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1.アリスとミケ

頭の中のアリスが騒がしいので書きました。静かになったら他の話も進められると思います。




 グラントリオ王国には、王侯貴族から一般市民まで老若男女を問わず有名な少女がいる。

 名はアリス。ステラフィールド伯爵家のご令嬢である。


 何故、彼女が有名なのか。それは度の過ぎた実兄至上主義だからだ。

 只の至上主義ではない。

 あまりにも度の過ぎた実兄至上主義である。

 彼の為とあらば彼女は例え神であろうと下僕とし、魔王であろうと泣いて謝罪するまで責め立てると言われている。


 何故、そう言われているのか。

 それが事実だからに他ならない。





「アリス! アリスは居るか!? アリース!」


 今日もステラフィールド家では、問題児アリスを呼ぶウィルフレッドの声が響き渡っていた。

 ウィルフレッド・ステラフィールド、今年で二十一歳になった麗しの貴公子。

 見目の良さと伯爵家唯一の男児とあって、幼い頃から女性に凄まじい人気を誇っていたが、当の本人は幼馴染みでもある婚約者一筋だった。間もなく十七を迎える彼女との婚礼の予定も立っており、式の日取りも招待も済んでいる。

 幸せの絶頂であったがしかし、今日も彼は青白い顔をして胃を押さえながら妹の名を呼んでいた。

 麗しどころか物悲しさしか感じられないその姿は、この屋敷ではよく見る姿である。可哀想なことに。


「恐れ入ります、ウィルフレッド様」

「ああ、ハリー。アリスはどこだろうか」


 アリス付きの侍従、ハリーがウィルフレッドの声を聞いて駆け付けた。

 ウィルフレッドより二つ年上の彼は本来ならば次期伯爵のウィルフレッド付きであったが、とある事情により一時的にアリス付きとなっている。


「お嬢様は本日、王妃様主催の茶会へ奥様と共に向かわれました」

「ああ、王太子殿下の……」


 御年十歳になられた王太子殿下の誕生祝いが開かれたのは先月の事である。

 それから一月の今日。王妃主催の茶会には、伯爵以上の爵位を持つ貴族の子供達が招かれている筈だ。勿論、それは王太子殿下と年の近い者に限定された会である。

 側近は二名ほど既に選ばれていたが、もう数人は必要だろう。

 しかし今回はそれより何より、婚約者選定の意味合いが大きい。


「何かございましたか? 必要とあらば早馬を出しますが……」

「いや、いい。帰ってから母上にも聞いて貰おう。……いや、でも先にハリーには聞いておいて貰おうかな。スカーレットの事なんだ」


 スカーレット・ヨハンソン伯爵令嬢は、ウィルフレッドの婚約者だ。

 その名の通り見事な赤毛を持つ、穏やかで慎ましいウィルフレッドの最愛である。


「……アリス様が、また何か?」


 普段は穏やかな笑みを絶やさないハリーがあっと言う間に渋顔になる。

 またとんでもない事をしでかしたのであろうと、そう予想している事が誰にでも分かる表情だった。そして、その予想が外れていないと言う事も誰もが知っている。


「そうなんだ。実は、アリスがな……」

「お兄様あああっ!!」


 噂をすれば影。そんな先人の言葉が頭を過ぎった。


「アリス!?」

「はい! お兄様の全ての願いを叶える妹、アリスですわ」


 すちゃっと見事な着地をしたこの妹は、見間違いでは無ければ窓から飛び込んで来なかっただろうか。今、入って来たの窓からだよな?

 呆然とするウィルフレッドとハリーを他所に、アリスは直ぐ様立ち上がるとドレスを軽く持ち上げ、見た目だけは完璧な淑女の礼をした。


「お兄様のお声を聞き、急ぎ戻りました。何なりとお申し付け下さいませ」


 どこから戻った、どこから。

 本来なら今頃は王城へ向かう馬車の中の筈ではないのか。何故一人で窓から入って来たんだ。

 そんな事は聞かなくても分かる。

 先程ウィルフレッドが妹を大きな声で呼んだからだ。失敗した。


「お兄様? 如何なさったの? ああ、わたくしの到着が遅れてしまったからお怒りですのね。申し訳ございません。三度も大きな声を出させてしまい、その後二度も名を呼ぶまで駆け付ける事が出来ずに」

「なんで分かるの!?」


 堪えきれずにウィルフレッドはツッコミを入れてしまった。地獄耳か。


「聞こえたからです」


 地獄耳だった。


「いや、おかしいだろう。お前は母上と馬車に乗っていたのではなかったのか?」

「はい。王城へ向かっておりました」

「何故聞こえる」

「二月前のお兄様のお誕生日に魔王が出たでしょう? 悪さをしようとしていたものですからちょっと叱りましたの。その時に彼が」

「いや待て! 魔王!?」

「ああ、大丈夫ですよ? ちゃんと謝罪させました。泣いて泣いて仕方が無かったので、かなり噎せていて聞き取りにくかったのが反省点です。あそこまで泣かせるとその後が面倒なのですね」


 違う。反省すべきはそこじゃない。


「ま、魔王は何をしに……」

「お兄様に勇者の器たる能力がある事に気付いてしまいやがりまして」

「えっ」

「己の不都合となる前に消したかったとほざいておりました」

「えっ」

「流石お兄様ですよね!」

「違う。そこじゃない。そこじゃない」

「消される前に消す、その精神は素晴らしい。ですが標的がウィルフレッドお兄様とあらば話は別です。そもそもお兄様に消されるような事をしなければ良いと精神をミンチに致しましたの」

「何をしたんだ!? 怖い! 凄い怖い! 本当に怖いっ!!」

「ご安心なさって。今はミケとしてそこで日向ぼっこをしております」

「珍しいオスの三毛猫だと思っていたのに魔王だったのか!?」


 ウィルフレッドとハリーは思わず身を寄せ合って、窓際でぬくぬくと寛ぐミケから距離を取った。そして、アリスからも。


「ア、アリス様……それで、その異常聴覚は何故に……」

「ああ、そうだったわね。これね。ミケが助けてくれと余りにも泣くものだから、それなら見逃す代わりに何かお寄越しと言ったの」

「魔王が泣いて」

「助命を乞うた」


 何それあり得ない。


「お兄様を二度と狙わないのは当然でしょう? それ以外だと、予め魔力を残しておいた箇所であれば必要時に音を拾える力があると言うから」

「異常聴覚と言うよりも万能集音でしょうか」

「名称はお好きにどうぞ。とりあえずネタバレとしてはこんなものですよ」

「とんでもないな。魔王直伝の魔法とは。……その集音できるよう魔力を残したのはこの邸にか?」

「いいえ。お兄様の魂です」

「凄い嫌だ!!」


 地獄耳ではなく完全にただの盗聴魔法だった。

 心地良さそうに窓際でごろごろ唸っていたミケが目を閉じたまま、ニャーと寝言のように鳴いた。




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[一言] 魂レベルでストーキングきちゃったコレェ……! 作者様の描かれる今までの人々とは違い、すでに人間を辞めてしまった系少女の主人公アリス。 彼女がいったい作者様の脳でどの様なスパーリングを繰り広…
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