夏休みパート2
10.夏休みパート2
無事に期末テストも終え、夏休みを目前に桜子は有頂天な気分で廊下を闊歩する。なにしろ遂に学年で五十位以内に入るという快挙を成し遂げた上で迎える夏休み、嬉しくない筈が無い。大親友はまたもや一桁台だったのだが、それはそれ、今回も別荘に招待されていた桜子にとって問題では無かった。
そんな桜子を見ながら、由香里も嬉しそうに笑みを浮べる。
「まあ、今回は随分と順位が上がったのですねぇ。この調子で励めば、来年の今頃は追い抜かれてしまいそうですね」
恐らくは本気で言っているであろうその言葉は、素直に桜子をその気にさせる。
「そうねっ!はっきり言ってワタシ、回りの影響を受けやすいタイプみたいなのよ。だから由香里みたいに頭いいのと一緒にいると、少しづつ近付けるみたいなのよねっ!」
鼻息荒くふんぞり返る桜子。その天地逆転した視界に、南城の冷ややかな視線が入り込んだ。
「ふっ、いつも楽しそうだな」
それだけ言って立ち去る後姿に、桜子は
「何よっ!自分が学年五位だからっていい気になってーっ!由香里には負けてるクセに!それに見てなさい、来年の今頃までには絶対に追いついてみせるんだからっ!」
更に鼻息荒くまくし立てた。
「そうですよサクラさん。これからも一緒に頑張りましょうね」
「うん!由香里がいればワタシ絶対頑張れると思うの!だから由香里、ずっと大親友でいてよね!」
「はい、私の方こそ、サクラさんのお友達でいさせて下さいね」
何だか盛り上がっている二人を見て、学年二十位の大道は、何と無く声をかけられずにその場を立ち去った。
そんな事があって早数日が過ぎ…
「ではっ!春日野桜子一番手行かせて頂きまーっす!」
今年も高屋敷家別荘行きのバスの中、マイクを握り締めた桜子が叫ぶ。今年も去年同様に大勢が乗り合わせたバスの中、受験を控えている筈の三年組はそれどころでは無い筈なのに…何故か異様に盛り上がっていた。それというのも
「烏丸蝶湖、一番手に強制デュエットしまーす!」
一体どこからどうやって聞きつけたのか、誘われた訳でも無いのに蝶湖は青山の隣に陣取り、更にはマイクを片手に絶好調だった。
「由香里、何であの人がいるのよ?」
流石の桜子も蝶湖のテンションに気圧されたのか、不満気に愚痴をこぼすが
「それはですねぇ、ついこの間の事なのですが…」
由香里が経緯を説明しようとしたその時、前の席に座っていた青山が申し訳無さそうに口を開いた。
「…ごめんなさいね。私がついうっかり口を滑らせてしまって…そしたらどうしても付いて行くってきかなくって。高屋敷さんに頼んだら快く応じて貰えたので…」
そう言って青山が深々と頭を下げると、流石に桜子もそれ以上は突っ込めなかった。しかしそれでめげる桜子では無い。元気一杯に歌う蝶湖に負けず、声を張り上げて歌い始めた。そしてそのテンションは車中に充満し…
「あー、テンション上げすぎたわ」
コリをほぐすかの様に首を回す桜子。他の皆も、別荘に着く頃には一様に疲れ切った様な顔をしていた。
「やれやれ、これじゃ先が思いやられるわ」
思わず苦笑する白木だったが、すかさず蝶湖が突っ込みを入れる。
「なーに言ってんのよとらっち!まだまだ日は高いわ!早速特訓を始めましょう!」
初めての事ではしゃぐ蝶湖は、異様なハイテンションで叫び、それに由香里までもが同調する。
「それはとても良い考えですね。では皆様、早速参りましょう」
「え?ちょっと…由香里ぃ?」
うろたえる桜子をよそに走り出す蝶湖。しかし…
「あらまあ、どうしましょう?あの方…まるで違う方へ走って行ってしまいました」
相変らずとぼけた事を口走る由香里。白木と青山は顔を見合わせると、慌てて蝶湖の後を追った。
由香里達が別荘へ着き、部屋割りも決まって皆が一息入れていると、そこへやっと蝶湖が戻って来た。その顔はすっかり汗だくだったが、その瞳はキラキラと輝いていた。
「ここってすっごく海が綺麗なのね!ついつい楽しくって走り回っちゃったわ!」
そう言いながら蝶湖は目ざとく冷蔵庫を見つけると、さっさと麦茶をグラスに注ぎグビグビと飲み干した。するとそこへ、既に青息吐息の白木と青山が入って来た。
「ちょっと、何で先に一息ついてるのよ?」
「…もういいわ。もういいから、私にも一杯頂戴…」
二人に促されるまでも無く由香里がグラスを置くと、よっぽど暑かったのか白木、そして青山までもが一気に麦茶を飲み干した。
「あー、やっぱり夏は麦茶が一番だわ!さ、一息ついたし、稽古始めましょう!」
二杯目も一気に飲み干した蝶湖は、勢いよくグラスを置くとそういい放った。誰もが気乗りしない顔をしている中で、由香里が口を開く。
「そうですねえ、時は金なり、と諺にもある事ですし、早速始めると致しましょう」
「おー、流石はたっちゃんが一目置くだけの事はあるわね!話が早い!さあ行きましょう!」
「では、私に着いて来て頂けますか?」
「はいはーい、頂けますですよーっ!」
そう言いながら稽古場へ向かう二人。一同はやれやれと言う顔つきでその見送っていたが、突如朱戸と桜子が同時に立ち上がった。
「って事はだよ…」
「ですね、見逃せないですよ!」
二人はそう言って顔を見合わせると、同時に駆け出した。それを見た白木達も同様に顔を見合わせる。
「もしかして、あの二人が?」
「…もしかしなくても、面白い物が見られるのは間違い無さそうね…」
「それって…お嬢とちょこが試合するって事よね?」
「その通りよ玄田。当然見に行くわよね?」
「言われなくとも!」
「…それじゃ、行きましょうか…」
いつの間に着替えたのか、稽古場に着いた一同の前では、既に道着に着替えた由香里と蝶湖が対峙していた。ウォーミングアップも済んだのか、軽く汗をかいたその顔はいつも以上に輝いている。
「ふっふーん、キミとは一度手合わせしてみたかったのよね。合気道ベースって聞いてるけど、アレって元々は柔術でしょ?って事は蹴りには対応できないんじゃないか…って私は常々思っていた訳よ。でもたっちゃんやとらっち…それにあの忌々しい朱戸がキミは凄いって口を揃えて言うもんだから、物凄く興味が沸いちゃってね。ってお喋りはこの位にして…行くよっ!」
「はい!」
蝶湖の先制攻撃で幕を開けた試合は、息もつかせない蝶湖の連続蹴りが由香里を後退させる。
「アイツ、私とやった時よりもスピードアップしてるよ!」
凄まじい蝶湖の連続蹴りに朱戸も舌を巻くが、由香里はそれを全て紙一重でかわす。
「流石は由香里!一発も当たらない…あ!」
由香里の動きに感心した桜子だったが、その身体があと一歩で場外に出そうな事に気付く。
「身のこなしは流石だけど、それじゃどうにもならないよっ!」
その声と同時に蝶湖の蹴りは更に勢いを増す…が
「あ…あれ?」
次の瞬間、蝶湖はまるで膝から下の力が抜けてしまった様に崩れ落ちた。
「ちょっと、今の何よ?」
「ちょ…ワタシに聞かれても…って朱戸さん苦しいですよー!」
訳が解らない朱戸は思わず桜子の襟首を持って大きく揺さぶる。すると白木が口を開いた。
「彼女、やっぱり凄いわね。あんな大胆に相手に入り込むなんて…」
「…そうね、ちょこの蹴りは本当に凄かったわ。でも高屋敷さんは…さりげなくその上を行く…」
「えっ!ちょっとアンタ達、いまお嬢が何やったのか解ってるの?」
その言葉に二人は顔を見合わせると、微妙な顔つきをする。
「うーん、実ははっきり見えた訳じゃ無いのよ。でも察するに…膝カックン、みたいな」
「…その言い方はどうかと思うけど、それが一番近い言い方かもしれないわね…」
「膝カックンって…この膝カックン?」
そう言いながら朱戸は桜子の背後に回り、見事な膝カックンを決める。
「うわわっ!」
声と共に倒れそうになる桜子を朱戸は受け止めると、再びその顔を白木達に向けた。
「そうよ、恐らくは。とは言えあの速い蹴りの合間を縫って懐に飛び込み、同時に軸足を内側から膝で押すなんて…凄いわね」
「…それだけじゃ無いわ。腕でちょこのバランスを崩して、更に倒した後でも一瞬も気を抜いてない…既にいっぱしの武道家ね…」
感心する二人とは対照的に、立ち上がった蝶湖の攻撃は更に勢いを増す。
「おお、認めたくは無いけど流石に私のライバルね!」
思わず叫ぶ朱戸。と言うのも、速いだけで一本調子だった蝶湖の蹴りが、緩急織り交ぜた変則的な蹴りに変ったからだった。上かと思えば下、下かと思えば上、裏をかくかと思えば更にそのまた裏…にもかかわらず由香里はその蹴りを一発もクリーンヒットさせなかった。
「何で…当たらないっ?」
蝶湖の顔に焦りの色が浮かぶ。同時に息も乱れてきた様で、その蹴りが僅かに鈍る。由香里はそこを見逃さずに蹴り足を掬おうとしたが
「甘いっ!」
蝶湖は自分の動きが鈍ったのを逆に利用して、付け入ろうとした由香里の顔の前で蹴りの軌道を変えた。
「危ないっ!」
思わず叫ぶ桜子。しかし、蝶湖の蹴りが由香里の即頭部を捕らえる、誰もがそう思った次の瞬間…何故か蝶湖が派手にすっ転んだ。
「いたたたたた…」
頭を抑えながら起き上がろうとする蝶湖だったが、今度は由香里もすかさずその背後に忍び寄り両肩に手を乗せる。たったそれだけの事だったが、蝶湖の戦意を喪失させるには充分だった様で
「あ…えっと…参りました」
あっさりと負けを認めた蝶湖。そして二人の初対決は終わった。しかし負けを認めはしたものの、何が起きたのか理解できない蝶湖は微笑む由香里に詰め寄ると
「ねえねえ、今私は何でひっくり返っちゃったの?蹴りが決ったと思ったのに、気付いたらすっ転ばされていたんだけど!」
一気にまくし立てた。由香里は相変らずにこにことしたまま、暫くはどう説明したものか思案していた。そして
「えーっと…言葉で説明するよりは、先程の状況を再現するのが一番解り易いかと思いますので…」
由香里の言葉により、蝶湖は由香里の前に立って再び向かい合う。
「では、先程の様に上段蹴りを…とは言え、ゆっくりお願い致します」
「えっ?うん、こうでいいの?」
蝶湖はしなやかに足を上げると、由香里の顔に張り付く程の近距離でその足を止める。
「うっわ、なんであんな体勢で止まれるんですか?」
思わず声を上げる桜子。その隣では朱戸も呆れたような顔で声を上げる。
「ありゃあ、相当に柔軟でバランスが良くないと無理よ。私はぶっちゃけああいうの苦手なんだよね」
「ほえー、凄いですね」
そんな二人の関心を他所に、由香里の解説は続く。
「この状態からですと、腕で防御しようにも間に合いませんので…」
「うん、それは解る。で?」
「ですから、自分からしゃがんでこう致します」
「うおっと!」
由香里は軸足一本になった蝶湖の足元に丸くなり、その膝から下を軽く押し込んだ。流石に今度は倒れなかったものの、その体勢は大きく揺らぐ。
「えっと…さっき私は今と同じ事をされたって事?」
「はい、ただ今よりは少々勢いをつけていましたので…」
「あー、だから派手に転ばされちゃったのかぁ」
「はい、失礼致しました」
「えっ?何で謝るの?ご丁寧に解説までして貰っちゃったんだから、むしろこちらがお礼を言いたい位よ!ありがとねっ!」
「いいえ、私の方こそ素晴らしい蹴り技を拝見させて頂きました。こちらこそお礼を申し上げます」
そう言いながら互いに頭を下げる二人を見ると、駆けつけた一堂はもう笑うしかなかった。
僅か数分後…稽古場は様々な道着に着替えた面々で溢れかえる。由香里と蝶湖の試合に触発されたのは言うまでも無いが、それにしてもこれは…と言わざるを得ない熱気に剛二は苦笑して、釣竿片手に稽古場を後にした。
その日の晩、思わず張り切ってしまった一同は剛二の釣ってきた新鮮な魚をあっと言う間に平らげる。自分の晩酌分だけは別に取っておいた剛二は、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、由香里の学友達が皆心底楽しんでいる様子に思わず笑みを漏らす。するとそこへ陽子が顔を出した。
「おお陽子ちゃん、今年も世話になるぞ」
「はい!私も楽しみに待ってました!それにしても皆さん凄いバイタリティですね。私も負けない様に頑張りますね!」
「はっはっは!いつも元気だな。だが頑張りすぎて怪我しないように気をつけなさい」
「はい!じゃあ早速今日一番の大物を持ってきますから、剛二おじさんも堪能して下さいね!」
そう言って立ち去った陽子は、程無くして直径一メートルはあろうかという大皿に持ったアラの活け造りをテーブルの上に置いた。
「こっ…これは!」
予想外の大物に剛二は固まった。
「これは…陽子ちゃんが?」
「はい!まあ半分以上は父ちゃんに手伝って貰った様なもんですけど。でもここまで大きいのはこの時期なかなか上がりませんよ!是非召し上がって下さい!あ、ほら!早くしないと無くなっちゃいますよ?皆さん凄い食欲ですよね」
そそくさと立ち去る陽子。その後姿を見た剛二は…
「陽子ちゃん…負けたよ」
そう言いながら口の端を上げると
「さーて、実に食欲をそそるお造りだ。早速頂戴するか」
そう言って由香里の学友と共に陽子のとっておきを堪能した。
そして翌朝…昨日の若い力に触発されたのか、朝一番で稽古をしていたのは何と、塩谷と剛次の二人だった。暫くの間決められた組み手をこなしていた剛次だったが、やがてその心中に学生時代の思いが鎌首をもたげた。
「どうですか、剛さん。いっちょ、試合としゃれ込みませんか?」
まるで少年の様な顔で言う剛次に、塩谷もついつい昔を思い出して気軽に応じた。
「それは大変面白そうですが…はたして今の我々が…いや、そんな事を言っては興ざめですね。この気持ちが冷めぬ内に是非、手合わせお願い致します」
深々と頭を下げる塩谷、剛次はそれ以上に深々と頭を下げると、互いに鋭い目つきで対峙した。
そんな2人の親父達はさておき…
「さあさあ今年もやってまいりました!夏合宿恒例、王様決定カップで・す・が」
既に日の高くなりかけた砂浜に集まった一同を前に、桜子と朱戸が揃って声を張り上げる。その中には昨年のリベンジを果たそうと鼻息の荒い高山兄弟と、クールな顔つきながらも実は誰よりも熱い反町&竹之内もいたのだが…
「毎年一緒じゃつまらないんで、今年は六人一組でチームを組んで、ドッヂボール大会を開きたいと思いまーす!」
思いもよらぬ言葉に、その二組のみならず白木や青山までもがずっこけそうになった。当然の様に桜子達に詰め寄る高山兄弟&イケメン二人組みだったが、それを掻き分けてまっ先に詰め寄ったのは、意外にも白木と青山の二人だった。
「ちょっと、話が違うじゃない?何でいきなりドッヂボールなの?」
「…そうね、納得できる理由を説明願いたいわね…」
静かに詰め寄る二人の迫力に、朱戸と桜子は互いに手を握り合い
「あ…朱戸センパイ?何か怒ってらっしゃる様ですよ?」
「えっと…あの、ね?二人とも、そんなに怒っちゃいやーん」
そう言いながらはにかむ朱戸だったが、二人の迫力にその顔が引きつる。と、その時
「ドッヂボールも、きっと楽しいと思いますよ」
背後から由香里の声が響いた。驚いて振り返る一同に、由香里は更に言葉を続ける。
「実は私、小学生の頃ドッヂボールが大好きだったのですよ。ですから、私とても楽しみなのです」
そう言いながら満面の笑みを浮かべる由香里。そのなんとも言えずほんわかとした笑顔は、迫力に満ちた顔を緩ませるには十分な力を持っていた。
そんな訳で…朱戸が声を振り絞って叫ぶ。
「さあさあ、今年もやってまいりました!昨年に引き続き、王様は俺だ!女王は私よ!決定ビーチドッヂトーナメントを行いまーす!実を言うと、昨年のビーチバレーは勝機があるかと思い私の有利な競技にしたのですが、まあそれでも負けちゃった訳だし、こうなったら誰もが一度は経験しているけど高校生にもなってマジで取り組んでる事も無さそうな競技で勝負!って事にしてみた訳!解って貰えたかなっ?」
「その通りっ!何か突っ込みたくなる所も無いでもありませんが、そこは聞き流して下さいっ!そんな訳で皆様!特に参加する意思のある方々は、六人でチームを組んで下さい!参加しない方々は昨年同様チームが決まった後に優勝予想をして頂きますので、今の内に強そうなチームを探しておいて下さいっ!ではではっ、チーム分け開始―っ!」
桜子の号令と共に、一同が慌しく動き始めた。そんな中で桜子は真っ先に由香里に駆け寄ってその手を取ると
「さあ由香里、さっさとセンパイ方と合流するわよ!」
そう言うが早いか桜子は猛ダッシュで先輩四人組へ突撃した。
「皆様!是非今年はワタシ達とチームを組みませんか…って、アレ?」
「どうか、なさいましたか?」
急停止する桜子の背後で首を傾げる由香里だったが、目の前の光景に大体の事情を把握した。その目の前では予想通りとでも言うべきか蝶湖が青山にしがみつき、仮にこの世の終わりが来ても離れない!と言った風情を漂わせていた。
「あーあ、こりゃあワタシ達は他を当たらなきゃ駄目そうね」
諦めの顔でその場を立ち去ろうとする桜子だったが、その背後では予想外…否、予想通りの展開が繰り広げられていた。
「だーかーら!アンタは他に行きなさいよ!一緒のチームなんてぜーったいヤだから!」
「何言ってんのよ!そもそもアンタは他校の生徒でしょ?この合宿に参加すること自体間違ってるんじゃない!そんな奴にどうこう言われたく無いわよ!」
蝶湖と朱戸のいさかいはやはり収まってはいなかった様で、二人は激しい舌戦を繰り広げていた。その争いは徐々に激しさを増して行ったが、困った様な青山の顔に気づくと、朱戸は思わず苦笑して
「わかったわよ、じゃあ私はこの子達と組むわ。いいよね?」
そう言いながら由香里達を振り返った。
「え、ワタシ達…ですか?」
いきなりの展開に桜子は驚きの声を上げるが
「そうよ!ついでに玄田、アンタもこっち来なさいよ!」
朱戸は強引に玄田を引っ張り込み、更には
「そこのイケメン二人!こっち来なさい!」
反町と竹ノ内の二人も強引に引っ張り込み、あっと言う間も無くチームを作り上げてしまった。その素早さには流石の蝶湖もあっけに取られる他無かったが、すぐさま気を取り直すと目ぼしい人材を物色し始めた。
そんなこんなで色々あったが…決勝に残ったのは
「さあさあ今年もやって参りました!合宿中の王様&女王決定トーナメント決勝戦!今年はドッヂボールとなりましたが、その激戦を勝ち抜いてきた両チーム。まずはそのメンバー紹介、おっと敬称は略させて頂きますので何卒ご了承願いますね?からいきたいと思います!」
朱戸の元気な声に桜子が続く。
「まずは堅実なプレーを得意とする白木&青山、更には他校からの助っ人、トリッキーなプレーを得意とする烏丸!それに加えて圧倒的パワーで相手を粉砕する恐怖の双子、高山兄弟!そして…何故かワタシのクラスメートでありながら敵チームに加わった不届き者の大道、の正に美女と野獣チーム!」
桜子の声に歓声が上がる中、大道一人だけが複雑な表情を浮かべていた。しかしそんな事にはお構いなくもう一つのチーム…まあ当然由香里達のチーム、の紹介が始まった。
「まずはワタシの大親友!無敵のお嬢こと高屋敷!そしていざと言うときに頼れる玄田!更に高さなら高山兄弟にも負けない上に超イケメンの反町&竹ノ内!そしてっ!」
「私朱戸と!」
「私春日野で作り上げた最強チーム!その名も!えーと…どうぞ朱戸センパイ」
「へっ?…ちょっとアンタ決めてたんじゃないの?」
「いや、それが…去年頂いた名前で行こうかと思ったんですケド、今年は人数も多いし、男女混合なので…」
「ちょっと、相手チームは上手い事言ったじゃないの!」
「いえ、だってあっちは正に美女と野獣じゃないですか?…あ!」
「何よ?」
「私達のチーム名は、無敵の美男美女!これでいかがなものでしょうか!当然苦情は受け付けませんのであしからず!では試合がありますので、これにて!」
桜子の強引過ぎる紹介は色々と物議を醸したりしなかったりしたのだが、それは置いといて、決勝戦の火蓋が切られた。
司会開始のホイッスルと共にボールが宙に舞い、高山弟が気合もろとも飛び上がるが
「いただきっ!」
その頭上で反町の声が響き、ボールはあっさりと無敵の美男美女チームが確保した。
「オイ!何やってんだよ!」
高山兄は当然の様に怒鳴り散らすが
「仕方無えだろう!相手はバスケ部だぞ?」
弟にそう言われると、流石に言い返す言葉も無かった…否、正確には言い返す暇が無かった。
「来るぞっ!」
外野の高山兄が言うよりも早く、朱戸の放ったボールが高山弟を…と見せかけて
「おっりゃあああああーーーーっ!」
当然と言うべきか、その第一投は蝶湖めがけてすっ飛んで行った。
「ちょこ!」
白木と青山が同時に叫ぶ。そして蝶湖はその声に呼応するかの様に跳躍すると
「ぃやーーーーーっ!」
凄まじい飛び後ろ回し蹴りで迫り来るボールを遥か彼方まで蹴り飛ばした。
「…あれ?」
呆気に取られる朱戸を前に、勝ち誇った顔の蝶湖だったが…
「何で?何でアウトなのよっ!」
当然の事ながら、蝶湖はボールに当たったと判定されて、外野に回された。白木はやれやれと言いたげな顔をするが、青山は微笑みながら高山兄を内野へと促す。そして、内野に白木と高山兄弟。外野に青山、蝶湖に加えて大道も加わった恐るべき連携が始まった。
「うわ、うわわっ!」
何故か攻撃は桜子に集中する。白木の的確なパスに青山のノールックパス、更には聳え立つ高山兄弟の頭上からの攻撃に加え、全く予想のつかない蝶湖の動き…そしていまいち目立たないが、その実ツボを押えた大道の攻撃。それらは桜子を圧倒しつつも、何故か決定的チャンスをあえて見逃している様に見えた。少なくとも、大親友の由香里の目には。
「おかしいですね…」
怪訝そうに桜子を見守る由香里だったが、その瞬間、桜子の視界の外からボールが襲いかかった。
「…!」
誰よりも早く気づいた由香里は、外野から桜子に声をかけようとしたが、それより早く反応した朱戸が桜子をかばう様な格好でボールにヒットした。
「朱戸先輩!」
桜子は思わず叫び声を上げるが
「何マジ悲鳴上げてんのよ?ボールが当たっただけでしょうに。それに…おかげでお嬢が本気になってくれたみたいよ」
朱戸は何事も無かったかの様に右肩をさするが、その視線は…
「へ?由香里が?」
朱戸の視線を追う様に桜子も由香里を見つめる。そして
「…もしかして由香里…怒ってる?」
相変わらずの笑みを湛えてはいたが、その微妙な変化に気付いた桜子は不意に戦慄した。
「朱戸さん、後はお任せ下さい」
笑顔でそう告げる由香里。朱戸は笑顔で頷くと、由香里に拳を突き出す。
「ああ、任せたよ!」
「はい!」
そう言って由香里も拳を突き出すと、軽くそれをぶつけ合った。そして
「サクラさん、行きますよ」
相変わらずの笑顔、にもかかわらずその言葉には不思議といつも以上の迫力があった。
「う…うん」
桜子はボールを手に、期待と不安の入り混じった表情を浮かべた。
「さあ、朱戸の敵討ちと行こう!」
玄田の声に反応するかの様に、桜子は慎重にパスを回した。
それからの反撃は、正に圧巻だった。何しろ上背では高山兄弟に引けを取らない上、ジャンプ力ではその上を行く反町&竹ノ内のスパイクに近い攻撃に加え、特に蝶湖に対して必要以上に気合の入る朱戸ら外野からの攻撃は、流石の白木や青山を持ってしても一瞬たりとも気が抜けない。その上、何故か朱戸以上の気迫を持って攻めに転じた由香里の勢いは、一同の目を嫌が応にも集中させた。そんな気迫に感化されたのか、玄田や桜子も普段以上に気合がこもる。圧倒的勢な由香里達だったが、白木達に焦りの色は見られない。あまりの落ち付きに誰もが不安を感じたその瞬間
「今よ!」
白木の号令が下る。同時に
「おおよ!兄貴!」
「任せろっ!」
高山兄弟は共に頷いて駆け寄ると、兄を土台にして弟が天高く跳び上がった。
「マジかよっ!」
反町は思わず叫ぶ。何しろ余裕で敵の頭上を越す筈だったパスが、双子の連携によって簡単に阻止されてしまったのだから。しかしそれで終わりでは無く、高山弟はすぐさまキャッチしたボールを、何故か白木めがけて全力投球した。桜子や玄田のみならず、由香里までもがその意図を理解できずに一瞬戸惑うが、次の瞬間に全てを理解した。
「ここっ!」
白木はボールを受けると同時に回転し、遠心力を使ってボールの威力を増して…
「えいやーっ!」
気合と共にそれを放った。
「え?ちょ…嘘っ!」
折角朱戸がかばった甲斐も無く、桜子はあっさりとアウトになってしまった。
「ごめんなさ~い…」
面目なさげに項垂れる桜子。朱戸は笑顔でその肩を叩くが
「ちょっとばかり、ヤバいかもね」
自信なさげにそう呟いた。そしてその言葉を裏付けるかの様に白木達の猛攻は続き、気が付いた時には内野に由香里と玄田、外野には桜子と朱戸と反町&竹之内。対して相手チームは内野に白木と青山、そして大道、外野には高山兄弟&蝶湖というなんでも有りのチーム構成となっていた。
「お嬢、何か起死回生の一手は?」
玄田は苦笑いを浮かべながら問いかけるが
「それは…ありませんねぇ」
「あらら」
「ですが」
「ですが?」
「あちらの司令塔は白木さんに間違い無いと思われます。なので、白木さんさえアウトに出来れば…」
「でも、名案が無い、と?」
「いえ、無くもないのですが、上手く行きますかどうか」
二人はボールをかわしつつもそんな会話を続けるが、いつまでもそうしている訳にもいかない。由香里は意を決した様に玄田に告げる。
「玄田さん、アウトになっても構いませんので、次の攻撃は何としても止めて下さい」
「解った!…ってマジで?そんな事したらお嬢一人になっちゃうよ?」
「はい、承知の上です」
「まあ、お嬢が言うんだから間違いは無いでしょ」
玄田は笑顔を浮かべると、ボールを手にした白木に向かって
「さあ来い白木!さっきの凄いの、私はキャッチしちゃうかもよ?」
若干わざとらしい挑発をした。歓声に沸くギャラリーを目にした白木は一瞬青山と顔を見合わせるが…
「まあ、その方が見てる側には面白いか」
「…そうね、でも気をつけなさい?どう考えても玄田の発案とは思えないわ…」
「やっぱり?でもここで乗らなきゃ、女がすたるわ」
「…貴女、そんなキャラだったかしら…」
「まあいいじゃない?お祭りみたいなものなんだし」
「…ふっ、貴女のそんな所が好きよ…」
「ありがとっ、じゃあ…ちょこ、思いっきり返してよっ!」
気合と共に白木が全力投球したボールは、由香里と玄田どちらも狙わずに、外野の蝶湖へ一直線に向かった。
「任せてちょーっっ!」
蝶湖は雄叫びと共に、凄まじい横蹴りでボールを白木めがけて蹴り返す。そして
「お望み通り、喰らいなさいっ!」
白木の回転投法、それも蝶湖との連携で更に威力を増したボールが玄田…ではなく由香里に襲い掛かった。
「お嬢っ!」
咄嗟に庇った玄田は、その勢いに後ろへすっ飛ぶ。キャッチはできずにアウトにはなったものの、由香里の言葉通りにかろうじてボールは由香里の陣内に残った。
「痛たたたた…お嬢、何考えてるのか解らないけど、とりあえず作戦成功って事でいいのかな?」
「はい、ありがとうございます。ですが…」
「ですが?」
「努力のかい無く負けてしまっても、お許し頂けるでしょうか?」
その言葉を聴いた玄田は、朱戸と顔を見合わせると
「駄―――目っ!」
満面の笑みで告げた。
「では、負けない様に頑張りますね」
二人に負けない程の笑みを返した由香里は
「それでは、参ります」
白木達に向き直ると、いきなり大道を強襲…するかと思いきや、まるでパスと見まがうばかりのゆるいボールを投げた。
「え?ええっ?」
想像以上にゆるいボールを大道は危うく取りこぼしそうになるが、なんとかキャッチして由香里に向き直る。
「これって、何かの作戦なんスかね?」
指先でボールを回しながら大道は白木と青山に問いかけるが、二人とも首を傾げる。
「まあ、多分罠だと思うけど…三対一で消極策も興ざめよね?好きにしていいわよ」
結局由香里の考えは解らなかったが、白木は珍しくいきあたりばったりな意見を述べ、大道は素直に従った。
「んじゃ…行くぞっ!」
大道の豪腕が、予想に違わぬ剛球を放つ。そして由香里は…それを普通にかわした。
「あれ?」
何かを仕掛けてくると思っていた大道は呆気に取られるが、その後も由香里は何をするでも無くかわし続けた。
「…あの子、まさか一人で持久戦するつもりじゃ、まさかね…」
青山の言葉に白木も一瞬考えるが
「いや、多分もっと意表を突く何かを…ねえ大道君?同級生の意見を聞かせて貰える?」
「ええっ?俺にも解んないっスよ」
「そうよね、あの子は普通じゃ計り知れないし」
「…結局、私達皆彼女の掌の上、何て事無いでしょうね…」
「それなら、これでケリを着けるわよ!大道君、蝶湖に全力投球!」
「了解っス!」
白木に促された大道が蝶湖めがけて全力投球すると、蝶湖は全力で蹴り返し、そして
「これは、かわせるかしらっ?」
その超剛球を、白木はまたもや回転投法で由香里めがけて放った。唸りを上げて襲い掛かるボールを、由香里は目前まで引き付けると…
「参ります!」
その声と同時に、白木同様…否、白木が両手でキャッチしたボールを回転した後に右手で投げたのと違い、由香里ははなから右手だけをボールにかぶせ、その威力を全く殺す事無く、更に勢いを増し、相手陣地に正に矢の様な勢いで放った。
「うわっ!」
白木はそれを間一髪跳躍してかわしたが
「…あっ…」
その背後で、急激に軌道を変えたボールが青山を捉えた。
「えっ?」
驚いて背後を振り返る白木。同時に跳ね返ったボールがその額にヒット。更に、バウンドしたボールは…
「うわぁっ!」
成り行きを見守っていた桜子の手に収まった。
「えっと…この場合は…つまり二人がヒットされて、最後にキャッチしたのは…」
試合参加の桜子達に代わり無理やりジャッジをさせられていた陽子は、思わず言葉に詰まるが
「白木さんと青山さんはアウト!ボールは無敵の美男美女チームで再開して下さい!」
勢い良く叫んだ。そして大歓声の中、期せずして…由香里にとっては計算通りなのかどうかは最早計りかねるが、ともかく由香里と大道の一騎打ちとなった。とは言え、大道のパワーは白木の指揮の下で始めて生きる。グラウンド上ならまだしも、足場の悪い砂浜ではその巨体は単なる大きな的以外の何物でも無く…
「うわっと!」
由香里達の素早いパス回しに翻弄された挙句、顔面から砂浜にダイブした。そして運悪く上陸してしまったクジラの様に横たわる大道の尻めがけて
「悪いわね、いただきよっ」
桜子の放ったボールがヒットした。
一瞬の沈黙、そして例によって大歓声が巻き起こる。
かくして、今年もまた由香里と桜子。更には朱戸に玄田、加えて反町&竹ノ内までもが今回の合宿の王となった。
その日の晩は、またホールに集まった一同の前で王様と女王様の挨拶が行われた。例によって皆で楽しもうという意見には誰もが賛同したが、その次に発せられた由香里の言葉に、朱戸と玄田は凍りついた。その内容とは
「皆様、今年も精一杯楽しんで頂けます様、心からお願い申し上げます。しかし、ハメを外しすぎて後悔なさる事になっては私共としても心苦しい限りですので、受験のご予定がお有りの方々は、夕食後はお勉強会と言う事で如何でしょうか?それ以外の方々は、何卒ご随意にお過ごし頂けます様、お願い申し上げます」
と言った物だった。一応進学志望だった朱戸と玄田だったが、その成績からいっても楽観視出来る状況では無い。その現実を突きつけられた二人の顔が凍りついたのは、まあ当然と言えば当然の事だった。ついでに言うと、既に我慢できずにあれこれ頬張っていた高山兄弟も凍り付いていた。目ざとく壇上からその様子を見つけた反町&竹ノ内は、笑いを堪えるのに必死で、悶え気味にその体をくねらせていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎたが、朱戸や玄田達にとっては苦痛と思える時間の方がより長く感じられた様で、合宿が終わる頃には気息奄々とした顔をしていた。とは言えそれは決して無駄では無く、その結果は早くも秋の中間テストで結果を出すのだが…それは割愛させて頂く。
まあ、一部を除いてその後の数日は楽しくもあり厳しくもある充実した日々が続いた。そして最終日の夜、今年も花火&キャンプファイヤーで幕を閉じる事になったのだが、激しく燃える炎とは裏腹に白木が呟く。
「こうして皆で楽しく騒げるのも、今年限りかしらね…」
不意に響いたしんみりとした口調に、青山も朱戸も玄田も寂しげな笑みを漏らすが
「そんな事はございませんよ」
由香里の声はその寂寞を一瞬にして打ち払った。
「今ここにこうしているのも、縁あればこそです。ですから、その縁をあえて切ろうとしない限りは、きっとまたこうして集う事も出来る筈です」
微笑みながらそう告げる由香里。その顔を見た白木は、自分が情けなくも寂しがっていた事に気付き苦笑するが、すぐに笑顔になって笑い声を上げる。
「あははっ!そう、その通りよね!ガラにも無く落ち込んじゃいそうだったわ。有難う、高屋敷さん」
その笑顔につられてか、他の三人も笑顔になって笑いあう。もっとも、青山の笑顔は相変わらず微妙だったが。
楽しい夏休みも早二年目。相変わらずの面子が相変わらずに楽しんでいるけども、何故か蝶湖も混ざってみたり。ついでに大道も加わって中々賑やかな夏休みとなりました。最後の夏休みとなる三年生達も、由香里達に負けずに楽しんでますが、来年はどうなるのか…どうなるんでしょうね?