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体育祭と文化祭…あと、桜子の挑戦

5.体育祭と文化祭…あと、桜子の挑戦




「さて、いよいよ来週は体育祭です」


 朝のホームルームで塩谷が告げ、プリントを配る。


「なるべく皆さんが出たい種目に出られる様にしたいのですが、なかなかそういう訳にも参りません。なので一応希望はいくつか決めておいて下さい。今配ったプリントに各種目とクラス毎の出場人数が書かれてまして、今日の五時間目にそれぞれの出場種目を決めますので。尚、我が校の体育祭は来月の文化祭と関連がありまして…まあとにかく皆さん頑張って下さい」


 塩谷はそう言うと、意味ありげな笑みを浮かべて教室を去った。


「ねえねえ、何か今のセンセーの笑い、気にならない?」


 すかさず桜子が由香里に話しかけるが


「そうですか?よく、解りませんでした。それはそうとして、とにかく頑張りましょう」


いつも通りの笑顔で由香里が返し、同時に予鈴が鳴った。


 昼休みに入り…


「ねえ、由香里は何に出るつもり?」


 箸をくわえたままで桜子が尋ねる。


「はい?」


「いや、『はい?』でなくって。朝センセーが話してたじゃない?体育祭の事」


「ああ、そう言えばそんなお話をされていましたねえ。どう致しましょう?」


「いや…私が質問してるんだけど」


「サクラさんは、何か希望の種目とかあるのでしょうか?」


「私?そうねえ…走るのも得意じゃないし、別に力持ちって訳でもないし、どうしよっかなあ…」


「では、これなど如何でしょう?」


 そう言って由香里は机上のプリントを指差す。


「…仮装リレー?それは…ちょっと」


「そうですか?では、こちらなどは…」


「二人三脚?」


「はい、ご一緒に如何でしょうか?」


「ああ、それならいけるかも!じゃあこれ第一希望にしよう!」


「はい、ではそう致しましょう」


 幸い二人の希望は適い、二人三脚への出場は決まった…しかし


「えー、何でよー?納得いかなーい!」


 不満そうな声を上げる桜子。それと言うのも「何と無く楽そうな競技を選んだから」と言う理由で仮装リレーの出場までもが決定してしまったからである。


「ちょっと由香里!アンタも何か言いなさいよ!こんなこっぱずかしい競技由香里だって嫌でしょ?」


 同意を求める様に由香里に声をかける桜子だったが


「そうですか?私はとても楽しそうだと思うのですが」


 楽しそうな笑顔で由香里が答える。更には


「まあ、この競技は速さよりもギャラリーを如何に盛り上げるか、という所に重点を置いていますので、人を楽しませる事が得意な春日野さんは適任だと思いますよ」


塩谷までもがそう言って煽った。その言葉の響きに、最早覆す事が出来ないと悟った桜子は涙目で叫ぶ。


「私は人を楽しませるのが得意なんじゃなくって、自分が楽しみたいだけなのーっ!」




 放課後、部活が始まっても桜子は溜息をついていた。


「…ねえ」


 その状況に玄田が由香里に声をかけた。


「はい、何でしょうか?」


「サクラちゃんどうかしたの?一応練習に参加してるとは言え、あんなに気が抜けてちゃ危ないわよ?」


「そうね、あれじゃむしろサボった方がいいかもしれないわ」


 不意の声に由香里と玄田が振り向くと、遅れてやって来た白木が立っていた。


「あら、お疲れ様です、白木さん」


「いきなり声かけないで、心臓に悪いから」


「あら、それは失礼。それはそうと、本当に彼女どうしたの?いつも元気だから余計に気になるわね」


「それが…」


 由香里は桜子が涙まで浮かべた五時間目の様子を事細かに話した。すると


「うっ…ぷぷっ…ゴメン」


「うふふっ、意外と言うか何と言うか…塩谷先生も多分よかれと思っての事なんでしょうけどね」


 玄田は必死で笑いを堪え、白木は腕組みをしながら苦笑した。


「でも大丈夫よ」


 白木はそう言って笑うと、桜子を呼んだ。


「何ですかー?」


 キレのない返事を返しながら桜子がやって来たが、その顔は相変わらず覇気が無い。


「よっ、らしくないんじゃない?」


 桜子の肩に手を回しながら玄田が言うと、更に白木も意外な事を言う。


「仮装リレーか…なんか懐かしいわね」


そう言いながら玄田に視線を向けると


「懐かしいって言うか、あれで振っ切れた様な感じはするかな」


照れ臭そうに頭を掻きながら、玄田はそう答えた。そして、少しの間を置いて桜子の表情が変わる。


「あの…先輩方も仮装リレーに…?」


 その言葉に玄田と白木は笑顔で頷き合う。


「そうよー、アレは新入生が乗り越えなきゃならない壁であると同時に…」


「同時に…他には?」


「ゴメン白木、何か格好良い事言おうとしたけど思い付かなかった」


 舌を出しながら玄田は笑う。


「全く…ま、玄田の名言は期待してなかったから別にいいとして」


「ちょっと?」


「まあ気を楽にして楽しんでみたら?意外と楽しいから…とは言え、実は私達も決まっちゃった時は凄く憂鬱だったんだけどね」


「そうそう、特に青山なんて恐い位にブツブツ呟いてたもんねぇ!」


「そうね、なんか懐かしいわ」


 桜子そっちのけで笑い会う二人。その様子を見て桜子はふと気になった事を聞く。


「あの、お二人と青山さんは一年の時同じクラスだったんですか?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


「ついでに言うと朱戸もそうよ。実を言うと私達全員、一年の頃はクラスで浮いてる存在だったのよ。最近はホラ、部活に打ち込むのってなかなか流行らないじゃない?」


「そうそう!しかもそれまで私達同じクラスってだけで特に親しい訳じゃなかったのに、まあ白木と青山は昔っからの知り合いだったみたいだけど、その時以来切っても切れない仲になったって訳」


「そうだったんですか…ところで、どんな仮装したんですか?」


 その桜子の問いに、二人は再び顔を見合わせて笑った。


「それがねー…私達皆して武道系の部活じゃない?だから皆で剣の達人って事で…」


「そう、それで私達皆で三銃士の仮装して走ったのよ」


「三銃士?聞いた事はある様な…」


「有名なフランスの小説ですね」


「そうそう!更に言うと私達初めての共通の話題になった小説でもあるのよ。それで私がアトス、玄田がポルトス、んで白木が」


「アラミス」


「では、青山さんは…」


「ダルタニャンじゃないわよ?」


「あら、では一体どなたを?」


 由香里の問いに、二人は顔を見合わせて笑った。


「青山はミラディーよ」


 白木の言葉に由香里は一瞬沈黙するが…


「それは…また何とも」


 微妙な表情で笑った。


「でも、あの時の青山は圧巻だったわね。一番嫌がっていたくせに、本番での張り切り様ったら無かったわ」


「あれは…張り切るっていうかヤケクソに見えたけどね」


「あら、そうだったかしら?」


「だって並んで走る連中を片っ端から刺しまくってたじゃない?あー、今思い出しても笑える!」


「いや、そこは笑う所じゃないかと…」


 思わず突っ込む桜子。しかし懐かしげに笑う二人は全く気にも留めていなかった。




 帰り道で桜子が


「何か、先輩方の話聞いてたら仮装リレーも楽しいんじゃないかって気がしてきたわ」


そう由香里に話しかけた。すると由香里が笑顔で答える。


「そうですか?それは何よりです。では、何かなさりたい物があればおっしゃって下さいね」


「うん!あれ、ところで四人一組だったわよね、あと二人って誰だったっけ?」


「あら、お聞きにならなかったのですか?」


「うん、自分が決まった事でパニくっててそれどころじゃなかったから!んで、誰だったの?」


「それはですねぇ…」


「…うん」


「忘れてしまいました」


「…ああ、そう。流石ね」


「何か、おっしゃいましたか?」


「ううん、気にしないで。もう慣れたから」




 そして翌日…


「ゆっかりー!」


 登校中の由香里に背後から声が掛かる。


「あら、サクラさん。何か良い事でもありましたか?」


「えっ、何で?」


「はい、いつにも増してお元気そうです」


「そうかー、やっぱり由香里には解っちゃうのねー。実はねぇ、仮装のネタが浮かんだのよ」


「では何か、なさりたい物が?」


「うん!実はねぇ…」


 そう言って桜子は由香里に耳打ちをする。


「まあ、それは大変楽しそうです。是非他のお二方にもご協力頂ける様に致しましょう」


「でしょー?早速衣装とか、あと小道具とかも考えなくっちゃ!」


 吹っ切れた様に張り切る桜子。由香里も楽しそうに微笑んだ。




 そしてあっと言う間に数日が経ち…


「さーて、いよいよ本番ね!」


 秋晴れの下、桜子が叫ぶ。


「はい、準備万端、頑張りましょう」


 それに答える由香里。そんな二人の背後に明らかに不服そうな顔の男が二人…


「何で俺が仮装リレーに…いや、それはまあいいとして、何でコイツと一緒なんだ!」


「それは…俺の台詞だ」


 そう言って顔をそむける大道と南城。あろう事か後の二人はこの面子だった。当然二人とも数日前から自分が参加する事は知ってはいたのだが、自分以外の参加者が誰なのかを知ったのは体育祭当日の事だった。と言うよりも興味が無かったのである。大道は運動全般に自信があったので何に出場になっても平気なつもりでいたのと、体育祭自体に興味が無い為に適当に参加種目を振り分けられた南城、と言った所だった。


「まあまあ、折角私達が衣装も用意してあげたんだし、さっさと着替えて!」


「…全く、尊敬する偉人は誰か?なんて聞いてくるからおかしいとは思ったんだよな」


「…同意はしたくないが、確かにその通りだな。とは言え…認めたくは無いがお前らには借りもある事だし、付き合ってやる」


「やったー!」


 そして


「…あら、あの子達…」


 スタートラインに立つ桜子を見て、更に南城、大道、そして由香里へと視線を移しながら青山が呟いた。


「何か、気合入ってるって言うか、やり過ぎって言うか…凄いね」


 青山の隣で朱戸も唖然とした顔で言った。すると更にその隣で玄田が言う。


「あららー、この間の話が効きすぎたみたいね」


「何よ、この間の話って?」


「私達の武勇伝を教えてあげたのよ」


 三人の背後から白木が声をかけた。思わず振り返る青山と朱戸。玄田は白木の声に思わず吹き出す。


「武勇伝って…」


「…貴女、まさか…」


 思わず目の色を変える二人。その前で


「ゴメン、話しちゃった」


 白木と玄田の二人は同時に舌を出して笑った。その表情に朱戸と青山も怒る気が抜け、思わず苦笑する。


「仕方無い、こうなった以上あの子達を応援しますか!」


「…そうね、そうしましょう…」


 心を決めると、四人組は固まって応援を始めた。その目の前でスタートの銃声が響き、第一走者の静御前こと桜子が全力疾走…と思いきや、扇を広げて舞い始めた。


「…あららー、ノリノリだわ」


「やるわね、アンタと白木がチクったのが効いてるんじゃないの?」


「あら、そうかしら?って多分そうよねぇ」


「…何を他人事みたいに…とは言えあの子、想像以上にやるじゃない。認めたくは無いけど、あの時の私は正直後はどうにでもなれって気持ちで吹っ切れていたのよ、でも今のあの子はそれ以上。今更だけど、あの時もっと好き放題やっとけばよかった…」


 そこまで言って青山は周りの視線を感じ


「…いえ、言葉のアヤよ、気にしないで…」


軽く息を吐きながら視線を逸らした。その様子に他の三人は必死で笑いをこらえる。


 桜子はぶっちぎりで最下位を走りながらもダントツの歓声を浴びていた。決してサマになっているとは言えない物の、この日の為に由香里の秘密特訓を受け、更に完璧に吹っ切れた桜子の舞は大勢の観衆を沸かせていた。そして第二走者の大道にバトンが渡る。


「うおおおおおおおーっ!」


 雄叫びと共に弁慶に扮した大道が全力で走り出すと、その迫力に先行していた走者は思わず道を空ける。最も、手にした薙刀を振り回されてはそれも仕方の無い事だったが。更に第三走者の頼朝に扮した南城が、やる気の無い表情をしつつも猛烈な追い上げを見せた所でアンカーの由香里にバトンが渡った。


「では、参ります!」


 バトンを手にするなり、牛若丸に扮した由香里は普段のとぼけた表情を一変…とまでは言えないものの、少しだけ目付きを変えて先頭の走者を軽やかな足取りで追い始めた。


「うっわー、流石は牛若丸ね…」


 玄田が思わず感嘆の声を上げる。その目の前で走るというよりはまるで跳ぶ様に足を進める由香里。舞いながら笛を吹き、それでも見る見る内に先頭の走者の背後に迫る。


「おおっ?流石はお嬢!」


 朱戸も思わず声を上げた。由香里の走るスピードがそこそこ速いせいもあったが、それ以上に他のチームの仮装がどう見ても走るには適さない格好だった為、由香里は先頭の走者を追い抜くと、そのままトップでゴールした。


「やったー!」


 桜子は勝利の雄叫びを上げながら由香里に駆け寄ると、喜びのあまりそのまま抱きついた。大道もその様子に笑みを浮かべ、南城はやれやれと言った感じでその様子を眺めていた。とは言え一様に喜んでいたその時


「頑張ったじゃない!」


 そう言いながら白木が由香里と桜子の肩に手をかける。


「…そうね、よく頑張ったわ。お疲れ様…」


 傍らでは青山も二人を祝福していた。しかし…


「まあ、一位でゴールしたからって一等かどうかは判らないけどね」


「そうそう、こればっかりはねぇ」


 笑みを浮かべながら朱戸と玄田が意味不明な事を言う。


「はい?」


 呆気に取られた桜子が思わず間の抜けた声を上げると、白木が笑いながら説明する。


「実はこのリレーはね、観戦している人達を盛り上げた者勝ちなのよ。だから重要なのは何位でゴールするかよりも、むしろパフォーマンスの方ね」


 白木の言葉に由香里達は思わず顔を見合わせるが


「…まあ、その点でも問題無いと思うわ…」


 そう言いながら青山は視線を観客の方へと移す。つられて視線を移した由香里達の目には、色とりどりの札を上げる観客達の姿が映った。その中でもとりわけ白の札が目立つ。


「あれは…何?」


「さあ、何でしょうか?」


 由香里と桜子は思わず首を傾げるが、呆れた様に南城が言う。


「お前等、自分達のゼッケン何色か解ってねえのか?」


「え、ゼッケン?」


 再び顔を見合わせた由香里と桜子は、お互いの背中を覗き込んでゼッケンを確認した。更に桜子は他のクラスの選手達を見て…


「あ…あーっ!」


思わず大声を上げる。


「まあ、どうなさったのですか?」


「どうって、このゼッケン見たでしょ?」


「はい、数字の5が書いてありますね。私達のクラスの番号ですよ」


 想定外の答えにずっこける桜子。しかし間髪入れず由香里に突っ込んだ。


「そうじゃないでしょ!数字じゃ無くて色を見なさいって言ってるの!」


「色…ですか?…綺麗な白ですねえ」


「…もういいわ。つまりはこの色と同じ色の札が一番多ければ、って事ですよね?」


 そう言って桜子は白木達の方へ振り返る。


「そうよ、察しがいいわね」


「…まあ、彼は既に知っていたみたいだけどね…」


「ま、この場合はむしろお嬢の方を流石と言うべきかも」


「そりゃ言える!」


 好き勝手にはしゃぐ四人とは裏腹に、若干不安げな桜子…と大道。南城は全く興味無しといった表情で、由香里に至っては状況を理解しているのかいないのか、ニコニコしながら成り行きを見守っていた。しばらくして…




「仮装リレーの集計結果が出ました」


 放送に耳を傾ける一同。そして下から順位が発表されて行き


「まだ私達発表されてないわよね?次が二位って事は、そこで私達じゃなかったら…」


興奮気味に喋る桜子。由香里はその様子を微笑を浮かべながら見守っていたが、興奮している理由を理解しているのかどうかは…由香里にとってはどうでもいい事だった。そしてとうとう第二位が発表される。


「第二位は…」


「来たわっ!由香里、心して聞くのよ!」


「はい、そう致しましょう」


「俺もちょっと、興奮して来た」


「…下らねえ」


 それぞれの思いは若干異なってはいたが、


それはそれとして最後の順位が発表される。


「と思いましたが、ここで第二位を発表しても意味ないですね?だから一位と二位を同時に発表します!第一位は五組!惜しくも第二位は一組です!頑張った選手達に今一度盛大な拍手をお願い致しまーす!」


 実況の言葉に歓声が上がる。桜子は暫く呆然と立ち尽くしていたが


「サクラさん、私達のクラスが一位みたいですよ」


 由香里に声をかけられて我に返った。


「一位?…私達が…いっとうしょうナノ?」


 なぜかおぼつかない言葉を放つと、急に由香里の方へ振り返った。そして


「やったーーーあ!」


 先程以上の歓声を上げて由香里に抱きついた。由香里は抱き止めながらも何故か桜子が涙を浮かべている事に気付く。


「あの…どうなさいました?どこか怪我でもされたのですか?」


「ううん、そうじゃないの。私って子供の頃から何も一番になれるものが無くって、今日のリレーが生まれて初めての一番なのよ!だから、だからね…嬉しくって…ホントに」


 そこまで言うと桜子は更に泣き出した。由香里はその優しく頭を撫でながら、ゆっくりと諭すように言う。


「まあ、それはそれは。では、私も共に喜びを分かち合いたいと思います。ですからサクラさん、是非笑って下さい」


「…うん、そう…だよね」


 一瞬うつむいたままで押し黙る桜子。


「おい、どうしたんだ?」


「…?」


 大道と南城が心配そうに桜子の方を向いたその瞬間


「よっしゃー!これが桜子ちゃんの実力ってもんよ!この調子で総合優勝も頂くから、皆気を抜くんじゃ無いわよーっ!」


 急に元気になると同時に、クラスメイト達に向って檄を飛ばした。


「心配して損した」


「…ただの阿呆だ」


「まあ、元気になったのですね?それは何よりです。では皆さん、残りの種目も頑張りましょう」


 桜子の檄が効いたのか由香里の素直な言葉が効いたのかは定かではないが、五組の快進撃は続き、そのまま総合優勝を手にした。ついでに言うと、二人三脚でも由香里達は優勝を手にしてはいたのだが、実の所他チームが全て途中でコケてしまった為だったので、あえて詳細は無しと言う事で…




「いやはや、皆さん本日は大変よく頑張りました」


 教室へ戻るなり塩谷が笑顔で告げた。それに一番に反応したのは、やはり桜子だった。


「でしょー?ホントに今日は皆頑張ったわよねー!」


 その声にクラスの半分程が笑い声を上げたが、残り半分は疲れてぐったりしていた。しかし


「そこでですね、本日の皆さんの頑張りを称えようとささやかながら一席設けようと思いますので、まだ体力に余裕のある方は是非お付き合い下さい」


 思いがけぬその言葉に、笑っていた一同は勿論の事、残りのぐったりしていた一同からも歓声が上がり、同時に桜子が手を上げた。


「センセー!それならものすごくオススメのお店があります!」




 そして一時間後…


「あらまあ、今日は大勢で!何よ、何かのお祝いな訳?」


「てっちゃん」の座敷に座った一同を見て、哲子が笑いながら言う。


「しかし急に三十人とか言われてびっくりしちゃったわよ!で、何のお祝い?」


「えっへっへー!」


 桜子は笑いながらVサインを見せる。


「実はねえ、私達のクラスが体育祭で優勝しちゃったのよー!そしたらセンセーが祝勝会してくれるってんで、だったらオススメの店があるよって事で皆を連れて来たって訳!」


「ほうほう、それは素晴らしい!そう言う事なら今日は出血大サービスだ!じゃんじゃん頼んじゃって!あ、先生はビールでいいかしら?皆はコーラでも烏龍茶でも何でも飲み放題にしてあげる!とりあえずちょっと待っててね!」


 哲子は相変わらず勢い良く言い放つと、風の様に去って行った。


「…相変わらずだな」


「でも、悪くないでしょ?」


「…ああ、悪くない」


 そんなやりとりをする南城と桜子を、由香里は微笑みながら見守っていた。


 程無くして、一同の前の鉄板からは美味しそうな音が響き、えもいわれぬ香りが立ち昇る。


「じゃあ、焼きあがるまでもうちょっとかかるけど、とりあえず乾杯しましょっか!」


 その言葉と共に桜子が立ち上がる。間を置かずに由香里と塩谷も立ち上がると、続いて全員が立ち上がった。


「じゃあ、僭越ながら言いだしっぺの私が乾杯の音頭を取らせて頂きます!」


 同時に歓声が起こるが、中には「早くしろよ!」とか「短めで!」など言う言葉も混ざっていた。


「ハイハイ、じゃあ短めでいきます!今日は皆さんお疲れ様でした!そして先生本当に有難うございます!んでもって皆さんこれからも一緒に楽しくやっていきましょうね!そんな訳でかんぱーい!」


「かんぱーい!」


 一斉に乾杯の掛け声が上がり、次第に祝勝会はそれらしく盛り上がっていった。




 翌週、一大イベントの一つである体育祭が終わり気の抜けていた桜子だったが、渡り廊下の掲示板前で立ち止まると…


「…そっか!もう一つ大きなイベントあったじゃない!」


 そう叫ぶなり満面の笑みを浮かべて走り去った。


「では、文化祭で私達のクラスは何を行うか決めなければいけませんので、明日午後のHRまでに各自で考えておいて下さい」


 朝のHRで塩谷が告げた。桜子はその言葉にニンマリするが…


「でも、な~にしようかなぁ?」


 授業中には考えられない程真剣な顔つきになると、腕組みをしたまま窓の外を眺めつつ自分の世界へと旅立って行った。


 そして昼休みも半分が過ぎ、弁当箱の中も残り僅かとなった時…


「あの、春日野さん」


 不意に声をかけられた桜子は思わず最後につまんだ唐揚げを落としそうになる。


「うおっとととおーっ!」


 桜子はメジャーで活躍する某日本人選手並のファインプレーでそれを口にキャッチすると、もごもごしながら必死の形相で口を開いた。


「…んぐ、ちょっと!いきなり後ろから声かけないでよ!今日のお楽しみが台無しになる所だったじゃない!」


 訳の解らない事を叫びながら桜子が振り返ると、そこには


「あ…あの…ごめんなさい…」


 非常に申し訳無さそうな顔で、同じクラスの演劇部員、三船が立っていた。


「あら?…アンタは確か」


「あら三船さん、サクラさんに何かお話ですか?」


 由香里はそう言うなり立ち上がると、椅子を用意して三船に勧めた。


「あ…有難う」


 少し戸惑いつつも三船は腰を降ろす。


「んで、何の用?ってかアンタが話しかけてくるのって初めてじゃない?何か嬉しいかもー…ってゴメン、で、何の用なの?」


「えっとね、あの…」


「あのねー、クラスメイトなんだからはっきり言いなさいよ。それとも何、ヤバイお願いな訳?」


「えっ?ううん、そんな事じゃ無いの。ただちょっと…照れ臭くて」


「何よそれー?あ、まさかアンタ女のくせして私の事好きなんじゃ無いわよね?」


「ちっ…違います!」


 三船はいきなり立ち上がると、顔を真っ赤にして叫ぶ。冗談のつもりで言った桜子も流石に驚き


「ちょ…冗談よ冗談…あー、びっくりした」


「そうですねぇ、私も少々驚いてしまいましたが…とりあえず三船さん、お座り下さい」


「え?あ…ごめんなさい」


 更に顔を赤くして小さくなる三船。その様子を見た由香里は


「どうぞ」


微笑みながら紅茶を差し出す。


「あ…有難う」


 勧められるまま一口飲むと、三船はふーっと大きく息をついた。すると


「落ち着いた?由香里の紅茶美味しいでしょー?んで、結局何の話?」


間髪入れずに桜子が勢いよく問いかける。


「あ…あのね、春日野さんに高屋敷さんもなんだけど、演劇とか興味無い?」


「はい?」


「演劇…ですか?」


「そう!実はこの間の体育祭で貴女達がやった仮装が凄く気に入ったの!それでね、最初は衣装だけ貸して貰おうかなー、とか思ったんだけど、やっぱり貴女達自身の仮装を気に入った訳だし、本人達に演じて貰えたら凄く嬉しいなって思って!どう、やってみない?きっと楽しいわよ!」


 いきなり桜子以上の勢いでまくしたてる三船。桜子は勿論の事、由香里も唖然とした顔でその顔を見つめる。しかし三船はその表情を取り違える。


「あ…あの、やっぱり駄目ですか?」


 一転して元に戻った三船は、再びおとなしくなってしまった。


「えっと、駄目って言うか何て言うか、第一私は演劇なんて全然やった事無いし、由香里も…無いわよね?」


「そうですねぇ、幼稚園の学芸会以来、お芝居とはご無沙汰ですねぇ」


「そうよねー、だから悪いけど無理だと思うわよ?」


「あ、あのっ…あのですね、文化祭で演じるお芝居に必要なのは、演技力よりもむしろ観客に与えるインパクトです!その点で貴女方は申し分無い所か群を抜いてます!難しい事は何も考えなくて構いませんし、お芝居がどうこうなどという細かい事は全然気にしなくて結構です!ですから、是非ご協力をお願いしたいのです!」


 またもやハイテンションになる三船。更に何か言おうとした所で昼休み終了のチャイムが鳴った。


「あ、もう終わりなの?仕方無いなぁ、じゃあ二人とも考えてみて下さいね」


 そう言って立ち去る三船を見て二人は顔を見合わせるが


「彼女ってあんな性格だったのね、ちょっと驚いたわ」


「その様ですねぇ。どうやら演劇の事になると夢中になってしまう性格なのでしょう」


「あ、じゃあある意味由香里と同類ね」


「…そうなのですか?私には、よく解りません」


「あー大丈夫。私にはよーく解ってるから」


「そうなのですか?凄いですねぇ」


 結局最後はいつも通りのやり取りになってしまった。




 放課後部活を終えた二人は、校門前でしょんぼりしている三船を見かけた。二人に気付いた三船は顔を上げるが、今にも泣きそうな顔をしている。


「あれ…どうしたのよ?」


 思わず声をかける桜子。すると


「か…かすがのさぁ~ん!」


 三船はいきなり駆け寄って来た。そのまま抱きつこうとするが、日頃の鍛錬の成果か桜子は咄嗟に半身になってかわしてしまい、三船は…


「あ…ゴメン、大丈夫?」


「うう…酷い、あんまりだわ…」


 物の見事にぶっ倒れ、恨めしそうな声を出す。


「あ…あの、ね…わざとじゃ…無いよ?」


 若干顔を引きつらせながら桜子は三船を助け起こすと、その制服に付いた埃を払う。




「んで、結局私達を待ってた理由って…やっぱさっきのアレ?」


 由香里お勧めの喫茶店で、ケーキセットを待つ間に桜子が尋ねた。


「え…うん、その事なんだけどね」


「あ、やっぱり…」


「いえ、少し違うんです。とは言え関係無い訳では無いのですが…実はあの後、大道さんと南城さんにも相談したんです。でも結局二人とも断られてしまって…」


「ああ、そりゃ無理もないわ。だって南城はそういうの嫌いそうだし、大道は秋大会が近いから遊んでる暇無いって言ってたし」


「まぁ、よくご存知ですねぇ」


「…あのね、南城はともかく大道の話はアンタも隣で聞いてたじゃない」


「あら、そうでしたか?」


「まったく…あれ、じゃあさっき涙目だったのはそのせいなの?」


「えっ?私そんな顔してました?」


「何言ってんのよー、めちゃめちゃ泣きそうだったじゃない!」


「…恥ずかしい…かなり我慢してたつもりなんですけど…」


 三船は顔を真っ赤にすると、両手で顔を覆った。その様子に桜子は…


「…か、カワイイ…かも」


 不意におかしな事を口走った。更には


「よっし、私に任せなさい!大道だろうが南城だろうが、この桜子ちゃんの超説得術で三船っちの望みをかなえてあげようじゃありませんか!」


 そう言って立ち上がると、三船を見下ろしながらにかっと笑った。更に


「あ、ケーキ来たよ!食べよっ!」


 待ちかねたケーキを目にして、一層の笑顔を見せる。


 しばらくケーキに集中した後で、桜子はふと思いついた様に尋ねる。


「あ、そう言えば由香里は別に構わないわよね?」


「はい、私は少々興味がありますので、お望みとあれば喜んで協力させて頂きますよ」


「本当?凄く嬉しい!」


「まあ、そこまで喜ばれちゃうと私も手伝わざるを得ないわよね。となると、問題はあの二人か…」


「何か考えがあるの?さっきは随分自信ありげだったけど」


「え、無いわよ?」


 桜子の言葉に三船は明らかに悲しそうな顔になった。


「あ、まーた泣きそうになるー!大丈夫、きっと何とかなるわよ!ってかそう思ってなきゃ上手く行く訳無いじゃない!ねっ?」


 桜子のその言葉に三船はハッとした様な顔になり、由香里はにっこりと微笑んだ。


「サクラさんのおっしゃる通りですよ。三船さん、私達も出来る限り協力させて頂きますから、前向きに考えましょう」


「…有難う」


「あ、泣いちゃ駄目よ?」


「…うん、うん…有難う」


 三船はそう言って満面の笑みを浮かべる。




 翌日の昼休み…


「三船っちー!」


 廊下を歩く三船を、背後から桜子の元気な声が呼び止めた。


「春日野さん、そんな大きな声出してどうかしたの?」


「どうかしたのじゃないでしょ!昨日の件、話つけといたから!」


「昨日の…えっ?まさか大道さんと南城さんの事?」


「そうよ、って他に何かあったっけ?」


「いえ、でもそんな簡単に…」


「その代わり、アイツ等お芝居なんて全然出来ないと思うけど…いいの?」


「ええ、大道さんの迫力ある体と南城さんの鋭い目なら充分説得力がありますから!台詞も殆ど必要無い脚本を考えてますし、そこはお任せ下さい!あー、何か燃えて来たわ!早速脚本煮詰めなくっちゃ!春日野さん、本当に有難う!」


 言うが早いか三船は走り去るが、その後姿を見て桜子の頭に一つの疑問が浮かんだ。


「…私達のクラスって、いつ演劇やるって決まったんだっけ?」


 しかしそんな桜子の不安も、ハイテンションになった三船の前では全く問題では無かった。何しろ塩谷が案を募ろうとした瞬間にすかさず提案をし、何と無く出された他の案をあっけなく一蹴してしまったのだ。由香里と桜子を除くクラスメイト達は三船のそんな状態を見たのは初めてだっただけに、他の者は全て圧倒されてしまっていた。


「やるじゃない」


 思わず感嘆の声を漏らす桜子。不意に大道へと視線を移すと、まるで当てが外れたとでも言いたげに呆然としていた。


「…ぷっ」


 軽く吹き出した桜子は次に南城へ視線を送るが…


「うーん、流石だわ」


 眉一つ動かさない南城を見て、思わず桜子は呟いた。


 結局三船の圧倒的な説得力により、五組の催しは演劇と決まった。




 あっと言う間に一ヶ月が過ぎ、三船の指揮の下、ごく一部を除く五組全員が緊張の面持ちで当日を迎えた。




「お…オイ…俺、変じゃないか?」


 舞台袖で不安げに大道が自分の身なりを気にするが


「今更何を…」


 桜子が何か言おうとするより先に


「お前が変なのは今に始まった事じゃ無い、気にするだけ時間の無駄だ」


 南城が鋭すぎるツッコミを放った。


「なっ…お前こそ緊張して皆に迷惑かけるんじゃねえぞ!」


「それはいらぬ心配だ。俺は学芸会程度の事で緊張したりする程腑抜けでは無い」


 南城が全く表情を変えずに言い放つと


「っざけんな!俺がこんな事で緊張なんか」


 大道も何とか言い返す。しかし


「そうか…ま、せいぜい頑張れよ。じゃ、俺は三船に話があるから」


 落ち着いた様子で南城は立ち去った。


「お…オイ」


 何か言いたげに手を伸ばす大道だったが


「諦めなさい、アイツには勝てないわよ」


 桜子は諭す様に言うと、大道を見上げながら笑う。


「さ、今日は弾けていかなきゃソンよ!今までの努力を無駄にしたくないなら頑張りなさい!いいわね?」


「そうですねぇ、皆さん、頑張りましょう」


 桜子の檄に続いて由香里は皆を励ます様に言った。すると更にハイテンション三船が叫ぶ。


「そうよ!出演だろうと裏方だろうとその役割の重みに何の差も無いわ!今まで皆に頑張って貰った分、最高の思いをさせてあげる!その為には今日この時間、できるだけの事を出し惜しみせずにやって下さい!じゃあ皆、行くわよっ!」


 有無を言わせぬ三船の言葉に、クラス全員が一丸となって鬨の声を上げた。


 そして幕が上がる…




「いやー、皆さん今日はお疲れ様でした」


 文化祭も無事終了し、クラスで打ち上げをしている皆の前で塩谷が嬉しそうに言った。


「正直皆さんが気負い過ぎなのでは無いかと少々心配していたのですが、想像以上に素晴らしい舞台でした。他の先生方も絶賛されてましたよ。いや、本当に頑張りました、素晴らしいです」


 塩谷の言葉に、クラスの一同は皆満足そうに頷き合う。そんな中でも、三船を囲む一同は非常に盛り上がっていた。最も、今まで全く目立たない存在だった三船が半ば強引に指揮を執り、更には大成功を収めたとあってはそれも無理も無い事ではあるが。


「あらー、三船っち大人気じゃん」


「まぁ、凄いですねぇ」


 桜子と由香里はそんな三船の様子を楽しそうに見守る。そこへ大道が話しかけて来た。


「よお、お疲れ」


 一言そう言うと手にした缶コーヒーを一気に飲み干し、大きく息をつく。


「おお、アンタこそお疲れ!まあぶっちゃけお芝居はガタガタだったけど、三船っちの言ってた通り、アンタの弁慶は物凄い迫力だったわ!やるじゃない!」


「…本当にお前は言いたい事をそのまま言うな…まあいい、とりあえず俺自身やり遂げた感はあるし、褒められていると思うことにするよ」


 大道がそう言って笑うと、桜子と由香里も一緒になって笑った。そこへ三船も入って来ると


「皆さん、今日は本当に有難う」


そう言って深々と頭を下げた。再び顔を上げて少し照れ臭そうに微笑むその姿は、ついさっきまでとは別人の様に穏やかで、その変わり様に一同は改めて驚かされる。唯一人、由香里だけはそう見えなかったが。


 暫く苦労を共にしただけにお喋りのネタは尽きなかったが、既に秋も深まりつつあるだけに日暮れは早い。


「皆さん、宴もたけなわではありますが、残念ながらそろそろ下校時刻です。キリの良い所で片付けに入って下さい。まあ、喋り足りない方は個々で二次会を行う分には自由ですが、くれぐれも事故の無い様気を付けて下さいね」


 塩谷の言葉にクラスは一瞬沈黙するが、すぐに桜子がその沈黙を破る。


「あ、じゃあセンセーも一緒に行きましょうよ!」


「私もですか?いや、そのお気持ちは嬉しいのですが、何分この後用事がありまして…」


 そう言って教室を出ようとする塩谷。丁度扉を開けて廊下へ踏み出した瞬間、桜子が声をかけた。


「用事って、別に何時間も掛かる訳じゃ無いですよね?」


「え?まあ、三十分程度で…はっ?」


 思わず正直に答えてしまう塩谷だったが、桜子の笑みに気付いた時には既に後の祭りだった。


「じゃあセンセー、先行って待ってますから後でこの間のお店に来て下さい!」


「はい?それは…」


 何か言おうとする塩谷の目に、期待に満ち溢れた目のクラス一同が映った。


「…解りました、じゃあ片付けが終わったら参加できる方は先に行ってて下さい」


 諦めた様な声と共に塩谷は教室を去り、同時に歓声が上がった。




 それから一時間後…


「あら先生いらっしゃい!皆待ちかねてるわよ!」


 哲子の元気のいい声に、桜子が真っ先に反応した。すかさず立ち上がると塩谷に向って大きく手を振る。


「センセー!こっちこっちー!」


「はいはい、そんな急かさなくともちゃんと見えてますよ」


 桜子に手を引かれながら塩谷は席に着く。すると


「はい、じゃあ先生には一杯サービスしておくわね」


そう言いながら哲子は特大ジョッキを塩谷の前に置く。


「おやー、もしやてっちゃんセンセーに気があるんじゃ?」


 ニヤニヤしながら桜子が言うと


「何言ってるのよ、アンタ達みたいな食べ盛りにたかられて余裕ぶっこいてられる程、教師の給料なんてよくないのよ?だからせめて仕事帰りの一杯位は気にせず飲んで頂こうという私の精一杯の心づくしじゃない。その位解って頂戴よ、もうアンタは既に常連なんだから!」


哲子は言いながら桜子の肩をバシバシ叩く。


「いっ!ちょっとてっちゃん?いや、マジ痛いから、やーめーてー!」


 桜子は哲子の猛攻を振り払うと、必死の形相で由香里にしがみついた。


「あらあら、どうやら哲子さんの方が一枚上手の様ですねぇ」


「うう…暴行罪で訴えてやる」


 若干涙目になりながら桜子が言うと、哲子は間髪入れずに切り返す。


「おっ、それは困る!じゃあ特別に今日はデザートもおまけしちゃうよ!それでどう?」


 哲子の反撃に桜子は真顔で考え込み…


「よっし、それで手を打ちましょう!」


顔を上げながら笑顔で言った。




 塩谷の前に無数の空ジョッキが並んだ頃、哲子が声をかけて来た。


「えっと、もうじき学生さんは帰る時間なんで、ラストオーダーになるけど?」


「もうそんな時間ですか?では皆さん、食べ足りなければ注文入れて下さいね。とは言え明日はお休みです。食べ過ぎてお腹壊して、折角の休日を台無しにしたりはしない様にお願いしますよ」


 塩谷の言葉で笑い声が上がるものの、そこは食べ盛りの高校生、容赦無く追加注文がされ、塩谷は引きつった笑顔を浮かべた。




 そんな打ち上げから早二週間が過ぎ、桜子は特にイベントの無い学校生活に早くも退屈を覚え始めていた。そんな気分は当然部活にも持ち越され、体育祭前に勝るとも劣らないローテンションで稽古をしていた。当然の如く白木はそれを見逃さず、由香里に訳を聞いて笑った。


「何だ、それなら大丈夫ね」


「そうなのですか?」


「そうよ…ってもしかして貴女まで忘れてない?秋の合同稽古の事」


「合同稽古?…ああ、忘れてました」


 そう言いながらニコニコ笑う由香里を見ると、流石の白木も笑うしかなかった。


「あ、そう言えば貴女もウチの代表に入ると思うから宜しくね?」


「私も、ですか?となると代表と言うのは一体何人で構成されるのでしょうか?」


「ん?普通に五人だけど?」


「あら、でもそうなると…」


「あ、青山は出ないわよ」


「そうなのですか?」


「ええ、だって武器を使う種目は禁止だからね。そうなると結局私と朱戸と玄田、あと二人の内貴女は既に決定、むしろ後で決まったのが桜子ちゃんな訳。よろしいかしら?」


「そうですねぇ…ところで私に拒否権はあるのでしょうか?」


「無いわよ」


「あらまあ、では仕方ありませんね。喜んで参加させて頂きます。それに実は、私は白木さんの戦い方にとても興味があるのですよ」


「私に?」


「はい、以前他の先輩方とお手合わせ頂いた時も結局白木さんとは致しませんでしたし、普段の稽古の際もどうやら白木さんは常に一歩引いて様子を見ている様に見受けられましたので…」


「本当に、貴女って凄いわね。とても年下とは思えないわ…!」


 由香里と喋りながらも稽古の様子を見ていた白木の目付きが変わる。同時に由香里もその理由を察した様に表情を変えた。


「サクラさんっ!」


 気の抜けた状態で稽古をしていた桜子は、受けを取り損ねて後頭部を打ち付ける寸前だった。由香里と白木が駆け寄るが、最早間に合わない。しかしその刹那…


「…あれ?私は………いけないっ!」


 桜子は常識では考えられ無い程の身のこなしで、受身を取るどころか身を翻し相手を投げてしまった。


「うそぉ?」


「サクラさん、凄いです!」


 余りの出来事に常に冷静な白木が、更には由香里までもが驚きの声を上げる。しかし、一番驚いていたのは当の桜子だった。


「…あれ?私は…今何を…ぎょぎょっ?」


 目の前で倒れている相手を見て、桜子は思わず驚きの声を上げる。


「あの…大丈夫?」


 そう言いながら相手を助け起こす桜子だったが、その視線は不安げに由香里の方へと泳いで行った。




 自分でも何をしたのか解ってない桜子。その解説と、既に桜子が忘れかかっていると思われる合同稽古の事について話す為、いつもの面々は例の如く「てっちゃん」に集合していた。




「と、言う訳なのよ。ねっ、高屋敷さん」


 一通り状況を説明した後で、白木は由香里に同意を求めた。


「はい、白木さんのおっしゃる通りです。私もサクラさんの上達振りには正直驚かされるばかりです」


 そう言って微笑む由香里の言葉に、現場を見ていなかった一同から感嘆の声が上がる。桜子は暫く照れ臭そうに笑っていたが、不意に思い出した様に由香里に向き直った。


「んで、結局さっきのアレは何だった訳?」


「あれはですねぇ…」


 由香里が説明を始めようとしたその時


「お待たせーっ!」


 焼きたての特大を大皿に乗せた哲子が、いつも通り元気良くやってきた。


「おっと、遊び人には悪いけど、とりあえず後は食べてからにしよう!」


「流石は朱戸!私も全く同感!」


 朱戸と玄田は言うよりも早くヘラを手にすると、あっと言う間に切り分けて自分の取り分を確保した。


「…今日はいつになく素早いわね…はい、どうぞ…」


 冷静に由香里達の分も取り分けながら青山が呟くが


「いやー、最近すっかり秋らしくなってきたじゃない?だからお腹空いちゃってさぁ!」


「そうそう、しかも練習の後だしね!」


 朱戸と玄田はそんな言葉を全く気にしてない様で、あっと言う間に自分の取り分を平らげてしまった。


「早っ!って言うか結局私の質問はどうなっちゃったんですかっ?」


 呆気に取られつつも桜子は聞きたい事を忘れてはいなかった。すると


「要するに、捨て身技でしょ?」


 何の事は無いと言う感じで玄田が答えた。


「捨て身技…って何ですか?」


 すかさず食い付く桜子だったが、玄田は桜子の皿を指差しながら笑う。


「うーん、まぁとりあえず冷める前に食べちゃいなよ。まぁ食欲湧かないなら手伝ってあげるけど?」


「えっ?いえ、頂きますっ!」


 思い出した様に空腹を覚えた桜子は、美味しそうに哲子特製ミックス玉をほおばる。


「あらあら、では、私も頂きます」


「そうね、さっさと食べ終わった二人の視線は気にせず、ゆっくり食べましょうか」


「…それがいいわ。あの二人にもそろそろ我慢を教えてあげないとね…」


 その言葉に玄田の表情は一瞬曇ったが、朱戸は何故か勝ち誇った様な顔で立ち上がると


「ふっふーん、その辺は問題無いわ。何しろウチの今日の晩御飯、焼肉だもんねー!ここで満腹になっちゃ兄貴に肉取られちゃうし、今の所はつなぎって事だから羨ましくなんか無いわよっ!」


もう待ちきれないと言わんばかりの勢いで叫んだ。


「えー、ずーるーいー」


 玄田はすかさず不満の声を漏らすと同時に


「あ、じゃあ私も今日はアンタんちで…」


と言いかけるが


「却下!」


朱戸にバッサリと斬り捨てられてしまった。




 結局桜子の疑問は全く解決しない内に一同は「てっちゃん」を後にした。と言うよりは朱戸と玄田の漫才を見ている内に、桜子が聞きたかった事をすっかり忘れてしまったからなのではあるが。




 先輩達と別れ、由香里と二人になった時、桜子は不意に何かすっきりしないモヤモヤを抱えていた。何かを忘れている様な、それでいてそれが何なのかどうしても思い出せない不快感。しかし結局はそれが何なのか解らない内に


「では、私はここで失礼致しますね」


 由香里の言葉にハッとする桜子。慌てて周りを見回すと、そこはもういつも由香里と別れる三叉路だった。


「えっ?…ああ、じゃあまた明日」


「どうか、なさいましたか?」


「うーんと…ねぇ、実はさっきから気になってる事があるのに、それが何なのか思い出せなくてモヤモヤしてるのよねー」


「まあ、でもそんな時はかえって、他の事を考えたりしている内に思い出せるかもしれませんよ」


「…そうかなぁ?でもまぁいいわ、どうせ忘れるなんて事は多分どうでもいい事なんだろうし。じゃあねっ!」


「そうですか、ではまた明日」


 そう言って由香里は頭を下げる。桜子も手を振って別れ、自宅まで数歩となったその時


「…あ、捨て身技」


 不意に思い出した桜子が呟くが、既に後の祭りだった。


 翌日の放課後、稽古を始めた桜子はすかさず由香里に問い詰めた。


「ねえ由香里っ、昨日聞きそびれた事、今日はちゃんと教えて貰うわよっ!」


「昨日の事…ですか?」


「そうよ、捨て身技って何なのよ?昨日アンタと別れた後に思い出しちゃって、あれから気になってしょうがなかったわよ!」


「まあ、では昨夜気になっていた事が思い出せたのですね?それは良かったです」


「そうそう、お陰ですっきりしたわー…ってそうじゃなくって!結局捨て身技って何なのよ?」


「それはですねぇ…」


「…うん」


 桜子は頷きながら唾を飲む。しかし


「捨て身の技ですよ」


そのまんまの由香里の答えに思わずひっくり返った。


「あのねぇ、そんなボケはいらないから」


「いえ、でもそれ以外に申し上げようがありませんので…」


「えー?じゃあ解んないじゃない!」


 由香里と桜子が相変わらずなやりとりをしていると


「あら、二人とも早いわね」


「おっ、やってるじゃない?」


タイミング良く白木と玄田が入ってきた。途端に桜子の瞳が輝く。


「あっ、先輩方お疲れ様ですっ!」


桜子は元気良く礼をすると、そのままの勢いで続ける。


「お二方に是非お伺いしたい事がっ!何しろこの相方の説明ではチンプンカンプンでしてっ!」


 そう前置きをして由香里との会話を説明する桜子だったが、白木と玄田は顔を見合わせてから


「まあ、その通りじゃない?」


 声を合わせてそう言った。


「…そんなぁ」


 一瞬の内に桜子の顔が萎れるのを見て、白木と玄田は思わず苦笑した。そして玄田が声をかける。


「まぁ、言葉で説明するより体で覚えた方が早いって。ちょっと待ってなよ」


「あら、今日は貴女が指導員?」


「まあ、この間は朱戸が頑張ったし、私もたまには先輩らしい所見せないとね」


 そう言って出て行った玄田は、あっと言う間に柔道着に着替えて戻って来た。そして


「さ、説明するからかかって来て!」


 構えながら桜子を促した。


「えっと…」


 桜子は不安気に由香里を振り返るが、由香里は何も言わずに微笑むだけだった。


「…じゃあ…行きますっ!」


 開き直った桜子は玄田に掴みかかる。


「あれ?」


 組み手を捌かれると思っていた桜子は、あっけなく玄田を捕まえてしまった事に驚く。しかし同時に玄田も桜子の襟を取っていた。


するとその時


「あ、そう言えばさあ…」


 組み合ったままで、いきなり玄田が話しかける。


「え?」


 当然の事ながら、桜子は驚いた顔で玄田の顔を覗き込むが、その瞬間


「そりゃっ!」


 いきなり玄田が大外刈りを仕掛けて来た。


「えっ?」


 完全に不意をつかれた桜子はなす術無く倒れこむ、と思われたが…瞬時に玄田の袖を引き込みつつ襟を押し上げ、あっと言う間も無く体勢を逆転させてしまった。


 鈍い音を立てて倒れこむ玄田、とその上にかぶさる桜子。


「んぐ…あれ?何か気持ちいい…」


「ちょっと、変なトコ触んないでよ!」


 もがきながら玄田の胸をまさぐる桜子。玄田はたまらず叫ぶ。


「えっ?あああぁあっ!失礼しましたっ!余りに心地良い感触だったもので」


 桜子は驚きながら跳び下がるが、同時に妙な事を口走る。その様子に白木と由香里は顔を見合わせて笑った。


「なーにがおかしいのよぅ?」


 玄田は道着を整えながら立ち上がると、若干顔を赤らめながら二人の方へ寄って来た。しかし


「別にいいじゃない?それよりお疲れ様」


「とても素晴らしい導き方でした。流石は玄田さんですね」


 二人に素直に褒められると


「…まあ、いいけど」


 照れ臭そうに頭を掻いた。同時に白木と由香里が微笑むと、玄田も一緒になって笑う。するとそこへ桜子が入って来た。その顔は何かを察した様で、しかし何か釈然としない様な複雑な表情だった。


「あ…あのー」


「何?」


 そっけなく答える玄田だったが、その顔は優しく笑みを湛えている。


「今のが、その…」


「そうよ。何と無く理解できた?」


「あっ…ハイ、何と無く…ですが」


 桜子の答えに玄田は白木を振り返り、互いに笑いながら頷いた。そして桜子に向き直ると、両肩に手を置いて言う。


「何と無くでも解れば上等よ。第一狙って出来る様になるなんて、一体どれだけ修行すればできるのか、正直私だって解らないわ。サクラちゃんの危機回避能力は、はっきり言って普通じゃないの。だから余り頭を利口にせずに体を利口にする様にすればいいわ。そしたら、その内お嬢を越えられるかも知れないわよ。ねっ?」


 玄田がそう言って由香里の方を向くと


「その通りです。ですから、これからも是非ご一緒に頑張りましょうね」


 そう言って由香里は嬉しそうに微笑んだ。


「…その内って、一体どの位なんだろう?」


 その微笑を見ながら、桜子はふとそんな事を考えたが…多分答えを聞くと気が遠くなりそうな気がしてそれ以上聞く気にはなれなかった。




 そんな事があってから数日後…


「じゃ、来週行われる合同稽古…とは名ばかりの対抗戦のメンバーを発表します」


 武道場の一階に集まった各武道系クラブの他、体力自慢の運動部の面々が集まる前で、久々登場の竹田が説明を行っていた。


「まずは男子から…」


 そう前置きをして竹田は男子の代表五人、更に補欠となる五人の名を読み上げる。その中にはスタメンとして高山兄、補欠には高山弟の名前も入っていた。しかし、当然スタメンと思われた竹田は…何故か補欠だった。


「いやぁ、情け無い事にいまだに時々発作が起きるもので、残念ながら補欠に回ります」


 竹田がそう言いながら頭を掻くと、恐らく皆事情を知っていたのであろう、小さな笑いが起こった。その笑い声の中竹田が下がり、今度は白木が前に出る。


「では、次に女子の代表を発表するわね」


 竹田同様、白木もそう前置きをして代表の名を告げる。


「ねぇ、まさかホントに私が代表になったりしないわよね?」


 桜子はそう由香里に耳打ちするが


「まずは、期待の新人一年生から、高屋敷由香里さんと…」


「…と?」


 一瞬硬直する桜子。しかし間髪入れずに白木は次の言葉を発した。


「春日野桜子さん!」


 その言葉に桜子は池の鯉の様に口をパクパクさせ…


「マジですかぁー?」


 何とも間の抜けた声を上げた。




 結局の所桜子は補欠だったのだが、やはり不安で仕方が無い様で色々と由香里に質問をしていた。しかし由香里は何の事は無いと言った感じで笑いながら言葉を返す。


「何もご心配される事はありませんよ。今のサクラさんは私が安心して推薦出来るだけの実力をお持ちですから」


「…そうかなぁ?…ってちょっと待って!推薦って、アンタ白木さんに何か余計な事言ってないわよね?」


「さあ、何の事でしょうか?それに以前からサクラさんはお誘いを受けていらしたではありませんか」


「確かにそうだけど、あんなの冗談に決まってると思ったのよー!だって普通シロウトの私を誘うなんて、どう考えても本気とは思えないじゃない?なのにこんな事になるなんてもうサイアク」


「そうでしょうか?」


「そうでしょうか?ってそりゃあアンタは気にもならないだろうけど、ワタシって本当はかなりビビリだし、もしもワタシのせいで対抗戦に負けちゃったらとか思うと…あー、どうしよう?」


「あらまあ、別に勝抜き戦では無いと言う事ですし、それ程気になさらずに、サクラさんらしさが出せればそれで良いのでは無いでしょうか?


「私らしさって…何よ?」


「そうですねぇ…一言で言えば…」


「…うん?」


「無鉄砲さでしょうか」


「はいーっ?ちょっと待って、それじゃ何か私がバカみたいじゃない?」


「いいえ、そういう意味では無く、良い意味で怖いもの知らずと言う事ですよ」


「…えっと、それって私褒められてるの?」


「はい、何かを始めるに当たって、一々恐れていては先に進めませんから」


 由香里はそう言って微笑む。すると


「まぁ、アンタがそこまで言うのなら…ちょっと調子に乗っちゃおうかしら?」


「はい、その意気です。一緒に頑張りましょうね」


「うん!」


 由香里の導きによって、桜子は見事にその気になった。




 その気になった桜子は時々弱音を吐きつつも、その都度由香里の微笑みによって順調に上達して行った。その上達振りは当の由香里は勿論の事、同じ階で様子を見ていた白木と玄田をも感心させる程で、改めて桜子の非凡さを証明する事となった。そしてあっと言う間に翌週を向かえ…運命の合同稽古の日がやって来た。




「さあ、着いたわよ」


 バスを降りた一堂の前で白木が告げる。若干緊張の面持ちを浮かべる面々だったが、朱戸と玄田はこの日を待ちかねた様に軽く興奮していた。そして更に由香里に視線を向けると…相変わらずにこやかな顔で微笑を浮かべている。


「流石よねぇ」


「…そうね、彼女はあの歳で既に無我の境地に達している様に思えるわ…」


 感心した様に呟く白木の傍らで、青山も同様の感想を漏らした。するとその時…


「たっちゃーん!」


 遠くから声が響いた。聞き覚えのある声に青山が振り返ると、物凄い勢いで小柄な少女が駆け寄って来る。


「…ちょこ?」


 その姿を認めた青山が呟くとほぼ同時に、


少女は青山の胸に飛び込んで来た。突然の事に桜子は驚くが、当の青山は笑みを浮べながら少女の頭を撫でていた。隣にいた白木も同様に笑っているのを見ると、どうやら三人は知り合いの様だった。


「全く、相変わらず可愛いわねえ」


「あー、とらっちも久し振りー!」


「私はついでなの?ってそれよりその呼び方やめてよ」


「…それは、言うだけ無駄という物…」


「流石に付き合いが長いだけの事はある!」


 そう言いながら少女は尚も子猫の様にじゃれついていた。


 暫くの間桜子はあっけにとられてその様子を見ていた。すると…


「ん、何かこっち見てない?」


「どうやら、その様ですねぇ。あら、サクラさんを見て何か話してらっしゃる様ですよ」


「えっ?…あ、ホントだ。一体何の話をしてるのやら…あっ、こっち来た!って何かあの子怒ってない?ちょっと由香里、一体どう言う事?」


「それは、ご本人に直接伺うのが宜しいのではないでしょうか?」


 由香里がそう言って微笑む間に少女は桜子の前まで来ると、険しい目付きで桜子を見上げた。


「…えっと、何か…?」


「アンタがたっちゃんのお気に入りね?」


「へ?たっちゃん?」


 突然の言いがかりにうろたえる桜子。しかしすぐさま白木と青山も駆け寄ってくると、その少女を取り押さえた。


「ちょっと、ウチの後輩に変な言いがかりつけるのやめてよね」


「…全く、どうして貴女はろくに話も聞かずに突っ走るのか…ある意味似た者同士かもしれないわね…」


 青山は言いながら桜子に視線を送ると、思わずクスクスと笑った。


「…この子は私達の幼馴染の…さあ、いきり立ってないで自己紹介位したら…?」


 その言葉に少女は暫くふぅふぅと息を弾ませていたものの、青山に頭を撫でられている内に次第に穏やかな顔になっていった。そして大きく深呼吸すると、改めて自己紹介を始めた。


「私は烏丸蝶湖。いまだに中学生と間違われるけど、これでもこの二人と同い年よ。そんでもって、たっちゃんとは切っても切れない運命の糸で繋がれているの、だから邪魔はしないで!」


 一気に言い切った少女を前に呆気に取られる桜子。しかし


「変な事言うんじゃ無いの!」


 その言葉と同時に、白木の容赦無い突込みが少女の後頭部に炸裂した。


「うぅ…酷い…たっちゃーん!」


 烏丸は涙目になりながら再び青山の胸に飛び込んだ。青山は困った様な笑みを浮べながらもその頭を撫でる。


「…こう見えてもちょこは私達と同い年、つまりは貴女達の先輩って事になるわ。それに想像も付かないでしょうけど、この子強いわよ…少なくとも朱戸と同じ位には、ね…」


 青山に甘えていた烏丸は、その言葉に反応した様にハッと我に帰る。


「朱戸!そうよ、私は何としてもアイツにリベンジしなきゃならないの!今年も来てるんでしょ?当然来てるわよね?あー、今から胸が高鳴るわ!さあ、早く行くわよっ!」


 そう言うなり烏丸は猛ダッシュで体育館へと走り出した。その様子にいまだに呆気に取られていた桜子を見て、青山は苦笑する。


「…御免なさいね、変な幼馴染で…」


「えっ?…あ、いえ…ちょっとびっくりしましたけど」


「…そうね、確かに初対面ではね…」


「でも、彼女は本当に強いわよ」


 若干調子を狂わせる桜子を諭すように白木が言った。そして更に言葉を続ける。


「ちょこ…蝶湖はね、元々アクションが好きだったの。子供の頃から男の子に混ざってカンフーの真似事をしていたわ。でもカンフーの道場なんて無いでしょう?だから…」


「だから?」


「近所にあったテコンドーの道場で物凄い回し蹴りを見て、一瞬で虜になったという訳。更に彼女は一度はまるととことんのめり込む性格なんで、今では物凄い蹴り技の使い手になってしまったのよ。更に巡り合わせと言うか何と言うか…彼女去年朱戸に負けてるの。同じ打撃系格闘技の使い手として、今年は何としてもリベンジを果そうとしてる筈ね」


「どう見てもそんなに強そうには見えないんですけど…まあ人は見かけによらないって言うからそれはいいとして…朱戸さんはそんな強い人に勝っちゃったんですか?」


「…貴女、朱戸の実力を過小評価してないかしら…?」


「あ、それはありえるかもしれないわね」


「えっ?いえ、決してそんな事は…」


 うろたえる桜子を見て、青山と玄田は思わず苦笑する。


「ま、無理も無いわ。朱戸は普段の稽古じゃ本気出さないからねぇ」


「…そうね、それだけに去年のちょことの試合は正直驚いたわ…」


「えっと…そんなに凄かったんですか?」


 桜子の問いに、白木と青山は一旦顔を見合わせ、再び桜子に向き直る。


「…ええ、二人とも足技にこだわりがあったせいで、それは凄まじい蹴り合いだったわ。まあ、最終的にはテコンドーには無い下段蹴りの貯金が効いて、何とか朱戸が勝ったのだけど…」


「だけど…?」


「当然ちょこも下段対策は充分にしてきてるでしょうし、今年もあの二人が当たったら」


「…ええ、今から楽しみだわ…」


 そう言って青山は小さく笑う。その様子に桜子は何か聞きたげに口を開きかけるが


「後は、見てのお楽しみ」


白木はそう言って桜子を制すと


「さ、行きましょう」


 先に立って歩き出した。


「さあ、私達も参りましょう」


「えっ?あ、うん。行こう」


 並んで歩く白木と青山の後を追う様に、由香里と桜子も並んで歩き出した。




「では、こちらが控え室となります。三十分後には開会式が行われますので、それまでに着替えを終えて体育館にお集まり下さい」


 案内係の生徒が一同に告げる。しかしそこは何も無いがらんとした教室で、一同は訝しげに首を傾げる。しかし質問するまでも無くその生徒が説明をする。


「こちらは来年度から使用予定の新校舎ですので、多少汚されても結構です。その分殺風景なのは何卒ご容赦下さい。それでは、本日は有意義な合同稽古を行える様、お互いに持てる力の全てを出し会いましょう。では」


 そう言って頭を下げると同時に、案内係は立ち去った。




「じゃ、とりあえず支度しますか」


 朱戸はそう言ってバッグを置くと、早速空手着を出して着替え始めた。桜子は慌てて止めようとするが、白木が笑って入り口の方を指差す。何の事かと思った桜子が目を向けると、ガラス部分は全て黒い紙で覆われており当然の様に既にカーテンも引かれていた。


「え?…あらら、気が利いてらっしゃる」


「…まぁ、他校の生徒を招いておいて不祥事でも起きたら、それこそ問題ですものね…」


「そうそう、去年は私達のトコだったから準備が大変だったわよね?」


 青山に続いて玄田もそう言うと着替え始めた。見ると白木と由香里、更には他の選手達も着替えを始めていた。慌てて鞄から道着を出す桜子。すると、さっさと着替えを終えた朱戸が感心した様に声を上げる。


「ほう、もう遊び人も袴付きか!」


 その声に一同の視線が桜子に集中した。見ると桜子は、由香里と同じ袴付きの道着を手にしていた。


「えっ?…っと、何か問題でも?」


「問題って言うか、確か合気道ってある程度までいかないと袴はけないんじゃなかったっけ?違った?」


 朱戸はそう言いながら白木を見るが


「まあ、高屋敷流は身なりに拘らないらしいし、別にいいんじゃないかしら。ねえ?」


 そう言う白木に対し


「はい、私どもではそもそも段位という概念自体御座いませんし、それにサクラさんの実力ならば仮に他の流派でも袴をはけるだけの実力は持ち合わせておいでだと思いましたので、私の予備の道着をお貸し致しました」


「え、そうかなあ?」


 桜子は両手で袴を持ち上げると、若干照れ臭そうに笑った。




「お、なかなかイイじゃない!」


「うん、お嬢に負けない位様になってるよ」


 着替えを終えた桜子を、早速朱戸と玄田が持ち上げる。しかし、その両脇に立つ由香里と白木を見た朱戸が玄田と青山に耳打ちすると、三人は急に笑い出した。


「ちょっと、何が可笑しいのかしら?」


「だって…ねえ?」


「うん、ちょっと…反則だわ!」


「…全く、変な事言わないでよ…」


「だから、一体何が可笑しいのって聞いてるんだけど…って青山まで一緒になって笑わないで」


 そう言われた青山は笑いを堪えながら


「…御免なさい。だって朱戸が、貴女達の格好見て「袴シスターズ」とか言うんだもの。何か妙にツボにはまっちゃって…」


そう言って弁解するものの尚も笑い続け、更には桜子の他に来ていた補欠要員達も笑い出してしまった。


「もう、全く緊張感が無いわね」


 白木は呆れた様に肩を落とすが


「まあ、皆さん楽しそうで何よりです。この調子で本日は頑張りましょう」


 由香里のその言葉に一同の笑いは止んだ。そして互いに顔を見合わせると同時に頷き合う。




「…それじゃ、行きましょう…」


 一人制服姿の青山がそう言って先に立ち、一同は会場となる体育館へと向かった。




 およそ二百名近い参加者の前で、開催校の校長が激励の言葉を述べ、開会式は滞り無く進む。


「また参加校が増えたんじゃない?」


 周りを見回しながら朱戸が白木に耳打ちすると


「ええ、去年の倍になったらしいわ。だからホラ、見たような顔もちらほらと…」


 そう言う白木の視線の先には、以前何度か試合で顔を合わせた者達の姿があった。


「おお、今年はあいつ等も出るのか。腕が鳴るわ」


「何言ってるのよ、今日は空手の試合じゃないでしょうに」


「あ、そうか…そうなのよねー。普通の試合とは目的が違うってのは解ってる筈なのに、つい本来の目的を忘れそうになるわ」


「全く、貴女らしいわね」


 そう言って白木は笑う。




 程無くして、組み合わせのクジを引きに行った青山が戻って来た。同時に朱戸が


「どこどこっ!面白そうな相手のいる所?」


立ち上がりながら猛然と叫ぶと、青山は口元に笑みを浮かべながら答える。


「…ええ、恐らく貴女にとっては最高に楽しめる相手のいる所よ…」


 その言葉と同時に、やたらと元気のいい声が近付いてきた。


「あーけーとーっ!」


「うげっ?あの声は…青山?」


「…そう、今年も貴女、ちょこの所と…」


 青山が言い終わるより早く、猛ダッシュで烏丸が朱戸の前に現れる。そして朱戸を指差すと


「去年はアンタに不覚を取ったけど、今年はもうあんなへなちょこ下段は喰らわない!私のスーパーな回し蹴りを泣くまで喰らわせてやるんだから!覚悟してなさい!」


 一瞬も朱戸に言い返す隙を与えずに言い放つと、ドサクサ紛れに青山に抱きついてから走り去って行った。


「全く、何なのよアイツは?ホントにアンタ達の幼馴染なの?」


「まあ、それは…ねえ?」


「…そうね、まあちょっと位タイプの違う友達の一人や二人、いてもおかしくは無いでしょう…?」


「ちょっとじゃ無いわよ!」


 最早桜子が突っ込めない状況のまま、第一試合の時間は刻一刻と近付いていた。




「さーてと、じゃあ一発目から全開で行くわよっ!」


 両の拳を突き合わせながら、朱戸が威勢良く先陣を切る。その目の前に立つのは、勝手に朱戸を宿命のライバルと思い込んでいる蝶湖だった。


「よーしよし、ちゃんと私の相手してくれるのね?勝ち逃げしない所だけは尊敬してあげる。でも今年は私が勝つ!覚悟しなさい!」


 一気にまくし立てる蝶湖。朱戸は大きく溜息をつくと


「残念ながら、そればっかりはやってみないと解らないわね。アンタが私の下段対策をして来た様に、当然私だってアンタの連蹴り対策は…まあいっか、口喧嘩しに来た訳じゃ無いし、あとは実際に手合わせして確かめるとしましょう!」


「望む所よ!言うまでも無いけど最初っから全力で来なさいよ?じゃないと何も出来ない内に這いつくばる事になるからね?」


「…上等!」


 そう言いあった二人は一旦下がる。


「…どう?あの子の調子は…」


「うーん、楽しめるって状況を越えそうね」


「あら、ちょっと弱気になったかしら?」


「大丈夫だって!朱戸も去年より強くなってるんだし、それに彼女が相手なら力を出しきれるでしょ?楽しんで来な!」


 玄田に肩を叩かれた朱戸は


「よっし!まずは幸先良く一勝上げて来るわよ!」


 力強くそう言い放つと、両拳をゴツゴツとぶつけながら開始線の前に立った。既に待ちきれない様子で立っていた蝶湖は、気合の入った朱戸の様子に笑みを浮かべる。


開始の合図がかかる前からヒートアップする二人は互いの鼻がくっつく程の距離で顔を付き合わせるが、主審に半ば強引に顔を押し戻され、開始の合図を待つ。そして


「始め!」


 開始の合図がかかる。同時に二人は雄叫びを上げながら蹴りを放つが…


「…あら?…」


「えっと…これは何?」


「察するに、互いに裏をかこうとして失敗したって所でしょう」


 朱戸の放つ跳び後ろ上段回し蹴り、そして蝶湖の放つ下段への足払い、どちらも相手の予想外の攻撃ではあったが、狙いどころが極端過ぎたせいで互いに空振りと言うしょうもない結果に終わった。


「や、やるじゃない」


「アンタこそなかなかのものね。流石は去年私に勝っただけの事はあるわ」


 奇襲が失敗に終わった二人はそんな言葉を交わすものの


「…もうちょっと、真面目にやって欲しいものね…」


「まあいいんじゃない?これはこれで面白そうだし!」


「そうね、似た者同士だからきっと仕方の無い事なのよ」


 傍から見ていた者達は、若干呆れた様子を見せていた。その言葉が届いたかどうかはともかくとして、一旦離れた二人は慎重に間合いを計る。しかし、互いに最初から全力を宣言していただけに睨み合う訳にもいかず…


「どうしたの?ビビってんじゃない?」


「アンタこそかかって来ないの?そんなんじゃ今年は私が勝つわよ!」


「うっさいわね、だったらそっちから来ればいいじゃない!」


 互いに口で相手を牽制していた。しかし内心では…


「マズいわね、意表をつく大技で機先を制すつもりだったのに…」


「いきなりすっ転ばせて優位に立とうと思ったのに、最初っからあんな技出して来るなんて、バカじゃないの?」


 そんな事を考えつつも、不安を悟られまいと互いに笑みを浮べた。そして


「せいっ!」


「あちょーっ!」


 気合と共に攻撃を再開した。


 朱戸の下段から上段への蹴り、そして間髪入れずに放たれる連突きを、蝶湖は超人的なフットワークでかわす。そして連続で中段、上段への廻し蹴り、更には去年までは見せなかった下段への蹴りも組み合わせて反撃していく。互いに決定打を放てない状態だったにも関わらず、見ている者を圧倒した。桜子も例外では無く、初めて見る朱戸の本気の蹴りを食い入るように見つめていた。


「おっ、遊び人も朱戸の本気に…」


 その様子を見た玄田は何か言いかけたが


「まぁ、後でいいか…」


 余りにも真剣な眼差しの桜子を見ると、からかう気も失せた様に再び試合に視線を戻した。


「…いい加減、まともに喰らいなさいよ」


「…それはこっちの台詞!」


 互いに肩で息をしながらも強気な台詞を吐く。そして次の瞬間


「それまでっ!」


 主審の声が響いた。


「はぁ?」


「何言ってんのよ!」


 納得行かない様子の二人に向かって


「時間切れ、引き分け!」


 眉一つ動かさずに、主審が告げた。


「…え?」


「…時間切れ?」


 呆気に取られる二人。しかしそれにはお構い無しに大会は進行する。


「よっ、お疲れ。らしい幕切れだったわよ」


 思い切り不満そうな顔で戻って来た朱戸の肩を叩きながら、玄田はそんな声をかけた。


「…くーろーだー」


 朱戸は首から上だけを玄田に向け、低―い声で呟く。


「まぁいい勝負だったわ。ただ今年は互いに切り札出すのが早過ぎて、地力の勝負になっちゃったんじゃない?彼女の蹴りも相当な物だし、落ち込む事は無いわよ」


 玄田は半分笑いながらも励ましの言葉をかける。すると


「朱戸さん凄かったです!少なくともワタシの相手して貰った時の百倍は凄かった!」


 勢い良く駆け寄った桜子は、興奮冷めやらぬ様子で朱戸に声をかけた。すると


「え?いや、まあちっと本気出せばあの位は余裕余裕!」


 朱戸は気を取り直した様に、元気な声で答えた。


「朱戸?」


 玄田は驚いた様に声を上げるが


「まあ後はアンタ等が何とかしてくれるんでしょ?だからゆっくり見物させて貰う事にするわ。んじゃサクラちゃん、一緒に高見の見物しよっ!」


 朱戸はそう言いながら桜子の手を引いて下がろうとしたが、次の対戦相手の姿を認めると、半笑いで玄田に声をかける。


「あー、次は玄田だっけ?何かちょいと厄介そうよ?」


「え?」


 そう言われた玄田が振り返った先には…


「…アレ?」


 相手を指差した玄田が思わず固まる程長身の相手が準備をしていた。からかい半分だった朱戸だったが、改めて眺めると玄田と一緒になって呆気に取られ、二人同時に


「でかいな…ってか金髪?」


 思わず呟いた。そんな二人に白木が声をかける。


「ちょこ情報によると、夏休み中に転入して来たスーパー空手ガールらしいわ」


 同時に振り返る二人、白木は更に続ける。


「細身ながらも、流石は白人よね。百八十センチを越える長身。それ以上に厄介なのは、あの異様に長い手足よね。遠間での打ち合いが得意なのは言うまでも無いわね。その上接近戦にも対応できると言う話。しかもまだ一年生なんですって…凄い子って色んな所にいるのね」


 そう言いながら白木は由香里の方に振り返り、二人もそれを追う様に視線を移すと同時に頷いた。


「由香里がどうかしたんですか?」


桜子は怪訝な顔で尋ねるが


「まあいいわ、私たちは楽しく観戦しましょうよ!」


 朱戸は強引に桜子の手を引くと、一緒に由香里の隣に座り、同時にさっさと歓声を上げ始めた。


「ちょっと、何かアドバイスとか無いの?」


 玄田は大きな声で朱戸に問いかけるが


「えー、だって私彼女と試合した事無いし、一体何をアドバイスしろと?」


「うっ…そりゃそうだけど、とりあえず何か一言言ってよ!」


「あー…じゃあ、頑張れー」


「…流石は親友、頼りになる忠告有難う」


「おう!…ってか玄田ならあれだけデカい相手だ、逆にそれを生かして何とかできるでしょ?」


 そう言われた玄田は何かに気付いた様に相手を見た。そして


「んじゃ、行って来る!」


 元気良く開始線へと向った。しかし


「うっわー…」


 相手を目の前にした玄田は、呆れた様な顔で相手を見上げる。すると


「はじめまして!私カナダから参りましたクリスティーナと言いマス!クリスと呼んでイタダケレバこれサイワイ!ナニトゾ今日はヨロシクお願いイタシマス!」


 クリスと名乗るその相手は、腰を屈めるとやたらとフレンドリーに玄田の両手を握って来た。


「アンタ、日本語上手いわね…」


 玄田は感心した様に呟くが、その両手を力強く握り返すと


「私は玄田咲武!決して大きくは無いけど、気持ちでは負けるつもり無いから!だから…全力でかかってらっしゃい!」


握った手よりも更に力強く言うと、相手を見上げながらニッと笑って見せた。


「オオ、やはリ見た目にタガワヌツワモノとお見受けイタシマシタ!言われるマデも無く最初カラ全力デ参りマスので、くれぐれもご油断メサレルナ!」


「前言撤回、一体どこでそんな日本語覚えたのやら…」


 玄田はそう呟きながら一旦戻る。するとすかさず朱戸が声をかけて来た。その顔は異常な程にニヤけている。


「…な、何よ?」


「何よあの笑えるガイジンは?あんなのが相手なんてちょっと美味し過ぎだわ!出来る事なら代ってあげたいわよ!」


「…じゃ、代ってよ。正直ちょっと苦手なタイプだわ」


「あ、それは無理!」


 朱戸はそう言ってひとしきり笑うと、急に真顔になり


「気を付けなさい、とぼけた見た目だけど相当やりそうよ」


玄田にそう告げた。更に


「まあ、仮に負けたりしたら指差して大笑いしてあげるからね!」


そう言いながらまたもや大声で笑った。


「…それだけはさせないわよ」


 玄田は再び開始線へと向かうが、その後姿は不思議と硬さが抜けている様に見えた。


「…やるじゃない…」


「そうね、流石は親友。ツボを心得てらっしゃる!」


「まあねー、玄田は単細胞だからあの位で丁度いいのよ」


 そんな言葉はさておき…


「はじめっ!」


 開始の合図と共に第二試合が始まった。




「参りマス!」


 クリスの掛け声に対し


「おう!かかって来い!」


 玄田が答える。その直後


「おおっ!」


 会場全体から驚きの声が上がった。何と長身のクリスが、その身体に似合わずいきなり浴びせ蹴りを放ったのだった。


「…何て奴!」


 いきなりの大技に、見とれた様に一瞬固まる玄田。しかしすぐに我に返ると、間一髪の所でそれをかわした。しかし…


 空振りに終わった浴びせ蹴りは、会場全体を揺るがす程の衝撃で辺りを揺らした。


「…うっそぉ」


 流石に驚く玄田。しかしクリスは足を強打した筈なのに、全く意に介さぬ様に再び玄田の前に壁の様に立ちはだかると、楽しそうに笑う。そして


「アララ、ハズしちゃいマシたね!でもコレカラが本番デス!」


 そう言うなり真顔になると


「ハアアーッ!」


 気合を入れると同時に両の手を手刀で構え直して半身になる。凄まじい気合に玄田は一瞬たじろぐが、すぐさま気を取り直すと


「上等!」


そう声を張り、両手を上げて構えた。


 一瞬の沈黙の後…


「セイイーッ!」


 気合と同時に、またもやクリスが先に仕掛ける。しかし今度は奇襲の大技では無く、基本通りの下段への蹴りで始まる。しかも


「…全く、デカいくせに」


 その蹴りは玄田も思わず舌を巻く程鋭く、とは言え流石に連発されればタイミングは読み易く、その隙を突いて玄田が前に出ようとしたその瞬間…


「エイヤーッ!」


 飛び込んだ玄田目掛けて、唸りを上げながら手刀が振り下ろされた。誰もが玄田は直撃を避けられない!そう思われた瞬間


「甘いっ!」


 玄田は頭を屈めると、紙一重で手刀をかわす。そのままクリスの襟を掴む…かに見えたその時


「…!」


 声を上げる間も無く玄田は大きく後方へ吹っ飛んだ。


「危なかったー…」


 そう呟く玄田は、両腕を顎の前でクロスさせたまま肩で息をしている。その顔はかなり引きつっていた。




「…今の、何があったんですか?」


 試合展開を見つめていた桜子が、半ば呆然とした口調で誰にとも無く問いかける。暫く誰も答えなかったが、その沈黙を破るように朱戸が口を開いた。


「…あの金髪、ただ手足が長いだけじゃ無いわ、恐ろしくバランスが良いのよ。下段蹴りの後の手刀はフルスイングだったのに、それでも上体が流れず間髪入れずに膝蹴りをカマして来た。正直空手の試合だったら、相手したくは無いわね」


 真顔で言う朱戸だったが…


「そろそろ、玄田さんが反撃に移りそうですよ」


 試合展開を見守っていた由香里が口を開いた。同時に一同は再び試合に視線を移す。その眼前では、足で下段蹴りを止め、体裁きで手刀をかわし、更には打ち下ろされる肘も懐に飛び込む事で紙一重で避ける玄田の姿があった。


「おおっ、完全に見切ったか?」


 朱戸は思わず声を上げた。同時に玄田はクリスの道着の襟をしっかりと掴み


「そりゃああーっ!」


 豪快な背負い投げを放った。同時にクリスの大きな身体が宙に浮き、投げが決まると思われた次の瞬間…


「フンッ!」


 クリスは両手を突き出して投げを強引に止めてしまった。通常は危険なかばい手だが、異常に長いクリスの両腕がそれを可能にしてしまったのだ。


「うっそぉ…」


 呆然とする玄田。すると


「コラ、ボケッとするな!」


 朱戸の声が響く。我に返った玄田は目の前に大きな手が迫るのに気付き、咄嗟に手を離して前に跳んだ。


「…まさか柔道部が空手部に締められる訳にはいかないわよ」


「Oh!フダンは出来ないスリーパーをキメたかったのデスが、ウマくイカナいものデスねぇ」


 慌てる玄田と対照的に、クリスはオーバーアクションでおどけて見せた。それが油断なのか、それとも玄田を誘う罠なのか、それはともかくとして、玄田はその隙を突いて猛然と飛び込む。同時にクリスは表情を変え、カウンターで強烈な前蹴りを放つ。


「アンタ、正直過ぎ!」


 玄田はそう叫びながらその前蹴りを担ぐ様に入り込むと


「これは返せるっ?」


 言葉と同時に、何と相手の脚を持って一本背負いを仕掛けた。意外な技に会場にどよめきが起こるが


「エイヤーッ!」


 気合一閃!クリスはまるで四股でも踏むような勢いで掴まれたその脚を踏み降ろす。しかし


「ア…レ?」


 全く抵抗無くその脚は床を蹴り、地響きの様な音が響く。完全にスカを喰らったクリスの目の前に密着する程の距離に玄田はいた。慌てて打ち下ろしの突きを放つクリス。しかし玄田はそれを読んでいたかの様に


「だから正直過ぎって言ったでしょ!」


そう言うと同時に今度は突きを抱え込み、更には全身で巻き込む様に一本背負いで豪快に投げ切った。しかし


「ナンノッ!」


完全に逆になった状態でも、クリスは諦めずに空いた手を着こうとする。それを見て今度は玄田が慌てた。


「馬鹿っ!その手引っ込めなさいっ!」


 思わず叫ぶ玄田だったが、最早止められる状態では無い。そして


 ボグっと言う嫌な音に続いて、クリスは背中から叩き付けられた。


「ア…ウゥ…」


 声にならない声を上げるクリス。しかしそれは投げられたダメージでは無く、不用意にかばい手を着いた為に脱臼してしまったのだった。


「そ、それまでっ!」


 主審が慌てて試合終了を告げる。同時に玄田は駆け寄ってクリスに声をかける。


「ちょっと、大丈夫?」


「…ダイジョウブ、とイイタイ所デスが…」


 気丈に笑って見せたクリス。しかしその笑顔は一瞬の内に苦痛で歪められた。すると


「はいはい、ちょっと失礼しますよ」


 いつの間にか塩谷が玄田の背後に立ち、笑顔で二人を見下ろしていた。


「塩谷先生?」


 驚く玄田をよそに、塩谷はクリスの肩と肘の辺りに手をかけた。


「ウッ!」


 思わず声を上げるクリス。しかし塩谷は笑顔のまま


「ちょっとだけ我慢して下さいね、すぐ終わりますから…よっと」


そう言ってクリスの腕を軽く引く。すると


「…アレ?アレレ?動きマスねぇ」


 クリスは恐々と肩を回すが、次第に笑顔になり


「Oh!アナタ凄いデス!もうダイジョウブデスよ!」


そう叫びながら更に肩を回すが


「アウチッ!」


 調子に乗り過ぎたクリスは一瞬の苦痛に顔を歪め、続いて苦笑した。


「無理をしてはいけませんよ。あくまでも外れた肩を入れなおしただけです。炎症を起こす可能性もありますから、すぐに冷やして動かさない様にして下さい。それと、後で病院へ行って下さいね」


塩谷にそう諭されると、丁重に礼をして引き下がった。


「お疲れ様。今のは不運なアクシデント、貴女には何の責任も無いんだから堂々と胸を張りなさい?」


「…そうよ、相手の怪我は相手が未熟だった故。気にする事は無いわ…」


「…うん、ありがとう」


 自陣に戻った玄田に白木と青山がねぎらいの言葉をかけるが、朱戸は無言で近付く。そして


「ま、玄田にしちゃ頑張った方じゃない?」


全く気兼ねせずにそう言って肩を叩いた。途端に玄田も表情を変えると


「はい?私は勝ったのよ?ヘロヘロになった上に引き分けた奴にそんな事言われる筋合はないわね」


そう言って笑い出した。当然朱戸の表情も一変する。


「なななっ…」


 朱戸はそう言うのが精一杯で拳を震わせたが、すぐに不敵な笑みを浮べると


「まあいいわ、私はこの後全部勝つから!せいぜいこれがマグレの一勝にならない様頑張りなさい!」


「はいはい、肝に銘じておきましょう」


 玄田はそう言い返したが、直後に朱戸だけに聞こえる小さな声で一言


「ありがと」


そう告げた。すると


「おう」


たった一言、朱戸はそう言葉を返した。




「ま、何はともあれこれで一勝一分けね。さて、次は岡山の番だけど…ドコ行ったの?」


 周りを見渡しながら白木が皆に問うが、肝心の三番手、レスリング部二年生であり次期オリンピック候補とも囁かれる程の実力者、岡山の姿はどこにも見当たらなかった。


「…あの子達に聞いてみましょう…」


 そう言って青山は、見学の為に着いて来ていたレスリング部の一年生達に問いかける。


 そしてしばらくして…


「…岡山は、その…ちょっと…」


どうにも言い辛いと言わんばかりに言いよどむ青山。その様子に痺れを切らしたのは、やはり朱戸だった。


「ちょっとじゃ解らないって!何があったのよ?」


 朱戸は青山に向かって言った後で、一年生達に視線を向ける。


「ひっ!」


 鋭い視線に怯える一年生達。暫くの沈黙の後で、見かねた青山が言葉を続ける。


「…彼女、食あたりみたいなのよ…」


「…はい?」


 訳が解らないと言いたげな表情を浮べながら、朱戸はじとっとした視線を青山に向けるが


「…ついさっき解ったのよ。別に内緒にしていた訳じゃ無いわ…」


 青山は肩をすくめながらそう言うだけだった。その後の話によると…どうやら昨晩食べた貰い物の鯖にあたったらしい。起床時から調子が悪かったのだが、ただの腹痛かと思い会場まで来てはみたものの、どうやらそこまでが限界だった様で…既に救急車で運ばれて行ったとの事だった。




「さて、どうしたものかしらね」


 急な展開にも慌てる事無く、白木はそう言って周りを見渡した。そして桜子に視線を止めると、にっこりと微笑んだ。


「…由香里、私何かすごーく嫌な予感がするんだけど」


「そうでしょうか?きっと気のせいですよ」


 不安げな桜子と相変らずの由香里。しかしそれはそれとして…


「…あの、これは何の冗談?」


 開始線に立っていたのは、他でも無い桜子本人だった。




「しーらーきー、流石に無理があるんじゃない?」


 対峙する二人を見て朱戸は白木に耳打ちするが、それも当然の事だった。なにしろ桜子の相手となる浜口は、いずれ岡山と日本代表の座を争うと予想されている程の実力者だったのである。当然岡山と対戦すると思っていた浜口の鼻息は荒かった。しかし肩透かしを食らい気が抜けると思われていた浜口の表情には、欠片ほどの油断も感じられない。その冷たい眼光に、桜子はブルっと震えた。




「…あの人、凄く怖いんですけど」


 一旦戻った桜子は正直に相手の感想を述べた。しかし、由香里は事も無げに答える。


「恐怖を感じる程の相手に使いこなせてこその護身術です。それに、これ程の稽古相手はなかなかお目にかかる事は出来ませんよ」


そう言ってにっこりと微笑む由香里。その言葉を聞いた桜子の顔にいつもの明るさが戻った。


「そっか、これも稽古だよね!」


「はい、それも普通に考えればわざわざお金を払ってまでも稽古をつけて頂く程のお相手です。そう考えれば」


「そっか、ラッキーだよね!」


「はい、その通りです」


 嬉々として試合に臨む桜子。その様子を見た朱戸が


「…流石お嬢」


そう呟くと同時に


「いや、むしろここは遊び人を褒めるべきかも」


すかさず玄田が応えた。


 そんな周りの心境はさておき、すっかり気を楽にした桜子は開始戦で再び相手と対峙するが、その顔に怯えは見られなかった。


「始め!」


 開始の合図と共に、桜子の初めての試合が始まった。


「えっ?もうはじまっちゃったの?」


 すっとんきょうな声を上げる桜子だったが


「何をボサっとしてるの?」


 腰を屈めた浜口は、怖ろしい程素早い低空タックルで桜子を襲う。


「何よそれっ?」


 今まで体験した事の無い攻撃に驚きつつも桜子はかろうじてそれをかわす…が


「甘いっ」


 すかさず浜口は上体を起こすと、桜子の方へ向き直って胴タックルを決めた。


「あれれっ?」


 桜子は何が起きたのかも解らない内に倒され、その上に馬乗りになられてしまった。


「どうする?」


 浜口は眉一つ動かさず、感情を一切表さない声で桜子に問いかけた。


「…えっと」


  言葉に詰まった桜子は由香里に視線を送るが


「…何よソレ?」


 その視界に入ったのは、両手を合わせて合掌する由香里の姿だった。よく見ると白木と青山も由香里と同じく合掌しており、朱戸と玄田に至っては必死で笑いを堪えていた。それを見た桜子は観念した様に相手に告げる。


「…ギブアップ」


 一瞬の沈黙の後


「それまで!」


 主審の声が響いた。




「ごめんなさい…」


 肩を落としながら帰って来た桜子。その様子を見た白木は、苦笑しながら後ろを振り返った。すると


「サクラさん、流石ですねぇ」


 満面の笑みで由香里が迎えた。


「…何がよ?結局手も足も出ずに完敗だったのよ?どこが流石なの?」


 由香里が皮肉など言う事は無いと理解してはいたものの、完敗のショックから桜子は口を尖らせながらそう言い返した。若干刺のある言い方だったが、由香里は気にもせずに言葉を返す。


「サクラさんには申し訳無いのですが、私は正直な所最初のタックルはかわせないと思ったのですよ。何しろ今まで一度も稽古した事の無い動きをする相手でしたし。しかも突然の試合での事ですから、対応出来ただけで充分に凄い事なのですよ」


 にこやかに説明する由香里の顔を見ている内、次第に桜子の気持ちも落ち着いて来た。由香里は更に言葉を続ける。


「しかも、相手は何千何万と言う戦闘シミュレーションをこなしてきた程の猛者ですし、最初の攻撃を凌いだだけでも相当に凄い事なのですよ。やはりサクラさんは私の見込んだ通りの、素晴らしいセンスの持ち主なのですね」


「…そ、そうかなぁ?」


 若干照れ臭そうに頭を掻く桜子。その後も暫くの間由香里の褒め言葉に照れ笑いをしていたが…


「お嬢、出番だよ」


 談笑する二人の背後から声がした。振り返った由香里に、朱戸が顎をしゃくって促す。


「あら、次は白木さんの出番だと思いましたが…」


 そう言って由香里は桜子と顔を見合わせたが、朱戸は意外な返答を返す。


「え、もう終わったよ?」


 一瞬の沈黙の後…


「えーっ!」


 桜子は驚きの声を上げるが、由香里はと言えば


「まぁ、流石は白木さんですねぇ。私も負けてはいられませんね。では行って参ります」


 呑気にそんな事を言うと、まるで散歩にでも行く様な風情で歩き出した。


「…由香里」


その姿を見送る桜子だったが、突然思い出した様に叫ぶ。


「それはそうと、いつの間に試合終わっちゃったんですか?」


「えっ?…いや、二人が喋ってる内に、まああっと言う間だったから見逃すのも無理は無いけどね。そんな事より、今はお嬢を応援してあげましょうよ!」


「えっ?あ、そうだった!由香里―!頑張ってー!」


 その声に振り返った由香里は振り返って微笑むと、対戦相手と向かい合い…同様に微笑んだ。柔道着姿の相手は怪訝な顔をしたが、すぐさま鋭い視線を由香里に返す。


 一旦戻って来た由香里に、すかさず玄田が声をかける。


「お嬢、相手は異常に引き手が強いわよ。くれぐれも掴まれない様に気を付けて」


すると由香里は


「お気遣い有難う御座います」


そう言い残し、相変らずの笑顔で開始線へと向かう。


 由香里に対峙するのは、玄田も何度か対戦した事のある怪力の選手、篠田だった。


「ねえ、お嬢の相手って強いの?」


 向かい合う二人を見て、朱戸が尋ねた。


「うーん、技術的にはそれ程でも無いかな。ただ男相手に腕相撲で勝っちゃう様な奴だから、油断は禁物ね」


「…それって、結構凄い事なんじゃ」


「まあ普通に考えればね。だから忠告したんだけど…お嬢には関係ないかなぁ」


「何で?」


「だってお嬢、自分の倍位ある大男吹っ飛ばしたんでしょ?それに高山も子供扱いした事もあるし、パワーの差なんて関係無いんじゃないの?」


「あ、そうだった」


 そんな話をしている内に開始の合図がかかった。話し込んでいた玄田と朱戸も話を止めて視線を向けるが


「おおっ?」


 思わず二人揃って声を上げた。その視線の先には、全くの無防備で相手に近付く由香里の姿があった。


「…何の真似?」


 篠田は訝しげに眉を寄せるが、由香里は全く構う事無く歩を進める。そしてあっと言う間に手を伸ばせば届く距離に近付いた。篠田は異常とも取れる由香里の行動に驚きを隠せずにいたが、そこまでされては手を出さない訳にはいかない。一瞬下がりそうになったものの、覚悟を決めて由香里に掴みかかった。すると…


「えっ?」


 篠田は思わず心に呟く。何しろ、掴まれまいと何らかの抵抗を予想していたにも関わらず、由香里は何のアクションもせずにいとも簡単に両襟を取らせてしまったのだった。黙って状況を見守っていた桜子達も声を上げそうになるが、その瞬間…ゴッ…と何かがぶつかる音が響いた。同時にほんの一瞬篠田の腰が落ちる。いつの間にか拝む様に両手を合わせていた由香里がその手を広げながら前に突き出すと、丁度篠田の手を払う様な格好でその両手を弾き飛ばし、同時に両の肩に貫手を打ち込む形になった。必死に踏ん張る篠田…の目の前から由香里が消えた。と言っても当然実際に消えた訳では無く、一瞬の内に低くなりながら篠田の側面に回りこんでいた。そして振り上げた手で足を刈る様に一気に払うと…篠田の視界には天井と床が同時に入って来た。


 一回転した篠田の身体は派手な音を立ててうつ伏せに倒れた…が、その顔は由香里に受け止められたお陰で、かろうじて床への激突を免れていた。


「それまでっ!」


 暫く呆然としていた主審が声を上げる。同時に会場を揺るがす程の歓声が上がった。




「お疲れっ!」


 戻って来た由香里に桜子が声をかけた。とは言え、実は桜子は今の今まで呆然としていたのだが。その驚く程の気持ちの切り換えの早さには、流石の先輩一同も感心した様な表情を浮べていた。


 とりあえず午前中の合同稽古は終わり、昼休みとなる。




「うっわ、豪華!」


 用意された弁当に桜子が声を上げる。それもその筈、目の前に並んだのは町の弁当屋ではとても用意出来ない程の品数で、しかもすかさずつまみ食いした朱戸と桜子の顔が意思とは関係無く緩んでしまう程の味だったのだから。


「こらっ!」


 白木は更に手を伸ばす二人の手を払いながら言うと


「ホラ、今日の影の功労者に感謝してから食べなさい」


そう言いながら青山の方へ視線を送った。同時に朱戸と桜子、更には玄田と由香里も青山に注目する。


「…もしかして、変な味だったかしら?」


 急に注目を浴びた青山はその意味を取り違え、慌てて朱戸の摘んだ唐揚げと桜子の摘んだ卵焼きを立て続けに口に入れた。


「…ん?別に味付けに問題があるとは…」


 そう言って首を傾げる青山。すると、朱戸と桜子は違うとでも言いたげに激しく手を振り、飲み込むと同時に言葉を続けた。


「アンタ、また腕を上げたんじゃない?」


 感心した様に朱戸が言うと


「えっ!…これ全部青山さんが作ったんですか?」


それ以上に驚いた顔で桜子が叫んだ。すると


「ホント、たっちゃんは天才だよねー!」


 出し抜けに声が響く。驚いた一同が目を向けると…


「ふぉんとにたっひゃんのふふるほはんはおいひいよねー!」


 そこに居たのは、いつの間に来ていたのか解らないものの、既に口一杯に詰め込んだ状態でモゴモゴと喋る蝶湖だった。


「ちょっと、貴女いつの間に?」


 すかさず白木が突っ込むが、当の蝶湖は全く気にせずに箸を進め、次々に各メニューを平らげていった。暫くその様子を呆然と眺めていた一同だったが


「…いい加減にしなさい…」


 青山の一言でその動きが止まった。すると


「大丈夫ですよ、こちらにもありますので」


 由香里がそう言いながら、いつの間に用意したのか、何やらゴソゴソと大きな包みを開ける。すると


「うっわ、こっちも美味しそう♪」


 嬉しそうに桜子が叫ぶ。その目の前に並んだのは、由香里の用意した盛り沢山のお弁当だった。すかさず桜子と朱戸、更には蝶湖もつまみ食いをして


「…うっま!」


そのまま言葉を失った。




「いや、すっかりご馳走になってしまった。有難う」


 そう言って浜口は深々と頭を下げた。その傍らでは、蝶湖やクリスも満足気な顔をしている。それと言うのもほんの数十分前…




「あーっ!何それーっ?」


 青山と由香里の用意した弁当を皆で食べようとした正にその時、やかましい叫び声が響いた。驚いた一同の目の前には、目を輝かせて騒いでいる蝶湖と、それを恥ずかしそうな表情で抑える浜口、その後ろには浜口の手伝いをしたいのに、片手が動かせずにただ見ているだけのクリスの姿があった。更に騒ぎを聞きつけて篠田や他の生徒達も駆け付けて来る。そうこうしている内に、結局蝶湖達の学校の生徒達も全員集合してしまい、一緒に昼食と言う事になってしまったのだった。とは言え不幸中の幸いと言うべきか、青山と由香里の用意した弁当はとても十人やそこらで食べ切れる量では無かった為、結果的に皆が丁度腹八分目で抑えられる事となり…




「いや、すっかりご馳走になってしまった。有難う」


 そう言って浜口は深々と頭を下げた。その傍らでは、蝶湖やクリスも満足気な顔をしている。と言うのはつまり、そんな訳だったのである。




「あー、もうちょっと食べたかったよー」


 そう言ってまたもや青山にへばりつく蝶湖を尻目に、浜口は思い出した様に尋ねる。


「そういえば、岡山は大丈夫なのか?」


「…ええ、彼女のタフさは普通じゃない…ってそれは貴女の方が良く知ってるわね…」


 微笑みながら答える青山。その表情から岡山の症状を察したのか、浜口も笑みを漏らした。しかし…


「あのバカ、私がどれだけ今日を楽しみにしてたと思ってるのよ!今度試合で会ったらただじゃおかないって伝えておいて!」


そう言い残すと


「ホラ、午後の部が始まる前に作戦会議するって言ったでしょ?行くわよ!」


いまだに青山に張り付いている蝶湖の襟首を掴むと、強引に連れて行く。


「あーうー、たっちゃーん!」


 半べそ状態で引き摺られて行く蝶湖を、青山は苦笑しながら見送った。


「…やっぱり残念だったみたいね…」


 青山はそう言うと同時に、視線を感じて振り返る。すると、じっと見つめる桜子と目が合った。


「あの…やっぱり私、出ない方が良かったんじゃ…」


珍しくしおらしい桜子。そんな桜子に青山は一瞬かける言葉を考えたが、それよりも早く朱戸が笑い出した。


「あっはっは!なーにらしくない顔してらしくない事言ってんのよ!今日は公式試合でもなんでも無いのよ?勝ち負けはどうでもいいの!そこんトコ勘違いしないでよね?」


そう言いながら桜子の肩をバシバシと叩く。


「ちょ、マジで痛いんですケド」


「あ、ゴメン」


 朱戸は手を止めると


「ま、そんな訳だから気楽に頑張りな!」


そう言って桜子に笑いかけた。


「あ、ハイ…でも」


「何?」


「…でもやっぱり、一度でいいから勝ちたいです!」


 真顔で叫ぶ桜子。普段とは違うその表情に一同は顔を見合わせ…休憩時間はにわか作戦会議の場となった。




 桜子はそれから何度か試合に出たが、善戦はするものの一度も勝てないまま最後の出番が回って来た。その相手は…


「…何、アイツ?」


 桜子と対峙した相手を見て、朱戸は呆気に取られた。それもその筈、桜子の前に立つのは、竹刀片手にガムを噛みつつ険悪な目つきで桜子を睨みつける、時代錯誤としか言い様の無いいでたちの女子だった。


「…あれ?何で竹刀…?」


 呆然と呟く桜子。その言葉を耳ざとく聞きつけた相手は


「うっせーんだよ!ワタシが何使って喧嘩しようが勝手じゃねーか!何か文句あんのかコラァ!こちとら闇姫三代目総長、鬼塚響子様よ!よーっく覚えときなっ!」


竹刀を振り回しながら猛然とまくしたてた。流石に竹刀は取り上げられたものの、全くその勢いは衰える事無く桜子を攻め立てる。


「何なのよあれー?」


 一旦戻って来た桜子は不安そうに由香里に言うが、由香里は事も無げに言う。


「大丈夫ですよ。今のサクラさんなら、普段通りの力を発揮すれば問題ありません」


「えー、でも…何か怖い」


「そこがあの方の狙いなのでしょう。あれだけ大声でまくしたてると言う事は、裏を返せばそれだけ不安を感じていると言う事です。ですからサクラさんが萎縮さえしなければ、きっと大丈夫ですよ」


 そう言って微笑む由香里を見て、桜子も不安な表情は消せないまでも、半ば納得した様に再び開始線へと戻った。そして


「はじめっ!」


 開始の合図がかかる。同時に鬼塚は猛然と突進し、両の拳を振り回す。


「うわっ!」


思わず叫ぶ桜子。しかし桜子は若干押されながらも、余裕でその連打をかわしていた。更には、何度も場外間際まで押されるにも関わらず、その都度体を入れ替えて形勢を逆転させる。


「コイツっ、ちょこまかと…」


 何度追い込んでも捕らえきれない桜子に、鬼塚のイライラは頂点に達し


「逃げんなゴルアーッ!」


怒鳴りながら大きく拳を振り下ろす。すると


「それじゃ当たらないわよっ!」


 すっかり冷静さを取り戻した桜子は、その攻撃を難なくかわすと同時に振り下ろされた腕の手首を掴む。更に片方の手で肩口を押さえ、若干バタつく足取りながらも、自分を軸に螺旋を描く様な形で回ると、そのまま鬼塚の身体を床に押さえつけた。


「…や、やった?」


完全に押さえ込んだ形となり、桜子は逆に何をすればいいのか一瞬迷ってしまい、顔を上げて由香里の方へ視線を送る。その瞬間


「なっめんなゴルアーッ!」


 気合と共に、鬼塚は片腕で桜子を弾き飛ばした。僅かに桜子の体勢が崩れていたとは言え、凄まじいパワーである。


「何てバカ力…うわっ!」


 面食らう桜子に向かい、鬼塚は先程の大振りのパンチに加え、今度は蹴りも折り混ぜて猛攻を始めた。一見滅茶苦茶だがその勢いは凄まじく、今度は桜子も全てはかわしきれない。場外へ押し出されそうになった桜子は、思わず由香里を振り返る。すると


「…由香里?」


 全く心配などしてないかの様に、由香里は微笑を浮べていた。更に押され続けながら桜子は不意に周りを見回した。すると…


「…あ」


 桜子は、二階席から試合を見守っている浜口の姿を目にした。ほんの一瞬の事だったので定かではないが、その顔は僅かに笑みを湛えている様に桜子には思えた。


「そうか…私はあの人と…」


 呟くと同時に、桜子の頭には浜口の高速タックルをかわした時の光景が蘇る。


「あれに比べれば、この位!」


 桜子は心にそう叫ぶと、防御の為に上げていた両腕を下げ、射る様な視線で鬼塚を見つめた。


「…何だっての?ムカつくんだよっ!」


 開き直った桜子の目を見て、鬼塚は逆上した。そして更なる猛攻を仕掛ける。しかし


「…ねえ玄田、何か遊びに…いや、サクラちゃんちょっと凄くない?」


「うん…何か、変わった」


 朱戸と玄田が呆然と呟く。その眼前では、明らかに今までと違う動きで相手を翻弄する桜子の姿があった。その傍らで由香里が微笑みながら言う。


「サクラさん、やっと本領発揮ですね」


 その言葉に一同はハッとした様に由香里に視線を向けるが、すぐ納得した顔で桜子の方へ視線を戻した。


 その試合の方はと言うと、怒りに任せて攻撃し続けていた鬼塚がとうとう業を煮やし、


と言うよりは、そろそろ体力的に限界に来たのだろうが


「んなろーっ!」


そう叫びながら豪快に拳を振り下ろす。


「だから、それじゃ当たらないって!」


 そう言いながら、桜子は直前までその攻撃を引き付ける。そして正に首筋に直撃すると見えた刹那、素早く入り身してかわしつつ、鬼塚の顎に手刀を叩き込んだ。同時に振り下ろされた手首を掴み、更に鬼塚の腰が落ちると同時に桜子は反転した。そのまま背中合わせになった鬼塚を、斬り捨てるかの様に四方投げで投げ捨てる。


「ふんぐ…っ!」


 背中から落ちた鬼塚は、一瞬息が止まる。


「今度こそ…終わった?」


 苦痛に顔を歪める鬼塚。その顔を見て桜子が再び由香里に視線を送ると、由香里は手振りで何かをひっくり返すような仕草をする。


「あ、そっか!」


 その仕草を見た桜子はハッと気付いた様な顔で頷くと、鬼塚の腕を掴んだまま頭の上を回り込み、あっと言う間にその身体をうつ伏せにひっくり返した。更に掴んでいた腕を折り畳むとその腕に膝を乗せ


「ちょーっと重いかもしれないけど、ゴメンね?」


そう言って遠慮無く全体重をかけた。


「くっ…そったれ、この位…何でも…」


そう言いながら鬼塚は歯を食いしばり、残った片腕で自分の身体を持ち上げようとする。すると


「うわっ?」


 思わず叫ぶ桜子。何と、鬼塚は背中に桜子を乗せたまま、しかも片腕で身体を僅かに浮かせ始めたのだ。その腕はブルブルと震え、必死の形相を浮べていた。その姿に、桜子はちょっとした感動を覚え


「…アンタ、ちょっとカッコイイよ」


ついそんな事を口走った。その瞬間


「んなっ?」


 予想外の言葉に鬼塚の力が抜ける。同時に浮き上がりかけていた身体が、一瞬にして崩れ落ちた。


「あらー、もしかして余計な事言った?」


 下敷きになった鬼塚を見て、桜子は呟く。そして頭を掻きながら主審に視線を送る。そして一瞬の沈黙の後…


「それまで!」


 主審の声が響いた。




「ありがとうございました!」


 元気良く礼をしたものの、桜子は半ば呆けた様な顔で戻って来た。


「やったじゃーん!」


「うん!よくやったわ!」


 朱戸と玄田が桜子の肩を叩きながら祝福する。更には白木と青山も笑顔で桜子を囲み、同様に笑顔で祝福の言葉をかける。


「流石は高屋敷さんのお墨付きね。見事だったわよ」


「…そうね、少なくとも今日の動きを見た限り、ちょっと前まで全くの素人だったとは思えないわ…」


 その言葉に、桜子は何と言っていいのか解らない、とでも言いたげに由香里に視線を送った。すると、由香里は無言で笑顔を返しながら桜子に歩み寄る。


「…由香里?」


 戸惑う桜子の手を取って、由香里は一言


「今の気分は、如何ですか?」


そう尋ねた。


「えっ?気分って…」


 何か言いかけようとする桜子を制し、由香里は更に続ける。


「公式戦、ではありませんが、試合では初めての勝利ですよ。ご気分は如何ですか?」


「初めての…勝利…?」


 由香里の言葉を耳にした瞬間、桜子は自分が成し遂げた事を冷静に理解し始め…


「…そっか、私…」


 呟きながら小刻みに震えだした。


「サクラさん?」


 由香里がそう言って桜子の顔を覗き込んだ瞬間


「ぃやったーーーーっ!」


 桜子は派手なガッツポーズと共に、飛び上がりながら雄叫びをあげた。




 こうして合同練習は幕を閉じ、由香里達は帰りのバスを待ちながら談笑していた。すると…


「たーっちゃーん!」


 遠くから聞き覚えのある声が響いて来た。と思う間にも声は近付き、あっと言う間に蝶湖が目の前に現れた。更に間髪入れずに青山に抱きつくと


「あー、この心地良さも暫くお預けなのね」


そう言いながら、胸元に顔をうずめて心地良さげに頬擦りをする。青山は、まるで歳の離れた妹をあやすかの様に蝶湖の頭を撫でると


「…お疲れ様、今日は楽しめたかしら…?」


優しい声で尋ねた。すると


「…うん、アイツと引き分けたのは残念だったけど…」


「…けど、何かしら…?」


「楽しかった!たっちゃんにも会えたし!」


 蝶湖は青山の胸から顔を離すと、最上の笑顔でそう答えた。程無くして仲間に呼ばれた蝶湖は去り、入れ替わりに桜子の視界に入って来たのは…


「ぅげっ!さっきのヤンキー?」


 叫び声と共に、桜子は思わず由香里の背後に隠れる。その目の前に現れたのは、他でも無い鬼塚響子その人だった。


「なーに隠れてんだコラ?」


 鬼塚は目ざとく桜子を見つけると、そう言いながらにじり寄ってきた。とは言え両校共に周りがさほど緊迫していない様子から見ても鬼塚は別に本気では無く、暫く由香里の背後で様子を窺っていた桜子もその雰囲気に気付くと、おずおずと鬼塚の前に出て行った。


「えっと…何か?」


「何か?じゃねーよ!あんなイカサマみたいな勝ち方しやがって!街中で会ったら覚えてろよ!」


「えーっ?そんなーっ!由香里、何とかしてよー」


 鬼塚の剣幕に押された桜子は、そう言いながら再び由香里の背後に隠れた。すると意外にも鬼塚は


「なーに本気でビビってんだよ?私は試合でアンタに負けたんだ。腹いせに闇討ちなんてマネ、恥ずかしくって出来る訳無いだろ?」


苦笑しながらそう言い、続けて桜子に向けて握手を求める様に右手を差し出した。


「えっ?」


 意外な鬼塚の行動に戸惑う桜子。しかし由香里がその腕を引いて、桜子を前に出した。


「あ、あの…これからもヨロシク」


 観念した様に桜子も手を差し出すと、鬼塚はその手をしっかりと握り


「ああ、こっちこそ宜しくな!」


そう言いながら力強く握り返す。


「え、ちょっと…マジで痛いって!」


「なーんで、こんなひ弱な奴に負けたんだろうなぁ?」


 そう言いながら首を傾げる鬼塚。しかし握る力は一向に衰える気配は無かった。


「ちょ…っと、本気で…やーめーてー!」


 涙目になりながら桜子が叫ぶと、鬼塚は笑いながらその手を離し


「これで一勝一敗だな!」


そう言いながらニカっと笑って見せた。


「え、それはちょっと違うんじゃ…」


 握られた手をさすりながら桜子が抗弁しようとするが、鬼塚は不気味な笑みを浮べながら拳をニギニギしてみせる。それを見た桜子は…


「いや、それでいいって事にしときます」


そう言って両手を背後に回した。




 暫く話し込んでいる内に、桜子はすっかり鬼塚と打ち解けてしまった。互いに裏表の無い性格だったので気が合ったのだろう。とは言えそうしている内にもバスの時間はやって来て、桜子は出来たばかりの友達と暫しの別れとなってしまった。バスに乗り込もうとする桜子に、背後から鬼塚が声をかける。


「アンタ見所あるよ!どう、ウチのチームに入らない?」


「えっ?いや、それは本気で遠慮しとく」


 派手に両手を振って拒否する桜子。それを見て鬼塚は苦笑しながら手を振った。


「ふう、なかなか熱いヤツだったわね」


 走り出したバスの中、大きく息をついて桜子が言うと、由香里はいつも通り笑顔で答える。


「そうですねぇ。少し、サクラさんと似てらっしゃる様に見受けられましたが」


「えぇーっ?ワタシ、あんなのと似てないよーっ!」


 またもや全力で否定する桜子。しかし


「そうそう、お嬢の言う通りだよ」


 朱戸が笑いながら桜子の肩に手をかけた。同時に他の三人も頷く。


「えーっ、似てないですよーっ!」


 車内に桜子の声が響く。と、同時に笑い声も響いた。


今回は正直誰が主人公かわからないかもしれません(笑)

桜子が動き回ってしまいもう何がなにやら。

しかもまた新しいのも出てきてしまい、収集がつくのだろうか?

ようやく一年生も後半戦、どうなるのか見守ってやって下さい。

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