5.アリスと王太子
すみません、いっこ飛ばして投稿していました。
3月26日以前にお読み下さった方は『アリスと母』が追加されておりますので、そちらも宜しくお願い致します。
申し訳ありません。
「母上、これこれ。これでいい」
絶対にアリスを王太子妃にしてはならない。
そんなステラフィールド家の決意は茶会の開始から僅か三分で崩壊した。犯人は言わずもがな、この茶会の真の主役たる王太子である。
イシアは卒倒したかった。
「エリオット、貴方何を言い出すの」
王妃から茶会開始の挨拶がされて直ぐ、王妃の隣に居た王太子はアリスに向かって真っ直ぐ歩み寄り、言い放ったのが先程の台詞だった。
王妃は内心冷や汗をかいていた。
ステラフィールド家の令嬢と言えば奇想天外としか言い様のない、何とも珍妙な報告書が連日届く家の子ではないか。
やれ魔王を猫として飼っているだの、やれ神を猫として飼っているだの。いや、犬だったか。度肝を抜かれ過ぎて記憶が定かではない。
グラントリオ語で報告書は書くようにと言いかけてちゃんとグラントリオ語だと気付くという珍妙な事をしてしまったのは初めての事だった、と国王陛下は頭を抱えた。
ちなみに王妃も同じ事をしてしまった。
何度読んでも報告書の意味が分からなかったので後日、口頭で報告するように。あと、その動物達を連れて来て。
そう返事をしたが、指定したその後日は来週だ。何が何だか分からないが、そんな珍妙な子を王太子の婚約者になど考えたくも無かった。
のに、これである。
「今日はおれの婚約者探しでしょ? それなら、これが一番見目が良い。これで」
育て方を間違えた。
女性相手に指を差してこれ呼ばわりは普通に最低である。
「エリオット……控えなさい。本日は多くの方の交流の場です。指を差すのも失礼ですよ」
「建前は良いんですよ。まどろっこしい。おれは早く剣の稽古に戻りたいんだ!」
「エリオット! 弁えないと稽古は禁止にしますよ!?」
「母上は横暴だ!」
王太子エリオットがぎゃんぎゃん騒ぐ。諌めようとする王妃の声も大きい。
茶会は気まずい空気が流れていた。
「お母様お母様お母様! ご覧下さい、これ! みかんっ」
「そ、そうね。蜜柑ね……」
「久しぶりに見ます。食べたかった」
「そう。あちらで食べましょうか」
だが、アリスは蜜柑に夢中である。
王太子とか知らん。だってお兄様じゃないし。どうでもいい。
「蜜柑は良いですよねえ。すっぱい」
「そうね」
「でも甘い」
「そうね」
「あの小さい蜜柑が好きです」
「そうなの」
「薄皮も食べられる小さい蜜柑」
「そうなの」
「冬に二百個食べたらちょっとお腹が痛くなりました」
「そうな……にひゃく!?」
「美味しくて、つい」
「待ってなんでそんなにどこから」
「ちょいちょいっとポチに南国からお取り寄せをさせて」
「あー、ごめんなさい神様。あー、ごめんなさい神様。ああああああああああああ」
王太子など完全にスルーである。
「おい、お前」
「お兄様にも持って帰ってあげたい」
「おい」
「胃を痛めている時に刺激物は止めてあげて」
「おい! お前!!」
「刺激物? 蜜柑がですか?」
「貴様! 何のつもりだ!!」
王妃に叱られた王太子が仕方なくアリスに声をかけたが、彼女の今の脳内はお兄様と蜜柑で占められている。
地位だけ偉そうな人間など入る空きは無い。
だが、耳障りだし鼓膜が無理やり震わされるのは業腹だ。
「メーデー、メーデー! アリスちゃんの鼓膜がピンチです。応答せよ応答せよ」
「は? 何言ってんだお前」
「応答に感謝! 大気よ、このやかましいだけの物体の周囲から立ち去って!」
「絶対にいけません!!」
それは王太子の周囲を真空にするという事ではないか。
すぐに状況を理解したイシアは直ちに娘を捕えた。
「えー、なんでですかー」
「王太子殿下に何をするつもりだったの!? 言葉次第ではお仕置きじゃ済みませんからね!」
「音とは振動です。振動には空気が必要不可欠。それならば、その空気を無くしてしまえばと」
「アリス! お前は暫く自室で謹慎していなさい! 反省するまでお兄様とは会わせませんからね!!」
「なんですって!? 滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ世界滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす」
「お止め!」
「やっ!」
「めっ!」
「ぶうー……」
これは一体どういうことなのだろうか。王妃はあ然としつつも二人に話し掛けた。
「ステラフィールド夫人……」
「王妃殿下! この度は娘がとんでもない騒ぎを起こしまして誠に申し訳ございません。この子はすぐに謹慎させ罰を……」
「元はと言えばエリオットがいけないのよ。……それより、その子が例の報告書の子ね?」
「ほ、報告書とは……?」
「娘がミケやらポチやらを拾って来たと」
「はい。それはまあ、そうなのですが」
王妃とイシアが二人揃って首を傾げた。
「アリス・ステラフィールド伯爵令嬢」
「はい、王妃様。本日はお日柄も良く誠お茶会日和ですこと。このような日に我が国の太陽にお会い出来、嬉しいばかりですわ。この望外の喜びを前にわたくしは震えるばかりです」
「……マナーは完璧ね」
「申し訳ございません申し訳ございません頑張って育てたのですが何故か人並み外れておりまして」
「ミケやポチの話は……事実なのね?」
「わたくしも先程知りました。報告書は……」
「わたくし、アリスが上げましたわ。王家にはお伝えしておかなければならない事柄かと思いましたの」
「母にも知らせて欲しかったわ」
「この場に居るのは……」
「ロバートとアマンダのみです。申し訳ございません、呼べばミケとポチとテンと」
「とりあえずこの場に居る者だけの説明をお願いするわ」
「ロバートは精霊王ですの」
「せーれーおー……」
「アマンダは人食い鮫ですの」
「鮫!? 何故、王宮に!?」
「そこの池に」
「鯉が! 陛下の唯一の趣味の鯉が! 全部鮫に丸呑みにされている!!」
「アマンダ! ぺっ!」
「全部吐き出された!!」
「これぞマッチポンプならぬ金魚ポンプならぬ鯉ポンプ」
「アリース!!」
「悪いのはアマンダですうっ」
「アマンダ!」
『シャー、すまないっシャー』
「しゃー?」
「しゃーく」
「くそみてぇなギャグ連呼してねぇでおれの話を聞け!!」
「あ、まだ居たんだ。これ」
「これ言うな!!」
「先に言うたのお前や」
「うっ……。す、すまなかった」
「許さん」
「えっ」
「許さん」
「う……」
「許さん」
「うう……」
「お前だけは絶対にお断りですわ!」
「ははうえ〜〜フラれたあ〜〜」
王太子の泣き声が王宮庭園に響き渡った。
「フルーツポンチの蜜柑だけ無いっ!?」
給仕の悲鳴も響き渡った。
『カオスだっシャー』