エピローグ
一年後――
「オフィーディア。届け物を持ってきたよ」
「まぁクリス様。貴方がわざわざ配達員のマネゴトするなんて、何を持ってこられたのかしら?」
イルニクリスにとって、イエフケリア家は第二の実家のようなものだ。
幼なじみとして、幾度も足を運んでいる場所であり、特に用事がなくとも顔を出すことなど、日常のようになっている。
そんな当たり前の中、今日のイルニクリスは何かを届けてくれたらしい。
「これだよ」
彼の後ろに控えていた大柄の騎士が、抱えていた麻袋を乱暴に放り投げる。
中から小さなうめき声が聞こえてきたのは、気のせいではないだろう。
「彼女の行いは許されるモノではないけど、正直ボク個人としては顔を背けたくなるよ」
オフィーディアはそんなことを口にするイルニクリスに小さく苦笑しながら、膝を折って麻袋の口を開く。
中にいるのは、女性。それもオフィーディアもよく知っている人物だ。
髪もぼさぼさ、肌もボロボロで埃まみれ。
破けた服をそのまま身体に巻き付けているだけ。それとて、もはや服の体はなしておらず、ただのボロ布だ。
アザやケガもあちこちにあり、とてもまともな状態とは思えないほど見窄らしい姿。
袋の中から漂ってくる臭いも酷く、周囲にいる使用人や騎士たちは思わず顔をしかめた。
あるいは、イルニクリスのようにこういう姿を苦手とするものは、青い顔をして目を背けている。
彼女はただの貧民や孤児ではない。
ここ一年間、自分がやってきただろう所行の全てがその身に返ってきたというだけだ。
「生きてはいるようですわね。
ごきげんようディトリエさん。正気を保っておりまして」
「……ああ、最悪な……コトに、な……」
「大変結構。わたくし、貴女がうちにやってくるのを心待ちしておりましたの」
オフィーディアがディトリエの処遇に対して口出しした内容。
それは、ディトリエを生きたまま正気のまま、自分の元へ連れてくることだった。
もちろん、ディトリエが死なないのであればどのような目に合わせても構わないとしたのである。
「誰か。彼女を清めてさしあげて。そして可能な手当は全てしてあげて。
衣服も適当に見繕ってあげてくださいな。
彼女へ恨みのある者も少なからずいるとは思いますが、害するコトは許しません」
そうして、オフィーディアの指示に従ってテキパキと騎士や使用人たちが動き出す。
その間、ディトリエは特に抵抗せず――というよりも抵抗するだけのチカラがもうないのだろう――、浴室へと連れていかれた。
「ディア。助けて良かったのかい?
正直、酷い目にあってるとは思う反面、仕方ないコトだと思ってるんだけど」
「ええ。クリス様の言い分は間違っておりませんわ。そもそも死罪ですもの。生かしておいて欲しいと言ったのはわたくしのわがままですものね」
イルニクリスの疑問に答えながら、オフィーディアは「こちらへ」と口にして、サロンへ向かって歩き出す。
「クリス様を洗脳していたのはもちろん――そもそも男爵令嬢というのが嘘。
そもそもラヘレー男爵の記憶を書き換え、自分を腹違いの娘だと思いこませていたにすぎません。
貴族の詐称は当然罪です」
「君との対戦中に、女性を娼館に売ったとも言っていなかった?」
「そうなのですけど……実際のところ売られた貴族令嬢の多くは、実家がマフィア等と黒い繋がりを持っていた上に、いずれ売られてしまっても仕方がなかったような方々なので、何ともいえないのですよね。
それに、そもそもが彼女の言う通り実家のチカラを自分のチカラと勘違いして傲慢な振る舞いばかりする貴族の風上にも置けない方々でしたし」
「辛辣だな……だがまぁ、何人か心当たりがあるから、気持ちは分かる」
だからといって、それが罪ではないと言えば嘘になる。犯罪は犯罪だ。
「ともあれ、彼女の罪が重いコトは承知の上です。
ですが――人生を賭けた勝負に勝ったのわたくしですからね。
あの古代遺失物とは関係なく、彼女の今後の人生が欲しかったのですよ」
話をしている間にサロンへと到着する。
侍従たちが引いてくれた椅子に腰を掛け、用意されたお茶で口を湿してから、オフィーディアは話を続けた。
「……で、彼女に関する本題なのですけど……。
今の話題に出てきたマフィアたちと関わる上で必要なのです」
「確かにその存在は問題だけど――それがどうかしたのかい?」
「ディトリエとの一件で、わたくしがギャンブル好きであると、クリス様にバレてしまったのですけれど」
「そうだね。予想以上のギャンブル好きっぷりにちょっと引いちゃったのは記憶に新しいね」
「そんなわたくしにとって、違法賭博とは二種類あるのですよ」
「二種類?」
「はい。看過できるか、看過できないか」
「違法なんだから結局ダメでしょ?」
「表向きはその通りですわ」
そもそもこの国には国営のカジノがあるのだ。
非合法の賭場など、本来は認められるものではない。
「看過できる違法賭場というのはですね。カタギには優しいのですよ。
違法賭場の目的は同業者や合法カジノで満足できないギャンブラーの受け皿。とはいえ迷い込んでくるような一般人は少なからずいます。その場合、楽しませるだけ楽しませて帰すのです」
「なるほど。君が看過できないという理由が分かった」
イルニクリスは真面目な顔をしてうなずく。
それに、オフィーディアもお茶を一口飲んでから、うなずき帰した。
「わたくしやディトリエみたいなタイプなら良いのですよ。
自分の人生をベットし、負けたら自業自得であると、そう思っているのですから。ギャンブラーとはそういう人種とも言えます。
でも、一般の方――特にただ迷い込んでしまっただけの人は違うでしょう?」
「そうだね。ただ迷い込んでしまっただけだ。
だけど、看過できない違法賭場というのは、そんな人たちに人生をベットさせるほどの賭けを無理矢理やらせるんだね?」
「そういうコトです。
そしてそれの運営の大半は、外国からやってきた外様のマフィア。
ですので、わたくしとしては大変面白くありません」
何せ、そうやってこの国の一般人や、観光客を誘拐していっているのだから。
証拠が乏しいせいで捕まえるのが難しいだけで、オフィーディアとしてはやっていると確信している。
「そして――ここ一年で、その勢力を増しているのも面白くないのです」
オフィーディアはハッキリと告げる。
イルニクリスとしても、違法賭博を取り締まるにしても優先順位を付けて良いかもしれないと考える。
「だからこそ、わたくしは味方が欲しかったのです」
ようやく話が見えてきて、イルニクリスは顔を上げた。
オフィーディアはイルニクリスと目が合うと、ふっと笑う。
その笑みに思わず見惚れてしまった時、サロンの扉がノックされて、その人物が入ってきた。
随分のやつれて鶏ガラのようになってしまってはいるが、それでも清められたディトリエは、一年前を思わせる容姿に戻っている。
汚れが落ち、傷や痛みが落ち着いたことで気力も少し戻ってきたのだろう。
多少フラついているようだが、自分の足で歩いていた。
「ようこそディトリエ。貴女は今ここで公的には死ぬコトになります」
「人生最後の清めだったってコトか?」
掠れた声で苦笑するディトリエに、オフィーディアは首を横に振る。
「いいえ。始まりの清めですわ」
そして、キッパリと告げた。
「新しい身分を差しあげます、ディトリエ。
今後はわたくしの右腕としてギャンブルを楽しみなさい。
スリル満点の違法賭場や、時にはGMを使った人生をベットするギャンブルも用意しますわ」
だから、この手をおとりなさい――と、オフィーディアは手を差し伸べた。
「この手を取れば貴女は逃げられません。
わたくしのリストに貴女の名前が追加されますわ。
言ったでしょう? あなたもリストに入れてあげると」
「前に言ってたのって……」
「ええ。わたくしに大敗し、わたくしに借金をした方々には、相応の働きをしてもらっておりますので」
ようするに、それぞれにあった働き口を紹介していたというわけだ。
本人が希望すれば娼館なども紹介しているので、一年前のゲーム中のやりとりとてウソだったワケではない。
ちなみにそこから逃げ出したり、稼いだ金を持ち逃げし、借金を踏み倒そうする者に対しては、オフィーディアの慈悲は消え失せる。そもそも彼女は聖人ではなく、腹黒拠りの政人だ。
「さて、貴女はどうされます? ディトリエ?」
「その手を取れば、またやばいギャンブルを楽しめるんだな?」
やや澱んでいたディトリエの瞳に光とチカラが戻ってくる。
「保証しますわ。ただし、敗北は許されませんよ?」
「GMを手に入れる前から、負けたらやばいギャンブルばっかりしてたからな、慣れっこさ」
挑戦的な笑みを浮かべ、ディトリエはオフィーディアの手を取った。
「ではこの時点でディトリエは死にました。今後あなたはトリエと名乗りなさい」
「りょーかい」
その様子を見ていたイルニクリスは何とも言えない顔をする。
彼にしてみればディトリエは危険分子であり、味方に引き込むなんてあり得ないのだ。
ただ、オフィーディアはそんなもの気にせずにいるから、イルニクリスはどうして良いのか分からない。
「まずはトリエの体調を整えるところからですわね。
肉体も精神も全盛まで回復しましたら、今後の方針をお伝えします」
「目的くらいは教えておいてくれるんだろ?」
ディトリエの問いに、オフィーディアは狂悪な笑顔を浮かべて答えた。
「外様のマフィアたちが運営している違法賭場ですわ。
そろそろ、この国から奪った民や財を返して頂こうと思っておりまして」
どこからともなく箱を取り出して見せれば、ディトリエも似たような笑みを浮かべてうなずく。
「なるほど。そりゃあ退屈しなさそうだ」
そんな二人のやりとりを見ながらイルニクリスは決意した。
オフィーディアが動きやすいように、出来る限り露払いはしておこう――と。
どうせ、こうなったら止まらないのだろうから。
「無理だけはしないようにね。
愛しの婚約者様がどこかへ売られたなんて結果、ボクは泣くよ?」
「貴方が愛してくださり続ける限り、わたくしは負けませんから」
そうして互いに視線を交わし、瞳を潤ませながら手を取り合う。
「ディア……」
「クリス様……」
そのまま花やハートが飛び交ってるのが幻視えそうなほど熱心に見つめ合い続ける二人。
そんな彼女らを指さし、ディトリエは近くにいた侍女に問う。
「コイツら、いつもこうなん?」
問われた侍女のみならず、オフィーディアとイルニクリスの側近たちはとても良い笑顔で同時にうなずくのだった。
やがて、イルニクリスが王となってから――この国は娯楽産業が大きく発展していく。
元々チカラを入れていた国営カジノはますます勢力を増し、国に認可されれば個人経営の賭場の開業も出来るようになっていく。
加えて様々なゲームや遊びも開発され、広められていく。
卓上遊戯はもちろん、外の広いスペースを使ったり、ボールなどの遊具を用いて遊ぶものなど。
大会などが開かれては、昼夜問わず、老若男女もみんな笑顔で遊ぶ。
金と欲に塗れながらも、決して清潔さと清廉さを失うことのない不思議な国。
そのことから――
遊戯の聖域。
ギャンブラーの聖地。
遊びの王国。
――などなど、様々な二つ名で呼ばれるようになる。
その発展には、ゲームが大好きな王妃と、ギャンブルが大好きな王妃の秘書の働きが大きかったという。
【What you played in your life wins - closed.】
そんなワケで
勝負師令嬢かレートアップ令嬢か……タイトル悩んで結局どっちも使わなかったお話完結です。
読んで下さった方々が少しでも楽しんで頂けたのであれば幸いです٩( 'ω' )و
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