第四話「魔術師時々逢い引き」
臨海都市梓ヶ丘。
そこは幾つもの店舗が積み木状に立ち並び、この町の建物全てを知っているなんて人は、恐らく誰もいないであろう。サロンの店の上に焼き肉屋があった時なんて、それを見かけた伊織は自分自身の常識を疑ったものだ。
「………」
そんな混沌に満ち溢れた梓ヶ丘に、酷く平凡な一人の女性がスタスタと足を運ばせていた。
そう、伊織だ。今日は少し使う古された白いワイシャツとジーパンと、いつもの彼女の服装と比べるどころか他の通行人と比べてもなお、なんとも目立たない恰好で歩いている。そんな彼女は、何故か魔法少女の時とはまた別な眼鏡を掛けていた。
「………、此処に来るのも久しぶりだな。まぁ、数か月程度だったと思うけど」
そう言って、伊織が入って行ったのは、とある積み木状に立ち並ぶ建物のその内の一つ。
淡い時代外れなランタンに照らされた石造りの階段を下りていくと、その先にあったのは木製のよくある扉。しかし、いざ手を出してみようものなら、あまりの頑丈さに嘘の材質を教えられたのかと言わんばかり。
───『魔野屋』、そう書かれた看板が伊織の目に留まる。
そして、伊織が素材虚言な扉を開けると、そこにはこの梓ヶ丘には珍しい古びた骨董品店が姿を現した。いや、古びた骨董品店と言っても埃などを被っている訳もなく、ただ商品や棚や布切れといったものなどがそれなりの雰囲気を出しているだけだ。
「店長ー。いるかー」
「おーっ、こんなところに来る客なんて珍しいぞよな。と思ったら、伊織かの。随分と久しぶりぞよなぁ」
「確か、数か月前が最後だったか………」
そんな他愛のない会話と共に店の奥から現れたのは、日本かぶれな改造和服を着たまだ見た目十代ばかりの少女だった。これだけならば、この梓ヶ丘によくいる変わった内の一人としてまだ認識できるのだが、彼女は女装した男性であり魔術師だ。
これは店長シェノーラ・ノーレッジから聞いた話だが、魔法少女という存在がいるにも関わらず魔術師という存在もいるらしい。ほんと、この世界混沌としているな。
魔術師と聞くと強力な存在として物語に書かれているが、実態はその通りだ。
しかし、それは人間相手な話。魔法少女のような超常的な存在相手では、碌な効果を成しえない。そこは、魔法少女の特異性とでも言うべきなのだろうか。
「“アルゴの眼鏡”の点検を頼みたいが、時間いいか」
「別に構わないが、何か魔法少女絡みで不具合でもあったのかの?」
「まぁ、少しな。それで、いいのか、悪いのか」
「ええよ。その点検が終わるまで数十分は掛かるから、店内でも見て回るといいぞよ」
「………、商売魂逞しい事で。なら、予備の方も頼むか」
そう言って、伊織は懐から取り出した眼鏡ケ-スに入っている眼鏡と、今現在進行形で使用している眼鏡をシェノーラに渡した。
これで碌に視界が効くかどうか聞かれれば、伊織の眼鏡は伊達なため、そこんところ不自由つもりはない。
アルゴの眼鏡。
例えばそうだ。眼鏡を掛けていると別人に見えるとかあったりするが、アルゴの眼鏡はそれの強化版。たとえ、識別能力がずば抜けていたとしても、その認識は上手く働かない。
つまりは、眼鏡を掛けた場合と掛けていない場合とでは、別人として見た人は認識するという訳だ。
ちなみに、相手を相手本人と認識すれば、その効果はないらしい。
「………、何かいいもんはあるかな? おっと、“縫針”発見、ケースででも買っておくか」
そう言って、伊織は縫い針が大量に入っている煙草のケース状の箱を鷲掴みにする。
しかし、あまりにも警備の類の機械がない、この空間。
これならば、魔導具を幾つか持ち出して売っぱらう事ができるのではないかと思うかもしれないが、そうは問屋が卸さない。
まず第一に、この骨董品店『魔野屋』は、一芸さんお断りの店だ。伊織がここまでは入れたのだって、魔術的なセンサーによる検問を通り抜けたからに過ぎない。もしも迷い込んだ人が通ったとしても、別の部屋へとつながるようになっている。そう、骨董品店『魔野屋』は、異界に存在する。
そして、そもそもの話、魔術を表舞台に出すことはご法度とされている。要らぬ争いを生み出すからだと、シェノーラから聞いた話だ。ちなみに、何故伊織が魔導具を使っても始末されないのかというと、誤魔化せる程度の物しか使っていないからだったりする。
「おっと、物色中だったかなの? 別に何か追加してくれても構わないぞよな」
「いや、別に。それと、これを会計に回しておいてくれ」
「毎度♪ またのご来店をお待ちしています」
渡されたのは、点検が終わった“アルゴの眼鏡”。しかも、軽く手入れをされてあるようで、何時かの輝きを取り戻している。
再び眼鏡を掛け直した伊織は、ジーンズのズボンにケース状の箱を突っ込んでそのまま骨董品店『魔野屋』の扉を開くのだった。
店を出た伊織は、適当なところで眼鏡を外し、知り合いの店で葉や着替えで済ませた。そして、いつも通りの彼女となった。
先ほどから“アルゴの眼鏡”を掛けていたのは、良いところのお嬢様があまり近寄りがたいところに入って行くのをあまり見られたくないためだ。勿論、それは魔法少女としてのものもあるが、メインの眼鏡を掛けていない時はどう見ても柳田伊織でしかない。
「………ほんと、“アルゴの眼鏡”を付けているのに、何で分かったのか………」
そう伊織が思い出すのは、伊織が魔法少女だと看破した蓮華についてだ。
まだ眼鏡を不慮な事故にて落としたのだとかだったら、まだ蓮華が看破したことについては理解できる。しかし、“アルゴの眼鏡”を掛けたままの魔法少女の正体が伊織だと、そう確信を以って判断できるのがまったく理解できない。
「特殊能力は、平和な学園生活が舞台だから、特に何もなかった筈だがな」
乙女ゲーの世界に存在している魔法少女や魔術師といい、この世界はイレギュラー要素が多すぎる。下手をすると、原作とはまた違った不透明な道を歩みだすのかもしれない。
しかし、そんな何が待ち構えているのか分からない高揚感とは別に、不透明さの色が生み出す今後の展開に不安も同時に覚えている。
正直言って、伊織は悪徳令嬢たるカレンの事を好んでいる。それは恋愛心ではないが、それでも不幸になって欲しくはないとは思っている。
そんなカレンが、この不安定な乙女ゲーの世界でどういった末路を迎えるかは誰にも分からない。上向きに上昇するのか、それとも軟禁されることよりもたちが悪い結末か。
「まっ、これ以上考えてもしょうがない、か」
今できることなんて限られているのだから、伊織は今を生きるしかない。
「あら、こんなところで会うなんて珍しいですわね、伊織さん」
「ん、カレンか。それは此方のセリフだ。ところで、いつもの絢爛豪華な私服とは違うんだな」
「えぇ、私の持っている私服では、こんな街中ですと目立ってしまいます。それに、───」
「………まぁ、動きにくいよな」
まさかまさかの、紅蓮の髪をたなびかせる彼女───カレン・フェニーミアだった。そんなカレンの服装は、伊織よりかはだいぶおしゃれなのだが、何度か伊織が見たカレンのお嬢様用の私服よりかはだいぶ落ち着いている。
「それで一体何の用だ。早く帰らないと、警固の人たちに感づかれるんじゃないのか」
「いえ、私もそう思って帰っていたところ、丁度貴女を見かけまして」
「………、そう言う事、か」
つまりは、私を警固役として使うつもりなのだろう。これが長時間に渡るものなら話は違ってくるが、一二時間程度だったら問題はなさそうだ。
また、秘密裏に警固している人もこの人混みの中にいると思われる。しかし、雇い主に伊織の姿特徴を報告すれば、経過観察とそう答えることだろう。
つまりは、数時間程度だったら自由行動できるという訳で。それを見越した上で、カレンは伊織に対して接触してきたのだろう。
「それで。何処に行くとか、そういった予定は決まっているのか?」
「………、本当に良いのですか?」
「………、何を言うのかと思えば。私も丁度暇していたからな、一杯奢ってくれるなら付いて行くよ」
「よし、決まりですわね」
そう言って、伊織とカレンは行動を共にすることとなった。
「ほら、伊織。もう少し、おしゃれな私服を買ったらどうかな?」
「………、別にいいさ。服なら、幾つか替えぐらいあるから」
「どうだか。替えはあると言っているけど、どうせ同じ服ばかりだろう」
今、伊織は戦場にいた。
それは所詮比喩表現かと伊織は今まで思っていたのだが、これはまさしく女の戦場───その武器庫にいた。
で、伊織とカレンは何処にいるのかというと、洋服店、その中でも高級志向の高い店の中で物色しているのだった。
本来はカレンの買い物に伊織付き合っていた筈なのだが、………どうしてこうなった。
いや、心当たりはなくもない。
きっかけは、心許なくなった服の購入を伊織が考えていたところだ。適当にぶらついて目的の地へとたどり着くと、なんとそこにはカレンが来ると分かっていると言わんばかりに待ち構えているのではないか。
『ねぇ、伊織さん。私は貴女の趣味をとやかく苦言を漏らすつもりはないのだけれど、もう少しおしゃれをするつもりはないのかしら?』
『別に趣味じゃないし、それに買うつもりもないからな』
『───買うつもりはない、ね』
───我、大儀を得たり!
普通に伊織は返答しただけなのに、その瞬間悪寒が奔った。何か、返答を何処かで間違えたのだろうか。
そして、なんやかんや理由を付けられて伊織が着室に入ると、その後から絶対に彼女が買う物ではない洋服を携えたカレンの姿があるのではないか。
これが、伊織の服の趣味と合うような、質素なものなどだとしたら彼女自身が試着するのは吝かではない。だが、スカート物やワンピース物などといった、彼女の好みではないひらひらとした衣服となれば話は別だ。
『くっ!?』
その場から逃げようとする伊織。
しかし、今現在伊織とカレンがいるこの試着室の一室は、人を抜けられるほど広い造りではない。別にそういった造りではないのだから当然の話だが、まさか今伊織はそのせいで窮地に陥っているなんて夢にも思わない。
そして、逃げ場を失った伊織は、あれよあれよとカレンの着せ替え人形となるのだった。
「いや、買わないって言ったよな!?」
「これもいいな、それと。
「畜生!?」
姦しい着せ替えは、ただ伊織が思っている以上の遅さで過ぎていくのだった。
「何だ、伊織じゃないか」
げんなりとしつつも幾つか服を買った伊織に対して、声を掛けてくる人がいた。声色からして、おそらくは若い男性のものだろう。
本来なら、一体何事と勢いよく声のした方へと振り向くか、それも不審者でも見るかのような視線を投げかけていただろう、たとえ武闘派な魔法少女である伊織だったとしても。けれど、彼女には心当たりがあり声のした方へと向くと、案の定な人物がそこにはいた。
「あれ? 的場じゃないか!? どうしたこんなところで」
「いつも通りの路上ライブさ。伊織こそ、どうしてこんなところにいるんだい?」
伊織が視線を向けた先、そこにいたのは彼女視点からしてもかなり変わった人物だ。
ぼさぼさの髪に無精髭という、あまり身だしなみを整えていない容姿。それに加えて、モノトーンなアロハシャツに使い古したジーパンという的場にとっては動きやすい服装をしている。
磨けばもっと輝く原石だと、そう思う伊織だった。………、それが彼女自身にとってのブーメランだと気付かずにいる。
「まぁ、少し連れを買い物をな………」
思い出すのは、伊織自身がまるで着せ替え人形にでもなったかのような、この年代になってはあまり経験しない出来事。伊織が厳しい鍛錬で経験した、そのどれよりも、カレンに着せ替えをされたという出来事は、伊織の精神を消耗させるものだった。
そんな風にこれまでの出来事を思い出している伊織ではあるのだが、彼女はとある事実を思い出すべきだったのだ。
───そう、今まで誰と一緒にいたのかという事を。
「伊織さん、そちらの方とは一体どのようなご関係で?」
そう言って伊織の背後から出現したカレンの表情は、背筋が凍るほどのきりっとした笑顔だった。これには修羅の道へと落ちた事のある伊織でさえも、恐る恐るといった行動を本能的に取ってしまうほどだった。
「───、ぁっ」
過去の記憶と今現在が繋がった事で、伊織は思い出すのだった。
確か前に、冗談ながらもカレンが良い殿方を紹介するかといった話題があった。それに対して伊織は、余計なお世話だと暗に断った。そして、そんな伊織の返答を聞いてカレンは安堵するかのような表情を見せた事を思い出す。
───そう、今になって思い出したのだった。
つまるところ、カレンの好意をふいにしたのか、それとも何かしらの感情によるものなのか。それは伊織には分からない。
だが、今現在において伊織の体感温度が低くなっているのは、知らない男性と伊織自身が親しくしているという点だ。
つまり、彼の自己紹介をする他ない───。
「………あぁ、紹介するよ。こちらは的場切綱と言って、この辺りで定期的に路上ライブを開いている一般人だ」
「………まぁ、伊織のような人と俺たちを比べたら、その殆どが一般人なんだけどな。───改めて初めまして。的場切綱と言います。伊織さんには、客としてお世話になっています」
そう、聖シストミア学園や伊織の通う剣術道場の帰り道であるのと同時に、的場がよくやる路上ライブの開催位置でもある。
そして、そんな被りがあれば伊織も少しは気になる訳で、それで何度か足を止める程度には聞くようになったのかならなかったとか。
「それで、これから一曲弾いてくんだけど、良かったら聞いていくかい?」
そんな的場の提案を聞いて伊織が懐から取り出した時計を見ると、如何やら二時辺りを指し示していた。その時間帯と言えば、的場が路上ライブをする時間だと記憶している。
確かに、信用を勝ち取るには、言葉だけでは不十分だ。それも、魑魅魍魎蠢く社会で生きてきたカレンからすれば、言葉だけというのは「金を貸してくれ。何時か返す」などと言っているものだ。
「───それはいいな。なぁ、一曲聞いていかないか?」
「えぇ、それは良い考えですわね。一曲お聞かせ願えませんか?」
「分かった。なら、一曲目は『誰が為、その剣を抜く』───」
「………。まさか、あれほどとは。もしかしなくても、十分プロとしてやっていける実力では?」
「まぁ、プロレベルとは言っても、プロでなければ意味はないからな。ただ、それを売りにして路上ライブはやっていけるけど、アイツはそう言う事は嫌いそうだ」
「───、へぇっ。仲が良いんですね」
「それについては、さっき話したばかりだろう!?」
さて、あの後的場の路上ライブを何曲か聞いて、その後に伊織の行きつけの喫茶店へと入った。
内装は、木製を基調とした、自然味感じるモダンなもの。それに加えて、細かなところに面白さを感じさせる小物が設置されていた。この喫茶店の店長の趣味が現れた結果なのだろう。
「………。マスター、緑茶のお代わりを」
「はいよっ。柳田さん、喫茶店に来て緑茶を何杯も頼むのは君くらいだよっ」
「別に、珈琲一杯とかで数時間居座られる客よりかマシだろう? それに、案外此処の緑茶は美味しいし」
「そう、君に言ってくれると嬉しいねぇっ」
そう言いつつも、伊織にマスターと呼ばれた白髪の男性は、彼女のコップを持って店の奥へと引っ込むのだった。
この店は、珈琲や紅茶などといった喫茶店ではよくある飲み物に加えて、緑茶といった少し珍しいものまで提供している。それも、ただ面白さだけ先走ったおいしさではなく、香り味共に高水準に保っているのだから、流行に乗っかった外ずらだけではないと思えるものだ。
しかし、その一方で紅茶を頼んだカレンであるのだが、その表情は芳しくはない。
紅茶は、美味しくないのだろうか。この喫茶店で紅茶を頼んだ事のない伊織は、そう思うのだった。
「………。解せませんわ」
「? 何が?」
「流石に家の最高級茶葉には負けますけど、それは素材だけの話です。淹れ方だけで言えば、十分プロを名乗れますわよ」
「いや、私は紅茶なんて洒落た物を飲んだ事なくて知らないけど、………そうか」
忘れそうになるが、伊織もカレンも、それぞれいいところのお嬢様だ。しかも、お互いに緑茶や紅茶に慣れ親しんでいるので、そのハードルはかなり高め。
それを此処に喫茶店の店長は、余裕を持って超えたのだ。
正直、店長の前の職場が伊織たちの傍と似たところだと言っても、納得できるぐらいの腕前はあるだろう。
───ただ、もしも此処の店長の前の職場がそこだとしても、悪癖がある故にすぐ辞めさせられる筈だ。
「そう言えば、柳田さん」
「一体何だ、そんなに改まって?」
この瞬間、伊織に嫌な予感がするが、そのまま続きを聞く事にした。
「───今日は、デートでもしているのかい?」
「………」
「───ゲホッ!?」
そんな店長の衝撃的な発言に、伊織は怪訝な表情をし、対してカレンはその場で少しだけ咽るのだった。
正直、予想していなかったと言えば嘘になるが、初見の客相手にそんな事を言うとは───思わなかった。
「………。そんなんだから、今日もこうして休日なのに、私たち意外の客が───
「───ケモノノ警報発令。危険度は『乙』至急、近くのシェルターか、避難所に避難をしてください」
ケモノがこの梓ヶ丘に襲来下ことを告げる警報が、客が伊織とカレンしかいない店内を通り抜けて響き渡る。これが幻聴の類であれば、先ほどの店長の狂言を追求することができたのだが、非常事態となれば話は違ってきてしまう。
「ちっ、命拾いしやがって」
「それは酷くない!?」
「五月蝿い。狂言言うから、こうして私たち以外の客がいないだろうが!」
実際、伊織がフレイメリアを連れてきた時に、初見の客らしきが冗談を食らってそのまま帰った事を今でも覚えている。しかもその時、フレイメリア対しても適当な事を言って蔑んだ目をしていたので、とても印象的に残っている。
こうして、伊織がケモノが現れたという現場にたどり着くまでの時間がより掛かるのだった。