第三十五話
「───ブロッサム、アプリコット、ウィステリア、カメリア大隊は、真子島南部戦線にて、“ケモノ”の大規模攻勢の誘引を継続中」
「───真子島各地にて、大規模震源発生!」
「地中からの“ケモノ”の進行か?」
「はい。過去のデータから、“ケモノ”の巣横の穴からの進行だと思われます」
今だ、真子島の攻略は継続中。
あれから、一時間と少しの時が過ぎたのだが、今だ真子島攻略部隊は制圧を出来ていない。
おそらくは、真子島攻略部隊は巣穴の制圧に、今しがた向かうところだろう。
だが、それまで陽動部隊が持つとは限らない。
確かに、四各隊は、各持ち場を以って巣穴から出現する“ケモノ”等を討伐をしている真っ最中。その様子に苦戦の類はなく、多少の損害はあれど今だ陽動を行うための戦線は継続できる筈だ。
しかし、それが今後も継続できるとは限らない。
何せ、今だ“ケモノ”等の出現が少なくなっていたとしても、それは一時的に過ぎないのだ。その証拠に、先ほどから巣穴を広げた事による巣横からの奴等の進行が確認されている。
“ケモノ”の特殊能力は、確かに脅威だ。だがそれ以上に、物量による単純かつ強力な脅威こそ気を付けるべきである。
物量。
その脅威の捉え方は、まさに千差万別と言えよう。
ただ、平地に大量の軍隊を配置するだけで、物量で勝つなんて事も可能だから。
しかし、その物量はただの暴力にあらず。絶え間ない消耗戦において圧倒的な物量は、大きなアドバンテージを手に入れる事ができるのだ。
───そう、この陽動戦線が何時まで、続くのか。
「………。そう言えば、北部戦線の方はどうなっている?」
「今だ、クリセンセマムから各四大隊、陽動作戦を継続中。地形による消極的さはあれど、今だ問題はありません」
「そうか。問題はない、か」
賀状は、思案する。
確かに、北部戦線は今だ戦線を維持できている。
向こうの戦力は、南部戦線によりも少しだけ弱めだ。しかし、それは機甲突撃部隊の戦力に過ぎなくて、見習いとはいえ魔法少女が合計で四名もいる以上は、戦力の差なぞは存在しないだろう。
だが、おかしいと、思うのだ。
確かに、北部戦線にも“ケモノ”が押し寄せていて、それを各々対処をしている。そこら辺に、何ら問題はない。
しかし、先ほどの地中からの“ケモノ”の別部隊による進攻がないのがおかしいのだ。
それこそ、魔法少女という、彼等にとって天敵とも呼べる存在がいてもなお。
だからこそ、考え付く予想は、───。
「───何処か別に、戦力がある、のか?」
───そして、嫌な予感というものは、時に恐ろしいまでの的中率を誇るのだった。
「───賀状大佐! 新たな敵の進攻です」
「………っ。一体何処からだ!?」
「データによると、おそらくは近くにあった小島からです」
「クソっ! アイツ等、これを狙っていたのか」
“ケモノ”を過小評価をしていた訳でもない。
訳ではないのだが、それでも奴等の基本戦術は、物量による圧倒的なごり押しだ。馬鹿だと第三者からは思われるかもしれないが、事実それで国家が滅びた例もあるのだから、笑えない話である。
しかし、こうも多少の戦略はあれどごり押しが基本な奴等が、作戦を取ってきた。───その事実を受け入れる必要がある。
「(もう二度と、第三次攻勢計画のような愚行は犯すものかっ!)」
「───支援艦隊の方はどうなっている。航空支援は!」
「支援………ですか?」
「あぁ、そうだ。此方の戦力がギリギリな以上、機甲突撃部隊と魔法少女、今現在支援砲撃に関わっている艦隊は使えない。故に、残っている余剰戦力で、追加の敵応援をどうにかするしかないのだ」
馬鹿だと、そう恨み言を言うが良い。
だが、もしもこの非情事態で良き対策を取ろうと悩むよりも、迅速な判断で“ケモノ”の追加を防ぐ方が先決だ。
下手をすれば、北部戦線に点在する機甲突撃部隊及び魔法少女の戦力が、“ケモノ”の物量と地形的不利で磨り潰されかねない。
「(畜生ぅ!? その展開を俺は、考え付くべきだったのだ。これまでの中東亜戦線の一部崩落と梓ヶ丘の襲来を考えれば、そう難しくはなかっただろ!)」
そうだ。
この真子島攻略作戦は、“ケモノ”等を思うつぼだ。
敵陣地へと攻めて行って、そのまま後退。それを追撃しに来た奴等を、そのまま包囲の末撃滅。まるで、何処か昔の作戦を思い出させるものだ。これが人による作戦ならば、きっと賀状自身も称賛の言葉を述べただろう。
だが、相手は“ケモノ”。───人を喰らう災害にて。
賀状に、そんな相手の事を称賛をするだけの矜持はない。
いや、それよりも───。
「(───この展開。もしかして、“乙女課”上層部の思った通りの結果か? それならば、撤退もありだと言った理由に説明が付くっ)」
最悪に最悪を重ねた、まるで汚物の如き計略だ。
正直、賀状とて吐き気を覚える。
だがそれ以上に、───賀状にはやるべき事が存在する。
「………。各艦による、防衛の方はどうなっている?」
「急造の新たな防衛戦についてですが、どうにか大型種の方は足止めが出来ていますが、それもいつまで持つか。それに加えて、小型種に関しては殆ど素通りです」
「………そう、か」
不幸中の幸いと言うべき、か。
小型種───丙種や乙種の“ケモノ”を素通しにしてしまっているが、それ自体はあまり問題ではない。最悪、機甲突撃部隊や魔法少女で処理できるからだ。
対して、大型種───甲種に関しては、両者共そう簡単に掃討は出来ない。少なくとも、それに挑むという心構えが必要だ。
だが、それは一時のものでしかない。
それまでに、賀状は新たな対応策を用意しなければならない。
そうしなければ、───っ。
───そんな時だった。
通信音が鳴る。
正直、賀状はこの彼女の言葉は聞きたくもなかった。
とはいえ、彼自身に未来視や天啓のような特殊能力はなく、ただただ───嫌な予感として、悪寒のように通り過ぎるだけだったのだ。
「───これは、秘匿回線だ。一体お前は何の用だ」
『えぇ、それは知っておりますわよ。けれども、他の通信方法ではそちらに繋げなくてですね。それで致し方なく、秘匿回線の方を使わせてもらいました』
「………此方には、あまり時間が残されていなくて、ね。───単刀直入に聞こう、一体何の用だ」
時間はない。
ただそれは、賀状も通信の向こうから聞こえてくる女性も、同様な事だ。
故に、多少賀状が挑発的に言えば、向こうからきっと───。
『───海岸の向こうに鎮座する、“ケモノ”たちを全員駆逐すればいいんですね』
「………───は?」
『少し、衝撃的でしたでしょうか? では、追加の“ケモノ”を全部、私が倒せます。それ以上に、必要な言葉はありますか?』
開いた口が塞がらないとはこの事だ、と賀状は碌に動かない思考の中で巡りゆく。
確認できるだけで、十数体の甲種と数百にも至る“ケモノ”たち。もし、通信の向こうにいる彼女の言葉が本当なのだとすれば、並の魔法少女では単騎で碌に勝ちようがない。少なくとも、伊織や第三次攻勢計画の魔法少女を連れて来なければ、とても難しい話だ。
だがそれは、忌々しい事に、彼女ならばできる事である。
それを否定する要素はなく、ただ肯定するだけの要素しか、当の賀状は思い描く事ができなかった。
正直、彼女の手を取る事に躊躇はある。
勿論、それに対しての対抗策は賀状には存在する。しかし、気に入らないという、個人的で全体的な理由であった。
だからこそ、司令官としての賀状は、この話を受ける必要があり、同時に首輪をつける必要があるのだ。………とても難しい話なのだが。
「───此処の“ケモノ”の巣穴への攻略部隊には、魔法少女グレイ───彼女も参加をしている筈だ。彼女のためにも、貴女には防衛の参加をお願いしたい」
『えぇ、分かっておりますわよ。彼女があそこにいる事は』
「………っ」
『───ですから、私もあまり気は進まないのだけど、頑張らなくてはいけませんね』
その彼女の言葉を聞いて、賀状は一息を付いた。
勿論、彼女と取引をする事自体、かなり不味い話。最悪の話、賀状自身の責任問題になる可能性があるからだ。
しかし、賀状の予想が正しければ、どうにでもなる筈だろう。
たとえ、“乙女課”の上層部が噛みついてきたとしても、真子島攻略という勝鬨の前には碌な言葉を並べても無意味だ。
『あぁ、でも。貴方たちが行った拘束を解くのに少し時間が掛かりますから、もう少しだけ時間を稼いでくださいね』
「………分かっているつもりだ。そちらは頼むぞ」
『えぇ。貴方たちのためでしたら、正直こうして提案をする事も、ましてや協力する事もありませんでした。───けれど、伊織さんのためでしたら、やらない理由はありませんわ』
♢♦♢♦♢
───真子島、北部戦線にて。
そんなこんなで、蓮花が配置されたのは、真子島攻略における陽動作戦を行う北部戦線だったりした。
正直、これがもし伊織という、見習いであろうとも無視できないほどの規格外だったら、まだ話が分かる。実際、彼女はその実力を買われて、“ケモノ”の本拠地へ乗り込む舞台の一員になったのだから。
けれど、蓮花は伊織のような魔法少女でもなく、それどころか一般的な他魔法少女にすら劣る事だろう。
知っている。
知っているだろう。
………知っている筈だ。
───蓮花自身が、どれだけ無力なのかを、彼女は知っている。
「………本当に、私でいいのでしょうか」
誰も答えず、ただ蓮花の何気ない独り言は虚空へと消えていった。
だが蓮花も、何かしらの答えが欲しい訳でもなかった。
確かに蓮花は、彼女自身が知る通りとても無力な、人なのであろう。そしてそれは、到底帰る事の出来ない、基本性能。
だがそれを、諦める理由にはならない。
無力だと叫んだところで、誰かが助けてくれる訳でもない。
無力だと理解したところで、何かが大きく変わる訳でもない。
───泥臭く足掻いて、
無意味とも思える努力を続けて、
それでも届きそうにもなくて───。
「───それでも私は、足掻かなくちゃいけない」
逃げてきた。
逃げてきた。
逃げて、逃げて。
それでも、逃げ続けた。
だからこそきっと、今日の戦い、───蓮花自身の証明のための戦いとなるだろう。
鼻が曲がる思い。
血と硝煙の匂いは、まだ蓮花にとっては慣れないものだった。
しかし、一度通った道。そして、先ほどの決意を思い出して蓮花は、縮まった心臓を無理矢理にでも奮い立たせる。
「───皆さん。よろしくお願いします」
「「「魔法少女ミライ。ありがとうございます」」」
それでも、唯一と言っていいほどに予想外に良い事があったりもした。
そう、機甲突撃部隊にも、蓮花の《マホウ》が作用した事だ。流石に、前の徹や健人、それに啓介のような一般人が魔法少女と戦えるだけの超強化までは行かなかったが、それでも十分過ぎるほどの強化であった。
ちなみに、魔法少女“ミライ”というのは、蓮花の魔法少女名だったりする。今回の真子島攻略作戦がかなり急だったために適当に付けた名前だったけど、こうして戦場に立ってみてそれなりには気に入っている。
「………っ!」
けれども、此処は戦場、そんな現を抜かしている暇なんてない。
蓮花は、思考を元に戻す。
『名二名二名二?』
《柳田流杖術、震撃》
蓮花の目の前に迫ってきた“ケモノ”。それは、ただ戦場に無意味に立っている彼女を好機と思い、その肉を容易に断つ事の出来る牙を覗かせる。
だが、それよりも当の蓮花の方が速かった。
今、襲い掛かってきている“ケモノ”の頭部に向けてフルスイング。手に残る頭蓋を砕くような鈍い感覚と共に、その“ケモノ”が遠くに吹き飛んでいって、そして沈黙する様子を蓮花は見た。
殺す、殺されるの関係性は、何も“ケモノ”と機甲突撃部隊のものではない。
そこには勿論、蓮花自身も含まれている。
───その姿は、いつの間にか血に濡れていたのだった。
「───っ、───っ、───っ」
殴り殺して。
殴り殺して。
殴り殺した。
支援して。
支援して。
支援をした。
蓮花の手に残る感触は、生命溢れる温かさと、命の燈火が消えていくただただ寒いばかりの冷たさ。まるでそれは、相対する二つの属性のようであった。
そして、あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか───。
元々、蓮花は自分自身の限界は分かっていた。とはいえ、無理をするのは先刻承知で、それを彼女は予想の内に入れて考えていたのだが。
しかし、それでもまだ、───まるで地獄の業火の如く、何時終わるかも分からずに戦いは続いている。
「(………視界がぼやけてきた。………足が棒みたい。………手なんて、まともに動いてくれない)」
『唖、唖ァァァァ!』
───ぐしゃり、っと鈍い音。
反射的に、蓮花自身が手にしている杖を振るい、肉を、骨を砕く鈍い感覚。あまり慣れたくもない、非日常さ。
いや、元々そうだったのだろう。
それを蓮花が知覚しなかっただけで、そこら中に存在している。散々彼女は、特別な事ではないと、そう思い知っただろう。
「───っ、ぁっ」
ようやく、蓮花の周りの“ケモノ”の掃討が終わった。
息を久しぶりに、碌に吸う。
たとえ、蓮花の周りが“ケモノ”の死骸で死屍累々であっても、集中が切れてしまってどうにも動けない。きっと伊織や涼音が今の彼女の事を見ていたとしたら、口五月蝿く色々と言われていた事だろう。
とはいえ、ゆっくりはできない。
何せ、蓮花自身の周囲の“ケモノ”を掃討しただけであって、今だ他にソイツ等は残っている。
その上、この血と硝酸の匂いの中でちゃんと休めるほど、蓮花の精神はまともな状態のままであったからだ。
───そんな時だった。
ふと、休憩がてらに蓮花が“ケモノ”がいない、荒れた心が澄み渡りそうな海岸線を見ていると、何やら彼女自身の神経がぞわりと逆立つ影が見えたのだ。
ぞわり。
ぞわり。
ぞわり。
ぞわり。
もう、嫌な予感という曖昧なものでは片付けられないほどの悪寒を、蓮花は覚える。
そしてその感覚は、前にも覚えがあるのだ。そうあれは、梓ヶ丘に“ケモノ”が襲来した時の嫌な予感ととても似ている。
嗚呼、時に嫌な予感というものは、恐ろしいまでの的中率を誇るのだった。
♢♦♢♦♢
「───クリサンセマムリーダーより、各機。北部戦線は南部戦線より“ケモノ”の数が少ないが、それでも決して油断するな! 精々、日本人らしく丁寧に鉛玉をプレゼントしてやれ!!」
「「「了解!!」」」
疾走する砂煙。
銃声と、飛来する硝酸。
銃弾に貫かれて、肉を抉られ飛び散る血飛沫。
そして、“ケモノ”の叫び声。
───今だ、クリサンセマム含め四大隊は、北部戦線にて陽動作戦を継続中。
損害は多少あれど、今だ一人の死者が出ていないという事は、僥倖という他ない。確かに、怪我人はそれなりに出てしまっているが、それでも戦線復帰の出来ない死者を出すよりかずっとマシだった。
しかし、状況が良くなったという訳ではない。
何せ、今だ巣穴から北部戦線へと進攻してきている“ケモノ”の数は減らず。今でこそ、蓮花の支援系の《マホウ》で倒せてはいるものの、これが長時間続けば各自の疲労も支援についても、考えなくてはならないのだ。
───そして、お世辞にも良いとは言えない現状に畳みかけるようにして、嫌な事は起きる。
『───魔法少女レイより、各機。真子島北部の小島から、“ケモノ”の進攻を確認。予想到着位置は、真子島北部戦線後方にて。此方でも対応策を行っておりますが、どうにか持ちこたえて下さい』
「───っ。クリサンセマムリーダーより、各機。先ほどの通信を耳にしたと思うが、これより我々は戦線後方の海岸に臨時の防衛拠点を建設する。尚、防衛戦においては、魔法少女二名が随伴する予定だ」
「クリサンセマム1、了解。こりゃぁ、かなり厳しい戦いになりそうだなぁ」
「クリサンセマム2、了解。機甲突撃部隊に所属している以上、よくある事でしょう」
「クリサンセマム3、了解ぃ。どーせ死ぬなら、精々奴等を一匹でも道連れにしてやるとも」
「クリサンセマム4、了解しました。そこ、どうせ死ぬとか言わない。ちゃんと、帰ってくるんだから」
「クリサンセマム5、了解。でも、俺様が一匹残らず殺しても構わんのだろう?」
「クリサンセマム6、了解しました。───リーダー、俺等の命、アンタに預けます」
───………。
♢♦♢♦♢
北部戦線臨時防衛ラインにて、───あれから、30分ほどの時間が過ぎた。
比較的、“ケモノ”の危険度は低めな両種と乙種の混成であったが、それでもその数は偉大である。何せ、もう既に第一防衛ラインを突破されたのだから。
防衛ラインといっても、それは臨時のものに過ぎない。
けれどそれは、実践で十分通用するものであるのと同時に、現在の資材では未完が限界であった。ここまで持ちこたえた事を褒めはすれど、貶す事はないだろう。
これでもし、先の通信であった甲種の“ケモノ”なんて襲来しようものなら、とっくの昔に全防衛ラインは突破されていた筈だ。
「………ほんと、よく頑張ったよな」
「畜生ぅ!? 本当はお前は弱ぇんだから!」
「最悪だ。“ケモノ”が張り付いてきて………齧られ、俺の腕が齧られている!?」
「じっとしていろ、クリサンセマム3。ナイフで剥がしてやるから!」
「クリサンセマムリーダー。第二防衛ラインも時間の問題です。後方にて、最終防衛ラインの準備を進言します!」
“ケモノ”の死骸が、あちこちに見られる。
だけれども、進攻をしてきている奴等の数が減る様子は、一向に見られない。
確かに、魔法少女の援護、地上海上戦力による援護射撃、そして機甲突撃部隊のマシンガンによる弾幕防御。それらはきっと、機能しているのだろう。
けれども、それを上回るのが、“ケモノ”の大規模進攻であった。
そして、───。
「───魔法少女レイより、機甲突撃部隊各機へ。これより本陣を、最終防衛ラインへと移す。時間稼ぎの後、各機己の判断にて後退をされたし。殿として、私───魔法少女 が行う!」
「………時間だ。クリサンセマムリーダーより、各機。先ほどの指示は聞いただろうな。これから我々は、防衛ラインのための時間稼ぎを行う。そして、各機己の判断にて後退されたし」
「「「………」」」
「───だけどもよぉ、此処で逃げ出す臆病者は、我が隊にはいないよなぁ!? 魔法少女という、生身の年端も行かない少女が殿をするんだ。我らは精々、時間稼ぎと“ケモノ”の掃討をしてやろうじゃないか! 全機、防衛射撃を開始!!」
「「「───了解!!」」」
これから始まるのは、終わりを知らぬ防衛戦。
明日を見る影もなく、まともな死なんて望む事なかれ。
最後の生き様を、精々血飛沫と硝酸で彩りを───。
「───畜生っ」
それと同時刻。
蓮花も先ほどの言葉を聞いていたのだ。
握りしめる左手からは、つーっと、少しばかりの流血が。
また、何も出来なかった。
何も出来なかったのだ。
確かに、蓮花は自身の《マホウ》による支援で、本来死ぬ筈だった人たちを助けたのかもしれない。“ケモノ”を屠った事によって、被害を減らしたのかもしれない。
けれど、それがどうしたのだという話だ。
何か活躍した訳でも、ましてや誰かを直接実感を得るほどに助けた訳でもない。ただ、そこにいて、“ケモノ”を数える程度しか倒せていない、その事実だけだ。
そして、先ほどまで一緒にいた機甲突撃部隊の皆は、地上戦力の人たちが最終防衛ラインのための時間稼ぎを行うらしい。
「(………良かった)」
不謹慎なまでの、蓮花自身の思い。
けれどそれは、───与えられる筈のなかった、最後のチャンス。きっと、今後碌に与えられない、最後の機会なのだ。
でも───。
「(………。足が重い、動かない。)」
蓮花自身の体が、まるで鉛で再構成されたかのように、動かない。
手から感じられる生気の類はなく、ただ吹雪の中を必死で歩き続けた時のように冷たかった。
動こうと。蓮花は何度も動こうとしているのだけど、体は言う事を聞いてくれないのだ。どれだけ、渇望をしようとも、彼女自身の体はきっと金属で出来ているのだろう。
我ながら、自分自身がとても情けない。
でも───、嗚呼、きっと───。
「───己が願いのために、命を燃やせ」
───そんな、見るに堪えない情けない自分自身だからこそ、今蓮花は此処にいるのだろう。
「───嗚呼、嫌いですわ、この声。私から何もかも奪い去って行った、その忌まわしき声。
可憐な言葉は、戦場にて紡がれた。
そしてその瞬間、───血と硝煙、それに悲鳴と雄叫びが交差する戦場にて、新たに炎が現れた。
「………えっ」
戸惑うのも当然な話。
その業火は、今しがた覚悟を決めた蓮花の目の前にいた“ケモノ”等を、塵芥同然に消し飛ばしたのだ。そしてそれは、燃える業火の範囲からして、他に存在していた奴等もろとも消し飛ばした筈。
───詰まる話が、先の一撃で此処一帯の“ケモノ”が消し飛ばされたのだ。
そいてそれは、たとえ“ケモノ”の部類としては弱めな丙種と乙種の混成だったとしても、並大抵の力量では決してなしえない、英雄かく言うほどの戦果であった。
嗚呼、当の蓮花には、この光景が記憶に残るほどに鮮烈だったのだろう。
そう、あれはきっと蓮花にとって、一種の選択肢。
そして、そこで出会った彼女は、───忘却する事なんて決して出来きない、呪いにも似た悪寒だった。
「───カレンさん」
「えぇ、一応別に私自身の魔法少女名がありますけど、他に人もいないですしいいでしょう。───そうです、貴女を殺そうとした、“カレン・フェニーミア”ですわ」
「どうして、………カレンさんが此処に」
いや、蓮花自身だって、ある程度の予想は付くというものだ。
けれど蓮花は、何処かカレンの事を否定したがっている。
だって、そうでしょう───。
前から思っていた、烈火の如く艶をはためかせる深紅の長い髪。
人の上に立つのが当然と云わんばかりの、自信に満ち溢れた鋭いブルーサファイアの瞳。
そして、まるで、カレン自身が魔法少女だとそう宣言するかのような、短めな紅いドレスに身を包む。
正直、───カレン・フェニーミアを魔法少女ではないと、そう言う方が無理難題な話だった。
「伊織さんの役に立ちたい、そう思うのは当然の事でしょう?」
「………当然では、というのは兎も角として。今までの私なら言わなかったでしょうが、伊織さんの役に立ちたい、その気持ちは理解できます」
「………生意気ですわね、蓮花さんが」
「えぇ、何せ───こちとら醜い過去を切り捨ててきたばっかりで、少し勝気なものでね」
前にカレンに殺されかけたというのに、蓮花は煽るようにしてその宣言を発言した。
確かに、蓮花とて聖人ではない。殺された掛けたという事実に対して、少しばかりの憤りを感じるし、ぶっちゃけ一発はその綺麗な顔面を殴りたい気持ちがある。
だがそれは、向こうが向こうの、自分勝手な都合があったからに過ぎない。
もっともそれで、十分なほどに激怒する理由にはなるが、蓮花としてはしょうがないという片付け方をするしか他ないのだ。
「───正直、私は蓮花、貴女の事が嫌いです。私が此処に来た理由だって、伊織さんの手伝いをしたいからであって、誰かを何かを助けたい自己犠牲のためではありませんわ」
「私、思いっきり嫌われてしまいましたか」
「元から嫌われていた事は、貴女も薄々気付いていたでしょう? ───でも私とて、答えを得た人を邪険にしたままな、私ではありませんわ!!」
そう、力強く宣言するのと同時に、夜空を舞う星々にも似た糸が宙を舞う。
それには、蓮花とて記憶にはちょっと怪しいが、鋼糸と呼ばれる武器。しかして、武器と呼ぶにはあまりにも心許ないのだけど、その扱いが熟練級のカレンであればその評価は、恐怖を刻みつけるほどに一変する。
『葉ヤ区。葉ヤ区』
『唖、唖ァァァァ!』
『矢メ手。矢メ手』
駆けよる。
駆けよる。
一目散に、獲物に在りつけた獣が餌に寄ってくるように。その名を冠する“ケモノ”は、疾風じみた速度で駆け寄ってくる。
当然、彼等が獲物と判断したのは、麗しきドレスを身に纏うカレン。
獲物と判断をするという他に、彼等はきっと“そうはさせるか”と本能が突き動かしているのだろう。
───だがそれよりも、カレンの方が一手早かった。
《柳田流鉄糸術、死柄利宝線》
燃え盛る業火を背景に、鋼糸が宙を舞う。
その数、───蓮花からでは判断する事ができないほどに隠された、まさに本来の術義にも似た暗殺術。
だがそれは、暗殺術の類と判断するのには、あまりにも広範囲だった。
───ぐしゃりと、辺りから聞こえる、複数の生々しい肉を断つ音。その数、蓮花の視界に収めるだけでも、おおよそ数百ほどであった。
一撃にて、相手に気付かれぬまま、数百もの相手を屠る神技。
まさに、武芸者が頂の栄光を、それを眺める事ができる神域の天才。
だがそれは、───神世の武芸者が使う事を前提に構成されている、という事で。
「───くっ!?」
「カ、カレンさん!?」
───たとえ、天才的な才能に努力を重ねた者であろうとも、代償は存在する。
飛び散る血飛沫。───それは、“ケモノ”の肉体が断たれた事によるものではなく、神技を行使した蓮花自身の自傷。
嗚呼、その白い柔肌が傷と血飛沫で彩られる。
「ですが、───問題はありませんわ!?」
はて、それはカレン自身の想定内であったが、更に彼女は一歩前へ出る。
そして、まるでカレン肌から噴き出した血が、発火剤のように発火を延焼を続けていくのだ。
潰える事なく、潰える事なく。
───“殺戮”と“自傷”を繰り返す様はとても。
「───綺麗」
そう、不意にポツリと漏れ出した、当の蓮花からしての意味不明な言葉。
確かに、何に綺麗だとかの感想を張り付けるかは、その当の本人たちの自由であろう。それだけの言論思想の私有が、この国にはあるとそう信じたい。
だが、殺戮と自傷の繰り返しを、綺麗というにはあまりにも常人の枠に収まっていない。
けれど、しょうがない。───それはあまりにも、絵画で描かれるほどに綺麗だったのだ。