第三十話 「海藻坊主」
衝撃的な週末を過ごした伊織といえど、当たり前のように明日はやってくる。
けれどそれは、───朝起きられるという当然の話ではない。
「っやっべ、遅刻、遅刻ぅ」
「姉ちゃん。これお弁当」
「危な!? ………良かった。昼飯を忘れるところだった。───それじゃぁ、行ってくるからな」
そう言って伊織は、マンションから駆け足で学校への道のりを進んでいく。
手には聖シストミア学園で指定されている鞄を、口には朝飯にと銜えた食パンの姿がそこにはある。勿論、当の伊織とてお嬢様にあるまじき行為である事は重々承知しているが、それでも朝飯を椅子に座って食べていられるほどの余裕はなかった。
道中にて。
困っている人がいたのだが、他の人が率先して助けているし、大丈夫だとそう判断をして通り過ぎていった。
街角で他の学園に通っていると思われる男子生徒とぶつかりそうになったが、そこは伊織の驚異的な身体能力で恋愛フラグをばっきりと折るが如く、避けて去って行くのだった。
「危ない、危ない。あと少しで、恋愛シミュレーションが始まるところだった。別に付き合うつもりなんてないけど、面倒な事は避けたいからな」
───人並木を駆け足で進んでいく。
勿論、魔法少女の時のような人外めいた速度を出している訳ではなく、少し速いかなといった辺り。流石の伊織とて、それくらいの常識は分かっているつもりだ。
そして、駆け足で学園へと向かう伊織の瞳に入るは、伊織と同じだろうか、聖シストミア学園の制服を着た彼彼女等の姿。
「………。敷居高い学園と言えど、案外遅刻ギリギリに駆け込んでくる奴って結構いるものだな。………私もだけど」
「伊織さんではないですか、おはようございます」
「おは、───ん?」
朝を自虐から始めるのはどうかと思い、伊織は他の人との比較を挙げてみたのだけど、逆効果だったらしく憂鬱そうな表情を浮かべる。
そんな時だった───。
伊織の事を呼ぶ声が聞こえたのだ。
普通だったら伊織とて、話半分に振り替えるだろう。実際彼女は、そのようにして振り返った───つもりだった。
「………。何してんの、徹さん」
伊織の表情が一瞬真顔になるだけの衝撃が、徹にはあった。
徹と言えば、蓮花の知り合いで結構真面目な性格だった筈。それに加えて、悪いところをただすという正義漢としての一面を持ち合わせている。
だが、伊織の目の前にいる徹は、そんな予想を斜め上に裏切ってきたのだ。
「何って。伊織さんと同じ、食べ忘れた朝食を食べているのさ」
「いや別に、食べ忘れたとかそういうのじゃないし。そもそも、朝食がパン食でそれで食べ歩くなら、まだ行儀が悪いのも分かるけどさ!」
「………確かに、日本のアニメだと朝食を食べながら登校するものだと聞いていたのだけど」
「だけどよ、茶碗と白飯、保温ボトルに味噌汁の奴が、一体何処にいるってんだ!」
そう、確かに徹は通学路を歩いている。それ自体は可笑しな話ではなく、ただただよくある一光景でしかない。
だが、一体何処の世界に、白飯を味噌汁を片手に通学路を歩く奴がいるんだって話だ。
「(あっ………。此処に一人いたわ)」
伊織としてもフィクション小説の中だけだと思っていた、食パンを銜えながらの学園登校。
けれど此処に、それを超えるだけの衝撃があるのだ。
そして、伊織としては遺憾ながらも、衝撃はそれでは終わらなかった───。
「よっ! 柳田と徹。お前等も朝飯を食い忘れたのか?」
「………。とても嫌な予感がするんだけど、コレ振り返らないと駄目なやつか?」
でも、好奇心が優先する。
けれど、伊織の食パン登校の衝撃が、消えてしまいそうになるほどの閃光が待っているかと思うと、拒否感と共に好奇心だって存在しているのだ。
そして、伊織は───健人がいる方向へと振り返るのだった。
「………。何だ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや、したくなるだろ! 何だよ、朝からカレーなんて」
「昨日の夕食が余っていたからな」
何を得意げにと、伊織は思うのだった。
伊織は、パン食にて。
徹は、白飯と味噌汁にて。
そして健人は、カレーにて。
伊織としては、最初はそれなりに稀有な出来事だと自画自賛していたのだが、いざ蓋を開けてみればどうだ。彼女の朝食なんて、フィクションとノンフィクションとの狭間で揺れる、中途半端なもの。最初から、敵いっこなかったのだ。
そして、そんなやり取りをしつつも彼等は通学路を進んでいき、いつの間にか聖シストミア学園の校門のところへとたどり着いていた。
今だ、校門が閉まる様子はない。
時間を確認してみれば、まだまだ余裕があるご様子。流石に伊織とて、走ってきていなかったら危なかっただろうが、けれどそこまでして急いでくる必要はなかったようだ。
「(………。そう言えば、蓮花の奴が学校を休んで数日が経つ、か。そろそろ出てきてもらわないと、かなり不味いよな)」
人と人同士の関係が案外シビアな聖シストミア学園の生活において、数日間の欠席はかなり不味い。伊織とて、そう思うぐらいには不味い展開なのだ。
基本的に、聖シストミア学園の交友関係は打算同士で繋がっている事が殆ど。
例外として挙げるのならば、此処にいる伊織が適任だ。少なくとも彼女は打算による友達を必要としていなく、それでいて実家に迷惑が掛かる事もない。
ちなみに、蓮花やカレンといった面々は、どちらかと言えば前者に当たる。
「………。おはよ~っ」
「伊織さん。おはようございます」
「おは───ん?」
はて、伊織の空耳だろうか。
今しがた、この場にいる筈のない人の声が聞こえたような気がする。
伊織の気のせいだと、そう断ずる事はきっとできたのだろう。けれど、早朝あった事が彼女の好奇心を活性化させていて、そちらに視線を向けるしかなかったのだ。
「───。蓮花、か?」
「───はい、伊織さん。その節はご迷惑をおかけしました」
そう、───鈴野蓮花が立っていた。
伊織が何度も家へと行っても一切の反応がなかった蓮花の姿が、唐突に今この場にあるのだ。
いや、そんな訳があるか。
知り合いを目の前で“ケモノ”に頭から食われた上に、その後の不注意で更なる被害者を生み出したのだと、本人談。それに加えて、その蓮花が言う被害者の遺体は、残っていないとだと言う。
そんな現場を見て。
精神的不調をきたして。
それでいて、数日で復活するなんて、図太い奴ならあり得る話だ。
けれど、蓮花はそんな奴ではない。
人を助ける事を心の支柱にしていて。
図太いかろうとも、繊細で。
そんな、ダイヤモンドのような硬くても柔らかい奴が、此処数日で立ち上がれる訳ないのだ。
「………。なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません。あ、あと、書類などを届けてくれてありがとうございます」
「………先生も、私じゃなくてあの男子三人組にでも頼めよな」
「まぁそうですね」
「………。ならいいんだ、それで」
確信した。
蓮花の心は、まるで“砕けたダイヤモンドの粉末状”だ。
一昔前には、ダイヤモンドは一番硬い鉱石だと流行ったのだろう。実際、目につく鉱石において一番硬くて、とても綺麗で話題性に事欠かない。
けれどそれは、事実とは異なる。
確かに硬いと噂のダイヤモンドは、その噂に違わぬ硬度を発揮する。だが、瞬時の衝撃には弱いのだ。
───そうそれは、あの事件のように。
「………。」
夕暮れ時の町並木の中を、伊織は歩いていた。
何かをする訳でもなく、何か用がある訳ではない。
ただ、考え事をするのに家では不都合で、こうして散歩と言いつつ梓ヶ丘の活気ある町へと繰り出したのだ。
「(………。私が本当に、蓮花の奴を助ける必要があるのか?)」
義務感なんて、ない。
少なくとも、魔法少女になったのは、伊織に対して戦闘技術を学んだのも、その蓮花の判断によるものだ。
たとえ、伊織に影響されたからと言っても、その責任までも彼女が背負う必要はない。
もしそれを、勝手に自らのものだと責を負うのだとすれば、それはきっと阿保と呼ばれる類であろう。
けれど、知り合いを助けたいと思うのは、果たして間違っているのだろうか。
それは、純粋な親切心の類ではなく、このもうあまりの衝撃に忘れてしまいそうになる『花咲く頃、恋歌時』という乙女ゲーにおいての方向性故だ。
当の伊織のせいでかなり前倒しとなってしまったのだけど、一応は『花恋』においてのエンディングを迎えた。だがその一方で、蓮花が誰かと付き合っているという、ハッピーエンドへと向かうための要素が、一切存在しない。
それによる、───バグ技めいた矛盾。
そもそも、魔法少女や人を喰らう“ケモノ”がいる時点で、かなり歪曲している。乙女ゲーとしてもシナリオが機能しているとは考えづらい。
けれど、一応は添加物が掛けられている現状でも、一定の大枠でありながらもルートを通っている。
まぁ、話がとても長くなってしまっているが。
要は、此処で鈴野蓮花という主人公がリタイアした時に起きる、余波をバタフライエフェクトを伊織は危惧しているのだ。
勿論、ただ蓮花を心配しているという一面もあるのだが。
「………。助ける理由はなくとも、助ける必要はある、か」
これじゃぁまるで、魔法少女と一緒だ。
人を態々助ける理由はなくとも、“ケモノ”を倒して得る“己が願いを叶える奇跡”必要性。
………馬鹿らしい話だ。
「ん? あれは………」
なんて、魔法少女の話をしていたから、こう縁を手繰り寄せてくるのだ。
そんな伊織の瞳に映るは、魔法少女関係の嗜好品。フィギュアやキャラクター品が刻まれた品々とでも言えばいいのだろうか。
実際、伊織がそれらを始めて見た時は、とても驚いたものだ。
何せ、伊織の前世や他の趣味などそういった嗜好を持つ彼等彼女等は、人前ではそれらの趣味を見せつけるという行為はしない。精々が、同種の仲間内で語り合う程度だ。
しかし、魔法少女関係は別らしい。
少なくとも、こうして店先に展示されていようとも、何かしらの罵詈雑言は聞こえない。
「───お。涼音のか。………まぁ、私の知らない制服云々はこの際置いておいて、だけどこの動物耳と尻尾はいいな。あとで、メリアにでもやってもらうか」
そもそも、動物耳と尻尾なんて伊織の部屋にはなくて。
そもそも、フレイメリアがたとえ伊織のお願いであろうとも了承してくれるとは限らない。少なくとも、目元表情を歪ませた顔で対応してくれる事間違いなし。
───嗚呼、前途多難だ。
そんな時だった。
そうやってガラス越しに伊織が涼音フィギュア(結構完成度は高い)を見ていると、───不意に掛けられた声。勿論彼女とて、その声色は誰かは知らぬ関係のない人のものだ。
故に、少々の警戒心と共に伊織は、自身の背後へと振り向いた。
「なんだ君も、魔法少女が好きなのか………」
「………。いや別に」
「何だと!? この可憐な衣装に身を包み、そして誰かのために戦う献身さ。それの何処が不満だというのか!」
伊織は、思ったよりも厄介な男性系オタクに捕まってしまった。
もし、肩などを掴みかかってくるというのならば、警察にでも突き出すつもりだ。まぁ、今のところは、そんな不埒な真似をする様子もなく、現状観察に留めているが。
さて、どうするべきか。
このまま、見知らぬ他人としてこの場を立ち去るべきなのだろうか。
「………。お前は魔法少女に詳しいのか?」
「あぁ。少なくとも、この梓ヶ丘にいる魔法少女の名前は全て覚えているし、………だけど、使える《マホウ》は全員分分からないかな」
「じゃぁ、このフィギュアの魔法少女は?」
「………名前はそこに書いてあるからカンニング臭いが。おほん。彼女は魔法少女アーチャー、使える《マホウ》は身体強化系。それで主武装が、普通よりも短めな和弓といったところか」
「へー」
「でも、この魔法少女アーチャーのフィギュアは、少し、いやだいぶ残念だな。衣装な表情、それにスタイルも似ているのだけど、この彼女が持っている和弓が少しだけ大き目だ」
話半分に聞き逃すつもりだった。
けれど、この伊織に対して話し掛けているオタクな彼は、思ったよりも魔法少女に対して紳士らしい。勿論、趣味としてだけど。
だからこそ、伊織はつい聞いてみたくなったのだ。
───その問い、を。
「魔法少女に詳しいと、お前は言ってみたよな………」
「あぁ」
「なら、一つだけ聞かせてくれ」
「───お前たちのために戦って魔法少女が死んで、それで何とも思わないのか?」
あの事件から、数日の時が過ぎ去った。
犠牲者は、数えるのも億劫になるほどに多くて、死者に至っては数える事は別の意味で苦しくなる。
けれどそれは、一般市民な彼彼女等からすれば、関係のない話。
それを踏まえた上で世間的に正しい選択肢を取るのだとすれば、知らぬ存ぜぬふりをするのが、一番人間らしい選択なのだ。
そして、───。
「その事については、………勿論、あるさ」
「………」
「でも、俺が何かを出来る筈もない、何もないんだよ。俺には力がなくて魔法少女に助けになんてなれないし、人を扇動するような演説や発言ができない。………だからこうして、汚いものに蓋をするしかないんだ」
───そう、か。
無表情なまま伊織は、少しだけ無意識的に首を傾げた。
そんな、道端で偶然出会ったような一般男性に、何かしらの期待をしていた訳ではない。そんなもの、時間の無駄だと分かり切っているからだ。
けれど、聞きたい事は十分に聞けた。
もう、いいだろ。
「………そうか。その言葉が聞けて良かったよ」
「………。良かったって、一体どういう」
「じゃぁ。会う事はないだろうが、さようなら」
そう言って伊織は、この場を去って行った。
もう、伊織が彼に会う事なんてないだろう。
なんて恰好良い事思ったのだけど、そんな事はない。精々が、もう会いたくない程度の軽蔑だったりする。
「誰かのために戦うなんて、───くだらない」
「───誰かのために戦わなくてもいいんだな」
そんな、当たり前の言葉を虚空に浮かべて───。
黄昏時。
地平線の向こうが、紅く染まる。
そんな、一種の幻想的な風景の中を、あの後別れた伊織は海岸沿いを歩いていた。
「………。」
別に、先ほどの嫌な気分とやらを紛らわせるためではない。
というか、それはもう、既に克服済みだったりする。伊織とて、ストレスの類は抱えているものであるし、それを解消する術を知っているだけだ。
けれど、その一方で問題解決が一歩進んだのと同時に、新たな問題も発生をした。
それは、どうしようもないほどに他人事で、問題を抱えている伊織からすれば他人事。正直言って、彼女には関わる必要性がない事だ。
だが、伊織の人生がたとえ死山血河の道であろうとも、そこをどう歩くかは彼女の勝手。
そうだ。───他人な蓮花のためではなく、伊織自身のためなのだ。
「そうと決まれば、さっさと蓮花には立ち直って欲しいけど。………そう簡単に上手くはいかないよなぁっ」
伊織は、自らのために蓮花を助ける事を決めたのだが、それがうまくいくとは限らない。
───『PTSD』、“心的外傷後ストレス障害”と言うのだろう。
普通は、自らが命の危険に晒された場合によるストレス障害だが、生憎と蓮花のものは少しだけ様子が異なる。
そう蓮花は、人を個としてではなく、集団として捉えてしまった。
故に、たとえ自身ではなく他人であろうとも、それが発現する可能性がある。特に、親しい間柄の関係を持つ、故人たる凪やティファニーなら尚更に。
そして、そこに発生する問題が、治療方法がうまくいくとは限らないという点。案外目的に対しては真面目な蓮花の事だから、早々心理的治療や薬物的治療がうまくいくとは限らない。
実際、政府の医療機関に蓮花は足を運んだ事があるが、結果はあの通りだ。
伊織に何かができるなんて、それは思い上がった思い込み。
誰かが誰かのためにできる事なんて限られていて、今回はその役目ではない。
───けれど。
「───ん? あれは………」
そんな、失墜の中、海岸を歩いていた伊織が目にしたのは、徹たち男子生徒等三人組だった。
………嫌な予感がしないというのは、嘘になるのだろう。実際、今日の朝なんて、嫌な予感を今現在進行形で思わせるほどに衝撃的であったし、彼等のシルエットがそれを更に駆り立てる。
けれど、そんな嫌な予感がする伊織は、少しだけ気分が悪い。
少しだけ、馬鹿な出来事に付き合うのも、悪くない気がする。
「よっ! お前等。そんなところで何をしているんだ?」
───ざっ、ざっ、ざっ。
伊織が歩く砂浜の沈みこませるような音が、辺りに聞こえる。
勿論、伊織の呼びかけや彼女の足音で、彼等三人組は此方に気付いたようで振り向いた。
「あ、柳田さん」
「よっ、伊織さん」
「お疲れ様です、伊織さん」
「………。何やってんだ、お前等………」
頭が別の意味で痛くなってくる。
いや実際、早朝学園に向かいながら朝食を食べるというシーンは、ある種のフィクション小説ではありふれたイベントだ。勿論伊織とて、その題材となった元ネタは知らないのだけど。
だが、それはまだ序の口だったと、今になって理解ができる。
何せ、伊織の目の前に広がる徹たち三人組の姿は───。
「何って、それは考え事をしているのだけど………」
「まぁ考え事云々はこの際置いておいて。誰が、───頭から海藻を被る奴がいるんだって話だ!」
そう、非現実的な嘘偽りな馬鹿話かと思うかもしれないが、伊織にとってはこれが現実だ。
一応、伊織としてはあまり関わる機会がない故に忘れがちになるが、徹や健人、それに啓介の三人は、誰もが別ベクトルにイケメンである。それも、外見だけの薄っぺらいものではなく、中身までイケメンなのだから、とても困った話だ。
けれど、今日にしてみてどうだ。
東西様々な朝食を食べつつ通学路を駆け抜けたと言う方、がまだマシと思うほどの衝撃。しかして、波状攻撃を受けた伊織の精神はかなり限界に近付いている。
………頭が痛くなる話だ。
「あぁ、これか。そこらへんの砂浜で拾った海藻で、最初はバカ騒ぎのつもりだったが。いざやってみると、ひんやりとした冷たさで、結構いいんだぞ」
「いいんだぞ、って話じゃねぇんだよ。………それでお前等も、こうして付き合っているのか?」
「まぁね。けど、案外いいものだよ、これ」
嗚呼、早朝の良心であった啓介もこの通り、か。
「………。それで、この際海藻を頭に被るという行為はいいけど。能天気なお前等だから、案外悩みなんてないか、それとも解決済みかと思っていたけど」
「残念ながら、俺は柳田さんの思っているような超人でもなければ、気遣い上手って訳でもないからな」
「ほぅ───」
「それよりも、丁度柳田さんが来てくれるというなら話は早い。───蓮花さんの事について何か知っていないか?」
予想外の事が起きた。
いや別に、予想外ってレベルの話ではないだろう。
何せ、徹たち三人組は、当の蓮花とはかなり親密な関係だ。たとえ、恋愛関係にまで足を踏み入れていないとしても、十分な動機になるだろう。
だが、伊織が予想外と思ったのはそこではない。
確かに蓮花は、此処数日間を休んでいたのだが、今日に限って言えば学園へと来ていて通常通りに授業を受けていた。最初はそんな彼女に懐疑的な対応を取っていた他の生徒等も、案外すぐに手を引いていたのだ。
けれど、───三人は違っていた。
「まぁ少し。流石にこれ以上は、機密的に下手な事は言えないけど、ちょっと精神的な障害があってな」
「「「………」」」
一応、徹や健人、啓介の三人は、伊織と蓮花が魔法少女をやっている事を知っている、数少ない部外者だ。
だが、ある程度の予想がついてしまう。
この前あった事件で、“ケモノ”がこの梓ヶ丘に攻めてきて、それで決して少なくない死傷者を出した。それに加えて、重症者なども含めれば、かなりの数になる事だろう。
そして、此処最近の蓮花の様子。
何かしらのストレス障害に掛かっていても、可笑しくはないという話に繋がるのだ。
しかし、此処にいる三人に薬学の知識もなければ、心理学の知識もない。
いやそもそも、知識があってもそれを行うだけの資格も技術もなければ無理な話だ。
他人に頼るという手も確かにあるが、少なくとも今だ元の生活に戻れていない人たちがいる現状。下手に権力ごり押しな手段は不味いのだと、彼等三人組は分かっているのだ。
そんな、徹等からしたら八方は余計でも、六方辺りは塞がっている今しがた。
───衝撃は唐突に。
「───なぁ。海藻、残っているか?」
「………。あるよ」
「ありがとう」
そう、徹から例の海藻を受け取り何を思ったのか、伊織は───頭から被ったのだ。
今現在、海藻を頭から海藻を被った奴が三人から四人になったところで、大した差は感じられない。精々が、知り合いが偶然たどり着いて、同じ事をやりだした程度の話なのだろう。
けれど、その四人目が問題なのだ。
一応、徹は良いところの出だけど、その継承順位は高くはない。
しかし、伊織は違う。柳田家次期当主候補である彼女がこんな阿保な事をしていて、ジジィはともかくとして彼女を担ぎ上げている連中からすれば
だが、やってみれば分かるのだが、これが案外良さそうなのだ。
視界は悪くとも、ひんやりとした感触が知恵熱を起こしかけている伊織自身の頭を強制的にひやしてくる。いや、先ほどの視界が海藻で遮られているのも、余分な事象を入れての集中力増大を狙っているのかもしれない。
ただまぁ、少しだけ欠点を上げるとするのならば、潮臭くなるのと髪の毛に重大なダメージを与えるかもしれないという点だ。
まだ男性陣であったのならば、その程度のがさつは許されていたのかもしれないが、生憎と当の伊織は女性である。
他の人からぐちぐち言われる程度ならば、我慢をすれば問題はないのだろう。
けれど、───フレイメリアに嫌われる事だけは避けたい!
「(………結構、いいなこれ。さっきまでの頭痛が止んだ気がする。………けど、この磯臭さは、どうにかならないのか)」
そんな、致命的でどうでもいい事を思いつつも伊織は、思考を循環させる。
もうかれこれ数時間以上は蓮花の事で悩んでいるのだが、纏まるどころか解答(仮)すら出ていない。これが、ある程度の蓮花との時間を過ごしていても心の溝が残っている、そんな伊織の限界なのだろうか。
普通だったら、あまり諦めたくない問題。
けれど、この場には悩み続けている伊織の他に、蓮花と親しい人がいるのではないか───。
「───なぁ、お前等。鈴野蓮花はどんな奴だと思っている?」
ふと、ガラスのコップを傾けて垂れ落ちる水が如く、伊織は何気ない言葉を零したのだった。
それに対して、徹や健人、それに啓介は何言ってんだと、不思議そうな表情をしている。唐突過ぎて、内容がまだ頭の中に入ってきていないらしい。
しかし、一応の合点がいったのか、先ほどまでの表情に彼等は戻すのだった。
「うん、蓮花さんか。確かに良い娘だと思うよ」
「まぁ確かに徹の言う通り良い娘だと思うけどよ。なんか危なっかしいんだよな、アイツ」
「………例えば、どんな風に?」
「何て言ったらいいんだか。………アイツは普通に過ごせるだけのコミュ力はあるし、他人だって気遣えるんだけどよ………」
「………。綱渡りをしているような?」
「そう! それだ、啓!」
綱渡り。
確かにそれは、的を射ている気がする。
───鈴野蓮花には裏がある。
それは、伊織が此処数か月を共に過ごして分かった事だ。なんとなくだけど、愛嬌良い感じで振る舞っていても、他人からすれば察知する事ができないほどの微かな陰り。
けれど、それが一体何かは、驚異的な感覚で探り当てた伊織とて分からない。こういう、素顔を好意によって隠すタイプは、バレてもその内容を悟らせないものだ。
ちなみに、伊織はプロフィールを碌に見ていなかったりするので、『花咲く頃、恋歌時』の時の蓮花の裏がどうなっているのか、全然分からなかったりする。
どうするべき、か。
どうにか蓮花に、抱えている裏を喋ってもらうのだろうか。
いいや、それは悪手というか、そもそも無理難題なのだ。
前に匂わせつつも裏を探ろうとしたのだが、伊織の他愛のない話は、さりげなく当の蓮花に受け流される事となった。格闘術は何かしらの癖があってうまくないのに、言葉の受け流しは達者な事で。
───で、あれば。
少々、御膳立てをする必要が出て来るが。まぁこればかりは、蓮花が復活してもらうための必要経費だ。………なるべく、最低限の経費にしようか、ホント。
そのためにはまず、───彼等にも頑張ってもらうとしよう。
「───なぁお前たち。少しだけ頑張るつもりはないか?」
普通なら、何を唐突にと思うかもしれないが。
生憎と、当の伊織と少しだけの関係であるにも関わらず、徹たち男子三人組はにっと笑った。
「柳田さん。俺にできる事であれば手伝いますよ」
「お。何か蓮花の奴のためになる事を思い付いたのか、伊織!」
「できれば、あまり動きたくないんですが。蓮花さんのためですし、出来る限り頑張ります」
案外、ノリの良い奴等な事で。
いやそもそも、ノリの悪い奴等が今朝の朝食の件や、今現在進行形で続いている海藻を頭から被っている行為もやらないか。
最初の頃だったら、一線引いて蓮花の親しい友人程度の扱いだったが、今では案外ノリの良い奴等だと認識を改める必要がありそうだ。
「よし───。なら、明日の放課後を空けておいてくれ。私が後から、蓮花を無理矢理にでも連れて行くから」
「? そんなんでいいのか?」
「やる事が少ないって顔だけど、安心しろ。その後から、きっちり働いてもらうから」
───決行、明日の急行電車。
どうなるかは、それを計画している伊織とて、分からないお先真っ暗闇なイベントになりそうだ。
けれど、何故か伊織は案外どうにかなると、そう思っていたりもする。
───アイツも案外、ノリが良い奴だからな。




