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最後の夏休み

15.最後の夏休み


 楽しい修学旅行も終わってしまい、今度は期末テストが迫りつつあったある日の事。

「ねえ由香里、りなって本当にこっちの大学に来るのかなぁ?」

 唐突に桜子が聞いた。

「りな…ああ、沖縄でお会いした赤羽りなさんの事ですね?」

「そうそう!」

「どうでしょうねぇ?確かにその様な事を仰っていましたけれども、何分将来に関わる事ですし、ご両親とよくよくご相談をされた上でお決めになるかと思いますけども」

「そっか…そりゃそうだね。そう言えば由香里は大学に行くの?」

「はい、一応第三志望までは決めてあるのですが、どこにするかはまだ決めかねているのが正直なところです」

「そうなんだ?んで、今のところどこに行くつもりなの?」

「はい、まず第一志望は…」

「あー、どこもワタシの頭じゃ無理そうね。本音を言うとここに興味あるんだけど…」

「まあ、でしたら是非ご一緒に」

「いや、だからワタシの頭じゃ無理だって」

「何故でしょうか?」

「だって、テストの結果とか見てたら解るでしょう?」

「はい、ですからご一緒にと申しているのですよ」

「うーん…他の人に言われたら嫌味にしか聞こえないんだろうけど、不思議と由香里に言われるとその気になるから不思議よね」

「はい、サクラさんがその気になれば、受験までには十分に間に合うと思いますよ」

「そっか…」

 その気になった桜子は、暫し考えてからその目を輝かせた。

「ねえねえ、じゃあ今年はお勉強合宿しようよ!」

その言葉に由香里は桜子以上に目を輝かせて答える。

「はい、それは素晴らしい考えですね」


 そんなやりとりもあって早一ヶ月。期末テストの成績もどこへやら、由香里と桜子、更にクラスメイトと担任に叔父、その他諸々の一同はまたもや別荘に集合していた。更には

「いよっ!久し振りっ!」

 突然頭を叩かれて振り向いた桜子の前には

「あ…朱戸サン?それに玄田さんも…」

「よっ!元気?って聞くまでもないか」

「それはお互い様でしょ」

そんな相変わらずなやり取りに、桜子の顔には自然と笑みが浮かんだ。

「まあ、ようこそいらっしゃいました」

 相変わらずの笑顔で由香里が出迎えると

「いよっ、お嬢!卒業しといて何だけど、今年も遊びに来ちゃった!」

満面の笑顔で答える朱戸…とは対照的に若干眠そうに玄田は目をこすりながら答えた。

「久し振りだね。何かよく解らないけど…私達まで参加しちゃっていいの?」

「はい、ご都合が宜しいのであれば、是非ご一緒にお過ごし下さい」

「あ、そう。良かった。でもねぇ」

 そう言いながら、玄田は朱戸にじとっとした視線を向ける。

「全く、朱戸ったら昨夜いきなり私に電話してきて、車出してって騒ぎ出すのよ。何の事かと思ってたけど…ここに来たかったのね」

そんな視線には全く気付いていないのか、朱戸は久々に会った桜子を弄り倒していた。

「あ、それと…ちょっと言いにくいんだけどね、どうやら朱戸が白木達にも連絡入れたらしくって」

「まあ、では白木さんと青山さんもおいでになるのですか?」

「うん、まあ青山の都合で来るのは夜になるらしいんだけど」

「そうなのですか?では、晩御飯はご一緒できそうですね」

そう言いながら嬉しそうに微笑む由香里。その顔に見入っていた玄田は、不覚にも頬を赤く染めてしまった。


「よっしゃ、じゃあ久々にやろう!」

 別荘に着くなり、朱戸は空手着に着替えて由香里を指名する。

「あの、朱戸サン?今回は一応お勉強合宿って事なんで、いきなりそれは…」

珍しく桜子がまともな事を言って朱戸を遮るが

「およっ?遊び人が真面目な発言を?じゃあサクラっちが相手してよ!」

「えっ?だから…」

「いいでしょう?お・ね・が・い」

「そんな目をしたって…」

「じゃあ、こっち?」

そう言いながら拳を振り上げる朱戸。

「もう、結局やらないと気が済まないんですよね?」

「うん!」

 そんなやり取りから数分後、最初は迷惑気味だった桜子も次第にその気になって来た様で…

「じゃあ、いきますよっ!」

「おうっ、かかって来なさいっ!」

朱戸に負けない位、テンションが上がっていた。


 久々に気の合う相手との組み手が嬉しいのか、朱戸も桜子も見るからに溌剌としているが、やはり朱戸が打ち込み、桜子がさばくという展開は変わらなかった。

「ほほう、きちんと稽古していたみたいじゃん?なかなかの動きだ」

「朱戸さんこそ、引退して結構経つのに、まだ動けるじゃないですか?」

「おおっ?口は更に達者になったみたいじゃん?なら、そろそろ本気出すよっ!」

「それはこっちの台詞ですっ!」

「いい度胸じゃん!」

声と同時に思い切り踏み込む朱戸。鋭い突きを放つが、桜子は落ち着いてさばいてその手首を掴む。

「おっ、いい反応!」

「そんな余裕ぶってていいんですか?」

焦らず落ち着いて朱戸の体勢を崩した桜子。そのまま投げられる!そう確信した瞬間…

「ぁいっ!」

声にならない叫び声を上げた。

「んなっ…何?」

激痛の走る右足を見下ろすと、足の甲に朱戸の親指がめり込んでいた。

「どう?痛い?」

「はい…物凄く」

「まいったする?」

「まさか!」

「あ、そう」

そう言いながら朱戸がぐりぐりすると

「んっぎゃっ!」

たまらず掴んだ手首を離すと、そのまま腰を落として悶絶した。


「痛ったーい…何なのよさっきのは?」

 由香里に足をさすられながら桜子が呟く。

「そうですねぇ、私も詳しくは存じませんけども、以前叔父様が…手足の指一本でも動かせるならば、状況次第では相手の動きを封じる事は可能だと、そんな事を仰ってましたけども…どうやら本当の事らしいですねぇ」

由香里はそんな事を言いながらも、顔は相変わらずの笑顔だった。

「ゴメンね、朱戸が調子に乗りすぎたみたいで。まだ痛む?」

玄田は桜子の前にしゃがみ込むと、心配そうにその顔を覗き込んだ。

「いえ、もう大丈夫です!ホラこの通り」

言葉と同時に立ち上がった桜子。すると自分でも意外な事に、もう痛みは引いていた。

「あれ?もう痛くない」

「まあ、それは何よりです」

「大丈夫?無理してない?」

 そんな事を言いながら群がる一同に、朱戸は背後から声をかけると

「安心しなって!さっきのは動きを止めただけだよ。可愛い後輩の可愛いあんよを壊す訳無いじゃん!」

そう言ってカラカラと笑った。

「相変わらず…いえ、前以上に陽気になってませんか?」

「うーん…私も久々に会ったんだけど、同感だわ」

「まあまあ、陽気なのは大変結構な事ではありませんか。私達も是非見習いましょう」

そんな由香里の言葉に

「その通り!皆の者私を見習うがいい!」

朱戸は胸を張って笑った。桜子と玄田も

「朱戸サン、パワーアップしてますね」

「うん、確実に」

そんな事を言いつつ苦笑した。すると

「さーて、じゃあお嬢!相手してよ!」

そんな事を口走る朱戸。更には

「はい、喜んで」

朗らかに答える由香里。その様子を見た桜子は

「あの、それじゃあワタシが相手した意味が無いんじゃ…いや、いいや。無駄だし」

朱戸が答えるより先に、そんな言葉が口から漏れた。


「あー、いい汗かいたっ!」

 数分後、充実感に溢れた顔で朱戸は額を拭った。

「アリガトね、お嬢!」

「こちらこそ、有難うございました」

互いに礼をする二人。朱戸が五分きっかりで切り上げた事に桜子は意外な顔をする。

「まさか、朱戸さんが勝ち負けにこだわらないなんて…」

「そうねえ、意外だけど…まあ成長したって事なんじゃない?だって今回はお勉強合宿なんでしょ?」

「なるほど、そう言えばそうでした」

そんな事を話している二人の耳に

「そんじゃ汗もかいた事だし、ひと泳ぎしよっか!」

朗らかな朱戸の声が響く。二人は一緒にひっくり返った。


 結局朱戸に付き合わされて、と言うよりは

嬉しそうに海で遊んだ桜子は、夕食前のお勉強タイムで既に船を漕ぎ始めていた。

「サクラさん、お疲れですか?」

「ううん…だいじょう…ぶ」

「あらまあ、冷たい麦茶でもお持ち致しましょうか?」

由香里がそう言いながら立ち上がりかけたその

「…いいえ、こっちの方が効くと思うわ…」

 不意に低めの、それも聞き覚えのある声がしたかと思うと、同時にバシッという乾いた音が響いた。

「痛ったあー…って、青山さん?それに白木さんも!」

頭を抑えながら振り返った桜子の前には、何故か竹刀片手に立ちはだかる青山と、その背後で笑みを浮かべる白木の姿があった。

「…まあ、事情は聞いているわ。でも、居眠りする余裕は無いんでしょう…?」

「久し振りね。相変わらずみたいでちょっと安心したわ」

「お久し振りです。白木さん、青山さん。お元気そうで何よりです」

「ええ、お久し振りね。そちらも元気そうで何よりだわ。あ、それと…来ておいて今更なんだけど、私達までよかったのかしら?朱戸は誘われたから是非って言ってたのだけど、それって本当なの?」

「…さっきの朱戸の口調からして、どうも嘘っぽいのよね…」

そう言いながら二人は申し訳なさそうに由香里を見つめるが

「はい、私が是非、皆様ご一緒に来て頂ける様、朱戸さんにお願い致しました」

由香里の言葉に怪訝な顔をする桜子。その表情に気付いた白木と青山は顔を見合わせて苦笑すると、白木は背後を振り返って声をかけた。

「良かったわね、貴女の言葉が証明されたわよ」

「いやー、だからそう言ったじゃない?」

 朱戸はそう言いながら出て来たものの、何故か額の辺りが赤みを帯びている。

「あの、もしかして青山さん、朱戸さんにも喰らわせました?」

桜子が白木に耳打ちすると

「ええ、後輩の邪魔するんじゃないって言いながら、問答無用でね。実は私達も遠慮しようかと思ったんだけど、玄田一人じゃ朱戸を止められないでしょうと思って、つい来ちゃったのよ。でも、その分お勉強の手伝いはさせて貰うからね」

「はい、是非お願い致します」

「それに、就職を考えてる人がいるなら朱戸が相談に乗ってくれると思うわよ…多分ね」

そう言いながら白木は背後に視線を移して苦笑する。そこには

「…全く、後輩に面倒かけて…」

「まあいいじゃん!青山だって何だか楽しそうだよ?」

「…ふう、全く…貴女には敵わないわ。まあ来てしまったのは事実な訳だし、せいぜい楽しませて頂くわ…」

「おお、話が早い!」

「…でもね、その分ちゃんと後輩達の面倒を見るのよ?それが私達がここにいる理由。解っているわよね…?」

そう言った青山の目には、常とは違う光が耀いていた。

「え…っと、そりゃあ…モチロンそのつもりよ?アタリマエじゃない?」

「…何だか、呂律が回って無い気がするけどそれはまあいいわ。お互いに頑張りましょうね…」

「あ…あい」


 そんなやりとりが功を奏したのかはさて置き、進学組の三人は後輩達の勉強を優しく、時には厳しく面倒を見ていた。因みに、唯一の就職組だった朱戸は、陽子と共に包丁を握振るっていた。

「朱戸さんって、結構料理とか好きなんですか?」

「え?いや、前は全然しなかったけど、今年から一人暮らしなんである程度はね」

「え、じゃあそれまでは…」

「うん、全然。包丁とか握ったのも家庭科の授業だけかな?それもかなり適当に誤魔化していたんだけどね」

そう言いながら舌を出す朱戸。しかし朱戸の見事な包丁捌きに、実の所陽子はかなりうろたえていた。何しろ自分は親の手伝いで子供の頃から度々包丁を手にしていた。正直自分で言うのも何だが、同年代の女の子に料理に関する事では負けない自負があった。なのに今、目の前にいる素人同然の朱戸の包丁捌きは自分と同等…いや、ひいき目に見ても、自分のそれよりは僅かに上を行っていた。それを目の当たりにした陽子の中で何かが切れ…

「ねえ、今年のイベント、もう何にするか決まってるの?」

「え?今年は流石に無いんじゃない?皆勉強の為に来てる訳だし…」

「でもっ、料理勝負とかだったら、息抜きとかにもいいんじゃないかしら?流石にビーチバレーとかみたいに体力も使わないし」

「なるほど…面白そうね!」

「ええ、是非皆に勧めてみて!」


 そんなやりとりの翌日…

「さて、恒例の王様女王様決定イベント!今年もスポーツ…では芸が無いので、今回はなんと、料理対決としゃれ込もうではありませんかっ!」


 マイクを片手に叫ぶ朱戸。

「料理対決?何でまたそんな事を」

「…どうせ思いつきでしょうけど、それはそれで面白そうね…」

「こらこら、私一人じゃ朱戸の暴走を止められないから来てくれたんじゃなかったの?」

「まあ、そのつもりだったけど」

「…息抜きには大切よ…何事も根の詰め過ぎは良くないわ…」

余り気にしていない様子の白木と青山。玄田もそれを見ては最早止める気は起きなかった。

「さて、皆さん気になるメニューですが!やはりここは夏、しかも大人数って事もあるので、皆大好きカレー大会って事で如何でしょうかっ!ってまあもう決定事項なんですけどねっ!」

朱戸の勢いに乗せられたのか、はたまた皆がそんなイベントを望んでいたのかは定かではないものの、正午を回る頃、ビーチに作られた仮設厨房…と言う名のテント内は足の踏み場も無い状況だった。


 陽子の思惑通り、由香里が自分のチームに加わってくれたのは良かった物の…

「由香里ぃー、コレどうしよう?」

 鍋の中から煙を立ち上らせつつ、桜子が悲痛な声を上げた。

「あらまあ、とりあえず火を消しましょう」

「えっ?あっそうか!えっと…えいっ!」

 慌てながらもコンロの火を消す桜子。由香里はそれを見て手を叩いて喜んでいた。

「…大丈夫かなぁ?」

そう言いながら陽子は溜息をつく。


 陽子の目論見通り、由香里を自分のチームに入れたまでは良かったが、当然の様に付いてきた桜子の予想外の行動は陽子を慌てさせる。因みに、陽子のチームは陽子、由香里、桜子の三人。そして一方的にライバルと認めた朱戸のチームは、相棒の玄田、そして何故か三船が同じチームだった。

「うーん、やはり私のカンは正しかったわ。三船ちゃんってお料理上手そうだなって思ってたのよね」

「えっ?いえ、私なんて全然…」

三船はそう言いながら、視線は朱戸に向けたままで見事に玉葱をスライスしていく。

「いや、本当に凄いよ…」

呆気に取られた様に玄田が声を上げる。その傍らでは朱戸が大きな肉をこれまた見事に捌いてゆき…

「えっと…私は何を?」

「クロちゃんは、コレとコレと…あとコレ、よーくすり潰して混ぜといてっ!」

「あ…了解」

 意外とも思える朱戸の手際の良さに、付き合いの長い玄田も驚きを隠せないが

「あらま、朱戸にあんな特技があったなんて意外ね」

「…そうね、少し驚いたけど…」

白木と、そして同じチームとなった青山も意外そうな顔でそれを眺めていた。

「けど?」

「…カレーは私の大好物よ。だからお遊びとは言え、負ける訳にはいかないわね…」

「おお、それは心強い」

 そんな二人と共に組んでいたのは

「うーん…これも良いけど、やっぱりこっちよね。後は…うん、このゴーヤもいける!」

一切の妥協無く野菜選びをする美鈴が、隙の無い二人組みを更に完璧に近付けていた。

 そしてもう一組

「何で俺がこんな事を…」

 ブツブツと呟きながら大道が豚バラのブロックに包丁を入れていく。その隣では

「まあまあ、どうせやるなら楽しまなきゃ損だよ、大道君!」

必要以上の笑顔を見せながら、一騎が素早く野菜を刻んでいく。更にその反対側では

「流石は一騎さんですね。串を包丁に持ち替えても見事なものです」

武田がそう言いながら、一騎にも見劣りしない手付きの良さでスペアリブを炙り、切り分けていた。


桜子に「アンタもなんか作りなさいよ、男らしいカレーとか」等と言われて渋々参加した大道は、三十分と経たない内に不満を漏らし始めた。しかし、両隣で手際よく食材を捌く二人、特に武田の炙る肉の臭いに思わず腹の虫が鳴く。慌てて腹を押さえる大道だったが

「おっ、元気な証拠だね。一騎さん、これは大道君の為にも、美味しいカレーを作らなくてはいけませんね」

「ああ、実は俺もその臭いのせいでヤバいんだ。早く仕上げちまおう!」

「ええ」

二人はそれで更にペースを上げ、各チームとも順調に調理は進んで行く。


 由香里達のチームは、桜子には炊飯と味見、そして皮むき(のサポート)を任せて、じっくりと出汁を取ったスープをベースに、和風の野菜たっぷりチキンカレーを作っている様子だった。その最中も陽子が視線を注ぐ朱戸チームはと言うと


「おおー、いい香り♪って自画自賛?」

 玄田は自分で混ぜたスパイスの出来に満面の笑みを浮かべる。

「どれどれ?ホラ、三船ちゃんも!」

「あっ、はい」

三人揃ってすり鉢の前に立つと、その香りを胸いっぱいに吸い込み…

「イイ」

「でしょう?」

「はい…素敵です」

満足出来るスパイスの調合に、三人とも納得した様な笑みを浮かべる。そして

「じゃあ、仕上げと行きますか!」

「うん!」

「はい!」


「うーん、やはり油断ならないわね」

すっかり一致団結した朱戸チームに、陽子は改めて闘志を燃やす。しかし、油断ならないのは他のチームも一緒だった。


「さーて、そろそろいいんじゃない?」

「…そうね、豆はいいと思う。美鈴さん、お野菜はどう…?」

「はい、準備オッケーです!」

白木チームも見事なコンビネーションで仕上げに入る所だった。更には


「うん、下味はほぼ完璧だ!そろそろ仕上げに入ろう!」

「ええ。大道君、ここからは君の出番です。その腕力を活かして、このジャンボおたまでじっくりゆっくりかき混ぜて下さい」

「はい!」

完成に近づく「初めての自分の料理」を目の前にして、流石に大道も興奮してきたのか自然と力がこもる。

「おおっと、そんなに乱暴にしないでくれ。焦がさない様に、ゆっくり休まずかき混ぜるんだ。武田君はつけ合わせを頼む!」

「は、はい!」

「了解です」


 そんな感じで調理が進んで行く。すると今まで海で遊んでいた面々が更には中で真面目に勉強をしていた面々までもが香りにつられた様に段々と集まり始めた。すっかりお腹を空かせたのか、彼らの興味は今や美味そうなカレーにのみ注がれている。


「さあ皆様お待たせしましたっ!すっかりお腹を空かせた皆様の為に、どのチームもカレーをたっぷりと用意しております!」

「是非食べ比べをして頂き、一番美味しいと思ったカレーに皆様の清き一票をお願い致しますっ!」


 無事調理も終わり、久々に朱戸と桜子がコンビで実況を始めた。何しろ陽子とは違い、元々楽しむ為に参加していた朱戸はプレッシャーなどは微塵程にも感じていなかったのだから。そして桜子はと言えば、実の所は二人のお手伝いに終始していたにもかかわらず、由香里の見事なまでの転がし方ですっかりやり切った感に満ち足りていたのだった。まあ本当の所、由香里は素直に桜子の頑張りに感嘆していただけの事なのだが、陽子の目には由香里が桜子を操作している様に見えなくも無かった。


 それはさておき、開放された途端にどのテントにも長蛇の列が出来る。そして序盤の内は、ボリューム満点のスペアリブを使った一騎達のテントに男子生徒が群がり、ヘルシーな夏野菜と豆カレーの白木達のテントに女子生徒が群がった。


「ねえ由香里ちゃん、私達のカレーって…」

「はい?」

「美味しいよね?」

「はい。とても良い出来だと思いますよ」

「だよねぇ?でも…負けてない?」

 不安げに呟く陽子。とは言え、勝手にライバル視していた朱戸チームもあまりいいとは言えない滑り出しに、若干安心していたが。とは言え由香里と二人でも余裕で切り盛りできる状況では、はっきり言って勝てるとは思えない。まずは敵情視察、そう考えた陽子は

「ちょっと、他のカレー食べてみようよ!」

 言うが早いか、足早に立ち去るとあっと言う間に戻って来て、由香里の前にそれぞれの皿を並べた。

「さあ、食べてみよう!」

 そう言った陽子と由香里の前には、肉が激しく主張しているカレー、見るからにヘルシーな豆と野菜のカレー、そして由香里達のカレー

「で、これが最後。朱戸さんチームのカレーなんだけど…凄くいい香りなのよね」

陽子がうっとりした顔で呟く様に言うと

「はい、とても食欲をそそられますね。でもまずは一口…」

「そうだね、凄く美味しそう!」

敵情視察のはずが、ついつい美味しいカレーに舌鼓を打つ二人。

「うーん、このスペアリブカレー凄いわね。てっきり男の料理!って感じの豪快で大味な物を想像してたんだけど、余分な油は落としつつ、旨みは残ってるのよね。余程丁寧に炙ってから煮込んだのかしら?それにライスに何か、これは…刻んだキャベツ?これで食感を良くしつつ、さっぱり感を出しているんだね。男の人の料理って、結構手が込んでるんだねえ」

「そうですねぇ。確かに色々なアイデアが盛り込まれていますね。中でもこのスペアリブですが、これは確か武田さんが炭火で炙っていたかと思われますが」

「そんな手の込んだ下拵えを?成程。でも、あえて欠点を挙げるとすれば…」

「はい、他にもお肉が沢山入っていてとてもボリュームがあるのですが、正直私にはボリュームがありすぎますねぇ」

「そうよね。あとはやっぱり肉の旨みを活かす為に、もうちょっとスパイス効かせた方がいいかもね。じゃあ…この豆と夏野菜のカレーはどう?」

「はい、とても美味しいです。正直な所、私はこちらの方が好きですねぇ。お豆は身体にもいいですし、それにゴーヤとトマトがこんなに合うとは、ちょっと意外でした」

「そうねー、これはちょっと目から鱗だったわ。それに、サラサラしたルーにちょっとだけオリーブオイルを絡ませたこのインディカ米のライス、これはいい組み合わせよね。女の子はきっとこっちを選ぶかも。逆に男の子はさっきのに群がりそうよね」

「そうですね」

と、言いながら微笑む由香里。自然と陽子も笑顔になるが

「おっと、笑ってる場合じゃなかった。実は一番気になってるのはこれなのよ。どう?」

そう言いながら陽子が指差したのは、朱戸チームの香り高いカレーだった。

「はい、この香りは非常に食欲をそそられます。それに具材はシンプルですが、夏の海辺で食べるには最高なのではないかと…」

「そうなのよ…って、それじゃ負けちゃうじゃない!」

「まあ、皆さんで楽しめるならば、勝ち負けは宜しいではありませんか」

「えっ!…いや、まあ…そうなんだけど…」

まさか朱戸をギャフンと言わせる為にこのイベントを考えたとも言えず、陽子は心の中で歯軋りをする。しかし、いや、だからこそ味見はきちんとこなす。そして

「うーん、いわゆるキーマカレーなんだけどそれを上手にアレンジしてるのね。スパイスはよく効いてるけど、凄く食べ易くて…ヨーグルトでも入れてるのかしら?」

「はい、ひき肉のバランス、スパイスのバランス、辛味と酸味、そしてお肉の旨みのバランス、どれを取っても素晴らしい仕上がりです。それに何と言ってもこのご飯。チーズとバジルを混ぜたご飯を、焼きおにぎりみたいに固めて焼いて…きっとこれだけで食べても美味しそうですね」

「うーん…でもでもっ、私達のも負けてないでしょう?」

若干涙目にも見えなくも無い陽子だったが、由香里は事も無げに答える。

「はい、普段食べるのであれば、私は間違いなく私達の作ったカレーを選びますよ」

「そうよねっ?…あ、でもさっき由香里ちゃん自分で言ったじゃない!夏の海辺ならこっちだって」

そう言って朱戸チームの皿を指差した陽子はまたもや涙目になりそうだったが、そこへ桜子が帰って来た。

「いやー、やっぱり朱戸さんと一緒だと楽しいわ!」

「まあサクラさん、お疲れ様でした」

「いやいや、実況しながら飲み物も貰ったしカレーも全部食べてきたから大丈夫!」

そう言ってⅤサインを出す桜子。

「まあ、どこも美味しかったけど、やっぱウチのが一番ね!なんか家カレーって感じで一番落ち着くって言うか」

その言葉に陽子が激しく反応する。

「今良い事言った!」

「なっ…何?」

いきなり立ち上がった陽子。桜子の両手を握り激しく揺すぶると

「そうよ!私達のカレーは一番身近なカレーなのよ!それをじっくり丁寧に仕上げたの!だから負ける訳が無いの!」

鼻息荒く言い放った。


 とは言え、どれが美味いかを決めるのは作った本人達ではない。それは解っていたが、何もせずに待っているだけの状況に陽子は我慢が出来なかった。そして…声高にお客さんを呼び込む。

「さあさあこれぞ夏の和風カレー!お家で食べるカレーも海辺で食べればまた格別!やはりシメはこれでしょう!」

「はい、やはりカレーライスと言えばこれが定番です。皆様、是非一度ご賞味下さい」

すかさず由香里がそれに合わせると、当然桜子も黙ってはいない。

「そうそう!カレーって言えば当然お肉と野菜がバランスよく入ったカレーライスよね!食べないなんてありえないわ!それに今ならウーロン茶かサイダー、好きな方を一杯おまけしちゃう!是非来てねっ!」

桜子は思わず見とれてしまう程の明るい笑顔で呼びかけると、徐々に増え始めていた客足が一気に伸び始めた。その様子に当然他のチームも黙ってはいない。

「おやおや、流石は元気印の桜子さん。これは我々も負けていられませんね」

「そうだなぁ、じゃあ大道君も呼び込みをして貰おうか」

「はい!」

「で、武田君はより香りが舞う様にあおいでくれ」

「はい、了解しました」

「じゃあ、俺はこの行列を捌いてみるか!」

 そう言いながら一騎は頭のタオルを締め直すと

「さあいらっしゃい!どこにも負けないボリューム満点のスペアリブカレーだ!じっくり炙った骨付き肉とカレーのコラボは他では味わえないよっ!是非一度ご賞味あれ!」

普段から接客しているだけあって、一騎の言葉には淀みが無い。それに慣れた手つきで並んだ客に次々と皿を渡して行く。その早さが更なる客を呼んでいた。


「流石に本職ねえ、見事だわ。それに武田の顔見てよ、とても持病があるとは思えないわよね?」

 何故か、ちょっと嬉しそうな声を上げる白木。しかし青山と美鈴はそれどころでは無かった。

「…感心してる場合じゃ無いわ…」

「何か問題かしら?」

「大問題です!もう材料が無くなりそうなんです!」

「まあ、豆が?野菜が?」

「…豆は、まだ有るけど…」

「野菜を入れすぎました、私のミスです、ごめんなさい!」

両の瞳に涙を溢れんばかりにして、美鈴が頭を下げた。白木と青山は顔を見合わせると互いに笑みを浮かべ、その小さな肩を優しく抱き寄せた。

「何を泣きそうになっているのよ。これは折角の楽しいイベント、笑いなさいな」

「…そうね、それにこんなトラブルは後々いい思い出になるものよ。それに豆が残っているのなら、私に任せなさい…」

 全く動じないどころか、かえって楽しそうな白木と…多分そうなのであろう青山。その姿は美鈴の笑顔を取り戻し

「さあ皆様、そろそろ本命のインド風豆カレーをお出し致します!まだ食べてない方も、既に夏野菜と豆のカレーを食べた方も、一味違う、取って置きの一皿を是非一度ご賞味下さい!」

一瞬にして夏の日差しの様な笑顔を取り戻しつつ、機転のきいた言い回しでリピーターまでも取り込もうとしていた。

「あら、凄い回復力ね」

「…流石は先生の血族、侮れないわ…」

二人はそう言うと、互いの顔を見合わせて苦笑した。とは言え勿論それだけでは無く、青山は取って置きのレシピ帳を取り出すと、残っている豆にベストと思えるスパイスの調合を始めた。


 表情一つ変えずに擂粉木を回す青山。しかし付き合いの長い朱戸はその本気度がただ事では無い事に気付く。

「あらー、とうとう青山が本気になったか」「あーけーとー!何を他人事みたいに言ってるのよ?ウチのライスに手間がかかるのは、言いだしっぺのアンタが一番解ってるでしょう?だったらはしゃいでないで手伝って!」

「へいへい、クロちゃんは怖いっすねー」

「もう、おどけるのも禁止!」

「へーい。じゃあ三船ちゃん、ラストスパートかけるけど…準備OK?」

「え?…は、はい!」

返事とともに猛スピードで平たいおにぎりを作る三船。それをすかさず玄田が炙り、朱戸が盛り付ける。どのチームもラストに向けてスパートを始めた。なにしろ食べる人数にも限りがある。お腹が膨れてからでは美味しさの感じ方も違うだけに、誰もが自分の皿を先に出そうと思っていたのだが…


「ねえ、生徒じゃない人が混ざってない?」

 次々と並ぶ客の列を見ながら、陽子がそんな言葉を漏らす。確かによく見ると、カレーのいい匂いに釣られたのか、一般の海水浴客と、更には近場の海の家のスタッフらしき人達まで並んでいた。

「あらまあ、どうりで盛況な訳ですねぇ」

「まあいいじゃない!楽しいんだし!」

そんな言葉でまとめる桜子。その手と頬には何故か、うっすらとペンキが付いている事に由香里と陽子は気付いていなかった。


 大盛況の内に試食会は終わり、果たしてどうやって順位を決めるのかと誰もが思ったその時、朱戸と桜子が皆の前に走り出す。

「えー、残念ながらどのチームも用意したカレーが底をついた様ですので、そろそろ集計に入ります!」

口火を切った朱戸。続いて桜子が右手を上げた。その手には今回使ったプラスチックのスプーンが握られている。

「皆様、カレーの皿と一緒にスプーンを受け取られたかと思いますが、それを…こちらの投票箱へお入れ下さい!」

そう言いながら、桜子は用意していた4連の箱…それは野菜の入っていたダンボール箱だったのだが。それを前に置いた。その箱には右から順に番号が振られていた。

「えっとですね、皆さんがお持ちのスプーンを、スペアリブカレーが美味しいと思った方は1番の箱に、夏野菜と豆カレーが美味しいと思った方は2番の箱に、海辺のさわやかキーマカレーが美味しいと思った方は3番の箱に、そして最後に、ワタシのチームが作った定番おうちカレーが美味しいと思った方は4番の箱にスプーンを入れて下さい!」

「ちょっと、何気に自分チームに有利な発言してない?」

「えっ?いえいえ、そんな事は無いですよ?それよりも大事な事を言わなくっちゃです」

「あ、そうだった!じゃあヨロシク」

「はい!では大事な事を言いますね!スプーンを何本か持っている方は、全部まとめて一箇所に入れてもらってもよし。気に入った所にバラけて入れてもよし。お好きなように入れちゃって下さい!あ、それともう一つ大事な事!お皿は脇にあるビニール袋に入れて下さいね!ゴミは決してその辺りに捨てないで下さい!」

「はいはい、よく出来ましたっ!では今の説明通り、皆様自分の舌が信じる通りにスプーンを箱に入れてくださいねっ!」

「では、投票開始―っ!」

 その合図と共に、それぞれの箱の周りに数え切れない程の人が群がった。それを見守る各チームの面々にも、ちょっと見ただけではどこが有利なのか解らない。そんな状態が暫く続き…やがて、最後のスプーンが投げ込まれた。


 大勢の観衆が見守る中、黙々と集計は続けられる。その間も観衆を楽しませようと、朱戸と桜子は水鉄砲を配って皆で打ち合いをしたり、冷たい飲み物を配っていたりした。当然それは観衆の為であって、自分達が楽しむ為では無い…多分。


 そんな事もあったが集計は滞りなく進み

「さあ、集計終わったわよ。遊び人シスターズ」

 音も無く朱戸の背後に迫った白木は、そう言いながら朱戸の方に腕を回した。そして

「楽しそうで何よりだわ…本当に」

額に滲んだ汗を拭いもせずに、引きつった笑いを浮かべた。

「えっと…は、早かったネ」

そう返事をした朱戸の顔は、心なしか青ざめている。少なくとも間近にいた桜子にはそう見えた。


 朱戸の身がどうなったかはさて置き、いよいよ結果発表となった。参加した殆どのメンバーが楽しげな中で、陽子一人だけは表情を硬くしてその様子を見守る。すると、若干青ざめた顔の朱戸が壇上に上がり、意外な言葉を口にする。

「お集まりの皆様、本日は暑い中大変お疲れ様でした。そんな訳なので長話はしません…が!今回のイベントを企画した方に、最後の挨拶をして頂きたいと思います!では陽子さん、こちらへ!」

「…ええっ?」

 一瞬にして硬直する陽子。すると、両側から由香里と桜子がその腕を取った。

「えっ?ちょ、ちょっと何を?」

「まあまあいいから!たまには上から見てみなさいって!」

「そうですねぇ。発案者として一度は皆さんの状況を見て頂かなくてはなりません」

「えっ?由香里ちゃんまでそんな…」

 殆ど有無を言わさぬ状況で壇上へ上げられた陽子。更に

「さて、今回のカレー大会の発案者、陽子さんより皆様へご挨拶があります!是非大きな拍手でお迎え下さい!」

朱戸の呼びかけにより、陽子は大歓声に包まれてしまった。

「あ…あの、えっと…」

しどろもどろな陽子に、由香里が傍らから声をかける。

「私も、今回の発案者が陽子さんと聞いてとても嬉しく思っておりますよ。ですから是非皆様にご挨拶をお願い致します」

微笑む由香里を見ながら陽子は思った「由香里ちゃん違うの、これは単に私が皆にもてはやされたくて考えた事なのよ。だからそんなに笑顔で歓迎しないで!」と。しかしそんな事言える訳も無い。とは言え嘘はつきたくない。暫く壇上であわあわしていると、次第に観衆の中にざわめきが起き始めた。

「サクラっち、フォローしよう」

「はい、朱戸さん!」

すかさず助けに上がろうとした朱戸と桜子だったが、由香里がその腕を掴む。

「お嬢?」

「何よ?陽子さんが困ってるじゃない!」

しかし由香里は黙って首を振る。するとその時、不意に子供の声が響く。

「ねえパパ、カレー美味しかったね!」

最前列から聞こえたその声に、陽子は顔を上げた。父親と一緒にいた女の子は、今度は陽子と目を合わせてにこにこ微笑む。すると不思議な程自然に陽子の声が流れ出た。

「ねえお譲ちゃん、全部食べてみたの?」

いきなり声をかけられた女の子は一瞬驚いて目を丸くするが、すぐに笑顔に戻ると

「うん!でもすぐにおなかいっぱいになっちゃうから、パパにもいっぱいあげたの!そうだよね、パパ?」

そう言って陽子に手を振る。

「そう、良かったね!」

そう言いながら、陽子の心は穏やかにほぐれていく。

「えー皆様、まずは暑い中お集まり頂きまして本当に有難うございました!」

 まずは大きな声と共に頭を下げた。同時に再び歓声が上がる。若干目を潤ませながら、陽子は歓声を抑えるかの様に片手を上げた。

「実は私、そんなに褒められた人間じゃ無いんです。昔からずっと両親の手伝いをしていて、なかなかこんな大勢で楽しむ事も出来なかったから…あ、でもそれは全然嫌じゃなくって、むしろ頼りにされてる感じで嬉しかったし…ってそんな事が言いたい訳じゃ無くって!」

陽子はそこで大きく息をつくと、今度は穏やかな口調で語り始める。

「実を言うと私、一度でいいからこうして皆に褒めてもらいたかったんだと思う。それで有利な料理対決をしようって、こちらの朱戸さんに申し入れたの」

「えっ、そうだったの?」

「うん、ごめんなさい。実はそんな理由があったの」

驚く朱戸に、陽子はぺろっと舌を出した。

「でも、こうして皆で楽しめて、こうして皆に喜んでもらって、もうそれで充分です。参加してくれた皆、それに食べに来て下さった皆様、今日は本当に有難うございました!」


 そんな陽子を割れんばかりの拍手が包み、そのまま終了…かと思いきや朱戸と、腕をつかまれた桜子が壇上に上がった。

「さーて、学園物のドラマだったらこのまま大団円なんだけど、私が司会をする限りそうはいかないっ!」

「えっと、ワタシ的にはそれでもいいと思うんですケド」

「なーに言ってんのよ!折角結果を集計したのに、発表しないなんて絶対にナシ!初志は貫徹すべしよっ!」

若干のけぞり気味に朱戸は宣言する。すると再び観衆は盛り上がり、有無を言わさず結果発表となった。


「んじゃ、皆さんお待ちかねの結果を発表致します!まずは第四位からっ!」

そう言いながら朱戸は手にした紙片に目を落とし

「第四位は…おお、四位でなんと七十二票!皆様ご協力有難うございまっす!んで気になる第四位はっ…おっと、個人的には嫌いではないけども、女子供には重かったか?正に男のカレー、スペアリブ入り肉たっぷりカレーだっ!」

「あららー、やはりボリューム有り過ぎたかな?」

「いえいえ、客数を見る限り僅差でしょう。充分な結果だと思いますよ」

「いや、自分はコレが一番美味いです!」

朱戸の発表を聞き、一騎達は思い思いの感想を述べるが、その顔は楽しげだった。

「では第三位!正に僅差の七十三票!夏野菜と豆カレーだっ!これも私個人としては非常に美味しかったのだが、やはり動物性蛋白質が無かったのが痛かった様だ!」

「…やれやれ、食欲旺盛な世代にはいま一つ受けなかったみたいね…」

「すみません!私が野菜の配分を間違えたから…」

「貴女のせいじゃないわよ。正直どこのカレーも美味しかったし、勝負は時の運よ。今回はたまたま来てくれた人達の好みとちょっとだけ違った、それだけよ」

 一騎達と同様に白木と青山、そして美鈴は若干残念そうではあったものの、笑顔で互いを労った。

「ではでは、このままの勢いで第二位、そして第一位も一気に発表しちゃいますよっ!ではまず第二位の得票数からっ!よろしくサクラっち!」

「了解っ!第二位のチームは、これまた僅差の七十八票!で、第一位は…おお、これもまたほんの僅かな差!八十二票です!」

「ほうほう、ではこれ以上勿体つけるのも何ですので、サクッと一位と二位のチームを発表しちゃっておくれっ!」

「はい!では一気にいくよっ!第2位は、夏の海に最高!カリカリチーズご飯のスパイシーキーマカレー!そして栄えある第一位は、おうちカレーの定番!お肉とお野菜一杯のカレーライスだあっ!」

その声と同時に大きな歓声が上がり…一日限りのカレー祭りは終了した。


「いやー、みんなお疲れー!」

 あらかた片付けも終わり、朱戸はコーラを片手に嬉しそうな声を上げた。そして一気に飲み干すと

「あー、楽しかったね!」

そう言いながら満足げに周りに視線を注ぐ。桜子も玄田も、それに他のチームの面々もやり遂げた様な表情で互いを讃えていた。そんな中、不意に由香里が朱戸の背後に視線を注ぐ。その視線に気付いた朱戸は

「ん、どしたのお嬢?顔に何か付いてる?」

そう言いながら由香里に笑いかけるが

「いいえ、私が気になるのは朱戸さんのお顔ではなく、背後のお二方のお顔なのですよ」

「はい?」

しかし朱戸が振り返ろうとしたその刹那

「立て看板とは、いいアイデアよね」

「…ええ、おかげでとても楽しかったわ…」

声と同時に朱戸の方に手が置かれ、瞬時にその体が後ろに向きなおされた。するとその前には、表面上笑顔ではあるものの、若干眉を吊り上げた白木と青山の姿があった。そして白木は、何やら長方形の板状の物を抱えていた。それに気付いた朱戸は

「あ!それは…」

それだけ言うと、助けを求めるかの様な視線を桜子に注ぐ。

「朱戸さん…まさか片付けるの…」

「うん、忘れてた」

「ひいいっ!」

うろたえる朱戸と桜子を尻目に、玄田が白木の抱えていた看板を読み上げる。

「なになに…無料カレー試食会場はコチラ!どなた様も好きなだけお召し上がり下さい…って何よこれ?」

「どうやら、このビーチにいらしたよその方へも、カレーの試食をお勧めする看板の様ですねぇ。でもおかげ様で大盛況でしたし、かえって良かったのではないでしょうか」

「え?あ、やっぱりそうでしょう?ねえサクラっち、やっぱ成功だったわよね?」

「え?…ええ、えっと…そうですよ先輩方、おかげで盛り上がったじゃないですか?」

真顔で苦し紛れな言い訳をする朱戸と桜子。白木と青山は思わず顔を見合わせて笑いそうになるが

「でもね、予想外に大勢のお客さんがきたおかげで、材料が底をついて自分を責めた子もいたのよ」

「…そうよ、美鈴さんは真面目だから、人一倍責任を感じているわ…」

「え?…マジで?」

「ええ、彼女涙目で私達に謝ったのよ。朱戸にはお遊びだったかもしれないけど、美鈴ちゃんは本気で私達の役に立とうと頑張ってたの。その気持ちだけは茶化しちゃ駄目よ」

「…そうね、その通りだわ…」

「あの…ゴメン」

本気で項垂れる朱戸。その隣では桜子も萎れていたが

「あの、私は別に怒ってませんよ?」

不意に背後から澄んだ声が響いた。

「えっ?」

声を揃えて振り返った二人。その目の前には溢れんばかりの笑みを湛えた美鈴の姿があった。朱戸が何か言おうとしたが、それより先に美鈴が頭を下げ

「ありがとうございました!」

予想外な言葉を口にした。

「あら、朱戸に一発くらい食らわせても構わないのよ?」

「…そうね、悔しい思いしたものね…」

 白木と青山の口からは、冗談とも本気ともつかない言葉が出るが、その顔はどちらかと言えば本気に見えなくも無い。若干萎縮する朱戸だったが、美鈴がその顔を覗き込み

「確かに、ちょっとだけ悔しい思いはしました。けど、それ以上に…もの凄く楽しかったんです!それに実は私、この企画自体が朱戸さんと陽子さんの発案だって聞いて、お礼を言いに来たんですよ」

そう言って朱戸の両手を取った。

「本当に、凄く楽しい時間を有難うございました!」

「へっ?」

 思わず硬直する朱戸。更にその隣で同じ顔で立ち尽くす桜子。それを見た白木は

「くっ…」

お腹を押さえて笑いを堪える。青山も

「…やっぱり本当の姉妹なんじゃない…?」

そんな事を言いながら、口元に手を当てて下を向くと、肩を震わせた。釣られて玄田も笑い出し、すっかり怒られると思っていた朱戸と桜子は

「何で笑ってるの?」

「え?いや、わかりませんよ」

顔を見合わせてそんな事を言う。

「良いではありませんか。皆さんが笑顔ならば、それに越したことはありません」

笑顔の由香里はそう言いながら、満足そうに辺りを見回した。桜子も辺りを見渡し

「確かに、みんな楽しそうだね」

笑顔で由香里の顔を見つめた。

「よかったね、朱戸。美鈴ちゃんのおかげで怒られなくて済んだじゃない」

「いや、もう怒られたってーの」

「そう思うなら、おふざけも程々にね」

「…そうよ、もう子供じゃないんだから…」

 思い思いな言葉で締め括っていた一同。すると由香里の目に、まだ忙しそうに立ち回る陽子の姿が映った。

「あら、まだ陽子さんが後片付けをされてますので、行って参りますね」

そう言って陽子の下へ向かう由香里。その後を一同が追い、更にその傍らでは子供達が走り回っていた。


今回は、いつの間にか陽子祭り(笑)いつも健気に働く元気少女、陽子。きっと登場人物の中では一番いいお嫁さんになるかと思います(笑)そんなこんなで最終学年もそろそろ後半へ突入する訳ですが…どうなるんだろう(汗)

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