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プリズム☆グレイ ~令嬢な魔法少女のカノジョは魔法が使いたい~   作者: 高災禍=1
第三章『起死回生の章』
31/43

第二十八話「頂」

 当日、“乙女課”にて。

 その日伊織は、美琴との模擬戦のために“乙女課”へと訪れたのだった。

 けれど、今回に至っては室長室へと直行したりはしない。一応まだ伊織は部外者的な扱いな上に、今日の行き先はそこではないからだ。


「………。」


 そう考えてみると、この光景は伊織にとって初めてのものである。

 何せ、初めて訪れた顔合わせの際には、最短ルートを通ってきたために、ロビー辺りは殆ど使わなかったのだ。態々、野良の魔法少女を“乙女課”に招き入れるなんて、外聞的にも悪いからである。それは、第二次試験においての他の女子生徒の反応をみれば分かる事だ。

 そして、先に挙げた第二次試験においても、確かにロビーを横断する形にはなったのだが、そこにはあまり人はいなかった。何か用事でもあったのだろうか。

 だからこそ、こうした人が行きかうロビーという光景は、伊織にとって初めての光景だった。


 人混みの中をスルスルと、伊織は歩いていく。

 その足取りに、何ら問題はない。

 そんな、人並木の中に隠し進んでいく伊織に対して、彼女も知らぬ誰かからの声が掛けられた。


「───少しいいかな? そこの人」

「………。私か?」


 そう言って伊織が振り返ると、何処かの礼服を思わせる服装をしている女性。濃い茶髪でありながら、丸っこい少しぼやっとした瞳を持つ彼女。

 こうして振り返ってみても、当然の如く伊織が知らぬ人であった。

 しかし、向こうの反応を見る限りでは、伊織自身に何かしらの接点があるようで。

 もしかしたら、今日行われる模擬戦の件なのだろうか。


「………。やっぱり」

「? やっぱり?」

「あぁ、すまない。以前というか少し前、この町に“ケモノ”の大群が押し寄せてきた事があって。その時貴女を見かけたけど、“乙女課”に確認してみたけど記録がなくて」


 そんな事もあったなと、思い出す伊織。

 だが、今伊織の目の前にいる彼女について、何かしら思い出す事は一切なかった。

 その一方で、予想は付くという話だ。

 おそらくは、一度此処にたどり着いた時にでも、伊織の姿を彼女は見たのだろう。“ケモノ”討伐の際には、他の魔法少女とは碌に会っていなかったから。


 しかし、そうなると、だ。

 何故、伊織の目の前にいる彼女が、態々話し掛けてきたのか。その理由について、検討もつかないほどに不明である。

 少なくとも、“ケモノ”から彼女を助けた訳でもないし、当の伊織も他の行為で誰かしらを助けた記憶がないのだ。


「───。それで、私に何か用か」

「いえ、特に用ってほど、何かある訳じゃないけど。でも、あの時の貴女の戦いぶりを拝見しまして、一体どんな魔法少女かと思いまして」


 なるほど。

 確かに伊織としても、第二者目線からは想定していなかった。

 それに、あの時というか戦っている時の伊織は、第三者からの観察を察知する事はあまり慣れていない。基本としては、不意打ちなどを起点とした、殺気や闘気を彼女は特に察知できるようにしているからだ。


「………。それでどうだ? 実物を目の前にして。期待外れでもしたか?」

「いえ全然。それよりも、正式の魔法少女ではないのですね」

「まぁな。元は野良の魔法少女、今は正式な魔法少女になるために追試中といったところだ」

「………、不思議」

「不思議、だな」


 とはいえ、伊織が《マホウ》を虚偽報告というか適当に誤魔化していたのは、流石に不味かったと言えよう。

 だが、そんな事実をぺらぺらと喋る訳にはいかない。

 詰まる話が、伊織の評価としては能力としては問題ないが、素行に問題があるという。とある職種の人からすれば、頭が痛くなる人種なのだ。


「………。いたのぅ」

「───、補足」


 その瞬間───いやより正確に言うとなれば少し前に、当たり障りのない雑談や行きかう連絡事項。それらが互いに交差をして、ジェンガの如く奇妙な調和を作り出していた。

 それが消え去ったのだ───。

 理由は此処からでは分からずじまい。

 だがしかし、伊織にはある程度の予測が立てられるほどの要素が、予め用意されているのだった。


「………。やっぱり、ミコトとあとは………、誰だっけ?」

「───魔法少女ガラテア」

「あぁそうそう。ガラテアさんだ」


 そう、伊織が言うように、彼女の目の前には美琴と本名は知らないが魔法少女ガラテアが、そこに立っていた。

 しかして、その二人の彼女の服装が、少しだけ驚く物だった。

 いや別に、予想は出来るだけの要素は揃っていた筈なのだ。だが伊織は、その要素などを不必要なものだと、そう判断してしまった。


 ───紺、それも黒よりの。

 きっちりとした礼服は、上着とズボン。一瞬伊織には男性用にも思えたのだが、よりじっくりと見た後ではおそらく女性用なのだと判断できる。

 そして、そんなにじっくりと見ていれば相手方を気付くのは当たり前で。

 ───にやりと、ミコトの表情が変わったような気が………、いや絶対確信犯だアレ!?


「良いじゃろぅ、良いじゃろーっ。正式な魔法少女になった際に貰える隊服じゃて、通気性防寒頑丈性、どれも優れておっての」

「隊服。………、礼服の類じゃないのか」

「………礼服かの。前にこれと一緒に貰ったがの、態々あんな動きづらい物、着る訳がなかろうて」


 確かに、正式な魔法少女用に用意された隊服だと考える事ができるのだろう。

 前にあった“ケモノ”による攻勢の戦闘時にも、他の魔法少女等が着ていた筈。隊としての一体感なども考えれば、そうあり得ない話でもない。

 何せ魔法少女とは、人を喰らう“ケモノ”等を倒す者の名である。

 だが、魔法少女と言えど、“ケモノ”の物量の前には敵わない。

 故に、隊という形で運用する事で、数万という“ケモノ”の相手を取る事を可能としているのだ。


「(………というか、一体どんな仕組みになっているんだ? 心象礼装を脱ぐ訳にはいかないし、上着にでもなっているのか?)」


「知り合い、なんですね」

「まぁ私の古い知り合いってところかな? ガラテアさんの方はこの前が初めてだけど」

「………」


 ちなみに、伊織が魔法少女ガラテアにさん付けをするのには、何か大きな理由が………なかったりもする。所謂、呼びやすいから『ちゃん』や『君』を名前の後ろに付けるのと、大体同じである。

 だが、美琴に関しては呼びやすいかそれ以前に、伊織としてはそう呼ぶ事は、彼女自らのプライドが許さない。

 巷では、プライドなんて碌でもないと言うのかもしれないが、正規の手段で勝ち取ったものであればそれは誇りであり勲章だ。それ自体もくだらないものだとそう断ずるのかもしれないが、伊織としてはくだらないものではない。


「っと。そうそう、もうそろそろ模擬戦を始めるからの。付いてきてくれないか」

「えーっ、まだ時間早くないか。正確な場所は私は知らないけど、そこまで掛かる距離でもないだろ」

「良い場所を取りたいじゃろ。時間ギリギリに行ったとしても、貧相な模擬戦場しか残っておらぬ事もあるからの」

「なら、先に取っておけよ、それくらい。───それじゃ、またな!」


 そう言って伊織は、ぶつくさ文句を言いつつも美琴と魔法少女ガラテアの後に付いて行くのだった。

 その足取りは、あまりよくはない。

 確かに、伊織の訓練相手になれる数少ない一人であろう、美琴は。

 だがしかし、こうした何かしらの裏事情が絡んだ中で模擬戦を行うという事は、たとえ伊織でなくてもあまり気乗りしないものだろう。


「………。そう言えばさっきの人、名前を聞き忘れていたな。私もだけど」






 “乙女課”の建物の中にある模擬戦場は、魔法少女が強くなるための施設だ。

 と言っても、“ケモノ”に対してだけではない。確かに魔法少女は、“ケモノ”と戦う事を求められているのだが、だがそれでも敵は何も“()()()()()()()()()のだ。

 そのための模擬戦場。

 ───魔法少女同士も戦い合い、お互いの力量を高め合っていく場でもあるのだ。


「───さて、そろそろ始めようとするかの」


 あの隊服は羽織るタイプの上着だったのか、前に見た改造和服姿へと美琴は変じる。

 そして、腰に差した二振りの日本刀(つるぎ)。───既に準備は万全らしい。


「それで。一体どうやって模擬戦をする。前にやった試験の時のようにでもするのか?」

「阿保か。確かに此処にはそれを行うだけの設備があるがの、───お主が()()を出せぬじゃろうが」


 ───嗚呼、納得をした。

 伊織の古い知り合いな上に、彼女でさえそう簡単に倒せない、九重美琴こと魔法少女ミコト。

 壁の向こうに見える、“乙女課”のお偉いさんな皆森賀状。

 それと、その隣に何故かいる魔法少女ガラテア。

 今回の模擬戦は、何も魔法少女グレイとしてではなく、()()()()としての実力を測りたかったらしい。如何やら、その辺の情報は涼音はないとして、おそらくは美琴辺りから流れた結果なのだろう。

 本当に、面倒くさい事をしてくれたものだ。


「………それで。まさかと思うけど、態々私が何の理由もなく本気で戦うと、そう思っているんじゃないか。───耄碌でもしたか美琴」

「阿保抜かせ、耄碌しておらぬぞ。───だからこそ、少々荒療治になるとは思うが、その本気無理矢理にでも抜かせてもらうぞ!」



 ───静寂が辺りを包んだ。



「魔法少女グレイ。見習いであるが、精々お手柔らかに」


「魔法少女ミコト。特位に恥じぬ戦いを見せてやろうぞ」



「───いざ、尋常に」


「───勝負ぞ!」




 互いに駆け出した。

 結び合う刀々。

 甲高い、鋼の熱量が辺りに伝播する。



《九重流、椛》



 先に攻へと転じたは、ミコトの方だった。

 流麗の如く河の流れの如く、二振りの剣戟が舞う。

 伊織の対応は、最低限の受け流しに最大限の回避。受けたり受け流したりは、完全なる悪手であるの。もし、まともに受け流しなどで対応しようものなら、受け流しの隙を付け穿たれるか、対応しきれなくなるのがオチだ。


《柳田我流剣術、簪》


 だがそれは、相手も同じ。

 確かに、連続して技を放ち続ければそれは、無敵。

 しかしてそれは、一部の例外を除いて不可能であるのだ。技の継ぎ目には、必ずと言っていいほどに一瞬の隙が生じる。

 そして今回で言えば、相手がかなりの強敵、一連の技故に隙なんて存在しないのだが。

 ───ねじ込むだけの、一瞬の虚空は存在する。


「───っ!」


 流石は、九重流の娘と言った辺り、か。

 若干無理矢理にでもねじ込まれた雷の如くの一閃。

 それをミコトは、回避は不可能だと断じ、二刀の刀にて甲高い金音と共に防ぎ切った。


 そして、先ほどのお返しだと云わんばかりに、弾き飛ばす小太刀『夜空』に小太刀『小桜』による一撃。

 だが伊織も、その程度の一撃を食らう訳もあらず、いとも簡単にそれを避けるのだった。



《柳田我流剣術、神薙》



《九重流剣術、波浪》



 だが伊織は、それだけでは止まらなかった。

 打ち込むは、前回の人型の“ケモノ”に打ち込んだ、鋭い二撃による斬撃。

 白閃、軌跡を描く鋼の小尾が斬撃の後を追い、それよりも先行するようにソレは刃物鋭く叩き込まれるのだった。


 しかし、それで終わるのなら、柳田本家次期当主候補である柳田伊織の相手が務まる訳がなかった。

 ───ましてや、九重流の娘たる九重美琴がその程度の些事で、終わる止まる訳がない。

 それを示すようにミコトは、伊織の鋼の如く二撃を相殺するかのように、斬撃を放つ。

 そしてそれがミコトの目論見通りなのか、完全に先の伊織による二撃は互いにぶつかり合う波の如く、無効化されたのだった。


「………。」


「………。」


 ───勿論、ミコトも伊織も、両者共分かっている事実だ。

 これは、仕切り直し。

 相手と相手の実力差を確かめるためだけの、この一連の連撃等に一応の区切りをつけるためだけの、鋼の一閃。

 一種のお遊びのようなものだ。

 ───けれど、お互いの実力を知るに、十分過ぎるほどの剣戟の間であったと言えよう。


「───なるほど。魔法少女になると、《マホウ》によってそこまでの強化がされるのか」

「まぁ儂は、二重詠唱者(ダブルキャスト)じゃからの。その内の一つが“演算能力の向上”。このおかげで、儂の技のキレも半端ないって」

「よく分かったよ。何故、魔法少女が───彼女等が保有する《マホウ》がそれほどまでに特別視されているのか」


 所謂、恩恵(ギフト)というやつなのだろう。

 けれどミコトは、それに振り回されている訳でもなく、むしろ十全に扱えるだけの練度を積んでいる。

 少なくとも、いきなり強大な力を与えられただけの魔法少女と、そう侮る訳にはいかない。もっとも、その比較対象が九重流の娘たる美琴であるが故に、その前提条件が間違っていると言うしかないが。


 だが伊織は、予想だにしていなかった。

 ───魔法少女の深淵は、まだ此処ではない、と。


「───ふむ。伊織よ、まだお主は魔法少女というものを分かっておらぬようじゃな」

「へぇっ。魔法少女はまだ序の口と言うか。───なら、その先を見せて貰うぞ」



 ♢♦♢♦♢



 模擬戦場外にて。

 皆森賀状は、己の幸運を噛み締めるのと同時に、ひたりと流れ落ちる冷や汗を感じていた。

 確かに、賀状本人の勘は外れてはいなかった。そもそも、かなり優秀な魔法少女である涼音ことアーチャーの知り合いだとはいえ、野良の魔法少女を“乙女課”へと態々呼び出して誘うなんて、前代未聞の話だ。

 だが、賀状が伊織を一目見た際に感じた、───恐ろしいほどまでに研ぎ澄まされた、まるで刀身の如く。


「(………だがそれも、俺の予想を遥かに超えていたに違いない)」


 魔法少女グレイは、きっと強者であろう。

 そう、賀状の予想では魔法少女アーチャーに匹敵する、それほどまでに優秀な魔法少女な筈だったのだ。

 しかし、それならば目の前の光景は何だ。

 魔法少女という超常的な存在が一般的となった現代でさえ、その世界中の魔法少女の中で10本の指に入るほどの力量を持つ、魔法少女ミコト。そんな彼女がたとえ今だ《マホウ》を一種類だけしか使用していない現状であろうとも拮抗する、野良の魔法少女たる伊織。

 ───賀状と魔法少女ガラテアは今、あり得ない光景を見ているに違いない。


「───っ!」

「───!」


 そんな驚きに満ちていると、───その瞬間感じた戦場が第二段階(ツーフェイズ)を通り越して、最終段階(ラストフェイズ)を至る、その悪寒。

 そして、賀状と魔法少女ガラテアには、今から起きる頂上決戦が理解できるのだ。


「───っ、まさか! 君はそこまでだと思うのか、彼女(伊織)をっ」



 ♢♦♢♦♢



 仕切り直されて、少しばかりの時間を浪費した。


 ───戦場の空気が一変した。

 その感覚でしか押して図れない事実は、当然の如く伊織にも分かっている。


「───そこまで言うであれば、見せてやろうぞ!」


 そのミコトの言葉と同時に荒れ狂う、魔力や闘気の類。

 それらが暴風となって、辺りに吹き荒れる。動けなくなるほどではないが、それでも伊織でさえも動きに支障が出るほどの嵐。

 このままでは、伊織の戦闘力は各段に低下をする。


 その事実は、嵐を引き起こしたミコトでさえ、理解できるものに違いない。

 だが、嵐を越えた先にある凪の如く、───静けさを纏う。


「───っ!」


 ───予感が告げた。

 伊織の持つ死線を感じ取る未来視とは違う、純然たる第六感。これは火山噴火前の前触れのようなもの、この静けさも前振りでしかない。

 久しぶりと言うほどではないが感じる、死の脅威。

 そのひりひりとした戦場特有の空気に伊織は、刀を構えるのと同時に───少しだけ笑ったような気がした。




「───土塊に鋼。


 ───其の(かいな)に燈火を。


 ───幾千幾多の鍛造技法。


 ───今だ、『一』に至らず。




 ───世界が変わる、そんな予感。

 しかして、事実めいた第六感。

 世界がまるで創り変えられる、神技にも等しい奥義。


「───っ!?」


 それを感じ取った伊織は、考えるよりも先に駆け出していた。

 駆ける速度は、一足単にて。

 神速の技を以てして、解き放つ。



《柳田我流剣術、第五秘刀・雷光》



「───さぁさぁ、我が世界御覧じろ! ───終、領域顕象、幾度万千の刀塚」



 ───世界が、変わる。






 焔が走る。

 土塊の地面。

 光差さぬ、曇天模様。

 嗚呼、きっと此処は───。


「───、鍛刀場、だ」


「惜しいのぅ。それでは50点じゃの」


 そう呟いた伊織の視線の先、先程彼女が外した当のミコトが腰を下ろしていた。

 ───正直、苛つく思いだ。


「───良い景色じゃろ。どれ、酒の一杯はどうかの?」

「何だ。さっきはあぁは言ったのに、訂正でもする気か?」

「そちこそ何を言うか、これだから最近の若者は。それだからお主は貧乳なのじゃぞ」

「───あ? 今何って言った?」


 と伊織は言うが、彼女の思考は冷ややかであった。


「───それで、此処は一体何だ?」

「おぉ、それを言うを忘れておったの」


 そう言ってミコトは、よいせっとの掛け声と立ち上がる。その足取りは、先程酒をかなり呑んだ者とは思えないほどに軽やかであった。


「まず、魔法少女としての能力と衣装はの、その当人の心象の具現化じゃ。お主は《マホウ》が使えぬから、あまり実感が湧かないじゃろうがな」

「………だが、それと、世界すらも塗り替える話とでは、また別の話ではないのか?」

「確かにの、当の本人と世界は、碌な繋がりなんてなかろう。───じゃが此処は、儂の世界じゃぞ」

「世界を侵食………。いや違う。───入れ替えたと言った方が正しいのか?」




 これは、魔法少女になって日の浅い伊織の知らぬ事である。

 そもそも、魔法少女の奥の手には様々なものを具現化させるものが存在する。物質の具現化ないし、現象の具現化など。

 その中でも、世界を具現化させるという行為は、かなり難しいものとなる。

 何せ、創生の逸話なんて神代の最高神が行うもので、同時に世界からの修正力が働く。───故にそれは、人の身に余る行為なのだ。

 しかし、それでも此処に新たな世界は成立した。

 そう、魔法少女は自らの内に世界を構築するのと同時に、“異相変換”という技術を使い、無理矢理にでも新たな世界を成立させているのだ。

 だがしかし、それでも世界からの修正力が働くのも事実。

 それでもこの一時。この僅かな時間であろうとも十分過ぎる恩恵だったのだ───。




「流石は、柳田伊織。頭の回転が速い奴は、結構好き。───じゃがな!!」


 ───ガァン!!

 甲高い鋼音が、辺りに鳴り響く。

 それは、ミコトから放たれた一撃を伊織が防いだ事による、結果。

 だがしかし、先の一撃を難なく防ぎきった当の伊織は、怪訝な表情をするのだった。


「───刀、か?」


 そう、伊織が言う視線の先には、地面に突き刺さった刀が一振。先の一撃でもあるのだ。

 ───刀の飛来。

 柳田流剣術のその曲芸、《刀穿ち》を思わせる一撃だったと言えよう。

 だが、ミコトにそのような一撃を放つ素振りは、一切なかった。

 詰まる話が、───。


「刀を操っている、のか?」



 ───ガキィン!!



「何をしているぞ? ───此処は戦場。まだ戦いは終わっておらぬぞ」






 ───刀が飛来する。

 その数、おおよそ20ばかり。

 だがそれは、一撃に非ず。小銃を思わせる銃撃の弾幕であった。

 しかし、それと決定的に違うのは、装填の隙すら一切ない点である。

 おかげで、今は相手の手の内を探っている伊織でさえ、前へと進めていない。


「………。厄介な」

「ほれどうした、足が前へと進んでおらぬぞ」

「───、言ってろ」


 捌き続けて、回避をする。


 正直言って、手詰まりであった。

 何せ、下手にミコトとの間合いを詰めようものなら、先の伊織のように全方位からの多段爆撃を受けかねない。

 そのおかげで、幾つか見える、目新しい刀傷。


「(………。使うしかないのか、切り札を。───っと!)」


 そう、深く思考するだけの時間も余裕も、今の伊織には存在していない。魔法少女となった彼女でさえもギリギリな、処理をしているのだ。

 だが、本気の伊織であれば問題ない。

 ───詰まる話が、伊織が隠している本気を、出すか否か。


「嗚呼、もうこの隠し事は無理、か───」


 不意に漏れる、伊織の言葉。

 覚悟は未だ決まっておらず、けれど───無様に負ける結末を伊織は望んでいるのではない。

 ───これはきっと、間違いであっても、決して、間違いではないのだ。




「───基本術理、解析


 ───身体操作、投影


 ───使用武装、投射


 ───積載経験、憑依


 ───投影、全工程完了(オールクリア)



 伊織の愛刀『絶海制覇』を手に、彼女は構えを取る。

 これから放つは、伊織の本気。

 ミコトに傾いていた世界が、伊織の覇気によって塗りつぶされていく。

 ───そして放つは、過去の古強者のその絶技。



《模倣剣術、暖簾》



 迫りくる、剣戟の群れ。

 その数、おおよそ先の2倍と少し───50に届く刀の飛来。普段の伊織では、対応不可能な数であった。

 そして、飛来し突き刺さる、刀の数々。

 たとえ、魔法少女な上元より頑丈な伊織でさえ、その命の灯が尽きるのは間違いない。



 ───だがそこに、今だ伊織は立っていた。



「───なるほど、のぅ。《暖簾》か。───ようやく、本気を出したかの」

「元々、本気を出すつもりはなかったが。出すからには、───本気で行かせてもらうぞ」


 伊織の低く鈍い言葉に対して、ミコトはにっと邪悪そうな表情を浮かべるのだった。

 これから始まるは、頂上試合。

 ───終幕を告げる、地面を蹴る音が辺りに鳴り響いた。






 飛来する刀。

 止め通りのない銃撃。

 その数、当の伊織が対応しきれない、おおよそ50。

 しかして伊織は、その刀による銃撃の中を駆け抜けていた。



 ───間合いにして、三足単。

    そこは、ミコトの絶殺の間合いであった。



「───っ!」


 間合いを詰めにきた伊織の周りに展開される、幾多万千の刀塚の墓碑。先程よりも数が多い、確実に伊織を仕留めにきた、そんな一撃であった。

 先までの伊織であったのならば、きっと後退していたに違いない。

 だが、───。



《柳田我流剣術、朧》



 ───それでも、前へと進んだ。



 けれど、他人から見ればそれは、愚直で引く事を知らぬ正真正銘の馬鹿である。

 無策無鉄砲の特効主義者。

 嗚呼、それでも伊織は、───未来を見ていた。


「───、ようやくたどり着いたぞ、美琴ォっ!」

「じゃが、まだ儂が負けた訳ではあるまい。───いくぞ、伊織ぃっ!」


 ───現実が未来へと、たどり着いた。

 今日一番の、地平線の向こうへと届くまでの、甲高い鋼音。

 それに伴う、鍛刀如きの熱い火花。

 刀に人生を捧げてきた刃の如く鋭い表情が、お互いに映る。


 ───そこは、剣劇の間合い。

    伊織とミコト、両者の間合いだった。


「───っ!」

「───っ!」


 鍔迫り合いが続く。

 こうなれば、身体能力の差なぞ、誤差でしかない。たとえ魔法少女同士で優劣が付こうとも、技術の差で幾らでもひっくり返る。

 ───そう、どちらがこの鍔迫り合いで勝つ、か。

 その結果で、戦局の流れが変わる。


 腕が亀甲し合うのなら、後は所謂運次第。

 だが、運が良いと言うのは、運を掴みに行く行為そのもので。

 ───必然的に、伊織へと転がり落ちた。



《柳田我流剣術、鎧通し》



「───っ!」


 鍔迫り合いの、一瞬にも満たない、刹那僅かな影。

 そして、叩き込まれた伊織の一撃。



 ───後天的な祝福を、技量で以って凌駕する!



《模倣剣術、織神》




 構えは上段。

 適度な緩みを肉体に抱き。

 技の始発は、そこを以ってして放たれた。


 ───《立火花》。


 上段からの一撃。

 そして、振り下ろした刀の切っ先が切り替わり、跳ね上げるようにして伊織は、流れるように二撃目を放つ。


 ───《日和》。


 コンパクトにまとめられた、横凪による三撃目。

 そして、その軌跡をなぞるかのように、切り返して振るわれる切り返し。


 ───《葉月》。


 交差の四五撃目。

 まるで、そこに今だ軌跡が残存しているかのような、鋭さ目一杯の斬撃を放つのだった。


 ───《連鶴》

 ───《紅葉》

 ───《蓮》

 ───《和田津》



 これほどまでの、連続して放たれる斬撃。

 確かに、疲労などを無視して考えれば、攻め続ければ反撃される事はまずもってない。攻撃は最大の防御とは、上手く言ったものだ。

 だがそれは、机上の空論でしかない。

 息継ぎのタイミングでも僅かな隙は出来るし、技と技を繋ぐ際の硬直や選択肢、それにそもそも腕が耐えられない。


 だがここに、───それを可能とした技が存在する。

 武芸に通じし古強者が編み出した、《折り紙》その剣術の技にて。継ぎ手継ぎ手の間の隙を恐ろしいまでに減らした、攻防一体の剣技。

 しかして、人間の限界なぞは知れているだろう。疲れを極力減らす、脇構えがある時点で。

 だが、伊織ならば───魔法少女となった彼女ならば、その限界値なぞ当の昔に引き上げているのだ。


「───っ!」


 予想以上に続く、剣技の雪崩。

 美琴とて、伊織の実力は知っているつもりだ。そして、彼女はこの技を一度見た事があるので、対策は十二分に出来ると、そう思っていた。

 だが、美琴の予想を超える、伊織から放たれる隙のない剣技の嵐。

 美琴自身の限界も既に許容力を超えていて、───距離を取ってしまった。


「───っ、らぁっ!」

「───ちぃっ!?」



《柳田我流剣術、第三秘刀・天翔五勢ノ剣》



 そして、満を持して放たれる、一撃必殺の伊織の一撃。

 それをまともに受けてしまったミコトの刀は、甲高い鋼音と共に砕け散ってしまった。

 前は何やら違う感触と共に叩き切る扱いをしていたのだが、それは本来の扱いとは異なる。まるで、切っ先が伸びたかのような剣圧と衝撃波で以てして、広範囲の敵を倒すのが、本来の技であるのだ。

 だが、───。


「───っ!」


 そんな伊織の視界外から穿たれる、刀の数々。

 だが、先までと違うは、伊織に向けてではなく、伊織の()()()に放たれたという事だ。

 伊織の死線を感じ取る感覚は、確かに脅威である。何せ、筋肉運動から予測する未来予知の類ではなく、文字通り可能性の未来を観測するので、たとえどれだけ弛緩した予測不可能な動きであっても伊織はそれに反応をする。

 しかし、それは伊織自身に反応するものだ。

 ───もしも、伊織と戦っていたとしても、彼女を狙った一撃ではないのだとしたら、ソレは反応をしない。




「───っ、心象追加武装」




 そしてミコトは、必然的に生み出した伊織の隙を見逃す筈がない。

 砕け散った二振りの小太刀の柄からミコトは手を放すと、突如として彼女の背中に掛けるようにして現れた、()()()()()()()を抜き去った。

 流石の伊織も、チリチリとした死線を感じる事はできても、それが一体何によるものかまでは予想が付かない。

 ───少なくとも、刀を正真正銘犠牲にしてまで打つ手があるとは、伊織も思わなかったのだ。


 だが、不意を突かれたと言っても、今だ攻へと踏みとどまっているのは伊織の方。

 であるのならば、

 ───“此処で引く道理が、ある訳がないのだ”!



《模倣剣術、燕返───》



《九重流剣術、奥義・零ノ太───》



 真っ向からぶつかり合う、剣の頂が垣間見えるかもしれない剣技同士。

 どちらが相手を上回るかなんて、とても難しい話で。

 ───けれど、この一撃の打ち合いにて決着がつく。それだけの話だ。






 ───ドスッ!!



 伊織と美琴の技が、今まさに打ち合おうとした瞬間、───ソレは二人の決着を邪魔するかのように穿ち突き刺さったのだった。

 ソレは、伊織にもミコトにも見覚えのある物である。

 そう、量産品的な()であった。


「………。なるほど、お前も来ていたのか」


 普通なら、一体誰だと勘繰るところだろう。

 けれど、たとえ魔法少女であったとしても、床を抉り罅穿つ剛射を放てる者は、伊織の知る限り一人だけなのである。


「先ほど、偶然その辺りを通り掛かりましてね。模擬戦が始まって少しぐらいから、見させてもらいました」

「ほぅ、魔法少女アーチャー。───それならば何故、この決め時に茶々を入れた。見ていたのなら見ていたいというのが、人の心だろうて」

「確かに。もし、魔───ゴホン、涼音が手を出さなかったら、私が勝っていたのに」

「はっ。阿保抜かせ。───あの勝負、儂が勝っていたじゃろうに」


 再びお互いに火花を散らし合う、伊織と美琴。

 先ほどの戦闘を見る限り顔を青くするのが普通だというのに、そんな一触即発な現状を見て涼音は、深い深いため息をつくのだった。


「───流石に、此処で勝負を付けるのは不味いですから。美琴さんにも、九重流の娘や強力な魔法少女としての象徴が必要ですし。伊織にも、柳田流の次期当主候補としての力量が必要ですし」

「「だけど、………」」

「だけど、───ではないです。もし続けるのだというのなら、ボクも横やりを入れ続けますよ」

「「………、はいぃ」」


 そう言って伊織と美琴は、不満たらたらではあるが、一応の了承をするのだった。

 先の一撃を見るに、涼音の言葉は嘘偽りの類ではなく、十分に可能だという事実を見せつけるのだった。実際、魔法少女としての力量では劣るだろうが、それでも武芸者としての力量ならば二人に十分並ぶほどに卓越している。

 その事実に対して流石の伊織と美琴も、興が削がれるのは勘弁な話。


「だけど、先の一撃を放つために溜めた力がまだ残っていて、正直消化不良だけど。───なぁ涼音。少しだけ手合わせを頼んでもいいか?」

「───あぁ、その事なんですけど………」



 ───キィィィン、───どかぁぁぁん!!!



 最初に聞こえた周波数ギリギリな音は、風鳴も混じっている事からおそらくは飛行音。

 そして、その次にて聞こえた鈍い音は、土煙を上げている事から確実に地面というかかなり頑丈に出来ていた筈の床が砕ける音。

 ───そう、土煙が晴れたその場にいたのは勿論。


「───標的確認。戦闘形態へと移行します」


 ガチャコンと、魔法少女ガラテアが手にした小銃と追加武装に備え付けている火器の銃口が、不満たらたらな伊織の方へと向けられる。

 そして、不意に唐突に感じ取る、死の戦。

 あ、これはマジの奴だと伊織が感じ取るのに、一秒も掛かりはしなかった。


「───っ、ちぃっ!」


 流石に、魔法少女ガラテアに備え付けられている全ての火器とその小銃、その全ての銃口が火を噴けば伊織とて無傷とは済まない。

 だが、明らかに手加減というか───いや、牽制の一射目としたのが当の伊織にとっては幸いした。

 最大限の回避と、最小限の弾き飛ばし。

 伊織が振り払った刀が静止すると、ふと目に入る銃痕が存在する。


「───伊織ぃ。確かにボクはミコトさんと模擬戦をして欲しいとそう言いましたが、何も別にミコトさんだけとは言っていません」

「ま、確かにそうだったな」

「と言う訳で、疲れているところすみませんが、魔法少女ガラテアとの模擬戦も続けて行わせていただきます」


 そう言って涼音は、近くにいたミコトを連れて模擬戦場から足を外した。

 そんなミコトはというと、近くで見ていたいという好奇心がくすぐられている表情をしていて後ろ髪を引かれる思いみたい。けれど、そんな事は許さないと云わんばかりに、涼音の手によって外へと追い出されるのだった。


 ───さて、伊織は視線を魔法少女ガラテアの方へと再度向ける。

 それに対して魔法少女ガラテアは、その何かしらの表情すら読み取れない鉄仮面で此方を見ている。また、今すぐに射撃を再開するといった様子も見えない。


 二戦目にしては、主食主食なカロリー満点。

 だが、今だ戦意残している伊織にとっては、主食こそがベストマッチな第二戦である。


「───さぁ、そろそろ行こうか」






 流石の伊織も、戦意の胃もたれでもしていたのか。

 戦った時間は、おおよそ一分も持たなかった。

 ちなみに、勿論伊織の完敗だった。彼女に碌な遠距離攻撃手段がない事を悟ってか、魔法少女ガラテアは遠距離射撃による面制圧で終わらせたという、単純明快な必然的な終わり。

 伊織としても、疲労が積み重なった点も敗因の一つであったが、面制圧は苦手だったのが一番の敗因であったのだろう。




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