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体育祭&文化祭パート2

11.体育祭&文化祭パート2


 夏休みも終わり、更には夏休みボケ期間も終わり、特にトラブルも無く時間は流れ…


「さて、来週末には体育祭があります。皆さんで出場する種目を決めて下さい。一年の時とは幾つか種目も変更されていますので、よく目を通した上で希望の種目を考えておいて下さいね」

 朝のHRで塩谷が告げた。教室内は配られたプリントを手に、生徒達がプリントと互いの顔を互いに見比べる。そんな中…

「…そ、そんな…」

 がっくりと肩を落とす三船の姿があった。

「…三船さん?」

 何か様子のおかしい三船。それに気付いた由香里は、桜子と共に彼女を昼食に誘った。

「ねえ、何か落ち込んでない?だいじょぶ?卵焼きあげよっか?」

 なかなか食の進まない三船に、桜子が心配と興味が半々と言った感じで声をかけるが

「ううん、大丈夫よ…はぁ…」

 明らかに大丈夫ではない返事をするだけだった。

「まあ、無理にお話になる必要もございませんよ。まずはこちらでもお飲み下さい」

 由香里は笑顔と共に紅茶を差し出した。

「ありがとう…いい香りね」

 三船はそう言って一口すすると

「ふう、ため息ばっかりついてても仕方無いわよね。とりあえずお弁当食べましょうか」

「はい、そう致しましょう」

「お、食欲回復?じゃあ私も遠慮無く頂きまーす!」

 元気に昼食を取り始めた三船は、食後のお茶と一緒にため息の訳を話した。

「あの…ね、我ながら子供じみた事考えてたなって思うんだけど、私は今年も貴女達が仮装リレーに出るって勝手に信じ込んでたの。でもさっき配られたプリントを見たら、その仮装リレー自体が無いじゃない?それで先生に聞いたら、あれって一年生限定らしいのよね。それを聞いてからと言うもの、ずっと体に力が入らなくなっちゃって…本当に、こんな私のせいで心配かけちゃって御免なさい」

 そう言って三船はため息こそつかなかった物の、やけに遠い所を見つめて寂しげに笑った。流石に体育祭のプログラムが原因とあっては、由香里でも励ましようが無い。桜子と顔を見合わせると、まるで子供を見守る様に小さく笑った。そして昼休みも終わり…


「さて、皆さんの出場希望種目はお決まりでしょうか?とは言え昨年同様、各種目は出場出来る人数が決まっていますので、全てが希望通りとはいきません。ですから、皆さんの中で希望が被ってしまい、出場可能人数を超えてしまった競技…あー、やはり結構あるみたいですね。それらについての話し合いを行いましょう」

 塩谷の声と共に、午後の教室内はざわめきが起こる。とは言え二年目ともなればさほどの混乱も無く、物凄くがっかりした一生徒を除いて話し合いはスムーズに進んだ。その結果…

「あの…私が一緒でいいのでしょうか?」

 二人三脚ならぬ、三人四脚競争に選ばれてしまった三船が由香里と桜子の前で恐縮していた。

「なーに言ってるのよ!三船っちがやる時はやるって事はもう知ってるんだから、そんな縮こまってどうするのよ?」

「そうですねぇ。それに…私の思う所、この様な変則的な競技であれば、個々の運動能力よりも互いの息を合わせる事が肝要かと。であるならば、私達にも十分勝機はあると思いますが…如何なものでしょうか?」

 そう言って微笑む由香里の顔を見た三船は

「…後光が差してる…」

 不意におかしな言葉を口走った。しかし、その感動も覚めやらぬ内に由香里が笑顔で試練を告げる。

「では、三船さんの不安を打ち払う為にも、早速本日から練習致しましょう」

「えっ?」

 桜子と三船は、同時に呆気に取られた顔になった。


 全く悪気の無い由香里は、心底から心を尽くして桜子と三船を特訓に付き合わせた。そしてその結果…


「由香里―、やっぱ私達二人して足引っ張ってない?」

 体育祭前々日、桜子が半べそをかきながらそんな事を口走る。

「私も…はぁ、はぁ…同感…です」

 その傍らでは、青息吐息になった三船も同じ様な事を言っていたが、由香里はそんな泣き言を笑顔で一蹴する。

「ですが、初めて私達が一緒に走った時は五十メートル二十秒もかかりました。ですが、本日は僅か十二秒しかかかっておりません。わずか十日程でここまで早くなるなんて、正直私も思っておりませんでした。これは、きっと私達の相性がとても良いと言うことに他なりません」

 そう言って由香里がへたり込む二人に手を差し出すと、二人は顔を見合わせて笑い

「まあ、そこまで言われちゃ…ね?」

「はい!私、頑張ります!」

元気良く立ち上がり、その日も夕暮れまで特訓は続いた。そして

「サクラさん、三船さん、大変よく頑張りました。明日は体育祭前日、ゆっくりお体をお休め下さい。そして、当日はこの頑張りが無駄では無かったと思える様に、全力を尽くしましょう」

 特訓の締め括りの言葉が由香里の口から告げられると、桜子と三船は一瞬嬉しそうな表情を浮かべるが、瞬時に不安を覗かせる。

「明日は特訓しないの?」

「そうですよ、少しでも多く練習しないと」

「いえ、不要ですよ。むしろ今は休息こそが肝要です」

 二人の不安を払拭するかの様に由香里は告げる。

「実は、今回の特訓は正直私にもかなりきつい物だったのです。ですから、もしお二人の内どちらか一人でも脱落されたならば、そこで特訓を終えて、楽しく競技に参加しようかとも考えていたのですが…それは私がお二人を見くびっていた事に相違ありません。本当に申し訳ありませんでした」

 そう言って頭を下げた由香里だったが、顔を上げると嬉しそうに言葉を続ける。

「ですが、お二人は見事にこの特訓をやり遂げて下さいました。今、私には一抹の不安もありません。唯一つ気がかりがあるとすればそれは…お二人が頑張り過ぎて怪我でもなさらないか、と言う一点のみでございます。ですから、何卒明日はゆっくりとお体をお安め下さい。そして、本番で見事、大輪の花を咲かせようではありませんか」

 珍しく饒舌な由香里を桜子は驚きの目で見つめていたが、その傍らには感動に打ち震えた三船の姿があった。

「高屋敷さんっ!」

 思わず由香里に抱きつく三船。感動の余りそのまま泣きそうなる三船だったが

「まだ泣くには早いですよ。それは、見事勝利を手にしてからに致しましょう」

「えっ?…あ、そ…そうよね!」

 三船はそう言って目元を拭うと、微笑みながら由香里を見つめた。するとすかさず桜子が割り込む。

「ちょっと!由香里は私の大親友なの!二人っきりの世界になんてさせないわよ!」

 そんな桜子の声に、由香里と三船は思わ顔を見合わせ…笑った。

「あ、私良い事を思いつきました」

「何?」

 唐突な由香里の声だったが、流石に桜子は素早く反応する。

「明日は是非、私の家へいらっしゃいませんか?ゆっくり休むと決めた以上、気持ちも落ち着かせる為に、お茶会など如何かと思いまして」

「あ、それいい!ねえ三船っち、由香里の持ってくるお茶も美味しいけど、淹れたてはまだ飲んだ事無いでしょ?アレはまた一味違うのよねー。ワタシは当然行くけど、どう?」

「えっ…えっと、その」

 突然の申し出にもじもじと恥ずかしそうな三船。桜子はその手を取って半ば強引に誘うが

「あの、でも明日はきっと準備とか色々あって帰りが遅くなるんじゃ…」

「あ、そうか…なあ?」

 当然の言い分だったが、すっかりそんな事を忘れていた桜子は不安げに由香里を振り返る。しかし由香里の言葉は、更に桜子を喜ばせる事になる。

「それでは、明日は私の家でお泊り会などと言うのは如何でしょうか?そうすれば作戦会議も出来ますし、何より連帯感が一層高まることうけあいです」

「えっ!いいのっ?」

「はい、もちろんですよ」

「ホラ、これなら帰りが遅くっても大丈夫だよ!」

「えっ?それは…でも、ご迷惑では?」

「いいえ、むしろ叔父様は夏休み以降私がお友達を家に呼ばない事の方にご不満のご様子ですよ」

 由香里は冗談とも本気ともつかない様子でそう言うと、二人に向かっていつもの微笑を浮かべた。

「あ…あの、お邪魔でないのなら」

「はい、歓迎致します」

 完全に三船の敗北であった。


 翌日の放課後、人生初の友達の家へお泊りを目前に控えた三船は内心穏やかでは無かった。

「ど…どうしよう。昨日はつい同意しちゃったけど、よその家に泊まるなんて…考えても無かった…」

 しかし、そんな気も知らずに桜子は嬉しそうに三船に声をかける。

「ねえねえ、今日は一旦帰るの?ワタシはお泊りセット持って来てるけど、三船っちはどうするの?」

「えっ?えっと…やっぱり、お泊り会は…ちょっと…」

「えーっ!今更来ないなんて駄目よー!ねえ由香里?」

「そうですねぇ、私も是非お招きしたいのですが、ご都合がお悪いのでしたら、無理にとは申しませんよ」

「えっ?あの…無理って訳じゃ…」

「じゃあ行こっ!決まり!」

 結局、三船自身もそれほど嫌な訳では無かった上に、桜子の強引な誘いもあって、その晩は人生初のお泊り会となった。


「はあ…ここが高屋敷さんのお部屋なんですね。何か…落ち着きます」

 由香里の私室。そこは畳敷きの八畳間だったのだが、そこへ腰を降ろした三船は、大きく息をつくとそんな言葉を漏らした。

「でしょー?ワタシもここはそんなに来た事無いんだけど、畳って落ち着くよねー?やっぱ日本人だからかなぁ?」

 そう言いながら桜子は畳の上を転がる。

「そうかも…しれませんね」

 三船はそう言って笑った。その表情に由香里も安心した様に微笑を浮かべると、静かに席を立つ。それに気付かないかの様な勢いで話しかける桜子に三船が応対している間に、由香里は着物に着替え、お茶を点てる用意を済ませていた。

「まあ、楽しいお話も大変結構なのですが、そろそろ喉が渇いて来た頃と思いますので、ここらで一息付きませんか?」

 その声に振り返った二人の目は、簡素ながらも、目を引かずにはいられない着物に身を包んだ由香里に釘付けとなった。慌てて三船が正座をすると、桜子もそれに習おうとするが

「まあまあ、どうぞお楽に。いつもの通りで結構ですよ」

由香里がにこやかに足を崩すように促す。

「あ、そう?じゃあ…」

そう言って桜子はまた寝転がろうとするが

「って、そうは言っても寝転がってお茶は飲めないし、結局正座が一番ラクかもね。最近結構長時間耐えられるようになったんだよ!凄くない?」

結局は、三船と一緒にきちんと正座して由香里の前に並んだ。

「では、ごゆっくりおくつろぎ下さい」

 いつも通りの笑みを浮かべお茶を点てる由香里。ちょっと苦味があるものの、綾が作った茶菓子との相性はまた格別で、桜子も三船もかしこまった体勢とは裏腹に表情を緩ませた。


「いやー、美味しかったねー!」

 布団の上に転がった桜子は、思わず感嘆の声を上げた。

「そうですね、それは私も同感です」

 三船も桜子の横に寝転がると同時に同じ様な感想を漏らした。

「だよねー、あれ全部由香里と由香里の叔母さんが作ったんだって、凄いよね?」

「そうなんですよね、綺麗でおしとやかで、その上お料理もお菓子作りも上手で…憧れちゃいます」

「オマケに由香里なんか凄く強いのよ!もう反則って感じよね?」

「反則ですか?…まあ、確かにちょっとズルいって思うかも…あ、何でも無いですっ」

 すっかり夕食を堪能した二人は、客室に敷かれた布団の上でお喋りに興じていた。すると

「おじゃま致します」

 襖の向こうから由香里の声がした。同時に音も無く開いた襖から由香里がひょっこり顔を見せる。

「由香里―、待ってたよー!」

「ええ、今夜はゆっくりお喋りしましょう」

「はい、私もそのつもりで参りました」

 由香里はそう言って腰を下ろすと、盆に乗せた湯飲みを並べた。立ち上る湯気に桜子はすかさず飛びついた。

「お熱いのでお気をつけ…」

 由香里が声をかけようとしたと同時に

「あっつ!」

 桜子の悲鳴が響いた。

「あらあら、大丈夫ですか?」

「春日野さん…平気?」

「…うん、平気。あ、でもこれ甘くて美味しい!なーに?」

「はい、生姜湯でございますよ。夜は結構冷えますので、寝る前に体の暖まる物を、と思いまして」

「うん、なんだかポカポカしてきたよ」

「そうですね、凄く暖まります。ですが…」

「はい、何でしょうか?」

「もう、寝るの?折角だから、もうちょっとお喋りしたい…あ、何でも無いですっ!明日は本番なんだし、早く寝なくちゃですよね」

 言うが早いか三船は布団に潜り込むと、由香里と桜子は顔を見合わせて笑った。そして同じ様に布団に入ると

「こうして、寝っころがって喋るのも楽しいよね」

「そうですねぇ。こうして、眠くなるまでお話致しましょう」

「えっ?あ…はい」

 由香里と桜子に両側を挟まれた三船は、恥ずかしそうに布団を頭まで被るが

「じゃあ…ちょっとだけ…」

そう言いながら赤らめた顔を出すと、嬉しそうな顔で今までの事を語り始めた。


 翌朝、あっさりしつつもとても美味しい朝食に満足した桜子は、足取りも軽く学校へ向かう。つられる様に、三船の足も軽い。更に三船は嬉しそうに昨晩の事を由香里に話しかけていた。それに笑顔で答える由香里。暫く喋っていると桜子が加わり、学校へ着く頃には、朱戸と玄田までが加わって異様に盛り上がっていた。


 そして体育祭が始まった。由香里達の2組は勝ったり負けたりを繰り返すものの、そこそこの順位をキープしていた。そして、均衡を破るためのここ一番、それが…三人四脚となってしまった。

「あ…あの…私、きっと足を引っ張って…」

 早くも限度いっぱいな三船。しかし桜子はいつも通りの明るさでその肩を叩いた。

「やっほー!とうとうワタシ達の晴れ舞台!皆に特訓の成果を見てもらいましょう!」

「それは良い考えですね。気負う事無く、今までの成果をお披露目するつもりで頑張りましょう!」

そんな二人の声に、三船も緊張を和らげる。そして

「そうか…そうよね!お芝居と一緒じゃないの!私達が頑張った成果を見せられれば、結果は自ずと付いて来る!そうよね?」

途端にハイテンションモードになった三船。その豹変振りに桜子も驚いたが、由香里は…少なくとも傍目には驚いている様には見えなかった。

 かくして、戦いは始まる。

「ヨーイ…」

 スターターの声。その後、ピストルの音が響く。同時に横一列の競技者達が一斉に走り出す…と思いきや、どのチームももたもたと歩き出すように進みだす。そんな中由香里達はと言えば

「ちょ、ちょっと三船っち!そんな焦っちゃダメだって!」

 どうもハイテンションが仇になったのか、三船は完全に空回りしていた。しかしゆかりは相変わらずの笑顔で

「そうですねぇ、まずは歩いてみましょう」

のんきな事を口走る。

「ちょっと由香里!そんな事言ってる場合じゃ…あれ?」

 桜子が周りを見回すと、自分達以外のチームも決して快調な滑り出しではなかった。それを見た桜子も、瞬時に由香里に同意する。

「三船っち!とりあえず由香里の言う通りにしよっ!まずはこっちの足から…いーち!」

「はい!いーち」

「その調子です。では、にーい」

「そうそう、じゃあまた、いーち!」

「そうです、では、にーい」

「いいじゃない!じゃあまたいーち!」

「お上手ですよ。では、にーい」

「いいカンジ!じゃあ後は三船っち!」

「そうですね、お任せ致します」

「えっ?私が…はい。じゃあ、いーち!にーい!いーち!にーい!いち!にい!いち!にい!いち!にい!」

 次第にリズムに乗り出す三船。そうなってくると演劇で鍛えた勘なのか、両側の由香里と桜子の動きに完全に同調し始めた。すると

「ちょっと、ペース上げましょう!」

 勢い付いた三船が言葉と同時に速足から駆け足に移ると、由香里と桜子もそれに合わせて駆け出し、一気に先行するチームを追い上げる。

「おお!流石はお嬢だね。手綱の取り方が上手い」

「そうだね。でも遊び人も呼吸の合わせ方が凄くいいよね」

「…そうね、でも今は…」

「ええ、暖かい目で見守りましょうよ」

 そんな先輩四人組の心境を知ってか知らずか、三船のペースに合わせた由香里達はグングンと順位を上げ、遂に先頭を走るチームの背後に付いた。

「もうちょっと!もうちょっとで私達が一番に…あっ!」

 またもやテンションが上がりすぎたのか、三船が足をもつれさせて転びそうになる。しかし

「サクラさん!」

「由香里っ!」

 由香里と桜子は顔を見合わせるまでもなく互いに外側の足を踏ん張り、両側から三船を抱きかかえる様に持ち上げ、ゆっくりと降ろした。そして

「さあ三船っち、さっきまでの調子で!」

「そうですねぇ、転ばなければ、きっと大丈夫ですよ」

 両側から言葉をかけられた三船は、ふぅっと一息だけつくと

「解った!じゃあ行くわよっ!」

 言うと同時に三船は、あっと言う間にさっきまでのペースで走り出す。一瞬驚きの表情を浮かべる桜子だったが、由香里の微笑を見て頷くと

「任せなさいっ!」

 そう叫ぶなりペースを上げた。


「あー、残念っ!紙一重ってのは正にあんな状況よね!」

 由香里特製のドリンクを手に、桜子は悔しさをぶちまけるとそれを一気に飲み干した。それと言うのも、先頭チームがバランスを崩した隙に追い抜き、ゴールまであと十メートルを切った正にその瞬間、あろう事か桜子のはちまきがずり落ちて目をふさぎ、慌てている内に別のチームに一位を取られてしまったからだった。しかもその差は僅か十センチあるかないか。悔しいのも無理は無い。

「あー…マジでゴメン。ワタシがちゃんと締めておかなかったから…ホントに…うっ」

 悔しさをぶちまけた桜子は不意に嗚咽を漏らす。由香里と三船は両側から肩を抱き寄せるが、それがかえって桜子を刺激したのか、大声で泣き出した。

「サクラさん?」

「どうしたの?何で泣くの?私達頑張ったじゃない!だから、だから泣かないでよ…泣かないで…うっ…ぐすっ」

 今度は三船まで泣き出す始末。由香里は二人を抱き寄せると、嬉しそうに微笑んだ。

「まあまあ、悔しくて泣けるのは、それだけ一途に頑張った証拠ですよ。それはとても素晴らしい事です。ですから、泣くのに疲れたならば、是非笑って下さいね」

 由香里にそう言われた桜子は、無理に笑顔を作って微笑み返すが…

「ちょっと由香里、アンタも泣いてんじゃないの!」

 由香里の瞳にも光る物を認めた桜子は、泣き笑いをしながら由香里に抱きついた。

「なんだ、高屋敷さんも泣いてるの?」

 三船もそう言うと同時に由香里に抱きつくと、三人で泣きながら笑う。

「全く、騒がしいやつらだな」

 大道はその様子を見ながら笑うと

「まあ元気出せよ。後は俺が何とかしてやるからよ!」

 励ます様に声をかけた。途端に桜子がいつもの調子に戻る。

「えーっ?何よ急にキモチワルイ!三船っち気を付けて!きっとワタシ達が可愛いからここで恩を売っといて、後で何か要求するつもりよ!」

「えっ?大道さんって…そんな人なの?」

「違うっ!ってコイツはともかく三船までそんな事言うとは…まあ元気になったみたいで何よりだ」

 そう言って苦笑を漏らす大道に、由香里は

「はい、励まして頂き有難うございます」

そう言って深々と頭を下げる。

「あ…ああ。しかし、そうやってまともにお礼を言ってくれるのはお前だけだな」

「そうでしょうか?きっとお二人は…特にサクラさんは照れ臭いだけだと思いますよ」

「はあ?あの能天気な奴がかよ?それはないって」

 大道はそう言って桜子を振り返ると、大きな声で笑った。由香里もつられて笑うと

「ちょっと!何か変な事言ってないでしょうね!」

耳ざとく桜子が聞きつけ、その傍らでは三船も笑っていた。その様子を見ていた南城も、かすかに口の端を上げる。

 大道は正に有言実行、その後参加した二つの競技…しかも棒倒しではそのパワーを遺憾なく発揮してかなり得点を稼ぐ。かたや対照的に南城は不言実行、特に山本達を従えた騎馬戦では正に縦横無尽の活躍を見せ、由香里達の2組はめでたく1位で体育祭を終えた。


「では、皆様お疲れさまでした」

 今年も「てっちゃん」を会場にして、祝勝会が始まった。まずは塩谷がねぎらいの言葉をかけ、更に少しだけ言葉を続ける。

「今年も頑張った皆様にあれこれ言うのも粋ではありませんし、早速乾杯といきましょうか。では、盛り上げ係の春日野さん、乾杯の音頭をお願いします」

「はーい!ではでは皆様っ、お飲み物は行き渡りましたでしょうかっ?大丈夫の様ですねっ?」

 言いながら桜子は周りを見渡し、にんまりと笑みを浮かべる。そして

「では、かんぱーーーい!」

大きな声でグラスを掲げ、集まった皆が呼応した。そのまま祝勝会の盛り上がりは勢いを増し、気付けばに塩谷の空けたジョッキも既に五杯を超えていた。それも僅か三十分足らずの事だっただけに、流石に心配した哲子が由香里に耳打ちした。

「ねえ、先生がお酒強いのは知ってるけど、今日はちょっとペース早過ぎない?」

「そう…ですねぇ」

 由香里は言いながら塩谷に視線を移すが

「ですが、顔色もよろしいようですし、大丈夫だと思いますよ。それだけ私達の勝利を喜んでいらっしゃるのでしょう。とても喜ばしい事です」

そう言っていつも通りの微笑を浮かべた。

「そっか、いつも先生を見てるゆかりんの言葉だ、私も安心してお酒を運べるよ」

「はい。本日は何卒、先生のお好きな様にして差し上げて下さい」

そう言いながら頭を下げる由香里に哲子は思わず苦笑するが…

「全く、この先生にこの生徒有り、か」

一同を見回しながら、楽しげな笑みを浮かべた。由香里もその視線を追う様に見回すと、陽気な塩谷を桜子と大道が挟んで更に楽しげに話をしていた。一方では三船を囲んで数人の女生徒達が盛り上がっている。更に山本達は南城を中心に盛り上がっていたが、南城は相変わらず余り表情を変えずにその相手をしている。思わず笑みを浮かべる由香里だったが、気付くと自分の周りにも数人が集まり、今日の活躍を祝福してくれていた。そして再度の乾杯に応じ、由香里もグラスを掲げる。

「では、かんぱーい!」


 数日後、暫く元気の無かった桜子はもう一つのイベント、文化祭まで残り一ヶ月を切った途端に元気が復活する。

「ねーねー!今年もまたお芝居やるの?」

 クラスの出し物を決める話し合いの最中、桜子は三船の下へ駆け寄った。その瞳は子供の様に輝き、無言で昨年の感動を再び味わいたいと訴えていた。三船としてもそれは願ったりなのだが、流石に二年続けて自分の希望を通すのははばかられた。

「うーん、やりたいとは思いますが、今年は良い案が浮かばなくって」

三船はそう言ってやんわりと桜子を納得させようとしたのだが、桜子は逆に熱を帯びてしまった様に語り出す。

「ナニ言ってるのよー!みふねっちは凄いんだから、ちょっと考えれば去年より面白いのが出来るって!」

「え?…えっと、そうでしょうか?」

「そうそう!」

「ですが、今年は誰か他の方が、何かやりたい事があるんじゃないでしょうか?」

「えっ?…あー、そうか。そう言われれば確かにそうかもね。じゃあもっと面白そうな物があるか、皆の意見も聞いてみましょう!」

 桜子は言うが早いか教壇に立つと

「皆様!私は去年皆でやったお芝居で…物凄く感動しました!だから今年もまた皆でお芝居がやりたいです!でもっ!もしもそれ以上に何かこれをやってみたいって人は、是非遠慮せずに言って下さい!なんでもいいです!下らないとか思うアイデアでもいいんで、とにかくちょっとでもやりたいと思ったら、何でも言って!」

一気にまくし立てた。そして塩谷に視線を送ると

「そうですね。まだまだ続くと思ってはいても、高校生活は正に光陰矢の如し。後になって後悔するよりは、笑われてもいいから意見を述べた方がいいと思いますよ」

塩谷も桜子に同調する様な事を言う。すると大道が立ち上がり

「俺は、まだ具体案は無いけど…何か体育系のイベントをやりたい」

そんな意見を述べた。すると若干の間を置いて、不意にクラス中がざわめき出す。

「カラオケなんてどう?」

「ならゲーセンっぽいのも面白くない?」

「あ、劇やるんなら人形劇とか」

「メイド喫茶とか…駄目?」

「お化け屋敷!」

突然意見が交錯し始め、教室内は熱気のこもった意見が飛び交う。塩谷は笑顔でその様子を見ていたが、暫く経っても落ち着かない様子に、手を叩いて騒ぎを鎮めた。

「まあまあ、活気があるのはとても良い事ですが、むやみに騒いでも意見はまとまりません。とりあえず今まで出た案も含め、他に何かやりたい事は無いか、ゆっくり話し合って下さい。週末までには決定したいので、この時間内に候補だけは決める事にしましょう。では…あと三十分程よく話し合って下さい。残りの十分で候補を決めますので」

 塩谷の言葉と同時に、桜子は教壇を降りて由香里の下へ駆け寄る。

「ねえねえ、何か盛り上がって来たね!」

「そうですねぇ。ですが、余り楽しそうな事が多いと、どれを選んでいいのか迷ってしまいます」

「あ、それはそうかも。ちょっと本気で考えよっか」

「はい、そう致しましょう」

 そんな話し合いがクラス中で行われ、三十分という時間はあっという間に過ぎ去った。

その結果…

「えー、では、今回候補に上がった…まずは昨年同様にお芝居、他には喫茶店、腕相撲道場、和風の茶店、お化け屋敷、カラオケ…いやはや皆さん色々と提案して頂き、有難うございます。では、これらの提案の内容をそれぞれ詳細にまとめて、とは言えA4二三枚程度でいいのですが、明後日までに提出して下さい。万一間に合わなかった場合は、残念ながらその案は実現不可能という事で、今回は見送りとなります」

 塩谷はそう言って教室を後にした。

「ねえ由香里、結局何が一番いいと思う?」

「そうですねぇ、私は、和風茶屋でのんびりと楽しみたいですねぇ」

 そんな会話があちこちで繰り広げられた結果…


「えーっと、では、可能な範囲で皆さんの意見を尊重した結果…くつろぎ空間二の二…これでいいのですね?」

 いまいち状況を飲み込めない塩谷。すると桜子は立ち上がって口を開く。

「はいっ!それが私達のそ…そそう…あれ、何だっけ、由香里?」

「総意、の事でしょうか?」

「そうそう!私達の総意です!」

「そうですか…では」

 そう言いながら塩谷は教室内を見回す。不安そうな面持ちの生徒は何人かいたものの、不満気な生徒は見当たらない。そう確信して思わず笑みを漏らす。そして

「ふむ…複数のイベントをこなすのは難しいとは思いますが、皆さん悔いの無いように頑張って下さいね」

頷きながらそう締め括った。そして、クラス一丸となっての準備期間が始まる。


 「くつろぎ空間二の二」それはくつろぎたい人も、楽しみたい人も、暴れたい人も誰もが楽しめる空間…と言えば聞こえはいいが、結局のところは、出された案を可能な限り詰め込んだだけと言う、いわばやっつけ仕事の集大成だった。しかし当の本人達にそんな考えは無く、やるからには最高の物を!いつしかそんな考えがクラス中に蔓延していた。それが桜子や三船、そしてそれを陰ながら支える由香里、そんな面々に触発されたものであることは言うまでも無い。そして、あっという間に時間は過ぎ、早くも文化祭前日となった。

「ねえ由香里、お茶菓子ってこれで足りるかなぁ?」

「そうですねぇ…どうでしょうか?とは言え沢山用意しておいて、お客様の入り具合が思わしくなかったら余ってしまいますし」

「何を弱気になってるのよ!そんなんじゃお客さん来なくなっちゃうじゃない?それに余ったらカラオケの方で使えばいいんだし」

「それも、そうですねぇ。では帰りに…あ、折角ですから、叔母様に甘える事に致しましょう」

「由香里の叔母様に?」

「はい。実は先日、文化祭で模擬店を出すという事をお話しました所、それならばお菓子を用意しましょうか、と申しておりました。それを今、思い出したのでございます」

「そうなんだ!じゃあ…あ、でも今から言って間に合うの?」

「はい。叔母様のお菓子はお店にも置いて頂いている物で、いくらか作り置きがあったはずです。それに日持ちもする物でしたから」

「そうなんだ!じゃあ忘れずに持って…あ、ちょっと心配だから明日の朝電話するね!」

「はい。大変心強いです」

「じゃあ、お茶屋さんはこれで大体オッケーね。カラオケも大丈夫そうだったし、後は三船っちと大道…あ、アイツの案は結局部活の方でやるんだっけ」

 そう言ってクラス内を見回す桜子。室内は簡単な仕切りで二つに区切られ、半分はのんびり和風喫茶店。もう半分は三船が主体となって行う人形劇の舞台になっていた。カラオケは、上手い事桜子に乗せられた山本達が視聴覚室で行う事になったのだが、幸い同じ案の軽音部との共同になり、意外な事に最初に準備は終わっていた。大道の腕相撲道場も、ラグビー部と柔道部がそれぞれ猛者を集め、後は当日挑戦者を待つばかり。しかし…

「あー、やっぱり無理かなぁ…」

 シナリオもキャスティングも舞台装置の作成もほぼ完璧だった三船劇団だったのだが、何とも間の抜けた事に、肝心の人形制作をすっかり失念していて、今は半泣きで針仕事の真っ最中だったのである。

「ねえ由香里、お裁縫得意よね?」

「得意と言える程ではありませんけれども、お手伝い位でしたら」

「そうよね、ワタシは苦手なんだけど、ハサミ位は使えるわよ」

そう言って由香里と桜子は互いに微笑むと、悪戦苦闘する三船達に混ざって針と鋏を手に持った。

「えっ?」

「手伝うよっ!」

「皆でやれば、それだけ早く終わります」

 何か言おうとする三船。しかし二人は有無を言わさずに仕事を始めた。それを見た三船は嬉しそうに頬を赤らめるが、不意に口を開く。

「あの、春日野さん…」

「なーに?」

「そこは、切らないで下さい」

「嘘っ?」

 何はともあれ、かくして文化祭は当日を迎える。


「いらっしゃいませ!」

 桜子の元気な声が響く。和風の喫茶というアイデアが良かったのか、はたまた和風の衣装に身を包んだ女子が目当てなのかはさて置き、由香里の心配は全く問題では無い程の盛況だった。何しろの半分のスペースでやっているだけに、教室外にもかなりの行列が出来ていたのである。しかしその反面、三船劇団の人形劇はあまり活気が無かった。その様子を窺っていた由香里は、休憩時間に桜子を誘って三船の人形劇を見に行く事にした。


「あら、抜け出しちゃって大丈夫なの?」

 三船は驚いた様に声を上げるが

「ちょうど、交代の時間になりましたので」

「そうそう、だから見せてー!実は前から気になってたのに、こっちの準備が忙しくってどんな話か全然知らないのよね。だからスッゴク楽しみなの!ねっ、由香里?」

「はい、とても楽しみです」

 そんな二人に、若干落ち込みの色が見えていた三船も笑顔を取り戻す。そして

「じゃああと五分で始まるから、ゆっくり見て行って下さいね」

 そう言って三船は、木枠で出来た舞台裏に姿を消す。そして人形劇「野菊の墓」の幕が上がった。


「うっ…ぐすっ…ううっ…」

 終演後、桜子はすっかり涙が止まらなくなった。シナリオが名作だった事もあるが、三船の真に迫る演技。特にお妙の手紙を読むシーン。これは三船の演出でお妙自身が読む形を取っていたのだが。そこで桜子はたまらず号泣した。そしてそれはそのまま続き、心配した三船が声をかけてきた。

「あの…大丈夫?」

「んぐっ…ん…うん…だいじょうぶ」

「とても良いお芝居でした。私も、もうハンカチがびしょびしょです」

 桜子は言うまでも無く、そう答えた由香里の瞳も確かに潤んでいた。暫くはその反応の大きさに驚いていた三船だが

「これは、大変良いお芝居です。是非多くの方々に観ていただかなくては。次は何時からでしょうか?」

由香里の言葉に我に返り

「えっと…三十分後には始める予定だけど」

それだけ答えると由香里は

「では、お客様を連れて参ります」

言うが早いか、踵を返してその場を立ち去った。

「えっ?あの…高屋敷…さん?」

 思わぬ行動に目を丸くする三船。そこへ桜子が抱きつき、またもや泣き始めた。


 それから約二時間後…由香里達の喫茶店には、涙で頬を濡らした客が溢れんばかりになっていた。その中には先輩四人組に、何故か他校の蝶湖。それに剛次と綾の姿も有った。誰もが一様に涙ながらに芝居を褒め称え、その後で美味しいお茶とお菓子に笑顔を取り戻す。そして口コミでの評判はあっという間に広まり、その次からの上演は、まさに蟻の入る隙間も無い程の満席となった。


「いやはや、今年は本当に皆さんお疲れ様でした。私自身もどこも楽しくて、正直どうやって皆さんを労おうか悩んだ位ですよ」

 満面の笑みで塩谷は生徒達に言葉をかけるが、その視線はともすると三船に向けられる事が多かった。とは言えそれもその筈、自分自身がいたく感動してしまった上に、数多くの生徒達にも賞賛を受け、更にはその父兄、そして校長や教頭、そして剛次夫妻にまで褒められてしまっては嬉しくない訳が無い。いつしかその目頭には光る物が浮かんでいたのだが…それは何とかごまかし、打ち上げの話をしたのが運の尽き。またもや自腹で打ち上げになってしまったのだった。


「あらあら、本当に先生って大変ねぇ。決して給料も良くないでしょうに。せめてこれ位はサービスしておくわ」

「いやいや、いつもすみませんね。有難く頂戴致しますよ」

 気を利かせた哲子は、塩谷の前にピッチャーを置いていった。並々と注がれたビールを塩谷がジョッキに移そうとするより早く、由香里はそれを手に取り、更に桜子がジョッキを構える。二人が息の合った手付きでビールを注ぐと、ビール好きが思わず喉を鳴らしてしまいそうな見事な泡立ちの一杯が出来上がった。

「センセー、いつもありがとうね!」

「私達一同、先生には心より感謝致しております」

笑顔で礼を述べる二人に、塩谷も思わず顔を綻ばせると

「さあ春日野さん、いつもの通り元気に乾杯の音頭をお願いしますよ」

「アイアイサー!」

 桜子はそう言って自分もグラスを手に取ると

「さあ、そろそろお飲み物も行き渡った事と思います。まだ配られてない方は…いない様ですねっ!んでは、皆さん本当にお疲れ様でしたっ!その分もとことん楽しみましょう!んでは、かんぱーいっ!」

 その声に応じて全員がグラスを掲げる。その様子を見て、塩谷は満足気にジョッキを空けた。


体育祭も2年目を迎え、ますますパワーアップ…はしてませんが。それでも皆頑張っています。でも男子の活躍の場は正直控えめ(笑)文化祭も同様ですが、まあ女の子達がメインなんで仕方ないですねぇ。

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