夏休みボケとお好み焼きとちょっとしたトラブル
4.夏休みボケとお好み焼きとちょっとしたトラブル
「はぁーあ…」
桜子が大きな溜息をつく。
「どうかなさいましたか?」
相変わらずの笑顔で答える由香里。しかし桜子の顔は対照的に沈んでいた。
「はぁ、夢の様だった合宿旅行も、今は遥か遠い思い出…新学期なんて憂鬱なだけよ」
「確かに、楽しい合宿でしたね。それにサクラさん色々と大活躍でしたし。でも…」
「なーにぃ?」
「確かサクラさん、新学期も張り切る、とおっしゃっていらした気がしたのですが」
「えーっ?そんな事よりにもよってこの私が言う訳無いじゃなーい」
「まぁ、では私の記憶違いでしたか」
「もう、新学期早々ボケないでよねぇ」
「そうですねぇ、気を引き締めていかなくてはいけませんねぇ」
「はぁ…憂鬱だわ」
そんなこんなで新学期が始まった。
「皆さん、今日から新学期です。夏休みが終わって憂鬱な方もいれば、久々の学校が楽しみだった方もいる事でしょう。でも、どうせ高校の三年間なんてあっと言う間です。後悔の無い様、精一杯楽しんで下さい」
開口一番、塩谷は諭す様に言う。その言葉に頷く者、不満そうな者、呆けた顔をする者等々、反応は様々だった。
放課後、由香里と一緒に稽古をしながらも桜子は気合が入らなかった。完全な夏休みボケである。
「どうか、なさいましたか?」
気の抜けた桜子の顔を、心配そうに由香里が覗き込む。
「んー、何でも無い…ふぅ」
それでも気合が入らない桜子。すると背後から声がかかった。
「コラ、気の抜けた状態で稽古しない。怪我するわよ」
振り返った桜子の目の前に、竹刀を手にした白木が立っていた。
「うっわ!暴力反対!」
思わず両手でガードする桜子。その姿に白木は思わず苦笑を漏らす。
「別に、貴女を叩く為じゃ無いわよ…とは言え、これ以上気の抜けた稽古を続けるのなら保証は
致しかねますが?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる白木。桜子は一瞬ビクッとすると、急にテンションが上がった。
「え?いやいやいや、よく見て下さい!気合入りまくってますから!さあ由香里、ボサっとしてないで早く打って来てよ!」
その様子に白木は再び笑みを浮かべる。しかし、暫くしてその笑みは消え、感心した様に桜子の
動きを目で追う様になった。
「…彼女、全くの初心者だった筈よね…」
いつの間にか白木の隣に立っていた青山が呟く。
「青山、無言で隣に立たないで。心臓に悪いわ」
「…それは失礼、そんな事よりも…」
「ええ、あのコ、ちょっと想像できなかったけど、意外な才能の持ち主ね」
「…ふふっ、教え方が上手いのかもね…」
「ありえる」
「…どう、秋の合同稽古、彼女で…」
「それは考えて無かったけど、面白いかも」
その後も何か話し合いながら、白木と青山は何度か頷き合っていた。暫くして塩谷が入って来ると、白木が駆け寄って何やら話しかける。そして塩谷も桜子の稽古をじっくりと見定め始めた。
「ふむ、初心者にありがちな力みが上手い事抜けてますね。確かに、面白いかもしれません。
本人が了承すれば、私に異存はありませんよ」
一通りの稽古を終えて汗を拭う桜子に白木が笑みを浮かべて近づく。
「ねぇ桜ちゃん、この半年程でどの位上達したか知りたくない?」
「はい?」
いきなりの問いにうろたえる桜子。
「毎年一回、合同練習があるって事は前に聞いているわよね?」
「あ、そう言えばそんな話聞いた気が…」
「その時に、まぁ言ってみれば学校対抗試合みたいな物をやる訳なんだけど」
「は、はぁ…」
「でね、その対抗試合のメンバーに是非貴女を、って考えているんだけど…如何?」
「はい…って、ええぇっ?」
「まぁ、それは凄いですねぇ。サクラさん、頑張ってくださいね」
「い?由香里まで何言ってるのよ?私がそんな大それたことできる訳無いじゃない!」
「そんな事はございませんよ。サクラさんの上達振りは、私が一番良く存じ上げておりますので」
「おっ、流石は見てる人は言うことが違う!ほら、師匠も言ってるんだから大丈夫よ」
「えーっ、でも…自信無いし」
「…まぁ、確かにいきなりじゃ不安よね…」
言いながら周りを見渡す青山。その視線の先に、たまたま道場へ入って来た朱戸の姿が映った。
「…あら、丁度良い所に…」
「お、熱血先輩登場ね」
言うが早いか白木と青山は朱戸に駆け寄り
「ねぇ、貴女後輩の面倒見るの嫌いじゃなかったわよね?」
「え?まぁ、別に嫌じゃないけど…何で?」
「…あのね、実は…ごにょごにょごにょ…」
「んで、かくかくしかじかな訳」
「ああ、そう言う事?なら是非一肌脱ぎましょう!」
朱戸は言うが早いか桜子の前に駆け寄り
「よう遊び人!たまには私と組み手してみない?」
「これはまた、何とも」
「…ストレートに行ったわね。まぁ、朱戸らしいと言えばそれまでだけど…」
そんな二人の目前で、半ば強引に朱戸が桜子を引き起こし、自分と対峙させた。
「ちょっ、由香里ぃ、助けてよー!」
「ま、そう気負いなさんな。行くよっ!」
いきなり朱戸が上段蹴りを放つと
「うひゃっ!」
桜子は頭を下げてかわす、と思いきやそのまま尻餅をついてしまった。
「あれ?」
話が違う、とでも言いたげに白木と青山を振り返る朱戸。
「うーん」
「…見事にガチガチね…」
その二人も同様に首を傾げていた。
「由香里ぃー」
桜子は思わず困った様な声を出す。しかし由香里は笑顔のまま、事も無げに言う。
「サクラさん、普段の稽古相手が、私から朱戸さんに代わっただけの事ですよ。別に試合では
無いのですから、気を楽にして下さい」
「…そう言われてもぉ」
「大丈夫ですよ。折角今まで稽古してきたのですから、是非朱戸さんにその成果をご覧頂きましょう」
「…そうか、見てもらうつもりでやればいいのか」
桜子は自分に言い聞かせるように呟くと
「わかった、やってみる!」
そう言って朱戸に向き直った。
「朱戸さん、改めてお願いしますっ!」
「よっしゃ!じゃあ、もっかい行くよっ!」
声と同時に突き、蹴りを繰り出す朱戸。そのスピードを見る限り、一切の手加減は無い様に見えた。しかし
「おっ、やるじゃない!」
朱戸が攻めながらも思わず口走る。桜子はまるで、全ての攻撃を見切っているかの様に攻撃を
捌いていた。
「サクラさん、その調子です!」
由香里の声が響く。すっかり調子を取り戻した桜子は、朱戸の動きに合わせる様に動きながら
一瞬の隙を突いて返し技を狙う。
「おっと!」
腕を取られて投げられそうになった朱戸だったが、簡単にその腕を振りほどく。
「あれっ?」
思わず声を上げる桜子。その視線が由香里に向かったが、何を思ってか由香里は何も言わなかった。
「あら、アドバイスしてあげないの?」
白木の言葉に、由香里は
「はい、今までの稽古を思い出せばきっとお解りになりますから。サクラさんならきっと大丈夫
ですよ」
そう笑顔で答えた。しかし
「なんであれで投げられないのよー?」
桜子は情けない顔で呟く。
「なーにをブツブツ言ってるのよっ!」
声と同時に、再度朱戸の容赦ない攻撃が始まった。
「タイミングは悪くなかった筈…」
攻撃を捌きつつも、桜子は由香里との稽古で教わった事を頭の中で復習していた。
「あと大事だって言われたのは…あっ!」
何かを思い出した様に桜子の顔が明るくなった。その様子を見て、朱戸も何故か笑みを浮かべる。
と同時に上段に正拳突きを放つ。
桜子は半身になりながらその突きを受け流すと、そのまま腕を掴んだ。更に大きく重心を移動させて
朱戸の体勢を崩すと、大きく振りかぶり
「えいっ!」
気合と共に振り下ろした。同時に朱戸の背中が畳の上に叩きつけられる。
暫く肩で息をしながら呆然とする桜子だったが、
「サクラさん!」
由香里の声に振り返り、して朱戸の姿を見ると
「ん!」
短くそう言って、小さなガッツポーズをとった。
「ふぅ、やるじゃない」
そう言いながら立ち上がろうとする朱戸。
「あっ、すいません!」
慌てて手を貸す桜子。朱戸は苦笑しながらその手を取ったが、すぐにその手を離して跳ねる様に
起き上がった。
「ありがとうございました!」
思い切り頭を下げて礼をする桜子。朱戸も礼を返すと、桜子の肩を叩いて笑顔で親指を立てた。
更に激励の言葉をかける。
「サクラっちセンスあるわよ。この調子で頑張りな!」
「あ、ハイ!ありがとうございます!」
更に深々と頭を下げる桜子。朱戸は再び苦笑すると、白木達の傍へ駆け寄った。
「どう、結構イケてたでしょ?」
「ええ、ほぼ完璧だったわ」
「…でも、最後の方ちょっと本気だったわよね…」
「うっ、それは言わないで…だってあの子、予想以上に鋭い動きするんだもん…」
「はいはい、じゃあ今日は「てっちゃん」で久々に反省会しましょうか」
「えっ、奢り?」
「んな訳無いでしょうに」
「…そうね、貸し借りは無しって事で…」
「えーっ、後輩の為に一肌脱いだんじゃん、ちょっとはねぎらってくれないのー?」
「うーん、どうする?」
「…まぁ、今回は特別って事で…」
「えっ、マジ?」
「今回だけよ?」
「…そうね、まぁ、今日の所は、ご要望にお答えするわ…」
「よっしゃ!それでこそ親友!」
「本当に調子いいわね」
「…そうね、ところで玄田は?…」
「あぁ、今日は補習だって」
「あら、じゃあ今日は3人で?」
「…まぁ、たまには良いんじゃない?でもどうせなら…」
青山がそう言いながら視線を移す。
「…貴女達も、如何…?」
「へっ、何ですか?」
「部活終わったら、行きつけのお好み焼き屋さんに行くつもりなんだけど、良かったらご一緒
しない?」
「モチ、学生のお財布に優しいお店だから、安心して!」
「えっ、お好み焼きですかっ?行きます行きますーっ!由香里も行くでしょ?」
「そうですねぇ、私も、一度行ってみたいと思っておりましたので、是非ご一緒させて頂きます」
「おっ、お嬢お好み焼き初体験?よーし、しっかりと庶民の味を堪能して貰いましょ!」
「…そう言えば私も、貴女達に連れて行かれるまでは、食べた事無かったわね…」
「え、青山さんもお嬢なんですか?」
「…そんな訳じゃ無いけど、言うなれば親の教育方針って所ね…」
「そうそう、寄り道とか全然許してくれないおっかない親父さんだったもんね!」
「まぁ、今はすっかり丸くなったけど」
「…ふふっ、そうね…」
そう言って笑う三人を見て、桜子の好奇心が鎌首をもたげる。
「あのー…」
しかしその瞬間
「さぁ桜子さん、稽古を再会しましょう」
桜子の気持ちを知ってか知らずか、由香里は桜子を連れ去った。
「お嬢、相変わらずいい仕事するわね」
「天然なのかしら?」
「…まぁ、どちらでもいいわ。私達も稽古に戻りましょう…」
すっかり日も暮れた頃、由香里と桜子は三人に連れられ、お好み焼き屋「てっちゃん」に来ていた。
「まぁ、可愛らしいお店ですねぇ」
「うん、思ってたより全然綺麗!」
「…お気に召して頂き何よりだわ…」
「そうね…って、朱戸は?」
その言葉と同時に朱戸が入って来る。
「あ、玄田も今から来るってさ」
言いながら携帯をしまう朱戸。すると奥から声が掛かった。
「よう、皆さんお揃い…あら、クロちゃんはいないの?それにそのお二人さんは?」
振り返るとそこには、小柄だが溢れんばかりの笑みを湛えた女性が立っていた。
「あ、てっちゃん!クロはすぐ来るわよ。んで、この二人は可愛い後輩ちゃんな訳!」
「まぁそうなの?私はこの店の店長やってるてっちゃんこと白木哲子です。宜しく!」
そう言って哲子は由香里、桜子と握手を交わした。
「こちらこそ、宜しくお願いいたします」
深々と頭を下げる由香里。
「あらら、これはこれはご丁寧に」
哲子も同様に礼を返す。一方桜子は
「あ、ハイ、こちらこそヨロシクです…って今白木さんって言いました?」
「そうよ、私の従姉妹だもの」
「えっ、マジですか?」
驚く桜子を見て、青山が小さく笑う。そして朱戸が説明した。
「白木は初めての子を連れてくると、いつもこのネタ使うのよ」
「え?ネタって…」
「…冗談よ、哲子さんと白木は姉妹でも従姉妹でも無いわ…」
「えっと、つまりは…赤の他人?」
「つまりは、そう言う事になりそうですね」
由香里がそう話を纏めると、桜子はじとっとした視線で白木を見つめた。
「白木サン…?」
「あはっ、ゴメンなさいね。まさか信じるとは思わなかったもんだから。お詫びに今日は二人の分も
奢るわ!」
「あ、なら全然オッケーです!」
一瞬で機嫌が良くなった桜子は、笑顔で卓に着いた。
「じゃあ、きょうはてっちゃんのおまかせコースで!」
朱戸の元気の良い声に、哲子は更に元気の良い声で応えた。
程無くして焼き始めた頃
「おーい、来たぞー」
そう言いながら玄田が朱戸の隣に座る。
「お疲れー!」
「お疲れ様、意外と早かったわね」
「…そうね、丁度良いタイミングだわ…」
「そうですね、今焼き始めた所です!」
「はい、お疲れ様でございます」
それぞれが挨拶を交わしている間にも、鉄板上のお好み焼きは何とも言えない音と香りを
立ち上らせ始めた。
「うーん、においもだけど、やっぱこの音が食欲そそりますよねぇ」
桜子はそう言って思わず唾を飲む。他の四人も真剣な目で鉄板の上を見つめていた。
「本当に、美味しそうな香りですねぇ…ところで、サクラさん」
「ん、なーに?」
「一体これは、どのようにして頂くのでしょうか?」
「は?あぁそっか、初めてだっけ?じゃあこの私が、華麗なお好み焼き返しをお見せいたしま
しょう!」
桜子はそう言うと、両手にヘラを持って腰を浮かせた。思わず拍手する由香里。それとは対照的に
他の四人は、多少の差こそ有れ、皆一様に不安そうな顔をしていた。しかし
「春日野桜子、行きます!」
止める間も無く、桜子は特大お好み焼きを豪快にひっくり返した。
「おおー!」
見事な返しの技に思わず歓声が上がる。僅かな崩れすら無い、完璧な返しだった。
「やるじゃなーい!」
「流石は遊び人!」
「そうね、正に面目躍如ってとこね」
「…これからは遊び人じゃなくって、むしろ職人かしら…?」
「そうですねぇ、お見事な職人技です」
「う、その呼び方も余り嬉しくは無いかも」
桜子の呟きに一同は一瞬沈黙すると、互いに顔を見合わせて大笑いした。
「おやおや、相変わらずアンタ達は賑やかだねぇ!はい、これオマケ!」
そう言いながら哲子は、野菜の盛り合わせと、更に巨大なピッチャーに入った烏龍茶を卓上に
置いた。
「なんたって花の女子高生だからね、美容の事も気にしなくっちゃ!」
「いつもありがとね、てっちゃん!」
「まぁ、本音言うと美容より食欲満たしたい所だけど、今日は部活もしてないしね」
「いや、それは貴女だけよ」
「…でも、良いのかしら?…」
「まぁまぁ、折角オマケしてくれるって言うんだし、有難く頂きましょう!」
「そうそう、若い子がそんな遠慮するもんじゃ無いよ!」
哲子はそう言い残すと、笑いながら去って行った。
「じゃあ、かんぱーい!」
朱戸が乾杯の音頭を取り、一斉にグラスの当たる音が響く。
「まぁ、美味しいですねぇ」
初めて食べるお好み焼きに、思わず感動の声を上げる由香里。
「でしょー?庶民の味もそう馬鹿にしたもんじゃ無いのよ!」
何故か得意げな桜子。余程先程の返しが上手くいったことが嬉しかった様だ。
その後も暫くお喋りは続いたが、その大半は桜子の上達振りについてだった。その場に立ち会って
いなかった玄田は最初半信半疑だったが、朱戸はともかく、白木や青山、更には由香里にまで
真実だと告げられると、その場に居合せなかった事を悔やむ。当然かもしれないが、その間桜子は
ずっと照れ笑い状態だった。
帰り道で、桜子は思い出した様に言う。
「…ねえ由香里」
「はい?」
「そう言えばさぁ、今日私と朱戸さんで稽古したじゃない。あの時の朱戸さん、何か変じゃ
なかった?」
「それは…どの様に感じましたか?」
「うーん、上手く言えないんだけど、前に空手部の稽古覗かせて貰った事あるのよ。その時と
比べて、ちょっと違う感じがしたのよ。何て言うか、上手く言えないんだけど…」
真剣に話す桜子を見て、由香里は満足そうに微笑む。
「え、何よその笑いは?」
「サクラさんは、この半年足らずで随分と上達されました。とは言え、今回感じた違和感がご自分で
理解できた時、更にもう一段上達されると思いますよ」
「え、解ってるんなら教えてよ?」
「いいえ、それはご自分で見付ける事に意義がありますので、お教えする訳には参りません」
きっぱりと言う由香里。
「えー、ケチぃ。じゃあいいよ、自分で見つけてやるから!」
「はい、その意気です」
「その代わり、これからもヨロシク頼むからね?」
「ええ、勿論です」
そう言って笑いあう二人。その時、
「うわっ!」
桜子の脇を猛スピードでバイクが駆け抜けて行った。
「なによー、アブないわねえ!」
桜子が叫ぶが、既にバイクは遠くへ走り去っていた。
「今のは…南城さん?」
「えっ、ウソっ?」
思わず顔を見合わせる二人。その傍らを今度は複数のバイクが同じ方向へ走り去って行った。
皆口々に何かを叫んでいたが、その中に何度も南城の名があった事で、由香里の見間違いでは
無かった事がはっきりした。
「アイツ、また何かトラブル?」
「何でしょう、心配ですねぇ…」
不安を感じつつも、バイクに追いつける訳も無く
「仕方ない、明日学校で聞いてみよう?」
「そうですねぇ、ただ…」
「何よ?」
「明日は、学校お休みでございます」
「…あ、そうだった」
桜子の呟きは、夜の喧騒の中に空しく消えていった。
休み明けの教室は、異様なざわめきに包まれていた。またも南城が来ていない…だけならそれほど
珍しい事でも無いのだが、以前同様に、知り合いの中にも行方を知っている者が誰もいなかった
からだった。
「ねえねえ由香里、聞いた?」
珍しく時間前に来ていた桜子は、由香里よりも先に情報を仕入れていた。何も知らずに首を傾げる
由香里に、桜子は仕入れたての情報を伝える。
「…まぁ、そうでしたか。一体どうなさったのでしょう?」
不安そうな表情を浮かべる由香里。だが朝のHRではその件については何も話されず、通常通り
授業が始まった。
「ねぇ、アンタも何も知らないの?」
全回同様、桜子は山本に尋ねるが…
「…うるせぇ、関係ねえだろ!」
大体予想通りの答えが返ってきた。
その日の放課後、部活が始まるまでの間お喋りをしていた由香里と桜子。すると
「よう、ちょっといいか?」
不意に後ろから話しかけられ、振り返った二人の前には大道が立っていた。
「ん、何か用?」
「あら、大道さん。なんでしょうか?」
「ああ、ちょっと気になる事があってな」
そう言いながら大道は二人の前に回って腰を下ろすと、一息ついて話し始めた。
「ついこの間の事なんだが…どう見ても暴走族風の奴等に呼び止められてな」
「えー、アンタも何かやったの?」
「違う!多分この制服を着てるからだろうけど、南城の事を知ってるか聞かれたんだ」
「南城の事を?何で?」
「俺も詳しくは知らねえよ。それに、俺自身アイツと親しい訳じゃ無し、知らねえっつってそのまま
シカトしてやった」
「あっはっは!それで?」
「いや、特に何も無かった。あいつらも南城以外に用は無いみたいだったからな。ただ、そんな
一件があっての今日だろ?だから流石にちょっとは気になってな…」
「あの、それはもしや一昨日の夜の話ではありませんか?」
「ん?…ああ、確かそのはずだ」
「サクラさん、確か一昨日といえば…」
「え?何かあった………ああ、バイクの!」
「はい、その通りです」
「ん?何の話だ?」
「えっとね、実は…」
桜子が先日の話をすると
「それって、特攻服着てた奴等か?」
「特攻服?」
「ああ、なんかバカみたいに伸ばした感じの服に、漢字で色々と刺繍してあるやつ」
「あー、確かに言われてみればそんな服だった様な気がする」
「って事は、あの後で南城は見つかっちまった訳か…それでどうなったんだ?」
「知らないわよ。だってバイクで走ってる相手を追っかけられる訳無いじゃない」
「そりゃそうだ」
「ですが、それ以来行方知れずとなると、とても心配ですね…」
「うーん、まぁ一応同じクラスだし、確かに気にはなるわね」
「ま、そうは言っても、とりあえず今は何も出来ないか…お、そろそろ部活の時間だ。お前らも
行かなくていいのか?」
そう言いながら大道は立ち上がる。由香里達も荷物をまとめると、揃って武道場へ向かった。
そんな話があってから数日後…
「アイツ、今日も来なかったね」
学校からの帰り道で、桜子が呟いた。
「そうですね、これでもう5日目です。一体どうなさったのでしょう?」
「ホント、流石に私も、ちょっとだけ心配になってきたわ」
そう言いながら連れ立って歩く二人。暫く歩いた所で、不意に由香里が足を止めた。
「ん、どうかした?」
「いえ、何かこちらの方から…」
そう言いながら、路地裏へと入って行く由香里。桜子も少し戸惑いながら、後を付いて行く。
すると
「まぁ、南城さん?」
「…みたいだね、でも明らかにヤバい雰囲気みたいよ」
そう言う二人の前には、数日振りに見る南城の姿があった。足元に転がる二人の男を見下ろす
その顔は、正に鬼の形相である。何か呟いているが、離れた所にいる由香里達には聞こえなかった。
「何か喋ってるね、知り合いかな?」
「どうでしょう、明らかにお友達では無さそうですけど…」
二人が呑気な事を言っていると、由香里達の反対側から、更に数人の男が路地裏に入って来た。
倒れている二人を見るなり怒鳴り声を上げて南城を取り囲む。
「確かに…どう見てもお友達じゃなさそうよね」
そう言って桜子は由香里を振り返る。すると、明らかに普段とは違う目でその様子を見守る
由香里の姿があった。
「あの、変な考え起こさないで…ね?」
桜子が冷や汗をかきながら由香里の顔を覗き込むと
「サクラさんは、こちらに隠れていて下さいね」
由香里は笑顔でそう言って立ち上がった。
「ちょっ、由香里!」
思わず叫ぶ桜子。しかし怒鳴り声を上げる男達には聞こえていなかった様で
「とりあえず…テメエは死ねや!」
怒鳴り声と共に、数人の男が一斉に手にした武器を振り上げた。すると
「お止めなさい!」
突然場違いな声が響く。一斉に振り向いた一同の前には、射抜くような視線で立ち尽くす
由香里の姿があった。
「あーん?」
数人が由香里の声に振り返るが
「放っとけ!どうせ何も出来やしねえ!」
一味の頭らしき大男が怒鳴りつけると、再び南城に視線を戻した。しかし、その内の一人だけが
由香里の方に近寄って来て、木刀を突き付けながら睨み付ける。
「よお姉ちゃん、余計な事に首突っ込むもんじゃ…」
そう言って言葉を止めた男は、由香里の顔をまじまじと覗き込んだ。
「なんだ、結構可愛いじゃねえの!見なかった事にしてやっから、とっとと消えな!」
そう言って再び南城の方へ向かう男の背後へ、由香里が声をかける。
「折角のお申し出ですが…」
「あーん?」
「お受けするわけには参りません」
ただならぬ声の響きに男は一瞬たじろぐ。しかし仲間の手前ひるむ訳にもいかず
「うるっせーんだよ!」
怒鳴り声と共に殴りかかって来た。しかし
「おっ、ととっとっと…あれ?」
男が軽くいなされて転倒すると、由香里は瞬く間にその体をうつ伏せにし、まるで子供の手から
取り上げるかの様に簡単に木刀を取り上げた。そして
「お願いですから、そのまま動かないで下さいね」
笑顔でそう言って南城の方へ向かう。男の方はと言うと、暫くポカンと口を開けたまま戻らなく
なっていた。
簡単に仲間を制して近づく由香里を見ては流石に放っておけなくなった様で、南城を囲んでいた内の二人が更に襲い掛かって来た。怒鳴り声と共に、二人同時に鉄パイプを由香里めがけて振り下ろす。
だが由香里は動じない。完全に攻撃を見切ると、僅かに跳び下がりつつ相手の攻撃が重なる瞬間に
「えいっ!」
気合もろとも、交差した鉄パイプを木刀で叩き落した。更に落ちた鉄パイプを木刀で弾き飛ばす。
すると、まさに南城に襲い掛かろうとしていた男の足にそれが命中した。
「…!」
思わぬ攻撃に男がバランスを崩すと、同時に防戦一方だった南城が渾身の一撃を放つ。派手に
吹っ飛ばされた男を見て、他の仲間は一瞬沈黙した。だが
「お前等何やってる?とっとと仕留めろ!」
やられながらもまだ口は利けた様で、うろたえる仲間を叱咤する。その声で再び南城に襲い掛かろうとするが、今その傍らには木刀を手にした由香里の姿があった。
「…何でお前が?」
「その…通りすがりです」
「はぁ?まあいい、礼は言わねえぞ」
「はい、結構ですよ」
囲まれているのに妙に緊張感の無い二人を見て、男達は一瞬顔を見合わせる。しかし次の瞬間、
一斉に襲い掛かって来た。
…数分後、立っていたのは由香里と南城の二人だけとなっていた。先程まで声を荒げていた頭らしい男も、仲間があっと言う間に倒されるのを見て、すっかり静かになってしまっていた。南城はその男に止めを刺そうとしていたが、その前に由香里が立ち塞がった。
「邪魔するな、お前には関係無い!」
「関係有ろうと無かろうと、既に戦意を失った方に手を上げるのは良くありません」
「…そいつはなぁ、俺の兄貴の…!」
言いかけて南城は由香里の肩を掴むと、無理やり体を入れ替え由香里に覆い被さった。
「南城さん?…!」
いきなりの事に少しだけ驚いた由香里だったが、すぐにその意図を理解した。今までうずくまって
いた男が、木刀を大きく振り上げている姿を視界に捉えたからだった。
「南城さん、避けて下さい!」
思わず叫ぶ由香里。しかしその叫びも空しく木刀が振り下ろされる…と思いきや
「おーりゃーっ!」
まるで、獲物に襲い掛かる虎の様な勢いで桜子が飛び出して来ると
「サクラさん?」
由香里がそう言うか言わないかの内に、見事な跳び蹴りを喰らわせた。派手な音と共に巨体が
吹っ飛び、ゴミ捨て場に刺さった。
「由香里っ、大丈夫?」
尻餅と共に声をかける桜子。
「はい、おかげ様で助かりました」
由香里は笑顔で答える。
「お前等、何なんだ…」
南城は思わず呟く。
「まぁいいじゃない!そんな事よりとっとと帰ろう?」
桜子は由香里を促すように言うと、先に立って歩き出した。すると
「こんなふざけたマネしやがって、タダで帰れると思ってんのか!」
そう叫びながら、ゴミまみれになった男が立ち上がった。
「テメエ、まだやるってんなら望みどおり止め刺してやらあ!」
「いや、そんな事しなくていいって!」
再びいきり立つ南城を桜子が止めた。そして
「さっき警察呼んどいたんで、アンタ達早く逃げないとやばいわよー?」
ニヤニヤしながらそう告げる。更に
「まぁ、たった二人の相手、しかもその内の一人は女の子!って状況でここまでやられたなんて
警察には言えないだろうし、どうやって説明するのかしらねぇ?」
そう言ってる内にも、遠くからパトカーのサイレンが響いて来た。
「じゃ、ごきげんよう。由香里帰ろっ!」
由香里の手を取り立ち去ろうとする桜子だったが、振り返って南城に声をかける。
「アンタも早く逃げなさいよ?私達と違って見た目危ないヤツなんだから!」
「…うるせえよ」
桜子の余計な一言に、南城も思わず言葉を返す。更に由香里が声をかけた。
「では、また明日お会いしましょうね」
「…気が向いたらな」
南城はそう言って苦笑すると、足早に立ち去る。と思いきや、呆気に取られているゴミ男に
思い切り金的蹴りを喰らわせた。
「…!」
苦悶の表情で悶絶する男を尻目に、南城は走り去った。
「うっわ!エグい」
「あの方、大丈夫でしょうか?」
「まぁ、死にはしないでしょ。行くよっ」
心配そうな顔をする由香里だったが
「とりあえず、通りまで出るわよ!」
近付くサイレンの音を聞き、桜子は強引にその手を引いて走り出した。
二人が通りまで出て一分と経たない内に、数台のパトカーがやって来た。すぐさま先程まで
乱闘があった路地裏へ数人の警官が雪崩込む様子を見て
「ふぅ、間一髪だったわね。流石は日本の警察」
胸を撫で下ろしながら、桜子が安心した様に言った。
「そうですねぇ、サクラさんのお陰で大変助かりました」
「えっ、いやぁそれほどでも」
「いいえ、大きな相手に躊躇無く飛び掛る勇気と言い、機転の利かせ方と言い、今夜のサクラさんには驚かされる事ばかりです」
「そんなぁ、褒めすぎだよー」
そうは言いつつも、桜子は照れ笑いが隠せずにニヤニヤしっぱなしだった。しかし、ふと真顔で
呟く。
「…勇気、か」
その呟きに、由香里が嬉しそうな顔で反応する。
「どうやら、朱戸さんとの稽古がとても良い刺激になった様ですね」
「えっ、どゆこと?」
「それは、恐らくサクラさんが一番良くご存知な筈ですよ」
「…ちょっと、イジワルしないで教えてよ」
「そうは参りません。先日私が申し上げた時と同様、こういった事はご自分で見付ける事に意義が
ありますので」
「またソレー?あんま難しい事ばかり考えると、頭が爆発しそうになるのよねー」
「それならご心配なさらずに。何故ならば、今までに考え過ぎて頭が爆発したと言う方はいらっしゃいませんので」
「…まぁ、そりゃそうよね」
「はい、ですから一生懸命考えて下さいね」
そう言って微笑む由香里を見て桜子は苦笑した。これ以上何を言っても無駄だと言う事を、充分に
理解していたからだった。
翌日、果して南城は登校するのか?そんな好奇心から桜子は由香里と共に早々と学校へ向かった。
「ねぇ、アイツ来てると思う?」
「…はい?」
「昨日の今日でボケないでよね…南城の事に決まってるじゃない!」
「ああ、そう言えば昨夜、気が向いたら来るとおっしゃってましたね。久々に学校でお会いできると
良いですねえ」
「そうそう、だから私も早起きして由香里と一緒に登校してるって訳よ」
「まぁ、サクラさんは南城さんがお好きなのですね?」
「はい?何でそんな話に…まぁいいや、どうせアンタの思い込みは覆せないから」
「何か、おっしゃいましたか?」
「…何でも無い」
果して二人が教室に入ると…
「ありゃ?」
思わず間の抜けた声を上げる桜子。
「どうやら、まだいらして無い様子ですね」
空いたままの南城の席を見て、由香里も少し残念そうに言う。その言葉に山本が反応する。大道も
少し視線を向けた。
「…南城の事、何か知ってんのか?」
「えっ?いや、まぁ…ちょっとだけ」
言葉に詰まる桜子だったが、由香里は事も無げに答える。
「はい、昨夜お会いしたのですが、気が向いたら来る、とおっしゃってましたので」
「…マジかよ?どこで!」
言いながら山本は由香里に詰め寄る。
「えーと…詳しくお話するとなると少々お時間が掛かりますので、また後程」
あっさりと山本をいなす由香里。丁度その時、塩谷が教室に入って来た。由香里が席に着くと、
山本も舌打ちしながら着席した。
昼休みになると、山本がすかさず由香里の前の席を占領し
「今なら時間あるだろ?詳しく聞かせて貰おうか」
間髪入れずにそう言った。しかし
「それならば、ご本人にお伺いしてみては如何でしょうか?」
笑顔で答える由香里。その答えに山本は思わず立ち上がる。
「それが出来ねえからこうしてお前に聞いてるんじゃ…」
そこまで言った所で、不意に背後から声が掛かる。
「お前、何興奮してんだよ」
聞き覚えのある声に山本は一瞬硬直する。が、振り返るまでも無く声の主を確信した山本は、
まるで留め金の外れたバネの様にすっとんで行った。
「辰ーっ!」
いつの間にか教室に入って来ていた南城を見て、ざわめきが起こる。しかし、山本の喜びはそれを
遥かに凌駕しており、二言三言掛けた後は、最早何を言っているのか判別が不可能な有様だった。
「暑ぃんだから近寄んな」
そっけない態度で山本を突き放す南城。しかしその顔には、ほんの僅かにだが笑みが浮かんでいた。
「お、おい、どこ行くんだよ?」
入ってきたばかりの教室を出ようとする南城に、山本が声を掛ける。
「屋上。メシ食ってくる」
振り返りもせずに出て行く南城。すると
「あ、じゃあ俺も!」
山本は鞄から弁当を取り出すと、飛ぶ様な勢いで後を追った。
「あらまあ、山本さんは、南城さんが本当にお好きなのですねぇ」
笑顔で二人を見送る由香里…とは対照的に桜子は溢れる好奇心を抑えられない面持ちをしていた。
そこで一計を案じた桜子は充分に言葉を吟味する。
「ねえ由香里、今日は凄く天気良くて気持ち良いし、私達も屋上でお弁当食べない?」
「まあ、それは良いですね。是非、そう致しましょう」
かくして、桜子の好奇心補完作戦が開始された。
「うーん、清々しいわね」
屋上へ出るなり桜子が言うと、由香里も笑顔で頷く。心地よい風が吹いているせいか、他にも
数人の生徒が昼食を取っていた。
「えーっと…いたいた」
辺りを見回した桜子は、南城達の姿を見つけて呟くと
「由香里っ、あっちで食べよっ!」
そう言いながら走り出す桜子。由香里はゆっくりとその後を付いて行く。
「じゃあ、ココにしよっ」
桜子は言いながら植え込み前のベンチに腰を下ろした。
「まぁ、良い場所が空いてましたね」
少し遅れて由香里も隣に座った。少しも疑う様子の無い由香里を見て、桜子は思わずほくそ笑む。
そんな桜子の背後には、植え込みを挟んで南城達が座っていた。
「では、頂きましょう」
そう言って由香里は弁当の蓋を開けると、ゆっくりと食べ始めた。
「それにしても、今日は良い天気ですねぇ」
「…うん」
「少々、風が吹いているのが気持ち良いですね」
「…うん」
「…サクラさん、全然召し上がって無い様ですが、お体の調子がよろしく無いのでしょうか?」
「…うん…えっ?あ、違う違う!ちょっと考え事してただけ!」
桜子はそう言うと、何事も無かったかの様に食べ始めた。それを見た由香里も笑顔で再び食べ始めると、今度は桜子も勢い良く食べながらお喋りを始めた。若干いつもより小声な感じだったが、由香里は特に気にせずにそれに付き合っている。
暫くして、南城達は昼食を済ませて立ち去った。大体の話を盗み聞きして目的を達成した桜子は、
急にいつもの調子に戻って元気良く喋り始める…が、すぐに声を落として周りを伺う。
「どうか、なさいましたか?」
「えっとね、さっき偶然、ホント偶然に聞いちゃったんだけど…」
そう前置きをしてから、桜子は盗み聞いた話を由香里に伝え始めた。
「最近南城来てなかったじゃない?アレって実は、かなりヤバイ状態だったみたい」
「…と、おっしゃいますと?」
「ま、細かいことは話してなかったんで解らないんだけど」
「まぁ、解らないのに解ってしまったのですか?凄いですねぇ」
「あ、あのねぇ…まぁいいけど。んで実は、南城の奴、暫く捕まってたらしいのよ」
「…?」
「この間暴走族とケンカしてたじゃない?あれってヘタ打ってあいつらに捕まって、そこから
逃げ出した所を見つかって、そこに偶然私達が通りがかったらしいのよ」
「まぁ、そうだったのですか?それは偶然とは言え、我ながら良い所に通りがかった物ですねぇ」
「まぁ…確かにそうだけど。それよりも、何で捕まってたのか気にならない?」
「そうですねぇ、確かに気になりますねぇ」
「そうよねー?私も凄く気になるんだけど、残念ながらそこは話してなかったのよ」
「まぁ、そうでしたか。それでは、今度折を見て伺ってみましょう」
「うん、そうねー…って、そんなあっさり教えてくれる内容でも無いでしょうに!」
「そうですか?でも、聞いてみなければ解らないと思いますよ」
「いや、そりゃそうだけど…あ、でも由香里なら出来そうな気もするわね」
「そうですか?それでは、早速放課後にでも伺ってみましょうか」
「そうね!善は急げって言うし、突撃インタビューしてみよう!」
「はい、そう致しましょう」
そうこうしている内に、あっと言う間に放課後になった。授業も終わり、クラブにも所属していない南城は、山本達と帰りの寄り道について喋っていた。
「ま、辰も無事戻って来た事だし、今日は久々に皆で何か食いに行こうぜ!」
嬉しそうに言う山本。周りは同調しつつも南城を伺う。すると
「そうだな、行くか…ヤマの奢りで」
軽く口元に笑みを浮かべながら、南城が言った。周りからは笑いが起こるが
「そっ、そりゃあねーよ?」
情け無い声を上げる山本。笑い声は更に大きくなった。すると
「お好み焼きなら、オススメのお店があるんだけど」
突然の声に振り返る山本。その目の前には不自然な程にニコニコした桜子と、笑みを湛えた由香里が立っていた。
「なっ、何だお前等?」
思わず山本は声を上げる。
「えっとね、この間行ったお好み焼き屋さんが結構良いカンジだったんで、教えてあげよっかなと
思って」
意外な桜子の言動に驚く一同。一瞬呆気に取られて沈黙したが
「おっ、お前らにゃ関係無え!」
邪魔だと言わんばかりに山本が叫んだ。すると周りもそれに同調して声を上げる。しかし南城は
「…ああ、教えて貰うか」
そう一言だけ言って立ち上がった。
「え…辰?」
余りに意外な南城の言葉に、山本達は固まってしまった。
「うん!じゃあ一緒に行こ!」
「では、参りましょうか」
そう言って先に立つ桜子と由香里。南城もその後に続く。暫く呆気に取られていた山本は…
「おっ、俺も一緒に行くーっ!」
そう叫んで後を追う。他の面子もその後に続いた。
連れ立って歩く由香里と桜子。すぐ後には南城、更に数歩離れて山本達が付いて来ており、
そんな一行の前に大道が現れた。
「こりゃまた…珍しい集団だな」
意外な顔ぶれに、大道は思わず一同を見渡してそう言った。南城は大道を一瞥して視線を逸らした。すると屈託の無い笑顔で桜子が答える。
「そう?そんなに意外かなぁ?」
「ま、別にいいけどな」
「今から部活?」
「ああ、夏合宿も終わって練習もハードになって来たからな。ヘタに休むと付いていけなく
なりそうだ」
「そっか、頑張ってね!」
「ああ。じゃあな」
そう言って立ち去る大道。その後姿に手を振る桜子を見て
「お前って変な奴だな」
微かな笑みを浮かべつつ南城が言った。
「あ、そう言えば大道って何部だっけ?」
思い出した様に由香里に聞く桜子。
「…変な奴じゃなくて、ただの馬鹿か?」
南城は思わず呟いた。
暫くして一行は、「てっちゃん」内で鉄板を囲んでいた。生憎と四人掛けの座敷しか空いて
いなかった為、南城と引き離された山本は、恨めしそうな目で由香里と桜子を見ていた。
「あの…宜しいのですか?」
「…?」
「いえ、山本さんは南城さんのお隣に座りたかったのでは無いかと思いまして…」
「ああ、アイツはいいんだ。まとわり付いて鬱陶しいからな」
「あっはっは!アンタマジで容赦無いわ!」
南城の言葉に大笑いする桜子。由香里は申し訳なさそうに山本に頭を下げた。
「おやおや、今日は随分顔ぶれ違うけど、相変わらず賑やかね!」
そう言いながら哲子が盆に載せたタネを持って来た。良く見ると先日に比べて全ての椀が大きく
なっている。
「今日は食欲旺盛な男の子が多いから、全部大盛りにしといたよ!」
「おお、流石はてっちゃん!皆感謝しなさいよ!」
「いやいや、感謝はしなくて良いから、どんどんお客さん増やしてね!」
哲子はそう言うと、元気良く笑いながら立ち去った。その後ろ姿を見て
「…なかなか豪快な店主だな」
思わず南城が呟く。
「でも、いいカンジのお店でしょ?ってまぁ私等もまだ二回目なんだけどね」
「何だそりゃ…ま、確かに大盛りってのは悪く無いな」
「でっしょー?」
そうこうしている内にもお好み焼きが焼けてきて、何とも言えない音と香りが立ち始めた。
それを見てすかさず桜子が腰を浮かす。
「さーて、行くわよ!」
自身ありげな桜子だったが、先日の物と比べてかなり大きい。一瞬ヘラを持つ手が止まった。
「大丈夫か?」
「サクラさん、頑張って下さい!」
その言葉に答えるかの様に、桜子は
「そりゃーっ!」
気合一閃、豪快にひっくり返した。
「おおっ?」
見事な返しに、南城も感嘆の声を漏らす。同時に隣の卓からも歓声が上がった。
「へっへー、どうよ?」
「サクラさん、流石ですねぇ」
「…凄ぇな」
南城の声に、山本がすかさず反応した。
「じゃあ、こっちは俺に任せろ!」
威勢の良い声とは裏腹に、周りは一斉に不安な表情を浮かべる。しかし、止める間も無く山本は
両手に持ったヘラを巨大なお好み焼きの下へと滑り込ませ…
「おりゃっ!」
桜子同様、気合を入れた。しかし…
「熱っ!」
「なっ、何やってんだバカ!」
「あーあ、グチャグチャじゃんか…」
鉄板の上には見事に崩れたお好み焼きが、更に山本の向かい側に座っていた不幸な仲間には、
熱々の破片が襲い掛かっていた。当然周りからはブーイングの嵐となる。
「あららら、大丈夫かい?」
惨事を目撃した哲子がすかさず駆け寄って来ると
「ほら、早く拭いて!火傷してないかい?」
そう言いながら、冷たいお絞りを手際よく配る。
「自信が無ければいつでも言ってよ?私が返してあげるから!」
哲子はあっと言う間に片付けると、忙しそうに立ち去った。山本は周りを見回すと、面目無さげに
うなだれる。
「…ぷっ」
山本の情けない姿に、悪いと思いつつも桜子は吹き出してしまった。その声に一瞬顔を上げ、
桜子を睨み付ける山本だったが
「ほれほれ」
桜子が勝ち誇った顔で鉄板の上を指差す。そこには、山本の物とは全く別物と言える見事な円形が
音を立てていた。更にその上でゆらゆらと踊る削り節に、山本は思わず唾を飲んで…またもや
うなだれた。
「さて、そろそろ切り分けましょうか」
「そうね、もういいでしょ」
そう言いながら手早く切り分ける桜子。由香里はそれを皿に取ると、南城、桜子、そして自分の
前に置こうとして、隣に視線を移した。すると山本以外の三人は、ギラギラした目つきでこちらを
見ている。
「あの、お先に召し上がりますか?」
由香里はそう言って笑顔で自分の皿を差し出そうとした、すると
「ああ、大丈夫大丈夫!」
背後から元気の良い声がした。振り返ると大皿を手にした哲子が立っている。
「ほら、こっちで焼いてきたから、熱い内に食べちゃってよ!」
哲子はそう言いながら、大皿の上の特大サイズを鉄板に移し
「はい、あとは好きな物かけて食べて!あ、鉄板は「保温」っと!」
そう言い残すと、またもや忙しそうに立ち去った。
哲子の置いていったお好み焼きは、鉄板の上で美味しそうな音を立てている。流石に本職が
焼いてきただけあって、その出来栄えは隣の卓の物以上に食欲を刺激した。それを見て先程まで
ギラギラしていた目つきが、今ではキラキラした目に変わっていた。
「おお、やったなヤマ!失敗したお陰で美味そうなのが食えるぞ!」
「ああ、かえってラッキーだぜ!」
周りは思い思いに口走るが、山本はそれを見て溜息をついた。その様子に南城が
「何やってんだ?折角の好意なんだから有難く貰っとけよ」
まるで子供を諭す様にそう言うと、山本の顔がパっと明るくなった。
「そ、そうだよな?よっしゃ、じゃあ早速食うとしようぜ!」
またもや相変わらずなまったり話ですが…ちょっとだけシリアスにしてみたり。
まあ南城君の因縁は解決までもうちょっとかかるので、今回は導入編って所でしょうか。でも、その前に桜子が頑張ります…きっと。