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プリズム☆グレイ ~令嬢な魔法少女のカノジョは魔法が使いたい~   作者: 高災禍=1
第一章『乙女ゲーの章』
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第六話「唐突な機会」

 その翌日の事だった。

 伊織は、昨日の不完全燃焼を引きずりつつも、聖シストミア学園へと通学した。

 それはいつもと同じ風景。だが、伊織は昨日の反省を生かして、少しだけいつもとは違ったものだった。


「仕込むのに思ったよりも時間が掛かったな。これはもしや、遅刻コースという奴か?」


 そう言って、伊織は始業に間に合うように風に乗るような駆け足で、聖シストミア学園への通学路を駆け抜けていく。ただ、彼女は制服姿───スカートを履いてはいるが、膝程度の長さを誇るうえに、彼女の歩法や体勢などによって、パンちらなぞの不恰好は晒さない。

 とは言っても、伊織はそれなりに全力故にかなりの速度を誇っていて、それで見えないのは不思議と思う。


 それで、何故伊織が珍しく遅刻しそうになっているのかというと、言葉通りに仕込むのに時間が掛かったに過ぎない。

 昨日、伊織がケモノ討伐前に間に合わなかった理由は、彼女の戦い方が日本刀という、バレずに持ち歩きが困難な品物だからだ。武器を基本的には使用しない徒手空拳や、隠しやすいナイフや暗器といった小物とは違う。

 そして、そう思った伊織は、とある方法を思いついた上で、実行に移すために夜遅くまで仕込みを続けていたのだ。おかげで、朝に目を覚ました彼女の薄くぼやけた瞳に予定よりも時間が過ぎた現時刻に、思わず顔を青く染めるのだった。


 その正体は、伊織が背負っている竹刀袋だ。

 一見どころか多少触れられた程度では分からないと思うが、その伊織が背負っている竹刀袋の中には刀が仕舞われている。

 本来なら、竹刀袋の形や手触りなどで判別されるかもしれないが、そこはあの例の骨董品店で買った魔道具で分からないようにしている。ただ、その魔道具は高性能な上、急ぎの買い物だったので、かなり足元を見られた買い物となってしまったが。

 それで、大金を支払った伊織ではあったが、その魔道具の効力を発揮するためには設定や装着する必要があって、おかげで寝過ごす羽目になったと言う訳で。


「───、っと。お前も同じ遅刻組だったか」

「あぁ、ちょっと野暮用でな。そっちこそ、お前が遅刻だなんて珍しいな」

「こっちも、ちょっとした野暮用があってな………」

「そうか! 同じだったか!」


 ───そこで伊織は、まさかとは言わないが、それなりに珍しい人物と出会った。

 そう、同じ仲間がいて嬉しそうにしている赤髪の男子生徒は、城ケ崎健人。彼は伊織のクラスメイトであるのと同時に、『花が散る頃、恋歌時』という恋愛ゲームにおいての攻略対象の一人でもある。

 ちなみに、かなりの脳筋だと、伊織はそう記憶している。


「そんで、名前を聞いていなかったけど、なんていうんだ?」

「………、伊織。柳田伊織だ。自己紹介した筈だろう」

「そうだそうだ。けど、自己紹介の時、俺寝ていたからな。すまんかった」


 そう言えばと、伊織は自己紹介をした時の事を思い出す。

 学園で入学式や始業式後に行われる自己紹介の時間なのだが、特に思い出に残ることはなかった。『花散る頃、恋歌時』で自己紹介シーンは何度見たかとうに忘れ、それとあまり変わらなかったためだ。勿論、あらさがしをしればあったのかもしれないが、それは誤差でしかない。

 そのメインイベントの一つとされている自己紹介の中で、健人は一応は授業中にも関わらず、寝入っていたのだ。別に、伊織としてはそう驚く事でもないが、他の生徒はこそこそと話していて、現在進行形で自己紹介をしていたカレンが青筋を引くつかせていたのはとても印象的だったのを思い出す。


「それはそうと。俺の走りに付いてこられるなんて、やっぱりすごいな」

「別に。これくらい、ある程度鍛えていれば普通だろう」

「それに、まだ全力じゃないだろ。本気で走れば俺だって抜かせる筈だ」

「いや、こいつがあるからな。本気で走るには邪魔なんだ」


「───、げっ!? いや、まだ登校時間は過ぎていない筈なんだけどな」

「まじ、───かよっ!?」


 そして、そんな他愛のない話をしつつも伊織と健人は走り続けて、学園の門が見える位置にまでたどり着いた。

 しかし、そこで伊織にとって予想外の事が起きるのだった。

 何と、学園の門を生活指導の先生らしき人が、まだ時間に余裕がある筈なのに閉め始めたのだ。これは、時刻通りに閉まるという意味だろうか。


 普通なら、これは確実に遅刻コースだ。

 どれだけ走っても、学園の門が閉まる前にはたどり着けない。明白たる事実。

 しかし、この遅刻組───伊織と健人は、そう簡単にあきらめるほど軟ではなく、その思いに応えるだけの身体能力を持ち合わせていた。


「それじゃ、私は先に行くからな」

「おい、───待てっ!」


 伊織はそう言って、先ほどまでの十分速かった駆ける速度を、更に速めていく。先ほどまでの速度が、まるで本気ではなかったとでも言うかのように。

 そして、そんな駆ける速度を上げた伊織に対して、健人はそれについていく。とは言っても、そこには何とかという三文字が付く事になるが。


 しかし、頑張ったからと言って、そのまま良い結果につながるとは限らない。

 確かに、伊織と健人は更に速度を上げて学園の門が閉まる前に、何とかたどり着こうとしている。歩いている人どころか自転車を追い抜かすような速度で。

 だが、そんな伊織と健人よりも、門が閉まる方が早い。


「………」

「───」


 あと、距離にして数メートル。門は確かにまだ開いてはいるのだが、人一人として通れない程度のごく狭い隙間でしかない。

 学園の門が閉まる前に入るなんて、到底無理な話だ。

 ───だが、言い換えれば。人が通れずともまだ門は閉まっておらず、屁理屈を並べれば突破できる段階だった。


「よっ、───」

「まじか!?」

「何、だと!?」


 ───、ガッ。───、タン。と、そう結論付けた伊織の行動は、躊躇なく速かった。

 そして、そんな漫画などのフィクションでもなければそうそうない伊織の行動に、その場にいた生活指導らしき宣誓と健人は驚愕と共に目を見開く。伊織の元の隠していない身体能力を知ればどうってことないものなのだが、知らなければ驚愕しないのは無理な話だ。


 そんな先生健人、その他の周囲が驚愕しているのを視界に入れず、伊織は予鈴が鳴る前にと、彼女の通う教室へと足を進める。

 しかし、すぐさま呆けている異常状態を解除した生活指導の先生は、まるで今の一連の行動が問題なさげに教室へと足を進める伊織に対して問い詰めるのだった。


「………、おい!」

「何か、問題でも?」

「まぁ、この際門が閉まる前に学園の門を越えたのは不問にしてやるが、スカートを履いたままであんなアクロバティックな動きをするんじゃない。指導室に送られたいのか!?」

「勿論、そこには注意したけど。あのまま宙に放り出されたら中が見えるかもしれないから、前屈の体勢で門の上部を掴んで、それで飛び越えたけど。その何が問題?」


 先ほど、学園の門がもう人が通り抜けできないほどに閉められて。それを理解した伊織は、その速度を前への前進から上への跳躍へと推進力を変える。そして、門の上部に手を掛けるのと同時に門を蹴り飛ばすと、そのまま一回転近く回転。着地をした。

 普通なら、こんな激しい運動を擦れば“中”が見えるのかもしれないが、そこは伊織の女子力(運動)によって解決した。


「うぐっ!? いや、だがな」

「………はぁ、分かりました。これからは注意します。これでいいですか」

「………あぁ、そろそろ授業が始まるからさっさと行け」


 確かに見えていなかった。だが、指導室へと送ることも可能だった。

 しかし、生徒指導の先生自身の他にギリギリで間に合った生徒は他にもいて、伊織本人が彼等を証人にすることも可能だ。それも、不特定多数の生徒という、なんとも曖昧な人数故にだ。

 だが、このままにはしておけないという話でもある。

 だからこそ、伊織の方が反省をしたという建前が欲しいのだ。それは彼女も、この場面を乗り越えるのに適しているものだった。


「ふぅ、これなら何とか間に合いそうだ」


 実際、あまり残り時間は残っていないので、怒られない程度の小走りで掛けて行く伊織。

 そして、建前上の反省とお叱りが終わった後、見逃さないと云わんばかりに、生徒指導の先生は声を挙げる。


「だが、───おい、健人。お前は門が閉まる前に入れなかったよな。ちょっと寄っていけ」

「げっ!?」






 他校からは難しいと言われている聖シストミア学園の授業と言っても、前世の知識を持っている伊織からすればどうってことない。勿論、歴史などの社会関係は元の世界とかなり違ったり、また他の教科も油断できる訳なく、努力の積み重ねで彼女は上位の地位を保っている。


 そんな勉学優秀、運動面も上位に留まっている伊織はというと、………暇をしていた。

 伊織がいつも通っている知り合いの剣術道場は、床が抜けただとかでメンテナンスも兼ねて本日休業。買い物も、昨日行ったばっかりなので、その線もなし。家に帰って義妹のフレイメリアと遊ぼうにも、今は家にいない。

 そう、何故かやることばかり何故か潰れるのだ。


「………、仕方ない。暇つぶしに本でも読むか」


 確か、聖シストミア学園は文武両道を謳っていて、スポーツジムややたらと高性能な幾つかの体育館などの運動面、自習室に広大な広さでな上に様々な種類の本が並べられている図書室がある。

 伊織としては、消化不足が解消される程度の運動をやっておきたいものだが、生憎と消化不足で終わる気しかしない。それでは、本末転倒だ。




 さて、夕暮れ差し込む図書室にたどり着いた伊織ではあるが、如何やら先客がいるようだ。

 眼鏡を掛けた偏見の目で見て、勉強ができそうな男子生徒が一人いた。彼は、伊織が入ってきた事に気付いておらず、今読んでいるであろう本に夢中であった。

 ゲームのイベントだったら話し掛ける事でストーリーが進んでいくものだが、生憎と此処は現実だ。態々、必要のない会話をする必要もなく、伊織はその男子生徒を無視して適当に本を探りに行くのだった。


「さて、………何か良い物はないかな?」


 できれば、物語系が良い。

 別に、教養系が苦手とか嫌いという訳ではない。知らない事を知ることは面白味があるし、身体能力が上がっていくのとはまた違った達成感があると、そう伊織は知っている。

 だが、それは時と場合による。というよりか、今はそんな気分ではない。

 ちなみに、伊織はあまり哲学書の類はあまり好みではないので、その類の書物は基本どんな時でもスルーな方向で。


 そう思って伊織は、目的の本棚へとたどり着いた。

 本棚にある本は、古い物から近年の物と、かなり幅広く揃えられている。基本的には片方だけが多く揃えられていて、もう片方はほんの少しといった具合が多いのだが、此処は両方共にかなり揃えられている。


 そして、伊織が適当に探していると、偶然目に留まった題名があった。

 題名は、『正義の定義について』。戦争などを引き合いに出して、互いに譲れぬものがあり、それ故に自分を正義と定義して敵という名の相手を害するという。何とも、高校の図書館には似合わない、そんな一冊だった。正直、伊織にしてみれば、あまり好みの本の種類ではなかった。

 一体、何の偶然か因果か。

 それを手にして斜め読みをしていると、すぐ傍から伊織へのものだと思われる声が聞こえてきた。


「もしかして、『正義の定義について』ですか。珍しい本を読んでいる人がいるものですね」

「別に珍しくも何ともないだろう。人の好みは人それぞれだからな」

「いえ、確かに興味本位で読む人はいるでしょう。ですが、そう()()()()()()()()ソレを読んでいる人は初めて見ました」

「………、別に。その眼鏡の度が合ってないんじゃないのか?」


 その伊織の返答に、「失礼だ」との言葉を返す件の男子生徒。

 瓜生啓介。その学力は、度々話題になるほどだ。だが、前世のバフがある伊織や、教え子たるカレンには敵わない。

 しかし、啓介は別に学力に優れているといった訳ではなく、ただただ要領がいいのだ。だからこそ、テストで高得点は取っても満点は取っていない。

 それを負け惜しみと捉える事はできるのだが、日常で行っている啓介の努力を知れば、そうも言っていられなくなる。


「まぁ、それはそれとして。そっちこそ、何の用だ?」

「さっきまで読んでいた本が終わったから、目新しい本が何かないかと探していたんだ」

「ふぅん………」

「………。先ほどから、何で幾つか本を積んでいるのかな? 一人で読む気?」


 そう、伊織は啓介と会話をしている最中も、適当に本を漁っては軽く斜め読みをしていた。啓介も、それには気付いていたし、無理に話し掛けた故に多少の無礼は承知の上だった。

 そして、伊織は何冊かに積み上がった重そうな本の山を軽く抱えると、その場を去ろうとしていたのだ。


「何でって何も。内容を共感をするにしても、本は一人で読むものだろう? こうして、一人で読んでいるお前も分かると思っていたんだがな」

「───」


 それに対して啓介は、言葉に出さずともその通りだと思うのだった。



 ♢♦♢♦♢



 その後、一時間程度は経っただろうか。

 そろそろ帰る時間になった啓介は、先ほどまでいた図書館を後にするのだった。夕暮れも、延びて差し込む。

 ちなみに、啓介の後に図書館に来たある意味有名な伊織はというと、まだ本を読んでいるのを気になって確認したから知っている。このままだと、夕方を過ぎて夜になるので、少し心配に思うのだった。


「ああ、啓。お前もそろそろ帰るのか」

「まぁ、丁度読みたかった本も読み終えたし、時間も丁度良かったですし。それでそっちこそ、こんな時間まで学校に残っているなんて。明日は雨でも降りそうだな」

「予報では、明日は終日晴れだ。………、ちょっと朝遅刻してな。それで反省文を書いていたんだ」

「あぁ、いつものな」


 健人は、学園に入学してばっかりなのに遅刻の常習犯だ。それも、数時間もの遅刻をする、悪質なものと言えよう。

 しかし、遅刻すると言っても、今日ばかりは遅刻するつもりはないと、そう宣言していた筈だ。

 それが一体何故、健人は遅刻する事になったのだろうか。もしかして、寝坊でもしたのか。


「いや、寝坊はしなかったさ。家を出るの、ギリギリだったけど………」

「………。それなら、何で?」

「登校途中に伊織に会ってな。少し話していたんだ」

「えっ、伊織さんと?」


 伊織と言えば、先ほど図書室で会った彼女の事だろう。

 まぁ、それはそれとして。


 柳田伊織は、良くも悪くも有名な人だ。

 文武両道という言葉が伊織にとって相応しく、入学式においては入学生代表を務めたほど。それに加えて、四月の初めにあった体力テストでも、女子の中どころか男子でさえ彼女には誰一人として勝てていない。家が金持ちでありそれに相応しい行いをするように育てられている生徒等であっても、彼女は別格と言えよう。

 そして、その家柄もかなり有名だ。それ故に、平等という表向きの言葉が使われていてもある程度の家格を必要とする入学生代表も、伊織の成績や家の実績が重なって任されたのだろう。


 それらの事実は、伊織自身も知る事実だ。

 だが、伊織自身にも分からない、彼女自身の事実のあるのだ。

 例えばそうだ。柳田伊織は、かなりモテる。前に彼女が告られている現場を健人と啓介は目撃した時があったのだが、一刀両断に断っていたのが印象的だった。それに加えて、他にもそういった出来事があったのだと聞くのだから、彼女はモテると言っても過言ではないだろう。


「それは珍しいね、健人。君はお金持ちを嫌っていたと思うけど」

「まぁ、それは変わっていないさ。驕っている金持ちの、特にその子供は、気に食わない。ただ、伊織と少しだけ話してみたけど、彼女は家ではなく彼女自身の力を誇っているだけだったんだ」

「へぇっ、───」


 良いところもあれば、同時に悪いところもある。

 柳田伊織は、確かに魅力的な人物だ。あの鋭い極寒の刃のような雰囲気は、人を魅了させるのに十分な力を秘めていると言えよう。

 しかし、それを快く思わない人たちもいる。あんなにモテていて中身が清い乙女なんて不公平過ぎるとか、自分達をそうであって欲しいという願望を叩きつけたいんだ。

 そんな彼女達の流す事実ではない悪い噂は、他の学生の周知の事実で、誰も信じてはいない。また、それに業を煮やして直接的ないじめをしようとする過激派がいたが、それら全ては伊織自身に見つかっている。そして、それからどうなったかは、誰も知らない。


「惚れた?」

「な訳あるか。流石の俺も、あれが所謂高嶺の花だってことぐらい分かるさ。それに、アイツが恋愛するような奴に見えるか?」

「確かに、………」


 ………。

 ………。


「………もしかして、お前。あいつの事が好きだったか」

「いや、何でさ」

「俺がアイツの事を言った際にお前、案外すんなりと答えたからな。てっきり、何度か会話をした間柄かと思ったんだ」

「別に。さっき、図書室で話したのが初めてさ」

「ほぉーん」


 絶対信じていないであろう返答をする健人に対して、面倒くさそうにしつつもそうではないと思う啓介であった。






「───、もうこんな時間になるのか。そろそろ帰らないと、夕食に間に合わなくなる」


 啓介が図書室を退出してしばらくの事だった。

 それまでは手にした本に夢中だった伊織がふと気になって現在の時間を確認すると、もうかなりの時間が過ぎていた。もう少し具体的に言うのだとすれば、彼女が言う通りにそろそろ帰らないと夕食に間に合わなくなる時間帯だ。


 実に有意義な暇つぶしだった。

 そう思って、先ほどまで読んでいた本をぱたりと閉じて本棚へと仕舞うと、伊織は図書室を後にした。


「それはそうと。今日はそう言えば部活はなかったけな、そう言えば」


 図書室から退出した伊織の視線の先には、誰一人としての姿はなかった。勿論、ガラス窓から見える総合運動場にも、人っ子一人としていない。

 確か今日は、『花散る頃、恋歌時』において、()()()()()()()が開催される日だ。しかし、基本的に攻略対象な三人の内二人は部活に入部していてどうも時間が合わないために、こうして偶にではあるが一律休みとなっていることがあるのだ。

 その事実に伊織は、何とご都合主義かと思っていた。しかし、こうして誰もいない夕暮れ時の校舎から見える紅色の景色は、そんな不満を吹き飛ばすほどに特別感がそよ風のように通り過ぎていったのだった。


 ───しかし、そんな時だった。

 余韻に浸る伊織のくりっとしつつもきりっともしている振り落ちる雪のような鋭い瞳が、まるで溶解でもするかのようにぴくりと動いた。


「───もしかして、私と一緒で時間でも潰していたのだろうか? (良かったぁ。余韻極まって下手な事を口走らなくて)」


 そう言った伊織の視線の先に映ったのは、この学園の制服を着た一人の彼女。

 今日は殆どの部活の部活がないらしく、であるのならば何か特別な事情でもなければ、恐らくは伊織と同じ時間を潰していたという奴なのだろう。別に、そう言う事はそう珍しいものではなく、その可能性も十分あり得るのだ。


「………」

「………」


 ただ、伊織が不振がって追いかけている理由は、何度か会ったことのあるような、そんな感覚を抱いたからだ。

 一度だけならまだある話だ。学園やこの梓ヶ丘で生活していれば、一度ぐらいは会ったん事ある筈だろう。

 だが、それが何度かの話となると、そうそうないものだ。少なくとも学園生活など送った程度ではそのような感覚は抱かないし、なればこそ幼い頃などに会ったかという事なのだろうか。正直、この聖シストミア学園においてはカレンしか該当する人はいないと思っていたから驚きだ。




 屋上へと続く比較的新しい扉を開けると、夕暮れ時の射光。

 それに一瞬目が眩んでしまう伊織。そして、伊織が再び閉じた瞳を開けると、そこにいるのは先ほど見かけた彼女の姿だった。

 伊織と同じ髪色ではあるのだが、彼女とは違い伸ばした黒髪を一つにまとめて垂らしている。そして、背は伊織よりも若干低い程度。これは少しだけ下世話なものになってしまうが、胸は足元が簡単に見える伊織よりも、───。


「………。まさか、お前がこの学園の生徒だったとはな。いや、こんな偶然もあったんだな」

「えぇ、私もまさかこんなところで再会するとは思ってもみませんでした」


「───久しぶりだな、涼音」


 伊織がそう言うと、涼音と呼ばれた彼女も軽く返答をした。




 “天下御前試合”。そこで伊織は、初めて涼音に出会ったのだ。

 しかし、伊織からしてみればあまり印象に残らない人物だった。何せ、ただお互いの対戦相手としか認識しておらず、それは伊織も涼音も同じ思いだったのだろう。

 互いが目指すのは、その頂。故に、今現在の試合相手に一々構ってはいられなかったからだ。


 そして、それから数年後の事だった。

 いつものように実家の道場で剣術の鍛錬をしていると、門下生の一人が伊織の事を呼びに来た。なんでも、此処に訪れた誰かさんとやらが手合わせをして欲しいとのことだった。


『適当に理由でも付けて送り返してくれ。私も、暇ではないからな』

『………いえ、それがですね』


 時期後継者として名高い伊織のその立場を揺るがそうとする者や、ただただ興味本位の甘い考えで試合を申し込んでくる人はそれなりにいる。今回の件も、そういった人なのかと否定の言葉を言うと、何故かその門下生は口ごもるようにして言葉を続けなかった。


『? どうしたんだ、一体。ジジイが呼び寄せた剣術家との試合は、まだ先の話だったと思うけど』

『いえ、そのお方たちではありません。ですが恐ろしく強く、練習用の木刀を携えた鉄牙さんでさえも、徒手空拳にて敗北しました』

『───! それは………』


 鉄牙と言えば、伊織の婚約相手と目されている人物であり、彼女によく付きまとってくる大変嫌な人物でもある。そんな人物がボコボコにされたとなれば、元男性として結婚をしたくない彼女からすれば実に気分の良い話だ。

 しかし、その素行が悪くとも、その剣の腕前は中々のもの。伊織としてはあまり好ましい男性ではなかったが、その剣の腕前だけは良いものを持っていると思っているくらいだ。

 そんな鉄牙が徒手空拳にて負けたとなれば、少なくとも伊織自身の試合相手としては期待してもよさそうだ。


『───本日は、私めにお時間を取っていただき、恐悦至極にてございますれば』

『いや、何も畏まる必要はない。何しろ、鉄牙を徒手空拳にて破ったのだからな。少なくとも、この場に同席している門下生の、その誰よりも強い』

『ですが、それでも貴女様の方がよっぽどお強い───』


 その端的な事実だけを告げる彼女に、伊織は面白そうだと僅かに笑う。

 この今彼女等がいる場に同席している門下生の中には、伊織よりもガタイの良い人はいるし、そもそもの話で女性よりも男性の方が身体能力が高いのは明白たる事実だ。

 だから、武術の心得が多少程度な人が、何故ガタイもよくなければ女性な伊織が偉くしているのか。それに対して、疑問を持つか身分によって偉ぶっているかの二択かになるだろう。

 だが、目の前にいる彼女は、伊織の事を一番強いと称した。事実、ジジイなどがいない今現在は、伊織がこの場の中で一番強い。


『───さぁ、そろそろ始めようか。積もる話はそれからだ』

『えぇ、一手よろしくお願いします』

『そう言えば、名前を聞いていなかったな。名は何という?』

『黒辺涼音。───行きます!』

『───あぁ、掛かってこい!』




「最初、ウチの道場に来た日から、もう数年が経つのか。時間の流れというのは、思ったよりも早いんだな」

「………、そうですね。それよりも、口調変えましたか?」

「ん? あぁ。あの口調は、実家でのものだ。涼音も黒澤流の後継者なら、口調や態度を使い分けたりもするだろう?」


 そう言い合いながら、伊織と涼音はお互いのこれまでの事を話し合った。勿論、立場というものもあるので、喋れない内容もあったりもするが、その辺はスルーの方向で。

 その中でも特に伊織が驚いたものというのが、涼音が黒澤流という弓術の後継者選びの一人として選ばれたという事だ。

 黒澤流弓術と言えば、弓術から近接戦における護身術まで取り入れた流派。流石に、数百年の歴史ある伊織のところの柳田流剣術ほどではないが、それなりに有名なところだ。

 そこの後継者の内の一人に涼音が選ばれた事は、生半可な覚悟と努力で到達できる場所ではない。


「そう言えば、魔法少女なんてものを始めたんだってな」

「? 何処で知りましたか?」

「何。魔法少女の戦っているシーンを撮っている野次馬がいるだろう。そいつらがネットに挙げている映像を、少しばかり拝見されてもらってな」


 魔法少女とケモノとの戦闘がネット上に挙げられるという行為は、それほど珍しいものではない。

 伊織は理解できないのだが、それらは一種の娯楽として親しまれている。身の回りの危険を認識できない馬鹿な行為と判断すべきか、それとも人を軽く殺せる力を持つ彼女等がある程度は世間に親しまれていると判断すべきかは、疑問に残るところではあるが。


 さて、そんなあまり関係のない話は隅にでも置いておいて。

 つまるところ、偶然見かけた映像の魔法少女な彼女が、黒辺涼音の動きに似ていると伊織が確信半分カマかけ半分のつもりだった。しかし、涼音の返答を聞く限り、その必要はなさそうであった。


「それで、どうして私が魔法少女をやっているなんて分かりましたか? 個人の情報統制は、上の人たちがやっていた筈ですけど」

「いや、そんな面倒な手は使ってない。ただ、筋肉の使い方や細かい癖から、なんとなく当たりを付けただけさ」


 そう言う伊織であるが、細かな動きから知り合いの誰かを特定するなんて、五十歩百歩な難易度を誇るだろう。少なくとも、ある程度の鍛錬を積んだぐらいでは不可能な領域だ。

 そして、そんな伊織の言葉から、涼音は()()()()()を確信する。




「そうですか、柳田伊織さん。───いえ、羽織を着た魔法少女とでも呼べばいいですか?」




「それは一体どういう事だ?」

「まず第一に、伊織さんの動きと羽織の魔法少女と似ている点です。流石に最初出会った時は、私が魔法少女だったとは最初は知らなかったみたいですし、所々に癖が出ていましたよ。」


「第二に、先ほどの映像の件ですが、まず一発で当てる事が殆ど不可能だと言う点です。確かに、この梓ヶ丘に絞ればそれなりの確率になりますが、ネット上挙がっているものとなると、ほぼ不可能と言ってもよいでしょう」


「そして最後の第三として、何故伊織さんは魔法少女なんかに興味を持ったのですか。権力も武も、その他多くを持ち合わせている貴女が───」




「いやこれは、私も言葉を言い間違えたな。───そうだ、巷で言う羽織の魔法少女というのは、私の事だ」





 そう、宣言をする伊織。

 確かに、物的な証拠などはなく、のらりくらりと言及を躱すことも可能だったのだろう。実際に、伊織のそのような手を一瞬考えたほどだ。

 しかし、それはこれらの言葉が見ず知らずの一般人が相手だった場合だ。だが、相手が魔法少女な彼女の場合とでは話が違う。上司に報告された上で、伊織の住むマンションへと訪問してくる事だろう。

 そうなると、伊織本人としては、とても不味い事になる。正確に言えば、彼女自身の悲鳴のそれ以上の大惨事となることだろう。

 そのため、涼音がある程度の確信を以って行ってきた以上、伊織は羽織の魔法少女と正体を明かす他なかった。


「それで、野良の魔法少女に一体何の用だ? 態々、人気のない日に加えて人気のない場所を選んだのだから、それ相応の理由がある筈だ」


 伊織が言う通り、涼音は確実に伊織の事を誘っていた。そうでもなければ、人気のない場所に偶然現れた伊織が、涼音の姿を見かける事なんてない。

 そして、そう問われた涼音はというと、その閉じられていた口を再び開くのだった。


「えぇ、伊織さんにとっては、それ相応のものでしょう」

「ほぅ───、それは一体」

「伊織さん。魔法少女を統括する、“乙女課”に入りませんか?」


 “乙女課”と言えば、伊織がこの前ネットで涼音の事を調べるついでにサイトを見たのだが、どちらかと言えば『飼う』ことに近い。

 そもそもの話、現代兵器の通用しない魔法少女を野放しにしておく訳には行かない。多少のいたずら程度ならまだマシな話で、下手に傷害事件なんかを起こそうものなら、魔法少女を抱えている政府としてもそれは避けたい話だ。

 だが、政府主導で行っている魔法少女になるための儀式意外にも、伊織のように勝手に魔法少女になる人もそれなりの数がいて、完全に根を絶つ事は不可能。そもそも、野良の魔法少女の儀式もあの黒猫が取り仕切っているため、下手な妨害は避けたい話だ。

 それ故に、“乙女課”は使えそうな人材に的を絞って、残りは知らぬ存ぜぬをしているらしい。


「それで? ───私の首に『首輪』でも付けるつもりか?」


 そう疑問形で物騒な事を言っている伊織なのであるが、その声色も少しだけドスが効いている。もし、この話を何度か会って手合わせをした涼音ではなく、誰とも知らない魔法少女に言われたとしたら、この程度では済まなかっただろう。

 そして、伊織にはこの程度の権力では屈指ないだけの実家の権力と、個人の圧倒的な力量がある。


「いえ、伊織さんに首輪を付けられる人物がいるとしたら、それは貴女の祖父ぐらいでしょう」

「………確かに、ジジイにはボコボコにされると思うが。それなら一体、何故その話を私に?」


 その言葉の後に、やり返してやるとのセリフを付け加える伊織ではあるのだが、そこで疑問が浮かび上がる。

 そして、その疑問の答えを涼音は告げるのだった。


「伊織さん。“乙女課”のお偉いさんとの面会機会、要りませんか?」

「───! あぁ、そう言う事か。確かにそれは、今の私にとって喉から手が出るほど欲しいものだな。それじゃぁ、ありがたく受け取らせてもらうよ」


 つまるところこれは、伊織サイドと“乙女課”サイド、その両方に利がある話だ。

 伊織としては、此方からただ“乙女課”へと下ったと相手方やその他に思われるのは、正直避けたいところだった。ある程度の自由や約束はされそうではあるが、立場はあちら方の方が上だろう。彼女の実家としても、彼女個人としても、それはあまりよろしくはない。

 そして、それを何処まで知っているのか。涼音は、面会機会という、ある程度対等な場へと持って行く事が可能な場を用意するのだと言っているのだ。

 ───そう、これは伊織方と“乙女課”方、その両方に利がある話なのだ。


「───まっ、これは良い機会だな」




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