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プリズム☆グレイ ~令嬢な魔法少女のカノジョは魔法が使いたい~   作者: 高災禍=1
第一章『乙女ゲーの章』
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第七話「乙女ゲーの主人公とて容赦なし」

「ほら、次行くぞ。今度こそはどうにか受け止めて見せろよ」

「えっ!? 伊織さん、ちょっとこれは───」



 ───ドスッ。



「ぐぇっ!?」

「………、やっぱり無理だったか」


 乙女ゲーな主人公、それも花の高校生活の真っ最中だというのに女性にあるまじき声を出す蓮華と、手にした木刀を軽く振り抜いた伊織の姿がそこにはあった。

 それで、蓮華と伊織はこんな人気のないところまで足を運んで一体何をしているのかというと、近接戦における凌ぎ方についてだ。

 あの日、伊織は蓮華と涼音の魔法少女としての戦いを途中から見ていたのだが、幾つもの戦闘を越えた涼音とは違い、蓮華の動きはまるで素人そのもの。別に蓮華は数日前まではただの一般人の内の一人でしかないためしょうがないが、魔法少女となったからにはそうも言っていられない。後衛とはいえ、かなり手加減をした伊織の剣を捌くはしてもらわないと。


「一旦、休憩で。手加減をしたとはいえ、今のは良いところに入ったから、しっかりと休んでおけ」

「………」


 返事はない。ただの屍のようだ。

 さて、そのままぐったりとした蓮華。そんな彼女の近接訓練を行っていた伊織であったが、今回は彼女一人ではなかった。

 まるで何処か別の学園の制服を着て、ストールを巻く。その上にカーディガンを羽織る黒髪の彼女───魔法少女アーチャーこと、黒辺涼音がそこにいた。そんな彼女はというと、今は暇しているようで、体育座りの恰好で此方を見ていた。


「それで。えっと、魔法少女アー」

「黒辺で良いです。黒辺涼音」

「では、黒辺さん、で」

「………、やっぱり止めて下さい。涼音と」

「どれだよ!?」


 そんな伊織と涼音の掛け合いは一旦隅にでも置いておいて。

 何故、この場に涼音がいるのかというと、伊織と同じ蓮華に訓練を施すために此処にいる。もっとも、伊織が近接訓練なのに対して、涼音の訓練は射撃だったりするが。


「………。話の続きなんだが、蓮華はどうだった?」

「向いていないでしょうね。多分ですが、もしも実践でしたら誤射しまくると思いますよ」

「………、そうか。となると、今まで通り近接戦を凌ぐ練習を繰り返した方がいいな」


 そう伊織が呟いたのを薄れる意識の中で蓮華は耳にしたのか、倒れた蓮華の様子はあまりにも嫌々しい表情でこと切れていた。






 伊織が蓮花を魔法少女だと知ったしたのは、何故か蓮花の方から告白してきたからだ。

 夕暮れの帰り道。

 帰路に付く伊織を、後ろから走ってきた蓮花が呼び止めたのだ。それも、此処まで一体どれだけ走ってきたのか、はたまた体力がないだけか知らないが、少しだけ顔を赤らめているのだった。

 こんなシチュエーション。普通なら、同性でも気があるのかもしれないと狼狽するのかもしれないが、好きな人がいる伊織にとっては何の効力もなかった。

 もっとも、その告白というのが人生のパートナー的な話ではなく、蓮花自身が魔法少女だという、人にとってはそちらの方が衝撃的な告白なんじゃないかと、そう思う。


「………」

「ほんと、私も何でこんなことをやってるだろうな………」


 蓮花が魔法少女の事で、同じ魔法少女の伊織に特訓を付けて貰おうとしていたのは、まだ分かる。もっとも、伊織も蓮花と同じ、まだ魔法少女としては素人だったけど。

 それで、伊織はどうにか前に会った魔法少女───涼音に頼み込んだのだが、そこでとある条件を突きつけられた。

 そう、蓮花だけではなく、伊織も魔法少女としてのトレーニングに参加することとなったのだ。これには、この交流という名のトレーニングの場を立ち上げた涼音も、かなりご満悦だった。




 蓮華はあの日、人々を守るために魔法少女となった。

 だが、それは一人で勝手になれる、そう簡単なものではない。どうせ、あの黒い猫でも蓮華の傍にでも偶然を装って手を貸したのだろう。あいつは、善意で助ける存在ではないと、伊織の勘はそう告げていた。

 しかし、ここで面倒な事実が発覚した。魔法少女たる蓮華は、一人では戦えない他人頼みな魔法少女だという事に。

 まぁ、他人頼みな魔法少女程度は、さして問題にはならないだろう。支援系の魔法少女は、その殆どが蓮華と同じ他人頼みな魔法少女だ。これには一部例外が存在するにはするが、今は何処か隅にでも寄せておこう。

 だが、───


 鈴野蓮華 体育 “2”


 そんな評価を貰った蓮華は、あまり運動を得意としていない。

 先ほども言ったような他人頼みな魔法少女はそこそこ要る訳で。

 しかし、自衛手段が何もないというのは、それ以前の問題だ。支援系だというのに、逆に足手まといにしかならないのだから本末転倒と言うべきか。

 こうして、魔法少女だとバレた縁から伊織は近接戦の自衛訓練を行い。また、魔法少女として活動していた涼音に約束を何とか取り付けて、魔法少女としての訓練を行う事になった。ただ、その約束を取り付けるのに対価を払ったことはまだいいとして、何故伊織も受けなければならないのか。解せぬ。


「さて、十分休憩も取れた事だろうし、そろそろ再開するか。おい、蓮華。近接訓練始めるぞ」


 ───ビクン!? と倒れ伏した蓮華の体が跳ね上がった気がしなくもないが、そのまま動かないまま。そう、屍のようだと、口ではなく体で言っているようであった。


「───あぁ、そうそう。伊織、貴女に少し言い残していることがあって」

「何だ、藪から棒に。別に蓮華に施す訓練は近接戦闘における自衛訓練。それで構わないだろう?」

「いえ、それとは別の件です。“乙女課”の皆森局長が貴女に会いたいと、そう言っています」


 “乙女課”の、それも室長クラスの大物となると、その組織の中で一番偉いと言っても過言ではない。ちなみに、その下に部長と続いていくのだが、それは今関係ない話だ。


 さて、話を元に戻すとするが、これは少し面倒な事になった。

 これまでは伊織が多少獲物を先にかっさらって行っても、特に何かとやかく言われることはなかった。勿論、本心ではまた違っているかもしれないが、そこは大人の事情か彼女の足の速さで逃げ切っているからであろう。

 しかし、最近になって正式な魔法少女な涼音と会話をするようになり、そして極めつけは新しく魔法少女となった何処かの誰かさんと親しくなったことにより、政府内にて囲い込みが始まっているとかいないとか。

 だが、このままだと碌に身動きが取れなくなると、そう伊織の勘が告げている。


「(もしそうなら、どちらかを切り捨てる───いや、それは無理な話だな。もう、始まっているのだから)」


 もう、答えは一つしかない。

 だがそうなると、どう皆森室長という奴と会うべきか。菓子折りとして、“ケモノ”や魔法少女が魔力を生み出す器官───魔石を持って行くべきか。強力な“ケモノ”の討伐達成の報告を引っ提げていくべきか。だが、生憎と“ケモノ”の魔石は伊織にとって重要性の高い物のためなしで、強力な“ケモノ”の目撃情報は今のところ入ってきていない。


「………。はぁっ」


 この手だけはあまり使いたくはなかったと、そう溜息をつく伊織。

 そして、何を思ったのか伊織が歩き始めた先にいるのは、今の今まで屍へと擬態している蓮華の方だった。


「………、蓮華さん」

「………」

「そうです、か。そんなに地べたに寝っ転がるのが好きだったら、今度は受け身を取る訓練にしてみようか。丁度、此処にいいボールがあるし」

「今からやります、やらせてください。私はまだ、サッカーボールになりたくないです」


 伊織が少し脅せば、勢いよく立ち上がる蓮華の姿。まるで調教でもされたかと云わんばかりの反応だが、今までのスパルタ訓練から学んだのだろう。

 だがしかし、そんな提案をした伊織にとっては非っ情に残念なことだが、本題はそれとはまったく違う別の話だ。


「蓮華さん。貴女には私と一緒に魔法少女を統括する組織、通称“乙女課”に行ってくれないか?」

「“乙女課”って、一体何なのですか?」

「………。頑張って思い出してくれ。涼音辺りの黒いオーラが噴火しない内にな」

「!? はい! 思い出しました。魔法少女を統括する、政府内にある課ですよね。知っていました」


 果たして思い出したのか、知っていましたかどちらかは知らない。というか、思ったよりもはっちゃけた性格なのだと思った伊織であった。






 “乙女課”は、政府直属の組織となっている。

 最初の頃、どの位置に“乙女課”を立たせるか会議になった際、警察内の組織にするべきだ、という意見もあった。しかし、外見が悪いといった表向きの意見や警察内にあまり力を持たすべきではないといった裏向きの意見によって、最終的には政府直属の組織となったのだ。

 そして、今現在伊織たちがいるのは、その“乙女課”の所謂梓ヶ丘支部。

 なんでも、本土から臨海都市までの到着に時間が掛かるため、こうして首都東京に近いにも関わらず支部が作られたとか。本土に行っても殆どが実家な伊織からしてみれば、あまり実感味の湧かない話だった。


「魔法少女アーチャー、ただいま到着しました」

「入りたまえ」

「失礼します」


 そう言って如何にも局長室な扉を開けた先にいたのは、この部屋の名前通りの此処の局長。そんな彼は、カレンや伊織などといったお嬢様からすればそれなりの、蓮華や涼音といった庶民からすれば高価な椅子に座って待っていたようだ。


「うむ、ご苦労だった。俺が魔法少女を統括する、通称“乙女課”の局長の皆森賀状だ」


 そう言った局長───飯田賀状は、まるで伊織と蓮華を品定めをするかのように、此方の事を観察しているようだった。

 無理もない。

 前に涼音から聞いた話では、魔法少女と言っても政府に所属している正式な魔法少女と、登録すらされていない野良の魔法少女に別れるらしい。ちなみに、確認するまでもないが、涼音が政府に所属している魔法少女で、伊織と蓮華が野良の魔法少女となる。

 そして、何故こうもあからさまに分けられているのかというと、お偉いさんの小難しい戦略はこの際放っておいて、政府に所属していない魔法少女の力量が確然たる差で存在するからだ。

 だからこそ、こうして政府の方へと引き入れる際には、ある程度の品定めをするらしい。


「初めまして。聖シストミア学園一年生、柳田伊織だ」

「お、同じく聖シストミア学園一年生の鈴野蓮華です。よろしくお願いします!」

「あぁ、よろしく頼む………、柳田?」


 軽くお辞儀をする伊織に対して、勢いよく挨拶と共に頭を下げる蓮華。最初の頃は、頭にお花畑でも群生しているかと伊織は思っていたのだが、如何やら認識を改める必要があるようだ。

 一方で、賀状は何やら思案している。何か、突っかかる内容でもあったのだろうか。

 そして、何かに気付いたかのように瞳をカッと見開く賀状。


「柳田って、もしかして()()柳田か!?」

「局長。柳田家はそんなに凄い家系なんですか」

「あぁ、何せ柳田家は武門の一系にして財閥を構える、正しく文武両道という言葉がこれほど似合う家系もそうはいないだろう」


 さて、柳田家と言ったら、一般の人からすれば財閥のイメージが強いだろう。CM辺りにも、『柳田財閥』とそう出演しているのだから。

 しかし、それ以上のある程度の知識人からすれば、武家としての一面が強く認識として残ることだろう。少なくとも、数百年は続いているとされている人殺しとしての武家の一族。現代に住む大勢の人々からすれば、驚愕と忌避に当たることだろう。


「えぇ、その柳田家の長女です。よろしくお願いします」

「………。あ~、柳田さんと、そう呼んだ方がいいかな?」

「別に。特別扱いをして欲しいという訳ではないが、これからはよろしくお願いします」

「………、流石は数百年と栄えた柳田家だ事。恵果君、お茶とお茶請けを頼むよ」

「はい、分かりました!」


 そう言って、壁際で待機していたスーツ姿の20代辺りの女性───恵果と呼ばれていたか。そんな彼女は礼をして、この局長室から立ち去っていくのだった。


「それで、今回私たちを呼び出したのは、一体何の用件故だ?」

「………あぁ、そうだね。今回、君たちを呼び出したのは他でもない。政府の魔法少女として、活動していくつもりはないか」

「!?」


 伊織の隣で、蓮華が息をのむのが聞こえる。

 これも涼音から聞いた話だが、本来政府所属の魔法少女となるためには厳しい審査を潜り抜けるか、スカウトされる必要がある。

 今回はどう見ても後者だろが、少なくともそこには審査をパスした上でどうしても欲しいと思わせられるほどの《マホウ》や実力を所持している筈。しかし、数々のケモノを倒した伊織とは違い、蓮華には今だ戦歴となるものが一つとしてない。それ故、伊織に視線をちらちらと向けつつも、蓮華は不安そうにしているのだろう。


「それで、それを受けることによって、私たちに一体何のメリットがある?」

「メリット、か。本来、政府所属の魔法少女となった子たちには、仮想戦闘訓練室や教官、食事面や金銭面といった物が与えられるが、柳田さんの言っていることはそうじゃないのだろう?」

「………」

「なら君は、一体何を欲しがるというのだね?」


 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


「私が“乙女課”の魔法少女として活動するのに、幾つかの条件があります」

「………、話を聞こう」


 伊織という魔法少女は、一体何を望むのだというのか。


「まずは、私の隣にいる鈴野蓮華の“乙女課”としての所属をお願いしたい」

「まぁ、それは俺たちも考えていたことだが、鈴野さんはそれでいいかな?」

「………。はい、よろしくお願いします!」


 今までは勝手に話が進んでいってまるで上の空だったが、今現在自分の名前が話題に挙がった事で意識が虚空から現在へと引き戻される。しかし、そうは言っても簡単に意識が鮮明になる筈もなく、ただただ了承の意を相手へと伝えてしまった。

 それに蓮華が気づくのは数瞬先の話だが、もう話題は既に過ぎ去ってしまっていた。


「次に、私たちの情報保護を頼みたい」

「魔法少女となった子たちには他人に自分の正体がバレないようにしているつもりだけど、それは涼音君から聞いているよね。なら、何処までのを望むのかい?」

「魔法少女としての私と、柳田家としての私とを分けて欲しい。勿論、火は消さずにある程度は残しておいてくれ」

「ふぅん、了解」


 火というのは、おそらくは“伊織と羽織の魔法少女の繋がり”を匂わせる話題についての事だおう。もしも、伊織がそれを言わなければ、賀状は勝手に進めるつもりだった。


「それで最後は───」

「なるほどね。分かった、それらの条件を此方が飲むと言ったら、君は、君たちは了承してくれるのだね」

「「はい」」

「なら、此処にサインを。此方としては、君たちの“乙女課”への加入を心より歓迎するよ」



 ♢♦♢♦♢



「やはり、恵果君の淹れてくれたお茶は美味しいね」

「美味しい、な」


 舌が肥えているであろう伊織からその言葉が聞けて、恵果自身と彼女を部下に持つ賀状としては、とても鼻が高い。もしかしたら、頭上を越してしまうのかもしれない。


 さて、そんな比喩表現は何処か別のところにでも置いておいて、今現在賀状たちは午後のティータイムを楽しんでいる。何故かというと、お茶が来る前に話が終わってしまって、それを憂いた賀状が助けの船を出したところから始まった。


 それにしても、今賀状の目の前で優雅に茶を飲んでいる伊織は、こういった西洋の方の作法も知っているのかとふと思ってしまった。


「(いや、そうじゃなくて)」


 いやそうではなく、魔法少女を統括する政府公認の組織、通称“乙女課”に伊織が入ってくれたことは奇跡と言っても過言ではない。

 そもそも、野良の魔法少女として活動している彼女達は、大きく二つに分かれる。魔法少女になることで叶えられる願いのために戦っているためあまり旨味を感じないのと、“乙女課”に入れるだけの実力を持っていないからだろう。

 おそらくは、伊織が前者、蓮華が後者に当たるだろう。


「(何故、羽織の魔法少女───柳田さんは、今頃になって“乙女課”への所属を承諾してくれたのだろうか)」


 確かに、羽織を着た魔法少女こと柳田伊織が“乙女課”に所属してくれることは、正直とても嬉しいと言っても過言でもない。彼女には、それだけの実力があるのだから。

 となると、伊織と一緒に今回“乙女課”への所属を承諾してくれたもう一方の彼女こと、鈴野蓮華が原因なのだろうか。


「そう言えば、君たちの《マホウ》について聞いていなかったね」

「………、それは言うべきことか?」

「まぁ、俺には言うつもりはないんだけど、これからは俺たちが君たち魔法少女を助けるんだ。ある程度は、知っておきたい」

「なら、いいけど。蓮華さんもそれでいいか?」

「はい! 分かりました」


 まさか、今まで正体不明な伊織の《マホウ》の正体を知れるなんて。賀状は御年三十代な枯れたおっさんではあるが、如何やら少年心というものは今だ残っていたらしい。


「───涼音さんと同じ、身体能力を強化する《マホウ》。未来視などではなくて?」

「? ああ、あれか。あれは《マホウ》じゃなくて、単なる技術に過ぎない。賀状さんも、訓練したらいつかは使えるようになるのかもしれないな」

「私も使えるようになりますか!?」

「………。えっと、それは具体的に?」

「まぁ、そうだな。具体的には数十年くらいか、才能があったらもっと。だが、血反吐を吐く羽目にはなると思うが………」

「「いえ、結構です」」


 賀状と蓮華は、その事実を聞いてすぐになかったことにした。


 さて、そんな冗談は隅にでも置いておいて。

 そんな便利な《マホウ》を持つ伊織が蓮華を目に掛けるのは、十中八九蓮華が持つ《マホウ》目当てだろう。これまでの蓮華の立ち振る舞いを見る限り、武術や射撃などができるものでは決してない。賀状としても、失礼だとは思うがそれは事実だ。


「それで、蓮華さんは一体どのような《マホウ》でしょうか?」

「えっと、私の《マホウ》は、味方を強化するものです」


 それ自体には、何ら特別性は感じられない。何せ、自分自身どころか他人をも強化する《マホウ》はの使い手は、それなりには存在する。確かに、この梓ヶ丘においては確かに唯一と言えるだろうが、本土へ行けば数ある《マホウ》の一つに過ぎないのだから。

 しかし、伊織の戦闘スタイルは近接戦のみ。故に、顔なじみな蓮華とタッグを組みやすいからだと思ったが、この話には続きがあった。


「あ~、賀状さん。その話には続きがあってな」

「………。おや、顔に出ていたかな?」

「それは勿論。で、先ほどの話の続きがあるんだが、彼女───蓮華の《マホウ》は個人差が激しいんだ」

「ほぅ………」


 確かに魔法少女が扱う《マホウ》には、各個人において出力や効果範囲が違っていたりする。

 しかし、付与する場合において、その付与した相手によって効果の差が出るなんて聞いたことがない。


「えっ!? 私の《マホウ》って、そんなに違いましたっけ!」

「まぁ、他人に蓮華さんの《マホウ》を付与する訓練において、な。けどな、もう少し自分の《マホウ》に対して理解を深めたらどうだ?」

「えっと~………」

「………、涼音の授業が更に増えるぞ」

「分かりました、誠心誠意努力します!」


 あ、そこは必ずではないのかと思う賀状であった。もっとも、彼がもしもその言葉を口に出したのなら、きっと蓮華の表情はこれ以上なく曇ることだろう。


「む、お茶菓子もかなり美味いな。涼音さん、何処の物か知らないか?」

「あぁ、それはね」


 そんな蓮華を未成熟な魔法少女なのだとすれば、涼音と伊織は成長期がある成熟した魔法少女なのだろう。

 涼音は、戦闘経験はあるものの所持している《マホウ》がそう特出したものではない、比較的脱落しやすい魔法少女だ。それは彼女自身も分かっていることで、本部もこれ以上魔法少女としての伸びしろがないとそう判断を下している。 

 しかし、賀状は思うのだ。涼音───魔法少女アーチャーには、まだ伸びしろが残っていると。それはただの彼自身の願望でしかないのかもしれないが、それでも彼は信じているからこそ、彼女をこの梓ヶ丘に呼んだのだ。

 一方で伊織は、誰がどう見ても伸びしろのある優秀な魔法少女なのだろう。《マホウ》については、先に挙げた涼音と同じなのだが、まだ伸びしろを残している。しかも、柳田流の剣士は師範代を得ることで帯刀を許されるのだから、おそらくは彼女自身の剣の腕前、きっと師範クラスなのだろうな。

 実際、これほどまでの魔法少女、きっと本土で生まれていたならば、血で血を洗う大争奪戦になっていたであろう。これには、賀状自身の幸運に感謝するばかりだ。


 そして、そこに加わるのは、伊織と涼音を強化することのできる蓮華というバッファー。

 この先の遠い未来なんて賀状自身や少し先の未来が見える伊織にだって見えないだろうが、彼は感じるのだ。この先の波乱に満ちた戦いを。

 英雄を世界が欲しがるのは、いつだってどうにもならない過酷な時代。

 故に、蓮華や伊織や涼音は、きっと現代の英雄にでもなるのだろうか。

 嗚呼、でも───。


「彼女等の未来に幸あれ。って、本来“乙女課”の局長が言うセリフではないね」




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