4.アリスと母
こちらを投稿する前に間違えて5を投稿してしまいました。申し訳ありません。
サブタイトルに付いている番号通りが正しい順序です。申し訳ありません。
ウィルフレッドとアリスを乗せた馬車が王宮の馬車留めに着いた時、後方にはまだ王宮へ向かう馬車が数台ほど列を連ねていた。
ロバートの馬車捌きの腕は素晴らしいようだ。何故かは敢えて考えまい。考えても無駄だ。
ウィルフレッドとアリスが馬車から降りると、目の前には二人の母イシアが立っていた。
「アリス。貴女、どうして走行中の馬車の窓から飛び降りたの? 母は心臓が止まるかと思いましたよ」
「何故ですか? ご病気ですか? 診たところ、心臓に異変はございませんよ」
「何をどう診たのよ……」
「体内臓器をこう、可視化させて」
「要らないわ。説明されても理解も実行も出来るとは思えない」
「諦めないで、お母様! 透視くらいきっと出来ます」
「無理です!!」
娘との会話を早々に諦めてイシアは息子へと視線を移した。
「ウィルフレッド、アリスを連れて来てくれてありがとう。大丈夫? 貴方、顔色が悪いわ。真っ青よ」
「母上こそ、蒼白ですよ」
「仕方ないわ。だって、わたくしは普通の母親ですもの」
「そうですね。私も普通の兄ですからね、仕方ないですよね」
乾いた笑いが二人の間で渦を巻いた。
普通から逸脱し過ぎている者を相手にすると普通の家族はこうなる。
「わたくしも普通の娘であり、妹ですわ!」
「貴女が普通ならこの世に普通でないものは無くなるわよ」
「お母様のいーじわるううう!」
「意地悪ではありません。事実です。馬車から飛び降りてはいけないと何度言えば分かるのこの娘は! なんで……なんでこんな注意を繰り返さなければいけないの……こんな注意をしている親を見たことがない…………」
「お母様、それは地面を歩いてはいけないと言っていることと同じですわ」
「全く違います!」
「違わないもん!」
「違います! いいですか、アリス。貴女が馬車から飛び降りても何の問題も無く無事だということは重々承知しています。問題は周囲よ。もし後方に馬車が続いていたらその馬車を引いている馬はさぞや驚くでしょう。驚いた馬が暴れたらどうするのです」
「馬の精神と肉体を操作し、安寧を保たせます」
「駄目だった……!」
イシアは項垂れた。
娘が馬車から飛び降りてここへ来るまでの間、ずっとどう説得しようか悩んで考えていた言葉は全て無と帰した。
「駄目だわ、何も通じない。人類が通じない。わたくしが生んでわたくしが育ててきたのに、もうわたくしにはどうにも出来ないところまで行ってしまっている」
「アリスはここにおりますわ、お母様!」
「そうね貴女はアリス。わたくしの娘アリス」
「はい!」
「馬車から飛び降りるのはお止め! 理由など要らないわ、お止め!」
「やっ!」
「めっ!」
「だってその方が早いです!」
「わたくしにはもうどうしたら良いのか……」
「……母上、お話中すみません。急ぎお伝えせねばならない事があります」
「ウィルフレッド……。どうしたの?」
「お兄様、お悩みでしたらわたくしに仰って。アリスに任せて下さいね!」
「お前はちょっと黙りなさい普通から逸れ過ぎた妹アリスよ」
「はい! 至って普通の妹アリスは黙りますわたくしはいい子」
仲間外れは嫌だとばかりにちょこちょことアリスが二人の間に押し入る。
こういう姿は可愛い子供の言動そのものなのに、どうしてこの子はああも常軌を逸しているのだろう。
「母上、こうして私までもがここへ来た理由をお話します。気を確かにお聞き下さい」
「アリスが今度は何をしたの?」
「半月前、新たに雇った私専用の御者、彼は精霊王です」
「改めまして、現在は人類で御者のロバートです」
「待っていきなり分からない」
「大丈夫、期間限定ですよ! 精霊は精霊ですからね。今は人間の模倣をしているだけですのよ」
「言葉の一つ一つがさっぱり分からない」
「ミケは魔王なのですが、その弱った魔王ミケを仕留めに来た所をアリスに捕らえられて今は御者ロバートです」
「どうしよう何一つとして分からない」
「勇者の器である私を仕留めに来た魔王を仕留めたアリスが魔王をミケにして飼い始めました」
「パワーワードが多過ぎて何も分からない」
はらはらと涙を流しながらイシアは口元を押さえた。
「そしてポチは神です」
「ポチが神? ポチ神? 犬神!?」
「ちょっと違います。魔力の強いアリスを見に地上へ降り立った神を幼女趣味の変態だと勘違いしたアリスが下僕にしたのです」
「ウィルフレッド、グラントリオ語で話してくれないかしら」
「母上、グラントリオ語しか話していませんよ」
「ああ、どうしよう。全部グラントリオ語なのに何も分からない」
「気を確かに、気を確かに持って下さい母上」
「天罰、天罰が……下らないかしら。天罰が下らないかしら?」
「……分かりません、申し訳ありません。まだ続きます。お聞き下さい。アリスはミケを使って隣国に時限爆弾を仕掛けました」
「どうしましょう、何も分からない。何も分からない。わたくしどうして何も分からないのかしら」
「母上、私にももう何も分かりません」
イシアは息子の言葉を頭の中で何度も反芻した。何度も何度も。
だが、終ぞ彼女の脳はそれらを言語として認識できなかった。
「絶対に王家へ嫁がせてはいけない事だけは分かったわ」
「ありがとうございます。今はそれだけご理解頂ければ十分です。私にもそれくらいしか分かりません。それをお伝えしたくて参りました」
「うふふふふふ」
「あははははは」
爽やかな風が二人の肌を撫でていったが、そんなものでは何も慰められない。
よく似た親子は乾いた笑いを溢しながら涙を流すしかなかった。