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夏休み

3.夏休み



 「ではっ、僭越ながら春日野桜子、一番手行かせて頂きまーっす!」


叫ぶと同時にマイクを握り締め熱唱する桜子。隣では由香里が微笑みながら手拍子を始めた。


 夏休みに入り、待ちかねていた合宿が始まる。その合宿所へ向かうバスの中は、さながら

宴会場の様な賑わいだった。


「ふふっ、賑やかねぇ」


「…そうね、賑やかすぎる気もするけど…」


「まぁ、暗いよりは良いんじゃない?」


「そうそう、何事も楽しく、ね!」


白木に青山、玄田に朱戸の四人もしっかりと同乗していた。景色を眺めたり一緒にはしゃいだり

静かにお茶を飲んだりと、それぞれが好きな様にくつろいでいた。その間にも桜子の熱唱は続いて

いた…が、それ以上に盛り上っていたのは最後部座席の面々だった。付き添いと言う名目で付いてきた剛次と塩谷だったが、久々の再会と旅行気分と言う事、更には酒も入ったせいですっかり盛り上って

しまっていた。それに一騎も加わり、ある種異様な雰囲気と言える状態だった。


 そんな宴会バスも三時間程の旅程を終えると、目的地である海辺の合宿所へ到着した。


 桜子は真っ先に外へ飛び出すと、


「うっわー、綺麗!こんな澄んだ海凄く久々に見た気がするよー!」


思わず感嘆の叫びを上げた。


「本当に綺麗ね。それに空気もとても清々しいわ」


「…ええ…心が洗われるって感じかしら…」


「うーん、こんな環境なら練習にも身がはいりそう!」


「そうそう、気分転換は大事よね!」


続いて降りて来た四人組も、すっかり気に入った様子だった。


「お気に召しました様で、何よりです」


由香里は楽しそうな面々を見て、自身も嬉しそうに笑みを浮かべた。しかし…


「うぅ…頭痛ぇ…うぅ…うぷっ!」


剛次と塩谷に付き合って飲み過ぎてしまった一騎は、真っ青な顔で下車すると、ふらつく足取りで

歩き出した。


「まぁ、お兄様?」


心配そうに声を掛ける由香里だったが、剛次は全く気にしていなかった。それどころか


「あの程度でふらつくとは、酒の飲み方も教えなくては」


まるで情無いと言わんばかりの言葉を言い放った。すると塩谷が、


「いやいやまだ若いのですし、少しずつ飲める様になればいいのですよ」


フォローとも言えるような言えないような微妙な言葉を掛けた。とは言え当の一騎は、既に何を

言われてももはや気にしている余裕は無くなっていたが。


「あの二人、相当飲んでたわよねぇ?」


平然とした顔で歩き出す剛次と塩谷を見て、思わず桜子が呟いた。しかし由香里は事も無げに言う。


「そうですねぇ、とは言えビールだけで済ませていた様ですから大丈夫ですよ」


「…あの、ビールも立派なお酒なんだけど。ってそれよりも、アンタのお父さん…じゃなくて

叔父さんは見るからにお酒強そうだなって思ってたのよ。でもセンセーがあんなにお酒強いなんて

思わなかったわ。ちょっと意外なカンジ」


「ふっ、甘いわね。」


いつの間にか二人の背後に居た白木が声をかけた。


「ああ見えて先生は酒豪の家系なのよ。今でも新潟の実家ではお酒造ってるらしいわ」


「まぁ、杜氏さんの家系なのでしょうか?」


「ええ、確かそうだった筈よ」


「…由香里、杜氏ってナニ?」


「杜氏さんはですねぇ…」


由香里が答えようとしたその時、随分と前を歩いていた筈の塩谷が振り向くと


「まぁ、要するに日本酒を造る職人の事ですよ」


そう答えてまた歩き出した。まさか聞こえている訳が無いと思っていた桜子と白木は呆気に

取られていたが、由香里は


「まぁ、塩谷先生は耳が良いのですねぇ」


と驚く事も無く感心していた。


 程無くして一行は合宿所、つまりは高屋敷家の別荘で一休みすると、巨大なホールと

見紛うばかりの稽古場へと集められた。




「じゃあ、後は由香里達に任せるぞ」


剛次はそう言い残すと、塩谷と共に釣り竿を担いで出て行った。


「はい、それでは大きなお魚を期待しておりますので」


にこやかに答える由香里。呆気に取られる一同に向かい、由香里と白木が今回の合宿、と言うか

旅行の大まかな日程を伝えた。


「じゃあ今回の合宿について説明するから、皆聞いて頂戴」


その声に全員が集まったのを確認して、白木が続けた。


「今回の合宿は、各部で行なう夏の強化合宿等とは違う物である事を、先に伝えておきます」


その言葉に一瞬ざわめきが起きたが、白木は気にせずに続けた。


「勿論希望者には強化合宿同様の稽古をしてもらう事も出来ますが、基本的には先程の先生の

行動を見て解る通り、旅行だと思ってもらって結構です」


「ですので、是非皆様ごゆっくりとくつろいで行って下さいね」


続く由香里の言葉に一同は一瞬沈黙したものの、すぐさま喜びの叫びが上がった。


「と、言う事なんで皆、先生たちと釣りに行くも良し、海で泳ぐも良し、山歩きも出来るし

真面目に猛練習も出来るし、好きなように過ごしてね」


白木のその言葉に、一同の叫びは頂点に達した。


 と、言うわけで由香里に桜子、そしていつもの四人、すなわち白木、青山、朱戸に玄田の四人は

数分後ビーチに集合していた。


「あら、全然人気が無いのね」


辺りを見回して言う白木に、由香里が声をかけた。


「はい、この辺りは私有地になっておりますので、ごゆっくりとお楽しみ下さいね」


「…それは重畳、ね。あら…」


声に振り向いた青山は、意外にも露出の多い由香里の水着姿に少し驚きの声を上げた。他の三人も

同様に意外そうな顔をしている。普段の由香里の姿からは想像しづらい大胆な姿だったが、思いの他

よく似合っている。その姿に対抗するかの様に桜子の水着姿もかなり際どいものだったのだが、

普段の性格のせいもあってか、さほどの驚きは無かった。とは言え


「二人とかなりイケてるじゃない?」


「うんうん、私が男だったらほっとかないかもー、とかね!」


玄田と朱戸も思わずそんな声をかける程には華があった様だ。ところで、その四人組の方はと言うと…まるで名は体を表すとでも言うのだろうか、それぞれが白、青、黒、赤の水着を身に着けていた。

流石に誰もが引き締まった身体つきをしていて、桜子はつい見とれてしまう。その視線に気付いた

白木が微笑むと、桜子は照れ臭そうに視線を逸らした。と、その時、真っ青な顔をした一騎の姿が

目に入った。


「あれ、お兄さん?」


その声に由香里が振り返ると、真っ青な顔で砂浜に降りて来る一騎の姿が目に入った。


「まぁ、お兄様?」


思わず由香里は駆け寄るが、単に飲み過ぎで気持ち悪いから海風に当りに来ただけのことだった。


「とりあえずは、大事無い様です」


ほっとしたように由香里は言うが、パラソルの下で大の字になった一騎の顔はまるで死人の様に

真っ青だった。とは言え自分でペットボトルの水を飲む位は出来る様だったが。


「…お酒って、飲み過ぎると大変なのね…」


思わず青山が呟くが、その言葉には一同は無言で頷いた。


 と、そんな酔いつぶれはさておき、一同は思い思いに楽しんでいた。海で泳ぐ者、岩場で遊ぶ者、

ビーチに寝そべる者等々…そんな中、由香里達はと言うと、


「さぁさぁ、そっち持ってて」


「で、高屋敷ちゃんはそっち」


いきなり朱戸と玄田が、他の4人にも手伝わせつつポール状の物を立て始めた。数分後…


「何かと思えば、用意のよろしい事で」


「…まぁ、ビーチの定番、と言えなくも無いわね…」


思わず呟く白木と青山。その目の前には即席のビーチバレーコートが出来上がっていた。


「まぁ、楽しそうですねぇ。ところで、どなたが試合をなさるのでしょうか?」


「…由香里、ほぼ間違い無くワタシ達も試合させられるわよ。」


由香里の呑気な言葉に桜子が答えた瞬間、


「はいっ、その通りっ!」


満面の笑顔で朱戸が叫ぶ。すると玄田が大声で皆に向かって叫んだ。


「これからビーチバレートーナメントやりまーす!二人一組で先着あと五組まで参加可能ですので、

希望者はお早めにー!」


その言葉に皆は一斉に振り向いた。参加希望者も観戦者も一斉に集まり、程無くして出場チームが

決まった。そして…


「それではこれより、夏合宿の王様は俺だ!女王様は私よ!決定ビーチバレートーナメントを

開催致しますーっ!」


その朱戸の声に、一斉に歓声が上がった。更に玄田が補足する。


「このトーナメントの優勝チームは、この合宿中の一週間、誰はばかる事無く思う様に振舞える、

正に王様の様な生活を満喫して頂きます!因みにこちらの持ち主である、高屋敷さんのお父…

じゃなった、おじ様には既に了承済みですので、どうぞご心配なく!」


再度の歓声、更に玄田が続けた。


「因みに、出場されない方々もどのチームを応援するか決めて頂きます。もしも応援チームが

優勝した場合は、同等とまではいかなくとも、王子様、王女様の様に振舞えますので皆様、是非

真剣に応援チームを決めて下さいねっ!」


その言葉に歓声は最高潮に達した。


「…由香里、知ってた?」


「いいえ、初耳ですねぇ。でも、とても面白そうです。なんだか私、ワクワクして参りましたよ」


「あっそ…ところで、誰が出るのかしら?」


そんな桜子の言葉に答えるかの様に、朱戸によるチーム紹介が始まった。


「まずは第一のチーム!こちらの合宿所提供の高屋敷家ご息女、高屋敷由香里&無二の親友

春日野桜子による、お嬢と遊び人!」


「…遊び人って、ワタシ?」


明らかに不満そうな桜子をよそに、チーム紹介は進んでいった。


「そして第二のチーム、武道系クラブのお姉さまコンビ、白木美虎&青山龍子による、見た目と

中身は違うのよ!」


「一体何がどう違うのか、説明して欲しい物だわ」


「…全く、ね…」


更に朱戸の声は熱気を帯びて行き、とうとう最後の一チームになった。


「さて、最後のチームですが、僭越ながら私こと朱戸雀音と…」


「私こと玄田武月による…」


そこで二人は息を合わせ、


「ビーチの女王!でーす!」


満面の笑みで自分たちを紹介した。その紹介に歓声ともブーイングともつかない声が沸き上がった。が、二人は全く気にもせずにそのまま進行して行った。第一試合の組み合わせ抽選が終わり、最初の

試合が始まる。


「さーて、行っくわよー!」


朱戸の声と共にサーブが放たれる。相手チームは空手部の男子部員による「怒りの鉄拳ツインズ」

だった。圧倒的な体格差で一方的な試合になるかと思われたが、意外な事に圧倒しているのは

「ビーチの女王」だった。砂浜の上でも機敏に動くには、むしろ筋肉質すぎる体型は不利だった様だ。しかしそれにも増して朱戸、玄田の動きはとても素人には見えない。それを見ていた青山が呟く


「…そう言えば、確かあの二人って…」


「何?」


白木が促す様に聞く。


「…確か、聞いた話では中学時代バレー経験者だったとか…違ったかしら?」


「え?じゃああの二人、始めっから勝機があるの見越してこのトーナメントを?」


「…まぁ、戦略としては良いのじゃないかしら。ちょっとズルな感じはするけど」


「ちょっとじゃないわよ!よーし、遊びのつもりだったけどこうなったら本気でやらせて貰うから、

貴女も付き合ってよ?」


「…どうせ、嫌といっても聞かないのでしょう?…」


「解ってらっしゃる!」


「…全く、皆…子供ね…」


そう言って青山は溜息を付くが、その顔には笑みが浮かんでいた。そうこう言っている内に試合は進み…


「よっしゃー!」


最後のスパイクを決めた朱戸が玄田とハイタッチを決める。終わってみれば「ビーチの女王」の

圧勝だった。相手チームは哀れにも砂の上で天を仰いでいる。


一試合終えた事で朱戸と玄田のテンションは更に上がった様だった。その勢いで第二試合の開始を告げる。


「ではでは、盛り上ってきた所で第二試合に移ります!さぁ玄田さん、次の組み合わせをっ!」


言われて玄田が次の組み合わせ票を引く、


「おやおや、これは…」


そう言って朱戸に見せた、すると


「おおっと、これは注目の対決っ!第二試合は…」


そして紹介されたニチームとは…


「由香里っ、次ワタシ達だよっ!」


「まぁ、そうなのですか?では、頑張りましょうね」


「まぁ、あのコ達となのね…」


「らしいわね、楽しくなりそうじゃない?」


由香里&桜子組対、白木&青山組だった。それを見て歓声は一層激しくなる。


「それでは、第二試合の開始です!」


朱戸の声と共に青山がサーブを放つ。難なく由香里が受けると、桜子がトスを上げ…ようとして

見事に顔面で受け止めた。


「サクラさん?」


流石の由香里も少々慌てた様に声をかける。


「あたた…だ、だいじょぶだいじょぶ!」


声だけは元気だったが、その後も桜子のイージーミスは続いた。


「うーん、これじゃ弱いものイジメねぇ」


「…そうね。そもそも勝負よりも楽しむ事が目的な訳なんだし…」


「じゃあ、そういう事で。行くわよっ!」


穴の桜子狙いから一転、由香里に攻撃が集中し始めた。由香里は必死に返しながらも、まるで

蚊帳の外状態になった桜子を見てタイムを取った。


「…ゴメンね、由香里。私運動神経よくないからさぁ」


桜子が済まなそうに言う。しかし由香里は


「そんなことは御座いませんよ。サクラさんは遅刻しそうな時に、物凄い速さで教室に駆け込んで

いらっしゃるではありませんか」


「…多分、フォローのつもりなのよね」


思わず苦笑いする桜子。しかし真顔で由香里に迫った。


「ねぇ、何とか勝つ方法無いかなぁ?アンタの足引っ張りっぱなしで負けるなんて、そんなの

嫌だよ!」


「…そうですねぇ、それでしたら…」


「えっ?そんな事でどうにかなるっての?」


「それは、やってみない事には解りません。ですが、何もしないで負けるよりは良いのでは

ありませんか?」


「そうね、どうせこのままじゃジリ貧だし、やるだけやってみるわ!」


「はい、頑張りましょう!」


気を取り直したような桜子の顔を見ると、白木と青山の顔にも笑顔が浮かんだ。


「何か策があるみたいだけど?」


「…今からどうにかできるものか、お手並み拝見、と行きましょうか…?」


「そうね、じゃあ行くわよっ!」


再開と同時に白木がサーブを放つ。由香里のレシーブ、と同時に桜子が猛然とネットに詰めた。


「…?」


一瞬戸惑う青山、その眼前に桜子が立ち塞がると、僅かな間だが由香里の姿を見失った。


と、その左手にボールが落下する。


「…あら?」


呆気に取られる青山をよそに、桜子ははしゃぎだした。


「うっそ?ホントに上手く行っちゃった!」


「そのようですねぇ。では、次に参りましょうか?」


「…痛くないわよね?」


「はい!…多分」


「多分ってナニよーっ!」


そんな様子を見ながら、白木と青山は


「やられたわねぇ」


「…そうね、面目ないわ…とは言えそうそう使える手ではないし、もう同じ手は食わないわ…」


「そうね。でもあのコ、他にも何かやって来そうじゃない?気を付けましょう」


「…ええ、解ってるわ…」


気を取り直して構えなおす。


「では、参りますよ」


「うん、やって頂戴!」


由香里のサーブを青山が軽く受け、白木がトスを上げた。すかさずスパイクを打とうとする青山の

目前に、またもや桜子が猛然とダッシュして来た。


「…このコがブロック?」


一瞬青山は怪訝そうな顔をしたが、構わず打ち込もうとする。


「…?」


桜子は跳んだものの、ブロックには来ない。またもや青山の眼前を塞ぐのが目的の様だった。

それと悟った青山は、打ち込まずに空いたスペースへボールを落とす。すかさず由香里が

カバーに入るが、そこまでは青山の予想通りだった。しかし


「サクラさん、今です!」


由香里の声と同時に桜子が再ジャンプした。と同時に由香里は強めにレシーブをする。


「またスクリーンプレイ?」


思わず白木が叫ぶが、壁と思われた桜子の頭頂部にボールは見事にヒットした。急に軌道を変えた

ボールは予想外の方向に飛ぶ。


「えっ?」


慌てて白木は追うが、僅かに届かず連続でポイントを取られてしまった。


「サクラさん、上手く行きましたねぇ」


「…ちょっと、痛かったケドね。でもまぁいっか、点取れたし!」


はしゃぐ二人を見ながら、白木と青山は顔を見合わせた。


「トリッキーと言うか何と言うか…」


「…意外と、手強いわね。何をするか読めないから困ったものね…」


「とは言え、そうそう好き放題にさせるつもりは無いけどね」


「…同感だわ…」


気を取り直した二人は様子見をやめ、猛然と攻撃をして来た。しかし調子に乗り出した桜子と、

更には桜子を上手く誘導する由香里のコンビネーションは見た目以上に手強い。


一進一退の攻防は更に続き、とうとう桜子の意外な活躍によりマッチポイントを迎えた。


「遊びとは言え、負けるって言うのは」


「…ええ、あまりいい気分じゃないわね…」


改めて気合を入れなおす白木と青山。そして笛の音と共に桜子がサーブを打つ。


「ありゃりゃっ?」


砂に足を取られてサーブを打ち上げてしまった桜子は、思わずすっとんきょうな声を上げる。


「チャンスよ、きっちり返しましょう!」


白木の声に合わせて青山が落下点に入る。しかし


「…!」


いつの間にか高く上っていた太陽が、見上げた青山の視界に入り一瞬目を眩ませた。


「青山っ?」


叫びながら白木は跳び付くが、その手も空しく空を切った。


「…マジ?」


思わずつぶやく桜子。その声と同時にボールはちょうど二人の中間に落ちた。


 一瞬の沈黙…そして


「これはっ!正に大番狂わせと言うべきか、はたまた順当勝ちなのかっ?」


朱戸はそう言って息を吸うと、


「第二試合の勝者は何とっ、お嬢とあそびにーーんっ!」


大声で勝利チームの名を叫んだ。同時に大歓声が沸き上がる。


「…申し訳、無い」


そう言って肩を落とす青山に、白木は笑顔で答えた。


「何言ってるの、いい勝負だったじゃない?


ホンのちょっとだけ向こうがラッキーだっただけよ」


「ありがとう…」


青山はそう言うと、


「…じゃ、勝利チームを祝福しましょう」


笑顔で由香里達に歩み寄った。


「…正直、負けるとは思わなかったわ」


そう言いながら握手をすると、


「…折角だから、優勝しちゃいなさいね」


普段見せないような笑顔で祝福した。


「あらあら、青山が笑うなんて珍しい事もあったものね?」


からかうように白木が言うと、


「…あら、私だって楽しい時は笑うわよ?」


軽くいなすように言うと、また普段の顔に戻った。


「うーん、相変わらず良く解らない人ねぇ」


思わず呟く桜子だが、由香里は静かに燃えていた。


「あのお二人の気持ちに答える為にも、絶対に負ける訳にはいきませんね」


「…ヤバい、もしかして本気モード突入?」


由香里の様子を見て、桜子は呟く。


 そんな二人の思いとは裏腹に、三、四試合目も無事終了した。準決勝に残ったのは、


ビーチの女王(朱戸&玄田)


お嬢と遊び人(由香里&桜子)


二つの塔(高山兄&高山弟)


ビーチボーイズ(反町&竹野内)


の4組だった。余談だが以前由香里に秒殺された方は高山兄で、今回双子の弟と組んで参加していた。弟は体格こそ兄より細身だが、身長は僅かに高く、二人で並ぶと正に「塔」が並んで立っている様に

見える。対してビーチボーイズの二人は、学内でもイケメンコンビとして名が知られている二人組み

だった。モデル並みのルックスに加え、高山兄弟程では無いにしても背も高く成績も良好。おまけに

それを鼻にかける事も無い性格の良さも相まって、女子生徒の人気もさることながら男子生徒の

友達も非常に多かった。因みに高山弟及び反町&竹野内はバスケ部員だが、高山兄に聞いてこの

合宿に参加していた。


その対照的なチーム同士が何の因果か準決勝で対戦する事になった。声援はほぼ半々だったが、

女子生徒の声援は予想通り偏る。


試合開始の合図と共に、高山兄がサーブを放つ。反町、竹野内チームがレシーブからトス、

スパイクへと流れるような連携を見せると、高山兄弟も双子ならではの息の合った連携で返す。

正に息詰まる好勝負となった。


更に熱気を増した日差しが、熱戦を繰り広げる四人に容赦無く照り付ける。


余りの発汗量に小休止が取られる事になったが、水分補給もそこそこに水かけ合戦が始まった。


「ハイハイ、そんな元気があるなら再開しましょう」


司会を忘れて一緒に遊ぶ朱戸&玄田を尻目に白木が言うと


「よっしゃ、生き返ったー。行くぞっ!」


高山兄弟が声を揃えて気合を入れる。同時に


「こっちも気合入れてくぞ!先輩相手だからって手加減は無用だ!」


「当然!遊びとは言え負ける気はねぇ!」


反町&竹野内も同時に叫んだ。


そして試合再開…しかし


「ハラ痛ぇ…」


いきなり反町が下腹部を押えてうずくまる。


「おい、どうした?」


慌てる竹野内、が声をかける間も無く反町は猛ダッシュで走り去り…帰って来なかった。


「えーっと…どうしよう?」


玄田が思わず呟くと、朱戸は一瞬悩んだが


「ビーチボーイズ試合放棄により、二つの塔決勝戦進出決定!」


そう叫ぶと同時に


「ウッソだろぉ?」


竹野内は思わずへたり込む。観衆からは歓声とも罵声ともつかない様々な叫び声が上がったが、

暫くしても反町が戻って来ないのを見て仕方なく納得していた。そして…


「ではではっ、準決勝第二試合!」


朱戸が盛り上げる様に叫ぶ。


「私たちビーチの女王!対するは、お嬢と遊び人!」


その声に再び大歓声が上がった。


 程無くして第二試合が始まる。朱戸&玄田はさっきまではしていなかったサングラスをかけていた。青山の二の舞を演じない為でもあるが、それを抜きにしてもサングラス無しでは上を向けない程に

日差しは強くなっていた。対する由香里&桜子はサンバイザーを被って日差しに対処していた。


「さてと、私等も負けちゃった事だし、どこが勝つか賭ける方に回りましょうか」


「…そうね…ところで貴女はもう決めてあるのかしら?…」


「ええ、でも内緒だけどね」


「…何を子供みたいな事を。まぁ良いわ、それなら私も秘密にしておこうかしら…」


既に勝負の舞台から降りた白木と青山は、呑気に勝利チームの予想に移っていた。


そんな二人とは対照的に、朱戸と玄田の二人は異様な程燃えている。


「最初の試合で見た通り、大きすぎる事はここではさほどのメリットは無いわね」


「ええ、つまりは…」


「そう!ここで勝てば優勝の可能性は一気にアップするって事!」


「って事はつまり…」


「そう!文字通り合宿中の女王様の座が私達の手に!」


「おお!」


「気合入れて行くわよっ!」


「了解!」


 そんな二人の様子を見て、桜子は


「うっわー…凄い気合」


思わず不安そうに呟く。しかし由香里は


「折角皆で遊んでいるのですし、気を楽にして楽しみましょう」


相変わらずのマイペースだった。その様子を見て桜子も少し安心した様に


「そだね、楽しもう!」


元気良く返事を返す。


 更に日差しが強さを増す中、準決勝第一試合が始まった。


「さーて、行っくわよー!」


朱戸が勢い良くジャンピングサーブを放つ。


「サクラさん!」


レシーブしながら由香里が声をかけると、


「まかせてっ!」


すっかりリラックスした桜子が意外にも上手くトスを上げる。するとすかさず


「行きますっ!」


由香里が強烈なスパイクを放った。同時に笛が鳴る。


「おおーっ!」


思わず歓声が上がった。誰もが由香里達が先制するとは思っていなかった様だ。


「おぉ、先制点!」


桜子は思わず声を上げた。上手く行った事に自分でもびっくりした様だ。


「サクラさん!」


呼ばれて振り返った桜子は、微笑む由香里とハイタッチを交わす。


「さっきより動きが良いわね」


朱戸の言葉に玄田が頷いた。すると


「おりゃーっ!」


気合と共に朱戸がお返しのスパイクを放つ。すぐさま同点に追いついた朱戸と玄田はその後も

猛攻を続けるが、由香里達も桜子の意外な活躍で食い下がり、試合は接戦の様相を呈してきた。


「…ここまで食い下がるなんて、私達に勝ったのもマグレなんかじゃなさそうね…」


「そうねぇ、因みにどっちに賭けたの?」


「…それは勿論…内緒…」


「あらら、引っかからなかった?」


「…一体貴女と何年付き合っていると思っているのかしら?…」


「流石は幼馴染ね!」


 すっかりリラックスして談笑する青山と白木だったが、


「あらら、大分消耗して来たわね」


試合中の四人はそれどころでは無かった。直射日光の下、皆肩で息をしている。


「ここらで休憩でも、と言いたいけど」


「…ええ、あんな顔見せられちゃ、とても水は差せないわね…」


その言葉通り、四人とも苦しそうでありながらも笑みを浮かべていた。


「由香里っ、ここが踏ん張り所よ!」


「はい!」


「玄田、気合入れてくわよ!」


「当然!」


ここが勝負所と見て、両チームとも気合が入る。その様子に観衆の応援も一層熱気を帯びて来た。

しかし…


「あら…」


空を見上げた青山が呟く。つられて白木が見上げると、真っ黒な雲が頭上を覆い始めていた。


「降り出すまでに終わるかしら?」


「どうかしら?今にも降り出し…あら」


青山が言い終わる前に無数の雫が砂浜に模様を付けた、と思う間に一気に強まった雨足は全てを

びしょ濡れにしてしまった。しかし、


「あと少し、雨なんかに邪魔させないわ!」


「はい、頑張りましょう」


「最後のひと踏ん張りね!」


「ええ、根性見せるわよ!」


四人共に冷めるどころか更に気合が入った。


そして試合がマッチポイントを迎えた所で、雨は一層激しさを増し、雷まで鳴り始めた。


「…ちょっと危険かもしれないわね…」


「そうね、仕方ないわ」


白木はそう言うと、雷鳴をも圧するような声で試合中の四人に告げた。


「やーめーーーーっ!」


 雷鳴をも凌駕する白木の声に、四人とも驚いて動きを止めた。観衆も驚いて沈黙する。


「とりあえず、雷が止むまで休みましょう。勝負とは言え遊びなのよ、万一の事があったら

どうするの?」


夢中になっていた四人もそう言われては返す言葉も無い。仕方なく雷雨が去るまで休憩する事に

なった。


「しっかし…」


水を一口飲んで朱戸が呟く。


「お嬢はともかく、遊び人がここまで粘るとは意外だったわね」


玄田は無言で頷いた。そのお嬢と遊び人はと言うと


「うぅ…疲れたよー」


意外な粘りを見せた桜子はすっかりバテてしまっていた。すると


「うひゃあっ?」


いきなりすっとんきょうな叫び声を上げた。


びっくりして振り返ると、由香里が微笑みながら両肩に手をかけている。


「え、ナニ?」


「はい、お疲れの様ですのでマッサージでもと思いまして」


そう言いながら肩から腕を器用に揉み解して行く。


「おぉ…気持ちいい」


思わず声を漏らす桜子、次第に意識が遠のいて行く…


「…んあ?」


 暫くして桜子は目を覚ました。


「あらら、寝ちゃってたか」


そう言って大きく伸びをした桜子の視界に、雲間からの日差しが入ってくる。


「あら、お目覚めですか?丁度雨も上がった所ですよ」


目を覚ました桜子に由香里が声をかけた。その言葉通り、先程まで空を覆っていた雷雲が勢い良く

風に流されて行く。


「うーん、一眠りしたせいか気分爽快!更には由香里がマッサージしてくれたお陰で何か体も

軽くなったみたい♪」


「まぁ、それは何よりです」


そう言って笑う二人の背後で声がした。


「ほう、随分余裕ね?」


「なら、早速再開といきましょうか?」


何時の間にか、朱戸と玄田が背後に立っていた。既に表情は待ちきれない子供のように溌剌と

している。


 両チームが準備万端と見て、試合が再開された。


「えー、では…」


白木が再開の説明を始めた。


「先程は「ビーチの女王」チームがマッチポイントで中断しました。とはいえ一点先取で試合が

終わっては盛り上がりませんので、ラリーポイント制で十点先取したチームが勝ちとさせて頂きます。又、先程のアドバンテージがありますのでサーブは「お嬢と遊び人」チームからとさせて頂きます。

両チーム共、異存は?」


「由香里、別にいいよね?」


「はい、異存は御座いません」


「当然!玄田、行くよっ!」


「おぉ!」


「では、十点先取特別ルールにて、試合再開します!」


白木の言葉に大きな歓声が上がった。


 中断する前と同様、試合は一進一退の白熱した攻防となる。朱戸と玄田の基本に忠実なプレーに、

由香里と桜子はトリッキーなプレーで必死に食い下がる。そして試合は早くもマッチポイントを

迎えた。


「よーし、決めるわよ!」


朱戸の言葉に玄田が頷く。そして


「んっ!」


掛け声と同時に、朱戸が天高くサーブを打ち上げた。


「えっ…何?」


思わず声を上げる桜子。それもそのはず、再び強さを増した日差しの下では、ボールを直視する事が

殆ど出来なかった。


「あらまぁ、どうしましょう?」


由香里も笑顔のまま困った様な声を上げた。しかし、


「この場合は、上よりも下を見た方が良いかもしれませんねぇ」


「え?何を言って…あぁ!」


言われて怪訝そうな顔をした桜子だったが、視線を下に向けて納得した。日差しが強い分だけ、

ボールの影もはっきりと映っている。


「よーし、これなら何とかなるかも!」


そう言って桜子は影を追う。そして


「…あれ?」


「まぁ?」


二人揃って意外そうな声を上げた。


「うぇ、ちょっと待て!」


「嘘っ!」


何と、上空の風に流されて、ボールはコートの外へと流れて行ってしまった。


「…えーっと…」


あまりと言えばあまりの展開に、流石の白木も言葉を失う。暫く沈黙が続いたが


「…試合…終了…」


唖然とする白木を尻目に、青山が静かに試合終了を告げる。


「え?あ、えーっと、そんな訳で「お譲と遊び人」決勝進出決定!」


気を取り直して再び試合終了を告げる白木。その声に大歓声が上がった。


「あー、計算違い…」


「うん、やっちゃったねぇ」


歓声とは裏腹にうなだれる朱戸&玄田。


「…屋外の、しかも海岸であんなサーブ…勝ちを焦って冷静さを欠いたとしか思えないわね…」


青山の言葉に二人は止めを刺された。


「えっと、勝ったの…かな?」


「はい、私達の勝利ですよ」


いまいち勝利の実感が沸かなかった桜子だったが、由香里の言葉に


「やーったぁ!」


思い切り勝利を実感して、雄叫びを上げた。


その様子を眺めていた高山弟が兄に声を掛ける。


「お、相手が決まったぞ。リベンジのチャンスじゃん」


「リベンジ、ねぇ。まぁ遊びとは言え折角のチャンスだ、勝たせて貰うか!」


「当然さあ!」


決勝に向けて気合を入れる兄弟。その姿は流石に迫力だった。


 暫くの休憩の後、決勝戦が行われる。


「えー皆様、大変、た・い・へ・ん長らくお待たせ致しましたーっ!いよいよ「お嬢と遊び人」対

「二つの塔」による、決勝戦を行います!いずれかのチームの優勝に賭けた方は勿論、そうでない

方々も何卒、何卒応援宜しくお願い致しますーっ!」


敗戦のショックもどこへやら、いや、もしくは半ばヤケを起こしている様にも聞こえる朱戸の声が

響き、それと同時に今までに無い大歓声が上がった。


「うわーあ、何だかんだで決勝戦まできちゃったよ」


「はい、それも全てはサクラさんの頑張りのお陰です」


「え?いやまぁ、確かに自分でも出来過ぎかとは思うけど、やっぱ由香里のお陰だよー」


「いえいえ、そんな事は御座いませんよ」


「えー、マジでぇ?そこまで言われるとちょっと調子に乗っちゃいそう!」


「はい、その調子で優勝しちゃいましょう」


「おーっ!」


歓声に負けず決勝前でも元気一杯な二人だったが、対戦相手である高山兄弟の気合の入り方も

負けてはいない。


「俺達は準決勝も不戦勝で体力有り余ってんだ。勝って当然、負けたらいい恥さらしだ!

言うまでも無いが、絶対に勝つぞっ!」


「おぉ、体力体格ともに負ける要素は無い!兄貴のリベンジもまとめてしちまおう!」


「当然!」


そう言って更に雄叫びを上げる二人。そして


「では、泣いても笑ってもこれが最終試合!両チーム共、気合は十分かーっ?」


マイク片手に朱戸の声にも熱気がこもる。つられた様に両チームから


「勿論ですよ」


「そのとおーりっ!」


「あったりまえだ!」


「言うまでも無い!」


更に熱気のこもった声が返る。


「よしよーし、ではではお互い気合十分な所で…試合開始―っ!」


 再び起こる大歓声の中、由香里のサーブで試合が始まった。そして…


「おりゃあっ!」


高山弟の強烈なスパイクが決まる。その圧倒的な上背を活かし、試合は高山兄弟のペースで進んだ。

何しろ今までの相手とは違い、前からではなく上からスパイクを打ち下ろして来るのだから始末が

悪い。しかも双子の兄弟ならではの息の合ったプレーで、付け入る隙も見当たらない。たまらず

桜子がタイムを取った。


「流石に、厳しい相手ですねぇ」


「そうねー…ってそんな呑気な事を言ってる場合じゃ無くって!何か勝てる方法無い?」


「まぁまぁ、遊びなのですから気負わずに楽しく行きましょう」


「う、まぁ確かに遊びだけど…でも簡単に負けちゃったら今まで対戦したチームに申し訳

ないじゃない!」


「まぁ、サクラさんは人様を思いやる気持ちが強いのですねぇ、素晴らしい事です!」


「え?いや、そんな大げさなモンじゃ無いんだけど…」


「それでしたら勝ちに行きましょう!」


「え?何か良い方法が?」


「はい」


「え、何?教えてよ!」


「とにかく、楽しむ事です♪」


「はい?」


「では、参りましょう」


「え、ちょっと由香里!」


 結局何の具体策も無いまま、試合は再開されてしまった。


「楽しむって言われてもそんな状況じゃ無いっつーの…」


構えながらも呟く桜子、そこへ


「サクラさんっ!」


由香里の声と同時に強烈なサーブが桜子を襲う。


「うわっ?」


桜子はかろうじて受けたが、必死のレシーブはそのまま相手コートに入ってしまった。


「兄貴、チャンスボール!」


「おぉ、任せろ!」


声と同時に高山兄が跳ぶ。


「おおりゃあっ!」


気合と同時に強烈なスパイクを放つ…が


「アウト」


審判玄田の声が響く。その視線は限りなく冷たい。


「…兄貴?」


「…すまねぇ、力みすぎた」


その様子を見た桜子は


「おぉ、ラッキー!」


思わず喜びの声を上げる。


「はい、笑う門には福、と申しますし、楽しく笑顔でいれば、きっとこの後も運が向いて来ると

思いますよ」


「うーん、そこまで上手く行くとは思えないけど…まぁいっか、私も頑張って笑顔で楽しもう!」


「はい、その意気です!」


そんな訳で由香里はともかく、先程まで必死の形相だった桜子までが笑顔になった。


「ん、何だありゃ?」


「苦し紛れのヤケクソだろ」


高山兄弟は一瞬困惑するが、まるで意に介した様子も無く攻め立てる。しかし


「アウト」


再三に渡りアウトを連発する。しかもそれは兄のみに止まらず、弟までが同様だった。


「なんか、調子狂うな」


「あんだけ笑いっぱなしの相手だと、どうにも気合が入らねぇ」


その様子を見て、思わず桜子は由香里を振り返る。由香里は笑顔で頷いた。その頃


「うーん、天然なのか作戦なのかは解らないけど、流石よね」


「…まぁ、あれで調子を崩す方もどうかと言えなくも無いけど…」


「それもそうね。あの兄弟が一段上に行く為には、精神的鍛錬が必要みたい」


白木と青山は観戦しつつも冷静に分析していた。とは言えあくまでも遊び半分だが。


そんな状況の中試合は進み…


「おおっと、「お嬢と遊び人」猛反撃!ついに逆転に成功しましたーっ!」


朱戸の絶叫が響く。その言葉通り、一方的に押されていた筈の由香里達が遂に逆転に成功した。

歓声も一層ボリュームを増す。当然ながら高山兄弟は顔を曇らせる。


「畜生、こうなったら…」


「何か手があるのか?」


「ああ、目には目を、だ」


「?」


そう言うと高山兄は…


「兄貴?」


思わず驚きの声を上げる弟。


「何やってる、お前もやれ!」


そう言った高山兄の顔には、かなり引きつった不気味な笑いが浮かんでいた。観衆は一瞬で凍りつく。


「それは、どうかと思うぞ…」


「うっせえ!じゃあ何かあるのかよ?」


「いや、無いけど…それはちょっと」


渋る弟とは対照的に、高山兄の表情は一層引きつって行く。


「うわぁー…キモい」


思わず呟く桜子。そして由香里はと言うと


「まぁ、急にお顔が引きつって…お体でもお悪いのでしょうか?」


そう桜子に囁く。由香里もなかなか言う、と思った桜子だったが、その顔を見ると


「え…マジ?」


再び思わず呟いた。


 高山兄の「笑顔作戦」は、確かに由香里達を動揺させる事には成功した。しかし、顔に意識が

行ってしまい、自らの動きを妨げる結果となる。そして…


「アウト」


「アーニーキーっ!」


「…あれ?」


ミスを連発する高山兄、更には


「アウト」


「あれ?」


「…オイ」


「あっれー?」


 つられて弟までがミスを連発した。そして遂に「お嬢と遊び人」がマッチポイントを迎える。その

状況に朱戸の実況にも一層熱が入って行く。


「さあさあ、いよいよ試合も大詰め!果たしてこのまま終わるのか?はたまた双子の巨人が

最後の意地を見せるのか?皆さんまばたき禁止で絶対に目を離さないよーにっ!」


その声に答えるかの様に、歓声の高まりは最高潮となる。それもその筈、この試合で優勝チームは

勿論の事、それを予想した「王子様&王女様」も決まるだけに、見ている側にも熱がこもる。


「ここを取りこぼしたらそこで終わりだ、気を抜くなよ!」


「あぁ、兄貴こそ!」


気合を入れなおす高山兄弟。当然由香里達にも気合が入る。


「由香里、ここまで来たら優勝しようね!」


「はい、頑張りましょう」


そして桜子がサーブを放つ。弟のレシーブから、暫くラリーが続いた。ミスが即決勝点となるだけ

あって、高山兄弟は堅実にプレーを続け、隙が無い。由香里はともかく、先程まで実力以上の力を

発揮し続けて来た桜子は体力的にほぼ限界に近かった。何とか持ちこたえているが、既に肩で息を

している。


そして…


「あっ?」


一瞬の隙を突かれポイントを許してしまう。たまらずタイムを取る由香里。


「ハァ、由香里、ゴメン…」


言いながらへたりこむ桜子。


「いいえ、サクラさんは限界以上に頑張ってらっしゃるではありませんか。謝る必要など

ございません」


そう言って由香里は微笑む、そして


「その頑張りにお答えする為にも、私も負けてはいられません」


由香里は力強く言った。


 試合が再開され、高山兄がサーブを放つ。由香里のレシーブから、桜子がトスを上げ、由香里が

スパイク、と思いきやブロックの上を越える様に山なりに落としていった。


「小ざかしい真似を!」


かろうじて追いついた高山兄が拾うと、弟が高々とトスを上げる。


「これで同点だ!」


気合もろとも跳躍しようとする高山兄、正にその刹那


「まぁ!」


由香里が叫びながら両手で口元を押さえた。しかも、その視線は高山兄の股間に向けられている。


「えっ?」


一瞬戸惑う高山兄。しかしその一瞬が命取りとなった。


「あ!」


再び見上げた高山兄の顔面にボールが降って来た。そのままボールは転々とコート外へ転がって行く…そして、笛の音が響いた。


「只今の結果を持ちまして、優勝は…」


朱戸は言いながら右手を高々と差し上げ、その手を向けながら叫んだ。


「「お嬢と遊び人」と決定致しましたーっ!皆さん最後まで頑張った両チームに、盛大な拍手を!」


その声にはっとしたかの様に、観衆から大きな歓声が上がった。同時に祝福の声が響く。


そんな中で由香里は


「ちょっと、ズルでしたね」


そう言って桜子を振り返ると、軽く舌を出して見せた。


「…あれ?何とも無い」


思わず海パンに目をやり慌てる高山兄。


「…何やってんだ?」


力なく呟く弟。しかしその目は限りなく冷ややかだった。


「こりゃあ、リベンジは不可能かもな…」


そんな弟の呟きは歓声に掻き消され、誰の耳にも入らなかった。そんな中、由香里と桜子は

互いの手を取りあってはしゃいでいた。


 その日の晩、夕食の為ホールに集まった皆の前で、由香里と桜子が「女王」としての

挨拶をするべく壇上に上がった。歓声と拍手が一段落した所で、桜子が口を開く。


「えー、皆様、この度運と実力と才能と美貌とその他諸々で女王様の座を射止めさせて頂きました、

春日野桜子と…」


「高屋敷 由香里でございます」


そう言って深々と頭を下げる二人。桜子はともかく、由香里の謙虚な姿勢に再び歓声が上がる。

その歓声に気を良くした桜子がいつもの調子を取り戻した。


「そんな訳なので、早速貴方達に女王様としての命令を下すけど、覚悟は良いかしら?」


急に態度を変えた桜子に皆は一瞬戸惑う。


「い・い・か・し・ら?」


念を押すように言う桜子の言葉に、歓声とブーイングが半々の割合で上がった。


「はいはーい、皆の者静まるがよい」


火に油を注ぐ様な桜子の言葉で、ブーイングが八割を超え、しかも暫く鳴り止まなくなってしまった。すると


「皆様、お静かに」


由香里の声が響いた。決して怒鳴る訳でも無いその声は不思議な程良く通り、皆は一瞬で沈黙して

しまった。


「…流石よね、参っちゃうわ…」


思わず呟く青山、隣で白木が苦笑する。


 静かになった会場を見渡した桜子は、気を取り直して言葉を続けた。


「えーっと、まぁ命令ってもそんな大した物じゃなくって、むしろその…あの…あれ?」


言葉に詰まった桜子に由香里が囁く。


「あっ、そうだった!」


きょとんとした表情で見守る観衆に、桜子は咳払いをして続けた。


「んで、由香里とも話したんだけどぉ、折角海辺の別荘までこんな大勢で来てるんだし、誰かが

偉いの偉くないのはナシって事で!」


「はい、皆様で一緒に楽しみましょう。と言うのが私達二人からのお願いでございます」


一瞬呆気に取られる一堂だったが、言葉の意味を理解して大歓声が上がった。


「さっすがゆかりん、わかってるー!」


 壇上から降りてきた由香里に、朱戸が声をかけた。手にしたグラスの中身はアルコールでは

無い筈だが、既にかなりテンションが上がっている。


「本当に、貴女達素敵よ」


 傍らで白木も微笑んでいた。しかしその顔は心なしか紅潮している様に見えた。


「ねぇ、なんか皆テンション高いよね?」


「そうですねぇ。でも、楽しいのは良い事ですよ」


「…ねぇ、ちょっといいかしら…」


「うっわ!」


 背後から声を掛けられて桜子は思わず跳び上がる。振り返ると青山が立っていた。その背後には、

この別荘管理人の娘、陽子が何故か困った様な顔をして立っていた。


「…楽しんでる所申し訳無いんだけど…」


 青山はそう言うと、促す様に陽子を振り返った。


「ごめん、やっちゃった…」


 いきなり頭を下げる陽子。


「あの、一体何があったのでしょうか?」


 当然の事ながら状況の把握が出来ていない由香里の質問に、陽子はしどろもどろになって答える。


「あ…あのね、さっき剛次おじさんが来て、「今日は大勢だから、あらかじめ飲み物沢山用意

しといてくれ」って頼まれたのよ。だから…私てっきり、おじさんの仕事関係の方が大勢

来るんだろうって思って、あの…」


「それで、どうなさったのですか?」


「それでね、沢山のお酒を用意しといたの。でも、よくよく聞いてみたら、由香里ちゃんの学校の

生徒さんが来るって言うじゃない?だから慌ててお茶やらコーラやらに変えたんだけど…あの、

あのね、どうも全部回収しきれなかったみたいで、飲み物の中にカクテルやらウーロン割やら

混ざっちゃってるみたいなの!」


「…と、言う事は、つまり…」


「…白木や朱戸の顔、何か赤くなってないかしら?…」


「あ、やけにハイテンションだったり、顔が赤かったりするのはもしかすると?」


三人の目は一斉に陽子に向けられた。


「…ご、ごめんなさーい!」


 思い切り頭を下げて謝罪する陽子。とは言え、既に飲んでしまった物はもはやどうにもならない。

四人が見渡すと、既に様子のおかしい者が確実に数人いた。そこへ


「おう、楽しんでるかい?」


 笑顔を浮かべながら剛次がやって来た。しかし浮かない顔の四人を見て、剛次は首を傾げる。

由香里が状況を説明すると


「…まぁ、気にするな!」


 剛次はそう言って陽子の肩を軽く叩いた。そのまま笑いながら去って行く。そこへ塩谷が現れる。

しかし


「私は、何も聞いておりませんので。では、悪しからず」


そう言い残し、そのまま剛次と同じくホールの人ごみの中へ消えて行った。


「…仕方無いわね、とりあえず問題が起きない様に見守りましょう…」


「えーっ?折角私達の祝勝会だったはずなのにーっ!」


「…本当に、ゴメンね」


 両手を合わせて済まなそうにする陽子。それを見て青山は溜息をついたが、


「…まぁ、仮に何かあった所で内輪の話なんだし、気にする事も無いわよね…」


そう言いながら桜子に視線を移す。


「えっ、じゃあ…?」


「…大丈夫よ、楽しんでらっしゃい…」


 その言葉に、項垂れていた桜子の表情が一変する。


「由香里っ、私達も盛り上がろうよっ!」


 そう言いながら由香里の手を引く桜子。


「そうですねぇ、では」


 由香里はそう言いながら青山の手を掴む。


「…え?…」


「折角ですから、青山さんも是非」


「…意外と強引なのね。じゃあ折角だし…」


 そう言いながら青山は陽子の腕を掴んだ。


「えっ?いや、私まだ仕事が!」


「いいからいいから!」


「そうですね、一緒に参りましょう」


「…もう、観念なさい…」


 結局四人連れ立ってパーティに参加する事になった。当初の予定では、裏方に徹する筈だった

陽子は流石に困った顔をしていたが、その内観念した様に笑顔になった。しかし


「おーい、陽子―!どこ行ったー?」


厨房では、陽子の父が汗だくで調理をしていた。その傍らで、陽子の母は眉一つ動かさずに

盛り付けを行っていた。


「まったく、娘がたまにハメ外して遊ぶ位でガタガタ騒ぐんじゃないっての!」


まるで息子を叱るかの様にそう言うと、


「ホラホラ、ぼさっとしてないでさっさと運んで頂戴よ!」


容赦なく手伝いのスタッフの尻を叩いた。


 程無くして、大皿に乗った黒鯛の活作りが並ぶ。


「うっわ、でかっ!」


 思わず桜子が叫ぶ。その言葉通り、皿に乗った黒鯛は五十センチを超える見事な大物だった。

他にも新鮮な海の幸が大量に並ぶと、今まで騒いでいた一同も、急に空腹だった事を思い出した

かの様に沈黙した。すると


「皆様、本日は大変お疲れ様でした。長話もなんですので、早速頂きましょう」


 由香里の言葉が響く。と同時に歓声が上がり、皆は一斉に箸を伸ばした。


「うーん、お魚ってこんなに美味しい物だったのねー!」


 取れたての魚に桜子は感嘆の声を上げると


「それは何よりだ」


 いつの間にか背後に立っていた剛次が声をかけた。


「そいつは…うむ、俺の釣った方だな」


 目の前の黒鯛を見て剛次は満足そうに笑みを浮かべる。


「えっ、ホントですか?凄く美味しいです!って言うかこんな美味しい魚食べたの初めてです!」


 桜子は感激の余り声を大にして叫んだ。それを見て剛次は


「そうかそうか!じゃあまた釣って来なきゃなぁ!」


そう言うと、大きな声で笑いながら立ち去った。


「相変わらずパワフルな叔父さんね」


「そうですか?でもおじさまはサクラさんの事がお気に入りみたいですね」


「えっ、マジで?…ちょっと嬉しいかも!」


 桜子はまんざらでも無さそうに笑う。


 その後は、カラオケ、ビンゴ大会、有志によるコントや寸劇等盛り沢山な内容で大いに

盛り上がった。中でも、昼間酔い潰れていた一騎の演舞には一同が沈黙した。ヨレヨレだった

昼間とはまるで別人の様に、突き、蹴り共キレが有る。まるで大気を切り裂く様に突きや手刀が

繰り出され、蹴りはあらゆる物を打ち砕きそうな勢いだった。最後に礼をして退場すると


「…やっぱ、凄いんだねぇ」


桜子がそう言って思わず溜息をつく。すると徐々にざわめきが起こり、そして大歓声が上がった。


「お疲れ様でした」


 着替えて戻って来た一騎に、由香里が烏龍茶を差し出す。


「これ、酒入ってないよな?」


「さぁ、どうでしょうか?」


「…おい」


「大丈夫ですよ、たった今私が注いだばかりですから」


「…勘弁してくれ、暫く酒はこりごりだ」


 その一騎の言葉に、由香里達は思わず笑い声を上げた。


 一週間の合宿は遠泳大会や釣り大会、当然の事ながら基礎体力増強のトレーニング、そして

合同稽古等であっという間に最終日の夜を迎えた。参加者全員でビーチに集まると


「おまたせーっ!」


元気の良い声と同時に桜子が現れた。その後から由香里と一騎もついて来る。と、三人とも両手に

大きな紙袋を提げている。中には花火がぎっしりとつまっていた。


「さーて、楽しかった合宿もとうとう最終日を迎えました!最後の最後、皆さんでパーッと

盛り上がりましょう!」


 そう言いながら、朱戸は花火を皆に配り始めた。同時に由香里達を促す。


「ホラホラ、早く皆に配らなきゃ!」


「了解であります!」


「そうですね、早速始めましょう」


 そう言って皆に花火を配り始める。一方で一騎はと言うと、大型の打ち上げ花火や仕掛け花火を

セッティングし始める。玄田や高山兄弟も一緒になり、楽しそうに作業は進む。


「どう、そろそろ点火してもいい?」


 傍らでキャンプファイヤーを組んでいた白木が声をかけた。かなりの人数で組んでいただけに、

かなりの大物が出来上がっていた。


「オッケーオッケー!早速やっちゃって!」


朱戸のゴーサインを聞いて、白木と青山が火を点ける。程無くして勢い良く炎が燃え上がり、

歓声が上がった。


 めいめいが思い思いの花火を手に、今回の合宿の思い出に浸っていた。もっとも皆が静かと

言う訳でも無く、やたらとはしゃぐ者や花火を手に踊り出す者、まるで武器の様に花火を

振り回すもの等々色々だった。


 最後に打ち上げ花火が上がると、皆一斉に空を見上げた。思わず溜息をつく者もいた。


「ねぇ、由香里」


「はい」


「なんか、あっという間だったね」


「そうですね、楽しかったですねぇ」


「うん!スッゴク楽しかった!また来年も皆で来よう?」


「まぁ、それは良いですねぇ。是非そう致しましょう」


「うんうん!その言葉を聞いて、何とか新学期も乗り切れそうな気がしてきたよ!」


「はい、一緒に頑張りましょうね」


「うん!これからも張り切って行くわよ!」


 真夏の夜空に、桜子の声が響いた。




はい、思い切り本筋無視の脱線ですがなにか?(笑)

こんな夏休みを過ごしたいなあ…と言う願望(妄想?)を書いてたら

こんなんなりました。

次からはきっと…シリアスかと(笑)

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