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バトル再び

12.バトル再び


「へぇーっ!あの人形劇のセット、ほとんど南城が作ったんだ?意外―!」

 文化祭も終わって数日後、昼食を共にしながら喋っていた桜子は、三船から意外な事を聞いて驚きの声を上げた。

「あのっ…これは内緒にしてって言われてるの、だから…その」

思わず口を滑らせた三船は慌てて周りを見回すが、幸いにも屋上だった為に同級生は見当たらなかった。ほっと胸を撫で下ろす三船だったが、当然桜子は納得がいかない。

「えー、何でよ?アイツもそんな特技あるんなら、もっと皆と楽しくやれそうなのに」

そう言いながら不満気な表情を浮かべるが

「まあ、それもらしいっちゃらしいか」

珍しく納得した様に頷いた。由香里もその様子に笑みを浮かべ、三船は安心した様に大きく息を吐いた。

 そんな話のあった放課後、調子良く稽古を続けていた桜子。その背後に音も無く忍び寄った玄田は、気配を消したまま桜子を締めようと両腕を伸ばす。しかし

「何っ?」

 桜子は叫ぶと同時に跳躍し、そのまま振り返った。そして

「あれ、玄田…さん?」

「あっちゃー、バレちゃったか」

 そう言って下を出す玄田。

「えっと、ナニしてらっしゃるんですか?」

「まあ…腕試し?みたいな」

「はぁ?」

 ぽかんとする桜子。そこへ白木の声が響いた。

「ご苦労さん、玄田。それに桜ちゃん、今年も貴女で行くわよ。いいかしら?」

「えっと…何の事でしょうか?」

桜子は全く訳が解って無い様子だったが、今度はそこへ朱戸と青山も姿を現す。

「おめでとう遊び人!今年の合同稽古もアンタが出場選手に選ばれたのよ!」

「…まあ、当然といえば当然ね。何しろ、始めて一年半ちょっとでここまで上達するなんて、少なくとも私の記憶ではそんな人はいないわ…」

 それを聞いてもまだ呆けた顔の桜子に、由香里が笑顔で言葉をかけた。

「サクラさん、おめでとうございます。今年も精一杯頑張りましょうね」

「え?…あ…あああーっ!もしかして去年のアレ?ってワタシでいいの?」

「はい、今先輩方がそうおっしゃいました」

「あ…そっか。でも由香里は?」

「私は…既に先日、参加するようにと言いつかっておりますので」

「あ、そうなんだ。良かったー、由香里がいなかったら凄く心細いもんね。じゃあ、改めてよろしくね!」

「はい、宜しくお願い致します」

 はっきりとした目標が出来た時の桜子は、由香里をも驚かせる程の集中力を発揮した。一体それはいつからなのか、桜子と稽古をしながら由香里はそんな事を考えたが…すぐにそれはどうでもよくなった。今は今、そう考えた由香里は、今度こそ桜子を負けさせまいと厳しく桜子に仕掛けるが…

「うわああぁっ?」

 桜子は受けを取り損ねて尻餅をついた。

「サクラさんっ!」

由香里は思わず叫び声を上げるが、当の桜子はお尻をさすりつつ立ち上がった。

「あいたたた…うーん、今のは返せると思ったんだけど、それが油断なのかしら?」

何事も無かった様に言う桜子に、由香里はほっと胸を撫で下ろす。そして

「油断というよりは、ほんの一瞬、力みを感じました。それで私の投げを抜けられなかったのでしょう」

「…ナルホド、やっぱ奥が深いわ」

「とは言え、たった一年半でここまで上達されるなんて正直驚いてしまいます。私の家の道場生の方でも、ここまで上達が早かった方は、記憶にございませんねぇ」

「えっ、マジ?」

「はい」

由香里はお世辞など言うタイプではない。一年以上親しく付き合っていた桜子はそれをよく知っているだけあって、素直に褒められた事を喜び、再び気合を入れて練習に励んだ。

「流石はお嬢。扱い方を心得てるね」

 感心した様に朱戸は口を開くが

「でも、確かに驚きだね。今や遊び人を返上して、女流武道家ってカンジかな?」

すぐに桜子を褒める様に言い直した。他の三人も顔を見合わせると

「返上って、朱戸が言い出したんじゃなかったっけ?」

「そうね、確かにそうだったと記憶しているわ」

「…まあ、過ぎた事はいいじゃない…」

そう言って朱戸に視線を向ける。当の朱戸は

「そうそう!誰が言い出したかなんて、今更言いっこナシ!」

まるで他人事の様に笑った。


 それから約一月、あっという間に時間は流れ、合同稽古の前日となった。

「さーて、今年はあのいまいましい烏丸の学校が舞台だ!絶対に負ける訳にはいかないのよ?」

「まあ、気持ちは解るけど、気負うのはよくないよ。とは言え、全力で行くけどね!」

相変わらず元気な朱戸と玄田。由香里と桜子も楽しげに準備を手伝っていた。

「何かワクワクするね?よその学校に行くのって!」

「そうですねぇ、是非皆さんで頑張りましょうね」

「お、流石はお嬢!いい心構えだ!」

「コラ朱戸、人を褒めてる暇あったらちゃっちゃと準備しなさいよ」

「へいへい、クロちゃんは厳しいっすねぇ」

 朱戸がそう言っておどけてみせると、玄田は大きく溜息をつき、由香里と桜子は顔を見合わせて笑った。そんな頑張りもあって、翌日には無事に戦場となる校門の前に立っていた。


「あ、浜口さんだ!また相手して貰えるかなあ?…とか言って、全然勝てる気はしないんだけどね」

目ざとく浜口を見つけた桜子は、そう言って舌を出した。するとその隣で朱戸がうんざりした顔になる。

「あー…やっぱアイツも来たか」

その視線の先には、案の定蝶湖の姿があり、それは何かを見つけると同時に脱兎の如く駆け出した。

「たーっちゃーん!」

「げっ!来たっ!」

周りの誰もが気付いた頃には、蝶湖は既に青山の胸に顔をうずめていた。

「…あらあら、今日は是非、楽しんでね…」

 青山はまるで子供をあやす母親の様な笑みでその頭を撫でる。蝶湖は嬉しそうに甘えていたが

「コラ、いい加減にしないか!」

浜口がその襟首を掴むと、強引に引き剥がした。

「あうー、たっちゃーん!」

「いつも済まないな。コイツも技術は成長しているのだが、中身がちょっと…な」

「…大丈夫よ、それは心得ているから…」

「なるほど、そっちの方が付き合いは古かったか」

 浜口はそう言って笑うと、不意に真顔になって桜子に視線を投げかける。

「うわっ!」

 思わず由香里の背後に隠れる桜子。しかし

「えっ?今、ワタシを見たの?」

そう言いながらゆっくり立ち上がった桜子の視界には、既に遠ざかっていく浜口の姿が見えるだけだった。

「また、お相手して頂けたらいいですね」

由香里の言葉に、桜子は無言で頷いた。


 すっかり身支度を整えた一同は、体育館に勢揃いした。そしてすっかり準備万端となった朱戸と玄田は、お互いに声を掛け合ってテンションを上げる。

「おいおいおいーっ!今年が最後なんだ、醜態を見せるわけにはいかないよっ?」

「そりゃあ当然でっしょ!全力でやるしかないよね!それに今年は…」

 そう言って振り返る玄田の視線の先には、心身共に絶好調の岡山の姿があった。

「何しろ来年の世界選手権も決まって、絶好調らしいじゃない?浜口とやるのかなあ?」

「うーん、それは絶対面白いと思うけど、私としてはもう一回桜子ちゃんに頑張って欲しいなあ」

「なるほど…うん、クロちゃんの言う通り!それは是非私も見てみたいっ!」

 そんな感じですっかりハイテンションとなった二人だったが、その願いが通じたのかどうかはさておき…


「またアンタとなの?」

「朱戸っ!今年こそ完全決着よ!」

「何言ってんのよ、一度も勝った事無いくせに」

「なにをーっ!だから一昨年の負けも、去年の引き分けもぜーんぶ無かった事になる位のものスッゴイ勝ち方してやるんだからっ!」

「あー…はいはい」

「見てなさいよっ!」

 項垂れる桜子と興奮気味の蝶湖。今年も対峙した二人は一見対照的に見えたが、朱戸も心中は燃え盛っていた。戻ってきた朱戸は、不敵な笑みを浮かべながら玄田に告げる。

「まあ今年勝てば二勝一分けだ。負けてタイなんて冗談じゃないからね」

「そうそう…あ、でも」

「何よ?」

「まさか、勝ちを優先して地味な試合なんてしないよね?」

 朱戸は、そんな玄田の言葉に一瞬目を丸くするが

「当然!ってかそれで勝ってもまたアイツがうるさいって!」

「そだね。じゃあ、派手に勝ってきな!」

「おうよ!」

 玄田の構えた拳に朱戸も拳をぶつけると、そのままの勢いで開始線へと向かった。

「おー、流石は親友。相変わらず乗せ方が上手いんだから」

 傍らで笑みを浮かべながら白木が言うと

「…まあ、それだけ付き合いが長いって事かしらね…」

青山もそう言いながら、小さく笑った。


 開始線に戻った朱戸は、右腕をグルグル回しながら不敵な笑みを浮かべ、蝶湖の挑発にも笑みを崩さなかった。そして

「はじめっ!」

開始の合図と同時に左の半身に構える朱戸。蝶湖はいきなりの跳び蹴りを放つが、朱戸は慌てずにかわすと、すぐさま反撃に移る。蝶湖が着地する瞬間を狙っての下段蹴り、それを蝶湖は空中で反転して回し蹴りで返す。朱戸は上体をそらしてかわすと同時に、思い切り踏み込んで強烈な中段突きを打ち込んだ。

「決まった!」

 思わず叫ぶ玄田だったが、当の朱戸は舌打ちをする。と言うのも、完全に入ったかと思われた中段突きだったが、間一髪の所で蝶湖は両腕でガードしていたのだった。

「認めたくは無いけど、やっぱアンタ強敵だわ」

溜息混じりに言う朱戸。すると今度は蝶湖が反撃を開始する。

「今度はこっちから行くよっ!」

そう叫びながら連続で蹴りを放つ蝶湖。その勢いは前回の対戦時を凌ぐ程に鋭く、下半身の安定感は最早付け入る隙も見当たらない。とは言え、実の所はブロックした両腕がまだ痺れていて動かせなかった為に、それをカバーしようとして必死で蹴りを放っているからだったのではあるが。しかし蹴りが鋭い事に変わりは無い。朱戸は必死の形相でかわしている…と思いきや

「何だよ、いい顔して」

 思わず玄田が呟く。その声に改めて朱戸の顔に注目した一同は…その顔が、まるで楽し過ぎて溢れる笑みを抑えられない、そんな子供を見る様な感覚を覚えた。そしてそれは、蝶湖を見守る相手チームの面々も感じていた事だった。

「認めたくは無いけど…アンタとの試合は楽しいわね!」

 互いに間を取った瞬間、思わず朱戸は叫んだ。蝶湖も肩で息をしながら

「今更そんな事に気付いたの?」

負けずに声を張る。そして、その後も激しい攻防は続き、残り時間も僅かとなる。

「…二人とも凄いけど…」

「ええ、これじゃ判定でまた引き分けでしょうね」

「そしたら、また笑ってやるわよ」

「ねえ由香里、朱戸さんはどうやったら勝てると思う?」

「そうですねぇ、これだけ実力が拮抗しているとなると…最後の一瞬、その一瞬にどれだけ集中できるか…それが勝負の分かれ目になりそうです」

「なるほど」

桜子はそう言って頷くと、いきなり声を張り上げて叫ぶ。

「朱戸センパイ!残り三十秒です!集中!」

あまりの大声に、朱戸も蝶湖も一瞬動きを止める。が、すぐに向き合うと、構え直して互いに最後の一撃を放つ準備をする。朱戸は腰を落として拳を上向きに構え、蝶湖は半身のままでリズムを取りながら小刻みに跳躍を続ける。そして

「残り十秒です!」

桜子の叫びと共に、蝶湖が仕掛けた。

「朱戸!来るよっ!」

玄田の声と同時に、蝶湖はサイドステップをしながら朱戸に近付き

「喰らえーっ!」

鋭くワンツーを放つ。そして朱戸がブロックすると同時に高々と飛び上がると

「これが、私の必殺技!」

急降下しながら物凄い踵落としを繰り出す。しかし朱戸は動じる事も無く、腰を落として大きく息を吸う。そして

「なら、これが私の必殺技よっ!」

振り下ろされる踵と、突き上げられる拳。互いに防御を無視した捨て身の攻撃は、相手にとてつもない一撃を喰らわせた。そして…

「時間切れ!引き分け!」

 主審の声と同時に、張り詰めていた糸が切れたかの様に二人は崩れ落ちた。

「朱戸っ!」

「カラスさんっ!」

 同時に両サイドから玄田とクリスが駆け出して、その体を助け起こす。しかし

「コラ、まだ礼が済んでないでしょうが」

「アイツが立つんだったら、私だって」

 朱戸と蝶湖はなんとか声を振り絞りながらも自分の足だけで立つと、互いに開始線へ戻り礼をする。その直後、またもや倒れそうになる二人は支えられながら戻るのだが、その背中には惜しみない歓声が送られていた。

「ちっくしょ、勝てなかったかぁ」

 へたり込む様に座り込んだ朱戸は、思いの他元気な声で悔しさをぶちまけた。そこへ

「ワタシ、物凄く感動しちゃいました!」

目を潤ませた桜子がその前で正座をする。

「ああいうのが正に死力を尽くした戦いなんですね!ワタシもあそこまで…は無理かもですけど、でも精一杯頑張ります!」

「ああ…ありがとさん。サクラっちがそこまで感動してくれたんなら、まあ引き分けでも悪くないか」

 そう言いながら朱戸は桜子の頭を撫でる。

「あーうー、子供じゃないんだからやめて下さいよー」

と、言いつつも桜子は照れ臭そうに笑っていた。


「あ、今年は私が二番手だったわね」

 朱戸達の様子を見て微笑んでいた白木がそう言って立ち上がる。途端に朱戸は復活して向き直る。

「さあサクラっち、去年はあっという間に終わっちゃって見てなかったでしょ?今年は白木の相手はのノッポのヤンキー娘よ。これは楽しみだわ!」

「そうなんですかっ?朱戸さんの試合も凄かったですけど、確かに見ごたえのありそうな試合ですよねっ!」

「はい、私もとても楽しみです。あれ程長身な方を、白木さんがどの様にお相手なさるのか、これは目が離せませんねぇ」

 朱戸や桜子だけではなく、由香里までもが

注目する中、第二試合が始まる。


「うわー、間近で見ると本当に大きいわね」

 半ば呆れた様な顔で見上げる白木。するとクリスは嬉しそうに声を上げる。

「オゥ!そのオ姿はシラキさんデスね?カラスさんからトテモ恐ロシイ方タと聞き及んでオリマス。何卒オ手柔ラカにと言いたいトコロデスが、ワタシも凄くツヨくなりマシた。全力デお願い致しマス!」

「恐ろしいって…貴女ねえ」

 白木は若干眉をしかめるが、すぐに笑顔に戻ると

「まあいいわ、どうせちょこがいらん事言ったんでしょうし。それに実は私も貴女に興味があったのよ。だから今日はよろしくね」

「ハイ、是ガ非デモ!」

両者はがっちりと握手をすると、一旦自陣へと戻る。

「…気を付けてね、あの子、去年とは比べ物にならない程に強くなってるって…」

 心配そうな表情の青山が何か言いかけたが

「ああ、それなら私もちょこに何度も聞かされてるわ。それこそ耳にタコが出来る位」

白木は事も無げにそう笑い返した。そして

「大丈夫よ、怪我させない…つもりだけど、朱戸とちょこの試合で、私ちょっとだけ燃えちゃってるのよね。まあ見てて」

それだけ言って開始線へと戻った。

「白木、話聞いてたよね?」

「うん…その筈だけど」

「…怪我させないって、相手の心配する余裕なんか…そうね、彼女は白木ですものね…」

不安そうな朱戸や玄田とは対照的に、青山は静かな笑みを浮かべた。

「ねえ由香里、由香里はどう思う?」

「どう、とはどう言う意味でしょうか?」

「えっ?そりゃあどっちが勝つかって…」

「ああ、それでしたら恐らく二分後には分るかと…あ、始まりますよ」

そんな由香里の言葉と同時に

「始め!」

 試合開始の合図。同時に白木とクリスは最接近した。白木はともかく、遠間での打ち合いをするかと思っていたクリスまでもがいきなり間合いを詰めた事に観衆は驚きの声を上げるが、その理由を考えるまでも無く誰もがそれを理解した。

「エエイヤァーッ!」

 クリスは接近すると同時に凄まじい勢いで打ち下ろしの肘打ち、そして打ち上げる膝蹴りを連続で繰り出す。しかし白木はまるで柳に風、そんな風情で全てを受け流した。その様子に由香里は真剣な眼差しを向ける。と言うのも無理も無い事で、由香里の技、と言うよりは高屋敷流そのものが合気道の源流である柔術に近い物だったのに対し、白木のそれは洗練された現代合気道そのものだったからである。華麗な足捌きでクリスの猛攻をかわす白木の姿は、まるで舞っているかの様に軽やかだった。とは言え、クリスの攻撃は決して単純な物では無く、白木は次第に試合場の隅へと追い込まれて行く。

「イヤアアアアーッ!」

気合と共にクリスは正拳突きを放つ。最早避けるべき場所も見当たらず、誰もが白木はまともに喰らうか場外に逃げるしかないと思っていたのだが…

「ア…アレ?」

目の前から突然姿を消した白木。クリスは驚いて目を見開くが、左右を見回してもその姿は無い。その瞬間背後に気配を感じたクリスは、振り返らずに背後に蹴りを繰り出す。

「おっと、なかなかいい勘をしているわね」

 いつの間にそこにいたのか、そこには蹴りをかわして微笑む白木の姿があった。クリスは瞬時に白木と向き合うと、再び息もつかせぬ猛攻を開始した。


 クリスの猛攻を全て捌きながらも、白木はその攻撃が全く衰えない事に舌を巻く。何しろ全力で放つ突きや蹴りが既に二分以上も続いているにも関わらず、その鋭さは一分も鈍ったりはしない。白木は横目に残り時間を確認すると、ガードを下げてクリスの前に仁王立ちとなった。

「…決めるつもりね…」

 青山の言葉と同時に、クリスの突きが白木の顔面を捉える…と思われた刹那、白木は紙一重で体を回転させて突きをかわしたが、背後をさらす状態になった。当然それを見逃すクリスでは無い。一切の遠慮無しに、あらわになった首筋に手刀を放つ。すると…

「what’s!?」

いきなり目の前から姿を消した白木。とは言え実際は、クリスの攻撃の直前で屈みこんだ白木が消えた様に見えただけなのだが、その白木は思い切り跳躍しながら、ガラ空きのクリスの顎めがけて掌底を叩き込んだ。その一撃は長身のクリスを遥か後方まで吹っ飛ばし、そのまま仰向けに寝かせる事になった。


 暫くの沈黙の後…

「それまでっ!」

 ピクリとも動かないクリスの姿に、我に帰った主審が叫びながら声を上げた。同時に割れんばかりの歓声が上がる。

「あいたたたた…」

 予想以上の衝撃に、自らの右手を振りながら白木は青山に視線を送ると

「…まさか、打撃で決めるとはね…」

 青山は意外な決まり手に苦笑しながら白木に手を振った。と、その時

「フン…ガッ!」

 何事か叫びながらクリスが跳ね起きた。そして

「サア!これカラデスよっ!」

 そう言いながら構えるが…

「もう、勝負は着きましたよ」

冷静な主審の声が響く。当然抗議するクリスだったが、実に三十秒も動かなかった事を説明され、自陣からも同様の言葉を聞かされると…

「オゥ!ソレは…トテモ残念デス。モウ少しダケ試合シタカッタ」

 そう言いながら項垂れた。白木はクリスの両手を取ると

「いい勝負だったわ。まだ足りなければ、来年…は私はいないから」

そう言いながら由香里達を振り返る。

「彼女達となら、きっともっともっと楽しめるわよ」

そう言って悪戯っぽく笑う白木。クリスも釣られて笑うが

「来年コソ、勝チは貰いマス!」

力強く白木の手を握り返した。

「あ痛っ!」

「オゥ!コレハ失礼!」

「もう…凄い力ね」

「コレダケが取リ柄ナノデスヨ!」

 二人はそう言って笑い合うと、礼をして戻って行った。


「白木―、まさかアンタが打撃とはね。正直意外だったわ」

「うん、多分初めて見たと思う。あ、でも青山は付き合いも長いし、そんな珍しくもないのかな?」

「…いいえ、私も…そうね、十年以上は見ていないと思うわ。何しろ白木ったら、叩くのは叩いた方も叩かれた方も痛いし、それならそんな事はしない方がいいなんて言って、全然打撃なんて使わなかったもの…」

「そうなんだ、でも確かにワタシ達も見た事無いわよね?」

「ええ、私も初めて拝見致しましたが、今の掌打は凄い一撃でした」

「まあ、そんな騒ぐ程のもんじゃ無いわよ」

 騒ぐ一同を尻目に白木は落ち着いた声で言うが、そこへ朱戸が更に突っ込む。

「んで、何で打撃なのよ?」

「え?それは…別に…ねえ?」

「…ふふっ、やっぱり当人には言いづらいのかしら…」

「えっ?なによ青山、アンタ知ってるの?」

「…知ってる訳じゃないわ。ただ、さっきの貴女達の試合を見て燃えてるって言ってたじゃない?だから何となく、ね…」

 青山はそう言って微笑むと、促すように白木に視線を移す。

「あー解りました。じゃあ簡単に言うけど、朱戸とちょこの打撃戦を見ていて、ちょっと子供みたいな事考えちゃったのよね。空手でよく言うじゃない?一撃必殺って。あれだけ打ち合っても出来ない一撃必殺が、本当に出来るのかしら、って考えてたら何だか試したくなっちゃって。それだけの事よ」

そう言いながら舌を出す白木。納得した様に頷いていた桜子だったが、突然声を上げる。

「あ!でも狙っていきなり決められるって事は、空手の試合でも実は朱戸サンより白木さんの方が強かったり…」

と、そこまで言った所で朱戸の視線に気付いた桜子は

「な…なーんて事はありませんよね!」

そう弁解しながらも由香里の背後に隠れた。その様子に苦笑していた白木だったが

「あら、もう玄田の試合が始まるわよ」

そう言って試合場に視線を移す。同時に一同もそちらに向き直るが…

「あれ?また金髪?」

 桜子が呆気にとられた様な声を上げる。と言うのも、クリスに続くもう一人の金髪…それもクリス以上に長身の選手が玄田の前に立っていたからだった。

「あら、もしかしてクリスの親戚とかだったりして?」

 玄田は見上げながら言葉をかけるが、相手はじっと見下ろすと

「No」

無愛想にそう言っただけだった。てっきりクリス同様明るい反応を予期していた玄田だったが、それは試合には関係無い。気持ちを切り替えると、自分も厳しい視線を返す。

「あらまあ、クロちゃんは金髪に縁のある事で」

一旦戻って来た玄田に、朱戸はそう言いながら笑いかけた。

「うーん、何でかしらね?まあいいわ、誰が相手だろうと全力でやるだけよ」

「だね、でもあの長い手足には要注意だよ。遠間からの打撃が得意そうだ」

「うん、私もそう思う。おっと時間だ、行ってくる!」

「あいよー!」

朱戸はそう言いなら手を振るが、不意に疑問を口にする。

「ねえ、あの金髪は何か情報無いの?」

「あるわよ」

「…ええ、ちょこが自慢げに言っていたわ。彼女の名前はアガサ。クリスに続くスーパーガールだって…」

「そう。彼女もカナダ出身の…元はスキーとか陸上の選手だったらしいんだけど、クリス同様空手にのめり込んで、今では総合格闘技とかまで経験している…プロらしいわ」

「はぁ、プロ…ってマジですかっ?」

 驚きの声を上げる桜子。朱戸もそれを聞くと真顔で玄田に向けて声を張り上げた。

「クロ!そいつ何でも屋だよ!打撃だけじゃ無いって!」

 その声と同時に、試合開始の合図が告げられた。

「せいやあああっ!」

体格では遥かに劣る玄田。せめて気合負けはしない様に構えながら雄叫びを上げる。するとアガサも

「キエエエエエイッ!」

玄田同様、いや、それ以上の気合で会場を震撼させる。あまりの気迫に会場は一瞬沈黙するが、すぐに沈黙は歓声に変わる。

 ところが、玄田は心中穏やかでは無い。相手が空手だけならば、むしろ長すぎる手足が接近すればかえって不利になると思ったのだが、何でも屋…つまり総合の選手となれば話が違う。恐るべき打撃をかいくぐった所で、確実に優位に立てるかどうかは実際に組んでみないと解らない。しかも玄田の勘は、組む事がかえって危険とも告げていたのだった。

「さーて、どうしよっかな?」

 玄田が心に呟く間も無く、アガサは一足で間合いを詰めて物凄い右フックを放つ。

「いきなりっ?」

 様子見のつもりだった玄田は完全に意表を突かれた状脅になったが、そこは流石に空手ガールとの死闘を制した経験が物を言う。

「えいやああああっ!」

 玄田は強烈なフックを捕えると、そのまま巻き込んで一本背負いを放つ。だが、その異常とも思える軽さに玄田が驚く目の前で、アガサは軽々と受身を取って前転すると、一瞬の内に反撃に移る。

「キエエエエイッ!」

 アガサは投げられた事で本気になったかの様に、その長い手足で玄田を攻め立てる。

「あっちゃー、これは相手が悪いか?」

防戦一方となった玄田に、朱戸は若干笑みを浮かべつつも、付け入る隙が無いか鋭い視線を送る。当の玄田はと言えば、何とか打撃を捌きつつも後退を強いられ…

「場外!待て!」

 主審の声が告げられ、玄田に注意が与えられた。

「ねえ白木、場外って何回で負けだっけ?」

「確か2回よね…って事は」

「…そうよ、もう玄田は後が無いわ…」

かなり窮地に立たされた玄田。しかしその目だけは何か発見したかの様に輝いていた。

「ねえ、玄田さん勝てるかなぁ?」

「正直難しいお相手ですが、どうやら勝機を見出した様に見受けられます」

「へえー…ところで由香里ならどうする?」

「私ですか?そうですねぇ…」

 由香里が何か言おうとしたその瞬間

「コラっ!ちゃんと見てなよっ!」

朱戸の声が響く。二人が同時に試合場に目を向けると、玄田とアガサがほぼ同時に踏み込んだ。

「クロっ!」

朱戸の叫び声、同時にアガサの打ち下ろしの右が玄田の首筋にヒット…寸前で玄田は体を捻って腕を取ると、またもや一本背負いで投げながら、思い切り腰を落としつつ、その腕を完全に巻き込んだ。

「アガサ!」

 今度はクリスの声が響く。しかしそこまで完璧に捕えられては逃げる術が無い。アガサを叩き付けた玄田は、その腕を離さずにすかさず腕ひしぎの体勢を取った。

「決まった!逆十字!」

 思わず歓声を上げる朱戸。白木と青山も顔を見合わせて頷くが、由香里はかえって真剣な眼差しとなった…様に桜子には見えた。

「ねえ由香里、これで決まりじゃないの?」

「そう…かとも思いましたが、どうやらあの方、私達の予想以上みたいですよ」

「えっ?」

 桜子が驚きの声を上げるその前で、アガサは左腕を伸ばすと、そのまま掴まれている右手を握って力を込める。

「ちょっと…嘘でしょう?」

 何と、腕を極めていた筈の玄田の体が、そのままの状態で持ち上げられてしまったのだった。

「…これは、凄いわね…」

「玄田!離れて!」

 白木が叫ぶまでも無く、当の玄田は危険な状況にあるのは理解していた。しかし、何故かしがみついたままその腕を離さない。怪力を売りにしているプロレスラーが、相手選手を持ち上げた様なその状況に、一瞬観客までもが声を失う。そして…アガサは持ち上げた玄田の体を容赦なく叩き付けた。

「クロっ!」

 思わず飛び出しそうになる朱戸を桜子が捕まえる。しかし、その傍らでは由香里が微笑みながら

「大丈夫ですよ。叩き付けられたのも玄田さんの計算通りです」

そう言って試合場を見るように促す。すると

「アゥ…Shit!」

 初めてアガサが表情を変えて横たわっていた。その顔には苦悶の表情が浮かぶ。

「悪いけど…これしか無いのよね」

 そう言いながら玄田は再度の腕ひしぎ…に加えて更には小指と薬指までもを逆間接に極めていた。当然柔道の試合では反則だが、ここでは問題にはならない。主審は状況を把握すると同時に、アガサに続行の意思があるか問いかける。

「ちょっと、早く参ったしなさいよ!また相手壊したくないんだから!」

 玄田はそう言いながらも、指を握る手に力を込めた…と同時に

「時間です!試合終了!」

唐突に試合終了の合図が告げられた。

「はいっ?ここで終わり?じゃあ…」

「そうね、玄田は一回場外取られてるし」

「…残念ね、内容では互角だったわ…」

 玄田陣営で囁かれた通り、残念ながら玄田は判定で負けてしまった。

「はぁーあ」

 溜息をつきながら自陣に戻る玄田。当然の様に真っ先に朱戸が駆け寄った。

「よっ、もう一押し足りなかったな」

肩を組むなりそんな言葉をかける朱戸。玄田は一瞬顔を上げるが、すぐに朱戸の顔を見つめて

「うん…その通りだね」

そう言って項垂れる…と思った瞬間、朱戸の頬を両側からつねり

「って、何で上から目線な訳?私は毎年違う相手に二勝一敗。で、朱戸は毎年同じ相手にも関わらず一勝二分け。どっちが上かは…解るわよね?」

いきなりそんな事を言い出した。一瞬呆気に取られた朱戸だったが…

「そんな事を言うかーっ!」

 朱戸は玄田の両手を振り払うと、とてつもない速さでその両脇をくすぐる。

「ちょ、コラ…やめ…」

悶絶する玄田。同時に

「やめなさい!」

白木の膝カックンが炸裂した。朱戸は玄田を巻き込んでひっくり返る。

「ちょっと、何すんのよ?痛いなーもー」

「あんたが言わないでよ。被害者は私でしょうに」

 そんな事を言いながら二人は立ち上がる。

「いいから、試合を見なさい」

「はーい…って次がお嬢なの?大将じゃなかったんだ?」

 朱戸がそう言いながら白木を振り返る。

「ええ、今年は五輪候補が控えているんですもの、彼女は是非、前哨戦としてライバルと肌を合わせたいんじゃないかと思って、気を利かせてみたのよ」

「そうなんだ!そりゃあ楽しみだね…って、その岡山は?」

「えっ、そこに…あら、どこへ行ったのかしら?次は出番だっていうのに」

 慌てて周りを見回す白木。するとそこへ、溜息をつきながら青山が戻って来た。

「トイレでも行ってた?」

 朱戸の質問には答えず、青山は項垂れながら腰を降ろす。

「どったの?それに岡山は?」

 青山は朱戸の声に顔を上げると、そのまま視線を桜子へ移す。

「…突然で申し訳ないんだけど、大将戦、やって貰えるかしら…?」

「…はい?」

 いきなりの展開に驚く桜子だったが、試合場では開始の合図が告げられる。同時に一同の視線は試合場に注がれた。

「由香里の相手って、強い人なんですか?」

 去年はいなかったその相手を見て、桜子が誰に言うともなく口を開く。しかし誰からも答えが無く、一瞬の沈黙が訪れる。

「あの…」

再び桜子が何か言おうとしたが、その前に玄田が口を開いた。

「彼女は…嘉納?えっ、だって再起不能の大怪我をしたって聞いていたけど…」

その玄田の声に答える様に白木も口を開く。

「彼女がそうなの?だったら、これは一瞬たりとも目を離せないわね」

「…ええ、彼女こそが、柔術を柔道に進化させた嘉納冶五郎の末裔よ。仮に武道を志す者ならば、この試合刮目せざるを得ないわ…」

鬼気迫る青山の言葉に、一同は息を飲んで状況を見守る。そんな中、一見無表情だった嘉納が瞬時に間合いを詰める。

「由香里っ!」

 思わず叫ぶ桜子とは対照的に、由香里は相手が誰であろうと変わらない。いつも通りの自然体で待ち受ける間もなく、嘉納は由香里の襟を取って背負いで投げる…かと誰もが思ったのだが、由香里はかつて玄田との試合で使った脱力でそれを防いだ。しかし、由香里が背後から何か仕掛けるよりも早く、おかしな手応えに気付いた嘉納は、一瞬の内に向き直ると、立ったままの姿勢で思い切り左手を引き込み、同時に右腕を由香里の喉に押し込む。

「十字攻め?これじゃお嬢でも…」

 玄田が心配そうな声を上げるが、由香里は慌てず顎を引いて締めを防いでいた。更に嘉納の左手に自分の左手を添えると、左に重心を移動させながら掌を上にしたまま右腕を嘉納の左腕の下へ滑り込ませ、体勢を崩させながら左の肘を持ち上げ、更に重心を移動させながら今度はその持ち上げた腕を、掌を返しつつ嘉納の体を大きくよろめかせる。既にこの時点で、嘉納の肩には激痛が走っていたのだが、当の本人は眉一つ動かさない。それを見るまでも無く感じ取った由香里は、既に前のめりになっている嘉納の膝をそのまま右手で押さえた。足の逃げ場所が無くなった嘉納は、膝を支点に回転し顔面から叩きつけられる…筈だったのだが、嘉納は自ら跳躍して空中で前転すると、そのまま強引に腕を引き離して向き直ってしまった。

「…やるね」

「いいえ、まだまだ修行中の身でございますよ」

 初めて口を開いた嘉納に、由香里はそう言いながら笑みを返す。すると、嘉納も微かな笑みを浮かべ、両手をダラリと下げる。

「今度は、そっちから来なよ。私が受けるから」

その言葉に由香里は一瞬戸惑うが

「かしこまりました。では、遠慮なく」

そう言って微笑む。と同時に右の手刀で打ち掛かった。嘉納はそれを左手で受け止めながらそのまま腕を回して自分の前へ持って来ると、今度は右手で由香里の手首を掴んで大きく右へ重心を移動させる。由香里の体勢を崩すと、自分はその腕の下をくぐって回転し、由香里を四方投げで投げ捨てる。が、その軽さに驚いて目を瞠る嘉納の前では、いつの間にか体を反転させていた由香里が床へ左手を付き、軽々と片手で側転を決めて、更にその勢いで掴まれた腕を振りほどいて立ち上がった。その身のこなしに嘉納はまたもや微かな笑みを浮かべると

「じゃあ、今度はこっちの番ね」

 そう言うが早いか一瞬で由香里に近付き、腰を落としてタックル…と思いきやその瞬間に上体を起こし、いきなり右ストレートを放つ。しかし由香里はフェイントには全く動じずにそれを捌くと、そのまま右手で掴んだ。

「君は…凄いな」

 感心した様に由香里を見つめる嘉納。同時に今度は左手の拳を放つ。すると由香里は掴んだままの右腕でそれを受け止め、更に左手首を左手で捕まえた。そして、そのまま肘を中心に回す様に右手を押し上げ、左手を引き下げた。たまらず嘉納は倒れ込み、由香里は相手の両腕を鼻と口に押し当てながら自分の体をその腹に落とす。かつて暴走族の大男をのした技だったのだが…

「ふんっ!」

 何と、嘉納は恐るべき腹筋と背筋の力で由香里のヒップドロップを跳ね返し、そのまま弾き飛ばしてしまったのだった。しかも掴まれていた両手を自ら掴み返して回転し、今度は自分が上になって、由香里に馬乗りとなった。

「これは、流石にお嬢でも…」

 朱戸が思わず声を漏らす。とは言え、並みの相手ならばともかく、少なくとも傍目には互角の相手に馬乗りになられてはそれも仕方の無い事だったが。玄田も白木も青山も息を呑んで見守る中、一人桜子だけは由香里の勝利を信じて何か叫ぼうとした、その瞬間に由香里と目が合う。すると、その瞳が何故か嬉しそうな輝きに満ちている。桜子にはそう見えた。否、見えただけでは無く、桜子はそう確信した。そして次の瞬間。

「これで、決める!」

 意を決した様に、嘉納はマウントから打ち下ろしの連打を放つ。由香里は確実にブロックしていたが、徐々にその腕が動かなくなってきたのか、次第に首から上の防御が甘くなり始めた。すると、嘉納は打つと見せかけてブロックした由香里の左手首を掴み、その腕を由香里の首に巻きつける。そして動きを封じると、残った右手で渾身の突きを放つ。

「由香里っ!」

 たまらず叫ぶ桜子。しかし由香里はそんな状況にあっても冷静に事を運ぶ…と言うよりは、実はそうなる様に駒を動かしていた。突きに威力を持たせようと、嘉納は重心を前に移す。その瞬間に腰を浮かせて嘉納の体を前のめりにさせた。そして掴まれていた手首を押し上げると、嘉納はそうさせまいとして押し返す。すると由香里は右手を嘉納の後頭部に回し、一気にそれを引き付けた。すると、由香里の首に巻きついていた左腕が、今度は嘉納の喉を締め上げる武器に変わる。

「くっ…本当に…君は凄いな」

 嘉納は苦しそうでいて、何故か由香里同様に嬉しそうな笑みを浮かべる。互いに根競べとも言える状況が続く中…

「時間切れ、引き分け!」

 主審の声が響いた。


 とても高校生とは思えない攻防に、観客席も溜息を漏らす。そんな中、戻って来た由香里に、一同は改めて感心した様な視線を向けた。

「流石はお嬢だね、マウント取られても反撃するなんてさ!」

「うんうん、あの嘉納相手に渡り合うなんて凄いとしか言えないよ」

「…そうね、正直見入ってしまったわ…」

「ええ、見事な試合だったわ」

皆が祝福の声をかける中、桜子は無言で満面の笑みを浮かべる。由香里もそれに答えて微笑むと…

「あ、感動してる所申し訳ないんだけど、次は貴女の出番よ」

 唐突な白木の言葉は、一瞬にして桜子を硬直させた。

「…なんでまた、この人と…」

 またもや浜口と対峙した桜子は、前回以上に増した迫力に完全に気圧されていた。

「そっちの事情は聞いたよ。だからと言って手加減は無しだ。全力で行くから、そのつもりで」

 相変わらず油断一つ無い浜口。その気合の入り方に、戻ってきた桜子はすかさず由香里に泣きついた。

「なんで私ばっかり、あの人となのー?」

「まあまあ、昨年と同じですよ。あれ程の稽古相手は、探したって見つかりっこありません。そう考えたら…あら、そう言えばサクラさん、先程おっしゃってませんでしたか?また相手して貰いたい、と」

「えっ?いや、それは確かに…って言っても今日の浜口さん、去年より更に強そうな気がするのよ!間近でみたらワタシの倍はあるんじゃないかって位大きく見えて…」

「ですが、サクラさんも去年より大きく見えているのですよ」

「えっ?」

「前にも申したかもしれませんが、サクラさんの上達振りは正直私も驚きを隠せません。今日は是非、最高のお相手にその成果を見て頂きましょう」

 由香里の言葉に、桜子の表情が段々と明るさを取り戻し

「そうだよね!さっきワタシが望んだ通りになったのよね?これって最高だよね?」

「はい、その通りですよ」

「ワタシ、全力で頑張るよ!」

 桜子は由香里の両手を握ると、力強く握り締め

「行ってくるね!」

満面の笑みを浮かべて開始線へ向かった。


「ほう」

 再び対峙した桜子の顔を見て、浜口は微かな笑みを浮かべる。そして、視界開始が告げられた。いざ開き直ると、桜子の実力は由香里が言うだけあって相当な物になっていた。なかなか隙を見せない桜子に、浜口も容易には突っ込めない。じりじりと間合いを計る両者だったが、不意に桜子の中に疑問が持ち上がる。「そう言えば浜口さんは、こっちの事情は知ってるみたいな事言ってたけど、アレって何の事だろう?また岡山さんに何かあったんだっけ?…まあいっか、終わってから聞けば」実際にはそれはほんの一瞬の事だったのだが、浜口ほどの相手がそれを見逃すはずが無い。超高速のタックルを決めると、一瞬で馬乗りになってしまった。

「この子…何なの?」

 隙が無いかと思えばいきなり隙だらけ。馬乗りになりながらも、浜口はこれが作戦なのかと訝る。当然そんな訳は無く、桜子は仰向けの体勢で自分の馬鹿さ加減を呪っていた。

「うう…サイテー」

 そんな言葉が口から漏れるが、昨年と同じ体勢になりながらも今年の桜子からは目の輝きが消えてはいない。それどころか相手が競技の性質上、打撃を得意とはしていないと読んだ桜子は下から殴りかかった。

「…本気かい?」

 凍るような視線で見下ろす浜口。桜子の口から思わず「まいった」の言葉が出そうになるが、それを飲み込んだ桜子は不敵に笑う。

「えへへ、去年とは一味違うトコロをお見せしますよ」

「いい度胸だ」

 浜口はそう言うなり、強烈なパウンドを叩き込む。が…

「サクラさん、その調子です!」

 珍しく由香里が声を張り上げた。その声につられるように、桜子はリズムよく浜口のパウンドを捌いていた。とは言え、実際の所その強烈な一撃が、顔と紙一重の所で恐ろしい程に床を叩きつけており、桜子は恐怖に震えそうになってはいたのだが。しかし、何度かそれを捌く内に、桜子はかつて由香里が見せた光景を思い出す。そして、何度振り下ろしても全くヒットしない自分の打撃に、流石の浜口も僅かに気持ちを苛立たせ始めた。その微妙な変化に気付いた桜子は、挑発するかの様に不敵な笑みを浮かべる。

「このっ!」

 浜口は思わず力を込めた拳を振り降ろす。しかし、桜子はその右腕を受け流すと同時に左の肩を押し上げた。

「!」

 一瞬浜口の目が見開かれ、次の瞬間にはその体が桜子の真横に転がった。

「やった!」

 桜子は喜びの声を上げながら、すぐさま飛び退いて間を取った。浜口も一瞬険しい表情になるが、すぐに起き上がると冷静に間を取って再び構える。すると、今まで息を飲んで見守っていた観衆から、一斉に大歓声が上がった。桜子は一瞬同様を見せたものの、すぐに気をよくして今度は自分から打ちかかる。当然浜口はその攻撃をかいくぐってタックルを放つが、桜子はそれをかわし、浜口の背後を取る。そして

「えいっ!」

背後から膝カックンをかますと、すかさず背後から首に腕を回す。そしてそのまま裸締めを決めようとするが…

「甘いっ!」

 浜口は桜子の腕を掴むと同時に、そのまま背負い投げの様な形で桜子をブン投げた。

「か…はっ…」

まともに背中から叩きつけられた桜子は、一瞬は言え息が止まる。浜口は更に攻め込もうとするが、桜子は何とか転がって逃げ、肩で息をしながらも身構えた。再びの歓声…そして、試合終了が告げられた。

「それまでっ!引き分けっ!」

 主審の合図に、桜子は反射的に開始線に戻ると、合図と共に礼をして戻ってきた。その顔は、半ば夢を見ているかの様に視点が定まっていない。桜子を囲んだ一同は口々に健闘を讃えるが、当の桜子は荒い息遣いをしたままどこか遠くを見ている様子だった。

「あらら…すっかり呆けてるわね」

「うん、でもよくやったよ!」

「…そうね、この一年で成長した度合いなら間違い無く私達を超えてるわ…」

「そうね、でもとりあえず休んで頂戴」

 白木がそんな言葉をかけるが、桜子はボーっとした視線を向けたきりだった。すると

「えいっ!」

 いきなり由香里が抱きついて、桜子の体を少し持ち上げる。

「うわっ?」

 いきなりの事に正気を取り戻した桜子。由香里はその体をゆっくり下ろすと、その顔を覗き込んで微笑みかける。

「サクラさん、もう試合は終わりましたよ」

 桜子はその言葉に目を見開くと、試合場を振り返って

「しあい…あっ、試合はどう…あ、そうか」

ようやく状況を理解した様に大きく深呼吸をした。

「はい、見事な試合を見せて頂きました」

「でも、勝てなかったよ」

「ええ、でもあれ程の方を相手に、引き分けに持ち込める方が、果たしてどれ程おいででしょうか?」

「えー、そうかなぁ?うん、やっぱそうだよね?そうだよ!」

 桜子は相変わらずのプラス思考で一気に普段の自分を取り戻した。すると腹の虫もリラックスしたのか、腹部から虫の音が響いた。

同時に、周りから笑い声が起こる。

 午前中の試合が終わったチームは、午後の試合まで随時休憩を取っていた。今年もまた青山と由香里の豪華弁当に舌鼓を打っていた一同の前に、クリスが現れた。

「あら、いらっしゃい。今年も沢山あるから食べていきなさいよ」

 クリスは、白木の言葉に素直に頭を下げるが、同時に手にした包みを差し出す。

「それは…あら、いい匂いね。もしかして、何か持ってきてくれたのかしら?」

「ハイ!カナダ名物のプーティン持って来マシタ!ソレと、ウチのパパが是非ニと言ってイタホットドッグ持っテ来まシタ!ドウゾ召し上がっテ下サイ!」

 そう言いながらクリスが包みを広げると、由香里達のお弁当とはまた趣を異にした、いかにも美味しそうな品が姿を現す。

「うっわ!これも美味しそう!私いっちばーん!」

 すかさず朱戸は手を伸ばすが、クリスがそれを止めた。

「オゥ!チョット待って下サイ!プーティンにはコレが必要デス」

 クリスは携帯していたポットを開けると、まだ湯気の立つソースをフライドポテトに余す所無くかけた。同時に食欲をそそる香りが立ち上る。最早朱戸は辛抱たまらなくなって早速それを口にすると…

「う…っまーい!」

 あたり一面に響く程の声で叫んだ。

「そんなに?ちょっと大袈裟じゃない?」

「ですよね?確かにいい匂いしますけど」

 そう言いながら玄田と桜子もそれを口に運び…一分たりとも変わらない反応をした。白木と青山、それに由香里もそれを口に運び…程度の差はあれ、反応の内容は大体一致していた。とは言え、そんな状況を蝶湖が見逃す筈も無い。となればそのお目付け役とも言える浜口も当然顔を見せる。そうして、またもや賑やかな昼食となった。そこで意外だったのが、実はアガサは無口な訳では無く、単に日本語がまだ苦手なだけだという事。何しろクリスと二人で喋っている時は、蝶湖いわく大阪のおばちゃん以上に賑やか、との情報は一同を思わず「へぇ~」と言わしめた。そんな賑やかな昼食時に、不意に桜子は背後に寒気を感じて振り返る。すると

「よーう、美味そうなモン食ってんじゃないか?」

 そう言いながら、桜子を見下ろす鬼塚の姿があった。

「あ…あら…奇遇ね」


 ただでさえ賑やかな面子に加え、鬼塚まで加わった昼食は非常に盛り上がり、ようやく食事も終わろうかというその時、桜子は不意に思い出して口を開いた。

「そう言えば、岡山さんは?」

 その声に一瞬の沈黙…とほぼ同時に当の岡山が現れた。とは言え、それは左手で松葉杖を突いた痛々しい姿だったのだが。

「やあ!」

 岡山は姿に似合わぬ元気な声で、一同に挨拶をした。

「…全く、猫を助けようとして捻挫なんて、漫画じゃないんだから…」

 溜息混じりに青山が言うと

「そうよー、そのせいで可愛い後輩ちゃんがおっかないレスラーと、2年も続けて試合する羽目になったんだから」

白木がそう言って浜口に笑いかける。

「…言っておくが、私は普段、優しいお姉さんだぞ。これでも子供達には大人気なのだからな」

浜口のそんな言葉に、桜子は思わず苦笑を漏らす、が、浜口の視線を感じた瞬間、それは消え去った。すると岡山が口を挟む。

「まあ、確かにそうだよね。ついつい練習もそこそこに子供達の相手しちゃったり…ってそれは私も同じか?あっはっは!」

岡山が自分の言葉に笑い出すと、浜口は大きく溜息をついた。

「あのねえ、貴女が大きくなりすぎなければまた同じ階級で戦えたのよ?それが非常識にもこの一年で8センチも伸びるなんて…もう公式試合じゃ戦えないから、私は凄く楽しみにしてたのにさあ」

「いやー、それならそれで、アンタが大きくなればいいじゃない!」

「…あのねえ、常識ある女子高生は三年生にもなって急激に伸びないもんなのよ」

「まあまあ、それよりもう皆食べないの?残すんなら貰ってもいい?」

 不意に話題を変える岡山。同時に腰を下ろすと、余程お腹が空いていたのか、あっという間に残り物を食い尽くした。それを見た浜口が呟く。

「ふう…少しは貴女も残念がりなさいよ」

 その言葉に、周りからは笑いが漏れた。


 昼休みも終わった一同は、再び体育館へ戻る。すると…

「あ…響子?」

 二階席から見ていた桜子は、今まさに試合を始めようとする鬼塚の姿を認めた。相手はと言うと、身長百五十センチにも満たない小柄な少女だった。

「あらまあ、響子の相手は随分可愛いコね。でもここに出て来る位だから、強いのは間違いないと思うんだけど」

 そんな言葉を待つ間も無く、試合開始が告げられた。

「響子!やっちゃえー!」

 桜子の声援を受けるまでも無く、鬼塚は当然の様にイケイケで攻め立てる。猛攻で相手の体制を崩すと、大きく振りかぶって強烈な一撃を放つ。

「もう決まっちゃう?」

 そんな桜子の言葉と裏腹に、少女は軽く腰を落とすと、右手で鬼塚の拳を押し上げた。同時に左裏拳を鬼塚の顎に、左の脚払いを前に出ていた右脚に放つ。完璧に顎を打ち抜かれ、更に膝を崩された鬼塚は見事にぶっ倒れると、そのまま白目を剥いてしまった。

「響子?」

 慌てて駆け出す桜子。由香里もその後を追った。


「あー…参った」

 桜子が心配するまでも無く、鬼塚は平気そうな顔で顎をさすっていた。その様子に桜子は声をかけずに引っ込む。

「あら、お会いしなくて宜しいのですか?」

「うん…多分、秒殺された所なんか見られたくないんじゃないかな?」

「それは…どうでしょうねぇ」

 由香里はそう言って微笑むが、桜子は苦笑いを浮かべ、やはりそのまま立ち去った。


 何の因果か、はたまた必然か、その少女のいるチームこそが、由香里達の次の対戦校だった。するといつの間に聞きつけたのか、鬼塚が桜子の眼前まで迫り、鼻息荒く言う。

「よう!さっきは無様な所見られちまったけどなあ」

「ぅえっ!気付いてたの?」

「あったりまえだろうが!まあそれはいいんだけどさ、今度お前達のとこがやるんだろ?当然親友としては、私の敵討ち…してくれるんだよなぁ?」

 そう言いながら鬼塚は桜子と肩を組むと、思わず力を込める。

「いっ!ちょっと、マジ痛いから!」

「おお、悪ぃ。まあそんな訳で応援してやるからさあ」

「何?」

「万が一、負けやがったらどうなるか…」

 ポキポキと指を鳴らす鬼塚。桜子の顔はひきつるが、そこへ意外な助け舟が出された。

「そのお役目、私にお任せ下さい!」

「えっ?」

「ああん?」

 不意の声に振り返った桜子。その前に立っていたのは…

「お久し振りです!」

可愛らしい微笑を浮かべる美鈴の姿だった。

「美鈴ちゃん!ホント久しぶりじゃない、今まで部活にも顔見せないし、どうしてるのかなーって思ってたのよ…って、何で袴着けてるの?」

「それは、こっそり付いて来て、出場する隙を窺っていたからです!」

 そう言って胸を張る美鈴。白木はその肩に手を乗せると

「待ってたわよ、もう準備は万端みたいね」

「ハイ、いつでもお任せ下さい!」

「…そうね、私も一度、貴女の力を見てみたいと思っていたわ…」

「いえいえ、そんな大したものでは…」

 いきなり溶け込んでいる美鈴。桜子と鬼塚は呆気に取られていたが

「おい、誰だこのカワイコちゃんは?」

鬼塚は桜子の肩を掴んで揺さぶる。

「えっと、このコは…」

 揺さぶられながらでとても喋り辛そうな桜子。すると美鈴が片手でそれを抑え、さわやかに自己紹介をする。

「はじめまして、私は塩谷美鈴と申します」

 そう言いながら頭を下げる美鈴。鬼塚もついつられて

「お、おう」

軽く頭を下げた。

「私も、春日野先輩の事は尊敬しておりますし、是非彼女との試合を拝見したい所とは思うのですが、彼女は見た所中国拳法の使い手の様です。となれば、日本武道を学ぶ者として手合わせをしない訳にはいきません!」

 そう言いながら美鈴は握り拳を震わせる。

「そう言った訳なので、彼女の相手は是非私にさせて下さいっ!」

 物凄い勢いで頭を下げる美鈴。その勢いに押されたのか、はたまた単に周りが面白そうだと思ったのかはさて置き、その言葉通り、美鈴の対戦相手はその拳法少女となった。


「ところで、美鈴ちゃんはいつの間に来てたんですか?」

 当然とも言える桜子の問いに白木は

「え?最初からいたわよ」

しれっとそう答えた。

「…え?」

「まあ、道理で先程から気配がしていた訳ですねぇ」

桜子とは対照的に、由香里は事も無げに微笑む。

「えっ!アンタ知ってたの?」

「はい。何となくですが…あら、もう始まりますよ」

「え?あ、ホントだ」

 桜子の言葉と同時に、試合開始の合図が告げられ…

「来るよっ!」

 朱戸が叫ぶ。同時に少女が遠間から一足で間合いを詰め、同時に突きを放つ。

「奇襲で来るとは、意外ね」

 美鈴は冷静に見切ると、側面に回って背後を取る。しかし少女は美鈴が捕まえるより早く体を低くすると、片手を床に着いてそのまま逆立ちする様な体勢で蹴り上げて来た。

「うわっ!」

 咄嗟に跳び下がる美鈴。かろうじて直撃は避けたものの、ブロックした両腕にはかなりの衝撃が走る。少女は立ち上がると同時に美鈴に密着する程に近付き、素早く連打を繰り出した。

「容赦無いわね」

 圧倒的に押されている様に見える美鈴。しかし当の本人はいたって冷静だった。そして相手の連打が決してそれで倒そうという性質の物では無く、次の一手への布石だと見抜いた。連打で美鈴の意識を上へ上へと向かせていた…と確信した少女は、いきなり腰を落とすと鋭い脚払いを放つ。しかし

「甘いっ!」

 完全に見切っていた美鈴は、その脚に両膝を落とす。少女は咄嗟に脚を止めたものの、それはほんの一瞬遅く、美鈴の強烈な一撃を受けてしまった。少女は苦痛に眉をしかめるが、声一つ上げない。それどころか片脚を下敷きにされたままで突きを放って来た。

「ちょっと、まだやる気?」

 美鈴はそれを受け流すと同時に、カウンターの掌打を放つ。しかしその瞬間腰が浮いてしまい、少女はその一瞬の隙を突いて脚を抜き、バク転をして立ち上がった。

「うっそぉ…」

 半ば呆然としながら立ち上がる美鈴。しかしすぐに気を取り直すと、静かに息を吐いて構える。同時に歓声が起こるが、対峙する二人は一切それを気にかけず、相手だけに目を凝らしていた。二人とも全く動きを見せない。にも関わらず、少女の目には徐々に美鈴の姿が近付いている様に映る。しかしそれは目の錯覚では無く、美鈴が足の指先を使って徐々に前に前にと進んでいた為だった。訝る少女がそれに気付いた時、既に美鈴は相手を射程圏内に捕えていた。

「いざっ!」

 気合と共に打ちかかる美鈴。少女は不意を突かれたにも関わらず、その攻撃を受け止めると、鬼塚相手に使った技で顎と膝に同時に反撃を放つ。しかし

「それはさっき見たわよ!」

美鈴はそう言いながら脚を浮かせて脚払いをすかし、同時に顎への裏拳をもスゥエーしてかわすと、完全に腕の伸びきった相手の肩めがけて

「きええーいっ!」

気合と共に手刀を斬り落とした。

 鈍い音と共に少女の体が叩き付けられ、そのまま動かなくなった。そして

「それまでっ!試合終了!」

 試合終了が告げられた。同時に、我に返ったかの様に美鈴は少女に駆け寄る。

「ちょっと、大丈夫?頭打ってない?」

美鈴は心配そうに声をかけるが、少女は瞬時に飛び起きると、そのまま正座をして

「有難う御座いました」

そう言って丁寧に頭を下げた。

「えっ?あ、あの…こちらこそ、有難う御座いました」

美鈴は一瞬呆気に取られたが、相手が正気である事を認めると、自分も正座をして礼を返す。そして両手を力強く握り合い、ようやく戻って来た。


「いやー、凄かったよ!アンタも相手も!」

 真っ先に出迎えた朱戸はそう言って美鈴を褒め称える。

「うん、流石は塩谷先生の姪だね」

玄田もそう言って美鈴の肩に手をかけた。

「いえいえ、そんな大したものでは…」

そう言いながらも、美鈴はまんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。

「やっぱ、あの子只者じゃないわね」

「はい、とても素晴らしい試合でした」

 祝福を受ける美鈴の晴れ姿を見ながら、桜子は溜息をつく。またもや自分の影が薄くなるのではないか、と。しかし、次の瞬間桜子はそんな不安をかなり強引に掻き消された。

「せんぱーいっ!」

 嬉しそうな声と同時に、美鈴は桜子に抱きついた。そして

「私、一生懸命頑張りました!春日野先輩の代役、務まったでしょうか?」

「うえ?いや、務まったもなにも、ワタシなんかよりずっと凄い試合だったし…」

 思いがけない言葉にうろたえる桜子。しかし美鈴は更に言葉を続ける。

「またまたご謙遜を!確かに他の先輩方は皆さん凄い腕前の方ばかりですけど、たった一年半の稽古でこんなに強くなった方は、誰一人見た事はありません!それに比べたら私なんて、もっともっと本気で…って、今は私の愚痴を言う場面ではありませんでしたね」

 美鈴はそう言って舌を出すが、それでもお人形の様な可愛らしさは健在だった。思わず見とれる一同だったが、そんな中、次の試合が迫る。

「次は…あ、私じゃん!」

 そんな軽い言葉と共に、朱戸が試合場へ向かう。すると、その前に立ったのは…

「一応聞いとくけど…女の子…だよね?」

「当たり前でしょう」

 物凄い筋肉質な相手を前に、朱戸は本気で問いかけた。その身体は背丈も筋肉量もその辺の男子をはるかに凌駕しており、細身の朱戸と対峙した姿は、まさに大人と子供。

「絶対性別詐称してるわ!一体何なのよアレは?」

 戻って来るなり朱戸はそんな事を言うが

「いいえ、彼女はれっきとした女子選手よ。とは言え、男兄弟に囲まれて空手やボクシング、更にボディビルで身体を鍛え、男子顔負けなのは間違い無い様だけど。しかも公式戦にこそ出た事は無いけど、何の試合に出ても好成績を残すのは間違い無いと言われているのよ」

 何か本の様な物を手に、白木が解説した。

「何よ突然…ってそれは何?」

「これ?さっき相手の…緑川さんって人に貰ったのよ。選手名鑑だって」

「はあ?いつの間に…って名鑑?それって私達をナメてない?ちょっと見せて!」

 朱戸は名鑑とやらをふんだくると、相手について書いてある事に視線を注いだ。

「何々、名前は水野晶…ってアレで一年まだなのっ?まあ…あとは白木の読んだ通りね。つまり私の相手は…やっぱアレなのね?」

 そう言って視線を移す朱戸の目には、勢いよく首と肩を回し、既に準備万端といった感じの姿が映った。

「正直気乗りはしないけど、行ってくるわ」

 若干うつむき加減で開始線へ向かう朱戸。その姿に桜子が声をかけようとするが、再び相手と向かい会った瞬間、朱戸のスイッチが入った。

「さあ、ショータイムの始まりよっ!」

 不敵な笑みを浮かべ、朱戸はそんな言葉を放つ。同時に試合開始が告げられた。

「やっ!」

 朱戸は電光石火の前蹴りを放つ。それはまともに中腹部に入ったが

「ふんっ!」

 まるで問題無いとでも言いたげに、水野はそれを弾き飛ばすと、突進しながらお返しのボディアッパーを放つ。朱戸はブロックしたものの、その身体は一気に場外近くまで吹っ飛ばされた。

「こんの…っ」

必死で踏ん張る朱戸。しかし水野は体格に似合わぬダッシュを見せると、一気にタックルに来た。朱戸は一瞬ニヤリと笑みを浮かべると、真正面から来た相手に跳び膝蹴りを喰らわせた。まともに頬に喰らった水野の腰が落ちる。

「やった!」

「はい!」

 玄田と桜子は勝利を確信して声を上げるが

「…まだよ…」

「朱戸、距離を取って!」

 白木の声に朱戸が反応するよりも早く、水野は倒れ込みざまに朱戸を捕えた。しかし、倒されるよりほんの一瞬早く

「ちぇいさーっ!」

朱戸渾身の手刀が水野の後頭部に叩き込まれた。そして今度こそ、水野の巨体が完全に沈む。

「ふう…ちょっとだけ焦ったわね」

 そう言いながら朱戸は額の汗を拭う。すると、不意に水野が立ち上がった。

「嘘っ?さっきのは完璧に入ったはず…」

 うろたえながらも朱戸はすかさず身構えるが、対峙した相手からは一切闘争心が感じられない。

「ちょっと…その子大丈夫?」

朱戸に促された主審が水野の顔を覗き込むが、その目には光が無く、既に意識が飛んでいた。慌てて主審は試合終了を告げる。


「あーあ、とんでもない一年だったよ」

 戻ってくるなり朱戸はそう呟いた。

「意識が飛んでるのにファイティングポーズ取るって…あー怖い怖い」

 朱戸は大きく息をついて腰を降ろすと、そのまま寝転がった。

「ちょっと、何お気楽になってんのよ?次は私なんだけど、ちょっとだけでも応援しようって気にはなってくれない訳?」

 玄田に顔を覗き込まれた朱戸は

「ああ、きっとクロなら大丈夫!」

 無責任な言葉を、満面の笑みで返した。

「全くもう。あ、そうだ!ねえ白木、私の相手は名鑑に載ってないの?」

「載ってるわよ?」

 あっさりと答える白木に玄田は一瞬力が抜けるが、万全を期す為に誌面に目を注いだ。

「えーっと…名前は薬師寺みらい…はぁ?既にプロデビューしてる女子プロレスラー?そんな…」

 そう言って振り返った玄田は、相手の姿を見ると

「あ…確かに雑誌で見た顔かも」

納得した様に頷くが、すぐに我に帰る。

「ちょっと!そんなトンデモな奴が私の相手なのっ?」

うろたえる玄田を尻目に、朱戸は大爆笑をする。

「私の相手もかなりアレだったけど、クロちゃんの相手はプロの方ですかっ!こりゃあ参ったねぇ!」

「ちょっと…他人事だと思って…」

「そんな事無いわよ?だってクロは私の親友でしょ?私だって…大きな声じゃ言えないけど、バケモノじみた一年に勝ったのよ?これで、クロは負ける訳にはいかないよね?」

 そう言いながら、朱戸は玄田の両手を力強く握る。玄田はその手を握り返すと

「当然でしょ!もっと凄い勝ち方して来るからねっ!」

気合と共に、開始線へ向かった。

「流石は親友ね、お嬢並みの乗せ方だわ」

 そう言って微笑む白木に、朱戸もニッと笑って見せた。しかし…


「ちょっとー…何なのよあの重量感は」

 一旦戻って来た玄田は、げんなりした顔で溜息をつく。朱戸はまたもや大爆笑するが、玄田は不意に視線を逸らすと、由香里と桜子を見て、とあるやり取りを思い出した。

「ああ、そうか…勝とうとするんじゃなくって、凄い相手に胸を借りるつもりでやればいいのか」

そう呟くと、全ての雑音が消え去ったかの様に、清々しい顔で開始線へ向かった。


 改めて向かい合った二人。柔道着の玄田に対し、薬師寺も上は柔道着、下は膝までのタイツを穿いていた。その脚の筋肉は間近で見ると一層強靭そうに見えたが、玄田は心中に呟く。「大丈夫。柔で剛を制するのが柔道。私はそれに打ち込んできた」そう呟きながら両の頬を軽く叩く。そして、試合開始が告げられた。

「せいやああっ!」

 またもや体格的には遥かに劣る玄田。気合を入れると共に、じりじりと距離を詰める。しかし対する薬師寺は

「うりゃあああっ!」

そんな叫びと共に、鋭いタックルを放つ。とは言え、いかに鋭くても遠間からの、しかも真正面からのタックルを喰らう程玄田は鈍くは無い。横に跳んでかわすと、その脚に組み付いた。

「よっしゃ!」

 思わず朱戸が声を上げる。しかし

「くっ…重い」

 予想以上の重さに驚く玄田。薬師寺はすかさず上体の向きを変えると、豪腕を振り回して殴りかかって来た。

「ぐっは!」

 背中を叩き付けられた玄田は苦しそうに呻くものの、手を離す訳にもいかない。とは言えこのまま叩かれ続けては確実にまずい。暫くの間衝撃に耐えていたが、やがて玄田は腿を掴んでいた両手を離す。

「馬鹿!離しちゃマズいって!」

 身を乗り出して叫ぶ朱戸だったが、玄田は脚が自由になった相手が動くよりも早く、左手でその膝を押し込み、同時に右手で踵を掬った。

「うわわっ?」

 若干緊張感に欠ける悲鳴と共に、薬師寺の巨体が転がった。玄田はすかさず上になり、そのまま押さえ込もうとする。しかし

「ふんがあああっ!」

薬師寺は完全に押さえ込まれる直前で、驚異的な筋力で玄田を弾き飛ばした。しかし

「えっ?」

薬師寺は驚きの声を上げる。その視線の先には、弾き飛ばされながらも自分の腕を掴んでいる玄田の姿が映った。そして、玄田は着地と同時に腕ひしぎの体勢に入る。しかし先程のアガサ同様、軽量の玄田を持ち上げようとして、薬師寺の二の腕が盛り上がった。

「今度は、そうは行かないわよ!」

 玄田は相手がそう来るのを予想していたかの様に、簡単に腕ひしぎを解くと同時に、その腕を掴んだまま跳躍する。そのまま前転しつつ薬師寺のみぞおちに頭を突っ込むと、勢いを殺さずに反対側に着地した。そして、今度は薬師寺の身体がうつ伏せにひっくり返される。

「さて、お嬢直伝の柔術技、行くわよ!」

 そう言いながら玄田は薬師寺の手を取り、両手の親指を相手の手の甲に押し当て、全力で押し込んだ。

「ふんがっ!」

雄叫びと共に、薬師寺は空いた方の腕で体を持ち上げようとするが

「えいっ!」

玄田が力を込めるや否や、その巨体は音を立てて崩れる。そして…

「時間切れ!それまで!」

「…あれ?」

 玄田にとっては、若干不本意な言葉で勝負は幕を降ろした。


「…惜しかったわね、でも、今のは貴女の勝ちだったわ…」

 珍しく、真っ先に青山が声をかけた。一瞬戸惑う玄田だったが

「えへへっ、有難う!」

そう言って微笑むと、差し出されたその両手を握り

「ちょっと、疲れちゃった」

大きく息を吐くと、そのまま青山の胸に顔をうずめた。

「…あら、これはちょっと意外なリアクションね…」

「まあ、一度位はいいじゃない?どうせもうすぐ卒業なんだし」

「…そうね…」

青山はそう言いながら、玄田の頭を優しく撫でる。

「あー、ちょこが毎回飛びつく訳が解った」

 満足げな玄田の言葉はさて置き、次の試合が始まって、終わった。


「流石は由香里ね」

 大きく頷く桜子と、呆然とする鬼塚。

「お…おい、あのボケーっとした奴は、あんなに強かったのかよ」

「え?由香里?」

「ああ…一瞬で勝っちまったじゃねえか」

「うん、物凄く強いわよ。私の百倍位かしらね。あ、でもさっきは引き分けだったわ。やっぱり凄い人っているもんなのねー」

 桜子は思い出すかのように何度も頷く。すると由香里がひょっこりと顔を出した。

「あら、何か新発見でもございましたか?」

「えっ?ああ何でも無い。それより凄かったね、瞬殺だったじゃない!」

「そうですねぇ、幸い相性のよい相手だった様ですねぇ」

 その口調に鬼塚は力が抜け…

「まあ、頑張ってくれや」

心なしか、肩を落としている様な後姿で立ち去った。しかし桜子は

「何だろ急に、トイレかな?」

「まあ、まさかお昼に食べ過ぎてしまったのでしょうか?」

 いつも通りのゆるい会話に一同は和むが

「…ちょっと白木、貴女の相手は…」

「ええ、間違い無く手ごわいわね」

 名鑑を覗き込みながら青山と白木は同意していた。

「…今年は、本当に凄いのが集まったわね。まさか合気柔術開祖の子孫が出て来るとは思わなかったわ…」

「そうね。でもこれって」

「…何…?」

「私の可愛い後輩…まあ強さは可愛いなんて言えないけど。実はね…」

 白木はそう言って青山に耳打ちする。

「…まあ、本気なの…?」

「ええ、子供みたいでしょ?」

「…ええ、でも、悪くないと思うわ…」

「でしょう?だからこれは私にとって大事な模擬戦よ。しっかりと見ててよね!」

「…ええ…」

 白木が対峙した相手、それは他でも無い、名鑑を渡した当の本人である緑川葵だった。

「貴女が…白木さんね?お会いできて光栄ですわ」

「それはどうもご丁寧に。でも私は全然有名人なんかじゃ無いわよ?」

「有名無名は、所詮俗人の評価です。私は幼少の頃より、本質を見極めるべく眼力を鍛えられ続けて参りました。その私が感じているのです。貴女は、我が人生における好敵手になるであろうと」

 その言葉を聞いた瞬間、白木は驚き、恐怖し、歓喜した。今まで生きてきた中で、もしかすると自分が何よりも求めていた存在。それに初めて出会えた…そう感じた。そして

「始めっ!」

 開始の合図、同時に

「きええええいっ!」

 意外にも緑川が突進して打ちかかる。しかし白木は面食らう訳でも無く、素早く側面に回りつつ手刀を捌く。しかしその腕を掴んで崩す前に、緑川は自ら白木に密着して襟を掴む。更に肘で白木の手を打ち下ろすと、強引にその手を振り払って両襟を掴む。そこから十字締め…に行こうとした所で白木の脚がしなやかに入り込み、緑川は脚を崩された。すると緑川はすかさず跳び下がる。

「流石は私の見込んだ方ですね」

「それは光栄…だけど、まだ本気じゃなさそうね」

「はい。ですが、時間も限られている事ですし、本気で参ります!」

 そう言うと同時に、緑川の雰囲気が変わった。その気配は、試合と言うよりは実戦を想定しているかの様に…張り詰める。


 半身になり開手で身構える緑川。対する白木は、両手を下げて自然体で待った。緑川は一瞬眉を上げるが、そのままの構えを崩さずにじりじりと白木を中心にして、円を描く様に回り始めた。視線だけは緑川を追うが、白木は首一つ動かさず、不動の姿勢で立っていた。それは緑川が視界から外れてもそのままで、やがて緑川は完全に白木の背後に立っていた。そこまで来ると緑川は足を止める。白木からは殺気が全く感じられない。このまま打ちかかれば返される可能性があったが、残り時間も少ない今、ただ立っている訳にはいかない。軽く息を吐くと、意を決した様に緑川は打ちかかる。その瞬間、異常な事態に気付いた。白木の正面に立っていた時、確かに二歩分の間合いがあった。しかし今は、一歩半あるかないかになっている。自分は同じ距離を保っていた…筈だった。いつの間に?そう思った所で最早止められない。同時に白木が消えた。

「えっ?」

 緑川の手刀が空を切る。同時に何かに躓いて手を着くと、その目には足元で丸くなる白木の姿が映った。

「小ざかしい真似をっ!」

 緑川はそのまま側転して振り返る。と

「えいっ!」

 白木の貫手が眼前に迫っていた。のけぞりながらも緑川はそれを掴む。すると

「やっと捕まえた♪」

 にこやかに微笑む白木。一瞬緑川は目を見開くが、同時に白木は掴まれた腕を円を描く様に回して、その体勢を崩す。

「何のっ!」

 緑川はそれを返そうと踏ん張るが、それこそが白木の作戦だった。踏ん張って返そうとする緑川の背後に手を回すと、その襟首を取って引き倒した。

「うわああっ!」

 悲鳴と共に、緑川の身体が一瞬宙に浮き、沈んだ。

「やったよ!流石は白木さん!」

 思わず叫ぶ桜子。朱戸も玄田も頷くが、青山はまだ不安げな面持ちだった。そして由香里の声が響く。

「白木さん、まだです!」

 その声と同時に、緑川の脚が白木の腕に絡みついた。

「あら…これはまずいわね」

 腕を極められそうな状態で、白木は呑気な言葉を漏らした。と、言うのも…

「それまで!引き分けっ!」


 唐突な言葉に、見守っていた一同及び観客は呆気に取られたが、同時に状況を理解したかの様に一斉に息をつき、場内には「はあーー」と、かなり大きな溜息が流れた。


 体育館を後にする頃には、既に日も暮れかかっていた。夕日を背に、今日の事をあれこれと喋りながらバス停へ向かう由香里達。

「えーっと、あと十分位で来るみたいよ」

 バスの運行表を見た朱戸が振り返ると、その視線の先にいたのは…

「うげっ!また来たっ!」

朱戸の声と同時に、蝶湖が猛ダッシュで駆け寄ってくる。思わず身構える朱戸だが、当然の如く目当ては…

「たっちゃーん!」

案の定、青山の胸に飛び込んだ。

「…どう、今年も楽しめた…?」

「うん!アイツに勝てなかったのは心残りだけどね!」

蝶湖は顔を胸にうずめたままで、正確に朱戸を指差した。

「ちょっと!そんな台詞はせめてこっち見て言いなさいよ!」

 当然といえば当然の朱戸の言葉に、浜口やクリスも声を上げて笑った。


今年もまた、実際にはやらないであろう激しい合同稽古を行いました(笑)まあ色々とあんな奴やこんな奴が出てきちゃいましたが、きっと来年もこんな感じでしょう…きっと。

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