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リオと、帰りたいお星様

作者: 冬山柊星


 ここは、とある森の奥地。大きな木に綺麗な川、小さく泣いている小鳥たち。そこには、美しい自然が広がっていました。その森を通る人間は滅多におらず、近くの街に住む人たちだけが、その雄大な自然の中を歩いています。

 普段は狩りや採集に使われ、そして街の人たちからは恵みのある神聖な場所として、とても大切にされていました。ここに住む誰もが、この森に感謝しているのです。



 そんなある日、森の中を1人の男の子が歩いていました。


 季節はもう冬になり、昨日降った大雪で、木々は白いドレスを着ています。川原の水溜まりは凍りついて、歩いてみると、霜柱が壊れる音が鳴りました。

 一面の銀世界を前にしても、男の子はまったく怖がることなく、それどころかとっても楽しそうに歩いています。なぜなら、彼にとってこの森は、子供の頃から慣れ親しんだ庭のようなものだったからです。


 ルン、ルン、ルン。


 男の子は鼻歌を歌いながら森の奥へと進んでいきます。朝日が森を照らし、木の間を抜けて差す太陽の光が、彼の進んだ道を照らしていました。

 男の子の息は白く、耳まですっかりと赤くなっています。随分と寒そうですが、しかしその体にしっかりときた防寒着のおかげで、凍えることはありませんでした。


 男の子が、不意に立ち止まりました。それからあたり一体をぐるりと見回して、ザッザッと足音を立てながら辺りの木を見て回り始めます。


 「うーん、何か面白いもの、ないかなぁ?」


 独り言が、男の子から漏れました。どうやら、今日男の子はこの雪の森へ、たからものを求めて探検に来たようです。本当は子供が一人で来るというのは危険なのですが、男の子は溢れる気持ちが抑えられずに、大人を連れずに出てきてしまったのでした。


 少しの間、男の子は木の下を探していましたが、しかし結局何かが落ちているということはありませんでした。木々の枯れた冬なのですから、当たり前ではあるのですが、男の子にはそれが分かりませんでした。


 ふと、遠くできらりと何かが光った気がしました。

 その方向をよく見てみれば、木の枝に光ったものが引っかかっています。チカチカと、それは美しく点滅をしていました。


 男の子はそれに興味をそそられました。


 あれはきっと、お宝に違いない。


 そう考えると、男の子はその木の方へ向かいました。木を登って、それを自分のものにしてしまおうと思ったのです。

 偶然とはいえ、持ち主であるその木から星を盗むことは、少しかわいそうだな、と男の子は思いましたが、それよりも、その星を手に入れたいという気持ちが勝ちました。


 男の子はその木にたどり着きました。しかし、そこまできて、どうやらあれは「物」ではないらしいぞ、ということがわかりました。なぜなら、それから「声」がするからです。


 男の子は何を言っているのかを聞き取る為に耳を澄ましました。すると、こんな言葉が聞こえてきたのです。


 「おうい、おうい、だれか降ろしておくれよぉ。こんな高いとこ、俺いやだよお」


 どうやらそのお宝は、木の上から落としてほしいようです。男の子は、お宝くんのことがかわいそうに思えたので、そうしてあげることにしました。


 「おうい、おうい、お宝くん。今、僕が助けてあげるからね。大丈夫、僕はね、木登りは結構、得意なんだよ──────」


 「ああ! それはありがたい。是非ともそうしてくれ。ここは高いったらないよ」

話しかけると、お宝は心底嬉しそうに返事をしました。「もう、こんなところにいるのは懲り懲りさ」


 男の子は早速、木を登り始めました。右手をかけて、左手をかけて、うんしょ、よいしょ、と声を出しながら登って行きます。


 漸く木の半分まで登ったところで、やっとお宝が引っかかっている枝に手が届きました。今まで、これほど高いところに登ったことはなかったので、男の子は少し怖いなと思いました。

 男の子はその気持ちを振り払うと、「やあ!」とお宝くんに声をかけました。


 お宝くんの見た目は、手のひらくらいで、丸っこくて、でもでこぼこしていて、まるで巨大な金平糖のような感じがしました。綺麗に輝いているので、男の子にはそれが大人がつける宝石のように見えました。


 「ああ、やっと降りられるよ。ありがとう、小さな勇者さん」

 お宝くんは、そう言って男の子を労いました。とても優しそうな声でした。


 それから男の子はそれをポケットに突っ込むと、また今登ってきた道を下って行きました。

 左に手をかけて、右に手をかけて、よいしょ、うんしょと声をだして降って行きました。


 地上にたどり着くと、男の子はそのポケットからお宝くんを出してあげました。

 相変わらず、キラキラと輝いていて、本当に綺麗です。男の子は、きっとこれを見つける為に、今日、ここにきたんだ、と思いました。


 「改めて、ありがとう、小さな勇者さん。君がいなければ、俺はずっとあそこにいなくちゃいけなかったと思う。あんたは命の恩人だよ」

 そう言って、お宝くんはチカチカと点滅しました。

 男の子は、そんなふうに言われるのが照れ臭くて、ついつい笑みがこぼれてしまいました。勇者くんの顔は、すっかり緩んでいました。


 「ねえ、お宝さん」

 男の子は、ふと思った疑問をお宝さんにしてみることにしました。

 「どうして君は、高いところがいやなのにあんなところにいたんだい?」


 それは、ずっと疑問に思っていたことでした。

 彼は、最初にこんなところはいやだ、と言っていましたが、そもそもあんなところには、行こうと思わなければいけないはずです。それなのにあそこがいやだというのは、一体全体どういうことなのでしょうか。


 お宝くんはしばらく黙ると、今度はとても悲しそうな声でこう言いました。

 「それはな、昨日の大雪のせいなんだよ」

 「大雪の?」

 男の子は聞き返します。なぜそれが関係あるのか、全くわからなかったからです。


 「そうさ。俺はあの雪のせいで空からおっこちてきて、あの枝に引っかかったんだ」

 お宝くんは、とてもしょんぼりとしているような声色で、そう語りました。その体の点滅は、とても弱々しいものになっていました。

 「俺、あの空にあるお星様だったんだ……」


 ◇◇◇


 男の子は、お宝くんがお星様だと聞いて、とても驚いてしまいました。

 確かに、星のように光った綺麗な見た目でしたが、まさか本当のお星様だとは、全く思ってもいなかったのです。


 「じゃ、君、あの空にいたってことはだよ」

 男の子は興奮を抑えられずに、鼻息を荒くしてお星様に話しかけました。「もしかして、空にも浮けるってことなのかい?」


 空は、男の子にとっては、とても素敵な場所でした。昼には美しい太陽と雲が走り、夜になると、数えきれないほどの星たちが、綺麗に揃ってクルクル回る。そんな空に、男の子は憧れていたのです。

 もし彼が空を飛べるなら、自分も行ってみたい、そう男の子は考えたのです。


 しかし、男の子の期待とは裏腹に、お星様は悲しく点滅しました。

 「すまない。俺は飛べるんじゃなくて、あの空に取り付けられているだけなのさ。ただの、()()()なんだよ……」

 その声色は、男の子に。とても申し訳なさそうな感じがしました。


 男の子は、がっかりしてしまいました。しかし、元からそんなに期待していなかったので、すぐに立ち直ると、またすぐ、質問をし始めました。


 「それじゃ、君、空に取り付けられていたってことはだよ」

 男の子は、とても目を輝かせて、手の上のお星様に詰め寄りました。

 「君は、きっと世界中のいろいろなことを見ていたんだろうね?」


 しかし、お星様はまた、先ほどのように悲しく点滅しました。

 「いいや、見ていないよ。俺は、北の方につけられていたから、ずっと動くことなく、この街ばかり見下ろしていた……」

 その声色は、先ほどよりも、さらに申し訳なさそうなものでした。


 男の子はもっとがっかりしてしまいました。お星様というのは、もっと綺麗で、すごいものだと思っていたのに、実際には何もできない奴だと知ったからです。

 それでも、男の子の、お星様への興味は、尽きることはありませんでした。

 浮けなくたって、何も知らなくたって、光りもすれば喋りもする、そんな不思議なお星様は、彼の心を掴んで止みません。


 「ねぇ、お星様。一緒に僕のお家へ行かない? 君ともっとお話がしたいよ!」

 男の子は、そう言って、お星様を家に誘いました。


 「えぇ!? 」

 お星様は、とても驚きました。「俺にそんなことを言うなんて、変わった坊ちゃんだなぁ!」


 それは、お星様にとっては、とても魅力的な提案でした。このまま、ここで一人ぼっちは、いやだと思っていたところだったからです。

 しかし、それに賛成するのを、お星様は躊躇ってしまいます。お星様には、すぐに頷けない理由がありました。


 「君の提案は確かに素敵だけど」

 お星様はおずおずと、男の子へと話し始めました。

「やっぱり、それはできないよ」


 「ええ!? 一体どうしてだい? やっぱり、僕みたいな子の家はいや?」

 男の子は、その返答が予想外だったので、ひどく驚き、そして悲しみました。その様子を見た星は、男の子に弁解する為にすぐに理由を語り始めました。


 「いいや、坊や。君と共に俺だって行ってやりたいさ」

 優しい声色で、諭すように星は男の子を説得します。

 「でもな、俺はあの空に戻りたいんだ。その為には、家の中に入ったり、ずっと君とお話をしたりするわけには行かないんだよ」

 だから、ごめんな、といって、お星様は謝りました。


 それを聞いて、男の子はすっかり黙り込んでしまいました。下を向いて、じっと動きません。

 もしかしたら、怒らせてしまったかもしれない。そう思った星が、なんとか元気づけようと男の子に対して無い口を開こうとした、その時でした。


 「それじゃあ、こうしよう!」


 男の子は、急に顔を上げて、お星様に声をかけてました。その目は星のように煌めいていて、綺麗だ、とお星様は思いました。それから、どうやらさっきのは考え事をしていたらしい、と言うこともわかりました。

 心配して損した、なんてお星様の思いも知らず、男の子は話を続けます。


 「僕が、君が空に帰るお手伝いをするよ! 代わりに、君が空に帰るまでの間、僕と一緒にいて!」


 それは、お互いにとって、素晴らしい提案でした。

 ここに一人ぼっちになることなく、それでいて、男の子をがっかりさせず、さらに空に帰る方法も、探すことができる、まさしく、彼らが求めいていたものだったのです。


 「ああ、ああ、そりゃいいや! 是非そうしよう!」

 お星様は、拍手喝采、と言った様子で明るく点滅しました。その暖かな光は、寒々しい森の中を照らす、松明のようでした。


 「そうと決まれば、早速坊やの家に上がらせてもらうとしようか」


 そう言って、お星様が元気よくそう言うと、しかし男の子は、少し不機嫌そうに、今の言葉に訂正を加えました。

 「ううん、僕は坊やじゃなくて、ノムリオだよ、お星様。みんなはリオって呼ぶけど」

 「おお、わかった、わかった。それじゃあ、リオのお家へ上がらせてもらうことにするよ」

 ちゃんと名前で呼ばれたので、男の子の顔は少し綻びます。


 そうして、森で拾った──────いえ、出会った(・・・・)『お宝』を、大切そうに抱えながら、リオは、自分の家の方向へと歩いてゆきました。


 ◇◇◇


 リオがお星様を家に持ち帰ってから、数日が経ちました。その間は、降雪が続いていて、今日も、窓の外では白い氷の粒たちが、元気に舞っています。

 そんな天候では、当然子供が外に出られるはずもなく、二人はじっと、雪が止むのを待っていなければなりませんでした。その代わりに、リオはお星様とたくさんのお話をしました。


 「お星様、この町ではどんなことがあったのか、教えておくれ」

と、リオが言えば、お星様は、ずっと昔の英雄のお話を聞かせてあげました。


 「お星様、あの空は一体どうなっているのか、教えておくれ」

と、リオが言えば、お星様は、神様が星を作った時のお話を聞かせてあげました。


 そうして、リオが質問をして、お星様がそれに応える、というやりとりを、数日間繰り返していたのです。

 しかし、今日は、どうやらいつもと少し、雰囲気が違うようです。


 「なぁ、リオ。少し、いいかい?」

 お星様は、いつもより僅かに真剣な口調で、そう言いました。


 「どうしたの? なんでも聞いておくれよ!」

 リオは、当然だ、と言った様子で胸をたたき、そう答えました。


 お星様はそれにありがとう、と断ってから、こう切り出しました。

 「リオ、俺との約束を覚えてるか? ここに来る条件ってやつ」


 リオは、勢いよく頷くと、自分のことを疑われたと思ったのか、ちょっと焦った様子でお星様に返答します。

 「勿論だよ、忘れるはずがないじゃないか! 僕が、必ず君のことを、あの空へ戻してあげるんだって、決めたんだから!」


 それを言い終わると、お星様は納得したように言いました。

 「ああ、だよな! やっぱりリオはいい子だ。……だけど、雪はいつまでも止まないし、もうここにきてから数日は経ってる。いい加減、俺もここでの生活に飽き飽きしてきてるんだ」

 決して、ここが気に入らないんじゃないけどさ、と付け足してから、お星様は押し黙ってしまいました。


 お星様が言ったのは、言い方は優しくても、そろそろ自分との約束を果たしてほしい、と暗に要求した言葉でした。リオは、それがわかったので、────そして、少なからずずっと家に篭らせていることに罪悪感を感じていたので────少し落ち込んでしまいました。


 (でも、本当にどうしよう。このままいつまでも、雪が止むのを待ってはいられないし……もしかしたら、お星様と喧嘩になっちゃうかもしれない。それはいやだよ!)


 なんとかして、お星様の手伝いをしてあげることはできないか、とリオは頑張って考えますが、しかし、やはり今家を出ることはできません。そんなことをすれば、お星様も自分も、よくて凍傷、悪ければ遭難になってしまうでしょう。

 そう考えると、リオはますます焦ってしまいます。自分にできることは何かないのか、なんとか冷えずに家を出られないのか、と、頭を絞ってみても、なにもアイディアは出てきません。


 ああ、やっぱり今は待つことしかできないのだろうか。そう思った、その時でした。

 ふと、リオの脳に、一つの疑問が湧いてきたのです。


 「ねぇ、お星様」

 まず、そのことを確かめる為に、リオはお星様へ声をかけました。

 「君、そもそもどうやったら『空へ帰る』ことができるの? だって、高いところにいたって、それはあの星空にいるということにはならないじゃないか」


 そう、リオは、『空に帰る』とは一体何を指すのか、と言うことすら知らなかったのです。それでは、どんな手伝いだって、してやることができないでしょう。


 お星様は、そのことを問われて、すっかり自分がその説明をし忘れていたことに気づきました。とっくに、リオがわかっているものだと思っていたのです。

 お星様はそのことを恥ずかしく思うと共に、リオへと説明をしてやることにしました。


 「空へと戻るってのは、実は結構簡単なことなんだよ。ただ、俺には難しいってだけさ」

 お星様は、子供のリオが、しっかりと理解できるように、ゆっくりと、言葉を選んで話し始めました。

 「星っていうのは、どいつも神様に選ばれたやつで、あの空にくっついておける力を持ってるんだ。ペターッとな。でも、例えば大雪なんかで、その力が届かないところまで飛ばされたりすると、流れ星になっちまう。……ここまで、わかったか? リオ」


 流れ星というものが、そうやってできていたなんて! リオはとても驚いてしまいました。しかし、お星様の話を遮るのも悪いので、一先ず黙って頷きました。


 「よし。それで、帰る方法なんだがな。つまり、空から離れすぎたことが問題なんだから、もう一度空に近づけばいい。多分、一万メートル────すっごく高いってことな────くらいまでいければ、俺も自分でくっつけるはずさ」

 お星様はそういうと、言い忘れてすまん、と付け足して、話を終わりました。


 リオは、それを許します。それから、お星様へ目を輝かせました。

 「君って、流れ星だったんだね! それじゃ、僕は流れ星を見つけたんだ。いやぁ、すっごいなぁ。それってきっと、とてもラッキーなことだよ!」

 リオはどこか誇らしげにお星様を掲げて、クルリ、と部屋の中で回転しました。それはまるで、神様へ捧げ物をしているポーズのようでした。


 お星様は、リオに掲げられながら、その興奮度合いに少し呆れ気味でした。それに、グルグル回されたので、少し表情は不機嫌です。

 「へぇ、そう。俺は星だから、人間の価値観っていうのはわからないなぁ。落っこちた星なんかを見てて、何が楽しいのかね……」

 ポツリとつぶやいたその言葉は、しかし幸運にも、リオの耳には入ることはありませんでした。


 暫くの間、リオはお星様を高く掲げたり、光に透かしたり、大騒ぎをしていましたが、ふと、この話をわざわざした理由を思い出すと、そっとお星様を元の位置に置き直しました。

 「そうそう、確か、君を空へ帰す為に何をするのか、というお話だったね……」

 どうやら、ついさっきまで、すっかり頭から抜けてしまっていたみたいです。そのはしゃぎっぷりを恥ずかしがって、リオは少し顔を赤くしています。


 「……えー、コホン。お星様、どうかご安心ください。どうやら今回の事件、簡単に解決できそうですよ」

 リオは、一つ咳払いをすると、最近流行っているらしい()()()()のように、声を太くして言いました。

 「僕に一つ、案があります」


 「へぇえ! 天下の名探偵様は流石だなー。それは一体なんなんですかー?」

 お星様は、タンテイの話を前にリオから聞いていたので、その中にいるというジョシュという人間になりきって、話の続きを促してあげました。


 ツカツカと足音を立てながら、じっくりと溜めて、その興奮を解き放つように、リオはビシッと、指を刺して言いました。

 「それはそう、 『星夜祭』なのです!」


 「……何だ、それ?」

 リオがカッコよく言い放ったにも関わらず、残念ながら、お星様はその存在を知りませんでした。

 リオは、「やっぱりお話みたいに綺麗にはならないな」と少ししょんぼりしてしまいました。


 ◇◇◇


 生き物たちは、自然の神様の恵みをもらって生活しています。食べ物や水は勿論のこと、地面や空気に天候、引いてはその命すらも、全て、神様からの贈り物です。

 みんな、それがなければ生きていけません。神様がいるから、今の自分達があるのです。しかし、人間は、次第にそのことを忘れ、あたかも自分達が自立して生きているなどと思ってしまいます。


 さらに不幸なことには、動物たちは、神様に祈ることはありません。それでは、いつの日か、誰も彼もが神様のことを忘れてしまいます。それは、とても畏れ多いことです。


 そこで、星夜祭が始められました。

 自分達の村に厳しい冬を乗り越えさせてくれたことを、年に一度、神様に感謝をすること。それが、祭りの目的です。

 そしてその日、村の人たちは、全員で空へ気球を上げるのです。そうすれば、神様に自分達の想いが届く、と、そう信じられています。


 「………っていうことなんだけど、わかった?」

 村の大人たちが、毎年祭りの季節が来るごとに、自分達に言い聞かせてきたことなので、リオはスラスラとその場で暗唱をすることができました。まさか、自分が語ることになるとは思ってもいなかったので、リオは少し不思議な気持ちになりました。


 一方、お星様は思い当たる節があるようで、びっくりしたように強く点滅を繰り返しています。

 「へぇ、毎年毎年風船が上がってくるのは、そういうわけだったのか。空にいると、音は聞こえないから、どんな意味を込めているのかなんて、気づかなかったなぁ……」

 お星様は、毎年毎年よくやるなぁ、程度にしか思っていませんでした。なので、人々の思いを知って少し申し訳なく思いました。


 それを聞いて、リオは少し残念に思いましたが、よく考えれば、届け主は神様なのですから、別にお星様が知らなくても、全く良いことに気づきました。

 そんなわけで、リオは、帰ったら他のお星様にも教えてあげてね、と約束させるだけに済ませてあげました。


 それから、お星様は少し考えた後、リオがこの話をした理由を予想してみました。

 「それじゃ、リオはその気球で俺を空に上げようっていうのかい?」


 リオは、自信満々、といった様子で大きく頷きます。

 「うん! それなら、きっとお星様も、またお空に戻れるよ。それに、今君が、毎年風船が来てるって言ったから、空に届かない心配は、ないみたいだしね」


 確かに、リオの言っていることに間違いはないように聞こえます。すると、どうやら本当に帰ることができそうだぞ、ということが分かってきたので、お星様はとっても喜びました。

 「ああ、ありがとう、リオ。君は本当に、俺の救世主様だよ!」

 お星様は、とても明るい声色で、強く光りました。その明るさで、この雪で随分冷えた部屋の寒さが、多少和らいだ気がしました。


 「どうか、俺をもう一度、あの空へ戻しておくれ、リオ」


 「うん。約束だもの! 当たり前さ!」


 お星様のお願いを、リオは、必ず叶える、と言って、胸をドンと叩きました。


 ◇◇◇


 その日から、リオは大忙しで気球の準備を始めました。


 聖夜祭まで、後二ヶ月しかありません。リオは、お星様のための気球の部品を、それまでに、揃えておかなくてはいけませんでした。

 普通、子供の気球は親が用意したものか、店で売っているものを使います。しかし、お星様を乗せるのに、普通の気球で上げるわけにはいかないので、リオは、自分の気球を用意しなくてはいけなかったのです。

 それも、お星様のことがバレないように、たった一人で!


 親には、そろそろ自分で気球を作る年だから、と言って、自分の気球製作を手伝わないようにいいました。

 すると、二人はなにやら感激した様子で、困ったらなんでも言いなさい、といって、リオを抱きしめてくれました。大人の考えることは、偶によくわからないなぁ、とリオは思いました。


 リオは、準備のため、方方に飛び回りました。


 ある日は、小遣いを握りしめて、村の木材屋さんに行きました。大きな図体をした、無愛想な店主と相談して、なんとか軽くて安い木を譲ってもらいました。


 またある日は、母親から預かった贈り物と一緒に、あるお婆さんの家を訪ねました。村の古株で、様々なものを持っている彼女からは、高くまで浮いても壊れない、不思議な布を買いました。


 そのまたある日は、気球を上げる許可をもらいに、村長さんの家まで行きました。誰の気球がどんな気球か、ということを管理するためには、必要なことらしいのですが、リオにはあまりよくわかりませんでした。

 兎に角、幾つか質問に答えると、村長さんは、もう大丈夫だ、と優しく言って、帰してくれました。最後、さよならを言うときに、頑張るんだよ、と応援してくれました。


 そのほかにも、組み立てをするための道具、組み立て方のコツ、しっかり作れているかのチェックなど、たくさんの用事を解決するために、リオは走りました。

 それは、とても大変なことでした。村の人たちに顔が広いリオでも、流石に疲れてしまいます。それでも、リオは苦しいとは思いませんでした。なぜなら、お星様がいたからです。


 自分がしたことが、お星様のためになる。お星様が喜んでくれる。それが、リオを大変な作業へと向かわせる、大きな理由となっていました。

 リオは、お星様のためなら、なんでもできると思いました。何故なら、リオは、すっかりお星様のことが、大好きになっていたからです。



 そして、ついに気球が完成し、あとは気球を浮かせるガスを用意するだけとなったある日、リオはいつものように、ガス屋さんへ向かいました。もう完成間近だったので、リオの足取りはとても軽やかでした。


 お星様と出会ったような寒さも少しずつ引っ込んできて、春の訪れを感じさせるような、暖かな陽気が村を包んでいます。雪も溶けて、気の早い虫たちなんかは、もうそこら辺を元気に歩いているようです。


 ガス屋さんは、普段は普通の道具屋さんをしているお店です。しかし、星夜祭が近くなると、気球を作るためのガスを専門としたお店に変わる、変なお店でした。

 丁度、気球を打ち上げる広場のすぐ近くにあるので、店はよく繁盛しているようです。それに、ごく稀にガスが悪かったりしたときに、すぐに代えを用意してくれる、ありがたいお店でもあります。

 そんなわけなので、この店は村の人たち御用達のお店なのでした。


 リオは、広場の方を見ると、きっと、星夜祭の日には、お星様はとびっきり喜んでくれるだろう、なんて思いながら、店の中へ入りました。


 「いらっしゃいませ」

 店に入ってきたリオを、歓迎の声が出迎えます。しかし、どうやらいつものおじさんの声ではありません。不審に思ったリオが、カウンターの方を見ると、そこには一人の女の子が座っていました。


 ロングヘアの薄紫の髪に、切長の藍色の薄い瞳が、吸い込まれるようなほどに透き通った可愛らしい少女です。

 服装は一般的で、あまり着飾ったような印象は受けません。室内にいたためか、リオのものよりも若干薄いもののようです。


 「……あれ、ライおじさんじゃないの、珍しいね」

 ライおじさんというのは、ここの店の店主です。いつも、ここにくると決まって彼の声が聞こえてきた分、出迎えの声が女の子のもの、と言うのは、余計驚くものがありました。リオは、その謎の少女に声をかけます。

 「君は、おじさんの娘さん?」


 「そうだよ」

 彼女は、とても簡潔に答えました。

 「私、お父さんにここで店番しているように頼まれているの」


 その口ぶりから察するに、どうやら彼女は、それなりの頻度で、ここの店番をしているようです。今まで、リオはタイミングよくそこを外して店に訪れていたのです。


 リオは、そのことにすっかり感心してしまいました。

 リオの父親は狩人で、子供が手伝えるような仕事ではありません。なので、リオは仕事の手伝いということを、したことがありませんでした。当然、家事の手伝いもです。

 だから、同い年くらいに見える彼女が、随分とできた子供のように思えたのです。


 その為、褒め言葉は自然と、リオの口から漏れていました。

 「君、すごいね。僕は、家の手伝いなんて、できる気がしないよ」

 それは、リオの、紛れもない本心でした。


 女の子は、その言葉を聞いて、少し顔を赤く染めました。しかし、すぐに元の表情に戻ると、先ほどと同じような口調で返しました。

 「別に……普通だよ。私なんて、頼まれたからやってるだけだもの。お手伝いだなんて、そんな偉いことじゃない」


 女の子は謙遜しているようです。ですが、リオにとってはすごいことであることには変わりなく、彼がその意見を変えることはありません。女の子は、そのことを悟ったのか、それ以上の言及をやめ、今度はリオについて話すことにしました。


 「そういうけど、貴方だって凄いじゃない。だって、ここにきたってことは、気球を作ってるんでしょう? それこそ、私たちの歳でできることじゃない」


 そう切り返された途端、リオは気恥ずかしくなって、すぐに顔が赤くなってしまいました。なるほど、先程までの彼女もこんな気持ちだったのか、とやっと合点がいきました。


 リオは、なんとかこの気恥ずかしさを拭おうとして、彼女に向かって弁明をしました。

 「そんなの、別に凄いことなんかじゃないよ。僕だって、自分で作りたいんじゃなくて、ちゃんとやむを得ない理由ってやつがあって……」

 「その『やむを得ない理由』って、なに?」


 しまった、とリオは思いました。

 気恥ずかしさを消そうとするあまり、リオは、自分が隠さなければならない秘密のことを、つい口にしてしまったのです。

 なんとか無かったことにできないか、と思いましたが、その女の子は、もうすっかりそのことに興味を持ってしまっています。これでは、流石に話を流すことはできないでしょう。


 ここは、嘘をついて誤魔化そう、と思って、なんとか頭を絞ります。そして、苦し紛れに、こう言いました。


 「えっと、今は親が怪我をしててね、僕しか作れる人がいないんだ……。それでね、仕方がないから、わざわざ気球を作ることにしたのさ」


 咄嗟の嘘にしては、なかなか上等なんじゃないか、とリオは思いました。

 これで、なんとか誤魔化されてもらえないか、と期待しますが、しかし、すぐにその期待は、打ち砕かれてしまいました。


 「嘘だよ。だって、それなら普通に、売っているものを買えばいいじゃない。ほら、隣の店にも、丁度売っているでしょう?」

 女の子が指を指した方を見れば、そこには家族用の小さな気球が、売ってありました。木の棚に並べられた気球たちが、所狭しと詰められています。まだまだ、在庫に余裕はありそうです。


 リオは、言葉に詰まってしまいました。しかし、ここでお星様のことを、いうわけには行きません。なんとかして誤魔化さなければ、そう思っていると、また、リオの頭に一つのアイディアが浮かんできました。


 「あ、あの、僕の家は、そんなにお金がなくて、気球が買えないんだよ。自分たちで作るしかないんだ」


 今度こそ、誤魔化せたんではないだろうか、とリオが女の子の顔を覗くと、なんと、彼女の顔はまだ、彼を疑わしそうにこちらを見ています。


 「な、なにか言いたいことがあるの?」

 リオは怖くなって、女の子にそう質問しました。すると、女の子はまた鋭い口調でこう返してきました。


 「それもおかしいよ。だって、気球は自作の方が、買うよりもお金がかかるもの」

 早速、自分の嘘に穴を見つけられて、リオはウッ、と喉を鳴らしました。しかし、彼女の追求はこれでは終わらなかったのです。

 「確かに、すごく簡易なものにすれば、ちょっと安くなるけど、ここでまず貴方は第一に、店の一番手前の棚、つまり、一番大きな、強いガスを見た。だから貴方は、簡易な気球じゃなくて、大きな気球を作ってるはず」


 この時ほど、リオは、日頃から、自分が家事をしていないことを、悔やんだことはありませんでした。買い出しなどほとんど行ったことがないので、物の相場を、よく知らなかったのです。


 「ねぇ、いい加減教えてよ。理由って何なの?」


 女の子の険しい顔が近くに寄ってきて、リオを見つめています。いつの間にやら、彼女はカウンターから離れて、自分の方へ寄ってきていました。


 元々正直で、嘘がつけないリオに、誤魔化すというのは無理があったのです。

 名探偵は、どうやらこの子の方が似合っているらしいな、と思いながら、リオはついに観念してしまいました。もう、洗いざらい吐くことにしたのです。

 「ごめんよ。わかった、わかった。話すから、離れてもらえないかな」


 女の子は、満足したように微笑むと、すっとカウンターに戻り、椅子に腰掛けました。

 「それじゃあ、話してちょうだい、その理由ってやつを」


 リオは、絶対に秘密だよ、と言ってから、その口を開きました。


 ◇◇◇


 「─────ふーん、落ちてきた、お星様……」

 リオから聞いた話を、じっくりと味わうように、女の子は頭の中で反芻しました。その信じられないような話を、全く嘘でない、と言った様子でリオが話したからです。


 結局全てバラした事で、すっかりいじけてしまってたリオは、その様子を見て嫌味ったらしく言いました。

 「……信じられないなら、信じなくていいよ。僕は、僕がやりたいことを、勝手にやっているだけだもの。今は、ガスを売ってくれれば、それでいい」

 そうして、話のためについていた席を立ち上がります。


 「あ、ごめんなさい。別に信じてないんじゃないの」

 女の子は、リオの気を悪くしたのを悪く思ったのか、すぐにそう謝ると、自分の感想を言ってあげました。

 「ただ……やっぱり、貴方は優しい人だと、思ったわ」


 すると、リオは再び顔を赤くしてしまいました。リオは、ドギマギしながら、言い返します。

 「ど、どうしてそうなるの? だって、僕はただ、自分がやりたいことを、やっているだけなのに」

 同年代の、それも女の子に褒められて、リオはとても照れ臭く思いました。


 女の子は、リオの言葉に、こう返しました。

 「だって、貴方、そのお星様のために、こんなに沢山のことをしてあげてるじゃない。それは、間違いなく素敵なことだと思う」


 その言葉を聞き、リオは赤らめた頬をさらに赤く染めました。しかし、彼女の口からは、止まることなく、言葉が溢れ出てきます。

 「それに、貴方がもし、やりたいことだけをやっているんだとしても、誰かを助けることが好きな貴方は、やっぱり優しい人なんじゃない?」


 ここまで言われると、むしろ受け取らない方が、相手に対して失礼になる、と思ったリオは、素直に女の子にありがとう、と言いました。

 「君にそう言ってもらえて、僕は嬉しいよ」


 その後、少しの間、黙ったままの時間が続きました。互いに面映(おもば)ゆくて、なんとなく話せなかったのです。

 その間に、リオはさっさと必要なガスをとって、カウンターの方へ、持って行くことにしました。


 リオがガスを品定めしていると、後ろの方から、また声がかかりました。

 「ねえ」

 女の子です。


 リオは焦って、目の前にある、良さげなガス入れを手に握ると、すぐに振り向きました。すると、そこにはどこか悲しそうな表情をした、あの女の子がいました。


 「貴方は、寂しくないの?」

 女の子は、そう問いました。


 リオには、最初質問の意味が分かりませんでした。何によって、何を寂しいと思うのか、全くわからなかったのです。だから、リオは単純に聞き返しました。

 「……何がだい?」


 女の子は、少し俯きがちに、こうリオへ言いました。

 「だから……お星様と別れることが。だって、もう会えなくなるんでしょう?」

 そういうと、女の子はじっとリオを見つめました。


 リオは、すっかり返答に困ってしまいました。

 リオは、今までお星様のために、と頑張ることに必死で、それが彼との一生の別れになる、と言うことを、意識したことがなかったのです。


 (そうだ、僕がお星様を帰したら、もうお星様は戻ってこない。そうしたら、僕はもうお星様と、ずっと会うことができないんだ! 見ることができないんだ、話すことも、できないんだ……)


 お別れ、という大きな問題が、リオの心に重くのしかかりました。お星様を喜ばせたくて、今までやってきたのに、それが見られない、とわかって、急にリオの心に、迷いが生まれたのです。


 店の中の空気が、先ほどまでと打って変わって、どんよりとしたものになってしまいました。それを察知したのか、女の子はリオに駆け寄り、急に大きな声で、声をかけました。

 「私、トロッカ! みんなはロッカって呼ぶの! 貴方、お名前は?」


 その声は、今まで悩んでいた、リオの意識を覚まさせました。そして、リオは、相手の質問に答えるべく、いつぞやお星様にしたように、名乗りました。

 「えと……僕は、ノムリオだよ、ロッカ。みんなはリオって呼ぶけどね」


 「そう、わかったわ、リオ」

 ロッカは、ふっと微笑むと、そっとリオの手を握りました。

 「貴方のこと、応援してるよ。お星様のこと、お空に返してあげてね」


 そう言って、ロッカはカウンターの方へと戻って行きました。



 リオは、そのまま手に持っているものを、カウンターへと運びました。そして、代金を支払うと、ありがとう、とロッカヘ笑顔でこえをかけて、そのまま店を後にしました。

 しかし、リオには、その時ちゃんと笑えていた自信はありませんでした。


 外に漂う、暖かく湿った空気が、リオの体を纏わりついてきます。

 春を感じさせるはずの太陽が、嫌に鬱陶しく感じました。


 ◇◇◇


 「……? リオ、どうかしたかい?」

 先程から、妙に静かなリオに、お星様が、心配したように声をかけます。

 「体調が悪いのなら、今日の散歩は、もうやめようか?」


 しかし、その心配に反して、リオはすぐにその声に反応すると、ぶんぶんと、勢いよく首を横に振りました。

 「ううん! だいじょうぶだよ。だって、これが君との最後の散歩だろう? 明日には、君は気球に乗ってさよならだから、もっと一緒にいたいんだ」


 そう、今日は星夜祭の前日です。

 太陽は既に、山の影に隠れ始め、もうすぐ一帯は、暗闇に覆われてしまうでしょう。暁色の空が実に見事です。


 しかし、その雄大な景色とは裏腹に、リオの心には未だ、迷いが残っていました。あの日、ロッカから受けた言葉が、頭から離れないのです。


 『寂しくないの? ……だって、もう会えなくなるんでしょう?』


 リオは、それが聞こえてくるたびに、ぎゅっと目を瞑って、頭からそれを振り払います。そうしなければ、何か、恐ろしい感情に、自分を支配されてしまいそうだったからです。

 リオには、そのせいでお星様が、悲しい思いをすることだけは、どうしても嫌でした。


 そんなリオの葛藤はつゆ知らず、お星様は、もうすぐ空に帰れるとあって、上機嫌に舌を回しています。「ああ、あんなことを話したな」とか、「そんなことがあったな」とか、はたまたリオの知らない思い出まで、色々なことを語っていました。

 それが、余計リオの心を締め付けるのでした。


 ふと、リオの足が止まりました。何かに気づいたようです。

 「……ここって……!」


 「おお、懐かしいなぁ。ここは、俺が落っこちたところじゃないか」

 お星様は、感嘆の息を上げ、その木を見上げました。それは、あの日のように、禿げたままではなく、微かに花が咲いていたけれど、間違いなく、あの時、お星様がいた木でした。

 「ここに落ちた時は、どうなることかと思っていたけど、お前に会えてよかったよ、リオ」

 お星様は、夜の闇を、ぼんやりとした光で照らしました。温かくはないはずなのに、それでも温もりを感じるのは、一体なぜでしょう。


 「……うん、僕もだよ……」

 リオは、すこしだけ口角を上げて、小さな声で返事をしました。

 「君と出会えて、本当によかった」


 それから、リオはお星様と一緒に自分達がきたところを一通り見回りました。二人の出会った木に、帰り道に咲いた花、あの日から、すっかり様子は変わっていたけれど、相変わらず、そこは美しいままでした。


 「木も、生き物も、僕たちが変わっても、この美しさだけが、変わらないんだね」

 リオは言いました。


 ここに住む人々が、こよなく愛し続けてきた自然は、何があっても、変わりません。例え、どれだけ落ち込んでいる日にも、どれだけ元気な日にも、皮肉なほどに平等に、それは人間の前に姿を表すのです。

 そして、それは、ひどく残酷な事のように、リオには思えました。


 「なあ、リオ」

 お星様は、とても澄んだ、柔らかな声色で、リオに語りかけました。

 「明日、うまく行くといいな。お前が頑張った証、なんだものな」


 リオは、はっとした様子でお星様のことを見ると、どこか調子外れな様子で、声を出しました。

 「うん、お星様。きっと、君を空に返してあげるよ。だって、約束だもの」


 (……そう、約束だもの)


 その言葉は、お星様へ向けたものなのか、それとも自分を言い聞かせるためのものなのかは、リオには分かりませんでした。


 太陽が山に隠れ、影がリオたちを包み込んでいきます。もう、リオには、周りはほとんど何も見えません。自分の経験と、微かな視界のみが、今のリオにとっての、世界を見る手段です。


 リオたちを照らすのは、満天の星空と、それから、リオの手の中で薄く光る、小さな小さなお星様だけでした。


 ◇◇◇


 聖夜祭当日。

 村は、今日のために、都会から帰ってきた人たちや、態々他の村から訪れた人たちまで、多種多様な人たちが集まり、大変賑わっていました。

 ロッカの店や、部品をくれた木材屋、あの不思議なお婆さんのお店(祭りの日には、彼女は出店をしているのです!)も、たくさんの客が入り、とても忙しそうでした。


 かくいうリオたちの家族も、その中に混じって、思う存分祭りを満喫していました。この日にしか出ない、特別な食べ物や、都会から来た高価な素材を、みたり、聞いたり、触ったり、場合によっては買ってみることもありました。


 「おい、あんまり騒がないでおくれよ! お前が暴れると、俺が鞄から落ちてしまいそうになるだろう?」

 リオの小さな、鞄というには少し小さすぎるそれから、リオにだけ聴こえるような小声で、声が漏れてきました。お星様です。

 せっかくの最後の日なのです。お星様と最後まで、目一杯楽しみたい、とリオが言うと、お星様も、それを許してくれました。


 それと、こうしてリオが遊んでいられる理由はもう一つあります。実は、気球を飛ばすという行事は、二回行われます。昼に一度、そして夜に一度です。

 本来ならば、気球を飛ばすのは一度で良いのですが、近年は観光客も増え、準備をしていない観光客にも、気球を飛ばさせてあげたい、という思いから、従来のものを夜の部にして、簡略化した昼の部を追加したのです。


 そして、せっかく飛ばすのなら、星がたくさんある夜の方が良いだろう、ということで、リオはお星様に夜の部で飛ぶことを提案しました。そして、お星様もそれを了承してくれたのです。

 とはいえ、果たしてそれが、自分が少しでも長く、お星様といたいから、という理由でないと、本人も言い切ることはできないのですが。


 とにかく、そんなわけなので、リオもお星様も、夜の、気球を準備する時まで、自由に祭りを回ることができているのです。


 そんな時、石屋の綺麗な、宝石のように磨かれたブレスレットを、巻くのに四苦八苦していると、ふと、リオは立ち止まりました。


 「おや、どうしたんだ、リオ。何かあったのか?」

 お星様が、心配して声をかけます。しかし、リオは考え込んでしまっているようで、返事をしてくれません。

 お星様は、リオに動いてもらわなければ、移動することができません。だから、困ってしまいました。大声を出すわけにもいかないので、ただリオが動き出すのを、待つことしかできないのです。


 「あのね、お星様」

 また、何の前触れもなく。リオが話しかけてきました。

 あいよ、と適当に返事をしてやると、リオは続けてこう言いました。

 「僕の友達に君を見せたいんだ。だって、最後まで信じてもらえないのは、悔しいじゃないか」


 お星様は、ビックリしてしまいました。だって、自分を誰にも見せたくない、なんて言いだしたのは、他でもない、彼自身だったのですから。

 しかし、それと同時に、嬉しくもありました。お星様は、結局最後までリオ以外の人間と、話すことができないまま、空に帰ることを、少し残念に思っていたからです。


 お星様は勿論、と答えます。

 リオは、その答えを聞くやいなや、パァッと明るい表情になると、気球飛ばし場の方へ走り始めました。


 ◇◇◇


 店の裏手に、リオはロッカを呼び出しました。といっても、ここはロッカの家なので、呼び出されたのは、正しくはリオなのですけれど。


 「ふふ、覚悟はいいかい?」

 リオは鼻息を荒くして、ロッカの方顔を覗きました。

 「今から、ちゃんと証拠を見せるからね!」


 「だから、別に疑ってないってのに……」

 ロッカの方は、リオとは対照的に、だいぶ冷静なようです。しかし、よく見ると、少しだけ頬が紅潮していて、実際はとても興奮していることがわかります。


 リオは、ロッカから自分のポーチに目線を移すと、カウントダウンを始めました。


 3……


 2……


 1……


 「ドーン!」


 その瞬間、とても眩く輝く、綺麗な石が、ロッカの前に現れました。その光の眩しさに、ロッカは思わず目を細めてしまいますが、その美しさから、目を離すことはできません。

 ロッカは、一目でそれが、星であることを理解しました。



 「すごい……」

 ロッカの口から、自然と言葉が漏れてきました。これほど星が美しいものだなんて、考えたこともありませんでした。

 「本当に、素敵……」


 リオは、ロッカのその反応を見ると、まるで自分が誉められたかのように、胸を張って誇らしげにしています。しかし、ロッカはそんなことが気にならないほどに、お星様に魅入られていました。


 「どう!? すごいでしょ? 信じてくれた?」


 リオがそう言ってロッカに詰め寄ると、漸く我に帰ったようで、ロッカはやっと返事を返しました。


 「だから、最初から信じてるってば……でも、これが綺麗なことは、認める。本当に、素敵なお友達がいるんだね」

 少し妬いちゃうな、とロッカは言いました。リオは、その言葉を聞いてますます鼻を高くします。

 そして、お星様は、そんな仲の良さそうな二人を、微笑ましげに見守っていました。



 暫くその後、二人が談笑していると、不意に、後ろで大きな歓声がしました。

 何だろうと思いそちらの方を見ていると、大量の気球が、空の方へと浮いていっていました。どうやら、昼の部の気球が、今飛び立って行ったようです。


 この後、この気球たちがどこに行くのかは、誰も知りません。偉い学者などにはわかるのかもしれませんが、少なくとも、この村にそんな人はいません。

 お星様曰く、いつも星が張り付いている天蓋に、たどり着いてはいるらしいのですが、そのあともふわふわと、どこかに飛んでいってしまい、その行方はよくわからないんだそうです。


 しかし、子供たちにとっては、そんなことは、どうでもいいことでした。

 少なくとも、ここにいる二人にとっては、それ以上に、大切なことがあるのです。


 「……成功するといいですね、お星様」

 ロッカは、気球たちが、見えなくなるほど高くまで、飛んでいくと、視線を戻して、そう声をかけました。

 「あの気球たちみたいに、空へ行けるといいですね」


 その言葉を聞くと、お星様は嬉しそうな声で、返事をしました。

 「君のような、今日会った子からも応援してもらえて、俺は嬉しいよ。本当にありがとう。君は、とっても優しいんだね」


 ロッカは、少しぎこちない笑顔をお星様に向けました。そして、そのままリオにも、同じように言いました。

 「貴方のこと、応援してる。お星様、空に帰せるといいね」

 その言葉には、お星様への言葉とは、全く違うような印象が入っているように感じたのは、リオの気のせいなのでしょうか。


 リオは、どこか不自然な笑い方をして、首を縦に振りました。



 最後、別れ際に、ロッカはお星様には聞こえないほどの小声で、

 「お別れ、するのならしっかりしなさいよ」といいました。


 リオには、それがまるで、忠告のように感じられました。しかし、なぜそんなことを彼女がいうのかは、結局分からずじまいでした。


 ◇◇◇


 日が沈み、夜が来ました。


 リオは、家族で用意した気球をこっそり別の場所に移して、そこでお星様を気球の籠の中に入れました。気球の小さな籠の中に、布をかぶせられた球が一つあるというのが、どこかおかしくて、リオはつい笑ってしまいます。

 お星様は、自分が笑われているのを察すると、笑うな、とリオに注意しますが、それがより一層リオを笑わせてしまいました。


 「まったく、最後まで元気なやつだな。少しくらい、センチメンタルな感じになったっていいだろうに」

 お星様は、そんなリオの様子に、愚痴を吐きますが、しかしリオはどこ吹く風で、それを聞き流しています。お星様は、それに、深いため息をつきました。



 参加者の皆様……最終確認です……部品の破損、布の破れ、そして、最後にガスの確認をなさってください……



 遠くの方から、祭りの運営をしている人の声が聞こえてきます。気球を飛ばす前の、最終確認を促しているのです。偶に、不良品が部品に混じっていたりして、十分な高度まで飛ばず、気球が墜落することがあるらしく、それの防止として、事前点検の呼びかけをおこなっているのです。


 リオも、万が一お星様の気球が墜落したら大ごとですから、最終確認を、丁寧に行います。お星様のためにできる、最後の仕事です。


 部品の稼働をしっかり確認して、布がほつれていないかを確認して……全ての点検が終わりました。

 そして、最後に、ガスを取り付ける前に、一瞬だけ噴かしてやると、その部品が壊れているのかが分かります。


 プッ……プッ……

 

 「あ、あれ……?」

 一瞬、リオの動きが止まりました。

 「これって、もしかして…………」


 「ん? どうしたんだい、リオ。何かあったのかい?」

 お星様が異変を察知して、すぐに声をかけてきます。しかし、リオは返事をしません。

 「リオ? リオ! どうしたんだ、返事をしておくれ!」


 お星様が必死に呼びかけると、リオは、ふっと我に帰ったように返事をすると、状況をお星様に報告しました。

 「あ、あのね、これ、ガス、が、あれ、で、出てこないんだ。いくら押しても……つまってるんだよ、これ、えっ、と……」

 リオは、すっかりパニックになってしまっているようでした。言葉がつっかえつっかえで、お星様には表情は見えませんが、相当狼狽えていることがわかりました。


 「落ち着け、リオ!!!!」

 お星様は、何とかリオを冷静にさせようと、大きな声で叫びました。

 「大丈夫だ。ガスだって、替えがあるはずだろ! 心配するな、きっとまだ残ってる。急いで向かえば、間に合うはずだ、ロッカのところへ行ってこい!」


 「で、でも……」

 「いいから!!!」


 お星様は、弱気なリオの背を声で押して、何とかガスの替えを、取りに行かせました。

 しかし、実際のところ、どれほど在庫が残っているのかは、あの店の売れ残り次第です。お星様は、本当に帰れるのか、不安になってしまいました。


 ◇◇◇


 リオは走っていました。

 無我夢中で走っていました。

 何も考えないようにしていました。


 なぜなら……


 『これで、お星様と……』


 「ち、違う! 僕は、お星様に帰って欲しいんだ!!!!!」


 リオは、夢中で走っていました。……夢中で、走っているつもりになっていました。頭の中に浮かぶ、恐ろしい考えを、見ていないふりをして。


 息が切れてきて、もう走るのも限界になってきた頃、やっと、あの店の明かりが見えました。

 これで、お星様を帰してあげられる。そう、思った時でした。


 「ねぇ」


 背後から、声がしました。

 リオは立ち止まると、息を切らしたままゆっくりと後ろをみました。


 「こんばんは、リオ」

 そこには、無表情に彼を見下ろす、ロッカが立っていました。


 ◇◇◇


 「随分と、遅かったね。どれだけ遠くで飛ばす予定だったの? そんなに遠くにしたら、いざって時に助けが来ないよ」

 ロッカは、とても落ち着いた雰囲気で、リオに話しかけました。


 しかし、リオは、そんことをしている余裕はありませんでした。とにかく、急いでガスを用意しなければならなかったのです。

 だから、リオは声を荒げてロッカに迫ります。

 「どいて! 僕、急いでガスを─────」


 「ガスなら、もうないよ」

 ロッカは、とても冷徹にそう言い放ちました。

 「リオが遅すぎて、みーんな、処分しちゃってる」


 「……え?」

 リオには、それが理解できませんでした。


 リオは、やっと我に帰ると、今にも泣きそうな顔で、ロッカに縋りつきました。

 「じゃ、じゃあ、お星様はどうなるんだい? 僕の気球は……どうやって飛ばせばいいんだい? ねぇ、ロッカ、お、教えてよ」

 半分、恐慌状態に陥ったリオを、ロッカは冷たく見下ろすばかりです。そして、ドン、と突き放すと、片手を前に突き出して、リオを制止しました。


 「一つだけ、実は持ってる。ガス」


 そう言うとロッカは、懐からすっと、一つのガス入れを取り出しました。

 それは、リオが持っているガス入れと全く同じ型の……いえ、それどころか、同じすぎるほどに似ている、ガス入れでした。


 「これ、()()()の。覚えてる?」

 ロッカは、優しくそのガス入れを撫でると、再び懐にしまいました。その時のロッカの顔は、何とも言えない、怒りとも、哀れみと戻れる、不気味な表情でした。


 その時、リオの頭の中に、あの時の記憶が蘇りました。


 (そうだ、確かあの時、一瞬、僕がぼーっとしてて……その時、確か、確か彼女は──────!!)


 ()()()()()()()()()()()()()()


 そして、そこでリオは、ある一つの結論に辿り着きました。それは、たった一つの単純な、探偵でなくてもわかるような、簡単な真実。

 「君……君が、あの時、僕のガス入れと不良品を、()()()()()んだね?」


 ロッカは、コクリ、と頷き、そして初めて会った時のように、簡潔に、

 「正解」と答えました。


 その瞬間、リオには、怒りの感情が湧き上がってきました。

 今までにないほどに声を荒げて、必死の形相で、泣きじゃくりながら叫びました。

 「何で! どうして、そんなことを! どう、して……」

 最後には、リオは泣いてしまったせいで、声を荒げることすらできませんでした。


 そんなリオを見て、ロッカは、不愉快そうに眉を顰めました。その表情は、まるで嫌いな絵本を読んでいる子どものようでした。

 「本当に、気づかないの? それとも、分からないふりをしているだけなの?」

 ロッカは、泣き崩れるリオに近寄ると、そっとそばに座り、そして言いました。


 「私、言ったよ。お別れをするなら、しっかりしなさいって。ちゃんと言った。……でも、リオはそうしなかったでしょ。違うって言っても、わかるんだから。今日のリオ、ずっと下を向いてばっかりだもの。あなたは、なあなあで別れようとしてるんだ。いま、パニックなのがその証拠だよ」

 その内容は、今までの彼女が、決して言いそうもない、優しい彼女のイメージとはかけ離れた、酷く冷徹なものでした。

 それでも、その口調だけはそのままに、ロッカは話し続けます。

 「だからね、これは私なりの試練なの。リオが、しっかりとお別れを言うための試練」

 ロッカは、リオを優しく嗜めるような口調で、語りかけました。それは、同情のような、義務感のような、いろいろな感情が混ざり合って、溶け合って、複雑な様相を呈していました。


 「ねえ、リオは、本当にお別れをしたいの? それとも……約束を破ることが悪いことだから、帰してあげたいだけ? ……どっちなの?」

 ロッカは、リオの頭を撫でながら、それでも選択を迫るように、リオを追い詰めていきます。

 リオは、それを聞くと、もがくように苦しみだしました。違う、違う、と繰り返しては、頭を抱えてうずくまっていきます。


 ロッカは、リオが苦しみだしのを見て、すっと立ち上がると、二、三歩リオの前に出て、ガス入れを手の上に乗せました。そして、こう語り出したのです。

 「今、この街に使えるガスはもうこれしかない。そして、それは私……意地悪な悪女の手にある。これなら、例えガスが用意できなくたって、変なところはない」

 そう、威圧するような態度でリオに行った後、そこから急に、声色を優しいものに変え、リオに選択を迫りました。

 「だから……リオ、選んで。ガスをここからとって、お星様と永遠にお別れをするのか。それとも、ガスがなかったと言って、これから、ここで一緒に暮らすのか。……きっと、どっちになっても、お星様は怒らないわ」


 それは、まさしく、リオにとっては究極の二択でした。


 リオの頭の中では、その時、まさに「天使と悪魔」の状態でした。

 お星様を帰すこと、そしてそれで、お星様を喜ばせてあげることが大切だと言う意見と、そのせいで自分が悲しい思いをするより、帰さずに、ずっと一緒に楽しく暮らそう、と言う意見が戦っていたのです。


 リオには、その二択が決められません。しかし、そんなこんなしているうちに、気球の発射時間は迫ってきます。いつまでも決めかねていれば、自動的にお星様を帰さない、と言う選択肢に傾いてしまいます。

 リオは、何とかして、ここで決心をしなければならなかったのです。


 (僕は……僕は、一体どっちがいいんだ? それは勿論お星様とずっと一緒にいたいと言うのは、紛れもない本心だ。でも、僕は、お星様を喜ばせてあげたいのも、確かな本心なんだ。でも、やっぱり、ずっとお別れなんていやだよ……)


 リオの心の中では、理性のダムの決壊が起きようとしていました。

 ロッカの言うところの、なあなあの別れ、で誤魔化そうとしていた本心が、見て見ぬ振りをしていた感情が、とめどなく、溢れてきたのです。

 一緒にいたい。でも、帰って欲しい。その願いは、二律背反で、決して同時に成立しないのです。


 「ねえ、お星様……僕は、僕は一体、どうしたらいいのか、教えておくれ……」


 そう、苦しみの余り、思わずリオが口にしてしまった願いは、しかし、リオにとある記憶を思い出させました。


 『お星様、この町ではどんなことがあったのか、教えておくれ……』


 それは、お星様がこの村に来て、最初の日に、リオがした質問のうちの、一つでした。

 お星様が、北にあるせいで、あまり世界のことを知らない、と言うので、せめて、この街のことだけでも知りたい、と思ってした、小さな質問。


 ですが、それは、リオに決心を固めさせるには十分でした。


 「……決心がついた?」

 目を覚まし、立ち上がったリオを見て、ロッカはフッと微笑みかけました。その微笑みは、どんな選択も受け止める、慈愛に満ちた表情でした。


 「うん、決まったよ」

 リオは、そんな彼女に対して、同じように微笑みかけると、まずその頭を下げました。

 「ありがとう。きっと、君がいなかったら、僕らは何となくでお別れをして、そしてこれから、この時の選択を、悔やんだと思う。だから、今回、こうやって、乱暴だけど、君なりのやり方で、僕のことを救ってくれたことを、感謝するよ」

 

 それを聞いて、面食らったように固まっていたロッカでしたが、数秒して、プッ、と吹き出してしまいました。

 「あはは、何それ。やっぱり君は、優しい人だね! アッハハハ!」

 その顔は、今までにないほどに柔らかい、()の彼女の表情でした。


 そして、数秒間笑ってから、ロッカはすっと手を差し出しました。

 「それじゃあ、選んで。これを取るのか、取らないのか。君の選択を、私に教えて?」


 リオは、その手を見て、5秒ほど目を瞑ると、覚悟を決めて、そして────









 そのガス入れを、()()()()()()()


 ロッカはそれを見ると、納得したような感じで笑みを浮かべ、「やっぱり君は、優しいね」と言いました。


 「もう、やめてよ! 恥ずかしいだろ!」

 リオは顔を赤らめて、ロッカへ突っ込みました。しかし、ロッカは飄々とこれを聞き流します。その顔には、やっぱり柔らかな笑顔が浮かんでいました。


 ◇◇◇


 「あ、そうだ」

 少しの間、言い争いを続けてから、思い出したように、ロッカはリオへと話しかけました。

 「一応なんだけど、理由を教えてくれる? リオが、どうしてその選択をしたのかの、さ」


 リオは、先ほどまで、文句を言っていた口を一旦止めて、少しの間考えると、にっこりと笑って話しました。

 「あのね、前に、お星様に、聞いたことがあるんだ、この世界のことを教えてくださいって。そしたらさ、お星様、何で答えたと思う?………ずっと北にいて、ここばっかり見てるから知らないって! ひどいよねぇ」

 そう言ってリオは笑います。しかし、ロッカが不思議そうに、自分を見ていることに気がつくと、一つ咳払いをして、また話を再開しました。

 「でもさ、僕、考えたんだ。これって、逆に考えれば、お星様は、ずっと僕らと一緒にいてくれるのと、同じじゃないかなって。そう考えるとさ、自然と寂しくなくなったんだ」


 その言葉に、ロッカは一瞬──────ほんの一瞬だけ、目を見開きました。

 ですが、それもすぐに元の目に戻り、「そう」とだけリオに返しました。


 「ああ、なるほど。ずっと、一緒にいる、かぁ……」

 その後、ロッカは、納得した様に頷くと、今の言葉を何度も頭の中で反芻しました。

 「うん、一緒……ずっと、一緒……」


 リオは、そんなロッカを優しい目で見ると、そのまま、お星様の元へ戻ろうとして、ふと、ロッカの方へと振り返った。

 「あ、それからね、もう一つあるんだよ、理由。きっと、これがなかったら、僕はこのガス入れを、手に取れなかったと思う」


 ロッカは、目を見開き驚いた様な表情をすると、

 「それじゃあ、もう一つの方も聞かせてもらえる?」と言いました。


 リオは、にこーっと笑うと、ロッカの近くまで寄って、そしてポン、と頭を撫でて言いました。

 「それは、君だよ、ロッカ。お星様のことを覚えているのは、僕だけじゃないんだ。君と一緒に、覚えていられるから、きっと忘れない。だから、お星様を手放したって、僕は構わない。思い出は、世界一美しい『宝物』、なんだからね!」


 ロッカは、その言葉で一気に顔を赤くすると、リオの手を振り払い、その背中を押しました。

 「は、早く、お星様のところに行ってあげなよ。きっと不安げに、貴方を待っているから!」


 その様子をニヤニヤと笑いながら、リオはお星様の元へ走っていきました。

 もう、リオは振り返りませんでした。










 「………ずっと一緒、だって。それなら……貴女は、今も、一緒にいてくれていますか? お母さん……」

 自分の手を、ロッカはそっと、肩に添えました。



 ……これより、気球の飛行許可を出しまーす! 参加者の皆様、ご準備くださーい!



 風に乗って、運営の係の人の声が聞こえてきます。もうすぐ、別れの時間です。


 (……リオ、時間に間に合っているかな?)


 そう思って、ロッカは空を見上げます。

 暗い暗い夜空には、数えきれないほどの美しい星たちが、瞬いていました。


 ◇◇◇


 「ふふ、そんな別れの挨拶だなんて、お星様らしい」


 道具屋の中から、ある女の子の笑い声が聞こえてきました。

 それは、きっと彼女をよく知るもの以外ならば、ギョッとするほどの、でも、よく知る者にとっては、いつも通りの、陽気な笑い声でした。


 その女の子に対面して立っているのは、ある一人の男の子です。

 まだ幼さの残る、可愛らしい顔立ちで、それでもどこか男らしさと勇敢さを感じる様な、不思議な少年です。


 二人は、数日前の、ある大きな別れについて、話をしていたところなのです。しかし、それは悲しい話ではありません。なぜなら、しっかりとした『決断』のもとに行われた、本物の別れ、だからです。


 ちょうど春の真ん中、暖かな陽光が窓から差し込んできて、とても過ごしやすい季節。これからも、二人は思う存分、自分たちの話をするのでしょう。



 「そういえば、なんだけど」

 ひとしきり笑った後、ふと、女の子の方が、男の子の方へと問いました。

 「たしか、あの気球って、今年からは自分が作るって言って、作ったんでしょう? でも、今年からはもう、飛ばすものもないけど……どうするの?」


 男の子は、まさに「忘れてた!」と言った様子で頭を押さえ、しばらく考え込んでしまいました。

 それからしばらく経って、女の子の方へと向き直ると、男の子はこう答えました。


 「これからも、気球作りは続けるよ。だって、あの空にはお星様がいるんだろう? だったら、偶の手紙くらい出さなくっちゃ」


 女の子は、それに納得したようにすると、自分も一緒に作ってもいいか、と尋ねました。

 男の子は、勿論だ、と答えました。


 女の子はいいます。

 「もう二度と会えないのに、繋がってる感じがする。すっごく、不思議な感じ」


 男の子はいいます。

 「だって、会えないだけだもの」


 そして、こうも言いました。

 「大切なものっていうのは、目に見えないし、触れない。変化もするし、揺らぎもする。でも、きっと、そこにあるっていう感覚だけは、ずっとあるんだよ。それを辿れば、見失うことはないさ」


 一陣の風が、二人の間を通り抜けていきます。暖かい、温もりを感じる爽やかな風です。

 二人には、それが、お星様(そら)からのメッセージの様に感じられました。




 これから何があっても、二人の心からあのお星様が消えることはありません。

 そして、きっとこの先も、二人の支えになってくれることでしょう。


 或いは、全く別の物語が、彼らの間に始まったりするのかもしれません。例えばそれは、ミステリーかもしれませんし、冒険譚かも……ああ、それか、恋物語なんて、どうでしょうか?


 ただそれは、ここに書くべきことではありませんね。




  おしまい


 本作品を読んでいただき、ありがとうございました。

 どうも、こんにちは。初めましての方は初めまして、しゅーです。


 今回、童話コンテストに参加ということですが、読んでいただければ分かる通り、私は童話初執筆です。しかも25000超えの短編を描くのは今回が初めてなので、いかんせん未熟で……読者の皆様、どうかご容赦ください。

 あと、知ってる人には伝わる、程度のニュアンスで出しましたが、文章の感じや書き方は、それとなく『星の○子様』に寄せたつもりでいます。わかりましたかね?

そこそこ気合入れて書いた作品なので、楽しんでいただければなと思います。具体的にいうと、自分の連載作品の更新が止まりました……



どうか。この物語が、貴女の人生の「お宝」になります様に……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大作ですね。少年とお星様素敵な物語を読ませていただきました。
2021/12/21 23:42 退会済み
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