が言うが、南城の視線はその背後にいるもう一人の男に注がれていた。


「…アンタが出てくるって事は、今度こそ本気って訳だ」


 鋭い視線で相手を睨み付ける南城。しかし相手は全く怯む事無い所か、笑みさえ浮べている。そして低い声が響いた。


「流石はアイツの弟だ、益々気に入ったぜ。まあ無駄だとは思うが最後に聞いとこう…どうだ、俺と組む気は無いか?」


「…解り切った事を聞くんじゃねえよ」


「だよな、俺がお前だったとしても、多分同じ事を言うだろう」


 その言葉と同時に右手が上がり、南城を取り囲んだ連中の輪が一気に縮まる。




 山頂まで上り切った一騎が辺りを見回す。しかし探すまでも無く怪しい二人組が近寄って来た。


「お兄様」


「ああ、探す手間が省けた」


 二人組が近寄って来るが、一騎は全く意に介した様子も無くそちらへ向かってスロットルを開ける。思いがけない行動に二人組は慌てて背を向けるが、一騎はその前にバイクを滑り込ませた。暫くうろたえていた二人組は何とか手にした木刀を振り上げるが、同時に一騎はスロットルを全開にして…二人組は森の奥へと逃げ去った。


「由香里、あっちだ!」


「はい、参りましょう」


「おお!」


 一騎が全開で追いかけるまでも無く、先程の二人組はあっさりと追い抜かれた。しかし最早道案内の必要は無く、奥の方から騒がしい声が聞こえて来る。


「何かワクワクしてきたぜ!」


「お兄様、遊びに来た訳ではございません」


「悪ぃ、じゃあ行くぜっ!」


 一騎が叫ぶと同時に目の前が開けた。するとその中心部では一人を大勢が取り囲んでいるのが見えた。取り囲まれているのは無論南城である。


「お兄様、お願いします」


 南城の姿を認めた由香里が合図すると、一騎は全力でフロントブレーキを握り込んだ。リヤが大きく浮き上がり、同時に由香里が跳躍する。


「はーっ!」


 叫びと同時に由香里は南城の隣に着地してヘルメットを脱ぐ。


「お…お前…またか?」


 呆気に取られる南城。由香里は笑顔で頷くと、続いて正面を見据えて言い放つ。


「あなた方、たった一人を大勢で取り囲むなど、恥ずかしくは無いのですか?恥を知りなさい!」


 突然の闖入者に、周りの一同は驚いて互いに顔を見合わせる。しかし、その内の何人かが由香里の顔を見て声を上げた。


「お…おい、あの女」


「ああ?…あ、あの時邪魔しやがった女!」


「また…前みたいな事になるんじゃ?」


 途端に数人がうろたえてざわめく。すると


「騒ぐな」


 またもや低い声が響く。騒ぎ始めていた数人は一瞬にして静まり、その顔には恐怖の色が浮かんでいた。


「ほう、君が噂のお嬢さんか?お目にかかれて光栄だ」


 恐怖に縮こまる一同を尻目に、低い声の主が由香里の前に進み出る。


「始めまして、俺の名は北村氷矢。そこにいる南城君のお兄さんとお友達だった者だ」


「南城さんの…お兄さん?」


「奴の言葉に耳を貸すな!奴は俺の兄貴を裏切り、罠に嵌めて殺したんだ!その上俺までも誘拐して、兄貴同様事故に見せかけて殺そうとした!最低の外道野郎だ!」


 南城の言葉に北村は眉を動かす。しかしかろうじて冷静を保つと、言葉を続けた。


「おいおい、そいつはとんでもない誤解さ。俺は奴を助けようとしたんだぜ?それを強情張るもんだから…そうさ、あれは事故だったんだ。そうだよ…俺は悪く無い…そうだ、悪いのは奴だ…そして…」


 北村はまるで自分に言い聞かせる様に淡々と呟く。そしてその語調は段々と荒くなり…


「そうだ!一番悪いのはそこにいるガキだ!そんな奴は…それだけじゃ済まさねえ!そのクソガキの味方する奴も皆クソ共だ!そんな奴等はどいつもこいつもブチ殺せーっ!」


 北村は恐ろしい程に表情を一変させて怒鳴り声を上げ、同時に躊躇していた男達が一斉に襲い掛かる。


「南城さん」


「ああ、解ってる」


 由香里と南城は背中合わせになって襲い掛かる敵を迎え撃つ。北村の激昂とは対照的に冷静さを取り戻した南城を見て、由香里は思わず笑みを浮べ、続いて前を見据える。そして、始めに襲い掛かって来た男の腕を極めると容赦無く投げ捨てた。たまらず悲鳴を上げてのたうち回る男。しかし由香里は眉一つ動かさずに告げる。


「申し訳ありませんが、今日と言う今日は一切の手加減無しとさせて頂きます。逃げる方は追うつもりはありませんが、向かって来る方のお身体は保証は致しかねます。それでも構わないというのであれば…ご随意に」


 鬼気迫る由香里の迫力に、周りを囲む一同はおろか、北村も、更には背後の南城すらも背筋に寒いものを感じた。とは言えやはり多勢に無勢と言える状況の上、北村の叱咤もあって男達は再度襲い掛かる。




「相手はたった二人!何やってんだ!」


 北村の檄が飛ぶ。しかし、その前では信じられない光景が繰り広げられていた。


 南城が侮れない事は既に解り切っていた。振り下ろされた木刀を受け止め、それを奪って反撃する姿は確かに迫力がある。しかし北村が目を瞠っていたのは、大暴れする南城では無く、その背後にいる由香里の姿だった。噂に聞いていたとは言えその実力を目の当たりにして、北村は正直驚きを隠せない。何しろ喧嘩慣れしているはずの男達、それも武器を手にした者達が次々に打たれ、極められ、そして投げられているのだから。


 次々に倒されていく男達。しかも由香里が予告した通り、その殆どが苦痛に顔を歪めて動けなくなっていた。




「だらしのねえ野郎共だ」


 あっと言う間に叩きのめされた手下達に、北村は呆れた様な声をかける。しかし、その顔に怒りは見えたものの全く焦りは見られない。


「おい」


 北村が背後に声をかけると、今までどこにいたのか、二人の男が出て来て横に並んだ。一人はあの高山兄弟をも凌ぐほどの巨漢、そしてもう一人は見た所ただの小男だったが、非常に嫌な、蛇の様な目付きをしていた。


「こいつら、俺も初めて見る。今までのザコとは違う…」


 南城は一瞥して異様な雰囲気に気付く。しかし由香里は慌てず南城に囁いた。


「ご心配無く。頼もしい援軍が到着した様ですよ」


「援軍?そうか、お前がここにいるって事はここまで連れて来た奴もいるって事か」


「はい、その通りです」


 由香里が答えるのとほぼ同時に、森の中から声が聞こえる。


「南城君だったね?なかなか君は察しがいい様だ。それに喧嘩も強い!あれで終わりだったら高見の見物で終わらせるつもりだったんだけど、流石に彼ら三人相手に二人ではてこずりそうだ。折角来たんだし、楽しそうな相手だから俺も混ぜて貰うよ!」


 その言葉と共に森の中から一騎が現れた。思わず身構える南城だったが


「ご心配無く、私の身内です」


 由香里の言葉に緊張を解いた。その瞬間


「余所見してんじゃねえよ!」


 北村の怒号と共に、三人が襲い掛かって来た。するとその時


「せいやーっ!」


 同時に繰り出された一騎の前蹴りが、先頭で突っ込んで来た小男を広場の端まで吹き飛ばした。


「…凄えな」


 思わず呟く南城。しかし、一騎は感心した様に相手の吹っ飛んだ方に目を向ける。


「いや、彼の反応はなかなかだよ。蹴りを喰らう一瞬の間にしっかりお返しをしてくれたからね」


 そう言って笑う一騎の足には、僅かだが血が滲んでいた。


「二人とも気を付けろ、少なくとも今の彼はナイフを持っているみたいだし、後の二人もちょっと普通じゃない」


「ああ、そんな事は俺の方が良く解ってる」


「それよりもお兄様、足の怪我は…」


「問題無い…って言うかそんな事気にしてる暇は無い!」


 一騎の言葉通り、北村ともう一人の巨漢、更には吹き飛ばされた小男も混ざって再び攻撃を仕掛けて来る。


「北村だけは絶対に俺が倒す!二人は手を出さないでくれ!」


 相手以上の勢いで南城が北村に突っ込む。


「成程、彼らは因縁があるみたいだな。じゃあ俺は借りを返すから、由香里はデカい方を片付けてくれ」


「はい、お兄様」


 別に打ち合わせていた訳でも無いのに、期せずして戦う相手が決まってしまった。




「さーて、さっさと傷の借りは返させて貰うぜ」


 身構える一騎。すると


「あっ?待てっ!」


 小男はいきなり背を向けて森の中へ逃げ込んだ。一瞬躊躇はしたものの、一騎は後を追う。


「お兄様?」


 由香里がそちらへ視線を向けた瞬間


「うがあーっ!」


 獣の様な雄叫びと共に、巨大な拳が振り下ろされる。由香里は難無くかわしてその腕を掴もうとするが、常人の二の腕以上に太いその手首はとても女の小さな手では掴み切れない。ならばと逆に掴ませようとしても、相手は余程拳に自信があるのか握り込んだ手を開こうともしない。由香里は難なくかわし続けながらも、攻め手を欠いて攻撃には移れないでいた。


 由香里は暫くかわし続けていたが、一向に攻める勢いは衰えない。尋常ではない持久力を前に、由香里は何とか反撃の糸口を探そうとしたその時、まるで猿の様に森の中を動き回る小男と、それを追う一騎の姿が目に入った。同時に一騎の目にも防戦一方の由香里の姿が目に入り、その視線が交わる。そして二人は揃って相手に背を向けると、由香里は森に向かって、一騎は森の出口へと走り出す。


「逃がすかよっ!」


「うがあーっ!」


 当然の如く小男も大男も後を追う。そしてどちらも逃げる獲物まであと一歩、と言う所で小男は必殺のナイフを、大男は巨大な拳を互いの獲物に向かって振り下ろした…瞬間に獲物は目の前から消え、小男の目には巨大な拳が、大男の目には鋭いナイフが映った。


「うぎゃあああーっ!」


「うがあーっ?」


 大男の拳にナイフが突き刺さり、更にはその拳が小男を派手に吹き飛ばして大木に叩き付けた。


「あ?…あああっ!」


 思わず唸り声を上げる大男。その目の前では…


「この…バカ野郎」


 そう言い残して、小男が前のめりにぶっ倒れた。暫くうろたえていた大男は、半ば開き直った様に再び由香里に打ちかかる。


「由香里!」


「お兄様、ご心配無く」


 由香里は落ち着き払った声でその一撃をかわすと、両手で相手の右腕を掴み、その体勢を崩す。慌てた大男は残った左の拳を振り下ろすが、由香里は掴んだ右腕でそれを受け止める。更に間髪入れずに左手を滑らせて相手の左手首に左手を引っ掛けてそのまま引き降ろすと同時に、右手で相手の右手首を押し上げた。


「うがあああーっ?」


 一瞬の内に大男が転がされて大の字になった。由香里は馬乗りになりながら、交差させた相手の両腕で鼻と口を塞ぎ、更に勢い良くその腹に両膝を落とした。


「ふんぐっ…」


 一瞬息の止まった大男はたまらず声を上げる。しかし由香里は全く容赦無くその両腕を極めていた。北村は南城と渡り合っていて助けは期待できない。もう一人の相棒は自分がぶっ飛ばしてしまい今も倒れたまま、その上一騎まで歩み寄って来る状況を理解すると、流石の大男も観念せざるを得なかった。




 完全に戦意を喪失した大男、そして戦闘不能になった小男。それを見て由香里と一騎は南城達に目を向ける。


「北村ぁーっ!」


 怒鳴り声と共に、南城は一方的に攻め立てている。しかし、防戦一方となりながらも北村は余裕がありそうに見えた。むしろ攻める南城の方が切羽詰っている様にさえ見える。


「彼、ちょっと気負いすぎじゃないか?」


「そうですね、頭に血が昇りすぎている様に見受けられます。とは言え手を出すなとおっしゃってましたし…」


「ああ、快く手助けを喜ぶとは思えないな」




 とりあえずは南城の言葉に従い、二人は戦況を見守っていた。しかし、次第に雲行きが怪しくなり始める。


 始めのうちこそは唸りを上げる南城の木刀に冷や汗をかいていた北村だったが、今では完全に見切った様で、紙一重でかわしながら笑みさえ浮べている。対照的に南城は攻勢ではあったが次第に息が上がり、一撃を放つ毎にその鋭さは失われていた。そして…


「くたばりやがれーっ!」


 まるで根負けしたかの様に、南城は思い切り木刀を振り下ろす。しかし


「だからお前等兄弟はバカなんだよっ!」


 北村の叫び声と共に、振り下ろした南城の腕に下からの強烈な一撃が加えられた。南城はたまらず木刀を落としてしまい、北村は更に容赦無い一撃を振り下ろした。そして、勝利を確信した北村は思わず笑みを浮べ、南城の顔の前に木刀を突き出す。


「よお、観念したか?」


 北村の笑みは更にサディスティックさを増し、恍惚とした表情へと変わって行く。


「これで、俺は過去の呪縛から解放される」


 何かを決意したかの様に呟くと同時に、北村は木刀を高々と振りかざす。


「これで…これでっ!俺は奴から…開放されるんだーっ!」


 唸りを上げて木刀が振り下ろされた。




 鈍い音が響く。一瞬の静寂の後、南城の体はゆっくりと前のめりに倒れた。


「…おい、由香里!」


 思わず叫ぶ一騎。しかし由香里は声一つ立てずその状況を見守っている。その様子を目の端に捉えながらも、北村は意に介さず再び木刀を振り上げ、そして


「死ねやーっ!」


 再び唸りを上げて木刀が振り下ろされた。しかし


「…なっ?」


 北村の表情が一変する。何と、頭に一撃を喰らって倒れたはずの南城が、止めの一撃を片手で鷲掴みにしていたのだった。


「…おい、どうなってる?」


 驚きの声を隠せない一騎とは対照的に、由香里は笑顔で南城の勝利を確信した。


「流石は南城さんですね。最早、勝負はついております」


 その言葉と同時に、南城は片手に木刀を掴んだままで立ち上がった。


「死ぬのは…」


「なっ…何だ?」


 予想外の展開に、北村は既にどうしていいか解らずに怯えていた。そこへ


「テメエだーっ!」


 叫びと共に南城の渾身の一撃が放たれた。


「うっぎゃあああーっ!」


 悲鳴と共に吹っ飛ぶ北村。そのまま背後の大木にぶち当たると、その場へ崩れ落ちて動かなくなった。




「…クソ野郎」


 そう呟くと同時に、南城は崩れ落ちた。


「南城さん」


 由香里は駆け寄ると、そのまま倒れそうになる体を抱きかかえた。


「…よお、大丈夫か?」


 頭から血を流しながらも、南城は笑みを浮べながら言う。


「はい、私は平気ですよ。南城さんこそ、お怪我をされているのではありませんか?」


「まあな、でも大した事ねえよ。お前のお陰だ。今日ばかりは正直助かったぜ」


「それは何よりですねぇ。お役に立てて幸いでした」


 まるでこの場に合わない和やかな二人を見て一騎も笑みを漏らすが、北風に身を震わせるとたまらず口を挟む。


「和んでる所悪いが、そろそろ帰ろうぜ。いい加減日も暮れて来たし、バイクじゃ寒くなる。話は帰ってからだ」


 その言葉に由香里と南城は顔を見合わせるが


「そうですね、そう致しましょう」


 由香里が微笑みながら答えて、三人は広場を後にした。




「まあ、とりあえず由香里の友達も無事だったし、一件落着だな」


「はい、南城さんが何事も無くてほっと致しました」


 楽しげな二人とは対照的に、南城は少々気恥ずかしかった。何しろ本音とは言え由香里に感謝の言葉を述べ、更にはそれを第三者にも聞かれてしまったのだから。ほんの少し前は興奮冷めやらず気にもならなかった自分の発言が、いざ戦いも終わり、後は帰るだけとなった事に改めて気付いた瞬間、同時に普段の自分にはあるまじき素直な言葉だった事にも気付いてしまったのだ。更には打たれた頭が容赦無く痛む。そんな訳で南城は無言でバイクの停めてあった場所へと向かった。




「ん、こりゃあ何だ?」


 思わず一騎が声を上げる。その声につられて由香里と南城も一騎の視線を追うと、そこには…


「まあ、これは一体?」


「…奴の舎弟共だな。でもこれは…」


 一騎がバイクを停めた周りには、無数の男達が倒れていた。怪訝そうに顔を見合わせる由香里達に、不意に声がかかる。


「由香里っ!」


 振り返る由香里。その目の前には


「サクラさん?」


 いつも通りの元気な桜子の顔があった。と思った瞬間、桜子は由香里に抱きついて上ずった声を上げる。


「心配したんだよー!大丈夫だったの?」


「はい、特に何とも…それよりもどうしてサクラさんがここに?」


「あ、彼女に乗せて来て貰ったの」


 そう言って振り返る桜子。皆が一斉にそちらを向くと


「おっりゃあああーっ!」


 雄叫びと共に最後の一人をぶちのめす鬼塚の姿が目に入った。




 呆気に取られる一同。しかし桜子は至って普通に言葉を続けた。


「彼女凄いのよ。お兄さん程じゃ無いけどバイクの腕も凄いし、それにさっきから胡散臭そうな奴等が何人も寄って来て、お兄さんのバイクに手を出そうとしてたの。そしたら彼女、物凄い勢いでそいつらぶっ飛ばし始めてね、それでこの有様ってワケ。凄いわよね!ワタシも二人はやっつけたけど、彼女は軽く十人以上は倒したと思うわ。そう考えると彼女との試合が喧嘩じゃなくてマジで良かったって

思う!」


 桜子の言葉が途切れると同時に、最後の一人を叩きのめした鬼塚が歩み寄る。そして


「よっ、久し振り!」


 南城の姿を認めると、懐かしそうな顔で声をかけた。


「響子?」


 唖然とした顔で言葉を返す南城だったが、鬼塚は駆け寄って来るとその両手を掴んで笑みを浮べた。


「全く、相変らず無茶してんだね!」


「お前こそ何してんだよ?」


「まあ細かい事はいいじゃん!後は帰ってから話そうよ」


「…ああ、そうだな」




 それから数十分後、一同は「てっちゃん」で鉄板を囲んでいた。




「やあ、今日も新しいお友達連れてきてくれたのかい?」


 相変らずパワフルな店主、哲子の声が元気に響いた。


「あれ、辰っちゃんてここの常連なの?」


「まあな、とは言えこいつ等に連れてこられたのが最初だったんだが。それ以来何度か来てる。なかなかサービスがいいんでな」


「そうなのよー!ワタシ達も先輩方に連れてこられてから大のお気に入りなの!ねっ由香里?」


「そうですねぇ。このお店は、大変居心地が良いですね」


 にっこりと微笑む由香里の背後で、哲子の声が響く。


「ああ、そこまで気に入られちゃ今日もサービスしない訳にはいかないねえ!何でも頼んどくれ!何しろ上得意様だからねえ!とりあえずこれ置いていくから、決まったら呼んでよ!」


 巨大なピッチャーに入った烏龍茶を置いて哲子は立ち去る。今日が始めての鬼塚と一騎は、哲子の勢いに驚き呆れながらも笑っていた。


 流石に体を動かした後だけあって、皆の食欲は旺盛だった。一気に片付けた後で口を開いたのは、やはり桜子。


「ねえ、結局さっきの奴等…まあ前に会った奴等なんだけど、何者なの?」


 不意に沈黙する一同。皆の視線が南城に集中する中、鬼塚は心配そうにその顔を見つめていた。そして鬼塚が何かを言おうとしたその時


「まあ、お前らにも世話になっちまったし、もう話してもいいか」


 意外な事に南城は、微かに笑みを浮べながら答える。


「辰っちゃん?」


「いいんだよ、もう吹っ切れた」


「なら…いいけど」


 そして南城は今までの経緯を語り始めた。決して大きな声ではないが、その声は店の喧騒を無視するかの様によく通り、聞く者の耳に心地良く響いていった。




「兄貴と北村は、中学の頃知り合ったんだ。いつも楽しそうにつるんでいた二人に、俺もいつしか

混ざって遊ぶようになった。ってもつるんで悪さばっかしてたけどな。まあ一通りのちょっとした

悪さはやり尽くした頃、いつからか北村がバイクに夢中になりだしたんだ。それも今みたいなんじゃ

無く、いわゆる峠小僧って奴だな、走りに命を懸けるって感じの。半ば強引に兄貴にも免許取らせると、北村は毎日の様に兄貴と勝負してたよ。当然先に始めていた北村の方が速かったんだが、乗り始めて一ヶ月と経たない内に兄貴は北村を簡単に追い抜いちまった。どう見ても北村の方がバイクに夢中だっただけに、その時は笑っていたが内心穏やかじゃなかったんだろう。それからだんだんと北村は顔を見せなくなり、気付いたら兄貴の相手は俺に代わっていた。まぁ、一回も勝てたためしが無かったけどな。ああ、そういや響子と知り合ったのもこの頃だったか」


「うん、いつも二人で走ってる所見てて格好いいなあ…って思ってた。だからお兄さんが一緒に走ろうって言ってくれた時は凄く嬉しかったよ」


 南城は鬼塚と一瞬懐かしそうに目を合わせるが、すぐにまた言葉を続けた。


「俺も響子も兄貴に追い付こうと躍起になってたせいか、上達は早かった。とは言え兄貴はその遥か上を行っててな…信じられないとは思うが、昔その峠で腕を磨いていたレーサーが、久々に遊びに来たその峠で兄貴にぶっちぎられたんだ」


「うん…あの時は体中に電気が走ったよ!」


「ああ、俺もだ…そして、その事が噂になって、兄貴はレースに出る事になった。とは言え当然峠とはレベルが違う。流石の兄貴も最初の内はノービスで一勝するのがやっとだったが、半年もするとコツを掴んだのか勝率は八割を越え、移籍の話もかなり増えて来たんだ。そんな時だった…」


 そこで南城は言葉を切ると、長い間沈黙してしまった。


「あのさ、言いたく無い事は言わなくていいよ?」


 その顔を覗き込む様に鬼塚は言うが、逆に気を取り直した顔で南城が続ける。


「国内を転戦していた兄貴が久々に家に帰って来た時、頼み込んで後ろに乗せて貰ったんだ。レーサーの走りが知りたくってな。まぁ街中で本気出せる訳も無いし、ちょっとでも雰囲気を味わいたくっていつもの峠に出かける事にした。そして…奴に再会した。既に峠から去ったはずの北村が、よりによってその日に限っていやがったんだ!」


 急に語気を強めた南城。その手にも自然と力がこもり、グラスを握った手が小刻みに震える。鬼塚が黙ってその手に自分の手を重ねると、南城はその手を優しくどかしてそれを一気に飲み干す。そして大きく息をつくと、再び続けた。


「兄貴は…弟の俺が言うのも何だが凄い男だった。単にレーサーとしての才能がとかそんなんじゃ無く、とにかく大きな人だった。でも皮肉なモンで、それが兄貴の寿命を縮める事になったんだ。奴は、どこで知ったのか兄貴が帰って来る日に合わせて罠を張ってやがったんだ」


「罠って…」


 何か聞きたげに声を上げる桜子だったが、南城の表情を見て言葉に詰まる。そして南城は更に言葉を続けた。


「奴は最初、遊び半分で俺と勝負しようと言って来た。それが奴の仕掛けた罠だとも気付かず、俺は奴と勝負して、僅差で負けた。そして兄貴が奴の相手をする事になった。俺と勝負した時の奴は、少なくとも俺の目には昔一緒に峠で遊んでいた時と何も変わらない様に見えた。だが…違った。」


「流石に現役レーサー相手じゃ話にならないと言って、奴は条件を出して来た。三十秒でいからハンデをくれと。兄貴はそれを全く疑う事も無く条件を飲み、勝負は始まった。とは言えたかが三十秒のハンデなんか無いも同然だった。バイクの性能も同じ位だったし、兄貴は余裕で先に頂上へ着いた…だがそれこそが罠だったんだ。その勝負で北村は何一つ卑怯な真似はせずに普通に走りで勝負した。だから、兄貴もそのつもりで下りの勝負で北村の後を追った。そして、三つ目のコーナーで転倒して…崖から転落した」


 その言葉に、桜子の唾を飲み込む音だけが答える。


「兄貴が転倒したコーナーには「何故か」登りの時には無かった大量のオイルだまりが出来ていて、しかもガードレールまでもが半壊していた。北村の話じゃ自分がクラッシュしてオイルを撒き散らし、ガードレールも壊したって話だが、明らかにバイク一台分のオイルじゃ無かった。それに何より北村のバイクはほんの少ししか壊れていなかったんだ。だが何よりも許せないのは、その場で奴等は兄貴をろくに探しもせず、救急車も呼ばず、さっさと消えやがった事だ!」


 南城は再びコップに口を着けると、一つ大きく息をついて続ける。


「俺は必死で頂上へ戻ると、何とか公衆電話で救急車を呼ぶことが出来た。だが照明すらろくに無い

夜の峠道では兄貴の捜索にも時間がかかり、見つかった時には…既に手遅れだった。これが俺と奴の

因縁だ。俺は奴を殺したい程憎んでいるし、奴は俺の復讐を恐れている。だが、今日でその因縁も

終わりだ」


 そう言って顔を上げる南城。その顔は見る間に明るさを取り戻す。


「それも全てお前達のお陰だ!今日ばかりは素直に礼を言う、有難う!」


 意外な発言に一同は驚きの表情を浮べる。特に桜子と鬼塚の驚き様には凄い物があった。由香里の表情は微妙だが、僅かに驚いた様に見え、一騎は皆に付き合って驚いた顔になっている様ではあったが。


 それから更に時間は過ぎ…


「由香里、そろそろ帰らないと」


 一騎がそう言って腰を上げる。同時に皆が帰り支度を始めた頃…


「辰ぅー…戻ってるなら…早く…教えてくれよぉー」


 泣きそうな声で山本が入って来た。すると


「おお悪い。俺達はもう帰るから、まあゆっくりやってくれ」


南城はそっけなく答える。


「そんなああぁーーーっ!」


 がっくりと崩れ落ちる山本。同時に笑い声が響いた。




 それから数日後、そんなトラブルには全く関係無く試験の結果は容赦無く張り出され…


「はぁーあ」


桜子は大きな溜息をついた。自分ではかなりの手応えを感じていたものの、その結果は相変らず。そして由香里との差も相変らずなのはまあ仕方無いとして…それでも納得いかなかったのは、あれ程のゴタゴタに巻き込まれながらも南城は由香里同様に学年ベストテンに入っていた事だった。


「アイツ…もう二度と手助けなんかしない」


 張り出された順位表の前で、桜子はいまいましげに呟く。




 更に数日後…


「よっしゃー!二学期しゅうりょーっ!」


 無事に通知表も受け取った桜子は、まるで鬼の首を取ったたかの様に叫ぶ。と同時に由香里に耳打ちした。


「ねえねえ、由香里んちってクリスマスパーティーやるって言ってたわよね?それって家族だけでとか決まってるの?」


「いいえ、以前申したかもしれませんが、叔父様は大層お祭り事が好きなのですよ。ですからそういったパーティー等では、私達にもお友達を沢山連れてくる様にと常に申しております。ですので…」


「はい?」


 桜子の顔に期待のこもった笑みが浮かんだその瞬間


「そうか、じゃあ可愛い後輩の為だ。皆クリスマスイブは予定空けとく様に」


 突然背後で声が響く。振り返るまでも無くそれが朱戸の声だと解った桜子の耳に、更に聞き覚えのある声が入って来る。


「うん、わかった!」


「…そうね、楽しみだわ…」


「あらあら、皆行く気満々ね。じゃあ仕方無い、私がお目付け役として同行しなくっちゃいけないわね」


 顔をこわばらせて振り返る桜子。対照的に由香里は嬉しそうに声を上げる。


「まあ、皆さん来て頂けるのですか?それは叔父も喜びます。是非お越し下さい」


 そんな由香里の期待に答えるかの様にクリスマスイブ当日には高屋敷家の道場はパーティー会場と化し、普段は広いはずの道場内に着飾った面々がひしめき合うように溢れていた。壁際を囲うように並んだテーブルの上には無数の料理が並び、無数に置かれた丸テーブルの周りにはそれぞれ椅子が並んでいる。それぞれが思い思いの料理を更に乗せ、気の合った者同士で同じテーブルを囲んだり、まだ立ったままで談笑していた。


「ふえー、凄いわこりゃ」


 呆れた様に呟きながら桜子が辺りを見回すと…先輩四人組はまあ解るとして、南城に大道、三船…と言うかクラスのほぼ全員が来ていた。更には高山兄弟や反町&竹野内等々、どうやら由香里が今までちょっとでも関わった人々の全てが誘われていた様だった。恐らく都合によって来られない者もいるのだろうが、由香里の事だけに、うっかり誘い損ねた者もいるのでは?そう考えた桜子は思わず苦笑した。その瞬間


「おう、嬢ちゃんも来てくれたのか!」


 豪快な叫び声に桜子はビクッとして振り返る。そこに立っていたのは、満面の笑みを浮べた豪快なオヤジ、剛二だった。


「あ…お久しぶりデス。えっと…この度は、その…素敵なパーティーに…」


 何故かしどろもどろな桜子。それをみて剛二は大爆笑する。そして


「気遣い無用!今日は皆に楽しんで貰いたくて道場を開放してるんだ!それに嬢ちゃんにはいつも由香里の相手をして貰っているんだから、今日と言う今日は満足行くまで楽しんでいってくれ!」


そう言い残すと、また笑い声を上げながら次のターゲットを探して歩き出した。




「こんばんは、サクラさん」


 呆気に取られている桜子の横に、いつの間にか由香里が立っていた。笑顔で差し出されたグラスを

手に取ると、桜子は一口飲んでふーっと大きく息をつく。


「ありがと。それにしても相変らずアンタのオジさん…」


 そう言いかけた桜子だったが、顔を上げた瞬間由香里に目を奪われた。


「ぅわ…」


 声にならない声を上げる桜子に、由香里は首を傾げる。


「あの…どうかなさいましたか?」


「あ、イヤ何か今日の由香里…やけに綺麗だなって思って」


 桜子は思ったままを口にするが


「まあ、私達の間にお世辞は不要ですよ」


由香里はそう言って笑う。とは言えその笑顔はまんざらでも無さそうだったが。


「それに、お世辞抜きで今夜のサクラさん、とてもお綺麗です」


「えーっ?人にお世辞はいらないとか言っといて自分が言ってるじゃない!まぁ、言われて悪い気はしないけどね」


「では、気分の宜しくなった所でお食事に致しましょう」


「そうね、賛成!」


 桜子は駆け出したと思った瞬間には、トレーに山盛りのご馳走を乗せていた。笑顔で頬張る桜子、

由香里も楽しそうにその様子を眺めつつ、自分も料理を口へと運んだ。


 その後パーティーは賑やかに進行したが、楽しい時間は過ぎるのが早く、あっと言う間にお開きとなってしまった。もっとも、参加者の殆どが学生とあってはそれもいたしかた無い事ではあったが。




「はあーあ、もう終わりかぁ。盛り上がって来たとこなのにー」


 夜空を見上げながら、桜子は名残惜しそうに呟く。


「そうねぇ、結局クロの裸踊りも見られなかったし」


「そんな事しないっつうの!」


「…でも、とても楽しめたわ、有難う…」


「そうね、たっぷり充電出来たわ。これでまた年末年始も頑張れるって感じね」


 そう言い残して先輩四人組は帰ろうとしたが、桜子は相変らず夜空を見上げていた。すると…


「…あ!」


 突然声を上げる。同時に夜空から白いふわふわしたものが舞い降りる。


「まあ、正にホワイトクリスマスですね」


「うん!綺麗!」


 その言葉に四人組も足を止めて夜空を見上げる。暫くそうしていると


「雪か…なかなか風情があるな」


 背後から南城の声がした。


「道理で寒いと思ったよ」


 続いて大道の声もする。更に


「素敵ね、きっと今夜はサンタさんも張り切って仕事してくれるわ!」


 三船の声もした。その言葉に一同は顔を見合わせて笑う。




 夜が更けると共に雪は勢いを増し、瞬く間に町は純白のヴェールに包まれて行った。


今回は…気持ちシリアスっぽい感じで進みましたねー(他人事)まあ人生色々有るって事で。ただ基本的に悲劇は嫌いなんで、多分誰かに不幸が、なんて事は多分無いと思いつつ、どうなるのかよく解っていませんが(笑)

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