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プリズム☆グレイ ~令嬢な魔法少女のカノジョは魔法が使いたい~   作者: 高災禍=1
第二章『魔法少女の章』
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第十八話「オムライスとコンソメスープ」

 ───日は落ちて夕暮れ。夜の帳がひっそりと幕を下ろす。

 凪と雫の家は、大体この町の平均的なマンションの一室だ。

 設備も値段も、本土の極平凡な家と比べると少しだけ高いと感じるのかもしれないが、それでも梓ヶ丘では平均的なものである。それに梓ヶ丘という付加価値が付いたともなれば、今現在凪と雫の家賃は少し安めだと言えよう。


 さて、伊織はあの後必死に止めに来た涼音と出会って、凪と雫の家にと行く事となった。

 しかし、伊織は肝心な事を忘れていて、涼音も必要ないからとスルーしていたらしい。

 そう、伊織と涼音は凪と雫の家が何処にあるのか、それを知らない。

 そして、どうにか連絡を付けた蓮花と、道中一緒に歩く事になったのだ。


「マンション、か。随分と良いチョイスだな」

「?」

「いやだって、たとえ襲撃を受けたとしても遠方からの射撃やミサイルを撃ち込まれない限りは、襲撃を受けるまでに少しだけのタイムラグがあるからな」

「………。そう考えるのは伊織さんだけです………」


 と、他愛のない話をしつつもたどり着いたのは、マンションはマンションでも、比較的下の階な場所だったのだ。

 これには先ほど話題を出した伊織は、しゅんとする。

 何しろ、伊織が言っていた事は中層辺りの事であって、空中降下をしてくる上層部や階段を登るだけでいい下層部の話ではない。

 しかし、マンションの上層部になるにつれて家賃が上がったりするので、梓ヶ丘に住む普通の家庭からすれば、それで十分なのだろう。いや、人々の憧れの町として知られている梓ヶ丘の家賃は高くなる傾向があり、支出を抑えるという考えは称賛に値するが。


「お邪魔しまーす」

「………お邪魔します」

「凪さん、雫さん。伊織さんと涼音さんを連れてきましたよ」


 合鍵を所持している蓮花が先行して、伊織が玄関を潜り抜けた。

 そこは、素朴な居間だった。生活をするのに必要な必需品に加えて少し私物と、賃貸生活初めて数か月とか何かを連想させる。

 隅にある黒いテレビは、黙々と適当な言葉の欄列を流し続けている、まるで壊れたラジオみたいに内容が入って来ない。


 さて、その一方でこの部屋の住人たる凪と雫はというと、今は料理を作っている最中らしい。確か、オムライスだっけか。


「このままだらだらしているのは暇だなぁ。なぁ、何か手伝う事はないか?」

「い、いえ。こっちは大丈夫ですから、適当に寛いでいてください」


 伊織の紳士な心遣い。

 しかし、蓮花によって無下にはされずとも、暇を出されるのだった。

 これには伊織も、少しだけブルーな気分。


「何でだぁ?」

「伊織。昼間に貴女の殺人料理について話したけど、多分それが原因だと思うよ」

「まじで!? いやそもそも、殺人ではないでしょう。殺人と認定するためにはその人が起こしたという科学的な証拠が必要で、そもそも誰も殺していないし」

「………でも、病院送りにはしましたよね? それに、魔法少女という存在な以上、その前提も意味を成さないと思うけど」

「ぐぬぅ………」


 確かに、魔法少女関連の事件の際には、通常の法律とはまた別の法律が採用される。例えば、普段の法律なら人体発火現象として処理されるところを、魔法少女用の法律では魔法少女としての《マホウ》も凶器としてカウントされる。

 いやまぁ、一般人用と魔法少女用の法律が二種類ある時点で、ご苦労な事で。敬礼をばと。

 さて、数年前は魔法少女ではなかった伊織は原因不明として適当に闇に葬られたのだが、魔法少女となった今現在では話が違ってくる。

 伊織───魔法少女グレイは《マホウ》が使えない以上、事件との因果関係は認められないものの、《マホウ》が使えないという一点のみで更にややこしくなる。

 長くなったがつまる話、伊織が調理作業に参加した場合、このばにいる全員を巻き込んだ上で四散するのだ。


 しかしそれでも、それでも調理に携わらない手伝いなら許可してくれるかもしれない。

 暇を弄んでいる伊織は、淡い希望と共にキッチンへと足を上げるだったが、道中でどうしても足を止めざるを得ない事例があった。


「何………、だと………」


 伊織が足を止めざるを得なかったその理由は、目の前にある彼女の腰少し上ほどの高さがある、木製な柵だった。昔にあった、幼い子供がキッチンに入って来ないようにするための、鍵付きの柵。その木製だと言えば何となく分かるかもしれない。

 いや、そうなると、だ。


「(あれ? 私、やんちゃな子供扱い?)」


 となるのだ。

 いや、やんちゃな子供と伊織とではかなりの差があるのだが、それでもキッチンに入れてはいけないという、その一点では同じなのかもしれない。


「とびらがぁぁぁぁ、あ゛かないよぉぉぉぉ………」


 暇で暇でしょうがない伊織は、そう崩れ落ちつつも叫び続けるのだった。






 夕食こと、オムライスとコンソメスープが、出来た!

 オムライスは、滑らかな味わいに仕上がっている。それに加えて、卵の味がしっかり出ている事から、しっかりと良い卵を使った上での調理だと判断する事ができる。その上、下のチキンライスにも味がしっかりと馴染んでいて、びしゃっとした感じではない。

 コンソメスープは、手間暇を考えて市販のキューブを使ったのだろう。そして、煮込んだ野菜などの味が汁全土に染み渡っている。それに加えて、───丁度いい温かさだ。


「………美味しい」

「美味しいですね。流石は凪さんと雫さんです」

「そうかな。それはきっと鈴野さんのおかげだと思うよ、ねぇ凪」

「そうだね、雫」

「………。いや、調理をした凪さんと雫さんがすごいと思うよ」


 その場にいなかった伊織と涼音としては、あまり関係のない話だ。

 しかし、たとえ蓮花が提案をしていたとしても、それを実行に移したのは凪と雫だ。というか、もしかしたらの話ではあるが、凪と雫もその発想に思い至っていたのかもしれない。

 まだ中学生な凪と雫は別として、一応色々と教え子な蓮花を甘やかすのは彼女自身からしてもあまり良い事だとは言えない。勿論、偶に甘やかしたりするが、それは飴と鞭というやつだ。






『───はっ! 泥棒猫の匂い!?』






「(何やら一瞬、この辺りの気温が下がった気がするが、気のせいだろう)」


 恐らくは、扇風機の風が昔ながらの知恵で涼しさを倍増させているのか、それとも思ったよりもキンキンに冷えている麦茶が伊織自身の体を冷やした結果なのだろう。

 そう伊織は思う事にした。


 さて、そんなこんなで皆が夕食のオムライスを食べ終えた。

 経過時間から言って少しだけ食べるのが早すぎたのかもしれないが、それは凪と雫の作ったオムライスが美味しいからという事にしよう。それが一番誰しにも幸福な結論だから。

 と、夕食を食べ終えたのだというのなら、アレの出番であろう。


「───そう言えば、此処に来る前にお菓子を焼いたんだ。食べるか?」

「「「えっ」」」


 後片付けを共にしている凪と雫、それに蓮花が驚きの声を挙げる。危うく、持っていた白い量産的な食器類を落としそうになっている。

 昼間にあった伊織の殺人料理(死んでいない)の会話に加えて、今回の夕食は誰も死者(いやだから死んでない)を出してない。それ故に、伊織=殺人料理の使い手との構図が立つのは、そう可笑しな話ではない。

 だからこそ、料理のカテゴライズされるお菓子について懐疑的な視線と反応を示すのは、当然の反応と言えよう。


「いやだから、確かに私の料理で病院送りにしたけどさ、それは御飯とかそういった物の類だ。お菓子に関しては、一度も病院送りに出してないぞ!?」

「そうですから、皆さんも一緒に伊織の食後のお菓子を食べましょう。美味しいですから」


 ───まるで、肝試しで冥界へと誘う死者のように。

 凪と雫、それに蓮花からしたら、手招いているようにしか見えないのだろう。


 それに対して、ある程度の知識がある涼音は、表向き表情に出さずとも喜々として、伊織が焼いてきたマドレーヌを食べる。かなり前に作ったために焼き立ての香りなどはかなり消失しているが、それでもしっとりとした味はそのままだ。

 その涼音の表情が魅惑的で、ついつい三人は伊織が作ったお菓子に手を出しかける、あと一歩のところで自制心がそれを自重する。


「うっ………」

「ふむ───」


 そんな光景を目にして、伊織は彼女自身が作ったお菓子に手を出す。

 適当に手にしたマドレーヌ。出来栄えとしては中の上、といった辺りか。知り合いに出す物としては、これで十分だろう。

 しかし、時間がなかったとはいえ、上白糖の粒が思ったよりも舌に付く。これは、要改善といった辺りかな。


 と、伊織が彼女自身の作ったお菓子の評価をしている一方で、今だお菓子に手を付けていない三人はというと、先ほどからその鋼の自制心が揺らぎ始めている。いや、これほどまでに簡単に揺らぐのだから、おそらくは鉄の自制心が関の山だろう。


「別に毒なんて入っていないぞ。こうして私も涼音も、特に体調に問題はないからな」

「い、伊織さんが言うのなら………」

「「鈴野さん!?」」


 伊織の言葉に誘われて、蓮花は恐る恐るマドレーヌを手にする。

 触った感触もおかしくなければ、嗅いだ匂いもおかしくはない。一見して、普通のマドレーヌと言えよう。

 そして、まだ伊織のお菓子が信頼していないと云わんばかりに、肌に軽く擦ってみる。肌に反応するタイプの自然環境の毒物の類であれば、反応する筈だ。

 幸か不幸か、反応の類は見られなかった。………勿論、最終的に濡れた台拭きで拭ったけど。


「………あそこまでやられると、流石の私も繊細な心が傷付くんだけど」

「伊織の心は繊細どころか、豪毛でも生えているでしょう?」

「私はぁぁぁぁ、豪毛なんてぇぇぇぇ、生えてねぇよ!!」

「まぁ、貴女の心からの叫びはこの際置いておいて、それだけ貴女の料理は殺人的だという事です」

「ぐぬぅ………」


 そう言われては、当の伊織も納得するしかない。

 これが空想妄想の類であればきっぱりと切り捨てる事も可能だったが、現実として起こった事ならばそう簡単に切り捨てる事は叶わない。


 そして、そんな伊織に対して蓮花は、ようやく伊織の作ったマドレーヌを口に含むのだった。

 一瞬だけ、マドレーヌを口に含んだ蓮花は固まる。最初は変な味がしないか恐る恐るといった具合だったのだが、次の瞬間───。


「美味しい、………」


 口に広がるのは、焼き菓子らしい香ばしい香り。

 確かに凪と雫の作ったオムライスも絶品であったが、正直言って事情も知らずに互いの作った物を食べ比べようものなら、きっと蓮花は伊織が作ったマドレーヌを本題だと思いかねない。そう、それだけ美味しかったのだ。

 ちなみに、凪と雫も蓮花がコメントした時点で、手を付けた上で食している。


「(中学生だというのに抜け目なない事で。いやむしろ、中学生だから抜け目がないのか?)」


 ───魔法少女には、称賛と誹謗が付きまとう。

 それは前に伊織が講習会にて聞いた言葉だ。

 確かに、魔法少女は“ケモノ”から人々を守って、それで称賛の言葉の数々を貰うのは、それは当然の流れだ。ありがとうと、そんな言葉が言えなくなってきている今現代において、流れからしてありがとうとそう心許ない言葉の流れは生成できるらしい。

 しかしその一方で、魔法少女という特権階級とも呼ぶべき、“何でも願いを叶えられる”歪曲した事実は、人々を不平等の狭間へと突き落とした。殴られたら殴り返される、そんな当たり前の事実すら知らずに、今日も今日とて誹謗中傷を繰り返しているらしい。

 そんな中を、魔法少女と言えど中学生が、精神的に無事では済まない。

 という訳で、善良なままで魔法少女なんてできず、こうして少しだけ擦れた性格となったのだろう。


「そう言えば、飯田さん」

「「何ですか?」」


 二つの疑問符の返答が聞こえる。

 ちなみに、凪と雫の苗字は、先ほど伊織が言った“飯田”というものらしい。実際に、この一室の表札には『飯田』という苗字が書かれていた。

 しかして何となく、年下にさん付けなんて慣れない事に、伊織は少しだけ口が戸惑う。




「何で、()()()()()()んですか?」




「あれ? 伊織さん。何故、凪さんと雫さんの両親がいないと思うんですか!?」

「何、簡単な話だ。確かにこの部屋には人数分の食器類などがあった。だが、どれも古い物ばかりだ。それに案外綺麗」


 そう言って伊織は、先ほどまでインスタントコーヒーが入っていた白磁のコップを持ちあげた上で軽く揺らす。

 確かに、底に書いてある製造日は古く、それでいて使われている筈のコップは新品同様に新しい。別に、奥底に仕舞われていたという展開があったりもするが、それはまた別の話となるだろう。


「だけど伊織さん。洗浄機や漂白剤を使えば関係ないのでは?」

「まぁ確かに、それらを使えば先ほど私が言ったことなど、簡単に実現できるだろう。そもそも、他の食器は客人用とでも言えばそれで終わりだ」


 ───だがと、伊織は答えを続ける。


「だけど、それだと可笑しいんだ。それならば何故、生活感がこれほどまでにない。───いや、何故ここまで()()()()んだ?」

「───!」


 その伊織の言葉を受けて蓮花は、この部屋を一通り見回す。

 最初にこの部屋に入って蓮花が感じた違和感がそれだ。

 ───この部屋にある物は、凪と雫、二人で完結するようになっている。


「あとは、凪と雫の料理の腕や、魔法少女という高収入を可能とする存在なのに案外質素だというのは、少し余分だったか?」

「「………」」

「別に私としては、答えなくてもそれでいい。正直言って、あまり興味がないからな。

 だが、───この慣れ慣れしい蓮花が黙って見過ごすと思うか?」


 失礼だとか、そんな言葉が当の蓮花から聞こえるが、それは今のところ置いておいて。

 これは一種の、凪と雫との距離感を確かめるための問いだ。

 別に伊織の問いに対して、答えずともそれでもいい。

 そもそもこれは、凪と雫のプライベートに関する話だ。話す必要性もなければ、話の逃げ道として伊織自身を用意している。

 もしも、蓮花がそんな事関係ないと云わんばかりに強く接触してきたとしても、そこには伊織がいる。伊織が強く蓮花に求めれば、それでこの話自体はなかったことになるだろう。その力関係を、凪と雫も少しは知っている筈だ。

 だがもしも、もしもの話なのだが───。


「分かりました。確かにこれから関わる可能性が高い以上、私たちの事に付いて話すべきですね」


 目先に利よりも後の利を取ったのならば、()()()話が変わるのだろうか。




「私たちの両親は、数年前に蒸発しました」


 そう雫は答えた。

 別に、見知らぬ他人事ではないのだ。ただ、この梓ヶ丘の人々は比較的お金持ちな人が多く、夜逃げする人が本土で多いだけで。

 実際伊織も、本土では夜逃げなんて居座る時間が時間なだけにほんの偶に聞く程度だが、この梓ヶ丘では聞いたことがない。


「それで、生活保護などで過ごす事も考えましたが、それでも梓ヶ丘に住むにはあまりにも足りなかったです。それに学費だって、高校になればあるのですから」

「確かに聖シストミア学園の学費も、かなり高いですからね………」

「そうか? 梓ヶ丘のブランド力を考えればそんなものじゃないか。それに、あそこ一応はお嬢様学園だったし」

「伊織さん。そう言う問題じゃないです」


 伊織みたいにどこぞのお嬢様の類であれば、学費ぐらい簡単に払えるだろう。実際に彼女は、親元を離れて暮らしているし。

 ただそれは、伊織がお嬢様だからこそできる話だ。

 例えばそう、案外蓮花のように学力にて入ってきた人であろうとも、それは簡単な話ではない。確かに、無返却の奨学金という形はあるにはあるが、それでも色々と払うお金が増えて行って、大した金額では済まなくなるのだ。


 その点で言えば、凪と雫は恐らくではあるが、お嬢様な伊織などよりも編入という形を取った蓮花寄りだろう。もっとも、その当の凪と雫が推薦で入れるほどの圧倒的な学力があるかは知らないけど。


「正直、もやし生活は辛かったです………」

「………今度、もやし料理を教えてあげるから」

「いえ。柳田さんの料理のレシピはちょっと………」

「───失礼な!? と言いたいところだけどその通りだからなぁ。でも、今回のはいつも食事を作ってくれる妹のレシピだ。あれが美味しいんだよなぁ」


 そう言って伊織は、感慨深げに思い出す。

 昔、フレイメリアに作って貰ったモヤシ炒めは、モヤシ炒めの次元を超えていた。いや、何を言っているのかと思うかもしれないが、要約すればとても美味しかった、その一言に尽きる。

 モヤシのあの独特な味をマイルドに、それでいて調味料などで味を誤魔化しておらず、ただただ日本人らしい素材の持ち味を生かした一品だったのだ。

 ただ、勝手に他人にフレイメリア自身のレシピを公開しようものなら、何倍増しの無言の圧力を食らう事になるだろう。

 伊織としては、“今度”と言っているので、断りを先に入れておけばある程度の損害は免れる筈だ。

 もっとも、それなりの損害は覚悟する必要はあるが。


「………ぉほん。それで話を戻しますと、このまま二人で生活するのは無理だと私たちは判断し、高収入を望める魔法少女になりました」

「そうだったんですか………」


 そう雫は言うのだが、魔法少女になるというのは、先ほどの話以上に難しいものだ。

 伊織と蓮花は此処まで簡単に来たのだが、それは例外と言えよう。───そう、簡単な話ではないのだ。

 毎年、数ある少女が魔法少女への夢を見て、───それで敗れてきた。

 普通の一般人が夢を見て、頑張ってそれを叶える。それは誰しもが一度は思い描いた、夢の心絵。

 人は誰しも、未来を見て生きているのだから。

 だがそれは、理想でしかない。

 誰しも夢を見て歩いているのだとしたら、そこから落ちる人が一定数どころか数多の人が落ちるのはごく当たり前の話だ。


 そしてそれは、魔法少女に対してもそれは言える。

 魔法少女とは、尊敬と羨望と嫉妬───そのどれもが彼女たちに向けられた()()の感情を向けられる存在だ。何しろ、政府もそうなるようにイメージ操作をしている上に、煌びやかな魔法少女という存在は子供たちに一時以上の夢を見せる。

 ───飽和の夢。魔法少女という存在は、本人の意図せずにして夢を見させるのだ。


「(それがたとえ、どれだけの絶望に立ち会っても、私たちは───)」


「A゛ーーーーっ!」


 突然の事に、伊織の思考は現実へと戻る。

 何事かと伊織が叫び声だか判別ができないほどに文字化けをした声がする方へと振り向くと、そこにいたのはこのメンバーの中では案外納得な、蓮花の泣き顔があった。

 いや、実はこんな魔法少女が沢山いる場所に“ケモノ”が襲撃してきたなんて。そんな事を一瞬伊織が思ってしまったのは、可笑しな話だろうか。


「………それにしてもなんだ。その“ケモノ”の叫び声みたいなものは」

「だって、だって。あ゛ーーっ!」

「はぁ、まったく………」


 そう溜息をつく伊織。

 これは伊織にとって、それほど心に突き刺さるものではなかった。

 いや別に、伊織自身が薄情という訳ではない。ただ彼女にとっては、それが別の世界の話だっただけだ。


 ───人は自らの世界で生きている。

    他人の人生を知るという行為は、別の世界を俯瞰する行為に近い。


 たとえ、知り合い知人親友家族の間柄であろうとも、所詮は他人でしかない。

 ただ蓮花の場合には、その共感覚が強すぎただけであろう。




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