第三十三話
あの野球の試合から、数週間の時が過ぎた。
今日は丁度、休日だ。
だが、今日という日は、穏やかな週末を夢見る事すら許されないのだろう。
「───なるほど。前にあった“ケモノ”の襲撃の際に残った奴等が、真子島を占領したのか。それで、魔法少女になるための試験を兼ねて、討伐しろって話か。───まったく、何処のどいつだ? 案外優しいんだなって言った奴」
それは私ですと、言わない伊織であった。
いや今は、魔法少女グレイとしてだが───。
元々、“真子島”という島は存在しない。
真子島は、“ケモノ”に乗っ取られた沖縄への前線基地がある島だ。故に、政府直轄の一般には公開されていなかったりする。
そして、それと同時に真子島なんて島は存在しないという言葉の意味は、もう一つあったりもする。
先ほど、対“ケモノ”への前線基地と言ったが、たとえ最新鋭の整備をされたからと言ってもソイツ等相手では少々心許ない。何せ、本格的に前線を構えるとしたら、少なくとも数万匹もの“ケモノ”を相手取らなければならないのだ。
故に、前線基地としての役割を果たすだけの基地、いやそれは無理な話なので、真子島という人工島を作り出した。
「………。伊織さん」
「今は一応。ま、いいか。お前も魔法少女名がある訳でもないし、最悪不味い事になっても権力で握りつぶせばいいし。………それで、一体なんだ?」
一応、今回の真子島攻略作戦において、伊織たちの班は試験部隊としての名目で此処に来ている。勿論、その上に彼女たちを統括する魔法少女が三人ほどいるが、一応直轄部隊という話だ。
そして、その他の部隊はというと、他魔法少女で構成された部隊が三つほど。それに加えて、機甲突撃部隊などの、魔法少女以外で構成された部隊がおおよそ八つほどだ。
───これが、本作戦における、地上戦力である。
と、話が逸れてしまった、か。
「………。震えている、のか」
「え、えぇ。何ででしょうね。もう何度か“ケモノ”と実践で戦って、克服したと思っていたのですけど」
そう、当の蓮花の表情は悪くはない。
緊張を内側に抱いている、典型的な自分責任系ではあるが、それでも一定の解消は行っていそうだ。一定の緊張感を持つ事は、本番においてとても重要で、その点で言えば蓮花の調子は悪くない。
だが、手が。そう、蓮花の両手が小刻みに震え続けているのだ。
最初伊織は、大規模な初めての作戦で蓮花が緊張しているのかと思ったが、如何やらそうではない。もしそうだったら、表情ももう少し悪いか硬くなっていたりするだろう。
しかし、先ほども言ったように、表情もましてや硬くはなったりしていない。
と、いう事は、だ───。
「………。まだ、“ケモノ”との戦闘の後遺症を引きずっているのですね。もっとも、前に行った複数の“ケモノ”という話ではなく、大規模な“ケモノ”等という話ですけど」
「あ、涼音。───よ、体調はどうだ? あっと、魔法少女アーチャーの方が良かったか?」
「今のところは、特に別に問題ないですね。それと蓮花たちとは違って、何度かの戦場を潜り抜けていますし。それくらいの調整は、ボクにだって出来ますよ」
「それで。一体どういう事」
伊織たちの目の前に、そして会話に入ってきたのは、彼女等のよく知る黒辺涼音だった。
相変わらずの、何処か別の制服を思わせる心象礼装に加えて、その動物耳と尻尾だ事で。正直言って、妹のフレイメリアと一緒に並んでピース姿を取ってもらいたい。
それはそうとして、───はて、後遺症が治っていないとは、一体どういう事なのだろうか?
「おそらく、あの時の記憶がフラッシュバックするのでしょうね。ボクも、そういった人たちを散々見てきました」
そう、涼音は何気ない言葉で意味を紡いだ。
おそらくは、涼音が『あの時』と言っているのは、伊織や蓮花以外に内容が伝わったりするのを防ぐためだろう。それか、他の人に意味が伝わってしまったとしても、隠し通すためか。それとも、その両方か。
だが、問題は蓮花自身だ。
蓮花自身がどうにかしなければならない問題なのだ。
「………それで、どうする蓮花さん。って、もうどうしようもない、か」
「伊織の言う通りですからね。ですから、───はい、これ」
そんな時、涼音が懐から取り出したのは、強化プラスチックで作られたと思われる、艶なしの黒塗りのケースだった。
傍から見ている伊織からすれば、かなり軽そう。
そして、それを受け取った蓮花はというと、恐る恐るではあるもののケースの蓋を開けるのだった。
「何だこれ、薬か何かか?」
「………薬、ですよね」
「ま、薬ですよ」
そう、艶なしの黒塗りケースの中に入っていたのは、おそらく三種類程度の薬の数々。
蓮花も、ましてや蓮花は、薬の類にはあまり詳しくはない。
であるならば、それを蓮花に渡してきた、当の涼音に聞くのが一番なのだろう。
「ややこしい話はボクも嫌いなので、端的に言いますと、“興奮剤”と“鎮静剤”、それと“鎮痛剤”ですね」
そう言って涼音は、指を折りつつ単純に名称だけを述べるのだった。
というか、名称だけ知れば十分だろう。薬の混成物質を知ったところで、どうにかする事も出来ないし。そもそも、この手の薬は使わないに越した事はないだろう。
だが、危機的状態に陥っている蓮花からすれば、使う必要のある薬なのだ。
「───“興奮剤”、か。それでどうにか、蓮花の後遺症を誤魔化すのか?」
「この手の後遺症を患う人が多くて。ましてや、ボクたちのような幼い年端のいかない魔法少女なら、それ以上に」
「年端のいかないって、自分で言うか」
「ま、事実ですから。───ですから、伊織も一応これを持っていてください」
一応、伊織にも渡す気だったらしく、先ほど蓮花に渡したのと同様のケースを涼音は取り出すのだった。勿論、中身は同様の薬が入っていたりする。
「ありがとうな。流石に私とて、気分を一定にしたり痛みを意図的に消したり出来るけど、結構精神を使うからな」
「………。てっきり、伊織の精神は鋼鉄かと思っていたのだけど」
「鋼鉄だって、金属疲労を起こしたり、薬品で溶かしたり出来るだろ」
そう言って、伊織は当然の事を言うように、そう返した。
というよりか。
先ほどから伊織は気にしていて、それでいて気にはなっていたのだけど。そろそろ、彼女の我慢の限界だった。
主に、精神的な話なんだけど。
「───というよりか、涼音。何で私とお前だけ、隊服を着たままなんだよ。流石に、比較的涼しい海上の夜中だとはいえ、少し暑いし動きにくいんだけど」
今現在の、伊織と涼音の服装は、魔法少女たちが使っている心象礼装ではない。勿論、その下には着ているのだが、上に伊織の言うように濃い紺色の隊服を着ているのだ。
それは、機動力を頼みにする伊織からすれば、動きにくい事この上ない。
「あぁ、それですか。そう言えば伊織に、少し言い忘れていた事がありました。」
「………。もしかして、攻勢計画の際の配置故か?」
「流石は伊織。鋭いですね」
───そう、今回の作戦は。
♢♦♢♦♢
真子島奪還作戦の、数週間前。
丁度、蓮花が立ち直ったぐらいの辺りだった。
「………。しかし、一体こんな時期に呼び出しなんて。“乙女課”上層部の委員会の奴等は、何を考えているんだか」
賀状はそう、厄介ごとじゃないかとの嫌な予感と共に廊下を歩くのだった。
“乙女課”の室長を務める賀状とて、一番偉い役職に努めている訳ではない。所謂、中間管理職か何かを思い浮かべれば丁度いいのだろう。
そして、そんな室長の賀状の上にいるのが、委員会と呼ばれる日本政府の息がかかった奴等で構成されている“乙女課”のトップである。
第二次攻勢計画の偉業を忘れ去る。ほんと、クソ野郎なもので。
「───っと、此処かぁ」
そんな、後ろ向きな気持ちはそこまでに。
ようやく、賀状が無駄に長い廊下を歩いた先にあるのは、会議室と書かれた一室だった。
気持ちを切り替え、そして扉を叩く。
「───日本国特戦軍、梓ヶ丘支部室長、皆森賀状大佐。ただいま到着いたしました!」
「………。入れ」
「失礼します!」
そして、許可を得た賀状が扉を潜ると、既に役員は揃っているらしい。
重厚な威圧感。流石に、中東亜戦線の最前線ほどではないものの、それなりに威圧感が賀状を襲う。しかし、それくらいなんだと云わんばかりに、彼はその場に立っている。
「賀状君。この際長々しい話は無視をして、我らが君を呼んだのは、他でもない。───君に、真子島奪還作戦を指揮して欲しい」
「はっ───」
「そして、人員については、そちらの魔法少女たちと、此方の機甲突撃部隊でお願いしたい」
「は───?」
開いた口が塞がらないとはこの事で。
今、役員の中でもトップな委員会の委員長は、一体何と言った?
襲撃を受けた九州の戦力で、真子島に存在する“ケモノ”等を排除しろと、本気で言っているのか。
これには賀状も、比喩表現ではなくとも、開いた口が塞がらない。
「我らとしても鬼ではない。だが、君が挙げてくれた記録の中に、魔法少女に敵対する組織の事が記されていただろう。それに加えて、今は時期が悪い」
「(………そうか。もうそんな時期か、クソッ!?)}
「しかし、それは我々政府の都合だ。民間人には、一切の関係のない事実であるが故に、今回の九州襲撃の不満が爆発する危険性がとても高い。───故に、元中東亜戦線の英雄殿に、現場での指揮を取ってもらいたいのだ」
───中東亜戦線の英雄、なんて賀状が呼ばれたのは、少し前の過去の話だ。
だがそれよりも、問題なのは先の委員長の言葉である。
確かに委員会の委員長の言葉は、的を得ていると言っても過言ではない。実際、市民からの魔法少女や“乙女課”への印象は、悪感情よりの無関心さだ。だからこそ、此処で過去の英雄を活躍させて、汚名返上と行きたいのだろう。
いや、それ以上に───。
「であれば、彼女等───第三次攻勢計画を共に戦った“帰還者”の許可を下さい」
「………許可できない」
「───っ、何故!?」
「先も言ったであろう、時期が悪いと。少なくとも、此方が出せる部隊は、先ほど言った機甲突撃部隊だけだ」
最悪一歩手前の判断だ。
もしかしたら、強化スーツを纏った陸戦部隊で構成された機甲突撃部隊すら寄越してくれないのだとしたら、恐ろしい事この上ない。
だが、それでも現状がかなり厳しい事は、そう変わりはしないのだ。
あの事件の際に、梓ヶ丘だけではなく、それなりの被害が九州各地で発生した。
勿論、それが実害的な建物などの崩壊などではあるが、それ以上に精神的な被害がかなり不味い。場合によっては、暴動が起きたり“乙女課”の支部の戦力を割く訳にはいかない可能性がとても高い。
───故に、梓ヶ丘以外の“乙女課”各支部からの、魔法少女の応援は期待できないのだ。
「………。(さて、使えそうな魔法少女は、一体誰がいったけな?)」
「ところで、皆森君」
「はい、何でしょうか?」
「───君の“000部隊”は使わないのかね?」
思考が、途切れる。
まさか、そこまで“乙女課”の上層部が感づいていたのと、その手際の速さには舌を巻きたくもなる。普段は重い腰だというのに、こういう裏の情報に関しては手早い事で。
だが、賀状とて、このまま簡単に認める訳にはいかない。
「はて? 確かに、“000計画”というものはありますが、000部隊は今だ設立していませんよ」
「───とぼけるなよ、賀状。お前の言い分は、まだ魔法少女としての正式な登録をしていない事であろう。ならば、試験自体を真子島攻略作戦にすればいい筈だ」
あまりにもそれは、暴論だった。
いや、そこまでして000部隊の実戦投入を見たいのだろう。前に賀状が叩きだした00計画の成果を鑑みれば、一定の納得は出来る話だ。
何せ、───第三次攻勢計画の中核を担っていなのが、賀状の00計画によって設立された00部隊なのだから。
しかし、それならば適当な“ケモノ”の占領地に、000部隊を派遣すればいいと思うかもしれない。だが、そう簡単にそれに適した戦力を用意は出来ないし、そもそも世間がそれを許さない。
だからこそ、少々バレたら面倒な事になるだろうが、この機会しかないのだ。
「(………となると、俺がどれだけ正論をぶつけても、特に意味はない、か。どう考えても、強権で押し潰すつもりだろうからな。なら、俺が此処この場面でやるべき事は───)」
「………。分かりました。───勿論、それに掛かる経費と、奪還作戦が成功した場合の報酬は期待してもいいんですね? 何せ、一流の魔法少女を揃えた上で攻略に掛かりますから」
「………あぁ。皆森大佐、───期待しているよ」
♢♦♢♦♢
「───皆森大佐、───皆森大佐、───っ皆森大佐!」
「………。あぁ、ごめん。少しだけ考え事をしていた」
「それならいいのですが」
賀状が思考を晴らすと、そこは重い巡洋艦の艦内だった。
今現在、賀状たち『真子島奪還作戦チーム』は、長崎港を出発して黒潮と対馬暖流の辺りを航行中。
元々、重巡洋艦とは遠洋航海能力を保有し、速度と攻撃力を両方とも持つ軍艦の事を指す。
しかし、“ケモノ”が出現したことによって、その意味合いが変わる事となる。
海洋での“ケモノ”との戦闘では、軍艦が主戦力だ。他にも、航空機などの空中戦力もあるが、それでも軍艦などの方が優勢だったりする。
そして、軍艦が優遇されている大きな理由の一つが、魔法少女の運搬能力を持ちつつ、軍艦自身が攻撃手段を保有している点である。分かりやすく言えば、“高速で航行する空母”のようなものだ。
「はい、これが真子島の地図です」
「あぁ、ありがとう。それで、彼女たちの様子は。初めての本格的な戦場に、精神を崩していないか?」
「えぇ、蓮花さんについては、少しだけ問題ありましたが対処済みです。また、魔法少女グレイと■■■■■■■につきましては、特に問題はありません」
「そうか。良かった」
そして、涼音こと───魔法少女アーチャーから渡された地図は、これから向かう真子島の海図陸図共に描かれたものだった。
前にも言ったように、元々真子島は沖縄への前線基地として造られるのと同時に、日本国の防衛戦の一つである人工島だ。
故に、此方から攻めるという行為は、そう簡単に進む筈がない。
主に、東西を岩壁で覆われていて、たとえ人外めいた身体能力を持つ魔法少女であろうとも登る事はそう敵わない。また、北南には戦線を切り開くだけの平野が広がっているのだが、そこでは圧倒的に“ケモノ”等の方が有利なのだ。
此方には、魔法少女や対“ケモノ”のスペシャリストたる機甲突撃部隊、その他にも海上戦力や航空戦力も十分に揃っている。
しかし、それでも真正面から勝てるほど、『数の暴力』という戦略を取ってきた“ケモノ”は甘くはない。
故に、今現在の戦力では、どうにか二つ戦線を維持するのが精いっぱいだろう。
───そんな時だった。
「………皆森大佐、ボクに一つ作戦があるのですが、よろしいですか?」
「あぁ。俺も丁度一つ作戦を思い付いたのだが、───君と魔法少女グレイを別部隊として奇襲を行う、という事で合っているだろうか?」
「はい。魔法少女グレイはあまり防衛戦が得意ではないので、此処で腐らせておくのはあまりにも無駄が過ぎます」
詰まる話が、北南に展開された戦線とは別に、強襲を行う部隊を設立させようという話だ。
確かに、魔法少女グレイこと伊織は、あまり防衛戦などの集団戦闘があまり得意ではない。その上、彼女の気質からして、かなりのストレスを与え続ける事となろう。
故に、下手に部隊としてがらん締めにするよりも、少々危険ではあるが独立した強襲部隊として働かせた方が良いと判断をした訳だ。
もっとも、そう簡単にはいかないのだろうけど───。
「───それ以上の期待は出来る、か」
だが、期待は出来るのと同時に、問題も発生するのが世の常だ。
「ですが、他の北南の方は大丈夫ですか? 元々、戦力に関してはギリギリだというのに、主戦力を外してしまって」
「まぁ、そうだね。実際、他の正式な魔法少女が何人か来てくれているとはいえ、かなりギリギリだしね」
「………。」
「───でも、今回来てくれた魔法少女は、君も知っている、大規模戦闘でこそ活躍する彼女だよ」
───ガチャ。
「ただいま到着いたしましたー、魔法少女コーメイ。我ながらどうかと思いますがー、よろしくお願いしますー」
噂話は、当人を呼び寄せる縁でもあるのだろうか。
賀状が期待をする魔法少女の名前が会話の中で出た瞬間、作戦室の扉が開く鈍い音がした。
そして、作戦を練っている途中だというのに現れた彼女は、まるで“棋士”を思わせる風合いだった。
淡い色合いの和服を着付け、またしっとりとした色合いの袴を履いた、大和撫子。しかし、その顔立ちと表情は、平和で温和なものではなく、戦場に立つ冷徹なまでのキリっとしたもの。そして、利き手と思われる右手には、扇子のような物が握られていた。
そう、彼女は魔法少女。
───魔法少女コーメイある。
「───なるほど、ですね。確かに貴女なら、ボクと魔法少女グレイが抜けても、いえそれを埋めても有り余るほどに戦力を増強させる事ができますね」
「えぇ、まだ正式に魔法少女となっていない人たちがいるのは、少々不安材料なのですけどー、特に問題はありませんー」
圧倒的な自信。
これまで幾度となく戦場を歩んだ彼女からすれば、この程度の戦場些事でしかない。勿論、新兵に関しては、不安材料の一種とそう捉えてはいるが、それは誤差でしかない、と。
そう、云わんばかりの圧倒的な自信だった。
「という事は、貴女が此処にいるという事は、他の第481小隊の魔法少女が来ていると。そう思ってもいいんですね」
「それについては、賀状───いえ、皆森大佐から」
「───あぁ。魔法少女コーメイの他に、第481小隊の彼女等三人。それと、俺に恩でも売りつけようかの魂胆な、第452小隊。そして最後に、親切心だけでとても心配だけれども、第423小隊。
そして、君たち試験部隊をも含めた。
───計16人が、共に戦場に立つ魔法少女たちだ。」
「───それに加えて、機甲突撃部隊が六大隊と、戦艦や重巡洋艦各艦、あとは航空機が幾つか。
それが、───我々の現最大戦力だ」
いずれも、歴戦の勇士たち。
幾度の戦場を越え、不敗。
装備に関しても、現中東亜戦線で使用されている物と遜色ない。
───故に、負ける通りなんてない。
『───作戦開始時刻は、02;00。各員、それぞれの持ち場で待機ぃ!』
「「「はっ!」」」
♢♦♢♦♢
静寂に包まれている。
夜の海は、とても静かだ。
ただただ風が吹く、心地よいまでの静かな音が辺りに響く。けれど、辺りには障害物なんてなくて、風音が風景の中へと溶けていく。
それ以上に静かだと思うは、その夜の海の景色だろう。見ているだけでも落ち着ける、そんな自律神経を癒すひと時。
───これが、人を喰らう“ケモノ”に乗っ取られた、元沖縄への前線基地だとは夢にも思わないだろう。
───そして、こんな雰囲気すら醸し出す静かな場所が、血と硝煙に彩られるなんて、一体誰が思うか。
そんな時だった。
航空機が、星空すら見えない曇天の夜空を飛ぶ、五月蝿いまでの機械音が静寂を打ち破る。ゴーゴーと、複数の音が重なっているように聞こえるのだ。
その一方で、真子島の様子は変わりない。
まるで、もう既に誰もいないかのような無人感を覚えるほどに静かで、人気すらも感じさせないのだった。
けれどそれは、真実である。そもそも、真子島にもう人なんて残っていなくて、それどころか死体すらも限りなく絶望的でだろう。
憎悪は、確かにある。
けれど、そこに意味はない。
感情に意識を取られれば待っているのは死で、そもそも人の言葉を喋らない“ケモノ”相手に感情論で武装なんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
───着弾。
砂煙と共に、内蔵された暴力が相手関係なく牙を向く。
辺りを歪ませるほどの衝撃。けれど、それが何か対象に向けて落とされたものではなく、ただただ範囲だけを最上とした、目的のある行為だった。
「───唖、唖ァァァァ!」
「陀レ? 陀レ?」
「菟、ァァァァ」
その爆発音か衝撃に反応してか、“ケモノ”たちが続々と地上に姿を現す。
元々、前線基地だった真子島にはなかった、その大穴からまるで巣を攻撃された蟻のように出て来るのだ。そう、醜悪な吐き気を催すほどの奴等が、こううじゃうじゃと。
おそらくは、そこにあるのが、“ケモノ”たちの住処であろう。
それを見つけるためと同時に、巣穴から出てきた“ケモノ”を出来る限り相当するために、大規模な絨毯爆撃を航空機によって行っているのだ。
だが、───その数が尋常ではない。
ある程度のピークを終えたのか、巣穴からの“ケモノ”の増援はなくなっている。
しかし、目の前に広がる光景は、“ケモノに埋め尽くされた醜悪なまでの波”。その全てが、人を喰らう“ケモノ”である。
きっと、───絶望するだろう。
きっと、───言葉すらも話せなくなるだろう。
その数は、今現在確認できるだけで、数千匹。梓ヶ丘を襲い、多くの犠牲者を出したあの時の、およそ数倍に至る。
「───対異能特殊弾の着弾を確認。“ケモノ”が続々と巣穴から出てきました」
「そうか。それで、構成種類、また数の方は」
「数は、およそ“4000”。また構成種類の方は、丙種乙種の混成です」
「───そうか。」
先ほどの弾頭の着弾により、巣穴を攻撃されたと思った“ケモノ”が出てきた。
それが、狙いだったのだ。
“ケモノ”を倒す能力を手に入れていたり、またそれらを倒す技術を収めたとしてもそう簡単には勝てない。
特に劣勢となるのが、密閉空間での集団戦闘だ。
ただでさえ、物量に任せた“ケモノ”の戦闘は、とても厄介である。単純な物量という点もあるのだが、それ以上に迫りくる奴等を対処し続けるという行為は、致命的なまでに防衛戦を張る彼彼女等の体力を気力を奪う。
しかも、物量で“ケモノ”等が攻めて来るというのに、高火力の火器が使用できない。下手をすれば、敵地にて生き埋めにされかねないのだ。
その上、“ケモノ”等が自身の仲間の死骸を盾に、防衛戦に接近する事も頭に入れておかないといけない。
───馬鹿馬鹿しくなるほどに、劣勢。
故に、どうにかして広い外に引っ張り出す必要がある。
そして、そこで開始されたのが、絨毯爆撃による巣穴の中に潜む“ケモノ”のあぶり出しだ。
一応、海上戦力として戦艦などもあるのだが、作戦内容を考えて広範囲に叩き込む必要がある事を考えると、航空戦力による絨毯爆撃が一番適しているのだろう。
「───てぇっ!」
そして、航空戦力による絨毯爆撃によって這い出してきた“ケモノ”等。
それらを目掛けて、戦艦らの火砲が火を噴く。
これが甲種以上の“ケモノ”となれば話は違ってくるのだろうが、生憎と各戦線へと進攻を開始している奴等は丙種と乙種の混成部隊。
対処をする術も知らぬ“ケモノ”等は、天から降り注ぐ鋼鉄の雨にただ打たれるしかない。
───真子島攻略作戦は、此処に。
人類の攻勢から始まった。
♢♦♢♦♢
───真子島南部戦線。
「───ブロッサムリーダーより、ブロッサム大隊各機へ。敵の攻勢が始まった。BPからの報告では、“ケモノ”の総数4000匹程度であり、南部戦線へと進攻を開始したのはおよそ2500。───如何やら奴等、お目が高い事に此方に、より多くの戦力を回してきた。なら我々も、その期待に応えなければならん」
「「「………。」」」
「───右翼の方には、アプリコット大隊が既に展開済みだ。我々も、お目が高いお客様を丁寧にもてなしてやらんといかん! 全機、突撃!!」
「「「───了解!」」」
青白い尾を引いて、人型の機械が疾走する。
そう、───それは先ほど話にも出た強化スーツ『火雷』を着込んだ“機甲突撃部隊”。
その時は、強化スーツを着た歴戦の戦士たちとの触れ込みだったのだが、こうして現物を見ると違和感を覚える。
何せ、青白い炎の尾を引いて2メートルを優に超える巨人型の機械が、近接戦を得意とする魔法少女に迫る速度で疾走しているのだから、無理はない。
そう、その姿はまるでフィクション小説にでも出て来る戦闘機を思わせる風合いだった。
『唖、唖ァァァァ!!』
『菟ゥゥゥゥ………』
『義唖ァァァァ!』
そして、その見た目に反せずに迫りくる“ケモノ”の大群を、機甲突撃部隊は排除していく。
彼等のメイン武器は、手にした生身の人間では扱えぬ、より高火力で大口径なそれでいて連射性に富んだ火器だ。そこから放たれる弾丸は、通常火器では難航する相手であろうとも、いとも簡単に“ケモノ”等の装甲を撃ち穿っていく。
「───ブロッサム1より各機。すまんが、少しだけ取りこぼしてしまった。誰か、対処できる奴はいないか」
「ブロッサム7。ブロッサム8,ブロッサム9と共にカバーに入ります」
「………助かる」
もし、魔法少女が個の戦闘を得意とするのならば、機甲突撃部隊は連携を得意とする。
元々、魔法少女の戦闘プランは、個としての強さを発揮するタイプだ。その様子は、古の英雄の具現と言っても良いのだろう。それだけの戦果を、彼女達は叩きだしているのだから。
それに対して、機甲突撃部隊の戦闘プランは、近代化が推し進められた兵士だ。量産的に、練度の高い兵士を生産していく姿は、まさに現代に適したものと言えよう。
そして、機甲突撃部隊の皆は、“ケモノ”を連携による戦力によって殲滅していく。
戦艦などの海上戦力からの支援砲撃が、“ケモノ”等を屠っていく。
魔法少女たちは、今だ戦場に現れた様子はないが、その時はきっと本腰を入れる時だ。
───血と硝煙が吹き荒れる戦場、まだ苛烈は終わらない。