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体育祭&文化祭パート3

16.体育祭&文化祭パート3


 新学期が始まり、やはり気分が下降気味だった桜子。とは言え今年は受験生。由香里と同じ大学へ進むという大きな目標があっただけに、その下降度合いは比較的軽めだった。


「ねえ由香里、ココがよく解らないんだけど教えて?」

 休み時間の度に、桜子は復習の為に由香里に声をかける。かつての桜子からは考えられないその姿勢に回りは目を丸くするが、由香里は笑顔でそれに答えていた。

「ああ、そこがこの公式で…ふんふん、んでそこにこれを代入して…で、解が求められると…」

「はい、その通りですよ。サクラさんはとても飲み込みが早くなりました。この調子ならば、志望校合格は決して夢などではありませんよ」

「えっへっへー、やっぱりそう思う?ありえない事だけど、実は今度のテストがちょっと楽しみだったりするのよねー」

「まあ、それはとても前向きな発言ですね。私も負けない様に頑張らなければなりませんけども…」

「けども…何?」

「その前に、もっと楽しみな事がありませんか?」

「それはもう、言うまでもないでしょう!」

 桜子の楽しみなイベント、それは高校最後の体育祭、そして文化祭、更には今年こそいい所を見せたいと密かに考えている合同稽古が待っていた。普通なら受験勉強との両立で頭がパンクしそうになりそうなものだが、常に由香里のペースに付き合っていた桜子は既に慌てる事を忘れていた。


 そんな桜子の気持ちに応えるかの様にあっと言う間に日は流れ…

 午前中の最後の時間、塩谷が告げる。

「さて、いよいよ来週は体育祭ですね。この時間は皆さんで話し合って参加競技を決めて頂きますが、今年は高校最後の体育祭です。それぞれお互いの事もよく解っている事でしょうし、この種目には是非この人を、等の推薦があればそれを重視したいと思います。まあ当然ですが、本人が拒否したい場合は拒否できますので、皆さん遠慮せずに推薦して下さい。立候補も同時に募集しますので、希望のある方はお早めに立候補お願い致します」

その言葉と同時に桜子が立ち上がった。

「じゃあ大道、アンタ騎馬戦と棒倒し出なさいよ!あと綱引き!コレ決定だから!」

「おい、何でお前が決めんだよ!」

「いいじゃない、多分反対する人はいないと思うわよ!ね、みんな?」

その言葉に周りからはクスクスと笑い声が漏れたが、結局反対意見は出ずに大道の参加は決まってしまった。しかし、仏頂面の大道は競技一覧を見直すと、お返しとばかりに桜子に迫る。

「じゃあ、お前はこれ…障害物競走と知力体力リレー、それに応援合戦で決まりだな」

「えっ?勝手に決めないでよ!」

「お前が言うか!」

「それに、応援合戦ってナニよ?そんなの今まで無かったじゃない」

大道が答えるよりも早く、塩谷がそれに応じる。

「はい、応援合戦は今年新たに作られた種目ですよ。まぁ…競技と言えるかは怪しい所ですけども、これはこれで体育祭を盛り上げるには良いと思いますし、それに春日野さんなら私も適任だと思いますよ。頑張って下さいね」

「えっ?…あ、ハイ」

これまた反対意見は出なかったが

「あのっ!じゃあせめて由香里と一緒にさせて下さい!マジでお願いします!由香里と一緒ならきっとなんとかなりますから!」

桜子の懇願に周りからは笑い声が上がったものの、由香里の同意により桜子の願いは叶った。


「でさあ、やっぱチアがいいかなぁ?」

「そうですねぇ、ですがそうなると流石に二人でと言う訳には参りませんねぇ。あと数人は参加して頂かないと」

「そっか、じゃあチアをやる事には異議無しって事でいいんだよね?」

「はい、可愛い衣装を作りましょう」

「おお、乗り気じゃない?良かった」

「はい、早速叔母様にお願いして衣装を考えましょう」

「いいね!…あ、でも」

「はい?」

「まずはメンバー集めからじゃない?衣装のサイズとか好みとかもあるだろうし」

「成程…流石は桜さんですね。私ではとてもそこまで思いつきませんでした」

そう言いながら両手を合わせる由香里。

「あはは…」

最早桜子は苦笑するしかなかった。


「とは言え、メンバー集めするにしてもどうしよっか?見た目もだけど、そこそこ動けて何より仲良く出来る人がいいわよね」

「それでしたら、まずは三船さんはいかがでしょうか?演技中の三船さんはとてもエネルギッシュで輝いてましたし」

「やっぱそう思う?ワタシも同感!」

 そんな二人は早速三船の元に向かったが…

「ええっ?それは無理です!」

予想以上に強く拒否されてしまい、桜子は呆気に取られるが、すぐに気を取り直してその顔を覗き込む。

「えっと…どうして?」

「えっ?だって…チアって…恥ずかしい」

三船はそう言うと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「え?恥ずかしいって…もしかして露出が多いとか考えてるでしょ?」

「ええっ?やっぱりそうなの?」

驚いた様な照れた様な表情で、三船は桜子の顔を見上げた。すると

「それは…どうしよっか?」

「そうですねぇ、どう致しましょうか?」

そう言いながら、桜子と由香里は顔を見合わせる。

「え、何?」

「えっとね、実は応援メンバーを集めてから衣装も考えるつもりなのよ。だからそんな嫌がる様な衣装にはならないと思うわよ」

「サクラさんのおっしゃる通りですよ。ですから、三船さんさえよろしければ、是非ご一緒に考えて頂きたいと思っております」

にっこりと微笑む由香里。その無垢な笑顔に三船はすっかりダマされ…た訳でもないのだが、その後の北風と太陽的な説得で三船も応援メンバーの一人に入る事となった。更に

「ねえねえ、今年の体育祭って高校生活最後なんだよ。楽しい思い出は一つでも多い方がいいと思わない?」

「はい、無理にとは申しませんが、あまり多くなり過ぎても本末転倒になってしまいますし、今でしたらご希望の方はどなたでも参加できますよ」

「うん、その通りだよ。だから一緒に応援頑張りませんこと?」

三人の勧誘は続き…数日後には充分な人数と言える十人のメンバーが揃った。


「じゃあ、このメンバーで明日から…ねえ由香里、今日からでもいいかな?」

「はい、いつでも大丈夫ですよ」

「じゃあさ、この後あいてるメンバーだけでも由香里んちいかない?打ち合わせだけじゃなくって練習も出来ると思うし」

そんな突然の意見にも関わらず…結局の所桜子の行動が皆に読まれていたのだろうか、誰もが欠ける事無く由香里の自宅に集合した。


 突然大勢で訪問したにも関わらず、流石に由香里の伯母だけあって綾はにこやかに皆を迎えた。由香里の部屋に納まった一同にお茶とお菓子を振舞うと

「では、ごゆっくり」

由香里と瓜二つの笑顔を残して立ち去った。

その立ち居振る舞いに初めて見る面子は呆けた様に見入っていたが

「こらこらーっ!気持ちは解るけどボーっとしてちゃダメっ!」

そんな桜子の言葉で我に返った。

「いや、だってねえ…」

「うん、高屋敷さんが大人になったのかと思ったわよ」

「そうよねぇ、顔はちょっと似てるって位だけど、雰囲気がまるで一緒!」

そんな風に暫くざわついた後、今度はお茶とお菓子の味に感嘆の溜息を漏らすと、一同はようやく打ち合わせに入った。


「コホン、早速なんだけど…」

そう言って口火を切ったのは桜子だったが

「とりあえずどうするか決めるために、何か特技あるって人がいたら教えて?因みに私はねぇ…由香里、私の特技って何かな?」

その言葉に由香里と三船以外は思わずコケそうになったが、由香里はさも当たり前の様に答える。

「そうですねぇ、何と申しましても明るくて何事にも前向きなのがサクラさんの良い所ですが、特技となると…何でしょうか?」

その言葉には、由香里以外の全てがコケた。


 そんな感じで始まった打ち合わせではあったが、流石に同じクラスで三年も過ごしただけの事はあり、互いにどんな人物かは大体理解できていた。まずは元気でお調子者の桜子と、それを上手く導く由香里。意外と根性がある三船。他の七名はと言うと、男勝りの力持ち熊谷。小柄で身軽な本庄。対照的に背の高い大宮。若干暗そうな宮原。桜子並みに明るい上野。ちょっとドン臭い岡部。そして学級委員の深谷。その面子の良さを引き出しつつ、更にクラスの皆を元気付かせる為のプランを…雑談八割くらいの割合ではあったが、何とか案は決まり、早速衣装作り&練習の予定が出来上がった。


 衣装は綾の指導もあってかなりすんなりと出来上がったのだが、やはり肝心の応援パフォーマンスの練習はなかなか大変だった。と言うのも、チアリーディングをやるにしても本格的な動きが出来るのは本庄ひとり。由香里や桜子が動けるとはいえ、それは武術のそれであって、アクロバットとは違っていた。それに土台になれそうなのも熊谷と…かろうじて大宮、岡部といった所で、一週間足らずでどうにかなるレベルでは無かった。

「由香里、やっぱマジでやるのは無理っぽいね」

「そうですねぇ…ですが、やるからには本格的にと仰ったのはサクラさんではありませんでしたか?」

「うぐっ…いや…あのね?こんなに大変だとは思わなかったのよ」

 そんな言葉を聞いて、本庄が溜息混じりに呟く。

「あのねぇ、春日野さんがやろうって言うから私も気合入れて来たのに…流石に一人じゃ何もできないよ」

「あー…ゴメンね。でもやるからには何か皆を楽しませたいじゃない?そうすれば元気も湧くだろうし」

「それは解るわよ。第一その気がなかったら誘いに乗る訳ないじゃない」

「そうだよね?だから…何か考えよう?楽しい応援を、みんなで!」

桜子の言葉に一同は考え込むが、そうそう名案は浮かぶものでは無い。暫く沈黙が続き、不意に真面目な学級委員、深谷がポツリと呟いた。

「…ではないか」

その言葉に誰もが聞き返すが、深谷は顔を真っ赤にして何も答えない。

「よく聞こえなかったけど、今凄く面白い事言った気がするんだよねー」

と、桜子。するとすかさず上野が同調する。

「確かに!なんだか時代劇で聞くあの台詞っぽい感じじゃなかった?」

「そうそう!正にアレだよね?」

はしゃぎ出す上野と桜子だったが、その様子を見ていた三船が由香里に耳打ちをする。

「…でね…とか…面白そうだと思うの」

「…確かに、意表を突いた演出ですねぇ。流石は三船さんです。早速皆様に提案してみましょう」

「えっ?ちょっと待って、あの」

「あのですねぇ…」

由香里の言葉に耳を傾けた一同は、暫く聞き入った後で

「あっはっは!それって三船っちのアイデアなの?流石だね!いいじゃない、ねえ皆?」

まず桜子が笑い出した。そして結局皆がその案に賛同して、一同の練習が始まった。とは言え、その内容はやる側からすると是非とも秘密にしておきたい内容だった為に、クラスメイトと言えども誰一人当日まで何をやるのか知る者はいなかった。そして、体育祭当日を迎える…


 秋晴れの空の下、由香里達はそれぞれ参加競技に汗を流し、競技は順調に消化されていった。例外はと言えば…桜子の出場した知力体力リレー。これは全ての参加者が走る以上に頭を抱えていた。何しろバトンを渡す代わりに、問題に正解しないと次の走者が走り出せないのである。しかも問題と回答は校庭中に放送されている為、参加者の珍回答にはその度に大きな笑い声が上がった。例えば

「ラトビア、エストニア、リトアニアの三つの国を何三国と呼ぶでしょうか?」

その問題に桜子は

「三国志!」

自信満々にそう答えた。当然、次の走者が走り出せたのはかなり後になったのは言うまでも無い。

「いやー、まさかあんなに手こずるとは思わなかったよー、みんなゴメンね!」

戻って来るなり桜子は頭を下げた。とは言えお遊び競技だったので責める者はいなかったが…桜子が受験に間に合うのかを心配する声が密かに上がっていた。


 それはさて置き、ついにやってきた応援合戦。各クラスが順番に五分ごとの応援パフォーマンスをやる。ただそれだけの事だが、今年が初めてだけあって参加者は皆浮き足立っていた。それは桜子達も同様で、上手くいかなかったらどうしようか、そんな事ばかりを口にしていたのだが

「では皆さん、頑張って応援致しましょう」

由香里の言葉に桜子が呟く。

「そっか…応援するのが目的なんだよね」

するとその言葉に皆が顔を見合わせた。

「そう…だよね。皆を応援するのが目的なんだよね?」

そんな三船の言葉に同調するかのように、誰と無く手を取り合うと、円陣を組む。

「んじゃ、みんな行くよっ!」

桜子の合図に

「おー!」

楽しげな声が上がった。


 かくして応援合戦は始まり、まずは一組が応援の基本とも言うべき学ラン姿の応援団を披露した。とは言え、全て女子生徒だったので基本といえるかどうかは微妙ではあるものの、周りの盛り上がりはなかなかだった。そして2組のダンスチーム、3組の応援バンドに4組の寸劇が終わり、遂に由香里達の5組の出番となった。

「あいつらが何やるのか、知ってるか?」

誰にとなく大道が問うものの、誰も知らなかったから答えようもない。そんな一同が見守る中、流れ出したのは何とものどかな稲刈りの歌だった。どこの民謡とも知れないその歌に合わせて、空の青と紅葉の赤に染め抜いた着物姿に笠を被った由香里達が現れた。意外としか思えないその姿に誰もが驚くが、稲穂を手にした陽気な踊りに見ている側は次第に引き込まれていく。そののどかな調べに誰もが心を委ねたその時

「じゃあ、行くよっ!」

桜子の声が響く。同時に

「おーっ!」

一斉に歓声が上がると同時に、由香里達は稲穂を投げ捨てて笠を外すと、その中に稲穂をキャッチする。そして更に互い互いに帯を掴むと…

「よいではないかーーーっ!」

そんな雄叫びと同時に、一斉に帯を引き抜いた。コマの様に回転しながら着物を脱ぎ捨てた由香里達は、一瞬にしてチアリーダーに変身する。今までの赤と青の着物から一転して金と銀のコスチュームに身を包んだ由香里達は、その変身以上に激しい動きで観客を圧倒する。特にパワフルな熊谷と身軽な本庄の繰り出すアクロバティックなアクションは誰もが目を瞠る。周りで他の面子が盛り上げ役に徹し、最後には全員がはじける様な笑顔でそのパフォーマンスを締めた。

「凄えじゃんか」

半ば呆然とした顔で大道が手を叩くと、それにつられるかの様に大きな拍手と歓声が上がった。

「やったね、由香里!」

「はい、サクラさん。それに皆さんのおかげで上手くいきましたね」

笑顔で互いを祝福しながら戻ってきた由香里達を、他のクラスメイトが取り囲む。

「凄かった!ってか面白かったよ!」

「いつの間に練習してたの?」

「あれなら私も混ぜてもらえばよかった!」「今更何言ってるのよ?」

数々の賞賛の言葉に、由香里達も嬉しそうに笑みを浮かべ…その後も順調に得点を重ねた5組が見事優勝した。


「いや、高校最後の体育祭、皆さんお疲れ様でした。それに見事に有終の美を飾った事、担任としてとても嬉しいです」

 体育祭の打ち上げの場「てっちゃん」にて塩谷が皆を労う。

「みんな幸せだねぇ、優勝を祝ってご馳走してくれる先生が担任で」

「はい!サイコーの先生だよ!ね、皆?」

桜子の声に歓声で答える一同。

「ふっ、相変わらず賑やかな奴だ」

そう言いながら南城はグラスに口をつけ

「ああ、楽しかったぜ」

大道は更にもう一枚頬張る。

「今思うと…やっぱり恥ずかしいよね」

そんな風に恥らう三船と

「ですが、とても楽しかったではありませんか。皆さんはいかがでしたか?」

皆の感想を問う由香里。当然の様に同意を示す一同。それを見ていた三船が不意に顔を上げた。

「文化祭…いけるかもしれない!」



 そしてあっと言う間に日は流れ、早くも文化祭まで残す所一週間となった。

「しかし、今年はとうとう皆でお芝居になるとは思わなかったよ」

 台本を手に桜子が言うと

「ですが、とても面白いものが出来そうではありませんか?」

いつも通りの笑顔で由香里が答える。そして二人の視線の先には、皆に熱く指示を出す三船の姿があった。それと言うのも…


「文化祭…いけるかもしれない!」

 打ち上げ会場での三船の言葉に、真っ先に桜子が反応した。

「ナニナニ?凄いアイデア出ちゃった?」

「えっ?いや、あの…凄いって言うか…皆でお芝居したいなって…思った…だけなんだけど」

「ほうほう?で、何をやるつもりなの?」

「そこまではまだ…でも、このクラスの皆とだったら、是非一度やってみたい」

そう言った時の三船の瞳は、思わず桜子が魅入ってしまう程に透き通っていた。すると桜子は立ち上がり

「皆聞いて!体育祭が終わったばっかで言うのも何だけど、ワタシは卒業前に全員でひとつの事をやってみたいと思っていたの!そしたらね、三船っちが凄くいいアイデアを出してくれた!今度の…つまりは最後の文化祭、皆で一つのお芝居をやってみない?勿論稽古する時間もそんなに無いし、大変だとは思うけど…それでもワタシはやってみたい!」

そう言いながらいつしか拳を握り締めていた桜子。その姿に集中した視線を感じると

「あ…ちょっと力みすぎちゃったね?でもいいアイデアだと思うから、是非みんな考えてみてくれない?」


 そんなやり取りがあった翌日、早速皆で話し合いが行われ…

「えー…っと。では、今年の文化祭は皆さんでお芝居、演目は「二十四の瞳」ですか。確かに名作ですが、時間的にどうするのか個人的にとても楽しみですよ。受験勉強も大変かとは思いますが、高校生活最後の文化祭となる訳です。是非みなさん、悔いの無い様に頑張って下さい」

塩谷の言葉と同時に、早速それぞれの役割が話し合われる。そして三船を中心に役割分担等がなされていくが、やはり上演時間が一時間しか取れない事が最大のネックだった。文化祭当日舞台となる体育館は、一クラス辺り最長一時間しか使えない。三年生のクラスは優先的に使える様にはなっているものの、使える時間に関しては何年生でも変わらなかった。そこで一計を案じた三船は

「あの、ここを読んでもらえない?」

既に書きかけていた台本の一部を、一通り全員に読んでもらった。

「うーん…じゃあ最後、高屋敷さんお願い」

「はい。えーっと…ここからですね」

 そう言って朗読を始めた由香里。その落ち着いた声に回りは驚いた様に顔を上げ、互いに顔を見合わせた。そして

「あの…高屋敷さんにお願いがあるの」


 そんなやり取りがあって早数日、遂に三船劇団最後の舞台が幕を上げた。

「それは、私が初めて赴任した学校でのお話でした」

ゆったりとした語り口調で始まったそれは、まるで紙芝居でも見ているかの様に展開していく。

「あら、ゆかちゃんは出ていないのかしら?確かこのクラスだったはずよねぇ」

「うむ、五組で間違い無いはずだな。まあもう暫く待っていれば出てくるだろう」

 客席では綾と剛次がそんな事を言っていたが、肝心の由香里は語り手役だった為、ずっと舞台袖にいたのだった。

「でも、この声はとてもいいですねぇ」

「うむ、非常に落ち着きのある語りだ」

そうとは知らず、二人は呑気な事を言いながらも舞台に引き込まれていく。そして物語も終盤にさしかかり

「そして私は、かつての教え子の眠る墓前に花を飾ったのでした」

由香里の言葉と共に、三船扮する大石先生は墓標の前にしゃがみ込んで、静かに涙を落とす。

「本当に、子供達には可哀想な時代だったのですね」

そんな事を言いながら目頭を抑える綾だったが

「うっ…ぐうっ…」

その隣には、声を押し殺して号泣する剛次の姿があった。

 そして最後の場面。桜子扮するマスノが歌い始めるとその場にいた誰もが涙を流し…そして閉幕した。同時に鳴り止まない程の拍手が起きたのだが、生憎時間の都合がある為に五分と経たない内に次の出し物が始まった。

しかし、舞台裏では

「やったね!」

早速手ごたえを感じ取った桜子が叫ぶ。皆同じ気持ちのまま教室に戻ると、扮装も解かずに三船が皆の前に出て頭を下げた。

「皆、本当に有難う!すごく良かった!」

それだけ言うと、顔をくしゃくしゃにして泣き出す。

「ちょっと、どうしたの?」

「どこかお悪いのですか?」

真っ先に駆け寄る桜子と由香里。そしてあっという間に心配そうな顔がその周りを取り囲むが、当の三船は暫く泣きじゃくっていた。

そこへ、少し遅れてきた男子生徒も戻って来たが、状況を誤解した大道が駆け寄る。

「おい、何やってんだ?」

そう言いながら女子の輪に手をかけようとしたその時

「大道君、違うの!」

三船が顔を上げた。そして

「これは…嬉し泣きだよ。ゴメンなさい、どうしても堪えきれなくなって、つい。本当は皆にお礼を言いたいのに、今までの事思い出すと…言葉が…出ないの」

そう言いながら三船は再び泣き出してしまった。由香里と桜子に両側から抱き締められた三船は

「ありがとう」

その言葉だけを口にする事がやっとだった。


 その日も打ち上げで「てっちゃん」に集まった一同は、お互いの健闘を讃えると同時におかしな所を指摘しあって大笑いしていた。

「やっぱり一番笑えたのは大道の仁太さんよねー?あれだけのハマり役は他になかったわよ!」

真っ先に笑い始めたのは例によって桜子。当然大道も言い返す。

「何言ってやがる、お前のマスノなんか偉そうな所が芝居かどうかも怪しかったじゃねえかよ」

「あーら大道さんたら何を仰いマスノ?わたくしこう見えましても、最近は由香里さんと並んでも恥ずかしくない程には成長したと自負しております事よ?」

「…どこがだよ!」

そんなやりとりに大きな笑い声が起こる中、由香里と三船は互いに笑みを浮かべながら話をしていた。

「本当に有難う。高屋敷さんの語りのおかげで凄くいいお芝居が出来たの。あの語り無くしてあれだけの歓声は絶対に無かった」

思い出すかの様に三船は恍惚とした表情を浮かべるが、すぐに自分を取り戻すと再び由香里に真面目な視線を向ける。

「高屋敷さん、一緒にお芝居の世界に…」

「はい?」

「あ…ごめんなさい。もしも、もしもだけどね?劇団とかに興味あったら…言ってね」

「劇団ですか?」

「う…うん、そう!」

「私には、とても無理だと思いますよ」

「えっ?…どうして?」

「どうして、と聞かれると困りますけども…私には向いていないのではないかと思いまして。私は、自分自身の気持ちとは違う言葉を口には出来ないと思うのですよ」

「えっ?だって今日の語りは、私が見る…って言うか聞く限り完璧だったわよ?」

「えーっと…それはですね…語りだからですよ」

「えっ?」

「私は、出来る限り三船さんのご要望にお答えしようと、仰られた通りに台本を読み上げただけなのですよ。ですから、それをお褒め頂くのであれば、それは台本をお考えになった三船さんのお力であって、私の手柄などでは無いのです」

「だから、それは高屋敷さんが私の思った通りに読んでくれたからであって…」

「はい、私がしたのはそれだけの事なのですよ。つまり、三船さんのご指示があればこそ出来た事なのです」

「それって、かなり凄い事なんだけど…」

更に何か言いかけた三船だったが、由香里の笑顔にはそれ以上何も言えなかった。

「まぁ、気長に誘ってみようかしら」

そんな事を呟く三船。同時に一番の功労者である彼女の周りを一同が取り囲んだ。ここでも第一声は桜子である。

「コラ由香里!ダメじゃない三船っちを独り占めしちゃ!」

「えっ?いや、むしろ私が高屋敷さんを独り占めしてたの」

慌てて弁解する三船。そのあまりの当惑振りに、桜子は思わず笑い声を上げる。

「まあまあ、どっちが独り占めしたかは置いといて、皆が三船っちにお礼を言いたいんだってさ!」

「…私に?」

思わず一同を見渡す三船。そして

「そんな!お礼を言うのは私の方!だって最後の文化祭だって言うのに私のわがままに付き合ってくれて、私本当に…本当に感謝してるんだよ?だから…皆…ありがとう!」

そう言って頭を下げた三船の顔を、桜子が下から覗き込んだ。

「きゃあっ!」

驚いてのけぞる三船だったが、いつの間にか背後に立っていた由香里がふんわりと受け止める。

「あ…ありがとう」

「いいえ、何ともありませんか?」

「うん…ちょっと驚いたけど」

そんな二人を見てほっと息をつく桜子…の肩に大きな手が乗ると

「お前、調子に乗りすぎだ」

大道の低い声が響く。

「えへへ…由香里がいてくれて助かったよ」

「全くだ…おっと、そんな事よりもだ…なあ三船」

「えっ?あっ?ハイ、えっと、何ですか?」

「何だよその挙動不審振りは…まあいい。さっきお前がありがとうって言ってくれたけどよ、俺達も…その…何だ…」

「…?」

急に押し黙る大道。その赤くなった顔を見て桜子は苦笑する。

「ナニ照れてんのよ」

「小突くな」

「代わりに言ってあげようか?」

「いらねえよ!」

そんなやり取りの最中

「三船、今年の文化祭な」

「えっ、なあに、南城君?」

「お前のお陰で楽しかったぜ。いい思い出になる」

「本当?」

「ああ。それに俺だけじゃない、他の奴らもそう言ってる。ありがとうな」

「ううん、私の方こそありがとう。それに南城君には去年からお世話になりっぱなし。何かお礼しなくっちゃだね」

「いらねえよ」

「あ…迷惑だった?」

「そうじゃねえ、お礼なら今日の芝居で充分だって事だよ」

「…!」

思わず絶句する三船。その頬に涙が伝うと、南城の鋭い目が一瞬丸くなるが

「バーカ、お前が泣いてどうすんだよ。今日の主役なんだから笑ってろ」

そう言いながら三船の頭に手を乗せた時、その目尻がほんの少しだけ、下がっていた。

「あーあ、結局南城にいいトコ持ってかれたねぇ」

「…うるせえな」

「まあ、大道には似合わないって!」

「…褒めて無えだろ?」

「よく分かったねぇ」

「おい!」

「まあいいじゃん!皆も楽しそうだし、私達も盛り上がろうよ。ねえ由香里?」

「はい。精一杯楽しみましょう」

クラスメイト全員が盛り上がる中、満足そうな笑みを浮かべたまま塩谷一人が眠りについていた。


一応受験生のはずの彼女達。まぁ、きっと見えない所で頑張っているのでしょう(笑)でも思い切り楽しんだ分は次で取り返す…余裕があるのか?とか言いつつ既に3年生も年末を迎える訳で…早いですなぁ。そろそろ本気で進路とか考えてもらわないとまずいですねぇ。

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