第三十八話
その日の夜は、戦場の血と硝煙と悲鳴のものとはまた違う、とても賑やかなものだった。
何せ、真子島奪還作戦が成功して、“ケモノ”の掃討が完了したのだ。奴等を嫌悪する彼等からしてみれば、今回の件は快挙とも呼べるだろう。
そして、そんな快挙な大規模戦闘に参加していた事は、名誉であろう。
───戦死した仲間もきっと。
だからこそ、精々戦勝会を楽しむのだ。
生き残った奴等が、しんみりしていては、とても話にならないからな。
「───ブロッサム隊。気合を入れろ! 酒飲み勝負で勝つぞ!!」
「───アプリコット隊。絶対、酒飲み勝負で勝つぞ!!」
「よぉし、飲むぞ! 俺は飲むぞ!!」
「やっぱり、勝利の美酒は最高。───って、誰だ酒掛けてきた奴。滅茶苦茶痛てぇじゃねーか!?」
「………何やってんだ、アイツ等」
そんな光景を、伊織は端の方で見ているのだった。
どうせ、未成年だというのに酒絡みをされるから。
確かに伊織は、前世を含めれば、優に二十の歳は数えている。それに加えて、前世では一応彼女は酒を飲んでいたりもするのだ。
だが、そんな屁理屈は通用する気も、伊織とてやる気もない。
精々、こうして悪ふざけを傍から見ているのが十分だ。
「あ、伊織さん。こんなところにいたんですね」
「………。あぁ、蓮花。………って、一体お前は何をやっているんだ」
「これは、ですねぇ………」
はぐらかすような、口ぶりの蓮花。
それもその筈であろう。
実際伊織とて、その蓮花の光景には、何と言ったらいいのか分からないほどだ。
「───何だ、その料理と酒の量は。料理の量に関しては、まだ納得できるからいいけど、その酒は不味いでしょ。蓮花お前、まだ十代だろ」
「えっとですね。さっき、北部戦線で戦った人たちに、祝杯だとか言われて強引に渡されてしまって………」
「で、酒飲むのか? 今なら、無礼講で誰かに咎められるとかはないと思うけど」
冗談交じりの、伊織の一言。
しかして、当の蓮花は少し悩んでいる様子。だが、何故か納得した様子で、再度彼女は言葉を発し始めたのだった。
「………。流石に無礼講ですけど、未成年ですからね。成人した時にでも、酒は飲みますよ」
「それはアイツ等も残念だな。───とはいえ、アイツ等もそこまで期待なんてしていなくて、からかいついでだったかもしれないけどな」
「
「いや、さっき料理を適当に取ってきたから、別にいいよ」
「そうですか………」
ぱくぱく。
もしゃもしゃ。
戦勝会と言うだけあって、料理の質は流石に豪華とは言えないものの、量だけはあった。少なくとも、料理も酒も、尽きる事はないんじゃないかと云わんばかりの量だ。
そして、伊織の取った料理も量はそれほど大した事がなかったものの、蓮華の持ってきた料理の量は圧倒的。そこにはきっと、伊織の分も含まれていた事だろう。
だが───。
「………。」
「………。」
「………。」
「───いや、どんだけ食うんだよ!?」
遂に、先ほどまで黙っていた伊織がこらえきれなくなって、ついツッコミをしてしまう。
天ほど高く積み上げられた訳ではないのだが、普通に傍から見ても胃もたれしそうなその圧倒的な料理の山を黙々と食べ続けている当の蓮花。
そんな光景に、伊織の胃は何者からの重圧を感じるのだった。
「………」
「いや、何でそんな食べれるって話だ。どう考えれもそれ、二人分に収まるような量でもないだろ!?」
「いやぁ、長時間運動したせいか、お腹が空いて仕方がないんですよね」
「………太って、あとでダイエットする事になっても、私は知らないぞ」
「太らないから! ダイエットなんて必要ないから!?」
さて、そんな伊織にはあまり関係のない蓮花のダイエットは、その辺にでも置いておいて。
無視されてご立腹なのか、当の蓮花からの抗議の言葉が聞こえてくるが、それも伊織はスルーの方向性で。
そんな時だった───。
適当に受け流している蓮花と伊織の元に、またもや現れそして寄ってくる二人の影。勿論、伊織はそれが誰だか知っている。
そして、憂鬱ながらも伊織は声を掛けるのだった。
───どうせ、無視をしたらしたらで、あとでめんどくさい事になるという予感を込めて。
「おぅ。カレンさんと涼音も奇遇だな」
「カレン、ですわ」
「あ、はい。───それで、一体どんな風の吹き回しで、二人は一緒にいるんだ?」
不可解だった。
何せ、最近会ったためにカレンと涼音との間に、碌な関係なぞある筈がない。けれども、収容中であればそれなりに可能かもしれないが、彼女等の相性を考えた限りではほぼ皆無に等しいだろう。
とはいえ、特別仲が良いという訳ではなさそうだ。
「えぇ。黒辺さんと伊織さんについて、少し話していただけですわよ」
「………。まぁ、とは言っても、伊織にはあまり関係のない話ですけどね」
「いや、どう考えても関係あるよな! ………けど、聞かなかった事にしておこう」
「賢明な判断ですわね」
あまりお互いに接点がないものの、伊織はそこでなんとなくとある接点を思い付くのだった。
伊織自身。
確かにそれならば、とても納得のいく話で。
きっと、それに触れる事は、振りをしていても碌でもない結果となっていた事だろう。
♢♦♢♦♢
『………貴女は確か、黒辺涼音と言いましたよね?』
『………先に、そちらが自己紹介をするのが常識なのでは?』
『それはそうでしたね、ご容赦を。私の名は、カレン・フェニーミアと申します。───柳田伊織の親友とでも言えば良いでしょうか』
それは唐突に。
あるいは、必然的に。
しかしてそれは、運命とも呼べる代物なのだろうか───。
『………伊織の知り合い、ですか』
『えぇ。学園でもそれなりに親しくしていましたし、何なら幼少期は柳田本家で伊織さんと過ごしていました』
柳田家本家。
伊織は、そもそも柳田家を離脱した一家の娘である。故に、本家の跡取りになる事も、ましてや本家で過ごす事も本来許されていないのだ。
詰まる話が、カレンはある程度深い領域にまで柳田家の事を知っているのだろう。
その事実は、涼音とてあまり無視できる内容ではない。
『それで、確かフェニーミアさんでしたっけ。一体ボクに何の用ですか?』
『大した事ではありませんわよ。けれど、魔法少女として先輩に挨拶するのは当然でしょ』
『………どうですかね。ボクからしてみれば、喧嘩を売ってきているようにしか聞こえないですけど』
『あら、それは失礼しましたわ』
買い言葉に、売り言葉。
───それだけ、彼女等の立場はきっと互角なのだろう。
涼音は、戦勝会が始まる前に、カレンさんについての戦歴を確認した。
そこに書かれていた内容は、初戦だとは思わせないほどだった。確かに伊織も、初戦とは思えないほどの戦績を挙げたのだが、それですら劣る英雄めいた活躍。
何せ、甲種の“ケモノ”を複数体も倒した上に、乙種丙種ともにそれなり以上に仕留めているのだ。もしかしたら、真子島に生息していた“ケモノ”の一割程度は、カレンが討伐したものかもしれない。
対して涼音自身も、それなりの戦場を幾つも潜り抜けてきた。
確かに、初戦だけという話ならば涼音は劣るだろうが、総合評価であればそれはきっとカレンですら追い抜く事だろう。
───それは、初戦と総合という一時限りの装飾めいた飾りがあるものの。しかしてそれは、互いが戦力として認めるには十分過ぎるものだった。
『それで。此処からが本題なのですか?』
『話が早くて何よりですわ。───それで話ですけど、柳田伊織さんについてです』
何となく、予想出来る内容。
態々、伊織の親友たる涼音に話し掛けるなら、きっと伊織の事だろうと涼音は思い付いていたのだった。
故にそれは、衝撃的な発言でもなかった。
『伊織、ですか。それで一体ボクに何の用ですか?』
『それは、───どうやったら伊織さんの事をさん付け出来るのかしら?』
『………。ん?』
しかして涼音とて、その返答だけは予想していなかった───。
そして、先ほどまでのカレンのツンツンした様子は、一体何だったのか。今は少しだけ恥ずかしさを滲ませつつも、傲慢さを前面に出して聞いてくる。
それを可愛いと思うのは、ある種の人種なのだろう。
もっとも、涼音はそうは思わないが───。
『別に、伊織の事をそのまま呼べばいいじゃないですか』
『ですから、呼べないから聞いているのです!』
『普通に言えば良いと思いますよ。伊織はああ見えて、親しい人からの強引な押しには弱いですから』
『───それ、ホントですか!?』
案外、伊織は親しい人からの押しに弱かったりする。
例を挙げるとするのならば涼音やカレン、それと義妹のフレイメリアだろう。ちなみに、美琴については、きっと断固として反対する事だ。
そして伊織は、───これから訪れる幾度もの困難を知らないでいる。
♢♦♢♦♢
「───今日は楽勝だったな」
何気ない一言。
けれど、当の伊織からすればその通りだと言えるだろう。
確かに今回、伊織は突入作戦を行うために極力“ケモノ”との戦闘を避けてきた。けれどそれは、決して楽な道のりではなく、極限状態の敵地での隠密に歴種の“ケモノ”との戦闘をも加われば極寒地の行軍並には厳しいものだっただろう。
だが、それを持ち前の技術で乗り越えたのだ。
故に、少しばかり油断をするのは、当然という話。
しかして、そんな伊織に付きつけられた涼音の言葉は、彼女自身の耳を疑うに値するものだった───。
「そう言えば伊織。最深部にいた“ケモノ”についてなんですけど、当時ボクは歴種の“ケモノ”だと言いましたよね?」
「あぁ、そう言ってたな。結構危険視していたけど、思ったよりも呆気なかったな!」
「えーっ、討伐した本人から討伐した本人に言うにはあまりにも酷ですが、───あの“ケモノ”、歴種の風上にも置けないほど弱かったですね」
その何気ない言葉を聞いた伊織は、少しだけ肩透かしを食らう。
先ほど、伊織が言った“楽勝”だとか“呆気なかった”という言葉は、確かに的を得ているものだった。実際、さして苦戦する事もなく、事は終わったのだから。
だが、勝ち取った彼女とて、何も無傷で済んだ訳ではないのだ。
肋骨数本の骨折。───これはアドレナリンがドバドバ出ていた戦闘が終わった、それこそ気が収まったその時になって気付いた。おかげで伊織は、痛いのなんのその。
しかし、そんな伊織の現状を知っている涼音は、“弱かった”のだと、そう言うのだ。
「え、どゆ事? 分類上は歴種であったが、脅威度的には甲種かそれ以下だったという事!?」
「………。少し違いますね。確かにアレは、歴種の“ケモノ”と言っても遜色なかったでしょう。実際に、甲種と戦った事のある伊織ならば、分かるですよね」
「まぁな。私も甲種ぐらいなら、ここまでの負傷をするつもりはないからな」
実際、あの瞬間の伊織は、少しだけ油断をしていたと言っても過言ではないだろう。
確かに伊織は、甲種の“ケモノ”と戦った事があっても、歴種までは戦った事はなかった。
故に、多少の油断はあってもおかしくない。それも、甲種の“ケモノ”との戦闘で、さしたる負傷がなければ尚更に。
「で、確かにアレは歴種の“ケモノ”でした。ここまでは良いですか?」
「OKィ!」
「………これはもう少し魔法少女としての経験を積んでから受ける講習の内容なのですが、元々“歴種”と“覇種”との差は殆どなくて、同じ種類なのです」
「はっ!? なら、態々分ける意味はない。───いや、種類が同じなだけで、成長過程での分別ならあり得るのか?」
確か、魚などの分類の仕方で、成長過程での名前が変わったりもしたっけ。
それに当てはめるのなら、歴種と覇種とで分ける事は可能だろう。
しかし、その事に基づくのなら、“ケモノ”は成長するのと同義。それならば、人類が滅亡するなんて、もう既に起きているだろう。
もしかしたら、それ自体が特殊なのか?
答えを知らず、ただ迷走するばかりの伊織。
それと感じ取ったのか、涼音が先ほどの言葉に付け加えるのだった。
「ブリのような、感じですかね。元々、歴種や覇種は同じ個体でして、歴種は成長過程を経て覇種となります」
「へー………」
「ちなみに、前のあの“ケモノ”は、歴種とは言えど赤ん坊同然で、滅茶苦茶弱いですねー」
滅茶苦茶弱い意味が、なんとなく分かった。
「………なぁ、弱い奴ばかり狩っていってもいいじゃないか?」
「別に良いですけど、その場合願いの方は決して叶わないので、その辺はご注意を」
「───っ畜生ぅ!?」
「───おや君たち、丁度いいところに」
そう、適当に伊織たち四人で話している時だった。
不意に掛けられる、誰かの声。しかしてその実、ある程度の予想は付くというものだ。
「賀状、さん」
「君は、伊織君だったね。真子島に巣食う、甲種の“ケモノ”の討伐、改めてお礼を言おう。───おめでとう」
「………別に、私だけの力じゃないさ。みんなの力という奴さ」
そう、皮肉めいた答えを伊織は述べるのだった。
褒められた事なんて、なかったのだ───。
そんな伊織からすれば、お礼を言われるなんて、むず痒い他なかった。
「あ、伊織の顔が赤くなってる」
「そこ、シャラップ! 私の顔は赤くなっていないし、ましてや言葉に詰まってる訳じゃない!?」
「本当ですか?」
「あぁ。本当だとも。別に慣れていない訳じゃないからな!」
怪訝な涼音の様子。
しかして、当の伊織からすれば、どうにか誤魔化す他なかった。
けれど、居心地のほどは、そう悪くはなかったと思う。───“ありがとう”なんて、何時以来の言葉なのだろうか。
「………。」
「───そこ、蓮花も怪訝そうな表情をするな!? と、そう言えば賀状さんは、何か私たちに用が合って此処に来たんじゃないですか?」
もう無理だと感じて、伊織は話の話題を変える。
確かに、賀状は今回の件について、各人員について労っていたのだろう。それだけ、真面目な人だから。
けれど、それだけならば、先に乾杯の音頭だけで済ます事も出来た筈だ。
それならば、何故───。
「あぁ。勿論その事についても、話すつもりだった。」
「───これにて、魔法少女の最終試験、合格あめでとう」
唐突に告げられた、魔法少女の正式な合格の言葉。
「───は!?」
「えっと………」
それに対して、伊織と蓮花が戸惑うのも無理はない話だ。
確かに、前から今回の件が魔法少女になるための試験だった事は聞いていたが、どうもこの作戦で忘れてしまっていた。
何せ、魔法少女や強化スーツたる『炎雷』に加えて、航空機や艦隊による支援砲撃まで加えられた、大規模な作戦となったのだ。
正直言って、忘れ去るには十分過ぎるほどのもの。
実際、当の伊織と蓮花は、その事について忘れ去っていた───。
「(だけど、何か、忘れているような気がする)」
そして、伊織と蓮花は、思い出した。
だが、何か、言語化出来ないのだけど何か、伊織は忘れている気がするのだ。
イメージとしては、喉につっかえた小骨のようで。また、意味不明な気持ち悪さが混在している。
「───それで、“乙女課”の正式な魔法少女になるための書類についてなんだけど。」
「───あ゛!?」
「い、伊織さん。まさか───!?」
書類と聞いて、伊織は思い出した。
確か、伊織は忘れていたというか、聞き忘れていたというか。
その真偽についてはどうでもよくて、だが、伊織は知らなかったという事実に至る。
というか、書類って何処にやったけな?
「書類、何処かにやった………」
「伊織さん。確か、両親の承諾も必要ですから、書類を見つけてもすぐとは言えないよ」
「───っ、あぁ面倒くさいっ! 一応、見つかったら見つかったらで、───」
言葉に詰まった。
「───あの、実の両親でなくても、親権があれば特に問題はありませんか?」
「………。あぁ。それでも構わないよ」
なら、問題はない。
正直言って、あのクソジジィに頼み事をするなんて正直気が進まないのだが、それはそれでこれはこれ。多少の恥を忍んでも、頼み込むだけの価値はある。
いやこれは、単なる前提条件───。
「(私はもう、覚悟を決めたのだから)」
まだ、夏の日差しがキツイ、巡り巡る季節の中
しんしんと、降り積もる雪
たとえ、私の四季に彩はなくとも
踏みしめる雪の中を
ただ、進み続けるだけだ───
※領域顕像の何となーく分かる説明。
元々、魔法少女の奥の手は、何かしらを具現化するものである。物質ないし、特異的なまでの現象ないし。
その中でも、例外を除いて自らの世界を具現化させる行為というものは、特に難しいものである。
勿論、魔法少女と言えど、そう簡単に世界を創るという行為は成功しない。世界が元に戻ろうとする修正力が働くためである。
そのためこの手の魔法少女たちは、世界を具現化する訳ではなく、“異相変換”という技術を使い、己が内の世界と現実世界を反転させる事によって無理矢理ながらでも成立させているのだ。
ちなみに、それでも世界からの修正力が働くため、そう長い時間続けられなかったりする。
あとで、書き加えておきます。